勇者「勇者の本当の敵は魔王じゃなかったのかもしれない」【後半】
関連記事:勇者「勇者の本当の敵は魔王じゃなかったのかもしれない」【前半】勇者「勇者の本当の敵は魔王じゃなかったのかもしれない」【後半】
勇者「これって、アイツの短剣だろ? 」
戦士「とっさに奪ったんだよ」
??「やはりあなたは、そこそこデキるみたいですね」
戦士「ボクのことを知っているのかな」
勇者『なんだ?』
戦士『ぶっちゃけ余裕がない。逃げたほうがいい』
勇者『……逃げるって、無理だろ』
戦士『無理やりでも魔力を捻りだせないかい?』
戦士が、一瞬だけ視線を天井にやった。
勇者『……たぶん、あと一回ぐらいならいけるかも』
勇者「まかせておけっ!」
再び戦士が赤ローブの眼前に躍り出る。
勇者は手のひらに、残った魔力を集中する。
勇者(って、アレ? 全然魔力に余裕があるぞ)
戦士「行ったよ、勇者くん!」
いったいどうやったのか。戦士は敵を見事に投げ飛ばしていた。
慌てて天井目がけて跳躍する。手のひらを天井へと押しつける。
魔力を流しこむと同時に、拳で天井を貫く。
自分でも驚くほどの魔力が、手のひらから噴出して天井を崩壊させる。
??「ぐっっ……」
敵に天井の瓦礫が覆いかぶさる。
戦士「なかなかやるじゃん。よし、さっさとずらかるよ!」
勇者「おう!」
??「……っふぅ、どうやら魔術プロテクトがかえってアダになってるようですね」
??「せっかくなので、この子たちの始末もまかせてしまいますか」
魔物「ぐるるうううぅぅ……」
??「さあ、いきなさい」
勇者「なあ戦士」
戦士「なに?」
勇者「あのまま、赤ローブを捕まえてもよかったんじゃないか?」
戦士「一瞬やりあっただけでわかった。アレは危険だよ」
勇者「……まあ、それもそうか」
戦士「とにかくここから脱出すれば、魔術が使えるんだ」
勇者「そうだな。さっさと脱出したほうがいいな」
戦士「気づいたかい?」
勇者「ああ、なにかがオレたちを追っかけてきてる」
戦士「この通路に入れば、牢獄に戻るはず」
勇者「見張りとかはどうするんだよ?」
戦士「看守とかは、中にはいないかも」
勇者「どういうことだ?」
戦士「話はあと! とにかくここを脱出する!」
戦士「よし、これで魔術プロテクトが消えた……勇者くん?」
勇者「あ、あぁぁ……」
勇者(なんだこの感覚……いや、これはさっきアイツに捕まったときにも……)
戦士「どうしたの? どこかおか……」
勇者(全身が沸騰する……魔力が……自分の中で暴発するような……)
??「本来なら彼の潜在能力を少しずつ覚醒させてくつもりでしたが……」
??「これ以上手間をかけるのも面倒です」
??「魔術プロテクトのない空間で、暴発させてしまいましょう」
??「彼が暴走したところで私が……」
??「……! この感覚は――」
??「まさか、彼が来ている?」
??「……予定変更か。今日のところはひくとしましょう」
勇者「はぁはぁ……あ、つぃ……」
戦士「魔物が追いかけてきた! 勇者くん!」
勇者「……お前、だけでもいい……逃げろ…………」
戦士「さすがにそこまでバカな発言されると、ボクも困るよ」
勇者「う、るせ……」
勇者(なんて、数の……魔物だ……コイツら全部研究所の…………)
すべての音が遠ざかっていく。戦士がなにかを叫んでいる。
いつか魔界でケルベロスに殺されそうになったときの感覚が蘇る。
あの得体の知れない力に全身を支配される恐怖。
勇者(や、めろ――)
首筋に違和感を覚えたのと、誰かの声が鼓膜を叩いたのはほとんど同時だった。
不意に視界が鮮明になって、全身の血が沸騰するような感覚が消え失せる。
「大丈夫ですか……勇者様」
勇者「や、くし……?」
たしかに彼女の声がした。いや、彼女の声だけではない。
勇者(僧侶? それに、魔法使いも…………)
視界がどういうわけか、傾いていく。
目の前に石畳の地面が迫ってくる。なにかが地面に投げ出される音が聞こえた。
勇者(みんな……)
やがて勇者の意識は闇に溶けていった。
勇者『魔王を倒したそのあとのこと?』
戦士『そう。お前、なんかプランあんのか?』
勇者『ない』
戦士『即答かよ。将来の展望とかねえの?』
勇者『今のところはない。それより生きて帰れるのかって話だ』
戦士『お前、つまんねえなあ』
勇者『魔王を倒すこと以外、考えられないのかもしれない』
