モバP「いいお酒が手に入ったので」【前半】|エレファント速報:SSまとめブログ
モバP「いいお酒が手に入ったので」【前半】
- 1:1 ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 12:28:08.19 ID:NydPH/AC0
P「今度……って……」
あの人と目が合う。
やられた。またか。
P「楓さん。……いつも以上にシッポ振り切れてますね」
そう言ってあの人は苦笑した。
別に「酒」という言葉に過剰反応してる訳じゃない。
あの人の言い方に釣られるのだ。
きっと前世は、性悪ないじめっ子だったに違いない。
楓「Pさん……楽しそうですね」
釣られた腹いせをぶつけると、あの人の苦笑は堪え笑いに変わった。
P「いや、だってノーディレイで反応してましたもん。……実に見事だな、と」
そう言ってまたくつくつと笑う。悔しい。
なにが悔しいって、釣られたことよりあの人の笑う姿が素敵に見えることだ。
ああ、やっぱり好きなんだな。と。
楓「で? いつにします?」
あの人は手帳をめくりながら言う。
P「そうだな……この日なら雑誌のインタビューだけだし、夜でどうです?」
手帳の先、指で示された日付を確認した。意外ときれいな字を書くのね。
楓「わかりました。それじゃ」
私は、とびきりの笑顔を貼り付ける。
楓「楽しみにしていますね?」
皮肉たっぷりの笑顔に、あの人は
P「はい。楽しみにしてください」
と、とびきりのドヤ顔で答えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 3:1 ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 12:33:54.43 ID:NydPH/AC0
出会いは、さほど劇的なものでもなかった気がする。
……いや、居酒屋からアイドル誕生なんて、ちょっとは劇的かも?
そう。
あの人とは居酒屋で知り合った。わりとどこにでもありそうな話だ。
ただ、あの人がプロデューサーだったというだけ。
焼ホッケが美味しそうだった。ホッケに釣られたのだ。
なんともリーズナブルな出会いではないか。
楓「ホッケ、美味しそうだな……」
誰に宛てたわけじゃなし、ひとりつぶやいてると。
P「脂のっててうまいですよ! 大将のお勧めだし!」
そんな返事がかえってきた。
楓「……え?」
P「だよね! 大将!」
カウンター越しに、居酒屋の大将と会話している男の人がひとり。
正直『なんだ? こいつ』と思った。
『誰この人』じゃない。『なんだこいつ』だ。
大将「いいのが入ったからね! あとひとつしかないけど!」
我ながら釣られやすい体質だな、なんて思いつつ。
楓「じゃあ、最後のひとつ。いいですか?」
あの人と同じものを注文した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 4:1 ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 12:35:04.66 ID:NydPH/AC0
楓「あ……おいし……」
大振りのホッケは身がふっくらして脂がよくのっていた。日本酒がすすむ。
私は二合徳利をもうひとつ注文した。
あの人はニコニコしながら、皿の料理を平らげる。
楓「あんまりお酒飲まれないんですね?」
私は隣のホッケ男に声をかけた。
なんで声をかけたんだろう? 普段は私から会話を切り出すなんてことしないのに。
きっとホッケが美味しいせいだ。そうに違いない。
ホッケ男は「いやあ」なんて頭をかきながら言った。
P「実はお酒弱いんですよね」
その時、私はきっと微妙な顔をしていただろう。
居酒屋なのに?
お酒飲まないなんて?
ひょっとしてひとり飯?
さびしさ満喫中?
失礼極まりないことを考えているところ、ホッケ男は言葉をつないだ。
P「弱いんですけど、飲めなくはないですよ? それに」
楓「それに?」
P「こういう雰囲気、大好きなんですよね」
楓「ああ、なんか分かりますね」
P「賑やかで活気があって。まあ、静かなとこもいいんですけどね」
- 5:1 ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 12:35:45.09 ID:NydPH/AC0
はじまりの会話は、とてもありきたりだった。
あの人の話が止まらない。
大将と同郷だということ。
一人暮らしだということ。
つい何度も食事に来てること。
裏メニューがあること。
……裏メニュー?
