メモリ業界の救世主? 奇妙な渦 “スキルミオン” を制御せよ
「スキルミオン!」巨大ロボット、必殺技、古代ローマかどこかの偉い将軍…SFや世界史的な響きを持つ単語ですが、実はこれがメモリ業界の救世主になるかもしれません。
超低消費電力&大容量のメモリを実現するかもしれない、「電子スピンの渦巻き」を意味するこのスキルミオン。今回、理研・東大・物質材料研究機構(NIMS)の研究グループによって、ナゾの多いその性質に関する理解が一歩深まりました。本記事では、この研究に関する背景や、技術面についての解説を行ってゆきます。
登場!? 第4の磁気メモリ
磁石の性質を利用してデータを記録する “磁気メモリ” にはいくつかの種類があります。以下、その中からいくつかを抜粋して、簡単な原理図とともに列挙してみます。
大容量のストレージデバイスとして欠かせないハードディスク
垂直磁気記録式 ハードディスクの原理
DRAMを置き換えようと市場に出回り始めたSTT-MRAM
STT-MRAMの原理
ハードディスクとMRAMのイイとこ取りを目指して開発中、IBMのレーストラックメモリ
レーストラックメモリの原理
これらの磁気メモリはすべて、磁石のS極とN極の向きで0/1を記録するデバイスであり、不揮発性であることが特徴です。ここで、S極とN極の向きとはいっても、磁石そのものをクルクル回している訳ではありません。強力な磁界をかけたり電流を流したりすると、磁石そのモノを回転させずとも、S極とN極が反転するのです。この磁石、1個1個は非常に小さく、現行のハードディスクでは原子わずか数百個ほどの幅となっています。
さて、前述した磁気メモリですが、S極・N極でデータを記録する根本原理は同じであるものの、それぞれに一長一短があります。
まずハードディスクですが、安価で大容量であるもののデータの読み書きが遅く、機械的な駆動部を必要とするため消費電力が高め。次いでSTT-MRAMは、低い消費電力かつ高速な読み書きが可能でである一方、1ビット単位を小さく作りこむ微細加工技術が足かせでコストがかさんでしまいます。最後のレーストラックメモリに関しては、長所も短所もハードディスクとSTT-MRAMの間といった感じです。
低い消費電力 | 高い記録密度 | 低いビットコスト | 速い読み書き | |
ハードディスク | × | ○ | ◎ | △ |
STT-MRAM | ◎ | △ | △ | ◎ |
レーストラックメモリ | ○ | ○ | ○ | ○ |
スキルミオンメモリ? | ◎? | ◎? | ? | ? |
筆者独断 磁気メモリの比較表
ここで、勘のするどい方はお気づきでしょう。上の比較表にこっそりと登場している第4の磁気メモリ、スキルミオンメモリ 。名前の近未来感ではブッチギリの圧勝です(個人的見解)が、実力でも他の磁気メモリを圧倒するかもしれません。メモリ界の救世主・スキルミオン、一体何者なのでしょうか?
