「歪んだ20面体」がiPhoneを強くする ―金属ガラスって何?
新しくTechnityのライターとして参加したメジロオナガペンギンです。モットーは「ガジェットの根底に工学あり」。自分の勉強も兼ねて、テクノロジーをディープに分かりやすく紹介する記事を書いていく所存です。よろしくお願いします。
硬くて強いのに、弾性もあり、腐食しない。金属ガラスと呼ばれる材料は、通常の金属に比べて優れた性能を持っています。しかも、作り方はカンタン。溶かして型に入れて冷やすだけ。
東北大学のグループはこの度、次世代iPhoneに使われるとも噂される金属ガラスの微細構造を世界で初めて直接観察しました。本記事ではその研究内容を、金属ガラスの基礎知識とともに解説します。
リキッドメタルの性能。「強度」「重量あたりの強度」「硬さ」「弾性」いずれも優れている
[米リキッドメタルテクノリジーズ社のWebサイトより引用]
人気者の金属ガラス
次世代iPhoneには「リキッドメタル」が使われる・・・。そういった噂がささやかれているのは、米アップル社が米リキッドメタルテクノロジーズ社と排他的使用契約を結んだから(過去記事)です。
この「リキッドメタル」とは商標名であり、材料学的にはアモルファス金属の一種である金属ガラス(metallic glass)と呼ばれる物です。 アップルだけではなく、台湾HTC社も2013年後半に金属ガラス採用のスマートフォンを発売するという情報(過去記事)もあります。
金属のざっくりとした分類
このように、各メーカーから引っ張りダコの金属ガラス。なぜこんなに人気なのでしょうか?
まずは、予備知識としてガラスではない通常の金属について考えてみましょう。金属は通常、原子が規則正しく並んだ”結晶”がさらに集まった構造を持っています。この構造は金属のさまざまな性質に大きく影響を与えます。
たとえば、金の延べ棒を叩きつづけると、髪の毛の太さよりも薄い金箔になることは有名ですね。このような変形しやすい性質を展性・延性といいます。これは、結晶中の欠陥である「転位」が特定の方向へ簡単に動いてしまうことが主な原因です。
この欠陥、イメージとしては絵合わせスライドパズルにある空白部分に近いです。こういった変形しやすさは、「好きな形に加工しやすい」ととらえるとメリットになりますが、「衝撃でゆがみやすい」ととらえた場合にはデメリットとも言えます。
金属の変形を絵合わせパズルで例えると…。
また、結晶の粒と粒との境界部分を「粒界」と言いますが、これもデメリットをもたらします。粒界は粒の中とは違って構造が乱れていることが多く、不純物を集めて腐食しやすかったり、破壊のきっかけになったりするのです。
そして、これらのデメリットに対抗する一つの方法が金属ガラスなのです。しかし、ガラスと聞いて思い浮かぶのは、窓ガラスやガラス食器といった透明で壊れやすいというイメージです。では、普通のガラスと金属ガラスとの共通点はいったい何でしょうか。
金属ガラスっていったい何?
金属ガラスを知るためのキーワードは二つ。「グチャグチャ構造」と「水あめ」です。
グチャグチャ構造
普通のガラスである珪酸塩ガラスは主にSi(シリコン)とO(酸素)がランダムにグチャグチャと結合して出来ています。このように規則性の無いグチャグチャ構造を専門用語で「アモルファス」と言います。
SiとOが規則正しく結合すると水晶という結晶になりますが、結晶中に点在する欠陥によって透明性が落ちてしまいがちです。一方で、アモルファス構造の珪酸塩ガラスは、欠陥自体が無いので簡単に透明に出来ます。1万円で買える透明な窓ガラスも、人工水晶で作れば数百万円は下らないでしょう。
このようなアモルファス構造は金属でも作ることが出来ます。金属自体はもともと不透明なので窓ガラスのように透明にはなりませんが、欠陥や粒界が無いため「変形しにくい」「腐食しにくい」などの特性を発揮します。このように優れたアモルファス金属ですが、実は作るのが難しく、あまり普及していません。というのも、通常は融けた金属をわずか0.001秒以下で冷やしきらなければアモルファス化しないのです。
金属組織のモデル図。
実は、金属が ”ガラス” を名乗るためには、アモルファス構造に加えてもう一つ、作りやすさに直結するある特徴が必要なのです。それは “水あめ状態” の実現です。
水あめ
棒の先にドロリと融けた水あめ状のガラスをくっつけて、息を吹き込みながら形を整える吹きガラス。テレビなどで映像を見かけることも多々あるかと思います。このように水あめ状になる性質のおかげで、ガラス製品はいろいろな形を簡単に作ることが出来ます。この水あめ状態、物理的には “過冷却状態” と言います。動画サイトで検索すると、過冷却状態の水やドリンクに刺激を与えて一瞬で凍らせる動画がたくさん出てきますね。
