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3:キャタピラさん ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:13:33.86 ID:JGBQ+Wk30

 エゥーゴとカラバの共同作戦によって、ジャブローから連邦軍本部の移籍先となったキリマンジャロ基地が壊滅してから早3日。

速報では、エゥーゴが核兵器を使用したと言われていたが…

明らかにティターンズがエゥーゴやカラバを巻き込むために使った自爆用の核兵器だろう。

ジャブローで2発も起爆させたんだ。キリマンジャロを吹き飛ばすくらい、やるはずだ。

追加の情報が来ないってことが、そいつを物語っている。

 この基地内は、本来はティターンズとは何の関係もなかった辺ぴな軍の駐屯基地。

それなのにその影響でこんな夜中までドタバタだ。

もちろん俺もティターンズなんかとは違って、生粋の連邦軍人だ。主義や主張なんかありはしない。

給料と安定以外のメリットが、この仕事にあろうはずもない、まぁ、反連邦組織とやりあっている前線には申し訳ない話だが。

ただ、8月からこっちはティターンズの下請けみたいなもんだ。それも、キリマンジャロの一件で情勢が緊迫してきている。

ティターンズの連中も必死、ってわけだ。でなければ、この騒ぎになっているはずもない。

 不意に、部屋の内線が鳴った。イヤな予感がする。俺は恐る恐るその受話器を取った。

「こちら、情報管理室。マーク・マンハイム中尉であります」

「あぁ、貴様か」

女の声。

 8月。議会での決議で採択された権限引上げとともに、この基地のお目付け役としてやってきたティターンズの女大尉殿だ。

やつらの階級は常に一つ上。要するに、大尉殿は少佐扱い、と言うことになる。うちの基地長と同格。

だが、基地長のヤツは大尉殿がくるなりまるで借りてきた猫だ。強権をふるうティターンズが怖いのだろう。

事実上、この基地はこの大尉殿とお連れの部下、2人のたった3人に支配されている。

いやな話だが、俺は妙にこの大尉殿に気に入られていた。

だが、俺の方は名前を憶えたくないくらい、大尉殿が好きにはなれなかった。

大尉殿の専門は、事情聴取。主に狩ってきた反連邦組織の人間や、密航者、元ジオン兵やなんかの取り調べをやっている。

が、半分、殺しを楽しんでいるようなやつだ。

事情聴取が始まると、うちの基地の人間は外に追い出して、自分の部下と一緒に手にしたムチで滅多打ち。

気を失ったら、水をぶっかけてさらに滅多打ち、らしい。

ここに連れてこられた奴の多くは、軍の拘置所に送られるか、死体袋か、だ。






 
4: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:14:13.48 ID:JGBQ+Wk30

「先日の情報分析のデータに目を通した。なかなか示唆に富んだ内容であったな」

分析、と言うのは…基地周辺の反連邦組織の活動報告をまとめて、傾向を示した程度のものだ。

データの内容はその程度だが、俺はティターンズへの皮肉たっぷりに考察しておいた。

『おたくらは役立たずなんじゃありませんか?』

と、暗にケンカを売ったつもりだったのだが。


「は、お目通しいただけましたか」

「ここまですっぱりと我らティターンズの力不足に言及するとは、いい度胸だ。この言いようはますます気に入った。

 どうだ、あたしの部下になるというのは?」

「小官は、一軍人であります。上官の指示がなければ、一存で移籍を行えるものではないと考えております」

「なるほど…少佐の許可があれば、と言うことだな。考えておこう」

まったく、社交辞令でお断りしてるのが分からないのかよ!

「まぁ、それは良いとして。本題だ。表門に不審者を捉えた陸戦隊が到着している。貴様に受け入れを任せたい」

不審者、か。そういや、ちょっと前にそんな連絡が入ってたな。かわいそうに。ここへ着いたんじゃ、間違いなく、地獄、だ。

「了解しました。これより向かいます」

俺が返事をすると大尉殿は満足そうに

「頼んだぞ。食事は出すなよ。拘禁室にぶち込んでおくようにな」

と言って電話を切った。

 あぁ、くそ、胸糞悪い!

 俺は腰に差してあった拳銃の弾倉を覗き込んで状態を確認した。万が一のときには、やはり必要だ。

それから、飲みかけのコーヒーを一気に流し込んで、表門へと向かった。





5: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:14:57.46 ID:JGBQ+Wk30

 いつのまにか、ザーザーと雨が降り出している。

基地の外周に立つ監視塔からのサーチライトが、門のすぐ前に止っているトラックに向けられていた。

 俺がそこまで歩いて行くと、ひとりの兵士が俺に向かって敬礼をしてくる。

「自分は!第10陸戦連隊のパワーズ伍長であります!不審者を連行しました!」

俺も敬礼を返しながら

「マーク・マンハイム中尉だ。ご苦労だった、伍長。楽にしてくれ、堅苦しいのは苦手だ」

と言うと、曹長はすこし気持ちを緩めたのか

「は」

と静かに返事をした。

 「拘禁室へ連れて行く。出してくれ」

「はい。おい、連れて来い!」

俺が言うと、曹長はトラックの方に大手を振ってそう指示した。

数人の小銃を担いだ兵士たちが怒鳴り声をあげてトラックの荷台から人を引っ張り出してくる…おい、なんだよ、不審者って…

 荷台から降りてきたのは、20代くらいの女性が一人と、そして、まだ10代半ばにも満たないような、子ども達だった。

雨に濡れて、びしょびしょの姿で、彼らは、小銃を突きつける兵士たちに囲まれて俺の前にまで連れてこられた。

「全部で、5名です」

伍長が言った。

「見ればわかる。連れてきてくれ」

「はっ!」

俺はそうとだけ言って、基地内へその「不審者」達を連行させた。

 あんな子どもが不審者だって?笑わせるな。保護ってんならまだわかるが、銃まで突きつけて連れてくるような相手か?

バカげてる。仮にこいつらが反連邦組織の人間だったとしても、何ができる?重要度の低い内偵くらいなもんじゃないか。

それを不審者だと?

上は何を考えてやがるんだ…あの大尉殿のご命令だってのか?

 拘禁室についた。女性と子ども達を中に押し込めると、扉をしめて、施錠をする。

それから、ここまで連行してきてくれた兵士たちに

「ご苦労だった。営舎に暖かい物を用意させよう。少し休んでくれ」

と言ってやった。こいつらが、自分の意思であんなのをつかまえてくるはずがない。

きっと、それぞれに思うところがあるはずだ。

とにかく、今は、そいつを忘れさせてやった方がいい。

「は!感謝します!」

伍長が代表して敬礼をし、陸戦隊は背筋を伸ばして営舎の方へ消えて行った。

俺は拘禁室のすぐそばの自分の執務室に戻ると、まず、営舎へ連絡をして暖かい食事を用意するように言った。

それから、大尉殿にも報告をする。

 好い気なもんで

「ご苦労、あとは明日、我々が尋問するので、余計な手を出さぬよう、良く見張っていてくれ」

だと。ふざけんな。





6: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:15:34.52 ID:JGBQ+Wk30

 俺は、そのまま、執務室で時間をつぶす。ほどなくして、ドアをノックする音が聞こえた。

「開いている」

俺が言うと、ガチャっとドアを開けて、女性士官が部屋に入ってきた。

「ハンナ・コイヴィスト少尉入りまーすっと」

 ハンナは、この基地の補給担当士官で、俺の幼馴染だ。

俺もハンナも、北欧出身で、7年前の戦争が終わってから士官学校に入った。

若かった俺は、単純に連邦の正義とか平和とかそう言うのを守りたいと思って入隊。

彼女の方は、戦争で亡くなった、軍人だった父親の影を追って連邦に入るんだ、と、その当時は言っていた。

士官学校を出てからは、俺はオーストラリアでジオンの残党探し、ハンナは北米で戦後処理をやっていたらしい。

 それからお互いにいくつかの現場を転々として、去年、ここで偶然再会した。

基地の連中からはよく冷やかされるのだが、再会してからは可能な限り二人で一緒の時間を過ごすようになっていた。

士官学校時代や、もっと前はそんなこと考えもしなかったんだが、何年も経ってから再び会った彼女は、何と言うか、

まるで、そもそもそうなることが至極当然だったように、俺の心にすっぽりと収まった。

欠けていた何かが、埋まったというべきか。

 育って来た環境や距離を考えれば当然と言えば当然なのかもしれないが、とにかく、再会して1か月もたたないうちに、

俺とハンナは今までなんでそうして来なかったのかわからないくらい自然に、恋人同士になった。

 ナベとマグをいくつか乗せているトレイを見せて

「差し入れお持ちしましたよ、中尉」

といたずらっぽく笑った。

「あぁ、すまん」

俺はそう返事をして立ち上がり、執務室の備品庫からタオルを何枚か引っ張り出した。

それからハンナを連れて、拘禁室へ向かった。

 拘禁室を含めたこのフロアの管理は、俺の仕事。

もちろん、本来は尋問もこの分野なのだが、大尉殿がいらっしゃって以来、そんなことは一度もしたことがなかった。

まぁ、殴ったりなんだりするようなことは絶対にしたくなくて、温い尋問だったろうという自覚はあるんだが。

 拘禁室に入ると、女性と子ども達は、隅に固まって、抱き合うようにして震えていた。天井の電燈をつける。

微かな明かりが、煌々と室内に灯った。

 ハンナも部屋に引き入れて、ドアを閉める。





7: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:16:27.68 ID:JGBQ+Wk30

 俺は、持って来たタオルを彼らに投げてやった。それを受け取った女性が、マジマジとこちらを見つめてくる。

「寒いだろう。とりあえず、それで体を拭け」

俺が言ってやると、女性はおずおずと、タオルで子ども達の体を拭き始めた。

 俺とハンナは床に座って、鍋の中のスープをマグに分ける。ハンナのスープはうまい。

 こういう差し入れは、基本的には罰則の対象。バレたら、ヤバい。

だが、俺とハンナは気になる捕虜や囚人がいると、こうしてせめて食事だけでも、と隠れて持ってきていた。

これが初めてってわけじゃない。

しかし、今回は異例すぎる。今までこんなことをしてきた相手は若い女の捕虜くらいなもんだったが、子どもは初めてだ。

あの大尉殿、こいつらにまでムチで殴るような尋問をするつもりだろうか…いや、まずはあの女性を狙う、か。

女性を殴っているところを子ども達に見せつけて、子ども達から先に口を割らせるつもりだろう。

いや、先に子どもをやるかもしれないな。それを女性に見せつける方が、効果的だ…くそ!

 拷問に耐える様な特別な訓練を受けているやつは大抵、殺されるまでやられる。

あの女性は、どうだろう。

 どういう関係なのか知らんが、あの子ども達の前で、彼女は殺されるかもしれない。

それを見て、子ども達が正常でいられるかどうか…

 「ほら、食べよう」

ハンナが彼らに声をかけた。

 5人は、警戒しているのか、こっちへ近づこうとはしない。それもそうだろう。

俺はハンナが取り分けたマグの一つを無造作に取って口に運んだ。それから

「飲んどけ」

とだけ言った。ハンナが床に座ったまま、ズリズリと5人の方にすり寄っていく。

ハンナ、それはちょっと怖いかも知んないぞ。

 すると、5人の中で一番幼く見える少女が、手を伸ばした。

「待って!」

不意に女性が叫んだ。少女はビクッとして手を引っ込める。

それから声を上げた女性は、ためらいながらマグの一つを手に取ると、ハンナの顔を見ながら、ゆっくりと口を付けた。

彼女は、すこしためらってから、スープを一気に飲み干した。





8: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:17:16.16 ID:JGBQ+Wk30

 マグをトレイに戻し、そのままハンナをじっと見つめている。

 警戒心の強い子だな。それに、子ども達を守ろうと必死だ。一気に飲み干して、体に異変がないか、確認しているんだろう。

 どれくらい時間が経ったか、彼女は子ども達に

「大丈夫…だと思う。いただきましょう」

と言った。子ども達はパッと明るい笑顔を見せて、われ先にとマグを取ると、まるで水を飲み干すみたいにゴクゴクとあおった。

「どう?自慢なんだ、スープ。おいしいでしょ?」

ハンナが子ども達に言う。聞いているのかいないのか、子ども達はスープを一心不乱に飲み干した。

「お代わりいる人はマグ頂戴ね」

ハンナが言うと、子ども達は無言でマグをハンナの前に突き出していた。

保護者らしい女性も、やはり戸惑いながら、マグをハンナに向けていた。

 スープの入っていた鍋は、たちまちカラッポだ。

「おいしかった?」

ハンナがそう言って子ども達に笑いかけた。

そしたら、一番小さかった女の子が目にじんわりと涙をためて、それがポロッと零れ落ちたと思ったら、

顔を伏せてしゃくりあげだした。

 子ども達の中では一番の年上に見える男の子が、彼女を抱き寄せて頭を撫でてやっている。

 そりゃぁ、怖いだろう。大の大人だって、明日から拷問されます、って聞かされたら、こうなるに違いない。

こいつらが明日の予定をしってるかどうかなんてわからないが、最悪のことを想像してしまうのは、状況として当然だ。

 あの大尉殿め。なんとか言いくるめてやれないかな…こんなやつらを尋問にかけるなんて胸糞悪すぎる。

 不意に、ピピっと言う音が拘禁室内に響いた。俺の腕時計のタイマーだ。長居するわけには行かなかった。

「ごめん、時間だ。行くね」

そう言ってハンナが立ち上がった。俺も腰を上げて、尻をパンパンとはたく。

俺たちを見つめる5人を横目に見ながら、俺とハンナは拘禁室を出て執務室に戻った。





9: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:17:50.19 ID:JGBQ+Wk30

 「ねえ、マーク」

執務室に入るなり、ハンナは俺に詰め寄ってきた。言いたいことは、分かる。

「彼ら、なんとかしてあげられないの?」

ハンナの顔は、今にも泣きだしそうだった。

 そんなこと、ずっと考えてるよ、俺だって。

 言葉じゃなくて、ため息が出た。俺は椅子に座り込んで、さらに考えを巡らせる。

 何とか、あの大尉の尋問からは避けさせてやりたい。さっきも思ったが、おそらくあの大尉のことだ。

誰かを半殺しにして、自白の強要を迫るだろう。あの女性がそうなるか、あるいは、子ども達のうちの誰か、か。

いや、やはり、子どもを一人、痛めつけて、女性からの情報を引き出す方が有用か。

 あの中のうち誰かが、ムチで皮膚を裂かれて、血だるまになって…

 胸にムカムカする何かがこみ上がってきた。これは、怒りか。冷静になれ。

なんとかあのくそったれ女大尉を丸め込む方法はないのか…

 どうすりゃいい?別口の重要参考人だって言う手配書でもでっち上げるか?

いや、そんなもん、確認されて終わりだ。だいたい、あいつら、なんで子どもなのにつかまってるんだ?

陸戦隊があんなのを怪しいと思うはずがない。明らかに、あの大尉が連れて来させたんだ。

だとすれば、大尉はあいつらが何者か知っているってことか…

だとすると下手に情報いじっても、バレるどころか、俺まで疑われるな…

 大尉が直接指示をだして連れてきたんだとしたら、俺にできることはなにもない。

あるとすりゃぁ、銃殺覚悟で上申してやめさせることだけだ。正直、そこまでやるほど、思い入れがあるわけじゃぁないが…

 「どうしようもない。あいつらは、大尉の命令で連れて来られたんだ。俺が何を言っても、どうにかなるもんじゃない」

俺が言うと、ハンナの表情が険しくなった。

「だって、まだ子どもだよ?!悪いことしてここへ連行されたなんて思えない!」

「確かにそうだが…上がそう思っていない以上、できることは限られてる」

ハンナは拳を握って壁を殴りつけた。

 悔しいが、今のこの基地の命令系統の下じゃ、俺たちがしてやれるのは、黙って食事をだしてやることくらいだ。

あるとすりゃぁ…

「あとは、殺すしかない」

「えっ…」

俺の言葉に、ハンナは声を上げた。

「こ、殺すって、大尉を?」

「あぁ、お付きの二人もな」

「で、でも、それは…」

「そう、リスクがデカすぎる。まだ、脱走を手引きする方が無難だな」

自分で言い出しておいて、現実的ではなさ過ぎて笑えてしまった。ハンナはそんな俺をしり目に、黙り込んだ。

はぁ、こいつ、変なこと考えてんじゃないだろうな?

たまーに突拍子もないこと始めるとこあるんだよな…そのクセが出ないと良いが…

 ハンナはそれっきり黙ってしまった。そのままイスに座り込んで虚空を見つめている。





10: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:18:31.23 ID:JGBQ+Wk30

 不意に、部屋の電話が鳴った。ハンナも俺もハッとする。人差し指を立ててハンナ静かにするよう伝えてから受話器を上げた。

「こちら情報管理室」

「あぁ、たびたびすまないな」

またかよ、大尉殿。

「これは、大尉殿。どうされました?」

「例の、連行した不審者だが、人数は5人で間違いないのだな?」

先ほど報告を上げたが、人数の再確認なんて珍しいな。

「は。確かに、5名です」

「そうか…」

大尉殿は、なにやら曇った声色でそうつぶやく。

「なにか問題が?」

俺がそう聞いてみると、大尉殿はすこしあわてた様子で

「い、いや、何もない。明日の朝一番で取り調べを行う。

 貴様にはすまないが、今晩は寝ずの番でやつらを見張っておくようにな」

と言い放って来た。外道め、俺の使い方まで荒いときたもんだ。

「は。承りました」

「頼むぞ」

また、一方的に電話が切れた。

 なんだ、今の電話?5人は予想外なのか?

多いのか、少ないのか…少ないのだったら、どこか近くに、仲間が隠れている可能性がある。

多いのであれば、あの中で誰かがイレギュラーなのだろう。しいて言えば、あの女性か…?

 「マーク、私いったん、営舎に戻るね」

ハンナがそう言って椅子から立ち上がった。

「ん、あぁ。悪かったな、夜中に呼び出して」

俺が謝ると、ハンナは笑って

「ううん。平気」

と静かに言った。それから、俺に抱き着いてきて、軽いキスを交わしたハンナは、トレイを持って執務室から出て行った。

 彼女の後姿を見送ってから、俺は、体が重くなるのを感じてデスクに突っ伏した。

考えたって、仕方ない。俺にはどうすることも出来はしないんだ。

願わくば、あの子ども達が、大尉に痛めつけられないように、とそれだけを思っていた。

 そうだ、あいつらの生き死になんか、関係ない。別段、知り合いってわけでもないんだ…

そうは思っても、彼らの末路が分かっているだけに、気が滅入る。

これまでに、あの大尉殿、なんとかハメて左遷にでも出来ないかと計画したこともあったが、

念入りなことで、身辺の情報封鎖は完璧だ。いずれにしても、こんな木端の情報士官が手を出すにはちょっとばかり無理があった。

俺はただ、この理不尽な感情をどうにかこうにか押さえつけることしかできはしないんだ。



 不意に、耳鳴りがした。





11: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:19:28.28 ID:JGBQ+Wk30

―――なんだ…?


いや、これは耳鳴りか?

 ジジッと、天井の電燈が妙な音を立てた。

 次の瞬間。バツン!と言う音とともに、あたりが真っ暗になった。

次いで、ズン!と言う重低音とともに建物全体が軋む。

今のは――!?

「て、停電だ!」

「ば、爆発!?弾薬庫が誘爆する!消火班!」

表で誰かの叫ぶ声が聞こえる。

「侵入者だ!」

別の誰かが叫んだ。

―――侵入者だと?こんな小さな基地へ?エゥーゴか?カラバか?もっと他の組織か?

「逃げたぞ!南側!追え!」

「生け捕りにしろ!殺すなよ!」

銃声と叫び声が聞こえる。

 俺は、手元の暗がりを探って、机の上に置いておいた拳銃を手にしてスライドを引いた。

携帯ライトを灯して部屋から飛び出そうとして、はたと思った。

―――目的は、なんだ?

こんな基地へわざわざ侵入してくる目的は…?重要な兵器も、情報があるわけでもない。

いったい、何のために?

 答えは、自然と導かれた。

―――子ども達が狙いか!

 兵士たちがバタバタと表へ駆け出していく足音が聞こえる。

だが、俺は行かなかった。廊下を走り、拘留室へ走った。

 拘留室へ続く廊下には鉄格子がある。俺は、ベルトにかけてあった鍵でそいつを開けようとするが…施錠が、されていない?!

俺は鉄格子を蹴り開けてさらに廊下を進む。

しかし、突き当たりにある拘留室のドアをライトで照らして、気が付いた。

 ドアが半分ほど開いている。

―――やられた!

念のために部屋の中に駆け込むが、人っ子一人、見当たらない。

 部屋からでて、無線で連絡しようとしたとき、何かが聞こえた。

物音だ…ガタガタと言う、かすかな…これは、金属音?

 それは、拘留室のすぐ脇。移送の際に使う裏口へと続く倉庫、またの名を「死体安置所」から聞こえてくる。

俺は無線をしまって、拳銃を握りなおすと、息を殺して扉の前に近づき、思い切りその扉を蹴り飛ばした。

 「動くな!」

ライトで中を照らしながらそう叫ぶ。暗がりの中、ライトの小さな光の円が照らしだしたのは…


ハンナだった。

傍らにはあの子ども達と女性もいる。





12: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:20:09.09 ID:JGBQ+Wk30

「ハンナ、お前何を…」

子どもの一人が俺に向かって突進してくる。

俺は前蹴り一発でその子どもを床に昏倒させた。

 クソっ!ハンナ、お前、まさか…

「マーク!ごめん、私、我慢できなかった…!」

ハンナが叫びながら、なおもドアの前で何かをやっている。

 バタバタと外で足音が聞こえた。

「拘留室を抑えて!誰も寄せ付けないように!」

今の声!大尉殿だ…!

 俺は彼らの方を見やった。クソ、クソっ!あの快楽殺人者め!

 足元に転がった少年に少女が駆け寄って、彼をかばうようにして俺をにらんでいる。

女性も、彼女にすがりつくようにしている少女二人も怯えた瞳で、俺を見据えている。

ちきしょう!俺はそんな趣味はないんだ!

 自分でも、自分の行動が理解できてはいなかった。俺は背後の扉を閉めて施錠をした。

「どけ!」

ハンナと子ども達を脇に退かせて腰に下げていた鍵束で裏口の施錠を開ける。

 薄くドア開いて外を見る。見張りの兵士も、南側へ集中しているようだ。味方ながら、マヌケなもんだ。

「ついてこい!」

俺は先頭に立って走った。基地の側面を北側に回って、車輌庫へ向かう。壁際で、後ろを確認する。

ハンナと女性と、子ども4人、ちゃんとついてきている。

 もう一度前を見やって、車輌庫の方を確認する。昼間のトラックが無造作に置いてあるう。あれを拝借するか…

「ここで待っていろ」

俺は小声で指示すると、トラック目がけて走った。見張りはいない。行ける!

 トラックに乗り込んでエンジンをかける。さすがにこれには気が付くだろう。

時間はない…すぐにトラックをハンナ達の方へ走らせて

「乗れ!」

と怒鳴った。彼らは素直に、俊敏にトラックに飛び乗ってくる。

ちきしょう!どうしてこうなっちまったんだよ!

 俺は、そんなことを考えながらアクセルを踏み込んだ。デカイ音をさせて、基地の周辺に張り巡らされた金網を突き破る。

「逃げたぞ!追え!」

背後で、叫び声と銃声が聞こえた。

もう、後戻りは出来そうにないな…クソ!





13: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:21:02.12 ID:JGBQ+Wk30

 俺は必死で車を走らせた。どうすんだ!?このまま逃げ切れるわけないぞ!

「お、追いかけてくる!」

「撃ってくるぞ!頭下げろ!」

俺はそう怒鳴りながら考える。そんなとき、後ろから声が聞こえた。

「マーク!橋へ向かって!」

「なにかあんのか!?」

ハンナが叫んだので怒鳴り返す。

「これが使えるかも…」

ハンナはそう言って俺の前に何かを突き出してきた。

これは…爆薬?

「どこでそんなもんを?」

「ウェポンボックスの中に一式入ってた!」

―――ついてた!

このトラック、陸戦隊のものらしい。やつらの装備の予備に違いない。

 すぐ近くで銃声が響いた。振り返ると、女性が自動小銃を荷台から後方に向けて乱射している。

「戦闘の車両を狙え!アシを止めさせろ!」

「はい!」

俺の指示に、女性の力強い返事が聞こえた。

俺はトラックを橋へ向かわせる。基地に近くには谷があって、そこには車一台がやっと通れる程度の小さな橋が架かっている。

この爆薬があれば、橋自体を崩落させることは出来なくても、通路に大穴を開けてやれる。

そうなれば、逃げ切れる!

 基地の周りに広がる森を抜けた。橋が見えてくる。

「扱い方、分かるか?!」

「任せて!」

「よし…!投げろ!」

俺は橋の半ばまで来てハンナにそう指示をした。彼女が荷台から爆薬を投げる。

「ギリギリまでひきつけておけ!」

そう言いながらサイドミラーで後方を確認する。友軍の軍用車のライトが見える。

すこしスピードを緩めて、様子を見た。

―――よし、いまだ!

「爆破しろ!」

「了解!中に隠れて!行くよ!」

ズン!!!

重々しい衝撃音とともに、オレンジ色の閃光が走った。後方のライトの群れが、煙の中で一斉に停止する。

やったか?

 そうは思いつつ、成果を確認している余裕なんてない。

俺は焦る気持ちを抑えながら、アクセルをさらに踏み込んだ。





14: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:21:37.72 ID:JGBQ+Wk30

 山道を抜けて、近くの都市へと抜ける大通りにぶつかる。軍用車は目立つが…仕方ない。

とにかく今は、遠くまで逃げて時間を稼ぐしかない。

 「みんな、大丈夫?」

ハンナが子ども達にそう声をかけている。

「うん」
「平気…」
「俺も大丈夫」

子ども達が口々にそう返事をしたのを聞いて、安心したのか、

「良かった」

と胸をなでおろすような声が聞こえた。それから、ハンナは、おもむろに助手席に移ってきた。

 「なんていうか…ごめん」

まったくだ。突拍子もないことをするのはいつものことだが、これは度を越えているだろう。

上官がわざわざ捕まえてきた捕虜を、勝手に逃がしたわけだからな。

まぁ、禁固刑は避けられない。

銃殺も…あの大尉殿ことだ、ないとは言えないな。いや、銃殺してくれるなら、まだ楽な方、か。

 俺は、この先のことに絶望しながら

「まぁ、仕方ない」

とだけ言ってやった。

 やっちまったことは、もうどうしようもない。絶望したところで、元に戻れる理屈はない。

こうなったら、逃げて逃げて、逃げ切るしかないだろう。

やるべきなのは、ハンナを責めることじゃなく、これからのことを考えることだ。

 「あの、ありがとうございます…」

後ろから女性のそう言う声が聞こえた。

「あはは…まぁ、気にしないで。もうなんか、勢いで、ね。私は、ハンナ・コイヴィスト。

 こっちの不機嫌そうなのが、マーク・マンハイム。彼は、いつもこんな感じだから、気にしないでね」

ハンナが笑って言う。大きなお世話だ。

「私は…レオニーダ・パラッシュです。レオナと、呼んでください」

彼女は名乗った。それから

「…巻き込んでしまって、申し訳ないです」

と謝ってきた。

まったくだ。我ながら、考えてしまったら泣けてくる。いくらなんだって、一緒に逃げてくることはなかったろうに…

いや、一緒に逃げてなければ、どのみち逃がしてもつかまっていたか。

 あぁ、クソ。どっちにしたって、俺の安定した生活は終わった。逃亡生活なんて、気が滅入りそうだよ。

それもこれも、ハンナ、お前のせいだからな!





16: ◆EhtsT9zeko:2013/06/14(金) 23:22:20.13 ID:JGBQ+Wk30

 「おたくらは、何なんだ?姉妹か?」

そうは思いながらも口には出さず、レオナに聞いた。取りあえず事情を聴いておかなければならない。

どこへ逃げるのか、どこへ隠れるのか、今はそれを考えるべきだ。

それにはまず、こいつらの身元とか目的を知っておく必要があった。

 「私たちは…ムラサメ研究所から、脱走してきました」

「ムラサメ研究所…?確か、強化人間だかって言う研究をしているっていう?」

あまり公にはなっていない情報だが、俺は知っていた。強化人間。

モビルスーツの操縦に特化させた能力を人工的に引き出す措置によって行われるのだという。

精神手術や、薬物投与、洗脳までやっているなんて噂もあったが、

実際に中を見たことがあるわけではないからそのあたりは正直わからない。

だが、うちの基地に捕えた捕虜の何人かは、そのムラサメ研究所へ送られたことがあって、名前くらいは誰でも知っていた。

「はい。私は…そもそも、オーガスタ研究所からムラサメ研究所へ移管されて来た被験者です。そこで、この子たちと会いました。

 しばらく、ムラサメ研究所で生活をしていましたが、先のホンコンシティでのカラバと戦闘の影響で

 ムラサメ研究所は立場がくるしくなったとのことで、この子たちと一緒に、オーガスタへ送り返される途中でした。

 移送中に、護衛と輸送部隊がカラバの部隊と遭遇して銃撃戦になって、その間に、逃げ出したのですが…」

「ってことは、キミも強化人間ってことなのか?」

「いいえ、私は、まだ処置は受けていませんでした。もっと別のことに使われていて…」

レオナはそう言って口ごもる。言いにくそうだ。まぁ、そこは重要ではないし、無理に教えてもらわなくても良いだろう。

「言いたくなければ、聞かない」

「その…ごめんさなさい」

 大通りは、深夜と言うこともあって車通りは少ない。スピードをなるべく出して、とにかく街へ急ぐ。

街へ出たら、車を乗り換えよう。それから、どこへ行く?この土地に居たら、見つかるのは時間の問題だ…

だとすれば、ナゴヤから飛行機か…いや、こいつらの身元が不確かだ。

なら、検閲のゆるい船舶の方が無難か。だとしたら、コウベあたりか。ここからはかなりあるな…

こりゃぁ、夜通し走ることになりそうだ。

 俺はともかくハンドルを握りなおした。とりあえず、通り道のナゴヤの街へ急ごう。

そこで車を乗り換えて、さらに西を目指す。夜が明けるころには、街にはつけるだろう。



―――それまでに、追手に絡まれなければ、だが。





29:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:11:09.03 ID:Ax9gx0y90

 「ただいまー」

ハンナが明るい声でそう言いながら帰ってきた。

「おかえり。早かったな」

「終わった?」

ワゴンタイプのエレカの周りを見ながら、そう聞いてくる。

「あぁ、あとはリアに貼るだけ」

俺はそう返事をして作業を進めた。

 明け方、俺たちはナゴヤに到着した。街の隅で車を止めて、新しい服を用意して着替えた。

俺もハンナも軍服だったし、レオナや子ども達は汚れたままだった。

 服を替えてすぐに、俺たちは街へ入った。

中古車販売の店でこのエレカを買い込んで、それからショッピングモールに出張って、

俺は購入したスモークのシートを後部座席に貼る作業を。ハンナは食事の買い出しに行っていた。

 作業はまだ途中だが、なるべく早くに車を出したい。これだけでかい街だ。

すぐに見つかることはないだろうが、ティターンズを甘く見ると痛い目に合う。十分に警戒をしておくべきだ。

 「ハンナ。運転してくれ。俺はこっちを貼っちまうから」

俺はそう言ってハンナに車のキーを渡した。

「ん、了解」

彼女はそう返事をして車に乗り込むと、運転席から後ろへファーストフードの大きな紙袋を手渡した。

 子ども達が目を輝かせて袋をまさぐる。

 車が走り出した。俺はスモークシートを広げて、リアウィンドウに伸ばしながら張り付けて行く。

こういう細かい作業は好きじゃないが、別にうまく貼れなくたって、中が見えなきゃぁそれでいい。

カッターナイフで余分な部分を切り取ろうと思ったとき、俺の目の前にぬっと手が出てきた。

「はい、マークさん」

子どもの中でも一番年下の女の子、ニケがフライドポテトを俺に突きつけてきていたのだった。

 俺がそれを咥え込むと、ニケはニッコリと笑った。

 他の子は、俺が蹴っ飛ばしちまった一番年長の男の子が、サビーノ。

それからニケより少し年上に見える、無口でおとなしい感じの双子の女の子達がサラとエヴァ。

 説明した際の口ぶりから、おそらくは偽名だろう。子ども達自身もその名前に馴染んでいる感じではなかった。

うがった見方をすれば、年齢順に並べて頭文字がS、S、E、N。

情報分析を専門とする俺にとっては、この文字列は見ないこともない。暗号、と言うより、隠語だろうか。

Z、O、Tw、Th、Fr、Fv、Sx、Sv、E、N、Tn。

要するに、シックス、セブン、エイト、ナイン。たった四人では憶測に過ぎないが、仮に偽名だと言うことを想定するならば、

その元となっているのは、子どもそれぞれに何らかの意味合いで与えられた番号に起因するものであるのかもしれない。





30: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:12:01.15 ID:Ax9gx0y90

 そう言えば、聞いたことがある。ムラサメ研究所の、最近の研究対象は…

―――強化人間…

 もしかしたら、彼らは、その実験体にされるところだったのではないのか?

