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凛「庭上のサンドリヨン」|エレファント速報:SSまとめブログ

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凛「庭上のサンドリヨン」

1 :よっっしゃあああああしぶりん新SRキタアアア!!!! ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:31:20.55 ID:vhF1ZYOxo




世界は――大して進化していなかった。

否、テクノロジそのものは進んでいるのだが……肝腎の人間がそれに追い付いていかないのである。


そう、それは、例えるならば、21世紀初頭に於いて携帯電話端末で起きた革命を、理解も使いこなしも出来ない、

SMSと通話、そして僅かばかりのゲームしかしない癖に革新的端末を我先にと求め、それを使えば何でも出来ると妄信した結果なにも遺せず、

あまつさえSMSの文字を打ち込むのにフリックではなくわざわざボタンを何回もタップするような――

人間とはそう云う連中ばかりなのだ。


『我が回想』 ――CHIHIRO SENKAWA






9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/10/31(木) 23:41:51.02 ID:5Y7sKgGoo

渋谷凛(15)
hNCYzKYMuG2Erf


おう兄弟、共に回そうじゃないか



2 :今回ちょっとダークになるよたぶん ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:34:47.88 ID:vhF1ZYOxo







PROLOGUE - Plateau
・・・・・・・・・・・・









3 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:36:16.46 ID:vhF1ZYOxo


――時は西暦2062年。

21世紀も半ばを過ぎ、今世紀の最大の功績を挙げるならば、現段階では、

脳科学、情報工学、そして生物工学の大幅な進化と云えるだろう。


脳の解析が進んだことで、それを数字の集合体へ置き換えること―サブリメーション―が可能となり、

情報工学が進んだことで、それら全てを電子の海で制御できるようになった。


抗癌剤は不要になったし、風邪の特効薬を開発すればノーベル賞ものだと云う話も語られなくなって久しい。


このようにテクノロジが進化した世界に於いて、人間の脳は、延髄に設けられたポートを介することで、

シナプス・ニューロンを、直接コンピュータネットワークへ接続できるようになっていた。

娯楽も、ほとんどのオフィスワークも、そのNEURONetで済む時代になった。



4 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:37:03.01 ID:vhF1ZYOxo


……とは云え、重要な書類などは紙に印刷して郵送するなどと云う非効率な前時代的文化が依然として根強い上、

移動手段は相変わらず、熱や電気を運動へ変換し、地面に摩擦で動力を伝える類いの乗り物だ。


浮上する車など様々な技術革新はあったが、結局、エネルギーのロスだとか、

メンテナンスの手間や維持費だとか、諸々の制約で普及はしなかった。


つまるところ、一番優れているのは、太古の昔から人類を運んできた、車輪を装着した乗り物だったのである。


また、莫大な計算能力を誇る量子コンピュータが実用化され身近となっても、結局やることと云えば性的な画像・映像の探索くらいだし、

脳をネットワークへつなげることができるようになっても、相変わらず人々は会社へ出勤してくる。

自宅で仕事する形態は、気分の切替が難しいとか、勤怠管理・時間管理が面倒だとか、そう云う理由で、特に雇用労働者にはあまり広がっていない。

それら厳然たる事実は、人類の進化などたかが知れていると云うことを如実に示すものであった。


高度な物理理論や技術が社会全体へ浸透するのは、あくまでSFの世界だけなのだ。



5 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:38:00.05 ID:vhF1ZYOxo


しかし、娯楽の形はNEURONetによって大きな転換を迎えた。

電波産業――つまり旧来テレビ・旧来ラジオの崩壊である。


わざわざ映像を表示機器に映し、それを網膜経由で脳へ送り込む
 ――または音声をスピーカに流し、それを鼓膜経由で脳へ送り込む――

など非効率の最たるものであり、

データをネットワーク経由で脳へ直接伝達できるテクノロジによって、それらは一瞬にして淘汰されたのだ。



6 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:38:26.54 ID:vhF1ZYOxo


勿論、コンテンツを制作する者およびその類いの会社は存続している。

エンドユーザへ届ける手段は変わっても、中身まではそうそう変わらないからだ。


弾け飛んだのは、上がってきた成果物をただ横へ流すだけの、電波利権に胡座をかいていた怠惰な放送事業者。


これだけ。


これだけだが――



7 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:38:53.31 ID:vhF1ZYOxo

コンテンツ業界を牛耳っていたそれら“悪臭を放つ膿”が一掃されたことで、業界の構造は大きく変革した。

『素材』を持っているところが、自らコンテンツを作り、自らエンドユーザへ届ける。


そう、コンテンツを作るには必ず『素材』が必要だ。

そして一番代替が利かない重要な『素材』――人的リソース。

それを多く持つところこそが、新しい娯楽産業カーストの頂点として君臨した。


 ――アイドル・タレント事務所である。




8 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:41:01.56 ID:vhF1ZYOxo







Universo Parallelo
・・・・・・・・・・・・








10 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:42:21.85 ID:vhF1ZYOxo


――君、アイドルになる気はないか?

――ふーん……ンタが私のプロ……ーサー?

