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モバP「いいお酒が手に入ったので」【後半】|エレファント速報:SSまとめブログ

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モバP「いいお酒が手に入ったので」【後半】

関連記事:モバP「いいお酒が手に入ったので」【前半】





モバP「いいお酒が手に入ったので」【後半】






577: ◆eBIiXi2191ZO:2013/08/21(水) 18:04:43.28 ID:wbeyt9c30

医師「メニエールかもしれないですね」

楓「……」

ちひろ「そう、ですか」

 Pさんは今、総合病院の処置室で横になっている。
 うなされることもないが、ごろごろと落ち着いてない。

医師「耳の病気です。ぐるぐるめまいがします」

医師「目を見るとわかるんですよ。眼振と言って、目玉が細かく揺れるんですね」

ちひろ「はあ」

医師「ま、命に関わるものじゃないですし。疲れとかで起きる人もいますし」

医師「念のために、MRI撮ってみますから、今日は入院されたほうがいいかと」

ちひろ「ありがとうございます」

楓「……」

ちひろ「楓さん、私は受付で手続きをしてくるんで」

ちひろ「Pさんのそばに、ついていてくれますか?」

楓「……はい」

 先生からの説明もよく入ってこなかった。
 Pさん……
 あの人が横になっている、その状況だけでどうにかなってしまいそうだ。



578: ◆eBIiXi2191ZO:2013/08/21(水) 18:05:44.17 ID:wbeyt9c30

 Pさんが倒れた。
 目の前の出来事に、私の思考は完全に止まってしまう。
 なにをしたら。どうしたら。
 まったくわからない。
 通りすがりの女性が、声をかけてくれる。

通行人「大丈夫ですか?」

楓「あの……あの……」

通行人「あれ? ひょっとして歌手の高垣楓、さん?」

楓「あ……あの」

 あの人が。あの人が倒れてるの。
 お願い、なんとか。

通行人「そっちの人は」

楓「あの……事務所の……」

通行人「とにかく、救急車呼びますね! 大丈夫。大丈夫ですから」

 私はどんな顔色をしてたんだろう。
 要領を得ない私の代わりに、通行していた人が自分の携帯で119番をしてくれる。

119「はい、こちら119番」

楓「あの……あの……」

119「はい、大丈夫ですよ。ゆっくり話してくださいね。……どうされましたか?」

楓「事務所のプロデューサーが、倒れまして……」

119「はい、救急ですね。場所はどこか、言えますか? 近くの方に聞いてもいいですよ?」

楓「あ、あ」

楓「あの、ここは」

 混乱してどうしたらいいか、頭から出てこなくなっている。
 私はただ、電話をしてくれた人に、携帯を手渡すしかできなかった。

通行人「変わりました。はい。はい。えっと……」

 代わりの人がいろいろ説明してくれる。その説明がなにを言ってるのかさえ、私には入らない。



579: ◆eBIiXi2191ZO:2013/08/21(水) 18:06:36.78 ID:wbeyt9c30

通行人「大丈夫。すぐ救急車来ますよ。落ち着いて」

楓「え、ええ。ありがとう、ございます」

通行人「会社とか電話しなくて大丈夫ですか?」

楓「あ、ああ! そう、ですね。はい、そうします!」

 そう言われて、少し正気に戻った私は、事務所に連絡する。

楓「もしもし、ちひろさん? あ、あの。高垣です」

ちひろ『楓さん? どうしました?』

楓「あの、P、Pさんが。倒れて」

ちひろ『はい? Pさん? 倒れたって……』

楓「えっと、移動中に路上で、ぱたりと」

ちひろ『それで! Pさんはどうなんですか? Pさんは』

楓「あ、あの。今救急車を呼んでいただいて」

ちひろ『救急車ですね! 病院決まったら連絡してくださいね。必ずですよ』

楓「は、はい……」

 どうにか一報を入れた私は、急に体の力が抜ける。

楓「はあ……はあ……」

 へたりこむ私に、立ち止まってくれた人が声をかける。

通行人「よかった、連絡ついたみたいですね」

楓「あの」

通行人「もうすぐ救急車来るでしょうから。それまで待ってて」

通行人「じゃあ」

楓「あ、あの。せめてお名前と住所」

通行人「いいですいいです!」



580: ◆eBIiXi2191ZO:2013/08/21(水) 18:07:19.89 ID:wbeyt9c30

 そう言ってその人は、なにも教えず立ち去っていった。
 どのくらい経ったろう。救急車が到着するまでの時間が、たいそう長い。
 遠くからサイレンが聞こえ、ほどなく音が止まる。
 救急車が到着。隊員の人が、あの人のそばにやってくる。

 意識を確認し、ストレッチャーに乗せるまで、どのくらいかかったろう。
 ほぼ放心状態の私は、なにも言えずその光景を見ていた。
 救急車への同乗を促され、私はあの人のとなりに。
 すぐに病院へ行くかと思ったが、なにか連絡をしてるようでなかなか発車しない。

 時間が、もどかしい。

 ようやく発車したとき、私は隊員の人に慰められていた。

隊員「大丈夫ですよ。意識もあるし、病院もすぐですからね」

隊員「とにかく病院に着いたら、先生や看護師さんの言うとおりにしてくださいね」

 その言葉を聞きながら、私はただ震えるだけ。
 病院に着いても、足元がおぼつかない。

看護師「大丈夫ですからね。任せてくださいね」

楓「……は、はい……」

看護師「落ち着いたらでいいですからね。連絡されるところに電話とかしておくといいですよ?」

 そうだ、ちひろさんに。
 その言葉だけはストンと私の中に入り、体だけは公衆電話へ向かう。
 どうにか事務所へ電話できたらしく、ちひろさんがあわててタクシーでやってきてくれた。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