戦士『なんだお前。プレッシャー感じてんのかよ』
勇者『お前はなにも思わないのか? もし俺たちが魔王を倒せなかったら……』
戦士『わぁってるっつーの!』
勇者『旅をしてずいぶん経ってるのに、まだそんなことを言ってるのか』
戦士『つーか、軍とかも協力してくれてもよくね?』
勇者『軍は戦争、魔物の討伐、街の警備で手一杯だって説明されただろ』
戦士『わかってて言ってんだよ』
勇者『俺たちは言ってみれば暗殺者だ。大人数で行動する必要はない』
戦士『俺らが旅に出るときにはパレードもできてたのに、暗殺者ねえ』
勇者『それがどうした?』
戦士『矛盾してね? それに、姫が誘拐されてからの一連の流れが、早すぎる気がするぜ』
勇者『それだけ迅速な行動が、求められる事態だったんだ』
勇者『普通の人間、か』
戦士『ちげーのかよ?』
勇者『いや……そのとおりかもしれない』
戦士『教会送りにされて思ったわ。やっぱり死ぬのはイヤだ』
勇者『そうだな』
戦士『……俺、旅を終えたら店を出してえなって思ってんだ』
勇者『店? なんの店だ?』
戦士『そういう細かいプランはまだない。
けど、将来的にはカワイイ嫁さんもらって、子どもは……何人がいいかね?』
勇者『知らん。
……将来、か』
勇者「……ぅっ」
勇者(またあの夢だ)
竜人「目が覚めましたか?」
勇者「……竜人? ここはどこだ?」
竜人「個人経営の病院です」
勇者「病院……って、なんでオレが病院にいるんだ!?」
竜人「落ち着いてください。覚えてないんですか?」
勇者(オレは竜人からこれまでの経緯を簡単に説明してもらった)
勇者「オレが意識を失ったあと、みんなが駆けつけてくれたってことか」
竜人「それで、念のために国が関与していない病院へ搬送されたわけです」
勇者「二日も!?」
竜人「ええ」
勇者「みんなは……そうだ、薬師は!?」
竜人「彼女なら昨日、退院しましたよ」
勇者「退院? じゃあ、薬師は助け出されたのか!?」
竜人「ええ。実は……」
魔法使い『ゴーレムが、消えた』
?『くっ……』
王『魔力切れか? おサムいねえ』
?『なぜキサマがここにいる……!』
王『お前こそなんで泥遊びしてんだ? 俺相手にこんなチンケなもんが通じるとでも?』
僧侶『なぜ陛下がここにいるのですか?』
王『いくらでも話してやるよ。コイツを牢獄にぶちこんだあとでな』
?『……私を牢獄にぶちこむ、か。これを見てもそんなことが言えるかなあ?』
竜人『あれは……』
僧侶『薬師!』
薬師『……』
王『うわあ、人質かよ。ますますおサムいねえ』
?『……動くなと言っているのがわからないのかっ! この女を……』
僧侶『へ、陛下!?』
王『うるせえなあ。俺は動いたぞ? 殺せよ』
?『……なん、だと?』
王『お前がその女を殺す。そして俺がお前を殺す。わかりやすくていいじゃねえか』
?『ぐっ……』
王『こういう状況で本当に助かりたいなら、普通に逃げたほうがいいんだよ』
王が唇のはしを釣り上げた、と思ったときには、すでに『それ』は起きていた。
王『つまり、お前は助からない』
赤ローブのひざが崩れ落ちる。
王がなにかをした、ということだけは僧侶にもわかった。
王『ほれ、終わったぞ』
竜人『え……』
すでに王の腕の中には薬師がいた。
僧侶『い、いったいなにを……!?』
王『驚きすぎだろ。あのローブの馬鹿の腹に、空気の塊をぶつけてやっただけだ』
僧侶『ではどうやって薬師を……』
王『べつに。今のでスキができたんで、普通に取ってきたぞ』
僧侶『取ってきたって……』
僧侶『そうだった……魔法使い、わかるか?』
魔法使い『…………』
僧侶『(魔法使いが薬師を調べた結果、傷口が塞がれたあとがあったらしい)』
魔法使い『……傷口自体は、自力でどうにかしたのかもしれ
魔法使い「……勇者には、伝えるの?」
戦士「……。いや、やめておこう」
僧侶(だが、ここの宿舎には勇者もいる)
戦士「とにかく今は彼女を捕まえるのが先だ」
魔法使い「うん」
戦士「……ボクの推理が単なる勘違いだったら、それでもいい」
僧侶「……」
コンコン
戦士「薬師ちゃん、いるかい?」
魔法使い「気配がしない」
僧侶「どこかへ出かけているのかもしれない」
魔法使い「……気配は、しない」
戦士「魔法使い。軽い魔術で扉に穴を開けて」
僧侶「いくらなんでも、そこまでしなくても……」
戦士「なにかイヤな予感がする。急いだほうがいい」