 強化人間の実験が果たしてどういう物なのかは検討が付かなかったが、

少なくとも、人間に番号を振るような連中が、まともなことをするとは思えなかった。

 スモークシートを貼り終えて、俺は助手席に戻った。昨日から眠っていない。

正直、体は少し疲れてきていた。

しかし、この緊張感を緩めるわけには行かない。せめて、船に乗るまでは、一瞬の油断もできない。

 ふと、フロントガラスの向こうの景色に目が留まった。見ると、数人の軍人が群がって何かをしている。

あれは…乗ってきた軍の車を捨てた路地だ。

「車、見つかったみたいね」

ハンナの淡々とした声が聞こえる。

「急いで離れよう」

俺もなるべく落ち着いてそう返事をしてサングラスをかけた。

 大尉のことだ。俺たちの指名手配も、漏れなく行っているだろう。

レオナやニケたちを守るためではなく、俺たち自身を守るために、早くこの街から逃げるべきだった。

 ハンナの運転で、車がハイウェイに入った。3時間もすればコウベに着く。

そこから、なるべく遠方へいける船に乗ってこの土地から離れる計画だ。

 「そう言えば」

ハンドルを握っていたハンナが口を開いた。

「あの停電のときの侵入者、って、なんだったんだろう?」

え?

 その言葉に、一瞬戸惑った。あの停電は、ハンナが起こしたものじゃなかったのか?

侵入者ってのも、なにか細工をして、そう見せかけたとばかり思っていたが、違ったのか?

「あれって、お前がやったんじゃなかったのか?」

そう聞くと、ハンナは首を横に振った。

「ううん。レオナたちを助けたいって思っていたのは確か。でも、方法は全然浮かんでなんてなかった。

 でも、どうにかしたいって思っていたら、爆発音と一緒になって電気が消えたから、チャンスだって思って、拘禁室に走ったの」

「どうやってあそこの鍵を開けたんだよ?」

「合い鍵の場所くらい、私が知らないと思った?」

ハンナは笑って肩をすくめた。こいつ、俺の部屋から黙って持っていきやがったな?

「ホントに。毎度毎度、突拍子もないことされる俺の身にもなれってんだよ」

俺がそう言ってやるとハンナは声を上げて笑った。





31: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:12:35.41 ID:Ax9gx0y90

 「マークさんとハンナさんは仲良しなんだね!」

突然、俺とハンナの間にニケがそう言いながら顔を出した。

「おい、後ろ下がってろ。顔出すんじゃない」

「あはは。そうそう、仲良しなんだよ、ニケちゃん」

俺の言葉を聞いて後ろに上がりかけたニケにハンナはそう言った。

ニケはせっかく下がりかけたのに、またクイッと身を乗り出してきて

「わかった!あれでしょ、なんだっけ、ラブラブってやつでしょ?!」

と、キラキラした目でそう言ってきた。

「あーそれはどうかなぁ?この人、なーんか味気ないじゃん?ほかに良い男がいたら、私そっちの方が良いや」

ハンナがニヤニヤ笑いながらそんなことを言ってくる。まぁ、これも慣れたもんだ。動揺してると付け込まれる。

気にしない、気にしない…

「えー!そうなんだ?じゃぁじゃぁ、私とマークさん、ラブラブになってもいいかな?!」

悪い、ニケ。子どもをいたぶる趣味はないけど、だからと言ってそっちの趣味もないぞ。

「あはは。ダメだよーニケちゃん。ニケちゃんにはきっともっと良い人がいるから、こんなヘタレ男はやめておきな」

い、言いたい放題言ってくれるな…クソっ。でも、でも我慢だ。

ここで話に乗ったら、ハンナの思うつぼだ。

「そっかぁ、マークはダメな男の人なんだね!」

なっ…おい、ハンナ!ニケが素直すぎて全部鵜呑みにしてるぞ!そろそろやめろ!

「おいニケ、お前、後ろに居ろ。誰かに見られたら危険なんだ」

とにかくどんな理由でも良い、この会話を終わらせよう。でないと、俺のストレス値が跳ねあがっちまう。

 俺はそう言ってニケを後ろに押し戻そうとした。するとすかさずハンナが

「わ!ニケちゃん、逃げて!マークに触られると、ダメばい菌が伝染って、ダメな大人になっちゃうよ!」

と叫んだ。

「きゃぁぁ!逃げますっ!」

ニケは楽しそうに笑いながら、後部座席に飛び退いた。

 ダ…ダメばい菌?お、俺は、病原体か何かなのか、おい、ハンナ!?

 俺が睨み付けたハンナは、ニタニタと楽しそうな笑みを浮かべていた。はぁ…まったく、緊張した自分が馬鹿らしい。

なんだってお前、そんなに気を抜いてられんだよ?俺には理解できねえよ。

 後部座席ではしゃぎだした子ども達とハンナが俺をネタに話しを弾ませている。どうあってもあと2時間以上はかかるよな。

まったく。ちっとはゆっくり体も心も休めたいよ。





32: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:13:13.87 ID:Ax9gx0y90

 助手席で、ほんの少しの間意識を失っている間に、車はコウベのすぐそばにまで近づいていた。

ハンナに起こされて目を覚ました俺はつぶさにあたりの状況を確認する。

時折、軍用のトラックが走っているのが目に留まる。

俺は緊張感で胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えていた。

 コウベについて、俺の緊張は解けるどころか、いっそう高まっていた。

街の至る所に軍の車両がとまっていて、なにやら物々しい雰囲気だ。港でも軍による検閲が行われている。

さすがに手を回してきたか。

「これはちょっとまずいよねぇ」

ハンナがハンドルに寄りかかりながら、港の様子を遠巻きに見つめてつぶやいている。

 ちょっとどころの騒ぎじゃない。あの警戒の中、バレずに船に乗り込むなんて、そう簡単じゃない。

なら、コウベは外して、さらに西へ向かうか?フクオカか…ヒロシマか…いや、無理だ。

どっちにしたって、大きな差はないだろう。

大尉がこの地域の全基地に警戒を呼び掛ければどのルートだって封鎖されるか、あるいは検閲がはいっちまう。

こればっかりは逃げても同じことだ。

だとするなら、ここを突破するか、あるいは…人の来ないような山奥に潜伏するか、だ。

 だが…潜伏したとして、いつまでだ?ティターンズの権力に陰りは出てきているのは確かだ。

しかし、だからと言ってその強権がなくなったわけではない。

潜伏して息を潜めても、この地域にいる限りは、いずれ発見されて連行されてしまう危険性が高い。

どうにかして脱出する必要がある…そのためには、情報が必要だ。


「とりあえず、どこかに宿を取ろう。情報を集めて、隙を突くほかにない」

俺はそう言って、ハンナに車をホテルへ向かわせた。





33: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:14:34.99 ID:Ax9gx0y90

 街のはずれの寂れたホテルの部屋を取った。部屋は寝室が二つとバスルームのある広めの部屋だった。

 ハンナ達を部屋に入れてから、廊下で避難路を確認する。ここまで踏み込まれたら逃げようがないな。

幸い、ここは二階だ。窓を破ってなら外に出られる。やりたくはないが、そうやって逃げるのが確実だろう。

 「あー!レオナ姉ちゃん!バスルームある!」

「わ、ほんとだ!広い!」

ニケがバスルームを見つけて叫ぶと、サビーノとサラ、エヴァが一緒になって覗き込んだ。

「ふふ。順番に入ろうか」

レオナも、すこし気持ちが落ち着いて来たのか穏やかな笑顔でそう答えていた。

 確かに昨日、基地に運ばれてきてから泥だらけだったこいつらはタオルで拭いてやったにしても、さすがにちょっと汚く見えた。

シャワーにでも入ってきれいになってくれれば、それだけ疑われずに済むだろう。

「そうだね。入っちゃえ」

ハンナもそう言って焚き付けている。

「え、じゃぁ、ミ…じゃない、サラと、エヴァ!一緒に入ろうよ!」

「三人は、狭いよ」

「私は…エヴァと入る」

「えー!?サ…サビーノとあたしで入るの?ヤダー!」

「お、俺だったイヤだよ!」

「じゃぁ、ニケは私と入る?」

「うん!」

レオナと子ども達が楽しそうにしている。さすがにこの姿を見ていると、多少は和むものがある。

 ハンナは車の中から和みっぱなしで、すこし心配なんだが。

 子ども達とレオナは変わり順番に入浴し、全員出て来てから食事を摂ったころには、疲れが出たのだろう。

ひとり、またひとりとベッドに突っ伏して寝息を立て始めていた。





34: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:15:27.41 ID:Ax9gx0y90

 俺は、と言えば、食事をしてシャワーを浴びてから、部屋に備えつけられていたコンピュータで情報を漁っていた。

 コトッと、ハンナがコーヒーの入ったカップを持ってきてくれる。

「大丈夫?疲れてるのに」

彼女はそう言いながらギュッと俺の両肩を手で締め付けてくる。

「あぁ…まぁ、仕方ない。ここを抜けるまでは、休んでる暇はない」

そう言いつつ、俺はハンナのマッサージに少しだけ身をゆだねる。

しばらく無言だったが、ややあってハンナが口を開いた。

「ごめんね。こんなことになって」

 まったくだ、と、文句のひとつでも言ってやろうかと思ったが、

今日一日、子ども達のことを見ていたら、そんな気も失せてしまっていた。

あいつらが、あの鬼畜大尉の餌食にならなくてよかった。

それだけは、確かなこととして受け止められていたからだ。


「あいつらが無事で良かったから、今回は責めないでおいてやるよ。だけど、せめて事前に相談してくれよ」

俺がそう言ってやるとハンナは笑って

「うん、ごめんね」

と返事をした。

 ふう、とため息が出た。こういう穏やかな時間をハンナと過ごすと、良く、昔のことを思い出す。

ケンカもしょっちゅうしたが、なんだかんだ、最後にはこうやって二人でのんびり過ごすことが多かった。

つらい時もきつい時も、楽しい時もうれしい時も、ハンナと一緒に居た。

今考えてみれば、士官学校に入る前にこういう関係になっていなかったのが不思議なくらいだ。

そう思えば、もしあのとき、ハンナが一人ででもレオナたちを逃がす、と言って来ていたら、俺はどうしただろうか。

まぁ、少なくとも放り出すようなことはしなかっただろう。

止められないのなら…一人で行かせるわけにはいかなかったよな。はぁ、どっちにしたって、今と同じことをしたんだろう。

 まったく。とんでもない幼馴染みを持ってしまったもんだ。





35: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:15:58.24 ID:Ax9gx0y90

 パタンとドアの閉まる音がして、レオナがバスルームから出てきた。

食事の前にもニケと入っていたが、ゆっくり入りたかったらしく、1時間ほど前にもう一度入りなおしていた。

 「上がりました。長くってすみません」

レオナはすこし申し訳なさそうに言う。

「いえいえー。次、私入って来るね」

ハンナはそう言って、俺の肩をポンっとたたくと、着替えを持ってバスルームに入っていった。

 レオナは肩までの長めの亜麻色のボブヘアをタオルで拭きながら、俺をじっと見つめている。

なんだよ、そんなに見ても、なんにも出ないぞ?

そう思いながら、俺はレオナを見つめ返した。しばらく目があったまま見つめ合っていたが、突然にレオナが笑顔になった。


 一瞬、その顔に目を奪われ、心臓が締め付けられた。次いで、とっさに目をそらしてしまった。

彼女の笑顔は、それくらい、まぶしくて、明るかった。

 そんな俺を見て、レオナはクスクスと笑い声をあげた。

「良かった。ずっと難しそうな顔をしているから、迷惑がられているのかと思いました」

彼女は、かすかにハスキー掛かった張りのあるすこし低めの声色でそう言い、また笑った。

 それから少しレオナと話をした。レオナは歳が22。俺やハンナと同い年だった。

それが分かったらレオナは

「なんだ、そうだったの」

と少し敬語を抜いて来た。そっちの方が助かる。片っ苦しいのは、苦手だ。

生まれやこれまでのことを聞いたが、それは答えたくはない様子だった。

今更尋問みたいなマネはしたくなかったんで、敢えてつっこんで聞くことはしなかった。

少なくとも、辛いことを体験してきたんだろうってことは想像が出来たから、それで十分だった。

 俺がそうするつもりがないのを感じたのか、

「ごめん」

とレオナはつぶやくように謝った。別に気にすることはない。

今は、誰に追われているのかが分かれば上等だ。

 これまでの話を総合すれば、レオナたちはムラサメ研究所からオーガスタ研究所へ向かう途中で脱走した。

あいつらは、軍を動かせるほかに、ティターンズに顔が利いたり、私兵ともとれる独自の部隊を持っている。

脱走の情報が回ってきた連邦軍の他に、研究所から直接連絡が行っているかもしれないティターンズや

その私兵どもも追跡に加わってくるだろう。

 一筋縄でいくような状況でもないが、おそらく、この連中の連携はないに等しいだろう。

連邦はティターンズの言うことを聞くほかないが、それはティターンズの連中がそばにいれば、と言うだけだ。

自分から進んでティターンズと密な連携をとるやつはそういない。

研究所の私兵どもは、もっと閉鎖的な連中で、連邦ともティターンズとも情報連携はしない。

後ろめたいことでもやっているのか、自分たちのことを詮索されるのを嫌うからだ。

そう言う意味で、追跡隊にも足並みの乱れがある。狙うなら、そこを突くか…





36: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:16:34.42 ID:Ax9gx0y90

 そんなことを考えたら急に欠伸が漏れた。

「ふふ。疲れてるよね」

レオナがそう言って笑った。さすがに徹夜で運転して、この時間まで起きていると眠くもなる。

「まぁな。今日ばっかりは寝かせてもらうよ」

俺がそう言うと、レオナは急にキュッと真面目な表情をして

「助けてくれて、ありがとう」

と改めて礼を言ってきた。それからまた、あのまぶしい笑顔でニッコリと笑った。

 やはり、見ていられなくて、俺は、そっぽを向きながら

「気にすんな」

とだけ返事をした。

 そんなことをしていたら、急にニケがムクっと起き上がった。

「あれ、どうしたの?目が覚めた?」

レオナが優しくニケに語りかけるが、ニケは上の空で

「行かなきゃ…」

とつぶやいた。

「え?」

レオナが聞き返すとまた

「…行かなきゃ…」

と口にする。

 これは…寝ぼけてるんじゃないのか?

 その様子は、明らかに普通の何かとは異なっていた。なんだ、これは?

強化人間の実験の副作用か何かか?

「どこへ、行くの?」

レオナが尋ねると、ニケは部屋のテーブルの上にあったボールペンを握って、メモ用紙に何かを描き始めた。

それはいびつな四角形で、右上の隅がまるで虫にかじられたように丸くへこんでいる。

ニケはその丸くへこんだ箇所に×印を付けた。

「ここへ行かなきゃ、行けないの?」

レオナがさらに尋ねると、ニケはつぶやいた。

「アムロ・レイに会わなきゃ…そう、ハク……ちゃん…が…」

ニケはそこまで言うとフラっとバランスを崩した。

俺があわてて抱き留めたニケは、さっきまでのように、穏やかな表情をしながら、眠りこけていた。





37: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:17:06.78 ID:Ax9gx0y90

 俺は呆然としながらもニケをベッドに戻した。

「なんだよ、今の…?」

あっけにとられてレオナの顔を見やると、彼女は慌てた様子もなく、ニケの書いた絵を見つめている。

今のに、驚かないのか…割とあることなのか?

「それ、なに描いたんだ?」

そう思いながらも、そっちが気になったので聞いてみる。

「ごめん、良くわからない…」

レオナはそう言って俺にメモ用紙を渡してくる。ニケの書いた向きからすると、四角のかけた部分が右上に来るはずだ。

これは何の絵だ?

そう言えば、行かなきゃ、と、そう言ってたなニケ。

だとすると、これは場所か?あるいは、地図か…。

 ここに行って、「アムロ・レイ」に会う…アムロ・レイ?そう言えば、どこかで聞いたことのある名前だ。

有名人だったか?ずいぶん昔に聞いた印象なんだが…

 パタンと音を立てて、ハンナがバスルームから出てきた。





38: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:18:27.59 ID:Ax9gx0y90

「良いお湯でした。あれ、マーク、どうしたの?」

「なぁ、アムロ・レイって、どっかで聞いたことないか?」

そう言ってくれるハンナに構わずに俺はそう投げかけた。すると、ハンナはさして考えるでもなく

「あぁ、あの、ほら。ニュータイプだったっていう、連邦軍のエースでしょ?戦争の直後にちょっと話題になったじゃない」

 ハッとした。そうだ、終戦直後、一時期にマスコミや軍の広報紙なんかにたびたび顔を出してたあのパイロットだ。

でも、あれはもう7年も前の話だ。その後、アムロ・レイの話はとんと聞くことはない。

それをなんで、こんな子ども達が知っているんだ?

「ハンナさん。それじゃぁ、こっちの絵は分かる?」

レオナは、俺の持っていたメモ用紙をハンナに見せる。ハンナは髪をタオルで拭きながら、ポヤポヤっとした様子で

「んー、なんだろ?オーストラリア?」

と言って首をかしげた。

 そうか、オーストラリアだ!この欠けた右上の部分は、コロニーが落ちてできたシドニー湾!

ここに、あのアムロ・レイがいるっていうのか?

「なに、どうしたの?」

ハンナが不思議そうな顔をして聞いてくるので、俺は今あったニケの夢遊病のような言動の一部始終を説明した。

するとハンナは

「ふうん…」

と鼻を鳴らして、ベッドで熟睡しているニケを見やった。それから

「ニュータイプ、ってやつなのかな?ムラサメ研究所に居たんでしょ?」

とレオナに聞く。

「正直にそうだ、と言ったら、私たちは軽蔑される?」

レオナは、まるで心配しているのが手に取るようにわかるほど、心配そうな顔つきてそう聞き返した。

「別に。うらやましいな、くらいに思うけどね」

ハンナはそう言って俺を見る。俺も、別段、ニュータイプとかスペースノイドがどうとかは気にしたことはない。

戦争前は、人口半分が宇宙で暮らしていたんだ。2人に1人がスペースノイドで当然だろう。

それにそもそもハンナの一家はスペースノイドだったはずだ。ハンナが3歳の頃に、うちの隣へ越してきたのは覚えている。

「俺も特に気にはしない。言いにくい物なのか?自分がスペースノイドだとか、ニュータイプだとかってのは」

俺が聞くと、レオナの顔が陰った。

「ええ。地球では、私たちは迫害の対象よ。特に、ティターンズが結成されてからはひどい。

 研究所に居なければ、私も今頃、どこかで殺されているか、良くても鉄格子の中。研究所で無事なのも珍しいケースだけど…」

「じゃぁ、レオナも、この子たちもみんな、そうなのね?」

「ええ、そうよ」

ハンナの質問に、レオナは静かに答えた。

「じゃぁ、ニケちゃんの行かなきゃ、っていう言葉の理由も分かるの?」

「それは…正直、分からない。でも、たぶん…感じてる、私も」

レオナは、少し怯えた表情で俺とハンナの顔を交互に見た。言っていることの意味合いは、率直に言って理解できない。

だが、このレオナの表情は、今の話をして、自分がおかしいと思われることを恐れているのだろう。

彼女がこれまで、どんな経験をしてきたのかはわからないが、おそらく、この表情の原因はそこにあるはずだ。

そして、ティターンズの進めるジオンの残党狩りを名目にしたスペースノイド狩りは、この感覚を恐れているためかもしれない。

俺には理解も共感もできないが、少なくともレオナが恐怖の対象であるとは思わなかった。





39: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:19:14.22 ID:Ax9gx0y90

「そんな顔しなくても大丈夫」

ハンナがそう言って、レオナが座っていた一人掛けのソファーに自分の体をねじ込んだ。

それからハンナはレオナの肩を抱くと

「なんとなく感じるっての、分からないでもないしね」

と器用に片手で長い髪にタオルを巻きながら言っている。

「本当に?」

レオナがいぶかしげに聞く。

「ホントに」

ハンナはにんまり笑って答えた。しかし、次の瞬間、ふっとハンナの顔から表情が消えた。

レオナの方を見つめて、身動きひとつしない。

 「ハンナ?」

声をかけてみるが、反応がない。

なんだ?いったい、今度はなんだってんだ?

 戸惑い始めてしまい、レオナにも目を向けると、レオナも同じように、身動き一つせずに、ハンナを見つめている。

 どう形容していいかわからないが、二人はまるで、その場に別の空間を作り出しているような、奇妙な雰囲気すら漂わせている。
見ているこっちが、時間の感覚や、ここがホテルの一室だということを取りこぼしそうになるような、奇妙な感覚だ。

 「な、なに、今の」

突然、プッツリと糸が切れたようにその雰囲気が途切れて、ハンナが声を上げた。レオナもふうと、大きくため息をついている。

「今のは、感応、っていうの。ある種の感覚的知覚を一体になって感じるようなもの」

「なんだろう…ふわふわ、キラキラしてた…」

「ふふ、そうね。そんなイメージしたから。大丈夫?気分、悪くない?」

「ううん。逆になんかリラックスした気分」

「そう、良かった。もっと強力な力を持っていたり、時間を掛けて感応を深めていくと、意思の疎通もできる、

 なんて聞いたことがある。私は、少し素質があるだけで、いきなりそんなことはできないんだけどね」

「で、でも、じゃぁ、私にも、その、ニュータイプの才能がある、ってこと?」

「ええ。今は完全に感応状態だった。今はまだ微かなものだけど、素質はゼロではないと思う」


 なんだよ、今の。いったい、あの黙ってた間に、二人に何が起こったんだ?

まったくわからないが、とにかく、今の一瞬で、お互いの認識がガラッと変わったのは会話を見ていればわかる。

どこか他人行儀だったハンナが、まるで、ずいぶんと仲の良い親友と話すみたいにレオナと会話している。

ニュータイプってのは、感じる力だという話を聞いたことがあるが、

要するに今、こいつらは、お互いのイメージを感じ合った、ってことなのか?

 まったく、理解に苦しむが…今は、そこじゃない。なぜオーストラリアか、だ。





40: ◆EhtsT9zeko:2013/06/15(土) 23:19:46.80 ID:Ax9gx0y90

「おい」

「そうなんだ!すごい!私もニュータイプ!」

「ふふ。ティターンズや研究所の人間に追いかけ回されるから、こんな力持っていても良いことないかもしれないけど」

「おい」

「そんなことないって!これすごいね…練習すれば、もっといろいろ出来る様になるのかな?」

「聞け!!」

俺は思わず少し大きい声を出してしまった。ハンナとレオナがハッとした表情で俺をみやる。

 「あ、ごめん、マーク。なに?」

こいつは…。

「で、オーストラリアへ行く理由はなんなんだよ」

「あ、えーっとそれは…」

ハンナがレオナを見やった。

「恐らく、誰かが、ニケにそのイメージを伝えたんだと思う」

レオナがそう答えてくれる。

「それが敵でないって保証は?」

「敵意があれば、感じ取れるものなの。だいたいの場合は」

レオナは説明しにくそうに言う。まぁ、説明されても、分かるとは思えない。なのでハンナに

「お前の判断に任せるよ。信用できそうなのか?」

と投げてみる。するとハンナは

「うん。ニュータイプの感じるってはなんとなくわかった。大丈夫だと思うよ」

とすっかり仲が良くなったレオナに笑いかけてから言った。

 そうかい、それは何よりだ。

「それなら、ニュータイプに目覚めたハンナ少尉に、この街から船で逃げ出す方法を聞いてみたいんだがな?」

オーストラリアに行くと言ったところで、その目途は経っていない。集めた情報を生かせるアイデアが必要だ。

 するとハンナはアッと思い出したように口に手を当てて

「そうそう。お風呂で良い案が浮かんだんだ」

と、いつも俺をからかうのと同じ、いたずらっぽい笑顔を浮かべてそう言った。





42:NIPPER:2013/06/16(日) 09:11:09.63 ID:nB9eYPaSO

ZZ
ハンナのいたずらっぽい顔が想像できて楽しいな





47:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/16(日) 22:00:24.78 ID:WbsrO5Z60

 高い汽笛を上げて、船が中継地のフィリピンの港街から離れた。

 ザンザンと波を切って、湾外へと向かっている。

コウベを出るときにはどうなることかと思っていたが、想像以上にスムーズに事が運んでしまい、帰って疑いたくなるほどだ。

あの晩、ハンナが思いついたアイデアはたった一つ。

俺たちが逃げ出してきた基地に、複数の長距離電話サービスを経由させて、連絡を取った。

内容は、「このコウベの市街地の中心に爆薬を仕掛けた、追手を引き揚げさせない場合は、今日の正午にこれを爆破させる」だ。

 素直に、うまい手だと思った。

この連絡を貰えば、普通、このコウベに大量の連邦軍が集まってきて、爆発物の収集と解除、それから俺たちの捜索に躍起になるだろう。

そう、普通なら。

 だが、相手はあの鬼畜大尉だ。一筋縄ではいかないことくらい、分かっている。

多少でも疑り深い奴ならこう考えるはずだ。

「普通、わざわざ場所まで指定して電話などかけてくるか」と。

 そして電話をかけ、場所を知らせてまでこちらが誘導して作りたい状況はなにか、と想像するはずだ。

この場合、「なるべく多くの連邦軍に、この街へ集まってもらいたい」と言う意図が見えるだろう。

それに気付けば、この街へ戦力を集めさせ、

それによって警備が薄くなった別の場所から逃走するという、こちらの作戦が浮かび上がってくる。

となれば、電話を受けた奴らは、おそらく、最低限の人数で一応、爆発物の捜索を行い、

主戦力を、この街を抜けたどこか、場所で言えば、おそらくヒロシマあたりに重点的に配備するはずだ。

案の定、朝のうちにトラックが何台も、西へ向かうハイウェイに乗って行き、街の警備体制は薄くなった。

船に乗る際の検閲もなくなり、俺たちは車ごと乗りこめるオーストラリア行きのフェリーに、まんまと乗船することに成功した。





48: ◆EhtsT9zeko:2013/06/16(日) 22:01:18.11 ID:WbsrO5Z60

 船内では、車の中で過ごすことが禁じられていたので、わざわざ個室を取った。

大人3人に、子ども4人で泊まるために8人用の大部屋だ。出費が手痛かったが、この際、そんなことも言っていられない。

一般の雑魚寝スペースで寝泊まりするのはリスクが高すぎるし、致し方ないだろう。

 コウベを出てからは、俺たちも子ども達も部屋の中で一日の大半をすごしている。

朝夕と、船内のレストランにテイクアウトの夕食を買い出しに行くのが、唯一部屋から出る時間で俺とハンナで交替で行くことにしている。

最初のうちは緊張して仕方なかったが、

ここのところは、緊張するとかえって不自然なんじゃないかとすら思うようになっていたそれでも、

多少は周囲の様子に集中していることは言うまでもないが。

 「だはー!まただまされた!」

「あははは。あたしの勝ちー!」

ハンナは、売店で買ってきたトランプを使ってレオナと子ども達と一緒に、ババ抜きをやっている。

普通、トランプの駆け引きなんて言ったら、あーでもないこーでもないと騒ぎながらやるもんだが、あいつらは違う。

ゲームがひととおり終わる一部始終、ずーっと黙っている。だが、険悪なわけではなく、むしろどこか穏やかな沈黙だ。

傍から見ている俺にはさっぱりだが、あの日、ハンナとレオナが交わしたような、言葉じゃない会話が繰り広げられているんだろう。

 まったく、わけがわからないが。

 「マークさんもやろうよ!」

そんな俺を見かねたのか、ニケがそう声をかけてきた。別に仲間外れにされて寂しいとか思っているわけじゃない。

「いや、邪魔しちゃ悪いし、俺までやっときたいことあるんだ」

俺はそう断って、コウベで買った持ち運び用のノート型コンピューターのモニターに目を戻した。

 任意の暗号を組んで通信情報を隠ぺいしたうえで、軍のデータベースにアクセスをしている。

目当ての情報は、あの日、ニケの口から洩れたアムロ・レイについてだ。

 アムロ・レイは、1年戦争時の英雄。強力なニュータイプ能力を持ち、

敵のモビルスーツの動きや存在、意思までをも感じ取っていたと言う話だ。

もっとも、それは終戦直後にマスコミや軍の広報誌に載った彼のインタビュー記事をうのみにした情報だが。

彼はその後、軍に残っている、との話だったので、その後の情報を探しているのだが、

どこをどう見ても、その存在が確認できない。アムロ・レイと言う名前が、ことごとくデータベース上から削除されている感じだ。
スペースノイドやニュータイプの存在を忌み嫌うティターンズの仕業なのか、

それとも、そもそもアムロ・レイと言う存在が、連邦軍のプロパガンダで、実在しないのか。

 いや、どちらかと言えば、前者だろう。

データベースにアムロ・レイの名はないが、しかし、何かが消された痕跡はある。

暗殺されたのかそれとも、極秘裏にどこかへ監禁されているのか…

 彼がどうなったのかは、想像の域を出ないが、

少なくとも、このアムロ・レイを探し求めるという行為を、ティターンズは良しとしないだろう。

公言すれば、間違いなくティターンズの耳に入る。ただでさえ、追われる身だ。

このことは何があっても口にするべきではないだろう。





49: ◆EhtsT9zeko:2013/06/16(日) 22:01:58.43 ID:WbsrO5Z60

 「…おなかすいた」

不意に、エヴァがそう口にした。

「うん、おなかすいたね」

サラもそう言う。

 腕時計を見やると、もうすぐ夕方だ。レストランがこむ前に、夕飯を調達しに行った方が良いだろう。今日は、俺の番だ。

 「よし、ちょっと買って来てやる。待ってろ」

俺がそう言って立ち上がると、ババ抜きの輪の中に居たサビーノが立ち上がった。

「マークさん、俺も一緒に行きます」

「待ってろ。危ない橋は渡りたくない」

「お願いです、行かせてください」

急にどうしたよ。いぶかしげに彼の顔を見つめるが、目にはしっかりとした意思が見て取れる。

彼の中で、何かあったのだろうか?

 「連れてってあげてよ」

ハンナが言う。バカ言うな、なんでそんなリスクの高いことをしなきゃいけないんだ。

「連れて行く理由がない。食事運ぶだけなら俺一人で十分だし、表をうろつきまわるのは危険すぎる」

「ホント固いんだから。命令です、連れてってあげなさいマーク中尉!」

ハンナがそう言って俺を睨み付けてきた。まったく、こいつらには緊張感ってものがないのか?