楓「よくある、まかない飯、みたいな?」
P「いえいえ、そうじゃなくて」
どうやら大将と同郷なのをいいことに、だいぶわがままを言っているみたいだ。
P「大将がね? 今度なに食べたいよ? って。そう言ってくれるんで」
大将「いやー、やっぱ後輩は大事にしないとさ」
P「そんな訳で、好意に甘えてるんですよ」
大将「いや、俺も自分の食いたいやつ仕入れてるし。お互い様だ」
P「ありがとうございます、大将」
ああ、なんかうらやましいな。
そんなことを思った。
私もこっちに出てきて、だいぶ経った。一人暮らしも慣れた。
同郷の友達とは疎遠になってるし、モデル仲間とはつかず離れずの関係。
仕事にやりがいがあるから続けてるけど、ちょっとさびしいと思うこともある。
だから、時々こうして飲んでいる。
なんとなく賑やかな居酒屋にいると、ぼっちじゃないって、思う。
我ながらさびしんぼぶりを発揮しているな。
- 6:1 ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 12:36:16.83 ID:NydPH/AC0
大将「こいつ仕事が忙しいから、食うのも不規則だしな」
P「仕方ないですよ。そういう仕事ですし」
大将「ま、俺がかわいい後輩のために、手料理を振舞っているわけだ」
P「メニューにあるものは手料理とか言いません」
楓「失礼ですけど、お仕事はなにを?」
P「ああ! そうでしたね!」
あの人は、胸ポケットから名刺ケースを取り出した。
P「こういうものです」
そこにはアイドル事務所の名前と、プロデューサーの肩書き。
P「よかったら、アイドル、やってみませんか?」
なに言ってんだこいつ?
私は思考停止した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 7:1 ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 12:37:06.35 ID:NydPH/AC0
楓「いえいえ。実はですね」
私も名刺を取り出す。
自分の所属事務所と名前、そして連絡先。
私みたいな、いわゆる『マネキン』はセルフプロデュースが基本だ。
コネの世界なのだ。
自分という素材を、売り込む。
些細なつながりでも、仕事を生むなら全力だ。
P「あ! ああ! はいはい。あそこですかー。なるほどなるほど」
どうやら理解してくれたらしい。
私は素材。アイドルのお手伝いならできますよ、と。
ところが。
P「そっかー。なら話は早いな」
彼はかばんから手帳を出すと、あわててめくりだす。
P「じゃあ、こちらから高垣さんの事務所へ電話します。ちょっと時間ください」
心の中でガッツポーズ。仕事ゲット!
そんな打算の斜め上を、あの人は走る。
P「高垣さんのプロデュースできるの、楽しみにしていますね」
私は再び思考停止した。
- 8:1 ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 12:37:46.19 ID:NydPH/AC0
そこから先はあまりよく覚えていない。
ただ、大将がその場で作ってくれた裏メニューのカレーが美味しかった。
カレールーを包丁でごりごり切っているのは、少しシュールに見えた。
中華なべでカレー。しかも15分くらいで。
大将「やっぱりカレーはバー○ントだよな!」
そう笑いながら出してくれたカレーの味は忘れられない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2013/06/21(金) 12:57:05.48 ID:eHevCZF7o
高垣楓(25)
- 16: ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 17:45:36.75 ID:NOw4QxS90
数日後。
社長に呼び出されたと思ったら、突然移籍を言い渡された。
楓「は? ど、どういうことです?」
なにかやらかしただろうか?