――……会っ……私の……なんて思……ありが……今度は私が……のため……る番だね……


――――
――

夢を見ていた。

かつて、私をこの世界へ引き込んだ――
――いや、私がこの世界へ足を踏み入れたときの夢を。

スポットライトを浴びた自分が、ファンの人々から熱狂的な声援を受けている夢を。

いつも見るのは、色のついた鮮明なもの。

それはまるで、記録映像―アーカイブ―を見ているかのよう――



11 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:43:30.69 ID:vhF1ZYOxo


 PiPiPiPi……

ぱちり。

渋谷凛は、脳内に響く電子音で目を覚ました。

自らの部屋、自らの寝床。

 ――いつもと変わらない光景。

しかし
今日は少し懐かしい夢を見た気がする。

内容までは憶えていないけれど。

それでも不快な夢ではなかったということだけは憶えている、気がした。



12 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:44:11.82 ID:vhF1ZYOxo


今日も仕事。

今日もアイドル活動。

 ――いつもと変わらない日常。

さて、と……
そう一言声を出して。

凛は毛布をのそのそと除け、ゆっくりとバスルームに消えていった。



13 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:44:56.90 ID:vhF1ZYOxo



・・・・・・


「はぁ、しんど」

凛は真夏の満員電車に揺られながら、その『短い髪』をかき上げてぼやいた。

まもなく七月が下旬に差し掛かろうかと云う頃。

先日、あまりの暑さに嫌気してばっさり切ったのだ。


凛は、娯楽カーストの一番上、CGプロダクションに所属するアイドル。

シンデレラガールとして、そのトップを長年ひた走る存在である。



14 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:45:53.15 ID:vhF1ZYOxo

……その割には、彼女の姿形はデビュー時からほとんど変化していないように見える。

由美かおるも真っ青な無変化っぷりだ。

そんなトップアイドルがトレードマークである長く綺麗な黒髪を放棄するとは、通常なら考えられないことだろうか?

ご心配なく。
今のご時世、アイドルのデータはエンドユーザへ届ける前に多少の改竄を行なうので、さしたる問題ではない。

NEURONet上では、彼女は変わらず黒く光る、美しい長髪を纏っているのだ。

現在のアイドルは、自ら電子の海へダイブし、その複製―デッドコピー―をエンドユーザに届ける存在であった。

つまり自分自身の証跡を恣意的に複製し、それを客の脳へ直接送るわけだ。


――エンドユーザはアイドルとの一体感を味わえ、アドレナリンとドーパミンの快楽に溺れる。



15 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:46:40.31 ID:vhF1ZYOxo


このような業態であるため、一見、面倒な思いをしてまで通勤する必要性は全くないように思える。

さらに云えば、単に数値化―サブリメーション―した脳の記録を複製するだけでいいようにも思えるのだが。

実際は、現実の人間の身体にある感覚器が紡ぎ出すリアルなデータを付加しなければ、娯楽コンテンツとしての及第点には到達できなかった。

情報工学が発展しても、その部分だけは数字に置き換えることができないままでいる。
――正確に云えば、数値化自体は容易いのだが、その計算量が膨大すぎて、量子コンピュータを以てしてもリアルタイム処理が追い付かないのである。

そんな苦労とコストを負って計算させるより、人間の神経が実際に受けているデータを読み込む方が圧倒的に楽だし経済的だった。


それに、先述したとおり、技術は進化しても人間は進化しない。

面倒でも、事務所への通勤という儀式を経ることで、仕事をする意識を保てるのだ。

多くの人と複雑に関わり合うアイドル業界には、SOHOの業務形態は合わないという事情もあった。



16 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:47:32.38 ID:vhF1ZYOxo



・・・・・・


「……おはよ」

CGプロ、麻布十番の事務所。

扉を開けて朝の挨拶をすると、返ってくるのは事務員ちひろの声だけであった。

いま事務所にいるアイドルたちは、全て延髄のポートを接続し、『ダイブ』している最中だ。

「――あら、おはよう凛ちゃん。随分とだるそうね、大丈夫?」

「うん、まあこれだけ暑ければね。大江戸線は相変わらずクーラーの効きが悪くて厭んなっちゃうよ」

凛はぼやきつつ、トレードマークの制服、その胸の部分を、左手で碧いネクタイごと持ち、ぱたぱたと扇いだ。



17 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:48:12.97 ID:vhF1ZYOxo

しかしネクタイが蓋の役割をしているので、あまり風の流れは起こらない。

はぁ、と溜息を漏らし、右手に持ったバッグを降ろしてから、自らのブースへ坐る。

ブース自体は、簡素なものだ。

端末の他は、首に挿さるコードの邪魔をしないよう、頭部と背部をセパレートで保持するリクライニングチェアがあるのみ。

凛はハンカチを取り出して首筋に浮いた汗を拭い、それを机の上へ放ってから、プラグを延髄のポートへ挿入した。

ノードのOSが起動し、NEURONetへ接続される。

『――CONNECTED――』

眼を瞑ると、長いチューブと云うべきか、トンネルと云うべきか、変幻自在の筒の中を浮遊しながら進む感覚が身を包む。

実装時、アイドル仲間の南条光が「グリッドマンのOPだ!」と興奮していたことを不意に思い出した。



18 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:48:48.70 ID:vhF1ZYOxo

数瞬でデータリンクを終え、メニューが表示される。


  { お仕事 } [ LIVEバトル ]
[ レッスン ] [ 特訓 ] [ ガチャ ]


『お仕事』以外を選ぶことは稀。

『LIVEバトル』および『レッスン』は上層部―うえ―からの指示があるときのみ、特訓とガチャに至っては一度も開いたことがない。

何の為に存在しているメニューなのか、以前、凛がちひろに訊いた際には、プロデューサー職種の人間のための項目なのだと云われた。

一々気にしていても仕方ないので、それ以来殊更に追究する気はないのだが、

アイドル用とプロデューサー用で別個にOSのカスタマイズを施しておいて欲しい気も、少しだけある。



19 : ◆SHIBURINzgLf 2013/10/31(木) 23:50:07.09 ID:vhF1ZYOxo


さて、今日の仕事はニューロキャスト――つまりラジオのNEURONet版――の発信だ。

『お仕事』を
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