安い磁石を歪ませるだけ…白金フリーなハードディスク作製法が開発される
大容量ストレージとして欠かせないハードディスクドライブ。0/1情報を記録している記録層には、高価なレアメタルである白金が使われています。今回、白金フリーな記録層の作製法が、筑波大・高エネルギー加速器研究機構(KEK)と北大の研究グループから発表されました。その方法は至ってシンプル。安価なフェライト磁石を横に引き延ばす “だけ” なのです。
なぜ高価な白金を使う?
ハードディスクの記録層は微小な磁石の集合体です。そこへ強力な磁界をかけることで、磁石そのモノは回転させずにS極/N極を反転させ、0/1の記録を行っています(過去記事)。ここで、磁界をかけなくてもS極/N極の反転が起こってしまうと、記録を保持できません。そこで、微小磁石1個1個のS極/N極の固定力をある程度高くしなければいけません。
ハードディスク記録層の構造例。非磁性のSiO2で強磁性のCoCrPtを包み、微小磁石を作っている(NIMSのWebサイトより引用)
さて、現行のハードディスクの記録層には、上記の写真のようなCoCrPt-SiO2系の材料が使われています。磁性元素であるCo(コバルト)にPt(白金)を混ぜる理由はS極/N極の固定力向上です。白金族元素に特有の電子構造により、結晶磁気異方性という物性が変化するのです。ここで重要なのは “白金族元素に特有” という部分です。他の安い元素による固定力向上は困難なのです。
供給量が不安定かつ少ない白金ですが、不安定排ガスの浄化触媒を始め、燃料電池の触媒・エンジンの点火プラグ・高性能温度センサーなどに幅広く使われています。コストと供給安定性の両観点からも、白金フリーなハードディスク材料が求められているのです。
安価なフェライト磁石を歪ませよう
ここで、視点を変えてみましょう。元素を混ぜて固定力を向上することをスッパリと諦めるのです。替わりの方法は “結晶を歪ませる” ことです。結晶を特定の方向に歪ませると、原子同士の電子軌道の重なり方が変わります。結果として、S極/N極の向きやすい方向やその固定力が変化する場合があるのです(電子軌道の話は過去記事もご参照ください)。
とは言っても、”結晶を歪ませる” ことは簡単な話ではありません。また、どんな材料でもOKではないのです。しかし、筑波大・KEK・北大の共同グループは、安価なコバルトフェライト磁石を歪ませて、現行のCoCrPt材料よりも強い固定力を実現したのです。
フェライト磁石とは、ご家庭の冷蔵庫や学校の黒板などに付いている固定用の黒い磁石です。安価にそこそこの磁力を作れるため広く普及しています。そして、コバルトフェライト(CoxFe3-xO4)とは、そのフェライト磁石の元祖ともいうべき材料なのです。
酸化鉄(Fe2O3)の鉄原子の一部をコバルトで置き換えると・・・・磁力が比較的強い磁石となることを、1930年に加藤与五郎氏と武井武氏が発見しました。これがフェライト磁石の始まりです。ただし、現在はコバルトの替わりにBa(バリウム)やSr(ストロンチウム)などが使われています。
MgO単結晶基板の上で歪むコバルトフェライト
このコバルトフェライト、歪ませることで強い固定力を実現できるとも指摘されていました。しかし、作製が難しくなかなか研究は進んでいませんでした。今回の研究では、MgO(酸化マグネシウム)の上にコバルトフェライトの薄膜を作るだけで、高品質な結晶を歪ませることに成功し、かつ強い固定力が実証されたのです。
ハードディスクで実用するための課題
良い物ができたから、今すぐハードディスクに使おう!とはならず、主に以下の課題があると筆者は考えています。
量産時の特性バラツキ:この課題の前例はあのIGZOです。高性能な半導体を簡単に作れるという触れ込みで登場したIGZO。決して嘘ではないものの、量産時の特性バラツキが問題となっています。原因の一つは、IGZO作製時における酸素量制御のシビアさと言われています。酸素量が少しでも変わると特性が大きく変わるのです。そのため、現在はSHARPのみが量産できている状況です(過去記事)。そして、今回のコバルトフェライトでも同じ問題が有るのでは?と筆者は危惧しています。