そう思いつつも、これはどうも、連れて行かないとあとからグチグチ文句を言われそうな雰囲気だ。

「わかったよ。サビーノ、そこの帽子かぶって、伊達メガネかけろ」

俺は、売店で買った「変装セット」を指して言ってやった。サビーノは少しうれしそうな顔をして

「はい!」

と元気いっぱいの返事を返してきた。

 準備を終えたサビーノと部屋から出た。人通りもまばらな廊下を抜けて、レストランや売店のあるエリアに向かって歩く。

サビーノも黙ってついてくる。

 なんだか、気まずい。そもそも、こういう子ども相手に、何話したらいいんだ?

仲良くはしゃいでいられるハンナが、少しうらやましかった。

「なんで付いてきたかったんだ?」

とりあえず、なんでもいいから、と思って声をかけてみた。するとサビーノは何かを言いかけて、すっと黙り込んでしまった。

おい、頼むから黙るなよ。何か言ってくれよ。

 俺が困っていたら、サビーノは重々しく口を開いた。

「俺たち、他にもいたんですよ」

「他にも?」

意味が分からずに俺は聞き返した。すると、サビーノはまた少し黙ってから、ゆっくりと沈んだ様子で話した。





50: ◆EhtsT9zeko:2013/06/16(日) 22:03:10.57 ID:WbsrO5Z60

「俺たちは…ジオンから来たんです。ジオンの、ニュータイプ研究所にいました。

 テストに欠格になって、殺される寸前だったところを、別のジオンの軍人たちが助けてくれて、地球に逃げてきました。

 その時は、8人いました。でも、脱出に使ったポットが不時着した影響で、すぐに一人が死んでしまって、

 それから1年くらい経ってから、怪我が治らなかった子がまた死んで…6人になったんです。

 俺たちは、そこから、もっと自由に暮らせる場所を探しに、旅に出ました。

  地球のことなんて何もわからないから、ホントに行き当たりばったりで、大変なことばかりだったけど、楽しかった。

 だけど…それから、何年か経って、俺たちの目の前に、ティターンズってやつらと、それから、研究所の人間が現れて、

 俺たちをつかまえようとした…」

喋ってくれ、とは思っていたが、思いがけず身の上話が始まってしまって、正直驚いていた。

 それにしても…そうか、ジオンから逃げてきた連中だったのか。ニュータイプ研究所…

そこでも、人間らしい扱いは受けて来てなかったんだな…よくこんな歳になるまで、曲がらずに育ったもんだ…。

 感心していた俺に構わず、サビーノは続ける。


「俺たちは必死で逃げたんです。でも、やつらは執拗に俺たちを追いかけてきて…

 一番年上の、シローって兄さんが、身を張って俺たちを逃がしてくれた。

 その途中で、銃撃にあって、俺より小さかった、サンダースが撃たれて、走れなくなって…俺たちはあいつを置いて逃げた…。

 キキ…あぁ、ニケのことです。それから…サラも、エヴァも、女の子だし、戦えない。

 だから、あいつらは俺が守ってやらないといけないんです…」

「その、シローってのと、サンダースってのは、死んじまったのか?」

俺が聞くと、サビーノは顔を伏せたまま

「わかりません。でも、死んでしまえば、きっとわかるので、たぶん、どこかで生きてるんだと思います…」

「わかる?」

「あぁ、はい。わかるんです、俺たちは。

 こう言っちゃうと、マークさん、嫌いだと思うんですけど、ニュータイプってやつだからだと思うんです」

また、ニュータイプ、か。嫌いってわけじゃないが、まったく、そいつだけはどうにも理解に及ばないんだよな。





51: ◆EhtsT9zeko:2013/06/16(日) 22:04:05.98 ID:WbsrO5Z60

「そうか…まぁ、ニュータイプだとかは関係ない。ここまで、大変だったんだな」

だからあの日、こいつは俺に突進してきたのか。

あの子たちを守るのは自分だと、居なくなった仲間たちの気持ちを次いで、こいつらを守ろとしたんだ。

…待て、話の始まりはこんな話題だったか?あぁ、そうだ。

「で、それと俺について来たのと、どういう関係が?」

思い出したので聞いてみると、サビーノは少しはにかんで見せてから

「マークさん、強いから…ケンカの仕方とか、教えてもらえないかな、と思って」

と言ってきた。俺の蹴りがそんなに効いたのか?


「いや、俺は弱いぞ?前線の連中と違って事務屋だからな。

 一応、士官学校で近接戦闘術は習ったが、使いこなせるレベルじゃないし、

 人に教えるなんてとてもじゃないができるほど卓越してもいない」

俺が言うとサビーノは笑顔で

「それでも、戦い方を教わったことはあるんでしょ?それを教えてくれるんでいいんです」

と言ってきた。

 ふぅ。格闘技の先生ね。本当に、ロクなことを教えられる自身はないが…

まぁ、出会いがしらのカウンターくらいならなんとかなるか。

あいつらを守りたいから、とまで言われたら、ここで断るのも、居心地が悪い。

「わかった。部屋に帰ったら、すこし教えてやる」

「ホントですか?やった!」

俺が言ってやると、サビーノは嬉々として飛び上がった。こういうところは、まだ子どもだな。





52: ◆EhtsT9zeko:2013/06/16(日) 22:05:27.39 ID:WbsrO5Z60

 そんなことを話している間に、俺たちはレストランに付いた。

中には入らず、外向きに出されたカウンターで、ハンナ達に頼まれたセットのメニューをテイクアウトで注文する。

航海は今日で4日目。この店員にも、すっかり顔を覚えられてしまった。

あまり、喜ばしいことではないが。

 カップのコーヒーと、それからサビーノにソーダを頼んでカウンターの前のテーブルセットで料理を待っていたら、

不意にガコンっという、音が、船内に響いた。

<ご乗船中のお客様方へご連絡いたします>

船内アナウンスの入る音だったようだ。ここ数日で、何度か聞いたことがある。

特に気にせず、曳きたてのコーヒーを味わっているとアナウンスはとんでもないことを喋り始めた。


<ただいま、連邦軍籍の戦艦より連絡があり、本船内の検閲を実施することとなりました。

 つきましては、1時間程度、当海域に停止いたします。

 おくつろぎのところ大変申し訳ありませんが、ご協力をよろしくお願いいたします。繰り返し、ご乗船中のお客様へ―――

検閲だって?!

「そ、そんな」

慌てて立ち上がろうとしたサビーノを、とっさにイスに引き戻した。

「落ち着け」

小声でそう伝えた。それは自分自身にも言い聞かせる意味で、だ。

 今ここは船。相手が航空機だろうがなんだろうが、ここへ乗り込んでくるにはこっちが停船するまでに多少の時間がかかる。

あわてずに、隠れる方法を探すべきだ。

いや、そもそも検閲ってどういうことなんだ?俺たちがこの船に乗っていることが気づかれたのか?

それとも、抜き打ちでしょっちゅうやっているのか…俺たち目当てだとするなら、かなり厳しいが…

「まったく、軍にも困ったもんだよね」

店のおばさんが憎々しげに言った。

「良くあるのか?」

「年に何度かは必ずあるのよ。そのたんびに、航海が2,3時間遅れるんだから、たまったもんじゃないよ、まったく。

 あの、ティターンズって言ったっけ?やりたい放題にもほどがあるね」

なるほど…定期的な検査ってのもやっぱりあるのか。だが、だからと言って俺たちが目当てじゃないと決まったわけじゃない。

すぐに部屋に戻ろう。

 出来上がったテイクアウトを受け取って料金を払っていると、ぐらりと船が揺れた。なんだ?停船の衝撃か?

 「おい、あれ見ろよ」

「モビルスーツだ」

窓際に居た客がざわつき始める。俺も近場の窓から外を見やった。

するとそこには黄色と緑のカラーリングが施された塊が浮かんでいる姿があった。

あれは、アッシマーか?!バカな…臨検のために、モビルアーマーを出してくるだと!?

間違いない、ヤツら、俺たちを狙って…!

「サビーノ、行こう」

 俺は焦る気持ちを押し付けて、サビーノをつれてその場を足早に歩き去った。





53: ◆EhtsT9zeko:2013/06/16(日) 22:06:15.90 ID:WbsrO5Z60

 人目のないところに出てから、一目散に部屋へ駆け出す。

「マークさん、どうしよう?」

サビーノが聞いてくる。どうするもなにも、隠れるほかに仕方ない。おそらく、あのアッシマー、戦艦から飛んできたのだろう。

さっきの揺れはあいつが船に取り付いた際の衝撃。だとしたら、すでに船にはティターンズか、連邦軍の人間が乗り込んでいることになる。

 廊下の角を曲がった瞬間、目の前に何かが飛びぬけた。

「っと!あぶねぇ、悪い!大丈夫か?」

それは、金髪の若い男だった。曲がった瞬間にぶつかるところだったが、男は間一髪で飛び退いて、床に転がっていたようだった。

暗い色のスーツに赤いネクタイをしてはいるが、ビジネスマンって雰囲気ではない。

「こっちにはいないぞ!」

「向こうを探せ!」

どこからか声が聞こえる。くそ…やっぱり乗り込んできてやがる!

「ちぃ、こいつぁ、まずいな…」

男がうめいた。

 「すまないな、追われてるんだ。俺のことは、内緒にしといてくれよっ!」

男はそう言って立ち上がる。

 待て、追われてる?

俺たちじゃなく、やつらはあんたを追っているのか?

「何なんだ、あんた?」

俺は思わず聞いてしまっていた。すると男は片眉をぴくっと上げて

「名乗るほどのもんじゃないよ」

と笑った。バタバタと言う足音が近づいてくる。しまった―――!

 俺はとっさに、サビーノの手を引っ張って、そばにあった扉の中に飛び込んだ。

扉を閉めようとしたら、なぜか男までこっちへ入ってきた。男が中に入ってすぐに俺は扉をしめて鍵をかける。

そこは用具庫で、船内の掃除に使うための道具が狭い中にたくさん置いてあった。

俺たちは物影に隠れて息を殺した。





54: ◆EhtsT9zeko:2013/06/16(日) 22:08:00.95 ID:WbsrO5Z60

 足音が部屋の前を通り過ぎて、遠くなっていく。

「―――!」

「――!――――!」

叫び声も、遠ざかって行った。

「ふぅ」

男が大きくため息をついた。

 俺も、くたっと膝から力が抜けるのを感じた。

そこで少しの間呆然としていたが、すぐに男が口を開いた。

「あんた達も追われてんのか?」

「あぁ。ワケありでな」

俺が答えると男は笑った。それから

「そうか。まぁ、男には秘密の一つ、怪しい影の一つくらいはあるってもんだ。その方が女ウケも良いしなぁ」

としみじみ言う。この男、そんなことを言っている場合でもないだろうに。

 「あなたは…」

サビーノが戸惑い気味に口を開いた。

 男が、サビーノを見る。

「あれ、お前、どこかで会ったか?」

男がサビーノの顔を見て、首をかしげている。

 なんだ?知り合いなのか?
 
 俺が二人の様子を見ていると、サビーノが言った。

「あなたは…も、もしかして!角の生えた馬のマークのゲルググに乗ってた…」

「な、なんでそいつを知ってんだよ、坊主?」

男はサビーノの言葉を聞いて意外そうな表情を見せた。





55: ◆EhtsT9zeko:2013/06/16(日) 22:09:07.86 ID:WbsrO5Z60

「俺は、ムサイに載ってたんです。終戦直前に、フラナガン機関のあるサイド6から出航して…」

サビーノが言うと、男はさらに驚いた表情を見せた。

「まさか、お前、フラナガン機関にいた子どもなのか?」

「はい。あのとき、助けてもらったうちの一人です」

サビーノの言葉を聞くと、男はほほ笑んだ。それから、

「そうか…そいつぁ…なんだ、奇妙なこともあるもんだな…」

と言うと声を殺して笑い出した。

 おい、ちょっと。何がどうして可笑しいんだ?

わかるように説明しろとは言わないが、しかし、説明は一応してくれ。

でないと、状況を飲み込もうにも飲み込めん。

 「他の子もいるんです。今は、このマークさん達に助けられて、捕まってた連邦の基地から逃げてる途中だったんですけど…

 まだ、部屋に4人」

そうだった。忘れていた。部屋にハンナ達がいるんだ。戻って隠れるように言ってやらないと。

 俺はそう思い直して立ち上がる。

「サビーノ、ここにいろ。俺は部屋に行って、ハンナ達と逃げる手だてを考えてくる」

「逃げる、ね」

俺の言葉を聞いた男がそう言ってニヤッと笑った。

それから、首を左右にコキコキと鳴らしながら立ち上がるとふぅと改めてため息をついた。

「そう言うことなら、いっちょ手伝ってやるよ。こんなとこで会った記念だ。

 あのとき助けたお前らを、今日もう一度助けるってもの、悪かねえ」

どうやら手伝ってくれるつもりらしい。何者かは知らないが、こんな状況だ。人数は多ければ多いほどいい。

それに、軍人なら、戦力にもなってくれるかもしれない。

「俺はマーク。マーク・マンハイムだ。つい数日前までは連邦軍中尉だった。よろしく頼む」

男に名乗ると、彼も俺に向き直って

「ジョニー・ライデン、元ジオン軍少佐だ。俺の名、覚えといて損はないぜ、マーク」

と、ニッと不敵に笑って返事をした。





57:NIPPER:2013/06/16(日) 22:48:52.27 ID:cBGC2SKXo

乙!
ジョニーライデン大好きなんだよ、超俺得。





58:NIPPER:2013/06/16(日) 23:02:19.61 ID:xns6JzJ/0


ジョニーライデンだと!
続きはよ





63:NIPPER:2013/06/17(月) 13:02:19.47 ID:x5XefyhSO

ライデンキタ━━━(゜∀゜)━━━!!





66: ◆EhtsT9zeko:2013/06/17(月) 21:45:53.92 ID:shr/BI9J0

 真紅の稲妻。1年戦争当時、彼はそう呼ばれていたとのことだった。

宇宙を中心に展開していた特殊部隊に所属し、連邦兵器の撃破数は2ケタを超える、とも話した。

それが事実だとすれば、まさに超人的な記録だ。

まさかとは思うが、こいつもニュータイプなのか?

と、なんだか複雑な気持ちになったのは言うまでもない。

 しかし、そんな彼も、彼の所属する部隊も、当時のジオン軍の最終防衛線であるア・バオア・クーでの戦闘で壊滅。

彼も乗機のモビルスーツが被弾し、離脱しそこで終戦を迎えたという話だった。

 それ以前に、彼はサイド6にある、フラナガン機関と呼ばれるジオン軍のニュータイプ研究所に囚われている、

テストに利用された子ども達が、証拠隠滅のために殺害されるという話を耳にした。

 なんでも、そのフラナガン機関には彼も幾度か出入りした経験があるとのことで、他人事とは思えなかったのだという。

やっぱり、彼もニュータイプだったんだな…複雑だ。

 彼は、そこから子ども達を逃がそうとする一部の職員と、ジオン兵に協力し、子ども達を地球へ移送する計画を思いついた。

救助のために、当時ジオン公国艦船の排除、入港拒否の方針を打ち出していたサイド6に戦艦で乗り付け子ども達を救出。

追ってくる研究所のモビルスーツ複数機との戦闘を彼が引き受け、戦艦にも何機かのモビルスーツが護衛について、

幾度も戦闘を潜り抜けながら地球圏に到達した戦艦は、脱出用の小型シャトルに子ども達を乗せて地球へ発射した。

 戦艦のその後は、分からない。

それと言うのも、その時にはジョニーはすでに乗っていた機体に戦艦を追えなくなるほどの損傷を受けていたからだ。

ただ、話しぶりからすると、もしかしたら、撃沈されているのかもしれないと感じた。

子ども達の手前、言わないようにしているのか。

 ジョニーがやられた後、サビーノ達の話だと、

襲い来る研究所所属のモビルスーツの攻撃を、他のパイロットたちが盾になるように防いでくれて、

ギリギリまでシャトルの直援に付いたモビルスーツは、大気摩擦で吹き飛んだらしい。

 その機体についていたエンブレムはどんなのだ、と聞いたジョニーに子ども達が答えると、

彼は、すこし寂しそうな目をしてうつむきながらも、

笑って

「そうか。あいつなら、やりそうだ」

とつぶやくように言っていたのが印象的だった。

 そう言えば驚いたことに、ジョニー・ライデンの名を、レオナも知っていたことだった。

レオナの過去の話は聞いたことがない。

今度時間があったら聞いてみようか、と言う気にさせられた。

我ながら、珍しい心境だな、とも思えて、なんか妙な気分ではあったが。

 サビーノ達は、ジョニーのことを、まるで父親を見る様な安心した視線で見つめていた。

そうしながら彼らはこれまでにあった出来事を事細かにジョニーに話した。それを聞いたジョニーは、また目を細めて、

「大変だったんだな…本当は、すぐに迎えに行くことにはなってたが、それもできずじまいだった。すまなかった」

と謝っていた。この男、軽いだけの奴かと思っていたが、どうもそうではないようだ。

どう形容していいかわからないが、どんな相手にもオープンになって話ができる、そんなメンタルを持っているような感じがした。





67: ◆EhtsT9zeko:2013/06/17(月) 21:46:25.01 ID:shr/BI9J0

 「で、これからのことはどうするつもりなんだ?」

ジョニーに聞いた。するとジョニーはまたニヤっと笑って見せて

「考えがある。マーク、一緒に来てくれ。お嬢さんたちは、この部屋で待機だ。何があっても、部屋から出ちゃダメだからな!」

と言って立ち上がった。俺も黙ってイスを立つ。すると、ニケがジョニーに飛びついた。

何かと思ったら、ニケは半べそをかいている。

「行かないで、ジョニーさん!」

「ははは。大丈夫、心配ないさ」

ジョニーはそう言ってニケの頭を撫で、それから思い出したように、ポケットから何かを取り出した。

それは、軍の認識票のようなものだった。

しかし、そこに刻まれている名前や軍籍ナンバーはなく、ユニコーンの絵柄だった。

「お守り代わりだ。身に着けておくんだぞ?ルナチタニウム製の特注品だからな!」

ジョニーはそれを、ニケの首にかけてそっと彼女を体から離した。それから俺にかぶりを振って

「行こうか」

と言ってきた。俺は黙ってうなずいて、ジョニーのあとをついて行った。

 部屋を出て、廊下を歩く。ジョニーはどこか満足げな表情をしていた。

「で、話だが」

彼の顔を観察していた俺にそう話しかけてくる。

「奴らは、俺を発見できなければ、この船ごと沈めるつもりでいる」

「な、なんだと?」

「逃げ場のない海の上で俺目当ての臨検をする理由はひとつ。この船に俺が乗っていることが割れちまってるからだ。

 フィリピンでも追われていた気配はあったんだが、うまく巻いたつもりでいた。相手にも、勘の良い奴がいるらしい」

ジョニーは笑った。そもそも、彼はいったい、なぜ追われているんだ?

それについて聞いてみると、彼は肩をすくめて

「そいつは知らな方が良い。知っちまったら、万が一のときに、あんた達にまで迷惑かけちまうからな」

と言ってみせた。

 ティターンズが権力を握ってからというもの、スペースノイドやニュータイプが根こそぎ狙われている。

しかし、ここまで強烈な追跡は初めてだ。テロリストか、反政府組織にでも参加しているのか?

元ジオン軍人だってことは、その可能性は大ありだが…

 そうは思っても、実際は彼の言うとおりだった。これ以上面倒を抱え込むとロクなことにならない気がする。

ここで彼に会ったという事実は、なかったものにしておいた方が身のためなのかもしれない。

「わかった。深くは聞かない。それで、どうするんだ?」

俺が話を流すと彼はふっと表情を替えて

「簡単。俺が投降すれば、それで済む」

と言い放った。





68: ◆EhtsT9zeko:2013/06/17(月) 21:46:56.74 ID:shr/BI9J0

 な、なんだって…!?

「本気か!?」

「もちろん。このまま隠れてたって、やつらは船ごと始末をつけるつもりだ。

 そうなったら、あんた達まで巻き込んじまう。せっかくあのときに助けたあいつらを、こんなところで死なせるわけに行かねえ」

ジョニーは胸を張って言った。それから付け加えるように

「それにな。まさか、こんなところで会えるなんて思ってもみなかったよ。

 世の中わからねえもんだな!あいつらの笑顔が見られて、うれしかったよ。

 今の俺は、普段以上に敵なしだぜ!」

と笑った。

「まぁ、あとは。正直、あんたらがいようがいまいが、手が出ないってのが本音だ。

 抵抗してモビルスーツを分捕るって方法もないこともないだろうが、まだそこまで危険な賭けに出るタイミングでもないしな」

ジョニーはさらにそう言って肩をすくめて

「なに、仲間には連絡を取った。この船を離れてしばらくすれば、救助に来てくれるさ」

と笑った。

 だからって…自分の身を差し出して、俺たちを助けようってのか…?他に方法がないからって、そんなことを…

 何かを言ってやりたかったが、何を言って良いかわからなかった。

ひょうひょうとした彼の、固い意思が感じられて、なにを言っても、

彼を止めることも、慰めることにもならないだろうと感じられてしまっていた。

「すまない…」

何とか口をついて出たのは、そんな言葉だった。

「構わねえさ。連邦がいなくなって船が出るまで、部屋でじっとしていろ。あいつらには、よろしく言っておいてくれ」

ジョニーはそうとだけ言うと、身をひるがえして、ふと、思い立ったように、またこっちを振り返って

「マーク。あいつらを、頼む。無事だったら、また会おう」

と告げると、ニッと笑って売店やレストランがあるラウンジの方へと歩いて行った。

 俺は、その背中を黙ってみていることしかできなかった。





69: ◆EhtsT9zeko:2013/06/17(月) 21:47:44.69 ID:shr/BI9J0

 それから30分もしないうちに、船は動き出した。連邦軍の連中は、モビルアーマーと小型船に乗って、引き揚げて行った。

 俺は、と言えば、部屋に戻って、ジョニーのことを考えていた。あいつに、強い意思があったのは、分かった。

だが、それはジョニー自身がサビーノ達を気にかけていただけで、

長い間一緒に過ごしたり、血がつながったりしているわけでもない。

言ってしまえば、特に深いつながりがあるわけでもない。

なのに、なぜ、あんな行動をとったんだ?

 彼は、それしか方法がない、と言ったが、おそらく実際はそうではなかっただろう。

ジョニーならば、隙を見てモビルアーマーを奪うこともそれほどリスクを掛けずにできたはずだ。

少なくとも、連邦の軍人が乗っている間は、いくらなんでも、そう簡単に攻撃はしない。

彼ひとりなら、つけ入る隙はあった。

だが、そうはしなかった。俺たちに被害を及ぼさない、最善の策を、彼は選択した。

 俺には、その理由が理解できていなかった。

そして、そのことが、なぜか、深く胸に爪を立てていた。

 「おい、ニケ。もう泣くなよ…」

サビーノがニケを慰めている。ニケは、俺が、ジョニーのことを話す前から、ずっとああして泣いていた。

思えば、ジョニーがこの部屋を出て行くとき、彼にしがみついたニケは、もうすでに彼の気持ちを理解していたのではないか。

 ハンナとレオナが言っていたように、ニュータイプ同士、なにかを感じ取っていてもおかしくはなかった。

 「シロー達も、お姉ちゃん達も…ジョニーも…なんでよ。なんで、みんな、危ないってわかってるのに行っちゃうのよ!」

ニケがそう叫ぶ。サビーノが、そんなニケに囁いている。

「俺たちのことを、守ってくれようとしてるんだよ…。わかるだろう?」

「わかるよ!わかるから、だから…どうしてなの…私たち、なんにも悪いことしてないのに…

 どうしてこんなにたくさんの人に憎まれなきゃいけないの?!私たちは、生きてちゃいけないの?!ねぇ!なんでなの!?」

ニケが声を荒げている。

 ジオンに居たころはもっと幼かったはずだ。そんなころから、この子たちは、

証拠隠滅だとか、テスト欠格だとか、スペースノイドだとか、そんな理由で、命を狙われ、もてあそばれてきたんだ。

そう思うのも、無理はないだろう。





70: ◆EhtsT9zeko:2013/06/17(月) 21:48:19.05 ID:shr/BI9J0

 錯乱しているようにも見えるニケのそばにレオナが歩み寄って行って、彼女を抱きしめた。

ニケはレオナにしがみついて、その胸に顔をうずめながら

「レオナ姉ちゃんはダメだよ…どこにも行かないで…私たちのために、苦しまないで…!」

と掠れた声で訴えた。レオナは彼女の頭を撫でた。だが、何も言わなかった。

いや、おそらく、答えられなかったのだろう。

 レオナも、もしものことがあれば、ジョニーと同じ選択をする。その覚悟があるんだ。

だが、どうしてだ?話じゃ、レオナとこの子達も、ジョニーと同じで、それほど深い関係でもないはずだ。

それこそ、ムラサメ研究所で会ったばかりのはず。

ジョニーにしてもレオナにしても、なぜ、この子達をそこまでして守ろうとするんだ?

 そこまで考えて、ハッと思い出した。

そうだ、同じことを、ハンナもしたんだ。会って間もない彼らを、逃がそうとした。

 いったい、なんだってんだ?ニュータイプ独特の仲間意識でもあるのか?

 クソ!誰か、俺にわかるように説明してくれよ!なんであいつらを守らなきゃいけないんだ?

どうして、どいつもこいつも、同じようなことをするんだ?いったい、どうしてなんだ?

どうして俺は、こんなにもイラついているんだ?

 俺には、何一つ理解できない。本当に、ただの一つも、分かっていやしないんだ。





79:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:10:29.22 ID:KMbg4rxB0

 それから4日後、船はアラフラ海を航行していた。

部屋の窓からテラスに出て、進行方向を見やれば、そこにははるかかなたに陸地が見えた。

ティターンズの臨検があったせいで予定が遅れ、昼間に到着の予定だったが、あたりはもう薄暗い。

 ただ、俺たちにとっては好都合だ。すくなくとも、昼間よりは顔がバレる心配はしなくて済む。

そうは言っても。警戒を緩めるわけには行かない。

俺は、基地から乗って出た軍用車に積んであった装備の中から、双眼鏡を荷物に忍ばせておいた。

さっきから、このテラスで陸の方を観察している。まだ、距離がある上に暗がりで、どんな様子かは分からない。

 あの日、ニケは2時間ほど泣き続けてから、ようやく落ち着いた。

他の子ども達はシレっとしているように見えたが、本心はどうだったのだろう?

ニケの感受性が強すぎるのか、それとも、他の子たちも同じ想いだったが、なんとか取り繕っていたのか…

 ただ、レオナはニケを辛そうな眼差しで見つめていたから、もしかしたら、他の子ども達も感じ入る部分はあったのかもしれない。

 俺は、ニケが泣き止むずっと前に、ジョニーのことを考えるのはあきらめた。

感謝こそすれ、今の俺たちは、感傷に浸っている余裕はないんだ。

 「どう、様子は?」

部屋の中からハンナが声をかけてくる。

「まだ、何も見えないな」

俺が首を横に振ると、彼女は肩をすくめて

「まぁ、そうだよね。なんにもないと良いんだけど…」

とつぶやくように言った。

 本当に、その言葉に尽きる。

 部屋の中にいるサビーノ達や、レオナも、幾ばくか緊張した面持ちでいる。

こんな時に、ニュータイプの勘で、敵が居るか居ないか、分からないものだろうか?

いや、そこまで便利なわけはないな。





80: ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:11:01.84 ID:KMbg4rxB0

 船の目的地、ダーウィンの街の港が徐々に近づいて来た。双眼鏡で見ると、建物の形もはっきりと見えてくる。

このオーストラリアには、1年戦争開戦直後の、ジオン軍によるコロニー落としによって形成された巨大なクレーターがある。

クレーターから離れたこのあたりでも相当の被害が出たらしいが、終戦から8年経ち、復興もだいぶ進んでいるとも聞いている。

オーストラリア大陸を管轄しているのは、トリントン基地、だったか。

そこも、多分に漏れず、ティターンズの手が入っているだろう。果たして、あそこでどうやってアムロ・レイを探すべきか…

 「レオナお姉ちゃん…」

ニケが、レオナを呼ぶ声がした。

「どうしたの?」

「なんか、気分悪い…」

船酔いか?もう一週間も乗ってるってのに、今更?いや、緊張のせいかもしれないな。

「大丈夫。気持ちをしっかり持って。頭の中を空っぽにして」

レオナが言っている。あっちは、レオナに任せよう。

 俺はそう思いながら双眼鏡で港を見続ける。

そばに、ハンナがやってきた。

「ね、マーク。なんだか、すごく嫌な気分がする」

「気分?」

「そう。良くわからないけど…胸の中が、グチャグチャになっていく感じっていうか…」

ハンナの顔を見ると、辛そうにゆがんでいる。

 「なにか、悪い予感でもするのか?」

これまでのハンナを見ていて、ここまで来ていきなり緊張と言うわけでもないだろう。

だとすると、ニュータイプの勘ってやつが働いているのかもしれない。そう思って俺は聞いてみた。

しかし、ハンナは力なく首を横に振って

「ううん、そう言うんじゃ、ない感じ」

と弱々しい声で言った。

 だとしたら、やはり緊張のせいかなにかだろうか。まぁ、いくらハンナでも、仕方ないのかもしれない。

俺だって、緊張で息が詰まりそうになっている。似たようなものだ。

「部屋で休んでろ。ここは俺が見てるから、大丈夫だ」

俺はそう言ってハンナを部屋に戻した。

「ごめんね」

ハンナは、去り際にそう言い残して言った。





81: ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:11:43.76 ID:KMbg4rxB0

 船が港への距離を詰める。双眼鏡の中の景色に、明かりが動いているのが見えた。

あれは…車のヘッドライトか?

 俺は目を凝らしてその明かりを見つめる。ゆらゆらと動いてはいるものの、光源が移動している様子はない。

しかし、その光は強くなったり、弱くなったりしながら、動いているようにも見える。

 港への距離がさらに近づいて、その光の正体がわかった。そして、俺は、絶句した。

それは、サーチライトだった。あんなに、たくさん…

 あんなものが、普通の港に用意されているはずがない。

いや、1つや2つくらいはあってもおかしくないのかもしれないが、見える限り、6、7個はある。

そのライトの少し下を、何か黒い影が行ったり来たりしている姿も見える。

人の姿だろうか。

 すでに警戒態勢が敷かれていると思った方が良い。

港まではあと30分もないぞ…どうする…?!

 俺は双眼鏡から目を外して考えた。車で包囲を突破するのはおそらく無理だ。

基地から逃げる時に使っていた多少の装甲板のついたトラックならそれも案の中に入れられただろうが、

この船に積んでるのはあいにく、普通の車だ。逃げようとしたところに銃撃を加えられれば、あっと言う間もないだろう。

 だとすれば、この船に籠城するか…おそらく、折り返し出航するのは、明日の朝になるだろう。

それまでどこかに隠れていることができるかもしれない。しかし、海の上で臨検をしたようなやつらだ。

停泊した船をくまなく探すくらいのことはするだろう。しかも、船底の貨物室に積み込んだ車が一台だけそのままになる。

バカでも、船の中にいることくらい想像はつく。

 それなら、逃げるよりほかはない。だが、この距離だと詳細な状況が把握できない。

それも夜だ。逃げるにしても、相手の状態を把握するまでは、作戦のたてようがない。

 俺は、胸がつまりそうな心持ちに襲われて、ふうと大きく息を吐いた。なにか、うまい案が浮かべばいいが…

 そんなことを考えているうちにも、船はゆっくりと港に接近していた。堤防に囲まれた湾内の様子も良く見えてくる。

 サーチライトは、9個設置されていた。堤防には、数十人の連邦軍の軍服を着た人間が、右往左往しているのが見える。

軍用車に、装甲車もある。

 あれは、確実に警戒網だ。モビルスーツや戦車がないのは助かるが、そうは言っても、簡単な状況じゃない。

そう言えば、あれは確かに、連邦軍の軍服だ。ティターンズのものではない。

ジョニーを連行して行った、臨検に来たやつらはティターンズの軍服を着ていたが、今回はその姿が見えない。

と、すると、あれはティターンズではなく、ニュータイプ研究所の私兵、と言うことだろうか?