581: ◆eBIiXi2191ZO:2013/08/21(水) 18:08:14.48 ID:wbeyt9c30

 どうやら病室でうたた寝をしてしまったらしい。
 気がついたら、あの人がベッドで私の髪をなでていた。

楓「あ」

P「もう少し寝ててもいいんですよ」

 疲れきった表情だけど、やさしい笑顔。

楓「うっ……うう……」

 私は声を押し殺して泣いた。

楓「P、さん」

 あの人は横になったまま、私の髪をなでる。

P「まだぐるぐるするんで。すいません」

楓「いいん、です」

 あの人は私をなぐさめようとしている。自分のほうがつらいだろうに。

楓「なんで……そんなに」

楓「自分を犠牲にするんですか?」

 泣きながら話す私。まったく要領を得ていない。

楓「どこにもいなくならないで、ください」

楓「私を置いて……いかないで……」

 あの人は髪をなでながら一言「ごめん」とだけ。
 よかった。ほんとうに。
 私はただ、泣くだけ。



582: ◆eBIiXi2191ZO:2013/08/21(水) 18:09:01.46 ID:wbeyt9c30

 泣いて、泣いて。ようやく落ち着いて。

楓「今はどうですか?」

P「うん、寝返り打つとぐるぐるがひどいんで。それがつらいかなあ」

楓「そうですか」

P「で、先生はなんと?」

楓「耳の病気じゃないかって」

P「……そうですか」

 あの人の左手につながる点滴が痛々しい。

P「迷惑かけてしまいましたね」

楓「ほんと、ですよ」

P「……」

楓「ちひろさん、あわてて駆けつけてくれましたよ? 入院の手続きもしてくれて」

P「あ、保険証」

楓「それはあとでもいいそうです」

 無理に動こうとするあの人を、押しとどめる。
 そしてまた沈黙。
 病室には時計もない。今は何時なんだろう。
 窓の外はもう暗い。

P「楓さん」

楓「はい」

P「……ありがとう」



583: ◆eBIiXi2191ZO:2013/08/21(水) 18:09:40.34 ID:wbeyt9c30

 え?
 私がなにかお礼を言われるようなことをしただろうか。

楓「どうしたんです?」

P「いえ、なにもないです」

P「なにもないですけど、そうだなあ」

P「いてくれて、ありがとう」

楓「……」

P「楓さん、いつも言ってるじゃないですか。『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』だって」

P「なんか、わかる気がします」

楓「……そうですか」

P「楓さんがこうしていてくれる、それだけでありがたい」

P「すごく、実感します」

楓「そう……よかった」

P「怒らないんですね? 無理しないでとか」

楓「そういう気持ちもありますけど、Pさんがこうしていてくれるから、もういいです」

楓「早くよくならないでくださいね?」

P「いや、楓さん。その言い方はおかしいでしょう?」

楓「だって、早くよくなったら、また無理するんじゃないかって」

楓「心配です」

 あの人はひとつ、ため息をつく。

P「そうですね。ゆっくり休めっていう、お告げかもしれませんね」

楓「ええ。それと」

楓「少しは、Pさんの彼女らしいこと、させてください」

 もうすぐ、面会時間が終わる。
 私は、あの人の右手をとり、軽く握りしめた。

 また、明日。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



591: ◆eBIiXi2191ZO:2013/08/22(木) 17:48:24.73 ID:WPOGLVBZ0

ちひろ「とにかく、楓さんはPさんのそばについててください」

ちひろ「お願いしますね?」

 昨日あの人が倒れたので、あいさつ回りが終わっていなかったのだけど。
 ちひろさんは、他のスタッフにいろいろ肩代わりしてくれていた。

楓「なんか、いろいろ申し訳ないです」

ちひろ「いいんですよ。そのための私たちですから」

 そう言ってちひろさんは、私を送り出す。

 病室。その前に立つと、なにもなくても入るのがはばかられる。

楓「よし」

 覚悟を決めて入ると、あの人は起き上がっていた。

P「おはようございます」

楓「Pさん、起きられるようになったんですね」

P「めまいの薬が効いてきたみたいで、よかったです」

P「これから検査なんで、またぐるぐるさせられるらしいですけど」

 あの人は苦笑い。でも、私は笑えない。

楓「ちひろさんが、今日一日ついててくれと」

P「そうですか。ちひろさんにお礼をしないとならないですね」

 私はかける言葉が見つからず、ただうなずいた。
 検査の時間になり、看護師さんが呼びにきた。

看護師「これからMRIの検査になりますけど、歩けそうですか?」

P「はい、大丈夫です」

看護師「では、検査室までご案内します」

楓「私も、一緒に行ってかまいませんか?」

看護師「ええ、かまいませんけど。時間かかりますよ?」

楓「かまいません。お願いします」

看護師「では、ご一緒に」



592: ◆eBIiXi2191ZO:2013/08/22(木) 17:49:23.05 ID:WPOGLVBZ0

 案内されたそこは、いろいろな検査に分かれている場所だった。
 CT、MRI、レントゲン。
 リニアック室と書かれた部屋の前には、お年寄りが二・三人座っていた。

看護師「こちらになりますね。呼ばれたら部屋にお入りください」

 第二MRI室という部屋の前。長いすにふたり、腰を下ろす。
 あの人は、肩で息をしているようだ。

楓「Pさん、つらいですか?」

P「昨日の今日ですから、ちょっとしんどいですけど。ぐるぐるしないだけましです」

 ああ。なぜ私は、こうも無力なのか。
 あの人がつらそうにしても、私はなにも助けてあげられない。

P「楓さん? そうつらそうな顔、しないでください