頭の中を『無職』の文字が駆け巡る。
冷静に考えれば、移籍なのだから無職はありえないのだけど。
その時は、自分の生活について考えるのが精一杯だった。
社長「実はな。先方からぜひに、と言われてなあ」
なぜか社長はニコニコと笑みを浮かべていた。
話をよく聞いてみると、この前のホッケ男の事務所へ移籍、ということだった。
急にホッケの脂とカレーの味が蘇ってきた。
ホッケ男、なかなかやるな。
実は豪腕の持ち主なのかと、感心した。
社長「あちらの社長は、ここを立ち上げる前に働いていた事務所の先輩でね」
豪腕でもなんでもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 17: ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 17:48:25.38 ID:NOw4QxS90
とはいえ、CGプロの社長とは面識がない。
なにか釈然としないまま雑務を整理し、一ヶ月ほど引継ぎを行って。
私は事務所を円満退社した。移籍だけど。
驚くほど穏やかな移籍だった。もっと揉めるかとワクワクしたのは秘密だ。
そしてCGプロへ足を踏み入れることとなった。もちろん社長も一緒。
あちらの社長は、なぜかうちの社長に雰囲気が似ていた。
同じ釜の飯の間柄なら当然かも。
形式的な挨拶を交わし、ひたすら長い世間話に耐えながら、本題を待つ。
CG社長「ということで、よろしくお願いしますね」
しまった。
肝心の本題がスルーしていった。
楓「は、はい! よろしくお願いします!」
あわてて取り繕いの挨拶をする。
モデル事務所社長「しっかりやってくれよ、な? ……テレビの前で楽しみに待ってる」
はい社長。今までありがとうございました。
でもテレビの前で待機するのはやめてください。
私は、違う事務所所属という立場を実感しきれないまま、お世話になった社長を見送った。
- 18: ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/21(金) 17:49:23.93 ID:NOw4QxS90
CG社長「それで高垣さん。さっそく貴女の担当を紹介したいのですが」
楓「え? はい! お願いします……」
内線電話をかけてすぐ、私の担当となる人がやってくる。
やはり。
ホッケ男そのものだった。
P「Pと申します。高垣さん、『はじめまして』」
うわ、しらじらしい。
それが腹芸というやつだ。悔しいけど乗るしかない。
楓「あ、『はじめまして』。Pさん」
私の新しい門出は、焼ホッケの思い出から始まった。
あの人の笑顔は、居酒屋のときから変わっていない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
- 30: ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/24(月) 12:24:43.28 ID:fr1hr5V90
お互いの自己紹介のあと、Pさんが事務所を案内してくれた。
多くのアイドルを抱えてる事務所にしては、だいぶちんまりした……、もとい。
大きくはないが機能的なところに見える。
そこで一人の女性を紹介された。
P「高垣さん。こちらが事務所の庶務経理を担当してる、千川ちひろさん」
ちひろ「はじめまして。千川と言います」
楓「はじめまして。こちらでお世話になります、高垣と言います。よろしくお願いします」
千川さんはなかなかにかわいらしい感じで、アイドルと言ってもいい雰囲気があった。
P「ちひろさんはですね。うちのメインブレーンですから」
ちひろ「Pさん? あんまり新人さんにウソ教えないでくださいね?」
P「いやだって、ちひろさんいないとうちの事務所回りませんから。これは事実です」
ちひろ「私はアイドルのみんなやPさんたちのサポートをしているだけです。大げさですよ」
P「そうかなあ? 冷蔵庫にいつも謎ドリンク常備して、みんなを鼓舞してるじゃないですか」
ちひろ「謎ドリンク言わないでください! みんなが喜んでくれるから用意してるだけです」
P「まあ助けられてるのは確かですから、ね?」
ちひろ「そ、それなら……用意した甲斐がありますけど……」
なるほど。確かにかわいらしい人だ。
こういう女性がいると、事務所の雰囲気も華やかになるだろうな。
- 31: ◆eBIiXi2191ZO:2013/06/24(月) 12:25:19.94 ID:fr1hr5V90
ちひろ「えっと、高垣さん、でしたっけ?」
楓「はい」
ちひろ「Pさんからセクハラ受けたら、真っ