幽霊「うらめしや」
- 2014年02月18日 13:10
- SS、神話・民話・不思議な話
- 37 コメント
- Tweet
- 1:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:23:09.30 ID:JWx/CZb60
男「今までいろんな幽霊見てきたけどさ、そんなド直球に幽霊アピールされたのは初めてだよ」
幽霊「え、あ、え……なんかごめんなさい」
男「いや別にいいんだけどさ。茶目っ気があって好感持てるよ。でもいかんせん古いね。五十年くらいは前のセンスなんじゃない? 『うらめしや』ってさ」
幽霊「そうかな? わたしは、幽霊と言えばこれ、なんだけど」
男「若いのに。稀有な感性の持ち主だね。とりあえず上がってもいいかな? 自分の家とはいえ、玄関先に立たれると、ズカズカとは上がりづらい」
幽霊「あ、それは気づきませんで…………えっ? 自分の家?」
男「ああ、うん。今日からここに入居することになったんだ。よろしくね」
幽霊「うそ。そんないきなり」
男「キミにとってはいきなりかもしれないけど、でもま、いちいち先住の霊に確認取る大家もいないからね」
幽霊「それもそうだけど……」
男「まあ細かい話は中でしようよ。空っぽの部屋なんだろうけど、ここで立ち話よりはマシだよ」
幽霊「えと、それじゃあ、こちらへどうぞ……っていうのも変かな」
男「うん。今はもう僕の部屋だからね」
- 3:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:28:38.94 ID:JWx/CZb60
男「うわあ、めちゃくちゃ綺麗にされてるなあ」
幽霊「わたしもそう思う。仕方ないことなんだけど」
男「これ、フローリングまで張り替えてるんじゃない? 何、切腹でもしたの?」
幽霊「そんな。怖くてできない」
男「こんな子でも自殺しちゃうんだもんな……どういう死に方したの?」
幽霊「えとね、ヘリウム自殺」
男「じゃあ比較的綺麗な死に様だったろうにね。これは過剰反応だなあ。まあオーナーからしてみれば、人が死んだ部屋ってのは気持ち悪くて仕方がないんだろうけど」
幽霊「申し訳ないことをしました……」
男「事故物件が妙に気合い入れてリフォームされるのはままあることなんだけどね。いや、それでも、この部屋はちょっとやり過ぎだよ。キミが気にすることじゃない」
幽霊「ありがとう」
男「なんか、のんびりした子だなあ。いや、嫌いじゃないんだけどね。むしろタイプ」
幽霊「あ、え、あの」
男「ごめん困らせて」
- 5:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:33:23.90 ID:JWx/CZb60
男「霊ってのはさ、死んでから時間が経っていないやつの方が人慣れしてるんだ」
幽霊「逆じゃないんですか?」
男「うん。ほら、霊ってのは人にビビられたり気づかれなかったりすることで、霊っぽさを身に付けていくんだ。キミみたいに死んでから日が浅いやつは、死んだっていう実感が薄いからね」
幽霊「確かに。勉強になります」
男「いやこんな知識、普通の人生歩んでたら使うところもないんだけどね。まあキミは人生歩むのやめちゃった組ではあるけど」
幽霊「もしかして、あなたも幽霊?」
男「そう見える?」
幽霊「少し。普通にお話できるし、なんかいろいろと詳しいし」
男「残念ながら僕は生体だよ。こういうのに詳しいのは、仕事柄だね」
幽霊「お仕事? 霊媒師? 住職とか?」
男「いかにも霊を取り扱ってますって感じだね。いや、違うんだけど」
幽霊「じゃあなに?」
男「なに、と言われると答えづらいな。僕のやってる仕事は、世間一般には名前がついてないからね。そういう意味では仕事って言っていいのかも微妙なんだけど」
幽霊「どんなことしてるの?」
男「今まさに『仕事中』だよ。ここでこうしてることが僕の仕事」
- 6:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:40:05.20 ID:JWx/CZb60
幽霊「?」
男「ここはいわゆる『事故物件』ってやつだ。殺人事件があったり、自殺者が出たり」
幽霊「わたしのことだよね」
男「うん、そう。ここ202号室はまさに渦中の自殺現場。まともな神経をしてる人間なら、今後ここには絶対に住みたがらない」
幽霊「わたしでもいやだもん」
男「自殺者本人からその言葉を聞くのってなんかシュールだな。んでさ、知ってる? 『事故物件』には告知義務ってのが存在するんだ」