吹きガラスの例 。(画像は九つ井陶芸工房より引用)
この過冷却とは、融点より低い温度になっても液状を保っている状態です。水などは過冷却状態が不安定なので、ちょっとした刺激ですぐに凍ってしまいます。しかし ”ガラス” と言われる物質はこの過冷却状態が非常に安定であり、いったん融かして普通に冷やしていくだけで水あめ状態を作ってキープすることが出来ます。そして、形状を整えてから更に冷やしていくと、液体のグチャグチャ構造を保ったまま固まってアモルファスとなるのです。
このような安定な水あめ状態を金属で実現した金属ガラス、発祥は東北大学の金属材料研究所です。1990年前後に、増本健氏・井上明久氏らの研究グループが世界で初めて、水あめ状態が安定な金属組成を発見したのです。この発見以降、主に日本とアメリカで金属ガラスの研究が発展してきました。
金属ガラスは前述した水あめ状態が安定なので、金型に流し込んで固める鋳造法・射出成形法などを使えて、量産に向いています。しかし、その量産技術はまだ未成熟な段階で、部分的に結晶化してしまうケースがあったり、コストがまだまだ高かったりと、色々な課題があります。
こういった課題の解決のためには、金属ガラスの構造を原子レベルでしっかりと把握する必要があります。しかし、不規則なアモルファスの微細構造を直接観察することは意外に難しく、これまで成功例は有りませんでした。
実験・理論・数学の強力タッグで構造解明
原子レベルの微細構造を観察する手法として、電子線回折という方法があります。簡単に言うと、薄い組織に電子を当てると、原子の並び方に対応したパターンで電子が通り抜けてくるため、構造が分かるという手法です。
この方法は規則正しい結晶構造には威力を発揮します。しかし、不規則なアモルファス構造の場合では、原子間の平均的な距離は分かるものの、具体的な微細構造までは判別できませんでした。
そこで東北大学の平田氏らのグループは、わずか原子1個程度の幅の非常に細い電子ビームを巧みに利用することで、微細構造を直接観察しました。
電子ビームの幅が狭いほど、明確なパターンを観測できる
[KEK第1回先進的観測技術研究会 2012/12/26 平田秋彦氏の発表資料より引用]
Zr(ジルコニウム)とPt(白金)からなる金属ガラス。そこへ極細電子ビームを当てると、あるパターンが見えました。これを理論シミュレーションで得られたパターンと比べると、原子13個からなる歪んだ20面体構造であることが分かったのです。
金属ガラスの観測パターンと対応する構造モデル
[東北大学のプレスリリースより引用]
さらに、この歪んだ20面体が金属ガラス全体にわたって分布していることも判明しました。用いたのはホモロジー解析という数学的手法です。
この解析では、原子同士の配置の仕方を “ベッチ数” というトポロジー学で定義される数値で評価しています。そうすると、原子の大きさの違いや詳細な配置形状などを考えなくても、特定の原子配列がどのような割合で分布しているのかを調べることができるそうです。
20面体構造が金属ガラスの基本となっていることは、理論的には提案されていましたが、実証されたのはこれが初めてです。「極細電子ビーム観察」「観測パターンのシミュレーション」「数学的なホモロジー解析」という、実験・理論・数学の手法を組み合わせることで可能となった今回の偉業は、今後の金属ガラス開発を強力にサポートしてくれるでしょう。そして、iPhoneなどの各ガジェットへの金属ガラス採用が一日でも早く実現して欲しいものです。
正20面体:エネルギー的に最安定 面心立方構造:最もコンパクトな構造
ガラス中の歪んだ20面体: エネルギー的に安定、かつコンパクト
[図:東北大学のプレスリリースより引用, 説明文は筆者による]
気合の入った良い記事だ
なんで東北大学って材料系(とりわけ金属)に強いの?
世界でもTOPって言っていいくらい強いよね
好きこそ物の上手なれ
金属材料研究所があるから
捏造注意だけど
光ファイバーも東北大学
すごい分かりやすい記事
ズブの素人だけど面白く読ませてもらいました
メジロオナガペンギンさんの記事面白すぎわろた。
グチャグチャ っていう表現でなんか気持ちわりいと思ってしまった。
「不規則に」ぐらいがいいなぁ
これからの記事が楽しみ。
分かり易さ重視ってことだろうな
不規則なんて硬い言い方するよりは、ぐちゃぐちゃなんて表現した方が滅茶苦茶感が伝わり易い
そういやiPhone5のときはリキッドメタル採用の噂あったけど5Sじゃめっきり聞かなくなったよなー。
もっと先の話なんかな?