待てよ、これはチャンスかもしれない。

ティターンズなら迷うことなく発砲してくるだろうが、ニュータイプ研究所の人間なら、

子ども達もレオナも、貴重な研究材料のはずだ。そう簡単に危険にさらすような対応をしないようにも思える…

が、そんな憶測に頼るのは、危険だ。

 あの警戒態勢の中に突入せず、この船から脱出する、もっとも安全な方法は…おそらく、これしかないだろう…。

 俺は、このテラスに出たときから気づいていた、備え付けの金属製の箱を開けた。

そこにあるのはもちろん、非常用の救命胴衣だった。





82: ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:20:56.17 ID:KMbg4rxB0

 「マークさん、私、怖い…」

ニケが小声でそう囁いてくる。



「大丈夫だ。ちゃんと俺につかまってろ」

俺はそう言いながらニケの頭をなでてやる。ニケはそうした俺の目を、涙目でじっと見て、口をへの字にしながら、うなずいた。

「そっちは、大丈夫か?」

俺はレオナとハンナに聞く。

「サビーノは泳げるらしいから、平気だと思う。私とレオナで、エヴァとサラを連れて行くよ」

ハンナが答える。

 俺の考えた作戦は、いや、これを作戦、と呼ぶべきか、まだ悩むところではあるが、とにかく、だ。

テラスにあった救命胴衣を着て、ここから、軍のトラックの中から持ち出してきた装備品の中にあったロープを使って海面に降りて、

闇夜の海を泳いで、警戒網が敷かれている港から離れた陸地にあがる、それだけだ。

 この船はかなりのサイズだ。端から端まで目を行き届かせるのは難しいし、なにより、この時間だ。

海面は真っ暗で、こちらが暴れたり、派手な色を身に着けたりしていなければ、確実に紛れることができる。

この手の方法は、一応、情報士官らしく、一から十まで訓練ではこなしている。

夜間に敵地への諜報活動のために、侵入する訓練だが、

そもそも、地球連邦の支配地域であるこの地球に、一体全体、どうして海に紛れて諜報活動をしにいく必要があるかは疑問なのだが、

それも、8年前の戦争で、支配そのものが盤石ではないと、暗に悟っている部分があるからかもしれない。

 船が岸に着岸して、もう20分経つだろうか。外の方が、一段と騒がしくなってきている。

乗客がおり始めているんだ。このタイミングがベストだろう。

 ロープをつかんで、テラスの柵を乗り越える。胸を押しつぶすような緊張感が俺を襲う。だが、潰されるわけには行かない。

大きく深呼吸して、気分を整える。

 それから俺は、ハンナとレオナにかぶりを振って、結び目をつけて握りやすいようにしたロープを漆黒の海面に向かって降りて行く。

高さは、7,8メートルと言ったところか。慣れないと、一番怖さを感じる高さではある。ニケたちのことが気にかかる。

 上を見上げると、ハンナがこっちの様子を覗いていた。合図を出して、子ども達を下ろさせる。

 俺は海面に到着して、そっと海に入る。海水は思ったほど冷たくはない。11月だ。こっちは、初夏を過ぎたころ。

まだ暖かくはないと思っていたが、これならすこし安心できる。

 まず最初に、ニケが降りてきた。海に入るのをためらっているニケをそっと抱きとめて海水の中に迎え入れる。

思っていたほどでもなかったのか、ニケは少し意外そうな顔をして俺を見た。

「怖いか?」

俺の救命胴衣の裾をつかんだニケに小声で聞いてみると彼女はかすかに笑って

「大丈夫」

と囁き声で返事をしてきた。





83: ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:21:52.39 ID:KMbg4rxB0

 それからサビーノ、サラ、エヴァ、ハンナとレオナも降りてきた。

「揃ったな。サビーノは俺の後ろを離れるなよ。サラとエヴァは、ハンナとレオナにつかまってるんだ」

俺はそう指示をして、ニケの体をつかんで、もう一方の手で水中を掻き、海水を蹴る。

なるべく音をたてないように、なるべく水面から頭以外の部位が出ないように、ゆっくり、慎重に進んでいく。

 テラスから見た限りでは、埠頭を回った裏側は造成中の港があった。そちらの方には人影がなかったので、とにかくそこを目指す。
「異常ないかー?」

「あるわけないだろ。上の連中、適当な指示ばっか出しやがって。なんだってこんなとこに逃走捕虜が来ると思ってんだ?」

「あはは、確かにな。ティターンズ様の下請けで忙しいんだ。なんだっけ、ナントカ研究所だかなんだか知らんが、自分たちのケツ くらい、自分らで拭けってんだよ」

「おいおい、研究所から来てる士官殿に聞かれないようにしとけよ、出ないとお前も改造手術の実験台になっちまうぞ?」

「うるせぇ、だいたい、お前が話題振ってきたんじゃねえか」

「そうだっけか、忘れたな、ははは!」

警備兵の談笑する声が聞こえる。

 グッと緊張が高まって、胸の高鳴りが大きくなる。ニケの腕が、体に絡みついて来た。

俺はニケの体にまわした腕を少し強めに引き寄せて、大丈夫だ、と伝えてやる。

チラリと見やったニケの顔は、恐怖にゆがんでいた。

 船から、500メートルほど離れた。もう少しで、埠頭の先を抜けられる。

後ろから来るサビーノも、ハンナもレオナも大丈夫そうだ。もうすこし…もう少しだ…。

 ふっと、目の前の海面が明るくなった。サーチライトの1機が、こちらを向いたのだ。心臓が一瞬、止った。

すぐさまその場に留まって、ライトの動きを注視する。下手に動けば、逆に見つかる。焦るな…!

 そんなとき、タンタンと言う妙な音が聞こえた。

俺はすぐにその音の方を振り返るとそれはちょうど背後から、進んでくる船のエンジン音の様だった。まさか…やつらの船か…?

 俺はそう思って、水中でベルトに差してあった拳銃を握る。

 サーチライトがその船を照らし出した。それは、漁船だった。





84: ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:22:26.15 ID:KMbg4rxB0

「そこの船!とまれ!」

岸からそう叫ぶ声が聞こえる。

漁船は、ちょうど俺たちを堤防から隠すような位置まで進んで、エンジンを止めた。

 まずいな。距離が近すぎる。あの船に注目が集まっている今、この船の陰から抜け出すなんてことは出来ない。

潜ればなんとかなるかもしれないが、ニケとサラにエヴァは泳げないと来ている。

俺はニケを引っ張って潜るくらいはできるが、ただの補給士官のハンナやスペースノイドのレオナにそこまでできるとは思えなかった。

 「へーい、なんです、この騒ぎは?」

船の上に人が現れて、警備兵と会話をしている。30メートルはあるだろうか、どちらも大声で怒鳴っている。

「貴様は、地元の人間か?」

「あぁ、はい。つっても、対岸のマンドラですけど」

「なぜこんなところを航行している?」

「いやあ、今夜獲れたもんをこっちへ運んでおこうかと思ったんですが…」

「この状況を見てわからんのか!厳戒態勢だ!すぐに立ち去れ!」

 ふと、船の上に、別の人影が見えた。金髪の女性だ。彼女は、船の操舵室の壁に隠れて、俺たちに手招きをした。

 なんだ、あいつ?俺たちを助けようってのか?どうする?乗るか?しかし、見ず知らずの人間をこの状況で信用して良い物か…

だが、そうは言っても、現状、このまま泳いで行くより、船に乗せてもらった方が、良いことに違いはない…どうする?

 「へーい。明日の朝にゃ、終わってますかね?」

「今夜のうちにことが済めばな」

「わかりやしたよ。なら、仕方ねえ。明日の朝に出直すとしますわ」

まずい、会話が終わっちまう。

「マーク…!」

サラを抱えたハンナが寄ってきて、俺にそう囁く。

 迷ってる暇は、なさそうだ。

「先に行け」

俺はハンナとレオナにそう声を掛けて船の方に押し出した。サビーノに二人のあとを追わせ、さらにその後ろから俺が追いかける。
船にたどり着いたハンナたちを、女性が物音を立てないよう、慎重に引き上げている。

 ブルンっと船のエンジンがかかった。

 これなら、少し音が紛れる…警備兵と話し込んでいた船頭の機転か?

 俺もなんとか船にたどり着いて、ニケを引き揚げてもらい、自力でデッキまで上がる。

それを待っていたかのように船は方向転換を始める。まだ、サーチライトには照らされたままだ。

船の方向転換に合わせて、岸から死角になる位置に移動を繰り返す。船が岸に背を向けて湾の外へ向かって走り出した。

 追手はない。ひとまず、目先の危険からは逃れられたようだ。

 そう思ったら、ふうと大きなため息が出た。胸が詰まるようだった感覚からも解放される。

今になって、手や足が震えてきた。

まったく、良い根性してるよ、我ながら。





85: ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:23:09.38 ID:KMbg4rxB0

 ハンナ達は、平気だろうか?何か声を掛けてやろうと思って振りかえった俺は、目を疑った。

 俺たちを引き揚げてくれた、あの金髪の女性と、レオナが抱き合っていた。

それどころか、子ども達もその周りにへばりついている。

なんだよ、これ?

「無事で良かったです、レオニーダ」

「レイラこそ…!」

知り合いなのか?また?俺は訳が分からず、ハンナを見やった。ハンナは、そんな様子を見て、感慨深げな表情をしている。

…あの空気じゃ、ハンナも、だよな、当然…

 複雑な気分になったので、立ち上がって船頭のところへと向かった。

彼は操舵輪をけだるそうに回している。歳は、俺より少し上くらいか。

「ありがとう、助かったよ」

俺が言うと、男はこちらを振り返って

「礼には及ばないよ。間に合ってよかった」

と笑った。





86: ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:23:40.60 ID:KMbg4rxB0

 「あんた達は、一体、何者なんだ?」

あっちは取り込み中なので彼に聞いてみる。すると彼は肩をすくめて

「俺は、今は、レイ、と名乗ってる」

レイ―――?まさか

「まさか、あんたが、アムロ・レイか?!」

俺は興奮して聞いてしまった。しかし、当の彼は不愉快そうな表情をしながら

「そう言うことになってる」

とつぶやくように言った。

「どういうことだ?」

わけがわからずに尋ねると、男は少し考える様なしぐさを見せて

「ジョニーの旦那から、話は聞いてないのか?」

と逆に聞き返してきた。ジョニーから?なんだ?ジョニーの知り合いでもあるってのか?

待てよ、確か、あのとき、ジョニーは仲間に連絡はつけた、と言っていた。

もしかしてこいつらが?

「いや、なにも聞いてはいない。どういうことか、説明してくれないか?いまいち飲み込めていないんだ」

俺はそう言って彼に説明を求める。頼む、俺にも理解できるように教えてくれ。

 男は、ふうとため息をついた。

「仕方ない…どこから話すか…まぁ、自己紹介だな。俺は、そもそも、ゼロ・ムラサメ、と呼ばれていた」

男は、そう切り出した。ムラサメ…?あの、ムラサメ、か?

「ムラサメ研究所と、なにかつながりが?」

「俺は、強化人間だ。ムラサメ研究所で、研究の一環で試行的に強化を受けた」

―――強化人間…

これまで、その名を耳にしたことはあるし、これまでもずっと俺の頭の中を飛び交っていた名だ。

この男が、「それ」なのか。

「ゼロ、ってのが気に入らなくてな。今は、名前はいくつかある。

 一番気に入ってるのは、ジーク、ってやつなんだが、そいつも今は名乗れない」

そうか、ゼロの頭文字、Zを取って、Zeke。それに確か、ゼロをニホン言葉でレイ、と言うはずだ。

だが、アムロの方は、どういうことなんだ?

「アムロ、ってのは、どうしてなんだ?」

俺が聞くと、男はさらにイヤそうな顔をした。

「今は、影武者ってことになってるんだ。俺があんな奴の代わりをしなきゃならないってのは、腹立たしいが…」

 そうジークは言った。

「影武者?あんたはアムロ・レイを知ってるのか?」

俺がさらに聞くと、男は、ふうとため息をついた。なんだって言うんだ?

そう思っていたら、男は言った。

「察しの悪いやつだ。オールドタイプだな」

な、こいつまで…?





87: ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:24:36.93 ID:KMbg4rxB0

 「まぁ、良い。説明しよう。俺や、あっちにいるレイラ・レイモンドも、それから、ジョニーの旦那も、

 あと、興味津々のそのアムロ・レイも、カラバに所属している」

―――カラバ!?

 カラバは、反地球連邦を掲げた、平たく言えば、反政府組織だ。地球を我が物顔で「占拠」し、

選民思想的な発想で人々を宇宙に送り出し、スペースノイドを忌み嫌う連邦政府を糾弾しようとしている、あの…

「アムロ・レイは、ご存じのとおり、有名人。俺の他にも、何人か『代わり』がいる。

 それだけ、居場所を探られたくないらしい。だから、先に言っておくが、あんた達にも会えないだろう。

 それに、あんな奴に会ったって、あんた達を助けられるとは思えないしな」

なんだろう、この男、アムロ・レイに対して、何かイヤな印象でもあるのか?ずいぶんな言いようだ。

いや、だが、待て。今はそこを気にしている場合ではない。

「それで、何だって俺たちを助けてくれるんだ?」

すると彼は、無表情のまま

「ジョニーの旦那からの依頼でね。俺は乗り気じゃなかったんだが、

 相棒のレイラが、そいつらの知り合いかもしれないと言う話だったから、引き受けた。

 これは、別にカラバとしてあんた達を支援しているわけじゃない。ジョニーの旦那の気まぐれさ」

と言った。

 ジョニー…まさか、ここまで手を回していてくれるなんて…。

「そ、そう言えば、ジョニーは無事なのか?」

「旦那の方には、別の人間が行っている。あれで、結構な重要人物なんだ。あっちの救出は、カラバの主力が担当する。

 だから、あの人の心配はしなくても良い。今はあんた達だ」

彼はそう言って俺を見やった。

「ジョニーの旦那は、脱出を済ませたら、カラバのバックホーンにあんたらの保護を依頼するつもりでいる。

 名は出せないが、その組織なら、あんたらを安全にかくまうことができる…

 政財界や、軍事企業にまで顔の効く組織、と言えば、あらかたの察しはつくだろう?」

言いたいことは、分かる。おそらく、秘密裏にカラバへの出資をしている連中のことを言っているんだろう。

それほどまでに、力のある組織が後ろ盾についてるってことか…

だとしたら…俺たちの安全は、ジョニーが救出されてからその組織に保護を認めてもらえるまで!





88: ◆EhtsT9zeko:2013/06/18(火) 22:25:04.05 ID:KMbg4rxB0

 俺はそこまで聞いて顔を上げた。すると、彼はニッと笑って

「そう。あんたらはそれまで逃げ延びなきゃならない。俺たちにも、カラバの任務があるから、ずっとは守ってやれない。

 とにかく、俺たちは旦那との約束通りにあんた達をここから逃がす。そこから先は、あんたが頼りだ」

と言ってくれた。ジョニーの救助がいつになるのか、なんてことはまだわからない。保護をしてくれるかすら、不透明だ。

だが、俺にとってはそんなことはどうでもよかった。

今まで逃げて回っていただけだが、もしかしたら、あいつらを安全に生活させてやれる場所へ連れて行ってやれるかもしれない。

俺たちも、そこに厄介になることもあるいは…。

これまでのように安全や安心が用意されていないのとは違う。

追われる心配がなくなる場所に行くことができるという可能性があるのなら、それは俺たちにとっては、何にも代えがたい希望だ。

それから彼は、ふと、思い出したように

「そういや、名前、聞いてなかったな」

とこっちの顔色を窺ってくる。

「マーク。マーク・マンハイムだ。よろしく頼む」

俺は名乗ると、彼は満足そうな表情を浮かべた。

「マーク、か。俺は…そうだな、やっぱり、ジーク、と、そう呼んでくれ」

ジークは、そう言って笑った。





91:NIPPER:2013/06/18(火) 22:52:29.53 ID:faZjI+cSO

乙乙
ゼロにレイラ!!
マジ胸熱!!
あの懐かしき日々がよみがえる…





94: ◆EhtsT9zeko:2013/06/20(木) 21:54:23.68 ID:d/VkRUTk0

 俺たちは、それからジーク達が隠れ家に使っているという、真新しい平屋の家に案内された。

この一帯は、コロニーが落ちた際の衝撃波と地震で壊滅的打撃を受けていたと聞く。

そんな状態から街を再建している最中で、どこに建っている建物を見ても、新しさが目に付いた。

この家には庭には、今はカバーが被っていて中までは見えないが、まるでハイスクールにあるような大きなプールまで付いている。

 建物自体は豪邸と言うには程遠いもので、あんな豪華なプールが付いているのが、なんだか不自然に思えた。

 俺たちは家に着くなり、シャワーを借りて、それから着替えも用意してもらった。

ずいぶん夜も更けたが、やっと食事にもありつけた。

 子ども達は、久しぶりに会ったレイラと一緒に寝るんだ、と言って聞かず、

結局レイラが引き受けてくれて、彼女の寝室で寝ることになった。

俺とハンナ、それからレオナは別の部屋をあてがわれ、ジークはリビングのソファーに横になった。

申し訳ない、と謝った俺に彼は

「まぁ、ゆっくりしていけよ。先は長いかもしれないんだ」

と言ってくれた。どこか、気位が高い、と言うか、得体の知れない自負を持っているように感じられる彼だが、

気遣いのできるこの感じは、ジョニーと通じるものを感じられた。

 部屋に入って寝ようとしていたが、先ほどの緊張のせいか、どうにも目がさえてしまっていた。

俺は、レオナやハンナを起こさないようにベッドから起き上がると、部屋の勝手口からそっと庭に出た。

 海辺の街ではあったが、陸の方から吹いてくる風で、さらっとしていて気持ちが良い空気があたりを包んでいた。

 煌々と月が輝いている。

 ほんの数時間前まで、あんなに緊張しっぱなしだったってのに。こんな良い夜風に当たっていると、それを忘れてしまいそうだ。

いや、今ならそれも構わないのかもしれない。





95: ◆EhtsT9zeko:2013/06/20(木) 21:55:09.91 ID:d/VkRUTk0

 この家についてから、ジークの相棒だというレオナから話を聞いた。

彼女は、ジオンのニュータイプ研究所、フラナガナン機関にいたらしい。

レオナとは古い仲だったとのことだったが、レオナは、1年戦争のさなかに、

他の数名のスタッフや被験者とともに研究所に所属するとある博士に連れ出され、地球に亡命した。

レオナが亡命してしばらくしてから、サビーノ達はフラナガン機関へ連れてこられたようだった。

その頃には、すでに強化人間の実験を受けていたレオナだったが、終戦間際の混乱と、子ども達の「処分」の情報を聞きつけ、

ジョニー達と結託して彼らを救い、ジョニーとともに追手と戦ったという話だった。

 レオナはその後、ジオン残党軍を渡り歩き、その戦闘のさなかに連邦軍の兵士として宇宙に上がっていたジークと出会ったそうだ。

強化人間同士と言うこともあったのか、お互いは惹かれあって、ともに地球へ逃げてきたらしい。

強化人間の技術と言うのはまだ未成熟で、精神に大きなアンバランスを生じさせるというのだ。

レオナの話では、そのアンバランスな部分をジークとお互いに補てんしあって、

なんとか正常な状態まで回復することができたのだという。

 その、フラナガン機関、と言うやつが、問題の根本なのかもしれない。ふとそんなことを思って、俺は首を振った。

 違う。そうじゃない。それは、言い訳だ。そもそも、今、ニュータイプやスペースノイドを狩っているのはジオンではなく、ティターンズ。

そして、強化人間としての材料を欲しているのは連邦の研究所だ。もはや、なにが悪いなどという話ではない。

どっちにしたって、胸糞悪いことに変わりはないんだ。

 キイッと音がした。

振り返ると、勝手口のドアを開けて、レオナが出てきていた。

「眠れないの?」

「あぁ、うん」

そう聞いて来たレオナに、俺は答えた。

 レオナは、芝生の上をサクサクと歩いてきて、俺の隣に座り込んだ。それから、チラッと俺の顔を見て

「黙ってて、ごめん」

と小さな声で言った。

 レオナの、過去の話だ。まぁ、正直、レオナの口からきいても、大した驚きはなかった。

むしろ、納得できるところの方が多くて、安心したくらいだ。

「別に気にするな。あぁいう話ってのは、タイミングが大事だったりするからな」

俺がそう言ってやると、レオナはまぶしい顔をして笑った。やはり、その笑顔は何よりも明るくてまぶしい。





96: ◆EhtsT9zeko:2013/06/20(木) 21:55:44.20 ID:d/VkRUTk0

「も、もう隠し事はないのか?」

すこし動揺してしまって、話題を替えようとそう聞いてみる。すると、レオナはその笑顔から一転してシュンとした表情になった。

「…妹たちが、まだ、ジオンにいるの」

彼女は言った。そりゃぁ、そうだよな。いくら被験体だからって、家族くらいいるだろうな。しかも、妹か…それは…

「心配だな」

そう言ってやると、レオナは

「うん」

と短く返事をした。

 まずいことを聞いたな。空気が重くなっちまった。なにか、明るい話題はないかと思っていると、不意にレオナが

「ね、ハンナとは、幼馴染なんでしょ?」

と聞いて来た。あぁ、その話題も、なんだか居心地良くなさそうな雰囲気があるんだが…

「あぁ、まあな」

そんなことを思いつつ返事をすると、レオナは「そっかー」とつぶやいて笑った。

なんだよ?そんな俺をよそに、彼女は

「恋人同士、なんでしょ?」

とさらに聞いて来た。まったく、そう言う話もやめてほしいんだがなぁ。

「まぁ、そうだな」

俺が答えると、レオナはまた笑った。それから何を言うかと思えば

「そっか…うらやましいな」

と口にした。





97: ◆EhtsT9zeko:2013/06/20(木) 21:56:15.24 ID:d/VkRUTk0

 うらやましい、のか。まぁ、そうかもしれないな。

妹たちのこともそうだが、他に家族も、友達も、幼馴染みたいなやつも、ジオンにはいたんだろう。

そういうやつらと引き離されて、こんなところに連れて来られて…。

「寂しいのか?」

俺が聞いてみると、レオナは何か、意外そうな顔をした。

あれ、違ったのか?マジマジとその顔を見つめてしまった。

しばらくしてレオナは吹き出すと

「あー、そうか、そうだよね」

と笑いだした。

 いや、まて、なにが「そう」なんだ?

まさか、こいつ、俺の心を読んだのか?ニュータイプってのは、そんなことまでできるんじゃないだろうな?

「おい、どういうことだよ?」

俺が問い詰めると、レオナは笑って

「んー、マークは、優しいな、ってこと」

と言って、また明るい笑顔を見せた。

 いや、どういうことなんだよ、それ。もっと意味が分からないぞ?

 混乱している俺を見て、レオナは声を上げて笑い出した。くそ、まったく、ニュータイプって人種は、本当にわけがわからない。

 まぁ、でも。

 別にそんなことは、どうだっていいだろう。すくなくとも、もう、こんなところまで一緒に来ちまったんだ。

俺自身のためにも、ハンナのためにも、無事に逃げ通して、ジョニーの助けを待つほかはない。

それに、きっと、安心できる場所にたどり着いたときに、ハンナも、レオナも、サビーノやニケや、サラにエヴァも、

今以上の笑顔を見せてくれるだろう。そのために、今を必死で生きるのも、悪くない。

 夜風がまた、サワサワと吹き抜けて行った。明日からは、また怒涛の日々だろう。

今、この時間だけでも、俺はこの安心感を味わっておきたかった。

「ふふ、やっぱり、マークは優しいね」

唐突にレオナがそう言って笑ったが、俺はもう、気にするのはやめた。





105: ◆EhtsT9zeko:2013/06/21(金) 21:30:49.92 ID:QYoWxinO0

 明け方、俺は物音で目を覚ました。

 途切れ途切れの意識を覚醒させて、耳を澄ます。その音はリビングの方から聞こえてきていた。

誰だろう、ジークか?リビングへの扉を見やると、かすかに明かりが漏れている。

腕時計に目をやると、時間はまだ、朝の5時前。

 俺は起き上がって、ドアまで歩くと、ノブを引いた。

 そこには、奇妙な光景があった。リビングの真ん中に、サラとエヴァが突っ立っている。

その様子を、ジークが不思議そうに見つめている。

 この光景には、見覚えがあった。これは、あのとき、ホテルでニケが起き出してきたときと、似ている。

 俺は、三人の方へ近づいて行く。

しかし、かなりそばに近づいても、ジークもサラもエヴァも俺に気付いている様子はない。まぁ、それにも慣れた。

 「お姉ちゃんが言ってる」

サラが口を開いた。

「お姉ちゃんってのは、誰だ?」

「白鳥の、お姉ちゃん」

エヴァが言う。

 二人とも、目を開けてはいるが焦点が定まっていない。それにしても、白鳥のお姉ちゃん?

そう言えばあのとき、ニケも何か言っていた。良く聞き取れなかったが、ハク、ちゃんと言う言葉は覚えている。

二人が言う、白鳥のお姉ちゃん、はニケの言っていたやつのことか?

「行かなきゃ」

サラが言った。

「アムロ・レイに会わなきゃ」

エヴァもそう言う。

「やつは、こんなところにはいない」

そう言ったジークを見やると、彼は手に何か紙切れを持っている。

「行かなきゃ」

「行かなきゃ」

二人はそう言うと、まるで何かに操られるように、フワフワとした足取りでレオナの寝室の方に戻って行った。

 俺は相変わらず、その姿を呆然としたまま見送っていた。

「あぁ、居たのか」

不意に、ジークの声がして、我に返った。

「な、なぁ、今の…」

俺がどう聞いて良いかわからず、戸惑っていると彼は、ふうとため息をついた。

だが、昨晩のように、イヤそうな感じではない。

むしろ、すこし困った様子にも見える。

「まぁ、座れ。可能な限り、説明してやる」

そう言ってジークは俺に席を勧めた。

 ジークに言われるがままに、空いていたソファーに腰を下ろして、彼の言葉を待つ。

彼は顎に手を当てて、何かを必死に考えるようにしている。しばらくして、彼は俺の顔を見やって

「あんた達は、どうしてここまで来たんだ?」

と聞いて来た。





106: ◆EhtsT9zeko:2013/06/21(金) 21:31:22.28 ID:QYoWxinO0

 俺は、あの日のホテルでのことを事細かにジークに説明した。すると彼は、ふーん、と鼻を鳴らして

「なるほど…あの声は、そう言うことだったんだな」

とさも、納得したようにつぶやいた。

「なぁ、それってどういう…」

「あぁ、待て、分かってる。今、説明するから、すこし時間をくれ」

俺が言いかけると、ジークはそう言ってまた何かを考え始める。俺はとにかくジークを待った。

ハンナやレオナでは、説明できなかったことを、彼は説明してくれるように思えた。

彼からは、ニュータイプとは違うなにかを感じていた。強化人間だからなのかもしれない。

彼はニュータイプ的な力を持つ以前に、俺と同じ分からない側の人間だったのかもしれない。

「まず、そうだな。今のと、それから、その何日か前の出来事が、なんなのか、だ」

ジークはそう言って俺の顔を見た。俺は、黙ってうなづく。

「あれは、おそらく、誰かの思念を感じ取っている…いや、あいつらに向けた思念、と言った方が、より正確か。

 それを、伝えに来てくれたんだ」

「思念?」

俺は聞き返す。おそらく、それが、俺がもっとも理解できないポイントだ。

ジークは、また考えるようにうつむいてから口を開いた。

「フラナガン機関の名づけ方で言えば、サイコウェーブ、という特殊な脳波なんだ。

 平たく言えば、テレパシーのようなものに近い」

「それを、子ども達が『受信』した、と?」

「そうだ」

にわかには信じられない話だ。テレパシーなんて、SF小説の中だけの話だろう?そんなことが実在するってのか?

「それで、誰がそれを?」

俺は、その発信者について聞いてみる。すると、ジークは首を横に振った。

「誰かは分からない。俺には別な声が聞こえていたが…

 ただ、二人の言っていた、白鳥のお姉ちゃん、と言うイメージは共有できた。

 白鳥の化身、と言うのか、いや白鳥になった女性と言うべきか。誰かは分からないが、そう言う人物だ」

「敵なのか?味方なのか?」

「恐らく、味方だ。俺にはこう言って来ていた。『子ども達を守って』と言うのと『導いて』と言うこと」

ジークには違うことを言ってきている?ダメだ、やはりわけがわからない。

 だが、ジークなら、全体の状況を把握したうえで、俺にわかりやすく説明する努力をしてくれるかもしれない。

このまま、逃げ回るにしたって、あの子ども達の行動や、言葉が一体何なのか、俺には知っておく必要がある。

「頼む、ジーク。あんたの考えで良いから、教えてくれ。これまで、ずっと思ってきた。

 いったい、俺たちは誰のどんな意思で、どこへ向かわされているんだ?どうか、頼むよ。

 俺はあんた達のことを嫌ったりはしない。だが、分からないことは正直、辛いんだ。

 わからなければ、どう助けていいかも、どう支えていいかも、何を目標にしていいのかも、分からないんだ。

 だから、頼む。あいつらを守るためにも、知っておきたいんだ」

俺はそう言って、ジークに頭を下げた。





107: ◆EhtsT9zeko:2013/06/21(金) 21:31:57.21 ID:QYoWxinO0

 ジークは一瞬、戸惑ったような表情を見せたが、しばらくして、コクっとうなずいた。良かった…

「だが、うまく説明できるかは、保証できない。それだけは、心して聞いてくれ」

ジークがそう言ったので、今度は俺が黙ってうなずいた。

 するとジークは、再び何かを考え始める。どれくらいの時間、黙っていただろうか、ふっと顔を上げたジークはニコッと笑って

「その前に、コーヒーでも入れるか」

と言って立ち上がった。俺の緊張感が伝わってしまったのかもしれない。

すこし申し訳ないと思いつつ、コーヒーを入れるのを手伝って、ソファーに戻った。

コーヒーの他に、朝食用に買っておいたと思われる、シナモンロールとボイルしてあるソーセージも皿に盛って来た。

 ふぅ、とジークはため息をついて、俺の顔をみやった。俺も彼を見つめてうなずくと、

「それじゃぁ、話す」

と言って、語り始めた。

「一言で言うと、あんたらはその白鳥の女性に導かれている。彼女は、なんとか子ども達を助けたいと思っている。

 最終目的地は分からないが、彼女が言う、アムロ・レイは、本人のことではないと思う。

 これも、勘だが、俺やジョニーの旦那のように、ある種のニュータイプや強化人間のことを指しているか、

 あるいは、間接的にアムロ・レイと関係を持っている人物を指しているんだろう。

 あんた達はアムロ・レイを探しに来たが、そもそもここにヤツはいない。

 その代わりに、俺たちやジョニーの旦那と出会った、それが理由だ」

「その、女性ってのは、何者なんだ?」

「正直、そこまでは分からない。それは、あいつらが目を覚ましてから聞いた方がいいんじゃないかな。

 ただ、かなり強力なニュータイプだと言える。これだけの鮮明なイメージを維持して遺せるくらいだ」

「維持…?遺せる…??」

「あぁ、いや、そこは気にするな。理解できないと思うし、する必要もない」

ジークはそう言って苦笑いを浮かべた。

 と、とにかく、俺たちを見ている誰かがいるということだな?

