厚さわずか1分子!簡単レシピの極薄半導体でプロセッサの限界を打ち破れ
レシピ通りの量だけ材料を入れ、レシピ通りに焼くだけ。厚さわずか1分子の超極薄半導体を作れる ”簡単なレシピ” をノースカロライナ州立大学の研究グループが発見しました。現状のシリコンベースのプロセッサの限界を超える、高集積・低消費電力のプロセッサへの第一歩となる研究です。
続々と出現する超極薄材料たち
鉛筆の芯の原料(グラファイト)に粘着テープを当てて、繰り返し剥がすだけで得られる ”グラフェン” 。原子1個分の厚みしかないこの超極薄の炭素シートはスーパースター的な材料であり、世界中の研究者からラブコールを受けまくっています。
このグラフェン、電子の動きやすさ(移動度)は知られている材料の中で最も高く、電気抵抗は銀や銅よりも低く、強度や熱の伝えやすさはダイヤモンド並と、まさに「夢の材料」と呼ぶべきものです。
しかし、そんなスーパースターにも欠点があります。良質なグラフェンを安く量産する方法が実現されていないのです。また、グラフェンは金属と半導体のちょうど境界線上にある、特異な材料(ゼロバンドギャップ半導体)であり、そのままではトランジスタ等の半導体デバイスに利用できません。こういった理由で、グラフェンを用いたデバイスはいまだ実用化されていないのが現状です。
グラフェンのSTM写真。炭素が平面状に結合して、一枚のシートを形成している。
それでは、グラフェンのように原子または分子1層の極限まで薄くすることで、驚異的な特性を発揮する原子・分子は他に無いのか?と、世界中の研究者が色々な材料を探索しています。既に、シリコン原子からなるシリセン(Silicene)や、ゲルマニウム原子からなるジャーマナン(Germanane)などが実際に作られています。今回の記事の二硫化モリブデン(モリブデンと硫黄の化合物:MoS2)もそういった材料の一つです。
元々このMoS2は、高温に耐えられる潤滑剤として重宝されていました。エンジンのピストンや機械のネジ部分など色々な所で利用されているポピュラーな材料なのです。この潤滑能力の秘密は、分子1個分の厚みの極薄トランプを千枚以上にも重ねたような結晶構造にあります。この極薄トランプ同士は結合力が非常に弱く、力がかかるとすぐにズレるため、摩擦抵抗が非常に少ないのです。
二硫化モリブデンの結晶構造。縦方向の力にはめっぽう強いが、横方向には簡単にズレる。
この潤滑剤からトランプを1枚だけ抜き出すと・・・なんと優れた特性のトランジスタになることを、スイス連邦工科大学ローザンヌ校の研究グループが発表しました。
シリコンのジレンマを打ち破れ
MoS2トランジスタはなぜ優れているのか?それは、現状のシリコン材料の問題点を解決できるからです。少し脇道にそれますが、その問題点を説明します。
プロセッサ内の重要素子・トランジスタは、サイズをドンドン小さくすることで、集積度や動作速度を向上してきました。これは “ムーアの法則” として有名ですね。トランジスタ内の「チャネル」という部分の長さ(チャネル長)も当然短くなっていき、近年では原子数10~数100個相当になりました。しかし、このような短いチャネル長では、電流が漏れやすく消費電力が増大するという悪影響が出てきています。
これを回避する一つの方法に、「チャネルの厚みをチャネル長の1/4程度まで薄くする」というものがあります。しかし、シリコンを薄くしていくと、今度は移動度が極端に下がり、動作が遅くなってしまいます。要は、「動作速度を向上するぞ!→消費電力が増えたから、抑えなきゃ!→結局、動作速度が下がってしまった!」という悪循環になってしまうのです。
シリコントランジスタのジレンマ (SOI-MOSFETのモデル図)
対する期待の新星、超極薄MoS2。わずか1分子の厚み(~0.65nm)でも充分に高い移動度を持っています。また、先輩のスーパースター材料・グラフェンが欲しがっているバンドギャップも持っています。これらの優れた特性から、MoS2はグラフェンよりも使いやすそうな有望な材料と言えます。
超極薄MoS2トランジスター。チャネル厚(=MoS2の厚み)はわずか原子3個分の0.65nm
[nature nanotechnologyの論文の Figure 2より引用]
しかしこの研究では、初期のグラフェンと同じく粘着テープで剥がすという、とても手間のかかる方法を使っています。一方で、モリブデン膜を作って後から硫黄と反応させる方法や、モリブデン・硫黄の化合物を分解する方法もありますが、キレイな1分子層は作れず特性は大きく劣化します。
厚さ1分子のMoS2を作れる簡単レシピ
1分子層の均一なMoS2を、1cm×3cmという大面積で作れるレシピ。それが今回ご紹介する研究内容です。
用いたのは半導体分野では一般的なCVD(Chemical Vapor Deposition)装置です。キレイな1分子層を作るレシピは非常にシンプルで、決まった量の材料(塩化モリブデン:MoCl5)を投入して、MoS2を載せるための土台を800℃以上に温めるだけです。乱暴な言い方をすれば、装置と材料とレシピさえあれば、素人でも作れるほど簡単な方法です。
厚み1分子の超極薄MoS2膜の作り方
[プレスリリースの元論文の補足図面の Figure S21より引用、赤文字の説明文は筆者による]
この原理について、Linyou Cao氏ら研究グループは次のように推察しています。「ガス状に漂っているMoS2の濃度」と、「土台にのったMoS2が再び蒸発しようとする力」。これらのバランスが釣り合う厚さまでしか積層は進まない。そして、ガス状MoS2の濃度は材料の投入量で変わり、MoS2が再蒸発する力は層が積まれていくほど強くなる。つまりは、投入量さえ決めてしまえば狙った数の分子層で成長ストップできるというメカニズムです。
1分子の厚みで成長が止まるメカニズム。基板表面と気相のバランスがキー。
レシピはまだ発展途上
今回の技術は、装置と材料さえあれば誰でも簡単に高品質な1分子層を作れる方法です。ただし、800℃以上の高温が必要という欠点もあり、プロセッサへの実用化はまだ遠い状況かと思います。
今回の発見をもとにして、もっと低温で作れるようになれば、様々なデバイスへの応用が広がって行くと思われますので、期待して続報を待ちましょう。
上から順に、厚み1分子、2分子のMoS2層
[プレスリリースの元論文のFigure 2aより引用]
本研究の論文はフリーでダウンロードできるので、興味のある方はぜひ御覧ください (Scientific Reports)
1分子MoS2で初めてトランジスタを作った論文はこちら→(nature nanotechnology)
結晶構造のCGはVESTA 3によって描きました。素晴らしい機能を無償でご提供されている泉富士夫氏と門馬綱一氏に感謝です
[ノースカロライナ州立大学 via Science Dialy]
いや、え?
普通にすごすぎる
これは面白いわ。そのうちグラフェン系材料も纏めて欲しいな
なんかもうスゴ (^ム^)
凄いとか言ってるやつ絶対理解してないだろw
凄いwってことは分かった。