幽霊「あ、知ってる。ここで自殺あったんですよーってのを貸す前に言わなきゃいけないんだよね」
男「そうそう。賃貸人が賃借人に、事故物件を貸そうとする場合に必ず課される義務だ。違反するとひどい目に合う」
幽霊「どんな?」
男「まず行政処分を食らうね。仲介業者であれば、営業停止命令が出たりする。おまけに大体の場合、賠償責任まで負わされる」
幽霊「大変だあ」
男「そう、大変なんだ。事故物件となると借り手は激減するしね。それを言わずに置けないなんて、酷い制度だと思うよ……で、僕の仕事っていうのはそこに付け込む」
幽霊「つけこむの?」
男「かなり悪質にね」
幽霊「悪質かあ……」
- 7:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:46:51.05 ID:JWx/CZb60
男「こういう都市伝説を聞いたことはない? 『事故物件に一ヶ月だけ住むというアルバイトがある』ってやつ」
幽霊「聞いたことない」
男「そっか。つまりね、こういうこと。告知義務は『先代の人間が死んだ場合にのみ適用されるもの』であって、その後に誰かが住んでしまえば、
それより後に住む人間には事故物件告知をしなくても良いよって理論」
幽霊「……?」
男「ごめん、わかりにくかったかな。要するに、いわくつきの部屋に誰かを雇って住まわせて、そこの告知義務を消しちゃおうって話」
幽霊「あー、なるほど。そういうアルバイト、あるの?」
男「いや、ない」
幽霊「えっ。ないんだ」
男「ないね。面白い都市伝説だけど、いろいろと矛盾がある。告知義務を消すだけが目的ならば、わざわざ人を雇うのは非効率的だってのがまず一点」
幽霊「非効率的?」
男「住人を一代稼ぐだけなら、わざわざ部屋に住まわせる必要はないんだ。形ばかりの契約を結べばいい。仲介業者のスタッフとか、大家の知人とか相手にさ」
幽霊「家賃はどうなるの?」
男「実際に金銭を授受しなくてもどうとでもなるよ。必要なのはあくまで、契約事実とその書類だからね」
幽霊「わあ、なんか難しい」
男「キミかわいいなあ。散々かわいがった後にぼろ雑巾のように打ち捨てたい」
幽霊「えっ」
- 8:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 00:54:31.69 ID:JWx/CZb60
男「それはまあ冗談として」
幽霊「冗談きつい。っていうか冗談がきつい」
男「さっきの話に戻すね。件の都市伝説が現代において成立しない理由がもう一つあるんだ」
幽霊「なあに?」
男「一代ほど代替わりしたくらいじゃ、告知義務は免除されないんだ。そもそも」
幽霊「えっ、じゃあ何代ならいいの?」
男「当然の疑問だね。何代くらいだと思う?」
幽霊「にじゅうはち?」
男「多いな! 建物が老朽化しちゃうよそれ。正解は『明確な決まりはない』だよ」
幽霊「なにそれずるい」
男「ごめんごめん。ええと、告知義務の有無はケースバイケースになるってことなんだ。というか、トラブって初めてその有無を判断することになる」
幽霊「トラブルって? 裁判とか?」
男「そういうこと。実際ね、昔はあったんだ。告知義務を逃れるために、名義だけの契約を結んでたっていう話。その頃は認められてたんだよ。一代変わってしまえば
告知義務はなくなるって考え方がね」
幽霊「今はそうじゃないってこと?」
男「うん。あまりにそういう事例が横行しすぎたんだよね。で、よく揉めるようになった。判例はそういう小賢しい手法で告知義務を逃れることを良しとしなくなった」
- 9:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:00:59.14 ID:JWx/CZb60
男「前置きが長くなったね。要するに、そういう『住むだけのアルバイト』は存在しないってこと。そんなムシの良い求人はないんだ」
幽霊「世の中夢がないね」
男「だよね。でもさ、求人がないからって諦めるのはよくない」
幽霊「諦めるとかそういう問題じゃないんじゃ」
男「ここからが僕の仕事の話。告知義務に関して、仲介業者なんかは割と神経質でさ。しっかり調査と告知を徹底してる。こういうところに僕が入り込む隙間はない」
幽霊「隙間?」
男「ねらい目は、仲介業者を通さずに入居者を募ってる大家だね。できれば耄碌した爺さん婆さんあたりがいい。騙しやすいからね」
幽霊「騙しやすいって、あなた何してる人なの?」