そいつは、その、白鳥の女性ってのは、子ども達を助けるために、協力してくれそうな、

彼女の言葉を明確に伝えることができて、なおかつ協力を得られそうな人物と俺たちを引き合わせて、

どこかへ運ぼうとしている、と。

 いや、どこかへ、と言う目的地はないのかもしれない。

ジョニーのように、保護をしてくれる可能性のある人物へ引き合わせることが目的か、

あるいは、最終的には、アムロ・レイの下へたどり着くのか…





108: ◆EhtsT9zeko:2013/06/21(金) 21:32:26.77 ID:QYoWxinO0

 「俺たちは、あの子ども達の妙な言葉に従うのが、ベスト、と思っていいのか?」

「まぁ、そうだろうな」

俺が聞くとジークはコーヒーをすすりながら答えた。

 これを受け入れろっていうのか?やはり、俺にはまったく理解できることじゃない。

どこかにいる誰かが、俺たちを見ていて、そして助かるように夜な夜な子ども達を返してメッセージを送ってきているなんて…

そんなこと、どうして信じられるんだ?どうして理解できるんだ?

 ジークは俺の表情を見ながら、相変わらず、ずずっとコーヒーをすすっている。

その表情は、どこか、そんな俺を憐れんでいるようにも受け取れた。

 それもそうだろう。そんなわけも分からないものに、俺は自分の運命を、

ハンナやレオナや子ども達の運命を託さなきゃならないなんて。

こんな情けなくて滑稽なことがあるかよ!

 でも、それでも、俺は、それに従うほかに選択肢がないんだ。合っているか、間違っているかではない。

少なくとも、その言葉に導かれて、俺たちはこうしてジョニーやジークとめぐり会った。

そして、そうしていなければ、俺たちは、おそらくティターンズか研究所の連中につかまって、

そして殺されるなり、実験の材料に使われるなりしているはずだ。

 俺には、なにもできないのか…なにも、何一つ…。

 俺はいつのまにか、両方の拳を固く握りしめていた。





114:NIPPER:2013/06/22(土) 13:34:25.43 ID:+uesmjYho

ジョニー・ライデンってニュータイプだったの?

白鳥のお姉……はっ!
白鳥麗子お嬢様!





115: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 15:57:31.09 ID:Iu+skykt0

>>114
詳細は不明ですけども、強化人間とニュータイプの中間くらいなんだろうな、と。
お薬を飲んで能力を強化しようとしてた、なんて設定もありますので…
なんの話かと思ってググったらえらい画像が出てきたぞ!やめれ!ww





117: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:19:55.06 ID:Iu+skykt0

 「地球に降下してきたときはすごく怖かったけど、こうしてゆったり飛んでるのは悪くないね」

傍らで、レオナがそんなことを言いながら窓の外を眺めている。

 俺たちは、空にいた。

 ジークの操縦する小型機で、オーストラリアから北西、メキシコへ向かっている。

今朝方、フラッと起きてきたサラとエヴァが描いた地図に従って、だ。

 「ジークだ。レイラ、そっちはどうだ?」

「異常はないわ。敵性反応も、いまのところはなし」

ジークが無線でレイラと話している。

 レイラは、カラバから支給されているという、モビルスーツ移動用の飛行機を遠隔操作しながら、

自分自身は俺たちの護衛のために、そのドダイの上でモビルスーツに搭乗している。

 そのモビルスーツを見て驚いたのは、それがガンダムタイプのヘッドパーツをつけていたことだ。

しかし、機体構造は既存のガンダムタイプのものではない、初めて見るものだった。

新型なのかと尋ねたジークは、不愉快そうに

「あれは、アナハイム社の廉価機体だ。ネモ、とか言ったな。

 一応、ある程度のチューンアップはしてあるが、性能はそこそこ。ガンダム頭なのは、分かるだろう?」

と言った。なるほど、アムロ・レイの影武者を務めるためでっち上げられたブラフ用の機体なんだろう。

アムロ・レイの話になると、とたんに不機嫌そうになるジークには申し訳ないことを聞いた。





118: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:20:27.36 ID:Iu+skykt0

 「雲がきれいだなぁ」

レオナはそんなのんきな感想を述べている。

 そう言えば、今日は朝から、なぜかレオナが俺のそばにべったりくっついている。

俺は、最初はあまり意識していなかったが、ハンナの視線がチラチラとこっちへ刺さってくるので気が付いた。

レオナが安心してくれていることはうれしいが、どうにも、良い予感がしない。

かといって、それとなく距離をとるのもまずい気もする。まったく、これ以上余計な悩みを増やさないでほしいものだが…

「ね!見て!こんな高さでも鳥が飛んでる!」

不意にレオナがそう言って俺の腕をつかんだ。一瞬、心臓が跳ね上がるような感覚に襲われて妙な汗が噴き出る。

「あ、あぁ、そうだな…」

なんとかそう返事をしたが、チラッと機内の後方に目をやると、ハンナがジト目でこっちをにらんでいた。

いや、ハンナ。別にそう言うあれではないんだ…誤解だ。これは、その、レオナがいけないんであって…

「ジーク」

「ああ、見えてる」

ジークとレイラの会話が聞こえた。

 どこか、緊迫した印象があった。

「どうした?」

聞いてみるとジークはコクピットの外を指差した。俺も、彼の指先を追って外に目を向ける。

すると、はるか上空に何かが見えた。あれは…?飛行機か?デカイ…まさかガルダ級?

「あれは?」

「味方ではなさそうだ。こっちが制圧したアウドムラは、今はこの辺りを飛行している計画じゃない」

「大丈夫なのか?」

「こっちには気づいていないようだ。このまま高度を落としてやり過ごそう。もうじき、陸地が見えてくるはずだ」

ジークはそう言って、飛行機の高度を落とす。雲を抜けて、眼下に海が見えた。

進行方法に視線を移すと、はるか先には、細長く伸びた陸地が見える。あれがメキシコか…

 「レイラ、そろそろ距離を開けよう。着陸できたら、位置を知らせる」

「了解。気を付けて」

 「マーク」

ふと呼ぶ声がしたので振り向くと、そこにはサラとエヴァが居た。

「そろそろ、着陸するから、席についてないと危ないぞ」

俺が言うと二人はしばし見つめ合ってから

「お話」

「白鳥のお姉ちゃん」

と言った。そう言えば、離陸前に聞かせてほしいと頼んでおいたのだ。

そのときは、子ども達は飛行機にテンションが上がっていたので無理に聞かなかったが、

向こうについたら聞きそびれる可能性もなくもない。

彼女たちもそれをわかっているのか、このタイミングで来てくれたのだろう。





119: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:21:08.29 ID:Iu+skykt0

 俺は二人をそばの開いていたシートに座らせてベルトをつけさせてから改めて尋ねた。

「その、白鳥のお姉さんについて、教えてほしい。どんな人なんだ?」

「うーん、優しい人」

サラが言う。

「会ったことはあるのか?」

そう聞いてみるが、二人は首を横に振った。会ったことはない、でも、優しいとわかる…

やはり、特殊なつながりでしか認識できていないのか?

「どこの人なんだ?」

「わからない」

「でも、私たちが地球に来た時から、見守ってくれてる」

地球に来たとき…だとすれば、8年前…そんなころから、ずっと彼らを?いったい、なんなんだ?

アムロ・レイだとでもいうのか?いや、記憶が確かなら、やつは男のはずだ。

ジークの話しぶりからしてもそうだ。だとしたら、何者だ…?

 ますます、わけがわからなくなりそうなので、俺は質問をやめた。

これについては、もっと時間と気持ちに余裕があるときに考えた方が良いことなのかもしれない。

今は、無用な混乱と感情を掻き立てられるだけのように思えた。

 「空港が見えた。着陸態勢に入るぞ。シートベルト締めてくれ」

ジークの声が機内に響いた。俺は、サラとエヴァのベルトをチェックして、それから自分もベルトを締め直す。





120: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:21:44.38 ID:Iu+skykt0

 機械音がして、窓から見えるツバサのフラップが降りた。空港も視界に入ってくる。

 たくさんの飛行機が並んでいる。賑わいのある街の様だ…待て、なんだ、あのデカイ機体は?

「おい、ジーク、あれ…」

「くそ、連邦軍の輸送機だ…ティターンズか?!」

「空港を抑えられてるってのか?」

俺は息を飲んだ。そんなことされてたら、一発でこちらを発見される。

「離脱する、ちょっと荒っぽい操縦になるぞ!」

ジークはそう言うなり機体を旋回させた。ツバサのフラップが上がって、落ちていた機体のスピードが上がる。

 その刹那、窓の外に何かが走った。光の破線が、上空から地上に向かって伸びて行く。

―――曳光弾?

<こちら、連邦所属のモビルアーマー隊。空港への着陸を命ずる。繰り返す―――

そう無線が響いた次の瞬間には、窓の外に、モビルアーマーらしい機体がかすめ飛んでいくのが見えた。

「くそ!ハメられたのか?!」

ジークがうめく。

「レイラ!援護頼む!」

「了解!市街地方面に進路を取ってください!」

ジークの怒鳴り声とともに機体が大きく傾く。俺は脚を踏ん張って、シートの肘掛をつかむ。子ども達からは悲鳴が漏れた。

いくら小型機と言ったって、旅客用だ。無理な機動をすれば命取りになりかねない。

そうは言っても、モビルアーマーに絡まれているんじゃぁ…!

 「ジーク!右旋回!後方から行きます!」

「頼んだ!」

俺は窓から後方を覗いた。レイラの乗ったモビルスーツを搭載したドダイが急速に接近してきている。

 パッと何かが光った。レイラが発射したビーム兵器だ。しかし、モビルアーマーの部隊はこれをなんなく躱して四散する。

「こいつら!普通の動きじゃない!」

レイラの苦悶した声が聞こえてくる。モビルアーマー3機がレイラ機に襲い掛かる。

打ち込まれるビーム兵器をアクロバット飛行のように避けるレイラだが、思うように反撃が出来ているようすがない。

「くそ!こいつら!研究所の実験体か?!」

「強化人間ってことか?」

「そんなに強い力があるわけでもなさそうだが…ドダイとじゃ、空中性能が違いすぎる!」





121: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:22:23.20 ID:Iu+skykt0

 次の瞬間、ガツンと嫌な衝撃が走った。

 見ると、窓の外の翼から煙が吹き出ている。

 コクピットからビービーと言う警報が聞こえる。

「被弾した!レイラ!不時着する!」

「ごめんなさい!援護にいけない!」

「無理するな!こっちでなんとかする!」

ガタガタと機体が震え始める。ギュッと、何かに手を締め付けられた。レオナが、俺の手を握っている。

―――くそ!空中じゃ、俺たちになすすべはないぞ…!

俺は間に座っていたサラとエヴァを、手を握られたままでシートに押さえつける。

 「おぉい!やられてんのはお前か?!ジーク!?」

不意に男の声が聞こえてきた。

 今の声…?!まさか!

「旦那か?!」

「すっとばしてもらって正解だったな!援護する!そこに見えるハイウェイに降りろ!」

それは、ジョニーの声だった。

 窓の外を、真っ赤な何かが横切って行く。あれは!?エゥーゴの機体じゃないのか?

噂に聞く、エゥーゴの新型のガンダムタイプ…!

「俺がジークを援護する。そっちは、レイラの援護を任せるぜ!」

「言われなくても、そうします!」

別の女性の声も聞こえる。

高度がぐんぐんと下がっていく。フラップが降りる音とともに、足元からも機械音がする。車輪も下ろしたようだ。

眼下には進行方向に、車の居ないハイウェイが伸びている。これなら、行ける…!

「衝撃あるぞ!頭下げろ!」

ジークの叫び声とともに、下から突き上げるような力が加わった。

撃ちぬかれた方の翼のフラップが生きていないせいで、速度が落ち切っていなかったんだ。

 どれくらい滑走したのか、ずいぶんとハイウェイを走って飛行機がとまった。

俺はすぐさまシートベルトを外すと、サラを抱き上げた。

「レオナ!エヴァを!ハンナ!」

「うん!ニケちゃんはオッケー!サビーノ、走るよ!」

ハンナも準備が済んでいるようだった。

 ジークがコクピットから飛んできて、非常用のハッチ解放ボタンに拳を叩きつけた。

ボン!と言う爆発音とともに、ハッチが吹き飛んで、表が見えた。

「降りるぞ!」

ジークはハッチのそばにあったタラップを蹴り下ろして機外に飛び出した。

 俺はハンナとサビーノ、レオナを先に降ろしてから、表に駆けだす。

 飛行機の中では気が付かなかったが、表ではけたたましいエンジン音がいくつも鳴り響いている。

ビーム兵器が飛び交い、地鳴りに近い爆発音が何度も空気を振動させている。

 目の前に、ドダイが降りてきた。その上には、カラバ製の水色をしたモビルスーツが搭載されている。

コクピットが開いて、誰かが降りてきた…あれは、ジョニー?!





122: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:22:55.51 ID:Iu+skykt0

 「よう、お前ら!無事でなによりだ!」

ジョニーは、そんな場合でもないだろうに、ニコッと笑って俺たちにそう言ってくれた。それから

「ジーク、俺はやっぱ無理みたいだ。あいつはお前に任せる」

とモビルスーツを指してジークに指示した。

「旦那、あんた、やっぱり…」

「まだ副作用が抜けないだけだ。戦闘になると、頭がグワングワンしちまって、操縦どころじゃなくなる。

 無理なことはするもんじゃないな」

ジョニーは笑った。なんの話をしているんだ?

 「わかった。あんたも、気をつけろよ!」

ジークはそう言ってモビルスーツに乗り込むと、空に舞い上がって行った。

 「さて、逃げるか」

ジョニーはそれを見送ってから、俺たちにそう言った。やはり彼は、にんまりと笑顔で俺たちを見ていた。





123: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:23:24.08 ID:Iu+skykt0

 「マーク。話がある」

ハイウェイを降り、乗り捨てられた車を拝借して西へ進路をとっているときに、ジョニーが俺に話しかけてきた。

「こいつを持って行け」

そう言ったジョニーは、一枚の封筒を押し付けてきた。

「これは?」

「上の判断が出るまで時間がかかる。大規模な作戦を計画中で、今は検討する暇がないってことらしい。

 それまでのプランだ。こいつに従え」

「わかった」

俺は、それを胸のポケットにしまう。

 「なぁ、マーク」

ジョニーはそこまで言うと、また改まって俺の名を呼んだ。その彼の表情に、笑顔はなかった。

「お前、俺たちが憎いか?」

―――な、なにを…!?

「どうなんだ、聞かせてくれよ。お前、ニュータイプや強化人間を、どう思ってる?」

 ジョニー達を?いや、彼らだけじゃない。子ども達や、レオナ。ハンナも、今ではその気がある。

彼らをどう思っているか、だって?

 正直、理解の範疇を越えていると感じてはいる。意思を感じるとか、感覚を共有する、とか、話が突飛にもほどがある。

それに、そう言うのを見せつけられるのは、いら立ちを覚えることも事実だ…だが…

「俺たちが、怖いか?」

考え続けて返答ができなかった俺に、ジョニーはさらにそうたずねてくる。

 怖い?…そうか、怖いのかもしれない。自分の理解の及ばない彼らが。

だから、そばにいるとどうしようもなく不安になることもあるし、イラつくのかもしれない。

ニュータイプ同士の会話を聞いていると、言ってしまいたくなる。「頼むから、その話はやめてくれ」と。

ずっと感じていた。

意識はしないようにしていたのかもしれない。

だが、俺は…俺は、ずっとニュータイプや強化人間ってものを、拒否的に感じていた…

「そう、かもしれない…」

そうとしか、答えられなかった。子ども達や、レオナや、ハンナから、どんな視線が突き刺さっているのか、

確認するのが怖くて、後ろを振り向けなかった。





124: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:24:19.65 ID:Iu+skykt0

 だが、そんな俺の言葉を聞いて、ジョニーは笑った。

「ははは!そうだろうな。そう言うもんらしいんだ、だいたいの場合。

 中には、ニュータイプだろうが、そうじゃなかろうが、強烈に他人を引き寄せるニュータイプもいるって話だが、

 あいにく、そういうタイプはそう多くない。普通は、アースノイドは、俺たちが怖いものだと感じるらしい…」

ジョニーは続けた。

「それが、理由だ、マーク。俺たちニュータイプとスペースノイドが、目の敵にされる、な」

 何かが、頭を撃ちぬいたようだった。

そんな…まさか、俺が、これまで、こいつらといて、ずっと感じてきていたあの感情が…

あの苛立ちが、あの孤独感が、ティターンズや地球連邦が彼らを嫌い、攻撃対象とする理由だっていうのか?

だとしたら、だとしたら俺は…ずっと線を引いて来ていたように思っていたが…あいつらと、同じだって言うのか?

「マーク。聞いてくれ」

そんな俺の様子をわかっているようだったジョニーは、それでもなお話を続ける。

「俺たちは、誰しもが思っている。心のどこかで、確実に、デカイ、小さいはあれど、みんながみんな感じている。

 この宇宙に、俺たちが誕生して、おそらくずっと受け継がれてきた意思なんだと、俺は思っている。

 俺たちは、叫びたいんだ。

 『俺たちは、戦争の道具じゃない』ってな」


「戦争の、道具?」

「あの機体、見えるだろう?」

ふと、ジョニーが空を指差した。そこには、飛行形態になった、真っ赤なモビルスーツが切り裂くように飛行している。

「あれのパイロットは、そこにいるサビーノ達とほとんど変わらない年頃の子が操縦している」

「なんだって?!」

あれ、あんな動きをしているモビルスーツを、こんな子どもが?

「ユウリ・アジッサって言ってな。1年戦争が終わった直後、

 強化人間の実験台にされそうなところを、アムロが保護したんだそうだ。

 それ以来、ずっとアムロの監視下で、操縦を学んでいた。今では、カラバのエースパイロットだ」

「カラバの、エース…」

「だが、な。俺はあいつを見ていると、悲しくなる」

ジョニーは、静かに言った。

「まだ、子どもだぞ?人の痛みや、自分の心に痛みにも無頓着な年頃だ。

 それなのに、人殺しのために利用され、そしておそらく、誰かに殺されて人生を終えるんだ。

 ただ、かすかにニュータイプの素質があったり、強化人間に適していた、と言うだけで、だ」

俺は息を飲んだ。ジョニーの言いたいことが、なんとなく、伝わってきたからだった。





125: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:25:44.22 ID:Iu+skykt0

 「マーク。聞いてくれ。俺たちニュータイプは、戦争の道具なんかじゃない。

 俺たちは戦争に利用され、捨てられていくような存在にはなりたくない。

 だが、残念ながら、俺もジークも、レイラも、アジッサも、どいつもこいつも、戦うことしかできなくなった、

 道具になったニュータイプに成り下がっちまった。でも、そいつらは違う。まだ、戦いを知らない。

 敵を憎む気持ちも、向けられた敵意を暴力で退ける方法も知らない。そいつらは、希望なんだ。

  俺たち道具は、こいつらに先の時代を生きていくニュータイプやスペースノイドが、

 戦い以外のために生きられるんだという証になってほしい。そういう未来を切り開いてほしい。

 だから、お前にも頼む。

 どうか、こいつらを守ってやってくれ。どうか、こいつらを、好きでいてやってくれ。

 俺たちが、憎まれるだけの存在だなんて、そう感じさせないでやってくれ…」

「ジョニー…」

何も言うことなんてできなかった。

 だが、ジョニーの言葉の意味は、

いや、これまで、サビーノやレオナや、ジョニー達の言っていたことが、すべて理解できたような気がした。

彼らは、ニュータイプや強化人間だと言われたその瞬間から、人としてではなく、道具として扱われてきたんだ。

それぞれが心のうちに苦しみを抱えながら、それでもなんとか身を寄せ合おうとした。

そして、身を寄せ合えば、“俺たち”地球の人間に迫害され、攻撃され、命を散らし、実験台にされてきたんだ。

その苦しみこそが、ジョニー達の、ニュータイプや強化人間の、気持ちなんだ…。

「ジョニー…それから、サビーノ、ニケ、サラ、エヴァ…レオナ…」

俺は後ろを振り返った。

 レオナ達は、うっすらと目に涙を浮かべていた。ハンナでさえも…。

「ハンナも…」

ハンナの名も付け加えてから俺は彼らに謝った。

「今まで、すまなかった…。今、ようやく、俺のやらなきゃいけないことが、分かった…」

「マークさん!」

ニケが俺にしがみついてくる。

「そんなことない!マークさんは、ずっとやさしかった!

 ずっと、私たちのことを分かってくれようとして、苦しんでいた!マークさんは、悪くない!悪くないよ!」

ニケは、いつか船の上で見せたような、半分錯乱したみたいになって、そう言ってくれた。

嬉しかったが、それでも、俺は、今まで…。いったい、何をしてたんだ…

 「くそ!」

ジョニーがそう叫んで、車が急停車した。

何事かと思って、前を向くと、そこには、ティターンズの軍服に身を包んだ一団が、バリケードを挟んで、こっちをにらんでいた。





126: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:26:30.03 ID:Iu+skykt0

「ティターンズ!?」

「ニケ!下がって伏せてろ!」

俺はニケを後部座席に押しやると、拳銃を引き抜いた。

「ジョニー!左の路地へ!」

「よし!」

俺が叫ぶとジョニーが車を急発進させて、すぐ左にあった路地を曲がる。

 銃声が聞こえた。ガンガン!と車体に当たる音がする。

「頭下げて!」

レオナが叫びながら、子ども達をかばうようにしている。

「研究所の部隊に、ティターンズもか!?どうしてこんなことになってるんだよ!どこからか情報が漏れたのか…

 つけられていたか…」

ジョニーがハンドルを握りながらぼやく。

「マーク!やつら、追ってくる!」

ハンナの声がした。振り返ると、ティターンズの連中と思しき車両が、追いかけてきている。

 「まったく、めんどくさい連中だ!」

ジョニーはため息交じりにそう言いながらまた狭い路地を曲がって、急に車を止めた。

「降りろ!俺が囮になる!お前らは、西の山岳地帯へ!あそこなら隠れる場所が多い!」

「ジョニー!」

ニケが叫んだ。

 俺も、ニケと同じ気持ちだった。だが、今回は、そうも言ってられない。俺はジョニーの胸ぐらをつかんで

「死ぬなよ」

とだけ告げた。

「俺を誰だと思ってんだ。真紅の稲妻、ジョニー・ライデンだぜ?

 そこいらの雑魚にくれてやるには、ちっとばかり、惜しい命だ」

ジョニーはそう言って、笑った。俺も、やっと彼に笑みを返すことができた。

 「降りるぞ!」

俺は車から飛び降りて、後部座席のニケを引きずり下ろした。ニケ、すまない。今は、感慨に浸ってる場合じゃないんだ。

俺たちは車から降りてすぐに、近くにあった、商店のドアを蹴破って中に身を隠した。

 ジョニーの車が急発進して、ティターンズの車両がそれを追尾して行く。

…よし、行ったな…

俺は、それを確認してから、ニケの手を引いて店の裏口から外へ出た。西か。

まずは車だが…このブロックではやめた方がいいな。徒歩で少し離れよう。そこで車を確保してからの方がいい。

幸いそこかしこに乗り捨てられている。戦闘が始まってすぐに、避難勧告が出たのだろう。

あわてて捨てた様子が手に取るようにわかった。

「行こう」

ハンナとレオナに目配せをしてニケの手を歩き出そうと引っ張ったら、ニケは俺の手を振りほどいた。

振り返ると、彼女は、キュッとした強い視線で俺を見据えて

「マークさん。私、大丈夫。私も、頑張る!」

と半べそな顔で言い切った。なんだか、そいつがおかしくて、声に出して笑ってしまった。





127: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:27:00.28 ID:Iu+skykt0

 商店やマンションの立ち並ぶ、細い生活道路を走る。

 息が切れて、胸が熱くなる。心臓がバクバクして、胸が苦しい。まったく、普段からもう少し鍛えておくんだった。

事務屋って、こういう時には役に立てないな…

 そんなことを思いながらも、路地を行く。

 不意に、エンジン音が聞こえた。車だ…ティターンズか?俺は脚を止めて、また、すぐ近くにあった酒屋のドアを蹴破った。

ニケたちを中に押し込もうとした瞬間、エンジン音が急に大きくなって、20m先に車が現れた。

「いたぞ!」

ティターンズ!

 身をひるがえして、店の中に飛び込んだ。中では、ハンナ達が肩で息をしながら、俺を見ていた。

 「見つかった!裏から逃げるぞ!」

そう言って立ち上がろうとした俺は、体に異変を感じた。なんだ?脚が…

 不思議に思って、自分の体を見やった。

 俺の左脚から、大量に出血していた。あわてて、ズボンを引き裂いて、患部を見る。底にはぽっかりと丸い穴が開いていた。

撃たれたのか…!?

 俺は、慌てて傷口を縛るために、シャツの袖を破く。

その間に、レオナがサビーノと一緒になって、ドアをテーブルでふさいだ。

 「マーク」

ハンナが俺を呼んでいる。待ってくれ、ハンナ。縛り終わるまで、もう少しだから…

「マーク」

分かってる…ハンナ、俺も、分かってるんだ…

「マーク!」

ハンナはそう言って、俺の体を抱いた。

 「ハンナ…わかってるだろ?」

俺は、脚を縛り終えた手を、ハンナの体にまわした。ハンナの体は、震えていた。泣いているんだろう。

 分かってるよ、ハンナ。こんな体で、走ってなんて逃げられないとこぐらい。

だとしたら、俺にできることなんか、ひとつしかないだろ?

「マーク…」

まだ、俺の名を呼んでいるハンナの、俺の好きだった、彼女の自慢のブロンドを撫で、頬に手を添えてやる。

でも、そうしながら、俺はハンナを体から離した。

「すまない…」

俺が謝ると、ハンナは首を横に振った。

「ううん…私こそ…」

ハンナは、ボロボロと泣きながらそう答える。俺は、笑ってやった。なるべく、こいつらが、俺のことを気にやまないように…。

 それから、ハンナには、キスをしてやった。短くて、浅い、記憶に残るだけの、キスを。





128: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:27:47.57 ID:Iu+skykt0

それから、俺は、自分の認識票を引きちぎって、ジョニーにもらった封筒と一緒に、ハンナのポケットに突っ込んだ。

「あとから、追いつく。ここは任せて、先に行け」

心にも思っていないことを言ってみたけど、ハンナは表情を変えずに

「うそつき」

とつぶやくように言った。だろうな。そんなセリフ、誰だってそう思うだろう。

「頼んだ」

「…うん」

ハンナは、涙に頬を濡らしながら、うなずいた。それから、

「レオナ。みんな、行こう」

と、彼らにかぶりを振った。

 「マーク…」

今度は、レオナが抱き着いて来た。おいおい頼むから、早く行ってくれよ…泣くに泣けない。

 そんなことを思っていたら、唐突に、レオナが俺に唇を押し付けてきた。

何事か、と思って目を見開いていたら、視界に苦笑いしたハンナの顔が入ってきた。

なんだ?おい、ちょっと待ってくれよ…

 呆然とする俺にかわるがわる子ども達が抱き着いてくる。

そう言えば、ジョニーが行くって言ったとき、ニケは大泣きだったな。今は、口をへの字にして頑張っている。

「ニケ。お前は、強いし、優しいよな…逃げ出してきた車で、ポテトくれたのは、うれしかったよ…

 これからも、みんなには優しくして、心配してやってくれな」

俺が言うと、ニケは黙ってうなずいた。

「サビーノ。気の利いた格闘術、教えてやれなくてすまなかったな。でも、ハンナは俺の大事な人だ。

 それに、レオナも、ニケもサラもエヴァもだ。みんなが危険なことしないように、良く見ててやってくれな。頼むぞ」

「うん」

サビーノは拳をぎゅっと握っていた。

「サラ、エヴァ。二人とも、仲良くな。他のみんなとも、助け合って、支えてやってくれ」

「うん」
「うん」

二人も返事をしてくれた。

「レオナ」

最期に、レオナを見た。彼女もまた、泣いていた。

「子ども達と、ハンナを、頼む」

「うん…」

レオナも、返事をしてくれた。





129: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:28:35.65 ID:Iu+skykt0

 良かった…こいつらなら、きっと、安全なところへたどり着ける。大丈夫だ…大丈夫…。

なんの根拠もないのに、俺はなぜかそんな風に感じていた。

根拠はなかったが、ハンナもレオナも、子ども達も、力強い目をしていてくれていたから、きっとそう感じたんだろう。

俺なんかが、こんな風に見てもらえるなんてな…嬉しいことだ。

「行け。絶対に、無事に逃げ切れよ!」

俺は腹の底から怒鳴った。

「行こう!」

ハンナが声を上げてニケの手を引き、先頭になって裏口の方から外へと飛び出していった。

 バタバタと遠くなっていく足音がやがて聞こえなくなった。

 ふぅ。

 思わず、ため息が出た。まったく、とんだことになったよな。

あいつらと一緒に逃げて来ちまったばっかりに、こんなところで、命の危機だ。まだ、死んでやるつもりはないが…

まぁ、俺の意思ばかりでどうにかなるほど甘くない状況だってのも分かってる。

 ふと、幼い頃の、ハンナとのことが頭に浮かんだ。一緒に遊んだり、ケンカしたり、ハイスクールでのことや、

入隊したてのころ…故郷の街や、すこし離れたところにあった、湖で過ごした日のこととか…

―――あぁ、なんだ、これ。走馬灯ってやつなのかな?

 死ぬ気はない、とか言いながら、ちゃっかりその覚悟をしているらしいな。まぁ、いい。

なるだけここで奴らを引き付けて、壮絶に戦ってやる。俺の武器は、手にしていた拳銃これ一丁だが…。

 俺は撃たれた脚を引きずって、店のカウンターの中に身を隠した。どこからでも来い…無駄死をするつもりはないんだ…。





130: ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:29:41.92 ID:Iu+skykt0

 カシャンと言う、小さな音がした。何かが割れる音…。次の瞬間、店内に何かが飛び込んできた。

 黒くて、棒の付いた、何か―――

 手榴弾―――!!


バッ!!!


 な…

気づいた瞬間には、俺の体は、なにかとてつもない衝撃にぶちのめされた。

「――――!」

「――!――――!」

意識がもうろうとする。視界がゆがみ、ぼやけ、良く見えない。食らったのか?あの手榴弾を…?

耳もやられた…なんだ、何を言っている?

「――!」

「―――――」

「――!」

誰かが俺の前に歩いて来た。

 こいつ…この男は…!

 男は、いつの間に転がっていた俺の体を起こすと、顔を覗き込んできた。

「手間をかけさせてくれる…」

こいつ…あのクソ大尉の、副官!

「やれ」

男は言った。

ガンッ!

 何か鈍い衝撃が、頭を貫くように走った。

 急速に意識が遠のき、体が冷たく感じられる。


ああ、なんだよ…



あっけない…足止めすらできないのかよ…



ハンナ…



逃げてくれ…



ハンナ…



…ハンナ…





131:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/22(土) 23:34:31.11 ID:Iu+skykt0

おー!あいきゃへるびりーびんゆぅ〜♪

必ずあえぇると〜あの日から信じていた〜♪

きっと〜呼び合う〜こころが〜あればぁ〜♪

投げ出さないで〜苦しい時こそ〜♪

いつかみた空を〜きっと〜あなたと〜みあーげるひまで〜♪



アウドムラの次回作にご期待ください?





132:NIPPER:2013/06/23(日) 14:14:54.37 ID:PTKXwGhro

おいこらwww

おい……

え?





133:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:14:53.14 ID:6gFsqafU0

チャンチャチャンチャン チャンチャララチャン チャンチャチャンチャン チャンチャチャチャチャン〜


あおくねぇむる〜みずのほしにぃ〜そぉっと〜

くぅちづけして〜いのちのひを〜ともすぅ、ひぃとぉよぉ〜

ときという、きんいぃろのぉ〜さざなぁみは

おおぞらのぉくちびるうにぃ〜うまぁれたぁといきぃねぇ〜♪


こころにぃうずもれたぁ〜やさしさのほしたちぃが〜

ほのおあげぇよびあうぅぅ〜なみまただよう、なん、ぱせんのようにぃぃ〜♪





135:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:20:16.65 ID:6gFsqafU0

「もぉ〜泣かないで〜今ぁ〜あなたを探してるぅ〜人がいる〜から〜♪」

陽気に歌を歌いながらホールの掃除をしているレナのそばにくっついて、ロビンが大事な人形を片手に変な踊りを踊っている。

リズム感があるんだかないんだかわからないが、本人はキャッキャと楽しそうにしているし、

見ているこっちも楽しいし、レナの邪魔になっている様子もないし、まぁ、良いよな、こういうのも。

 アタシは、と言えば、これからカレン達がロビンの誕生日祝いをしてくれると言うので、ホールで食事やなんかの準備をしていた。

 5月に、ジャブローで爆発があってから、一時は引っ越しを考えたのだけれど、

幸い、使われたのはミノフスキー粒子を使った核融合型の爆弾だったらしく、放射能やなんかの心配がないようだったので、

とりあえずは落ち着けた。ジャブローはひどいありさまらしい。

うちの隊のやつらは全員除隊したかジャブローから離れていたし、

まぁ、もちろん、知り合いの何人かはジャブローに残ってはいたんで、そいつらと連絡をとるのに苦労した。

こっちも幸い、反連邦組織のエゥーゴが降下してくることを予想していたのか、

ジャブローそのものが囮だったようで、あらかたは事前に避難させられていた。

それにしたって、あそこで自爆を起こすなんて、連邦の連中は、いや、ティターンズって言ったか、

いったい何を考えてるんだ?あそこは地球に残った貴重な自然遺産だってのに…

これだから地べた這いずり回ったことのない、変にエリート扱いされてるやつらは困るんだよ。





136: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:20:58.69 ID:6gFsqafU0

 爆発の影響をもろに受けちまったのは、アルベルトやアタシの居た施設なんかがある街だった。

山ひとつはさんだ反対側での出来事だったけど、爆発のせいで避難民やら野盗やら強盗なんかでだいぶ混乱したらしい。

 そんな知らせをアルベルトから受けたアタシは、このペンションに子ども達を避難させても良いなと思って、レナにも相談した。
レナはもちろん、良いよと言ってくれた。でも、そんな施設の話を聞いたのはアタシばっかりじゃなくて、

カレンのとこに就職していたシェリーも同じだった。あいつは、すっかり会社をでかくしちまったカレンに相談したらしくて、

そしたら、カレンのやつがどういうツテか、なんとかって財団と、会社が世話になってるっていう口利きの銀行に頼み込んで、

施設の移転の資金を用立てられる、と言ってきた。

 それからは話がとんとん拍子にすすんで、2か月前には、この島の一等地に施設を建てることができた。

施設には、ハガードの名前までついちゃって、カレンは恥ずかしそうにしてたけど、アタシはカレンに何度も感謝をした。

持つべきものは、友達だなって言ってやったら、カレンは顔を赤くしながら、

「シェリーのやつが心配そうにしてて見てられなかった」

と言い訳した。

それでもアタシが礼を言い続けたらさすがに怒ってケンカになったけど、まぁ、それはいつものことだ。


 4年前に生まれたアタシとレナの子、ロビンも、元気に育っている。今はもう4歳で、島の幼稚園に通ってるんだ。

言葉も達者になって、利口なんだ。でも、アタシに似ちまったのかちょっと元気が良すぎるのが心配なんだけど。

 隊のみんなは、相変わらず、どこにいるんだかよくわからない。

居場所が分かるのは、アナハイム・エレクトロニクスでテストパイロットをやってるフレートと、

数年前に仕事を手伝って以来、そのままカレンの会社で働くことになり、この島に居ついたデリクと、

フロリダで、そんな歳でもないのに、隠居している隊長とユージェニーさん。

 それから、これはびっくりしたんだけど、この島に住んでる、ハロルド元副隊長。

彼は今、とある女性と一緒に生活をしている。結婚はしていないけど、事実上は夫婦みたいなものだ。

夫婦と言えば、デリクと、今は産休に入っちまったソフィアも、2年前にゴールインした。

 そう考えれば、フレートとキーラも結婚してるし、身を固めてないヤツの所在ばっかり不明なんだよな。

まぁ、うちの隊の連中のことだ。みんなどこかで元気にやってんだろう。

 最近は、カレンに良い男を紹介してやんないと、と思っているんだけど…





137: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:21:57.19 ID:6gFsqafU0

 ピンポーンと、玄関のチャイムが鳴って、ドアが開いた。

「やぁ、お邪魔するよ」

「おっと、まだちょっと早かったかな」

玄関の方で声がした。

「あ!シイちゃんだ!」

その声を聴くやいやなや、ロビンが玄関の方に駆けだす。アタシもそのあとを追った。

 玄関には、じゃれつくロビンをあやしてくれているシイナさんと、ハロルドさんの姿があった。

「あぁ、いらっしゃい。わざわざありがとうね」

アタシが言うとシイナさんがロビンを抱き上げながら

「構うもんかい。こっちも毎度世話になってるしね」

と笑った。

「まあ、上がってくれよ。カレン達も来てくれるって言ってんだ」

アタシはそう言って二人を部屋へ通した。

 シイナさんがシロー達と別れてから二日くらいして、ハロルドさんが一人でフラッとペンションを訪れた。

そこで二人は初めて会った。それから、ハロルドさんがシイナさんとどういう話をしたのかは今でも謎なんだけど、

とにかくそれからしばらくして、二人がデラーズ紛争時のシイナさんの部下のその後の調査をしているって話を聞いた。

その結果、何人かの部下がまだ生きていたらしくて、シイナさんはハロルドさんと一緒に彼らが地球に降りる手伝いもしたそうだ。
「自分は幸せになっちゃいけないんだ」

と言い張るシイナさんに、ハロルドさんが

「俺と一緒にいるのが、幸せなのか?」

と聞き返したのが、今の生活をすることになった決め手らしいってのを知ってるってことは、シイナさんには内緒だ。

ハロルドさんは顔も良いけど、なによりとびきり優しくて気の利く人だ。

シイナさんが安心して心を委ねたくなっちゃうのも、仕方ない。





138: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:23:31.23 ID:6gFsqafU0

 シイナさんとハロルドさんをホールに通した。

ロビンはシイナさんがお気に入りの様で幼稚園の話とか、

まるで妹みたいに大事にしている「レベッカ」と名付けた人形の話をしている。

シイナさんは、こう言っちゃ失礼だけど、柄にもなく笑顔で言葉を丸くして受け答えしてくれている。

 そんな様子を見ていたアタシの脇に、掃除用具を片付け終えたレナがすり寄ってきた。

「なんだよ?」

アタシが聞いてやるとレナは笑顔で

「別にぃ?」

なんて答える。

 その笑顔があんまりにも憎たらしかったんで、肩を抱いて引き寄せてやると、くてっとアタシに体重を預けてきた。

相変わらず、胸の奥にほっこりとした温もりが湧いてくる。

レナと出会って、もう7年。

ずっとそばにいてくれてるのに、今でもこうして、あの旅をした一か月間と同じ気持ちにさせてくれる。

それは、レナがアタシを大事に想ってくれている証拠で、アタシがレナを愛おしく思っているあかしだ。

 また、玄関のチャイムが鳴った。カレン達だろう。

「私行ってくるよ」

レナがそう言って、振り返りながら、アタシの手をギュッと握ってからスルッと余韻を残しながら離して

玄関の方へと小走りに駆けて行く。

 あぁ、もう。そう言うことをいちいちするから、あんたがどうしようもなく好きなんだよ、レナ。





139: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:24:01.49 ID:6gFsqafU0

 「やぁ、悪いね、遅くなっちゃったよ」

カレンが大きな包みを抱えてホールに入ってくる。

その後ろから、ソフィアの乗った車イスを押したデリクと、シェリーが現れた。

「いや、全然。今日はわざわざありがとうな」

アタシが礼を言うと、カレンは笑って、

「あんたのためじゃないよ。私たちの天使のために、だ」

なんて言う。

 ロビンをそう言ってくれるのはうれしいけど、天使、なんて、あんたの口から聞くとなんか変な感じがするよ、とは言わない。

言ったらケンカになっちまう。

 「ソフィア〜大丈夫なの?」

レナが車イスのソフィアにそう話しかけている。まぁ、身重だし、義足で歩き回ることを考えたらあの方が全然安全だろう。

顔色もよさそうだけど、子どもを身ごもる大変さを身を持って知っているのはレナの方だし、

いろいろと気にかけずにはいられないんだろう。

「ええ、大丈夫です。転ぶと危ないからデリクがどうしてもって、言うんで」

ソフィアはバツが悪そうに車イスに乗っている理由を説明してからデリクを見上げる。

デリクも少し顔を赤らめながら照れ笑いを浮かべていた。

 それにしても。まったく、アタシもレナも、それからロビンも。本当に、良い友達に恵まれたよな。幸せなことだ。

「ま、座ってくれよ!今飲み物だすからさ!何が良い?ビールか?ワインとバーボンも、一応、用意してある。

 あ、ソフィアはロビン用のジュースで良いかな?」

アタシはそんなことを言いながらみんなに席を勧めた。

ロビンの誕生会、なんてこともあるのだけど、実はアタシも久しぶりにこうして集まってくれるのが嬉しくて楽しみにしてたんだ!

レナも、歌なんか歌ってるくらいにご機嫌みたいだし。今日は、いっぱい飲んで楽しむんだ!





140: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:28:33.30 ID:6gFsqafU0

「だから!ハロルドさん!その話はやめてくれって!」
「いやいや、アヤの武勇伝を語るのに、この話は外せないだろう?」
「いよっ!40人抜きの連邦の鬼神!」
「レナ!やめろってほんと!」

酒が進むと、どうしてこうも楽しくなっちゃうんだろうな。でも、さすがにこのネタだけは、本当に勘弁してほしい。

レナまで悪乗りしてきて…もう、恥ずかしいったらない!

 「あーロビンちゃん、気に入ってくれた?」

「うん!シイちゃん、ありがとう!」

ロビンはシイナさんにもらったドールハウスをホールのテーブルに広げて、そこで「レベッカ」をあそばせながら悦に入っている。

 カレンもデリクも、わざわざロビンのためにプレゼントを用意してくれた。本当に、うれしいな、こういうのって。

「じゃあ、じゃあ、ハロルドさん、あの話もしてくださいよ!」
「え、なんだよ、レナさん。他になんかあったっけ?」
「まだあるんですか?」
「ほら!あの、格納庫に忍び込んでモビルスーツ動かそうとした話!」
「あー!あれな!あれも事後処理大変で、大目玉だったんだよ!」
「ちょ!その話もやめてくれって!」

「え?うえぇぇ?」

 そんなバカ話をしていたら、不意にPDAを覗き込んでいたデリクがへんな声を上げた。

「な、なんだよ、デリク。どうしたんだよ?」

カレンがびっくりした顔してデリクに聞く。いや、アタシもびっくりしたよ。なんなんだ、デリク?

「ちょ、テレビ!テレビつけて!」

デリクは誰に言ってんのかと思ったけど、なんのことはない、自分でホールのテレビに飛びつくとその電源を入れた。



<話の前に、もう1つ知っておいてもらいたいことがあります。

 私はかつて、シャア・アズナブルという名で呼ばれたこともある男だ!

 私はこの場を借りて、ジオンの遺志を継ぐ者として語りたい。

 勿論、ジオン公国のシャアとしてではなく、ジオン・ダイクンの子としてである!>


テレビが、唐突にそう音声を上げる。

 なんだ、この放送?なんだこれ?これは…連邦議会か?ダカールからの中継…?またテロか何かか?誰なんだ、この男…?

「あ、赤い彗星…?」

「今、こいつ、ジオン・ダイクンの子っていったかい?赤い彗星のシャアが?」

「そんな…いったい、どういうこと?」

レナとシイナさんとソフィアが一斉に反応する。

 赤い彗星、って言ったか?その名は、確か、1年戦争でウソみたいな戦果を残したっていう、あの、凄腕のパイロット?





141: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:30:10.24 ID:6gFsqafU0

<我々は地球を人の手で汚すなと言っている。

 ティターンズは、地球に魂を引かれた人々の集まりで、地球を食い潰そうとしているのだ!

 人は長い間、この地球という揺りかごの中で戯れてきた。

 しかし、時代はすでに人類を地球から、巣立たせる時が来たのだ!

 その後に至って、なぜ人類同士が戦い、地球を汚染しなければならないのだ!?

 地球を自然の揺りかごの中に戻し、人間は宇宙で自立しなければ、地球は水の惑星ではなくなるのだ!

 このダカールさえ砂漠に飲み込まれようとしている! それほどに地球は疲れ切っている!>

なんだよ、こいつ?なんかすげえこと言ってないか?

 ホールは一瞬にして、テレビの放送に引き込まれてしまった。

ロビンまでもが、何事かと言った感じで、アタシの足元にやってきて、膝の上に登ってテレビを見つめる。


<現にティターンズは、この様な時に戦闘を仕掛けて来る。見るがいい!

 この暴虐な行為を!彼らはかつての地球連邦から膨れ上がり、逆らう者は全て悪だと称しているが、それこそ悪であり、

 人類を衰退させていると言い切れる! ズズン…テレビをご覧の方々はお判りになるはずだ。

 これがティターンズのやり方なのです!我々が議会を武力で制圧したのも悪いのです!

 しかしティターンズは、この議会に自分達の味方となる議員がいるにもかかわらず、破壊しようとしている!!>


「おい、この放送は、ちょっと反響おおきくないか?」

カレンがつぶやくように言った。

「え、えぇ。もしこれで、議会が、ティターンズ排斥に動いたら…」

「世論は、完全にティターンズを敵視する…」

それに、ソフィアとハロルドさんが続ける。

 うん、正直、酔っぱらってるし、難しい政治のことは、分からない。でも、まぁ、あれだ。

要するにティターンズの立場が危なくなるってことだろう?

あいつらのやり方、気に入らなかったから、まぁ、良いんじゃないか、それでも。


<えーこれが先ほど、ダカール、連邦議会場から送られてきた放送です。

 これに対して、ティターンズ司令部は、反地球連邦政府組織、エゥーゴによる謀略だとする声明を発表し、

 市民に対して虚偽放送に惑わされないよう注意を呼び掛けておりますが…>


画面が、ニュースのスタジオに切り替わった。

 「あー、これは、ティターンズも終わりだね」

シイナさんがそう言いながらグラスをあおった。

「まぁ、ジャブローにキリマンジャロを吹っ飛ばしたようなやつらだ。個人的には、その方がいいと思ってるけどさ」

ハロルドさんもそう言う。アタシもそう思う。

「どうなんだろうね…これで、すこし平穏になってくれると良いんだけど…商売的には」

レナはそんな心配をしている。さすが、このペンションの経理担当は考えるポイントが違って頼もしい。

「あぁ、それはウチも言えるね。もう少し安定してくれれば客足も増えるだろうし、

 今は荷物の空輸で何とかしのいでるところがあるからさ」

カレンも、さすが社長って感じだ。





142: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:30:48.09 ID:6gFsqafU0

 ロビンが、アタシを不思議そうに見上げてくる。はは、あんたとアタシは、わかんなくていいよな、こういうのは、うん。

「難しいな」

ロビンにそう言ってやると、彼女は唇を突き出して

「難しい」

と言って笑った。それから、急に、ロビンが窓の外に目をやった。

「どうした?」

アタシはその様子が気になって、一緒になって窓の外をみるけど、外はもう夜で暗がりだし、特に何がいるわけでもなさそうだけど…

「アヤ母さん、レナママ。誰か来るよ?」

 誰か、来る?

アタシはそれを聞いて、レナとハッと顔を見合わせた。それと同時に、感覚を研ぎ澄まして、神経を集中させる。

 何かが、肌に触れた。

 なんだ?何をそんなに焦ってるんだ?敵意?いや、違うか?でも、近い何かだ…警戒感か…息が詰まっているような感覚だ。

ここを目指してるってのか?そうだ、確実に、ここへ向かってる。

 アタシは顔を上げてレナを見た。レナも、アタシを見ていた。

 これは…備えが必要か?

「レナ、中でロビンを見てろ!デリクもソフィアから離れるなよ!シーマさん、レナ達を見ててやってくれ!

 ハロルドさん、カレンは迎撃準備!」

「な、なんだよ、アヤ?」

「何か来る!頼む、警戒してくれ!」

「アヤ、電気落とすよ!」

「良いぞ!」

レナがホールの照明を落とした。一瞬、目の前がまっくらになって、それから、月明りで照らされる外が煌々と明るくなってくる。

「ハロルドさん、あんたはドアを。あたしとアヤでテラス方面の対応をする」

「なんだかわからないけど、そうさせてもらうよ…とりあえず、瓶一本持ってね」

カレンとハロルドさんの息を殺した会話が聞こえる。了解だ、カレン。アタシもその案に乗ってやるよ。

 カレンの言葉の通り、アタシもテラスへと続く窓の際に陣取って外を見張る。手には、テーブルにあった果物ナイフだ。





143: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:31:42.83 ID:6gFsqafU0

 人影が見えた。4人…?いや、6人だ。あれは…拳銃を持ってる!ティターンズか?まさか、レナ達を追って?

今まではなんの干渉もしてこなかったのに…あの放送の影響でなにか変化が起こったのか?

 くそ!落ち着け。とりあえず、出入り口はこことドアしかないんだ。

侵入してきた最初のやつから拳銃を取り上げて、銃声で混乱させよう。その隙に反撃に転じれば勝機は十分にある。

 人影は窓の方に近づいてくる。徐々に、その姿がはっきりと見えてきた。

 あれは…子どもか?

その中の一人が、窓に取り付いた。中の様子をうかがって、コンコンと防弾ガラスをノックしてくる。

擦り傷だらけの顔に、ずいぶん汚れている。

「レナママぁ」

「しっ!ロビン、今は静かにして!」

「でも。お姉ちゃん達、入れてあげようよ」

「お姉ちゃん?」

レナとロビンの会話が聞こえる。

 別の人影が近づいて来た。確かに、女だ。ロビンの言った通り、若い女性…手に拳銃を握っている。

彼女は、窓をゆっくりと調べて、ついに、アタシのすぐそば、鍵のかかっていないサッシに手をかけてカラカラと開けた。

ズイ、と銃口が一番最初に侵入してくる。

 素人だ。

 アタシは瞬間的にそう判断して、死角からその拳銃に手を伸ばして握りしめ、

弾倉を排出させながら、もう一方の手で拳銃を握っていた手首を引っ掴んでひねり上げた。

拳銃は手放され、アタシの手の中に納まる。

 そのまま、思い切りその手首を引っ張って引き寄せ、残り1発が機関部に装てんされているだろう拳銃を喉元に突きつけた。





144: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:32:21.32 ID:6gFsqafU0

「ハンナさん!」

そう叫ぶ声が聞こえて、最初に窓にへばりついていた子どもが入ってきた。カレンはその子に脚をかけて転ばせ。

次いで入ってきた、アタシが捕まえているのと同じくらいの年齢の女の後ろ襟を引っ掴んで床に引き倒した。

「離せ!」

すこしハスキー掛かった声がして、別の人影がカレンに殴りかかった。体格は子供の様だが…男の子か?

 引き倒した女の身動きを、両脚を絡ませて器用に制圧しながらカレンは、

殴りかかってきた男の子の腕を絡め取るとそのままひねり上げて動きを封じた。

 「おねがい!乱暴しないで!」

最初に入ってきた、カレンに転ばされた女の子が、暗がりに向かって叫んでいる。こっちが見えてないようだ。

「全員、床に這いつくばれ!」

アタシがそう怒鳴ると、女の子は言うとおりに床に伏せた。

残りの二人、やはりこいつらも子どもで、ホールの中にゆっくりと警戒した様子で入ってくると、同じように床に伏せる。

 「あんたも伏せな!」

アタシはドスを利かせて、抱えていた女にそう命令し、それから転がった拳銃の弾倉を拾って再装填する。

「8番、武装確認」

「拳銃確保」

「了解。シイナさん、カレンと代わってやってくれ!8番と7番で外部索敵!2番、10番はシイナさんの援護準備!」

シイナさんが無言でカレンのそばに行き、組み伏せていた女性を引き受けると、カレンが立ち上がってアタシに目配せしてくる。

アタシはうなずいて、カレンと同時に表へ飛び出した。

 拳銃を小脇に抱え、身を低くしながら周囲を観察する。

…あいつらだけか?…気配もない、肌にも、何も感じない…クリア、だ。

「7番、クリア」

「8番、クリア」

カレンの声を聴いて、ふぅっとため息が出た。

 こんなとっさに、案外、動けるもんだな。あんなに飲んでたってのに。ふとカレンと目があった。

そしたらなんだか、どちらともなく笑ってしまった。





145: ◆EhtsT9zeko:2013/06/23(日) 17:32:54.06 ID:6gFsqafU0

「いやぁ、緊張したなぁ」

アタシが言うと、カレンも笑顔で

「ホント。久しぶりにこう、たぎったね。体と血がさ」

と返してくる。緊張が解けて、無事に済んだという安心感が降って湧いてきて、

アタシの胸の内にともった懐かしさを、カレンもきっと感じているはずだった。

 カレンと二人して、ホールに戻った。中はまだ少し緊迫した雰囲気だったのでアタシはちょっと大げさに気の抜けた声で

「うー、急に動いたら、酒がまわったよ…」

とうめいてから、

「レナ、電気つけて。もう大丈夫」

と言ってやった。

 パチッと音がして、照明が灯った。一瞬の明るさに目がくらんでしまう。

 さて、なにもんだ、こいつら。

 明るくなった室内で、侵入者を観察した。子どもが4人に、大人の女性が二人。

まぁ、アタシらを殺しに来たり、レナやシイナさんやソフィアをつかまえに来たってメンツではなさそうだが…

 アタシは、最初に制圧した女性の顔を覗き込んで聞いた。

「あんた、名は?」

すると彼女は、少し怯えた表情で

「ハンナ・コイヴィスト…」

と名乗った。偽名っぽい感じはしないな。

「よし、ハンナさん。いろいろ聞かせてもらおうかな」

アタシは、なるべく偉そうに、でも、あまり危険を感じさせないように明るく、彼女にそう言ってやった。





149:NIPPER:2013/06/24(月) 01:36:09.24 ID:KKzLJ1KuO



さて、前回の登場人物も出てきて改めて思ったね。
ラ行の名前多くね?w
というか欧米人にRやLがつく名前が多いのか?

あと今回、どっからが元ネタ有りキャラなのか分からないんだが、よかったら出典教えて欲しいな。
正直ジョニー・ライデン以外分からない





152:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/24(月) 13:57:32.35 ID:peJYPLSl0

>>149
ラ行、書き手がそういう語感が好き、というのもありますが…レナ、ロビンについては意図的につけてます。
まぁ、レナはLでロビンはRなんですが…

登場人物について、そうですね。
ちょっとまとめてみたいと思います。





153:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/24(月) 14:32:36.90 ID:peJYPLSl0

Z編の主な登場人物まとめ

マーク・マンハイム
 連邦軍所属の情報士官、中尉。分析、情報収集担当。オールドタイプの典型で、ニュータイプに対しての
 劣等感や疎外感を持っている。責任感は強い。

ハンナ・コイヴィスト
 連邦軍所属の補給士官、少尉。楽天家で能天気。
 マークの幼馴染で恋人。恋人ではあるが、お互いに空気みたいな付き合いの様子。

レオニーダ・パラッシュ
 1年戦争当時、フラナガン機関から連邦に亡命したクルド博士に連れられて地球に来たNT。
 その後、連邦のNT研究所に隔離幽閉され、データ収集実験などに利用されていた。
 オーガスタ研究所からムラサメ研究所への移送中に脱走するも、再度つかまり、マーク達の基地へ収監される。


NTの子ども達(出典『08MS小隊ラストリゾート』)
 1年戦争末期、フラナガン機関から救助され、地球圏に脱出させられた子ども達。
 ラサ基地での戦闘から逃げ延びた同作の主人公シローとアイナに出会い、
 シローが所属していた隊の構成員の名などをつけてもらう(括弧内が作品内での名前)。

サビーノ(エレドア)
サラ(カレン)
エヴァ(ミケル)
ニケ(キキ) 


ジョニー・ライデン(出典『MSV‐R』など)
 元ジオン軍、キマイラ隊所属のエース。真っ赤な機体でシャアによく間違えられたとか。
 作品によってずいぶんと設定が違う。グりプス戦役時は地球に降下しており、カラバに参加していた、と言う設定は
 GUNDAM EVOLVE../9によるもの。

ユウリ・アジッサ(出典『GUNDAM EVOLVE../9』『Zガンダム・グリーンダイバース』など)
 1年戦争終結後、アムロに拾われた少女。当時まだ5歳くらい?その後、アムロに光源氏的教育を受けてすっかりアムロ信者に。

ゼロ・ムラサメ(プロト・ゼロ)(出典『機動戦士ガンダム ギレンの野望』)
 ムラサメ研究所で作られた強化人間のプロトタイプ。
 ゲーム内では、強化人間に関する研究データを持ってジオンに亡命し、その資料に基づいて強化されたのが
 レイラ・レイモンドであるとされているが、UC史実的にちょっくらかみ合わないので当小説内では順序を逆にしてあります。

レイラ・レイモンド(出典『機動戦士ガンダム ギレンの野望』)
 ジオンで作られた強化人間。説明は以下同文。


ティターンズ大尉
 マークの所属する基地に天下り?してきた女性大尉。捕まえた捕虜を拷問して殺すのが趣味と噂される快楽殺人者。
 マークがお気に入りのご様子。名前などは不明。

ティターンズ大尉の副官
 マークが所属する基地に天下り?してきた女性大尉の副官。階級は中尉。
 大尉のことを尊敬しているらしく、その指示には忠実にしたがう。大尉とは長い付き合いらしい。





158:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:34:40.00 ID:0prmuyuu0

 「指示書?」

「はい、カラバの方にいただいて…それに、ここへ向かうように書いてあったんです」

ハンナはそう言って、ポケットから一枚の封筒を出してアタシに手渡してきた。

中身を確認すると、そのには確かに、ここの名前と住所と、簡単な地図が印刷された紙片が入っていた。

「皆さんは、カラバの関係者の方ではないんですか?」

自体を理解していないアタシ達に気付いたのか、ハンナがそう聞いてくる。

アタシらは、顔を見合わせて、揃って首をかしげた。

そりゃぁ、ティターンズを良く思ってる連中はこの中にはいないけど、

だからと言って反政府組織に肩入れするほどの想いがあるわけでもない。

アタシらはみんな、自分の身の程を知っている。

だから、そんなでかいことをするよりも、もっと地道な草の根活動の方が性に合ってるんだ。

「いや、そう言うのには全然関係ないけどさ…」

そう返事をしながら、アタシはハンナ達をかわるがわる見つめる。

子ども達は、シュンとしているが、視線はテーブルに並べられた食事に注がれている。

あぁ、なんだ、こいつら腹ペコか?

身なりも汚いしなぁ…相当、苦労してここまでたどり着いたんだろうな…

そう考えたら、なんか、やっぱりちゃんと迎え入れてやりたくなっちまうのが、アタシらってもんだ。

そうだろう、レナ?

 そう思って、レナをチラッと見てみる。レナは、やっぱり、ソワソワ、ハラハラした顔つきでハンナ達を見ていた。

 「まぁ、とりあえず、もっと話を聞かせてくれよ」

「良かったら、食事も食べてね。まだいっぱいあるから」

アタシと、レナもそう言ってくれる。

「い、いいんですか!?」

一番幼く見える女の子が、そう言って目を輝かせた。

「うん。食べな。腹減ってそうだし」

アタシがそう言ってやると、子ども達は食事に飛びついた。





159:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:35:25.81 ID:0prmuyuu0

 「食べながらでいいからさ、話、頼むよ」

テーブルに並べてあったピザに、恐る恐る手を伸ばしていたハンナに、そう頼む。彼女は、いったんその手を止めて、

「はい」

と、静かに、でも、力強く返事をした。

「私は、もと連邦軍の少尉です。2週間ほど前に、所属していた、極東第12支部の、第9駐屯地から逃げ出してきました」

「第12支部…っていうと、ニホンか?」

「はい、そうです」

8年前、レナと一緒に北米へ飛び立った基地が、第13支部。あれはフクオカにあって、

確かニホンには他に、12支部と11支部かあったはずだ。12支部は、確か、あの列島のちょうど中央あたりに位置していたはず。

「どうして、脱走を?」

レナが話を促す。

「はい。私の駐屯基地には、ティターンズの大尉が駐在していて、その人が…

 拷問して、捕虜を殺害するのを楽しんでいるような人で。そんな基地へ、彼らが、捕まってきたんです」

ハンナはそう言って、子ども達と、もう一人の女性に視線を送る。

 なるほど…そっか。こいつらも、“そう言うの”から逃げてきたクチか。

それにしたって、なんでこんな子ども達をつかまえる必要があったんだ?アタシは気になったのでそこを聞いてみた。

すると、ハンナは、少し言いにくそうにしてから、ややあって口を開いた。

「彼らは…連邦の、ニュータイプ研究所、と言うところから逃げ出して来たんです。

 人体実験の、被験体としてつかまっていたそうで…。多分、研究所に連れ帰される途中だったのだと思います。

 なんでも、1年戦争末期に、ジオンの研究所からも逃げ出して、有志のジオン軍人たちが命を懸けて、

 地球に送り届けてくれたらしいんですけど…運悪く、地球で連邦に目をつけられてしまったみたいで…」

ジオンの研究所から逃げ出して来た、か。

あれ?

そんな話、どこかで聞いたな…どこでたっけ?

もうずいぶん昔のことみたいだけど…えっと…





160:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:35:59.86 ID:0prmuyuu0

「アヤ」

レナの呼ぶ声がしたので、そっちを見たら、彼女は確信を持った表情で

「アイナさん達だ…」

と言った。

 そうだ。アイナさん達が、ラサ基地の戦場から逃げてった先で出会ったのが、

ジオンの研究施設から逃げ出してきた、ジオンのニュータイプの子ども達…

まさか、その子達ってのが、こいつらのことなのか?

確かに、年齢的に考えても辻褄は合いそうだけど…そんな偶然ってあるのかよ?

 「ね、あなた達、アイナ・サハリンさん、って知ってる?」

「なんだい、シロー達の知り合いなのかい、この子ら?」

レナの問いに、シイナさんが反応している。

「アイナお姉ちゃんを知ってるの?」

男の子が、そう声を上げた。

 おいおい、本当かよ?本当に、アイナさん達が会ったって子なのか?

「待ってね…」

レナはそう言って、ホールの戸棚から何かを取り出してきた。あれは、レナの取った写真を収めてあるアルバムだ。

レナはその中の一枚を抜き取ると、それを子ども達に見せた。

「この人で、間違いない?」

レナが聞くと、子ども達の顔がパッと明るくなった。

「そう!アイナお姉ちゃんだ!」

「シローさんも写ってる!」

歓声が上がった。嬉しそうにしてた子ども達だったけど、突然、その表情が、曇った。

あれ?なんだよ、急に?

「どうしたの?」

その変化に気付いたレナが尋ねる。

「お姉ちゃん、捕まっちゃったんだ」

―――な、なんだって!?

 アタシは思わず立ち上がっていた。

「つ、捕まったって、どういうことだよ!?」

「私たちが、基地につかまっていた時に、助けに来てくれたんです。

 爆発を起こして、電気を消して…その間に、私たちはハンナお姉ちゃんと一緒に、逃げ出したんだけど…」

「アイナお姉ちゃんは、逃げ切れなくて、私たちの代わりに、基地に…」

おい、待て、待てよ。その基地には、ティターンズのその、拷問好きの大尉ってのがいるんだろ!?