「S」モデルはデザイン変わらないとされているから、あるとしたら6だろうね。
おもしろい。勉強になるし、分かりやすいな。
金属ガラスは、固まってるの見た目は、普通に金属なのかな?
見た目は普通の金属と変わらないよ。
はい!ペンギンさん、質問です
金属ガラスって、その性質から溶接しにくそうなんだけど、その辺どうなんですか?
熱を与えたところから冷却が間に合わずに結晶化しちゃいそうなんだけど
あっさりクリアできるなら、バルクでの応用が広がりますね
溶接は、温度が高い(融点が高い)のと炭素や硫黄などの不純物が
多ければ多いほど溶接がしにくい。ガラス化しても電気さえ流せれば
溶かすことは可能。ただ一度溶かすからアモルファス化じゃない
結合になりやすい(結合が不安定なため)
大変ためになるご質問、ありがとうございます
ご指摘の通り、溶接は金属ガラスの弱点のようで、色々な方法が研究されているようです。
熱を与えた所よりは、むしろその周りの方が冷却が遅く結晶化しやすいことが問題だそうです。
ちなみに研究例としては
・”水あめ状態” の安定性が高い組成を使って、遅い冷却でも結晶化しないようにする
・くっつけたい金属ガラスどうしを擦り合わせて、摩擦熱で接合する
(水あめ状態になった箇所は、粘度が下がりそれ以上の摩擦熱が生じず、ガラス転移温度付近に保たれる)
などなどが有るみたいです。
ゴリラガラス((((;゚Д゚)))))))
勉強になった、リキッドメタル凄い!
パズルのとこ、なんでこんなFlashで出てきそうなペンギン絵なんだよと思ったらライターさんの自画像なのかwww
ベッチ数…昔ブルーバックスで読んだトポロジーの本に出てきたな。
メビウスの環、トーラス、クラインのつぼ。
金属の成分を混ぜると言う意味では
ゴリラガラスと同じじゃないかな(素人考え)
ガラスと金属がゲシュタルト崩壊
どっちの話してたんだっけw
金属ガラスってよりはガラス金属なのでは?って読んでて思った。
15、16年ぐらい前に、ゴルフのドライバー向け新素材として、ちょっとだけ注目を集めた。
夢のような反発力で、飛距離が伸びるというふれこみだったが、
スイートスポットを広げるのが難しかったみたい(設計力が開発者になかったのかも)。
それと打感がイマイチだったらしい。
それで、あまり売れずに最後は投げ売りだったような記憶があります。(マジに検討した。笑)
もしかしたら加工よりも、正しい工法が確立されていないのかも知れませんね。
特殊な構造を要求されなければということと、
プロダクトが求めるスペックに、低コストで応えられることが、実現できれば、有るのかもね。
でも、切削好きのジョニーが、鋳造を選ぶかな?
この材料で金型作りたい。
磨いても磨いてもピンホールな毎日におさらば出来そうだ。
金属ガラスという言い方だとなぜか有り難みが薄れちゃうね
リキッドメタルまたは液体金属と称する方がプレミア感が増す不思議
これぞマーケティングの勝利というやつだろうか
みんな横文字大好きだからな
液体金属って言うと水銀みたいなドロドロした光沢のある液体を思い浮かべてしまうな・・・
ついでに言うとターミネーター2を思い出す。
ソースが404 ERRORです(T_T)
申し訳ございません、ご指摘ありがとうございます。
修正させて頂きました。
これをiPhoneとかの筐体に使うと何が良いんだろう。凹んだりキズが付きにくいってことでいいのかな
大量生産向き(コストを下げれて利益率を上げれる)なのが一番の利点かな。
他にも電気伝導率が低い(感電のリスクを最小に)
熱膨張係数が低い(高温でも曲がらないので高温にしてもOK)
強度が強くて(硬くて)弾性限界が高い(折れにくい)
アルミより重いけどアルミより強いからアルミより薄くできる
とスマホ向きな金属なの(薄いのに高温でも硬く変形しにくい)問題は
熱伝導率が低いから熱がこもりやすい(シリコングリス並みだからほぼ問題ないが)
丁寧な記事ですね。
やはりこのグラフ見てステンレスで作るのが無難じゃないかと思うのです。
車の部材もアルミからステンレスに移行しているので、良いステンレス作れるようになったということなのでしょうけど。