技術コラム: 人工ロジウムは錬金術か? ~勝利の秘訣は電子のコントロール
京大・北川教授が発表した人工ロジウム触媒。「貴金属ロジウムとほぼ同じ性質の合金を創り出した “錬金術” 」のような紹介をされていますが、本当にそうなのでしょうか? 本記事ではこの技術の真の価値を探るべく、原理やライバル技術などを詳細に調べてみました。
現代の錬金術の登場?
安い金属から貴金属を作り出そうとした錬金術。科学の発展には大きく寄与したものの、目的は叶いませんでした。本当の “錬金” が実現されたのは、核物理が発展した20世紀。加速器により原子へ荷電粒子をぶつけることで、別の原子へと変換できるようになりました。しかし、普通に買うよりも超高コストで超少量しか得られない、という点では目的はまだまだ未達です。
そんなところに現れた、新たなる錬金術候補? それは、京都大学・北川宏教授のグループが研究開発している “元素間融合” です。今回の成果は 「周期表でロジウムの両隣にあるルテニウムとパラジウムを、原子レベルで混ぜ合わせ、ロジウムを超える触媒能力を得た」 というものです。
プレスリリースではこの合金を “人工ロジウム” と呼んでいます。原料価格はロジウムの1/3程度となります(1グラム当たりの取引価格@2014/1/24:ロジウム 3800円, ルテニウム 200円, パラジウム 2600 円)。
元素間融合による新機能開発のイメージ
(JSTのサイト・北川宏教授のCREST採択事業の説明より引用)
お分かりかと思いますが、ロジウム原子そのものを作り出した訳ではありません。「ある触媒能力においては、ロジウムと同等以上の合金が得られた。原因は、合金の電子構造がロジウムに近いことかも」という話です。これを一般向けに分かりやすく “人工ロジウム” と表現したと思われます。
別の金属を作り出していない以上は、錬金術そのものではありません。しかし、通常では得がたい特性を、比較的安価な材料の組み合わせによって創り出す、という点は錬金術の本来の目的とも言えます。本記事では、この “錬金” の詳細について探っていきます。
混ぜることは意外と難しい
異なる金属を混ぜ合わせて特性を発揮する、というとカンタンで当たり前に聞こえるかもしれません。実際、この考え自体は珍しいものではなく、世の中には様々な組み合わせの合金があふれています。例えば、鉄(Fe)とコバルト(Co)がキレイに混ざり合った「パーメンジュール」という合金。混ぜる前よりも磁力が強くなるため、一部の製品では欠かない材料です。
では、元素間融合のスゴイ点はどこに有るかというと「原子レベルでムリヤリに混ぜ合わせる技術」です。実は、今回のルテニウム(Ru)とパラジウム(Pd)は、Fe-Coとは違って、キレイに混ざり合うことの無い組み合わせなのです。
Ru-Pdの合金状態図。合金の温度と混ぜ合わせた比率によって、どのような状態になるか分かる
(二元合金状態図集[アグネ技術センター, 著者:長崎誠三,平林眞] p.247の図を基に筆者作成)
この図は、金属の混ざり方が分かる合金状態図というものです。詳しい見方は省略しますが、ご家庭に高周波誘導加熱炉などをお持ちのセレブなお方は、図を見ながら次のレシピをお試しください。
[材料: RuとPdの金属粉 (同じ原子量をお好きなだけ)]
・よく混ぜた材料の粉を、Ruの融点(2334℃)以上に加熱し、完全に融かして混ぜ合わせます
・融液を取り出して冷ましていきます
・2000℃あたりから、金属融液の中にRuの結晶がポツポツと現れて、成長していきます (1)
・1583℃になると、先ほどのRu結晶を取り囲むようにPdの結晶が現れ、全体が固まります (2)
・最終的には、RuをPdが包み込んだ構造となり、原子レベルでは混ざりませんでした (3)
融けた貴金属(白金)の鋳造シーン。英ジョンソン・マッセイ社
(Platinum Metals Review, Volume 53 Issue 4 “Melting the Platinum Group Metals” Fig.4より引用)
残念ながら、苦労して融かして固めてみても、キレイには混ざりませんでした。では、どうやって混ぜ合わせれば良いのでしょうか。
混ざらないけど、ムリヤリ混ぜ合わせよう
北川教授のグループはボトムアップ(原子1個1個をくっつけていく)手法で、混ぜ合わせに成功しました。大まかな合成レシピは次のとおりです。試薬と実験器具をお持ちの方はお試しください。
材料1:Ru原料(塩化ルテニウム[RuCl3]水溶液)、Pd原料(テトラクロロパラジウム酸カリウム[K2PdCl4]水溶液)
材料2:アルコール(トリエチレングリコール[C6H14O4])、分散剤(ポリビニルピロリドン[(C6H9NO)n])、還元剤※
・材料1をよく混ぜ合わせて、スプレー容器へ入れます (原料液A)
・材料2をよく混ぜ合わせて、200℃に加熱します (アルコール液B)
・アルコール液Bに原料液Aをスプレーします
・RuとPdが原子レベルで混ざったナノ粒子のできあがり♪
(作り方のコツ:材料1の原料比率を変えれば、合金中のRu:Pd比率もコントロール可能です)
この方法のベースは液相還元法と呼ばれるポピュラーなものです。ただし、通常の液相還元法では、本来は混ざりにくい金属同士が混ざることは有り得ません。しかし、今回の方法では、RuとPdが原子レベルで均一に混ざり合うのです。
この魔法のタネは原料液のスプレー供給にあると思われます。「原料液を微細な霧状で還元剤へ供給することで、1滴1滴の中で原子1個から成長し始める粒子は、すぐに分散剤に取り囲まれる。結果として、RuとPdが分離する間もなく微細なナノ粒子として固まる」が主なメカニズムだと筆者は推察しております。また、薬品の組み合わせや、細かな実験条件にもノウハウが有ると思われます。
隣同士くっつけたらできました、って、いろいろとびっくりだわ。
単純な発想を実現したその努力も凄い。
しっかりした解説ありがとうございます。
思ったよりも複雑で難しい話しでした。
液滴から合金を作るなんて方法で安定したものができるというのが専門外の人間にはイメージしづらいです。