まずいじゃないか…アイナさん…そ、それって本当なのか?

「あの爆発と停電って、そのアイナさんって人がやったの?」

ハンナが子ども達にそう聞いている。

「うん。声が、聞こえた」

双子に見える子の内の一人が、そう答えた。





161:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:36:30.30 ID:0prmuyuu0

「ア、アヤ!シ、シローに電話!」

「う、うん!」

アタシはPDAを取り出して、シローのナンバーにコールする。だけど、どれだけ鳴らしてもシローは電話口に出てこない。

くそ!どうなってんだ!?

「ダメだ、シローでないよ!」

「まさか、もうティターンズに?」

「落ち着きなよ。身を隠しているのかもしれない。今は、とにかく情報収集と、策を練らないと」

シイナさんがそう言ってアタシ達をいさめてくれる。そうだ、なによりもまず、情報を集めなきゃ。

アイナさん、頼む、まだ生きててくれよ…!

「と、とにかく、あんた達は、そこから逃げてきて、それで、カラバに言われてここまできたんだな?」

「はい」

…ってことは、カラバには、ここを知っている人間がいるってことだ。誰だ?今までに相手をしたお客の誰かか?

「アムロ・レイ、と言う人を、ご存知ですか?」

不意に、ハンナが言った。アムロ?そう言えば、何年か前に来たな…あの、ニュータイプっぽい気配をビンビンにさせてた…

「し、知ってる。ここへ来たことも、ある」

「その人、今はカラバに所属しているらしいのですが、そのアムロって人に会わなきゃ、って、

 その…“声”が、聞こえたみたいで…」

ハンナはまた、言いにくそうにそう口にして、子ども達を見た。

 “声”?それって、要するに、「あの感覚」のことを言ってるんだな?

アムロってのが、子ども達をここへ連れて来たのか?アタシらに、「なんとかしてくれ」ってことなのか?

 アタシは、グッと拳を握った。アイナさんのことと、子ども達のこと…でも、うちだって今は、ロビンがいる。

そう簡単に動くのは、ちょっと抵抗がある…でも、でも。

アイナさんは助けてやらないと…それに、こいつらだって…このままほっておくわけには…





162:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:37:01.84 ID:0prmuyuu0

 「ねえねえ、お姉ちゃんは、レオナ?」

急に、誰かがそう言った。ロビンだった。

ロビンは、ハンナじゃない方の女性のすぐそばまで言って、彼女の顔を見上げている。

待て、ロビン、そいつの名前、まだ聞いてないぞ?

 アタシは、ロビンがレオナ、と呼んだ女性に目をやった。

 彼女は、目で見てわかるくらいに、体を震わせていた。

「ね、ねえ、大丈夫?」

ソフィアがレオナに声を掛けて、彼女はハッとした様子で、体の震えを抑えた。それからアタシの顔を見て

「あの…あの、この子は…」

と口をパクパクさせながら聞いてくる。

「え?あぁ、アタシと、こっちのレナとの子どもだけど?」

アタシが答えてやると、レオナは少し黙ってから


「その…もしかして、卵子間胚妊娠で出産された子、ですか?」


…え?なんでそれを?子どもを見たらわかるのか?

それとも、あのレオナってのからも、ニュータイプの気配を感じる。

ロビンは、アタシやレナよりも、強い素質を持ってるから、それでなにかを感じてるのか?





163:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:37:27.60 ID:0prmuyuu0

「どうしてそれを?」

レナがアタシの代わりに聞いてくれる。

すると、レオナはグッと押し黙ってから顔を上げて

「そのPDAをお借りできますか?」

とアタシの握っていたPDAを指して言った。

「あ、あぁ、良いけど…」

アタシがPDAを手渡すと、レオナは首につけていたチョーカーのヘッドに手を当てた。

パキッと言う、乾いた音がして、そのヘッドが割れる。それは、記憶媒体の様だった。

 レオナはPDAに端子にそれを差し込むと、画面を操作してから

「これを、見てください」

とアタシの方に見せてきた。

 そこに写っていたのは、ロビンと同じくらいの女の子の写真だった。

 ロビンと同じ茶色っぽい髪に、ロビンの、レナから受け継いだんだろう少しグレー掛かった瞳に、見慣れた鼻筋と、唇…

目元は…アタシにそっくりだ。

 まるで、ロビンだ…でも、でも待ってくれよ。これはロビンじゃない。

似ているけど、でも、ロビンの輪郭は、アタシ似だ。

でも、この子の輪郭は…その、レナのに、似ている…。

 レナも、アタシの横からPDAを覗き込んで、絶句した。

「おい、こ、これ…この子…」

呆然とするアタシの膝に、ロビンもよじ登ってきた。彼女は、PDAを見るや否や、叫んだ。

「レベッカだ!」





164:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:37:53.90 ID:0prmuyuu0

は?

…え?

…レベッカって、あんたが今、大事そうに抱えているその人形のことだろう?

ち、違うのかよ、ロビン…人形のことじゃ、ないのか?

おい、なんだ?お前いったい、何を感じ取ってるんだ?

「ロ、ロビン、これは、レベッカ、なの?」

レナは戸惑いながらロビンに聞く。

すると、ロビンは笑顔を浮かべながらさも当然と言った様子で

「そうだよ!レベッカはいつもシクシク泣いてるの。だから、大丈夫だよって、わたしが一緒に居てあげるんだよ!」

と人形のレベッカの頭を撫でつけて答えた。

 アタシは、何かを言ってほしくて、レオナを見つめた。

彼女は、ゴクッとつばを飲み込んで

「はい…私は、彼女に、レベッカ、と名付けました。彼女は、私が産みました」

と口にした。

 なんだよ…どうなってんだ、それ?こんな、アタシとレナとロビンにそっくりな子を、このレオナってのが産んだって…?

 アタシはなんだか、全身がガタガタ震えるのを感じて、イスに座り込んでしまった。

ロビンが振り落とされないようにアタシしがみついてくるので、何とか彼女だけは、腕で抱え込んで押さえつける。

 レナからも、混乱が伝わってくる。レナがアタシの手を握ってきた。

アタシはその手を握り返して、レナも抱き寄せる。

なにが、なにがどうなってんだ?なんでこんなことが、いっぺんに起こってるんだ?

 アタシはどうしようもなく混乱していた。

アイナさん、助けなきゃいけないのに、子ども達が居て、で、ロビンにそっくりな、この子は誰なんだよ?

何から話を聞けばいいんだ?





165:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:38:25.91 ID:0prmuyuu0

待ってくれ、整理しなきゃ。

えっと、だから…えぇっと…

 思考がまったくまとまらない。こんなにグシャグシャになるのは、レナを助け出そうと思ったとき以来だ。

思考どころか、感情もこんがらがっちゃって、自分でも良くわからなくなっている。

 レナが、アタシの体を、ギュッと抱きしめてきた。それからしばらくして、ふっと力が抜けたと思ったら、体を離した。

見上げたら、レナは、何か、固い意思を持った表情に変わっていた。

 レナ…あんた、持ち直したのか?そうだ…アタシも、こんなんじゃ、ダメだ。

しっかりしろ。これは、一大事かも知んないんだぞ。アタシは自分にそう言い聞かせて深呼吸をした。

考えるのをやめるな…でも、飲まれるな。大事なのは、なんだ?

 そうだ、情報収集と分析、および状況把握、だ。基本は、なにも変わらない。何度も、何度もやってきたことだ。

それを忘れんな…

 アタシも何とか頭を切り替えた。それから、意を決して、レオナに言った。

「話をしてくれ。知っていること、全部教えてほしい」

「わかりました」

レオナも、強い目をして、そう答えてくれた。





166:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:38:51.23 ID:0prmuyuu0

「私は、戦争中に、ジオンの研究所から亡命した博士に連れてこられました。

 当時、博士はEXAMシステムと言う人工知能の開発を行っていて、その基幹部となる人間の予備として、でした。

 でも、連邦に来てからすぐに、私は、連邦の研究所に幽閉されました。

  それから何年かして、連邦でもニュータイプと強化人間についての研究が始まるようになり、

 私もかなりの数の研究の被験者にされました。幸い、精神手術を受けることなく済んだのは、

 純粋なスペースノイドのニュータイプ素質を持ったサンプルだったからなんだと思います。

 そんな、ある意味では扱いにくい私に、5年ほど前に、新しい“仕事”が任されました。

  それが、素材となりうるニュータイプ素質を持った子どもの代理母としての出産です。

 そして、最初に私の胎盤に着床されたのが、中米からサンプリングされた、卵子間胚でした。

 通常、人工授精や卵子間結合を行う場合、失敗に備えて複数のサンプルを取って結合が行われます。

 成功例があれば、残ったサンプルは破棄されるものですが、お二人の場合、検査の段階で研究所の手が入ったのだと思います。
 遺伝子レベルでの、ニュータイプ素質が発見されていた…

  だから、残ったサンプルを研究所が引き取り、結合を行って、私にそれを妊娠させた…」

「要するに、あれだね。ロビンとは、二卵性の双子、ってことだ?」

カレンが口をはさむ。

「そうですね」

レオナはうなづいた。いや、この場合、二卵性なのか四卵性なのか、分かんないけど、さ。

でも、そうか、とにかく、やっぱり、この子は…ロビンと同じ、アタシとレナの子…

そいつが…連邦の研究所で、実験の、素材に…だと!?





167:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:39:21.07 ID:0prmuyuu0

 やっと、事態が把握できた。途端に、胸の奥からとてつもない怒りがこみ上がってきた。

ふざけんな、どこの誰がそんなこと計画しやがったんだか知らないが、寄りにもよってアタシ達の子を、

そんなくだらないことのために、都合のいいように扱おうってのか!?

 固く握った拳に、爪が食い込むのを感じた。

「今…レベッカ、は、どこに?」

そうたずねたレナからの怒気が感じ取れる。

「恐らく、オーガスタからオーランド研究所へ移送されたんだと思います」

―――オークランド…北米か。

アイナさんは、ニホン。

レベッカは北米。

それに子ども達の保護…いや、場合によってはシローもこっちへ呼び寄せてやったほうがいいかもしれない。

キキもいることだし、何かあってからじゃ、取り返しがつかない…

 でも、これって…アタシとレナだけじゃ、無理だ。

子ども達を連れて、ニホンやまして、北米のニュータイプ研究所になんて連れて行けるわけがない。

そんなことするほどバカじゃない。

助けが、助けがいる…





168:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/25(火) 00:39:54.96 ID:0prmuyuu0

 アタシが顔を上げたら、カレンがアタシの方をじっと見ていた。

目があったら、カレンは、笑った。カレン、あんた…

 「要するに、要点は、3つだね。アイナの救出、レベッカの奪回、あと、子ども達の保護、だ」

「こういう時は、隊長に声を掛けておいた方が良いな。良い案もらえそうな気がする。あとで連絡を取ってみようか」

カレンが言うと、ハロルドさんがそう言い添えた。

 すると、今度は

「なら、私らのところで、ロビンちゃんを預かるよ。部屋数が足りないから、そっちの子ども達はちょっと難しいけどね」

とシイナさんも言ってくれる。

「なら、うちの社屋の宿直室なんてどうですか?半分、カレンさんの私室になっちゃってますけど、ベッドの数も足りますし」

「あぁ、そうだね。通信設備もばっちりだし、ウチが作戦本部、ってことにしようか。

 今回はソフィアは巻き込めないけど、デリク経由で情報分析は頼めるだろうね」

「任せてください!」

シェリーに、ソフィアも…

「おい、だから、アヤ」

カレンが、またアタシ達の方を向いた。

「あんたらはあんたらのやるべきことをしなよ。バックアップは、全部こっちで引き受けるからさ」

カレン…カレン!カレン!!

 アタシはもう、なんか胸がいっぱいになって、カレンにタックルをくらわせてギュウギュウに抱きしめてやった。

 ああ、本当に、良い仲間に巡り合えたな。アイナさんも、レベッカも…すぐに行ってやるからな…

だから、がんばれ…絶対に、ひどい目になんて、遭わせないんだからな…!





176:アウドムラ ◆EhtsT9zeko:2013/06/26(水) 22:34:15.29 ID:b+Iikr+e0

 子ども達は飯を食ったら、すぐにうとうと船をこぎ始めちまった。よほど疲れてたんだろうな。

とりあえず、泥だらけのまんま寝かせるのは、ペンション的にも子ども達の衛生的にも良くないと思って、

二年前にアタシが庭の一角に作った露天風呂に入れてやった。

一番ちびのニケってのが

「お風呂が外にあるの!?」

とはしゃぎまくっていたのをみ見て、なんだか妙に嬉しい気分になった。

お客に喜んでほしいと思って作った露天風呂だ。

素直にそうやって喜んだり楽しんだりしてもらえるのはやっぱりいい気分になれるよな。

それから子ども達は二階の部屋に寝かせた。やっぱり疲れは相当だったみたいで、寝付くまでにはほとんど時間は掛からなかった。

 そんな様子を確認してホールに戻った。

部屋で寝かせなきゃ、と思っていたロビンがソファーの上で伸びていてレナがリネン室から持って来たんだろう毛布をかけていた。

「しかし、とんだことになったね」

カレンがそう言いながら残ったビールの瓶をあおっている。

「ホントですね…どうしてまた、こうもいっぺんにいろんなことが持ち込まれて来たんだろ…まるで、分かってたみたいに…」

デリクが訝しげに言う。でも、そのデリクの言葉にはちょっと思うところがあった。

 デリクの言う通り、こいつらは偶然こんなところに来た訳じゃないんだろう。

子ども達も、アイナさんも、それにアタシとレナのもう一人の子、レベッカを助けろ、って意思に導かれたんだと思う。

それがいったい、どこの誰の意思かは分からないけど…でも、すくなくともこんなことをするんだ。

悪いやつであるわけはないだろう。

アムロが何とか、って言ってたけど、それもただの言い訳に思える。これはあのアムロってやつの意思じゃない。

いや、もしかしたら、誰か一人だけのものと思う方が違うのかも知れない。

ちょっと信じられないところもあるし、現実離れしている気もするけど、

この感覚はそう言うことだって起こしかねないんだよな…な、ロビン?

 アタシはそんなことを思いながら、ソファーで人形のレベッカを抱いたまま眠るロビンの髪を撫でてやった。

 見たことのない自分の双子の姉妹の名を知っていて、その生みの親のレオナの名前も知っていた。

こんなのを、子どもじみた妄想の偶然とかまぐれとか、そんな言葉で片付けられないだろう?

 結局、理解出来るかって事よりも、感じられるか、ってことなんだよな、きっと。

「みんなも、巻き込んじゃってごめんね」

レナがまだホールに残っていてくれていたカレンとデリクに謝った。

シイナさん達は歩いて3分の自宅に戻って、ソフィアとシェリーは二階のベッドにお泊まりだ。

ハンナとレオナも、疲れてて眠いはずなのに、頑張って起きてホールに居てくれている。

「まぁ、気にしないことだね。これでもアヤと同じあの隊にいたんだよ?

 首突っ込むなって言われたって手を出しちまうだろうしさ」

「そうですよね」

カレンの言葉にデリクが相づちを打って笑った。まったく、ホントに…嬉しくって泣けちゃうじゃんかよ。

「でも、隊長に連絡がついて良かったよ。フロリダで北米側の援護してくれるとなりゃ、百人力だね」

隊の連中には全員に連絡して協力を頼もうと思ったんだけど、繋がったのは隊長にフレートにベルントだけだった。





177: ◆EhtsT9zeko:2013/06/26(水) 22:35:17.60 ID:b+Iikr+e0

マライアは宇宙に上がったっきり、隊長とアタシとソフィアに時々手紙を送って来るくらいで、行方不明。

ヴァレリオは噂じゃぁ月面にいるらしくて、

 ダリルに至っては軍をやめてからと言うもの、誰一人連絡を取れたやつがいないのだと言う。

あいつらしいと言えばあいつらしい。きっとどこかで怪しい商売でもやってんだろう。

正直言えば協力してくれりゃぁ頼もしかったけど、今は贅沢を言って時間を掛けてる余裕はない。

連絡のついた隊長とフレート、ベルントは二つ返事で協力を了承してくれた。

フレートは北米にいるから隊長と一緒になにかしてくれるだろう。

ベルントは今は運良くニホンの隣、チャイナのホンコンシティにいるらしいから現地で合流の予定だ。

これが前線で支援を受けられる全戦力。素直に言えば厳しい。ただ、そんなことよりもアタシには気にかかっている事があった。

今回の目標は、二ヶ所。ニホンと北米だ。

アイナさんは拷問にあっているかもしれないし、レベッカは精神手術を受けさせられてしまうかも知れない。

どっちも猶予があるとは言えないんだ。

 だから二つの作戦を同時に進行させなきゃ行けない…戦力を分散しなきゃいけない。

ただ、それぞれの事情に詳しいのはアタシとレナだけ…

そう、アタシ達は、出会って初めて別々のところで戦わなきゃいけないんだ。

 不安かって言われたら、不安だ、それもどうしようもなく不安だ、と言うしかない。

レナを信用してないわけじゃない。自分に自信がないわけでもない。

でも、あれからずっと、お互いそばにいて、守りあって生きてきたアタシ達だ。

自分のことは、まぁ、いい。でも、アタシにとってみたら、レナを守ってやれないってのが、ホントに不安なんだ。

 レナが、真剣な表情でアタシのとこにやって来た。あぁ、分かってる、レナ。

それでも、アタシは…アタシ達は、選ばなきゃいけないんだ。

「アヤ」

レナがアタシの目をジッと見る。

「うん」

アタシも、出来るかぎり迷いを捨ててレナの瞳を見つめ返した。

「私が、北米へ行く。あなたは、アイナさんをお願い」

レナはそう言った。アタシも、そう考えてた。北米は隊長とフレートがいる。支援は厚いし、言っても研究所だ。

兵隊がひしめき合ってるところに比べたら、最悪でも力押しが出来る可能性も残されてる。

でも、アイナさんの方は、駐屯基地とは言っても連邦軍の本隊がいて、その狂ったティターンズ大尉までいるって話だ。

どれだけの支援をもらえるかも不透明。それなら、白兵戦での経験が豊富なアタシが向かうべきだろう。

まぁ、白兵戦って言っても、ただのケンカがほとんどだけどさ。

でも、いくら勘のレナでも、対応仕切れないことも多いだろうし、

むしろその勘の良さがニュータイプ研究所なんかでは役にたつかも知れない。レナの判断は正しいと思う。

「あぁ。それが良いだろうな」

アタシが返事をすると、レナはまだアタシをジッと見つめてうなずいた。





178: ◆EhtsT9zeko:2013/06/26(水) 22:35:59.69 ID:b+Iikr+e0

 「それなら」

不意に、声が聞こえた。レオナだった。

「それなら、私が、レナさんと一緒に北米へ行きます」

「あんた…平気なのかよ?子ども達と一緒に、カレンのところへ…」

そこまで言ってハッと気づいた。そうだ。

そもそも、レベッカは、レオナの産んだ子なんだ…写真を肌身離さず、分かりにくい記憶媒体に入れて隠していたくらいだ。

思い入れんがないって思う方がどうかしてる。だいたい、レベッカにとっては、レオナは母親に違いないんだ。

 アタシが黙ったのを見て、レオナは気が付いたみたいだった。

「ごめんなさい…分かっていはいるんです、でも、レベッカのことは…私…」

と言いよどむ。レナは彼女の話を止めた。

「うん、そう言ってもらえてよかった。私も、ロビンを産んだから、分かるよ…レオナ、一緒に着いてきて。

 私たちで、『お母さん』で、レベッカを助けてあげよう?」

「…はい!」

レオナは、ここにきて一番かもしれない、まぶしい笑顔でそう返事をした。

「じゃぁ、アヤさん」

次に、ハンナが口を開く。

「アヤさんとは、私が一緒に行きます」

「…あんたは、アイナさんがつかまっている基地にいたんだよな…」

そうだ。それなら、周囲の地形や基地の警備の配置、警備システム、そのほか諸々まで、把握しているはずだ…

でも、彼女には戻る理由がない。良いのかよ、また危険な目に合うかもしれないんだぞ?

「危険だぞ?」

アタシが言うと、ハンナはニコっと笑った。それから、少し悲しそうな瞳で

「マークの…ここへ来る途中で、きっと、彼らに殺されてしまった、私の幼馴染み、恋人の敵を取りたいんです…」

と言ってきた。

 その話は、子ども達が風呂に入っているあいだに聞いた。そっか…あんまり、気の進む動機じゃないけど…でも。

MPを殺したソフィアとおんなじような気持ちなんだろうな…だとしたら、なにもせずに放っておくのも…違うような気もする。

「わかった」

アタシはハンナの意思も、了解した。

 そんなとき、不意に、アタシのPDAが鳴った。ディスプレイを見る。そこにはシローの名があった。

「レナ!シローだ!」

アタシはそう言いながら電話口に出る。

レナに、カレンもこっちへ視線を送ってくる。

「シロー!あんた、大丈夫か?!」

「アヤか?何の用だ?今、ちょっと取り込んでるんだ」

「シロー、アイナさんの話を聞いた」

「なんだって?!」

電話の向こうのシローは驚いていた。

 そりゃぁ、そうだろう。こんなところに、シロー達が会った子どもが逃げてくるなんて、普通なら想像できもしない。





179: ◆EhtsT9zeko:2013/06/26(水) 22:36:48.29 ID:b+Iikr+e0

アタシは事の成り行きをシローに説明した。そしたら、シローは電話の向こうで声を震わせながら

「手を、貸してくれるってのかよ…?」

と聞いて来た。バカ、手を貸すどころの騒ぎじゃない。

アタシが直接乗り込んでいくって言ってんだ、バカシロー!

「アタシがアイナさんを助け出す。明日にでもこっちを経つからな。

 シロー達は大丈夫なのか?あ、居場所は言うなよ。盗聴されてない保証がない」

「あぁ…俺たちは、無事だ。今は、知り合いのところに身を寄せてる…軍時代の仲間だ。

 あ…待ってくれ…ああ、分かった。そう伝える。なあ、アヤ。こっちで協力者を用意できる。

 俺とアイナの共通の知り合いだ。どこかで合流できないかと言ってる」

協力者?支援は信用できる身元のやつなら、あればあるだけありがたい。選択肢が増える。

「頼むよ。明日はカゴシマに飛ぶつもりでいる。

 飛行機じゃなくてシャトルのチケットを押さえるつもりだから、夕方前には着くと思う」

「シャトルか…どうする?」

「―――」

「あぁ」

「――、――――?」

「わかった。フクオカではどうか、って言ってる」

フクオカ…8年前、シロー達と別れた、あの街だ。

「よし、そこにしよう。合流方法やなんかは、あとで安全な回線を使ってこっちから情報を送る」

「アヤ」

急に、シローがアタシの名を呼んだ。

「なんだよ?」

アタシが聞き返すと、シローは本当に消え入りそうな声をしながら

「俺が、こんなんじゃなければ…すまない。アイナを、頼む!」

と言ってきた。バカだな、シローは相変わらずバカだ。あんたに礼なんか言われる筋合いはないんだよ!

アイナさんは、あんたに頼まれなくたってなんだって、アタシとレナの大事な大事な友達だ!

放っておけるわけないだろうが!

 アタシは思ったまんま、そう言ってやったら、泣いてんのか、シローの声色がおかしくなったが、

まぁ、気にしないでおいてやった。

 それから、2、3言葉を交わして、とりあえず電話は切った。

それからレナとカレンに今の電話を説明する。

そしたら、レナは少し安心した顔つきで

「良かった。アヤの方にも、頼れる人が増えてくれると良いんだけど」

と言ってくれた。アタシの身を案じてくれてるんだな、レナ。ありがとう。

あんたこそ、隊長とフレートをうまく使えよ。

絶対に、死んだり怪我したりなんかしちゃダメだからな…





180: ◆EhtsT9zeko:2013/06/26(水) 22:37:24.04 ID:b+Iikr+e0

 翌日の早朝、アタシ達は空港に居た。

出る前、うちに来てくれたシイナさんに、ロビンを預かってもらった。ロビンはちょっと不安げな顔をしたけど、泣くでもなく、

「レベッカを助けてくるね」

と言ったレナの手を、黙ってギュッと握った。そして、アタシにも泣かずに、ギュッと抱き着いて来た。

ごめんな、ロビン。

不安だよな。

大丈夫。ちゃんと笑顔で帰ってきてやるからな…

あんたには、アタシやレナみたいな、寂しい一人ぼっちな思いなんて絶対させない。

アタシは心にそう固く誓った。きっと、ロビンには伝わったと思う。

 空港のロビーでアタシとレナは出発前の言葉を交わした。

レナはカレンの飛行機でレオナとフロリダへ。

アタシとハンナは、デリクの飛行機で南米に渡って、そこにある民間のシャトル発射基地から出てる、

旅客機なんかよりもはるかに高い高度、宇宙との境目の大気圏の「上澄み」を滑るように運航しているシャトルに乗る。

 だから、レナとは、ここでお別れだ。

 「気を付けてね、アヤ」

「レナこそ…無茶はするなよ」

「分かってる、ヤバくなったら…」

「逃げろ、だ」

アタシ達はそう言い合って、笑って、それから抱き合った。

 心配だ、なんて口には出さなかった。出してしまえば、とたんに弱気になってしまうような気がしてしまって。

お互いにそう思ってるってことは、十分感じ取れてはいるから、伝わっているようなものなんだけど…。

 切なくて、苦しいよ。

ほんとだったら、一緒に行って、レナを守りながら一緒にレベッカもアイナさんも助け出してやりたいよ…

その方が、よっぽど安心だし、それに。レナといるアタシは無敵なんだ。

どんなことにだって、どんな相手にだって負ける気はしないのに…あぁ、もう。

アタシもすっかり家庭人になっちゃったんだなぁ。

若い頃なんか、怖いモンなんかなんにもなかったのに…今は、死ぬことがどうしようもなく怖いよ。

レナ、あんたを悲しませちゃうかもしれないって思うと、キリキリ胸が痛むよ。

あんたが、死んじゃったらなんて思ったら、胸がつぶれそうになるくらいに恐ろしいよ…

そんなこと、現実にしないでくれな…隊長、レナを守ってやってくれよな…アタシの代わりに。

あんたなら、勤まるだろう?歳くったからできない、なんて言わせないからな…頼む、頼むよ…。

 そんなことを思いながらした、レナとのキスは、どっちのかわかんないけど、とにかく、鼻水の味がした。

キスをしてから、レナが噴き出して笑った。

仕方ないだろ、お互いに号泣してんだからさ。





186: ◆EhtsT9zeko:2013/06/27(木) 20:06:15.97 ID:asNSo3CW0

 「あんまり無茶はするんじゃないよ」

カレンがそう言ってくれる。

「うん、分かってる。そっちも、カレンも子ども達とロビンをお願いね」

「任せておきなよ。何かあったらこっちへ情報や連絡をしな。アヤの方に中継してあげるからさ」

「ありがとう」

 私は、北米のフロリダはセントピーターズバーグの空港にいた。ここは確か、8年前にクリスと初めて出会った街だ。

ロビーで、送ってくれたカレンにお礼を言う。

「ちゃんと帰ってきなよ」

カレンがそう言って私にハグしてくれた。私も、カレンの体を抱きしめ返す。

 泣きそうになったけど、我慢した。今は、そう言うのはダメだ。これから、向かわなきゃいけないところがある…。

「隊長も、レナを頼むよ」

私の体を離してから、カレンはすぐそばにいた、レオニード・ユディスキン元少佐、アヤのもともとの上官にそう言った。

「まぁ、こっちのことは任せとけ。悪いようにはしねえよ」

隊長は、本当に歳を取ったのか、もう40過ぎのはずなのに、あの頃とまったく変わらない容姿と、

自信たっぷりの顔で笑って返事をした。

 「じゃあな。帰って来るの、待ってるよ」

「うん。すぐに戻る」

カレンは私の返事を聞くと、少し名残惜しそうにしながら、飛行機を駐機させているエプロンの方へと歩いて行った。

その姿を見送った私は、隊長の方へと向き直る。

 「よろしくお願いします」

「まぁ、詳しい話は機内でしよう。急ぐんだろ?」

隊長はそう言ってくれた。





187: ◆EhtsT9zeko:2013/06/27(木) 20:06:51.89 ID:asNSo3CW0

 空港で私たちを待っていたのは、隊長だけではなかった。

さすが、と言うほかはないのだけど、隊長と連絡を取っていたフレートさんが、飛行機を調達して空港に駆けつけてくれていた。

フレートさんは、今はその整備を行っているらしい。

私は隊長に連れられて、カレンの機体が止めてあるエプロンから少し離れた駐機場に向かった。

 「おー!レナさん!久しぶり!」

駐機場で、機体の外回りをチェックしていたフレートさんが私たちに気付いて手を振ってきた。

「レナー!久しぶり!」

もう一人、明るい声が聞こえた。見ると、機体に登るステップの上にはフレートさんの奥さん、

元連邦軍人でマライアちゃんのために一緒に戦って友達になったキーラの姿があった。

「キーラ!」

その姿を見て、一瞬、心が緩んだ。懐かしくて嬉しくて、思わず笑顔がこぼれてしまう。

「なんか、大変な事になってるみたいね。困ったら言って!会社から必要なものは全部ちょろまかしてくるから!」

キーラがそう言って笑った。本当に、この人たちは頼りになる。フレートさんが、私の隣にいたレオナに気付いた。

誰だ?と言わんばかりの表情で私を見つめてくる。

 「隊長、フレートさん、キーラ。紹介するね。この子は、レオナ。連邦のニュータイプ研究所にいた…元、被験者さん」

「レオニーダ・パラッシュです。レオナ、と呼んでください。よろしくお願いします」

レオナは、驚くほど丁寧な感じに自己紹介をした。あれ、私たちにはもうちょっとフランクだったのに…緊張してるのかな?

 そんなことを思っていたら、隊長が笑った。

「『レオニーダ』、か。良い名前じゃねえか」

「あぁ…そう思う、って言っちまうのも、なんだか癪ですけどね」

隊長の言葉に、フレートさんが茶々入れをする。キーラがそれを聞いて笑った。名前?何か面白いところだったの?

…あ、そっか、隊長の名前が…

「俺はレオニード・ユディスキン。アヤの元上司だ。まぁ、楽に行こうぜ。安心しな。

 なんとかうまくいくように手だては整えてやっからよ」

そっか、隊長と同じ名前なんだな。レオナの方は、女性名だけど…

私はレオナをチラッと見やった。彼女はなんだか驚いている様子だったけど、不意にニコッと笑顔を見せた。

まぶしい、アヤみたいに明るい笑顔だった。そんなレオナの様子になんだかちょっと、ホッとした。

「俺はフレート・レングナー。アヤの元同僚。こっちは、キーラ。俺の妻だ」

「初めまして、レオナ!」

フレートさんとキーラもそう言ってくれる。レオナは、二人にも笑顔を返した。





188: ◆EhtsT9zeko:2013/06/27(木) 20:07:24.49 ID:asNSo3CW0

 「さて、挨拶はこれくらいにして、さっさと出ようや。時間が惜しい」

隊長がそう言って、ニヤっと笑った。

 飛行機が、フレートさんの操縦で離陸した。私はレオナと隣り合わせに座って、機体が安定するまでシートに身を任せている。

 レオナは、やっぱり、どことなく緊張した面持ちだった。どうしたんだろう、レオナ?

「緊張してるの?」

気になったので、聞いてみた。レオナは一瞬びっくりした様子をみせてから、戸惑い気味にコクッとうなずいた。

「大丈夫だよ。隊長も、フレートさんも頼りになるんだ。きっとうまくいくから」

私がそう言ってあげると、彼女は小さく、首を横に振った。

「そうじゃ、ないんです」

それから、掠れそうな小さい声で、そう囁くように言う。

 違うの?これからのことに緊張しているんじゃないんだ?じゃあなに?飛行機怖いとか、そう言うこと?