男「僕はね、事故物件を抱える老人にこう言うんだ。『いくらかお金を貰えれば、告知義務のあるお部屋に僕が住みますよ』って。『そうすれば告知義務はなくなります』」
幽霊「え、それって嘘なんでしょ? なくならないんでしょ?」
男「なくならないとみなされることがほとんどだとは思う。でもほら、そこは物の言い方でなんとかね」
幽霊「なんとか……」
- 11:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:13:39.80 ID:JWx/CZb60
男「裁判ってのは極端な話、『そこにどういう意思があったのか』を判断するためのものなんだよ」
幽霊「なんか曖昧」
男「その通り。曖昧なんだ裁判ってやつは。悪意か善意か……つまり、知ってたか知らなかったか。殺意があったのかなかったのか。故意か過失か。
そういうものを判断する場だ。そういう場で筋の通る言い訳を用意してやる、ってのが僕のよく使う言い草かな。例えば
『件の物件に実際に住んだやつがいて、なにも問題はなかった』……って感じ。こういう場合なら、告知義務違反には当たりませんよ、と」
幽霊「当たらないの?」
男「いや、当たるだろうね」
幽霊「ダメじゃん」
男「ダメダメだよ。でも実際にどうかはこの場合関係ない。そもそも、霊の存在を感知できるやつが、たまたま僕の住んでた物件に住むようになる確率なんて
相当に低い。必然、幽霊騒動の後、裁判沙汰になる確率も低い。準天文学的数値だよ。要は、僕の言葉に大家さんが納得すればいいわけだ。
大家さんは少しの金で、今後も賃貸収入を安定して得るきっかけを買う。僕は一時の宿と生活費を得ることができる。どちらもハッピーって寸法さ」
幽霊「どちらもハッピーなら、まあいいのかな」
男「うわ、まさかそこまで素直に納得されるとは思ってなかったよ」
幽霊「ん?」
男「ねえ、キミが自殺した理由当ててあげようか」
幽霊「そんなことできるの?」
男「悪い男に騙されたんだね。それもこっぴどく」
- 12:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:21:23.53 ID:JWx/CZb60
幽霊「えっ。すごい! どうしてわかるの?」
男「いや……なんというか、めちゃくちゃ騙されやすそうな子だと思ったから。でもジャストで正解だとは」
幽霊「わたしこれでもしっかりしてるよ?」
男「そうは見えないけど」
幽霊「単三電池と単四電池を一瞬で見分けるよ」
男「超優秀だね」
幽霊「ふふん」
男「いや得意げな顔しないで」
幽霊「あとね、四角い電池舐めるとビリっとするんだよ」
男「いやもはやなんの話なの。電池大好きか」
幽霊「別にそんなに好きじゃない」
男「だろうね。僕もそうだよ」
- 14:名も無き被検体774号+:2013/06/14(金) 01:32:23.43 ID:JWx/CZb60
男「大体僕の生業については理解してもらえた?」
幽霊「詐欺師なんだってことはわかった」
男「心外だなあ」
幽霊「霊感商法? ってやつ?」
男「別に霊感を使って脅してはないよ。むしろ逆」
幽霊「と言うと?」
男「いろんな事故物件を股にかけてるとさ、もうそれはそれはたくさんの幽霊を見るんだけどね。僕はそれを全部見なかったことにしなきゃいけない」
幽霊「裁判で言い訳が立たなくなるから?」
男「簡単に言えばそういうこと。裁判に限らず、揉め事全般で不利になるからね。僕の役目は、実際にその物件に住んで
『何事もなかったですよー』って報告を入れることだから」
幽霊「なんか大変そう」
男「そうでもないよ。半分趣味みたいなものだし」
幽霊「趣味なの? なにが趣味?」
男「幽霊に会うことがね」
幽霊「ふうんコメント一覧
-
- 2014年02月18日 13:44
- 浦飯や
-
- 2014年02月18日 13:47
- 長い…
読んでないがどうせ皮肉系主人公が訳あり幽霊の事情を解決してお涙ちょうだいの恋物語な安い展開になるんだと予想
-
- 2014年02月18日 13:50
- いい話だった。
ちょっと悲しい結末だけど、こういうの好きだな。
-
- 2014年02月18日 14:15
- 表は蕎麦屋。手慣れているようで案外ヘタレたキャラって好きよ。
-
- 2014年02月18日 14:17
- 良いね。他人の価値観ってのは。ベスト何かはわからんけどスーパーグッドだよ。
予想よりずっと良かったね。うん。良いよ。
-
- 2014年02月18日 14:19
- 700円くらいの価値はある。
-
- 2014年02月18日 15:04
- 破っ!!