電子スピンのミステリーサークル
スキルミオンを分かりやすく例えると、電子スピンがミステリーサークルのように円形に倒れている状態です(図を見るとわかりますが、厳密にはミステリーサークルとは違います)。
ミステリーサークルとスキルミオン (disclose.tv・NIMSプレスリリースより引用)
では、電子スピンとは何でしょうか。カンタンにいうと “この世で一番小さな磁石” です。
棒磁石のS極とN極の真ん中をカットすると、S極だけ & N極だけ とはならず、普通の棒磁石が2本できます。これを繰り返していくと、最終的には 、”S極とN極をもつ1個の原子” となります。実は、この1個の原子の内部に存在する電子もまた磁性を持っており、これらは自転(スピン)することで磁界を作り出しています。つまり、電子=磁石なのです。
通常の原子では、原子の中に上向きと下向きの電子が同じ数だけあったり、隣の原子の電子に影響されたりするために、それぞれのスピンが打ち消し合って磁性をもった原子にはなりません。しかし鉄のような一部の原子では、この打ち消しが起こらずに、磁性をもった原子となるのです。
棒磁石を極限まで分割してゆくと・・・。
通常の棒磁石では、この電子スピンが全て同じ方向を向いています。一方で、特殊な磁石では、磁石原子の中の電子スピンがミステリーサークルのように渦状に倒れることが知られています。これがスキルミオンなのです。
スキルミオンには、渦の有り/無し、左巻き/右巻き、中心が上向き/下向き、といった様々な状態があるため、データの記録に使えるでしょう。サイズも最小で原子数十個ほどと、高密度の記録ができるかもしれません。また、非常に少ない電流で移動できることも分かっており、非常に少ない消費電力で記録を行える可能性もあるのです。
スキルミオンのナゾを暴いて制御せよ
とはいえ、スキルミオンを磁気メモリに応用するには、まだまだナゾが多いのが現状です。
渦のサイズはどう制御するのか。左巻き/右巻きはどうやって変えるのか。自由自在に動かすにはどうしたら良いか。基礎的な情報はまだまだ不明瞭で、世界中で研究が行われています。このような状況にあって、理化学研究所・東京⼤学・NIMSの三者からなる共同研究グループは今回、スキルミオンの巻き方やサイズを制御することに成功した、というわけです。
同グループが用いたのは「B20構造」という特殊な結晶構造をもつ磁性合金で、このような合金では ”原子配列のねじれ” にそって電子スピンがらせん状に整列することが知られています(らせん磁性体)。
B20構造-MnFeGeの中の “らせんスピン”
本研究グループは、既に先行研究としてB20構造のFeGe(鉄ゲルマニウム)合金を厚みわずか原子数十個~数百個ほどの薄膜状にすることで、非常に安定なスキルミオンを生成できることを報告していましたが、今回の報告では、さらに一歩進んだ成果として、MnFeGe(マンガン鉄ゲルマニウム)合金の成分を変えるだけでスキルミオンのサイズと巻き方が変化していくことを明らかにしています。
鉄成分の割合で、スキルミオンの巻き方とサイズが変化 [NIMSプレスリリースより引用]
なぜ、合金の成分を変えただけでスキルミオンが変化するのか。理解するには、量子力学的な効果を考える必要があります。
電子スピンによる磁界(スピン磁気モーメント)の他にも、原子核の周りを電子がまわることでも磁界が生じます(軌道磁気モーメント)。つまり、自転しながら太陽の周りを公転する地球のように、電子には2種類の回転があるのです。そして、スピンと軌道の間には、同じ向きまたは反対向きにそろおうとする力が働きます(スピン軌道相互作用)。
この相互作用の強さや向きは原子の種類などで変化します。つまり、合金成分を変えると、結晶のどの方向にどの程度スピンが向きやすいかが変わってくるのです。そのため、鉄の割合でスキルミオンの状態が変化したということになるのです。
残念ながら、今回の成果ですぐに磁気メモリを作れるという訳ではありません。磁気メモリに記録するたびに、金属成分を変化させることは、非現実的です。
しかし、こういった基礎的な物理特性の解明を積み重ねることで、応用への道が開けるものでもあります。今後も、この奇妙なミステリーサークルから目を離さず、その発展を見守っていきたいものです。
【参考リンク】
・理研・東大・NIMSプレスリリース, 詳細資料(pdf)
・論文: NATURE NANOTECHNOLOGY (Towards control of the size and helicity of skyrmions in helimagnetic alloys by spin–orbit coupling)