微小磁石を作れるか?:冒頭の写真にあるように、記録層はCoCrPtの微小磁石が非磁性のSiO2で囲まれた構造です。小さいビットサイズにより大容量を実現するには、微小磁石構造は不可欠です。コバルトフェライトでも、同じような微小磁石構造を、良質で歪んだ結晶構造と両立する必要があるのです。
MgO基板は使えない:現状のハードディスク記録層の構造をザックリ言うと、下から順に ガラス基板/裏打ち層/記録層 です。裏打ち層とは、磁力は強いが、磁力の向きは簡単に変わってしまう層です。下図のように磁界の通り道となり、書き換え用の磁界の強さを高めてくれます。現行の垂直磁気記録方式では欠かすことができない層です。つまり、今回の研究のMgO基板/記録層という構成は使えません。
記録磁界は裏打ち層を通ってリターンヨークへ吸収される。裏打ち層が無いと磁界が広がって弱くなる。
ただし、これらの課題は簡単ではないものの解決可能だとも思います。メーカーの方にはぜひとも開発成功して頂きたいと願っています。
【参考リンク】
・ソース:[KEK via SJNニュース] [筑波大学, 北海道大学]
・偶然から発見された世界初のフェライトマグネット (TDK)
結晶構造CGはVESTA 3によって描きました。
素晴らしい機能を無償でご提供されている泉富士夫氏と門馬綱一氏に感謝致します。
特許を先行して取得して邪魔しちゃえ
MgO層が使えないってのがちょっと理解できない
MgOは別に磁界を遮蔽したりしないよね?
記録層と裏打ちとのあいだにMgO層を挟むことはできないの?
一番最後の但し書きを読もうね
但し書きを読んでも、MgO層が何故裏打ちの上に作れないのかという疑問は解消できないよ。
すいません
説明不足&分かりにくい文章のため
誤解をさせてしまいました
取りあえず、要点を箇条書きします。
後ほど、本文の方も訂正させていただきます。
・実用化の際に使えないのはMgO”基板”
・基板とは、色々な層を積層していくための、最初の土台の板
・裏打ち層の上にキレイな結晶構造のMgO層を作れるのならOK
・結晶がキレイなMgO層には、コバルトフェライトが上手く成長する
・ただし、結晶がキレイなMgO層を作ることはカンタンではない
・MgO基板は親指の爪サイズでも数千円
・ハードディスク用のガラス基板は数百円以下
・裏打ち層はどんな基板の上でも比較的カンタンに積層できる
・MgO基板の上に裏打ち層を作るのは、MgO基板のムダ遣い
MgOが何らかの形で磁場の邪魔するから、その障害を小さくするためにMgOを薄く形成したらいいんじゃない?
ってのがライターさんの考えじゃないの
あくまで勝手な予想だけどさ
ヘッドの改良でMgO基板が使えるようになればいいのにね。
おっしゃるとおり、
ヘッドの改良によって裏打ち層が要らなくなれば
今回の研究でも、現行のハードディスクにとっても大きなメリットです。
ただし、その “改良” は非常に困難なのです。
記録磁界の強さは “軟磁性材料” の磁化の大きさで決まります。
そして、その磁化の大きさはもう限界ギリギリまで来ています。
裏打ち層を不要にするには、
その限界を大幅に上回る新しい材料が必要です。
しかし、万が一そんな材料を開発できたら
ノーベル賞1個では全然足りないくらいの大きなブレークスルーだと思います。
それほど圧倒的に難しいのです。
という訳で、製法が確立してて充分に効果のある裏打ち層を使う方が
はるかに賢明な状況なのです
ちょっと俺今からハードディスク大量購入して白金剥いでくる
ハードディスク購入費 > 回収できた白銀の売値
お前には損益計算がハードなことは分かった
普通に金へ投資してしばらく寝かせて売ったほうが利益出るな
とりあえずどこの株を買えばいい?
HDDの未来は視界不良。
年々消費量低下が顕著なのよ。
結局SSDやらクラウドへの移行がすすんでいるので狙い撃ちを奨めない。
「クラウド」は何にデータを保存しているの
大規模データセンターではテープメディアが主流になりつつあるのです。
単価も安く、大容量で、堅牢だからね。
でもこの発明によって、価格低下と容量増が一気に起きるといいですねぇ…
SSDも良いけどまだまだ高価だし、据え付けだったらHDDの苦手な振動にも対応出来るし。
10Tが1万円くらいで購入出来れば家庭用NAS環境が改善出来るのですが。