 私が疑問に思っていると、レオナは口を開いた。

「私、あんまり、地球の人に好かれる人間じゃないんですよ…その、ニュータイプ、だから」

そう言ったレオナの唇は、かすかに震えていた。

 あぁ、そっか。なんだか、納得してしまった。

この子は、小さい頃に地球に来て、連邦に監禁されたり、実験されたり、果ては、スペースノイドだから、って理由だけで、

ティターンズに追われ、研究所に追われて、捕まったり命の危険にさらされてきたんだ。

だからきっと、隊長達が怖いんだな…そんなこと、心配しすぎだって笑うのは簡単。

でも、とてもじゃないけど、そんなことをする気にはなれなかった。

 だって、彼女から伝わってくる緊張感は本物だ。とても軽い気持ちで受け止めたり、流したり出来る様なものではない。

それだけの目に遭ってきたんだ、彼女たちは…。

 なんだか、胸が締め付けられるような気持だった。寄る術もなく、物のように扱われてきた気持ちってどんななんだろう…

私が、父さんや母さんや、兄さんを亡くして、一人ぼっちだなって思ったときときっと似ているんだろうけど、

たぶん、それよりももっとつらくて悲しい時間だったはずだ。

それこそ、自分で自分の命を絶ちたくなってもおかしくはないくらいに…

 そんなことを考えていたら、いつのまにか、目からポロポロと涙がこぼれ出していた。

あぁ、私のバカ!泣いちゃダメだって思ってたのに…あぁ、なんでこんなに涙腺ゆるいんだろう、私…





189: ◆EhtsT9zeko:2013/06/27(木) 20:07:52.65 ID:asNSo3CW0

 「グスッ」

涙を同時に鼻もすすってしまった。やだな、これ。かっこわるいよ。

 鼻をすすった音で、レオナが私を見やった。そして、なんだかすごく驚いていた。

いや、まぁ、隣に座ってた私が急に泣き出したら、そりゃぁ、びっくりもするよね。ごめんね。

 私は深呼吸をしてから、何を伝えればいいのかを考えた。

もちろん、隊長達はレオナをそんなふうに扱ったりしないってのは、分かってる。

だって、同じニュータイプの私たちにこれまでも、今回も、こんなに良くしてくれてる。

レオナが出会ってきた人たちとは、別の括りの人種だと思ってもらったっていいくらい。

だけど、たぶん、そう言うことじゃないんだ。レオナが緊張してしまう理由は、隊長達がどうのこうのっていうより、

もっと、深い、これまで経験してきた辛いことの積み重ねがあるからなんだ。

私は、彼女になにを言ってあげられるかな…彼女の、何になってあげられるかな…

 「レオナ。レオナには、本国に家族はいるの?」

私はレオナに聞いた。レオナは、少し困ったような顔をした。

「私は…妹が、います」

「名前は?」

「…わかりません。妹が生まれる前に、地球へ連れて来られてしまったので…」

「そう…」

あまり、驚かなかった。なんとなく分かっていた。身近な人がいなかったんだろうって。

きっと、父親も母親の顔も、あまり知らないんだろう。

ジオンの研究所に、拉致されたみたいにつれてこられたのかもしれない…。

そうだよね…それなら、うん…きっと、安心してもらえるだろうな…





190: ◆EhtsT9zeko:2013/06/27(木) 20:08:21.06 ID:asNSo3CW0

「ね、レオナ。これが終わったら、一緒にペンションで働かない?」

私がそう言ってあげると、レオナはさっきよりもいっそう、驚いた顔をした。どうして、って表情で私を見つめ返してくる。

どうして、って決まってるじゃない。

「だって、あなたは、レベッカのお母さん、なわけでしょ?私も、アヤも、レベッカのことを他人だなんて思えない。

 それなら、レベッカを産んでくれたあなただって、同じ。

 産んでくれたあなたと、血のつながった私と、アヤと、レベッカはお母さんが3人だね。

 ふふふ、ロビンがうらやましがるかも」

ロビンのことだから、そんなことを言うよりも、「じゃぁ、レオナも私のママになって!」とか言いそうだけどね。

レオナは、なんだか呆然とした表情になってしまった。私は、それでもレオナに続けた。

「私たちは…家族。レベッカっていう子どもで結ばれた、家族なんだって思う。

 私たちのところに来てくれて、本当に良かった。

 きっと、その『声』の人は分かっていて、私たちとあなたを引き合わせてくれたんだよね…。

 だから、私はあなたを家族だって思う。私たちの居る場所が、あなたの帰る場所だよ」

「レナさん…」

レオナは目に涙をいっぱいに溜めて震えている。大丈夫だよ、レオナ。あなたは、ひとりじゃない。

私は、いつもアヤがしてくれるみたいに、レオナの頭を撫でてあげた。良かったかな…これで少しは安心してくれると良いな…

「隊長もフレートさんも、私ともアヤとも、古い付き合いなんだ。

 みんなとっても優しくて、それこそ、こんなことに手を貸してくれるような人たちだから…安心して。

 みんなで一緒に、無事に帰ろう」

そこまで言うと、レオナは顔を覆って静かに泣き始めた。

伝わったかな、私の気持ち…アヤは、反対するかな?ううん、するはずないよね。

だって、レベッカとレベッカを産んでくれたレオナだもん。

隊のみんなを家族だって言うアヤが、そんな二人を家族じゃない、なんていうはずがないんだ。

大丈夫、大丈夫だよ、レオナ。あなたもレベッカも、私とアヤがまとめて守ってあげるんだからね。





191: ◆EhtsT9zeko:2013/06/27(木) 20:09:02.82 ID:asNSo3CW0

 機体が安定するころには、レオナも私も落ち着いて、隊長がそれをみて作戦会議をしようといってそばにやってきた。 
「で、オークランドって確か、サンフランシスコのすぐそばでしたよね?」

「あぁ、そっか。地球の地理は分かんねえんだったな…そうだ。何の因果か、打ち上げ基地の目と鼻の先、だ」

隊長が苦笑いで言った。キャリフォルニア、か…

大変な事ばかりだったけど、今考えてみたら、なにもかも全部いい思い出のように思える。

また、あそこへたどり着くんだね…アヤはいないけど、その代わりに隊長もフレートさんも、キーラもレオナもいる。

レベッカを救い出して、私たちのペンションへ戻るんだ。

「幸い、昨日の夜の議会放送で、地球圏のティターンズは大わらわだ。

 議会で排除決議も通ったし、今は、ティターンズと言えど、これまでの権力を振りかざしにくくなっている。

 それでも、うちの社員が出向してたりするオーガスタに比べると、

 完全にティターンズの傘下だったオークランド研究所は比較的組織構造が整っているんだろう。

 その、レベッカって子をオークランドに移していたのは、これを予見していたのかもしれない」

キーラさんに操縦を代わって、客席へやってきたフレートさんがそう言う。

「逆に、抵抗されるとめんどくせえってこともあるな。一枚岩じゃねえオーガスタなら、無難に潜入することも出来たろうが…」

隊長が憎々しげにつぶやいた。

「オークランドも似たようなもんだと思いますよ。

 現に、うちの社内にもある程度のオークランド研究所の内部情報が出回ってます。

 一番影響力があるだけで、完全に掌握しているとは思えません」

「なるほど、なら、突くならそのポイントだな…ダリルのやつがいりゃぁ、どんな反則でもキーボード一つなんだがなぁ」

「その点は、俺もキーラも役には立てませんね。俺たちはどちらかっていうと、陽動に向いてる」

「弾幕に飛び込むのが仕事だったもんな、お前は」

「あ、ちょ!それ今言いますか!?」

 作戦会議をしてたのに、いつのまにか、隊長とフレートさんの昔話になってしまった。

まあ、こんなノリはいつものことだから気にしない。





192: ◆EhtsT9zeko:2013/06/27(木) 20:09:33.37 ID:asNSo3CW0

「で、潜入する方法ですけど…」

「あぁ、それなんだけどな」

私が口をはさむと、フレートさんが思い出したようにしゃべりだした。

「話を聞いてから少し、社内を調べてみたら、三日後に、うちのエネルギーキャップをオークランドに納入することになってたんだ。

 さすがに、俺はテストパイロットで部署違いだから、それを代わりに引き受けるわけには行かなかったけど…」

「そいつを事前に襲撃して、成りすまして潜入、か」

フレートさんの話に、隊長がそう付け加える。

「夜な夜な敷地内に忍び込むよりは、安心だと思いますけどね」

「そいつを利用させてもらうか。搬入のルートは分かってんだろうな?」

「恐らくは、本社工場からこの国道を使って街に入ると思います」

フレートさんが地図上を指し示して言う。

「なら、オークランドに入る手前を通る…」

隊長がそう言って、国道を南へと辿って行く。その先って…

「…あ、やっぱり」

「お」

「あぁ、そうですね…」

私たちがほとんど同時に声を上げたので、レオナが不思議そうな顔をしている。

あとで、私たちの昔話もした方がいいかもね、レオナには。

 「あとで話すよ」

私はそうレオナに笑いかけた。

 それにしても、こんなことってあるんだね。この場所って、何か、特別なのかな?良くわからないけど…

もしかしたら、何かがここにもあるのかもしれない。私はそんなことを考えていた。

 オークランドからストックトンまで西へ行き、そこから国道を南下して行くと、フレズノと言う街があって、

その先は、ベイカーズフィールド。

私と隊長たちが初めて会った、あの街がある。

 ここで、アナハイム社から出発した輸送車を乗っ取ろうという計画だ。

「あの店のオヤジさん、元気ですかね?」

「まぁ、あの様子だ。大方、地下組織にでも入って反連邦活動でもやってんじゃねえかとは思うがな…」

私たちが食事をごちそうになった、あのお店の店長さんのことだろう。

「と、すると、ロサンゼルスへ戻ることになる、か。まぁ、サンフランシスコへ直接降り立つよりは無難かな。

 そこで降りて、飛行機はキーラに向こうへ運ばせましょう。どっちにしたって、逃げる手だてがいる」

「いや、待て。モビルアーマーに追われたら手も足も出ねえ。その策はうまくねえな」

隊長が首を振った。

「なら、どうすんです?」

「考えがある。とりあえず、ベイカーズフィールドだ」

フレートさんの言葉に、隊長はニヤっと笑った。また、何かを考え付いてるんだろうな、この人。

 私は、そのしたり顔にそこはかとない安心感を感じながら、進路変更をする機体に身を任せて、気持ちを落ち着けた。

アヤ…そっちも、うまくやってね…





203: ◆EhtsT9zeko:2013/06/28(金) 19:57:57.63 ID:OJWBqZ2T0

 「アヤさん、ここに、その協力者って人が?」

ハンナが少し不安そうに話しかけてくる。ここはフクオカの街の路地裏。

怪しげな店が立ち並んでいて、行きかうやつらもガラの悪い連中ばっかりだ。

ま、アタシにとっちゃ、慣れた感じだったけどな。施設にいたころは、こんなとこばかりに入り込んで遊んでたし。

「あぁ、この先の飲み屋のはずなんだけど…」

アタシは、シローから指示のあった住所と、地図を見比べながら返事をする。ハンナはこんなとこ来たことないんだろう。

なんだかビクビクしちゃってて、ちょっと申し訳ない感じがする。

 不意に、目の前に人が現れた。痩せ細った、タッパのある男だ。

そいつの目はアタシらを品定めするみたいに嘗め回している。うーん、こいつじゃなさそうだな、シローの知り合いってのは。

 「悪いな、ちょっと約束あるんでそこどいてくれるか?」

アタシが押しのけようとしたら、男はそんなアタシの腕をつかんだ。

「まぁ、そう連れないこと言うなよ、お姉さん。俺たちと遊んでくんないか?」

男は品のない笑い方でそう言うと、アタシらの後ろに目配せした。そこには、別の若い男が二人。

ニヤニヤとしながら突っ立っている。ったく、騒ぎは起こしたくないんだけどな…

ま、こんな場所なら、別に憲兵も警察も治安部隊も来やしない、か。

「ハンナ、あんたやれる?」

アタシはハンナに聞いてみた。意味が分からなかったのか、彼女はおびえた瞳でアタシを見つめ返してきた。

あぁ、そうだった。こいつ、素人だったな、戦闘は。

アタシは、昨日の夜、ペンションに入ってきたハンナのことを思い出した。

拳銃先に突っ込んだら、抑えられちゃうだろう、ハンナ。ああいうときは、まずは視界を確保するのが優先なんだよ。

 そんな講義を後でしてやらなきゃな、と思いながら、

アタシは握られた腕を払いのけるとそのまま踏み込んで、反対の腕を振り上げながら拳を男の顎の真下からたたきつけた。

舌、噛んでなきゃいいけどな。

「がっ…」

男はそう呻いて二、三歩後ずさる。

「この女!」

後ろにいた男たちのいきり立った声が聞こえる。挟まれるのは、ちょっとうまくないよな。

アタシは目の前でよろめいている男の下腹部を思い切り蹴りつけて昏倒させ、ハンナの手を引いてその上を飛び越した。

 向き直って迎撃だ。

「ハンナ、アタシの後ろを離れんなよな」

ハンナを背中側に押しやって、そうとだけ言った。残りの男二人がとびかかってくる。

まったく、こいつら、こんな風体でケンカ慣れすらしてないのかよ。

 アタシは真っ先に飛びかかってきた方のヤツの顔面に拳を突き出した。メリっと鈍い音がして衝撃が走る。

あぁ、鼻潰しちまった。男はそのまま地面に崩れて悶絶する。

そのすぐ後ろから来た最後の一人はアタシを羽交い絞めにでもするつもりだったんだろう、腕をグッと伸ばしてきた。

バカだな。そんなことしたら…

 アタシはその腕を取ってひねり上げた。こうなっちゃうだろ?

男がそれでも抵抗しようとするので、迷うことなくその腕を思い切りひねってやった。グキっと鈍い音がした。

あーあ、大人しくしてればよかったのに…間接外しただけだから、許せよな。





204: ◆EhtsT9zeko:2013/06/28(金) 19:58:31.02 ID:OJWBqZ2T0

 アタシは手を離して、転がった男をけっぽってから背を向けた。ハンナが、すごい顔してアタシを見ていた。

「あの…アヤさんて、なんなの?」

「あぁ、えーっと、元連邦のパイロット?」

「そ、それは昨日聞いたけど…」

ハンナは、あわあわと口をパクパクさせてあっけにとられている。なんか、レナみたいなリアクションだな、あんた。

 そんなことを思っていたら笑えてしまった。

「なんでも、噂じゃあ、ジャブローの暴君、とか、連邦の鬼神、なんて通り名があったらしいよ」

まぁ、うちの部隊のそばでは、の話だけど。アタシの話を信じちゃったのかどうなのか、ハンナは目をぱちくりさせて

「そ、そうなんだ…」

とつぶやいていた。

 「へぇ、すごいな…」

そんな感嘆がどこからか聞こえた。見ると、そばにあった看板の陰から、ひとりの女が姿を現した。

女は、手に何かを持っている。紙切れ?いや、写真か?

「あなたが、アヤ・ミナト?」

女はアタシの名を呼んだ。あぁ、こいつが、シローの知り合いっていう?

「そうだけど」

アタシが返すと、女は少しほっとした様子で笑った。

「そっか。会えてよかった。あたしは、キキ。キキ・ロジータ」

「キキ?シローの子と、おんなじ名前だな」

「あぁ、そうさ。あたしの名前から取ってくれたんだ」

なにか嬉しかったのか、キキはニコッと笑った。まぁ、悪いヤツって感触はない。こいつで間違いなさそうだな。

「ほら、シローに写真を預かったんだ」

キキは手に持っていた写真を見せてきた。

それは、ペンションで撮った、アタシとレナと、アイナさんに子どものキキの4人が写った写真だった。

あぁ、これもう、ずいぶん前のだよな。確か、レナが妊娠してたくらいに撮ったんだ。やっぱり、間違いなさそうだ。

「悪かったね。こんなに物騒な街だとは思ってなかったんだ。あたしも、危うく狙われるところだった」

キキは悪びれた様子で言う。

「いや、これくらい、大したことはないよ。でも、落ち着いて話を出来る様な感じの場所ではないよな。どこかに移るか?」

アタシが聞くと、キキはかぶりを振って

「空港に飛行機を待たせてるんだ。話は、その中でしよう」

と言って笑った。うん、アタシ、この子は好きなタイプだな。付き合いやすそうな助っ人で助かるよ。

カレンみたいなやつだったら、どうしようかと思ってた。

あ、いや、別にカレンがイヤってわけじゃないんだけどさ。仲良くなるまでに時間かかると、めんどうだからな。





205: ◆EhtsT9zeko:2013/06/28(金) 19:59:09.65 ID:OJWBqZ2T0

 アタシはいまだにすこし呆然としているハンナの手を引いて、キキのあとについて路地を抜けた。

大通りでタクシーを捕まえて、10分もしないうちに空港へたどり着く。

 空港に着いてから、改めて自己紹介をした。

ハンナがあの基地から来て、子ども達を連れて逃げ出したこと、逃げ出してからのことを話すと、キキは顔色を真っ青に変えた。
どうしたのか、と思ったら、彼女はハンナの目をじっと見て

「あれは、あたしが手引きしたんだ。あのちび達を、アイナがどうしても助けたいっていうから…」

と口にした。

「だけど、うまくいかなかった。ちび達だけでも、助けてくれてよかったよ…

 それから、あなたの恋人の、マークさんは、本当にごめん。

 あたしがうまくアイナをサポートできなかったせいで…そんな目に…」

キキは、涙をこらえていたんだろう、奥歯をギリッとかみしめた。

ハンナをチラッとみたら、彼女は特に怒るでも、キキを責めるでもなく

「ううん、私たちは、私たちがしようと思ったことをしただけ。

 あの爆発や停電がなかったら、助け出すこともできなかった。感謝してるわ」

と穏やかな口調で言った。良い奴だな、ハンナの方も。なんだか、笑みがこぼれてしまった。

不謹慎かと思って、何とか口元を引き締めてから、キキを急かして飛行機へと向かう。

 エプロンの駐機場に止っていたのは、なんだか、偉く古めかしい機体だった。

双発の、小型のレシプロエンジンを両翼につけた機体だ。

機体の腹側が船底みたいな形をしているし、そういや、機体の両脇から妙な形のドロップタンクみたいのもぶら下がっている。

待てよ、これって、飛行艇ってやつじゃないのか?この宇宙世紀にレシプロで、しかも飛行艇だなんて…

場所さえ違えば、博物館に展示してあっても驚かない逸品だ。飛行艇か…水上走行に離着陸ができて飛べる…

うちのペンションでも導入できないかな…無理か、高そうだもんな。

 「ずいぶんと、レトロなんだな」

アタシが言ってやるとキキは

「あたしは、東南アジアの民間ゲリラの生き残りなんだ。ツテはあるけど、金はない。

 村も、何も、みーんなティターンズにやられちゃってね…別に、やつらに反抗したわけでもないのに。

 生きるために、カラバやエゥーゴに頼まれた偵察をしたくらいで…あんなこと…」

と悔しそうに眉間にしわを寄せてつぶやいた。こいつは、余計なこと聞いちゃったな。悪いことしたか…

 「まぁ、整備は済んでるし、腕の立つパイロット兼コーディネーターも雇ったからさ。力を貸してくれよ」

キキはすぐに自分を切り替えて、アタシにそう言ってきた。勘違いするなって。アタシが助けてやるんだ。

感謝も頼みごともされる筋合いがないんだって。頼みたいのは、むしろアタシからなんだ。

「アイナさんは、アタシの友達だ。あんたやシローに頼まれなくなって、助け出す。変な気は使わないでいいよ。

 こっちこそ、手だてを用意してくれて感謝してるんだ」

アタシが言ってやると、キキはすこし嬉しそうな顔をした。





206: ◆EhtsT9zeko:2013/06/28(金) 19:59:43.70 ID:OJWBqZ2T0

「コーディネーターって?」

キキのさっきの言葉に、ハンナが反応した。そう言えば。コーディネーターってなんだ?

いったいなにをコーディネートするんだよ?

「あぁ、戦闘諜報コーディネーター。まぁ、傭兵と言うか、金で雇う指揮官、みたいな感じかな」

 へぇ、前線に出ないで後方で支援する傭兵ってとこか。そんな商売もあるんだな。

 飛行機の中に乗り込む。中は、割ときれいにレストアされていた。

もしかしたら、どこかのコレクターが保管してたものかもしれないな、この感じは。

ホントに、博物館においてあるみたいにピカピカに整えられている。

これなら、エンジンの方も元気に回ってくれるってのもうなずける。

 「おっさん、頼む、出してくれ」

キキがパイロットに向かって怒鳴った。

「おっさんと呼ぶなと何度言ったらわかるんだ小娘。お前だけ上からパラシュートなしで突き落とすぞ?」

「ふざけんな、おっさん!金払ってんだから、黙って従いな!」

言い返してきた「おっさん」にキキも負けずに言い返す。はは、そう言う勢い、嫌いじゃないなぁ。

 …あれ?

ていうか、おっさん…あんた…聞いた声だな。

「おい、おっさん、あんた操縦大丈夫なんだろうな?」

アタシも「おっさん」を野次ってみる。「おっさん」はエンジンを始動させ、機体を滑走路の端へ移動させながら

「当たり前だ。そこいらの若いパイロットなんかとは比べものにすらならん」

やっぱりだ…こいつ間違いない。

「で、この飛行機はどうしたんだよ?あんたがかっぱらってきたのか、おっさん?」

アタシがそう言ってやったら、「おっさん」はコクピットからこっちを振り返った。

「アヤか!?」

「よう、久しぶりだな、ダリル!いや、おっさん!」





207: ◆EhtsT9zeko:2013/06/28(金) 20:00:11.82 ID:OJWBqZ2T0

 ダリルが機体を滑走路の端に止めた。管制塔と何かを話して、すぐに機体を離陸させる。

高度を上げているダリルにアタシは話しかけずにはいられなかった。

「あんたが傭兵の真似事なんてな」

「物騒な言い方をするなよ。俺はあくまでコーディネーター。作戦を提示して、あとは基本的にはなにもしない」

ダリルは不満そうに言った。それから渋い顔をして

「しかし、そうか。お前が噛んでんのかよ。こりゃぁタダ働きするしかなさそうだな。

 おい、小娘、こっちの女に良く感謝しとけよ」

とキキに言った。

「あんた達、知り合いなのかよ?」

キキも驚いた顔をしている。

「腐れ縁だな、ここまで来ると」

ダリルがそう言って笑った。その言い草になんだかアタシも可笑しくなった。確かに、これは腐れ縁だ。

「連邦にいたころ、同じ部隊の同期だったんだよ。悪ガキコンビでさ」

アタシは笑いながらキキとハンナにそう説明した。ハンナはクスッと笑ってくれた。

「で、どういう状況なんだよ?」

ダリルがそう聞いてくる。

「コーディネートしてるんだろう?当ててみろよ」

「捕まってるって女が、お前の知り合いなのか?」

「ご名答」

さすがはダリル。物わかりが早くて助かる。

 「8年前に、途中まで一緒に逃げてた人なんだ。戦争が終わってからも、家族ぐるみで付き合いがあったんだけどさ」

アタシはこれまでの経緯と、子ども達とアイナさん達の関係もダリルに説明する。

するとダリルは、急に声を上げて笑い出した。

「なるほど、な。つまり、あれだ。俺たちは8年前と同じことをしようとしてるってことだな」

「まぁ、状況に差はあれ、そうなるな」

アタシが肩をすくめると、ダリルはニッと笑った。

「それなら、すこし真剣にならないとまずいな。しくじるわけには行かない」

「ちょっと待て!あんた、この人じゃなかったら手を抜くつもりだったのかよ?!」

キキが急に顔色を変えてダリルに食って掛かった。

「いや、そうじゃねえけどよ。こいつを巻き込むと、ロクなことにならねえんだよ」

ダリルは笑う。

 まぁ、あんたにはそう言われても仕方ない。

これまでのことを考えりゃぁ、あんたとアタシが揃って、ロクなことした試しがないからな。

いつのまにかアタシは、すっかり安心してしまっていた。まるで、昨日、カレンと庭を警戒したあとと同じような心持ちだった。
ダリルとは、どんな危険なことも、ちょいちょいっと抜け道をついてやってきた。

こいつとアタシが揃えば、隊長だって出し抜けたかもしれない。

 待ってろ、アイナさん。すぐに行くからな。それまで、殺されるなよ。死ぬなよ。

うまく生き抜いててくれ。絶対に、アタシが助け出してやるからな…!





208: ◆EhtsT9zeko:2013/06/28(金) 20:05:10.01 ID:OJWBqZ2T0

 あの時と同じ、乾いた少し冷たい風が吹いている。

私たちは、ベイカーズフィールドの街の入り口にいた。

あのときお世話になったバーの親父さんはすこぶる元気で、

あたし達がついてすぐに取り寄せられないかお願いした連邦軍の制服を奥の倉庫からたくさん出してきてくれた。

これを着込んで、今は検問の真似事の真っ最中だ。

 フレートさんの情報によれば、もうじきここにオークランド研究所へ向かうアナハイム・エレクトロニクスのトラックが

通るはず。それを奪って、研究所へ潜入する計画だ。

 「レナさん」

隣にいたレオナが話しかけてきた。

「ん、どうしたの?」

私が聞くとレオナは恥ずかしそうな顔して、

「さっきの話、うれしかったです。その…ありがとう」

なんて言ってきた。ふふ、なんか、くすぐったいな、そう言われちゃうと。

「いいんだよ。本当のことだもん。むしろ、レベッカ助けても、私たちのことなんて知らないだろうし、

 ずっと育ててくれてたレオナと一緒じゃないと、きっとかわいそう」

「そうでも、ないと思いますよ」

レオナはそんな意味深なことを口にした。どういうこと?

「たぶん、あの子は知ってると思います。レナさんや、アヤさんのこと。

 ロビンちゃんが、私のことを知っていてくれてたように…」

そう言えば、そうだ。ロビンは、レオナのことを知っていた。レベッカのことも知っていた。

あの時は驚いたけど、でも、そうなのかもしれないね。

 そうでなくたって、子どもって不思議な力っていうか、そう言うのを持ってたりするっていうし、

それが、殊、ニュータイプの姉妹なんてことになったら、いろんなことを共有し合っていてもあんまり不思議じゃない。

私とアヤでさえ、ちょっと離れてたって、その気になったら、なんとなくお互いのことを感じられるんだ。

ロビンに至っては、家の中のどこにいるか、くらいはすぐに分かっちゃう。

血のつながった、二人なら、もしかしたら、私たちのことも共有しているのかもしれない。

そうだったら、なんだか嬉しいな。

 思わずこぼれてしまった笑みを見て、レオナも笑った。亜麻色の髪が、風に揺れていて、すごく穏やかに見えた。





209: ◆EhtsT9zeko:2013/06/28(金) 20:05:45.43 ID:OJWBqZ2T0

 「来たぞ」

隊長の声がした。道路の向こうに目をやると、そこには一台のトラックがいた。

ギュッと胸が締め付けられるような緊張感が私を襲う。

「打ち合わせ通りにね。俺と隊長で、乗ってるのを引き摺り下ろすから、キーラ達は荷台の確認を頼むよ」

フレートさんが作戦を確認する。私とレオナは黙ってうなずいて弾の込められた自動小銃を握りなおした。

 隊長が道路にバリケードを広げてゆく手をふさぎ、道路の真ん中でトラックに止るよう手を振る。

そばまで走ってきたトラックは、ほどなくして停車した。

 ふぅ、と一息つく。こんなときは、いつも緊張してしまう。

アヤと一緒に居て、慣れてきた部分はあったけど、それでも、何事もないように振る舞うのは一苦労だ。

「ライセンスを拝見します」

隊長が運転席に座った男に言っている。フロントガラスの中には、男が二人見て取れる。

私とレオナ、キーラで荷台の方に回って、コンテナのロックが開くのを待つ。

カチっと音がして、ロックが開いたのが確認できた。私とキーラが銃を構えて、レオナがそっとコンテナのレバーに手をかけた。

グッと、銃を握る手に力がこもる。警備みたいな人が乗っていても、いきなり撃ってくるようなことはないとは思うけど…

でも、そうは言ったって緊張する。

 レバーを引いたレオナが、ゆっくりとコンテナの扉を開いた。

中には、梱包されたタンクのようなものがぎっしりと詰められていた。人が乗っている様子はない。

「な、なにするんです!」

そんな声が聞こえてきた。隊長たちもうまくやったみたいだ。

すぐに、縛り付けられた男二人が、フレートさんに連れられて来た。私とキーラさんで荷台に放り込むと、

そのまま運転席へ回って乗り込んだ。

 運転席の中は意外に広くて、二つのシートの後ろには、仮眠用だと思われる長いソファー型の座席があった。

私たち3人なら楽に座れる。そこで連邦の制服を脱いで、フレートさんが用意したアナハイム社の係員の服装に着替える。

 うまくいった。ふぅ、とため息が出てしまった。

「なんだ、レナさん、緊張してた?」

フレートさんが話しかけてきた。

「そりゃぁ、緊張しますよ!アヤとは違うんですよ?!」

そう言って抗議したら、フレートさんは笑って

「そうだったな、悪い悪い」

と本当にそう思っているのかわからない様子で言って、笑った。もう、失礼しちゃう。

 トラックを街の中に走らせて、バーの親父さんに礼を言ってから、北へ向けて出発した。

一晩走れば、オークランドの街につくだろう。そこで後ろの係員たちは放置して、そのまま研究所へと向かう。

次の関門はそこだ。





210: ◆EhtsT9zeko:2013/06/28(金) 20:06:19.94 ID:OJWBqZ2T0

 「そう言えば、隊長。逃げ出す算段の方はどうなってんです?そろそろ教えてくださいよ?」

「あぁ、そうだったな。あそこには、例の旧軍工廠があったろ?」

 その場所は、マライアちゃんやソフィアを守った、あの戦場のことだ。

「ジェニーに言って、あそこに戦闘機を運ばせてる」

ジェニー、ユージェニーさんのことだ。キーラさんが所属していた隊の元隊長で、アヤの隊長の奥さん。

そう言えば、話に出てこないと思ったら、そんな手を回していたんだ…これは頼もしい。

「なるほど…オークランドからはそれほど距離もない…」

「事前に調べたが、あそこは相変わらずの廃墟らしい。何かを隠しておくには絶好の場所だ」

オークランドでレベッカを取り戻したら、キャリフォルニアベースの近くの隠し塹壕から地下ルートを通って、

旧軍工廠へ行くつもりなんだ。あの日、HLV発射を援護したフェンリル隊が通ってきた秘密通路…

もうずいぶん時間が経っているけど、隊長が調べた、と言うからには、つかえてしまうんだろう。

戦闘機なら、勝てはしなくてもモビルアーマーに追いつかれる心配はない。

ここには腕の立つパイロットが三人もいるんだ。逃げ切るくらい、なんとかなるはず…さすが、隊長。

話を聞くだけで、逃げ切れるような気がしてきたよ!

 「それよりも、レオナさん。中での動きを決めたいんだが、レベッカの居場所は分かるのか?」

隊長がこっちを向いてレオナに聞いた。

「詳しい場所は着いてからでなけれなわからないと思います…」

「あぁ、『声』を頼りに、ってことになるんだな」

レオナの言葉に、隊長は言った。

「はい…」

レオナは少しおどおどしながら答える。大丈夫だよ、レオナ、怖がらなくっても。

「研究所内で出たとこ勝負、か。避けたいところだな…」

「せめて、見取り図さえあれば、ってところなんですけどね…」

二人が考え込んでしまう。

 確かに、そこが一番重要だ。中に入っても、レベッカを見つけられなければ意味がないし、

バレてこっちがつかまるようなことになったら、何をされるかわからない。穏便に事を運びたいけれど…





211: ◆EhtsT9zeko:2013/06/28(金) 20:06:53.98 ID:OJ