-
- 2014年02月18日 15:07
- いい
-
- 2014年02月18日 15:07
- よかった
-
- 2014年02月18日 15:32
- ※2 ちゃんと見てから書けよカス。
-
- 2014年02月18日 15:52
- こういう王道を外れたハッピーエンドもいいなぁ
実際に幽霊が居たとして、姿も声も聞こえてさらに恋までしたらどうなるんだろうねぇ・・・
-
- 2014年02月18日 16:21
- 下手な小説より面白かったよ
-
- 2014年02月18日 16:56
- 世界一雨だね、とかちょっとしたところが本当にもう。
-
- 2014年02月18日 16:59
- すごくよかった。
-
- 2014年02月18日 17:23
- 小説化してほしい。買うよ
-
- 2014年02月18日 17:38
- こんなエロゲほしい
-
- 2014年02月18日 18:00
- あー、うん、こういう後味わるいんだかいいんだかなの最近多くないか。
大好物だしないたけど、バランスとって死ぬほどハッピーエンドなものを読みたくなるな
-
- 2014年02月18日 18:00
- これは心に残る話だな
-
- 2014年02月18日 18:03
- これはいいなあ
-
- 2014年02月18日 18:10
- ※2 長いだけですぐ批評したがる気持ち悪い奴いるよな
-
- 2014年02月18日 18:17
- 無個性なスレタイとは裏腹にSSではなかなかお目にかかれないレベルの文章だなこれは。
ユーモアを介した日常パートは面白いし、幽霊論や人生論も興味深い。
特に女幽霊の未練がなくなってからの展開には為すすべもなく感情を揺さぶられ、しまいには涙で何も見えなくなってしまった。
掛け値なしに今まで読んだSSの中で一番の作品だ。
-
- 2014年02月18日 18:34
- 文句なしで最高
小説化はよ
-
- 2014年02月18日 18:37
- これは良いものを読ませてもらった
-
- 2014年02月18日 18:39
- さいこーですた
-
- 2014年02月18日 18:39
- 仕事探すか・・・
-
- 2014年02月18日 18:48
- 夏目っぽくてぽくない
-
- 2014年02月18日 19:51
- 誰かを愛するということは神様の御傍にいること
-
- 2014年02月18日 20:37
-
ああ^~いいっすね^~
-
- 2014年02月18日 20:48
- なんて言ったらいいか上手く言えないけど、これだけは言わせてくれ。
いい読み物をありがとう。
-
- 2014年02月18日 21:25
-
文がすとんと落ちてくる感じがして上手だと思いましたまる
-
- 2014年02月18日 22:20
- ギュッとくるなあ、よかた
-
- 2014年02月18日 22:29
- ※6
ちょうど文庫一冊分くらいか
-
- 2014年02月18日 22:40
- ※2
違う
久しぶりに泣いた
-
- 2014年02月18日 22:42
- 男が眠ろうとしない辺りでぼろぼろ泣いちゃったよ
俺の恋人1年前に事故で亡くなったんだけどさ
身近な人の死を経験してそれまで考えなかったことを色々考えるようになったんだ
だからなのかすごく胸の奥にくるものがあった
読んだ人の感情を揺さぶる文章を書けるって純粋にすごいことだと思う
乙でした
-
- 2014年02月18日 23:06
- ( ;∀;)イイハナシダナー
-
- 2014年02月18日 23:30
- こういうSSみると汚いコメントは目立つよな
しかも二つ目というね
-
- 2014年02月19日 00:03
- 深夜のテンションのせいかガチ泣きしそうになった
こらえるのに大変であんま覚えてないや
鏡が割れそうになるくらい気持ち悪い顔がより一層気持ち悪い
だれかこれ小説化か漫画化してくれない?
-