・安定なスキルミオンの生成: NATURE MATERIALS (Near room-temperature formation of a skyrmion crystal in thin-films of the helimagnet FeGe)
・スキルミオンの生成と消去に成功: Science (Writing and Deleting Single Magnetic Skyrmions)
・スキルミオンの専門的な解説資料 by ミュンヘン工科大学 Christian Pfleiderer教授: ”Emergence, stability and decay of skyrmions in chiral magnets” via ロンドン大学ロイヤル・ホロウェー校
MnFeGeの結晶構造CGはVESTA 3によって描きました。
素晴らしい機能を無償でご提供されている泉富士夫氏と門馬綱一氏に感謝です
特性と考慮すると書き換え可能メディアより、記録保存メディアとしての価値が高いのかな。
鉄成分を任意の位置で制御できれば、永続的にデータの保持が可能になると思う。
今の所スピンの向きを後から変えるのは記事見た限りだと無理みたいだし、
そうなるとプレスCDみたいな製造・使い方になるんだろうか
【参考リンク】にもありますが、渦の書き込み/渦の消去には成功しているようです。
つまり、「渦の有り/無し→0/1の記録」 とすることは有り得ます。
私の記事では、「右巻き/左巻き → 0/1の記録」的な内容で書いてしまいましたので、
訂正させて頂きました。
「巻き方」よりは「渦の有無」の方がより制御しやすいと思います
もし
「渦の有/無」 「右巻き/左巻き」 「渦中心スピンの上向き/下向き」
の全ての状態を読み書きできれば
渦なし / 右巻き↑ / 左巻き↑ / 右巻き↓ / 左巻き↓
の5通りに記録できるので夢が広がりますね。
記録保存メディアとしては、IBMが研究してる(してた?)
”ミリピード” (超微細な穴を開けて0/1を記録する、ナノレベルのパンチカード)
のように物理的な形状で記録する方式のほうが
保存性の観点から向いてるかと思います。
スキルミオンのメリットは
「微小な電流で 生成/消去/移動 が可能」 という省電力性
なので、応用するとしたらやはり書き換え可能メディアかと思います。
ただ、記事にはかきませんでしたが、
「渦になることで、スピン構造が安定化する」 という性質もあるので、
他の磁気メモリよりは、データの安定性では勝る可能性があります。
現存の磁気ディスクすら単位セルごとの大きさが数十~数百nm単位なんだよなぁ
集積回路も回路幅が20nm割りだしているしなんかもう技術に頭が付いていける気がしない
ペンギンさん、今回も面白かったよ!
ありがとうございます
マニアック過ぎて誰も読まないのでは?
とドキドキしてました
スキルミオン、MRAMモードで合体だ!
お、おう…
とかふざけた突込みが書きにくい。みんなまじめに受け止めてるし。
でも将来のHDDの大容量化に期待できますね。
なにやら今のHDDの書き込みヘッドの技術にもスピントロニクスが使われてるらしいですね。
説明を読んでもよく理解できませんでしたが・・・。
この分野は日本主導らしいので、今後に期待したいなと思います。
ご指摘の通り、ハードディスクのヘッドにも
スピントロニクスが使われています
実は、読み取りヘッドに使われる素子は
記事中でも説明しているMRAMの素子とだいたい同じなんです
(TMR素子といいます)
STT-MRAM:電流を流して「フリー層」のスピンの向きを変えて、0/1を書き込む
HDDの読み取りヘッド:記録ビットからの磁界で「フリー層」のスピンの向きを変えて、0/1を読み取る
といった原理です。
同じ原理でも、記録に使われたり、読み取りに使われたりするのは
なかなか面白いですね
PCの技術はそこまで要求するレベルになってきてるのか…
新たなクエストを登録しました。
『メモリ業界の救世主? 奇妙な渦 “スキルミオン” を制御せよ』
ってのはともかくw
俺はPCってもブラウジング、ツイッター、後はADVゲームしかやらないけど、、、、
なるほどわからん。
『メモリ業界の救世主? 奇妙な渦 “スキルミオン” を制御せよ』
なんかNHKのサイエンスゼロみたいなタイトルで面白いw
「螺旋磁性体合金中のスキルミオン構造の大きさおよびカイラリティのスピン軌道相互作用による制御」
だと、論文タイトルとしては良いですが
一般向け記事では誰も見たいと思いませよねw
キャッチーなタイトルを付けるのは苦労するので
サイエンスZEROなどはとても参考になります
全くわからないが10年以内に実用化出来るような話しなんだろうか?