僧侶(魔法使いは扉に拳サイズの穴を開けると、その穴から手を通して鍵を開けた)
魔法使い「開いた」
戦士「オジャマします……って、これは……」
僧侶「モノがなにもない」
魔法使い「もぬけの殻」
僧侶「ここは本当に薬師の部屋なのか?」
戦士「記録では間違いなくここだよ」
魔法使い「……逃げられた?」
戦士「彼女も気づかれるのは、時間の問題だってわかってたんだろうね」
僧侶「じゃあ薬師は本当に……」
魔法使い「どうする?」
戦士「やはり、勇者くんの部屋に行こう」
僧侶「勇者! 勇者、いないのかっ!?」
戦士「……まずいかもしれない」
魔法使い「やはり部屋に、気配がない」
僧侶「どこかへ出かけたのか……まさか……」
戦士「すでに敵の手にかかった可能性がある。勇者くんは狙われているからね」
魔法使い「追わないと、まずい」
戦士「ああ。だけど彼らはどこへ……」
「教えてあげよっか?」
僧侶「どうしてあなたがここに……」
薬師『挨拶が遅れて申し訳ございません、薬師って言います』
勇者『キミも真勇者の捕獲任務に参加するのか?』
薬師『ええ。……どうかしましたか?』
勇者『いや、こんな女の子が任務に参加するなんて、と思って』
薬師『あの、もしかして誤解していませんか?』
勇者『誤解?』
薬師『勇者様については、すでに書類で存じ上げております』
勇者『それがどうしたんだ?』
薬師『そして勇者様が私より年下であることも』
勇者『は? キミがオレより年下!?』
薬師『そうです。これでもきちんと、ギルドにも所属しています』
勇者『全然そんなふうに見えないな』
薬師『よく言われます。でも、ある方の推薦を受けてこの役になったんですからね』
勇者『……そっか』
薬師『あ、今少し目が泳ぎましたよね?』
勇者『そ、そんなことないよ?』
薬師『まあ私の実力は、そのうち披露できると思います』
それともうひとつ。勇者様の監視兼護衛役、及び健康管理も任されていますから』
勇者『よくわからないけど、よろしく頼む』
薬師『はい。勇者様は私が必ずお守りします』
薬師『どうして、あんな無茶な庇い方をしたのですか?』
勇者『ごめん』
薬師『あの程度なら、私でも十分対応できました』
勇者『……』
薬師『勇者様はやはり、私のことを信用していませんよね』
勇者『……そういうわけじゃない』
薬師『なら、どうしてさっきは私を守ったりしたんですか?』
勇者『守られっぱなしはイヤだから』
薬師『なにを言ってるんですか? 私は勇者様の護衛ですよ』
勇者『それはわかってる。でも、オレたちは仲間でもあるだろ?』
勇者『オレたちは真勇者を追う仲間だ。仲間が仲間を庇うのは当たり前だろ?』
薬師『言いたいことはわかりました。でも』
勇者『でも?』
薬師『勇者様はやっぱり、私のことを信用してませんね。
仲間だって言うなら、信頼して任せてもよかったはずです』
勇者『そうだな……ごめん、それは謝る』
薬師『いいですよ。いつか勇者様の信頼を勝ち取ってみせますから』
勇者『頼もしいな』
薬師『言っておきますけど、私もまだ勇者様を信頼してませんからね』
勇者『そう言われるとツライな。……信頼し合える関係か』
薬師『なれるといいですね』
勇者『なれるよ、きっと』
なにか鋭い針のようなものが、頬を横切った。
勇者はとっさに体勢を低くしたが、そのときにはすでに頬の肉は裂けていた。
勇者「……くっ!」
薬師「逃げてもムダです。私からは逃れられません」
勇者「……どうして」
薬師「はい?」
勇者「どうしてあんなヤツらの仲間なんかに……」
薬師「勘違いしていませんか?
もとから私はスパイとして、ギルドに潜りこんだんですよ」
勇者「じゃあ……今までのは全部ウソだって言うのか……?」
勇者「なにもかも偽りだったっていうのか……?」
薬師「ええ。情報の横流しとあなたたちの監視。それが私の役目でしたから――」
ほとんど本能的に勇者は動いていた。正体不明の凶器が夜闇を裂く。
地面に飛び込むように片手前転する。
薬師の真ん前に回り込み、彼女の腕をつかもうとしたときだった。
勇者「……なっ、なんで……」
薬師「言いましたよね。ムダだって」
あと少しというところで、勇者の動きが完全に止まる。
いつの間にか、腕と足になにかが絡みついていた。
勇者(なにがどうなってる……!?)
薬師「……」
首筋にチクリとした痛みを感じた。
からだに絡みついていたなにかが、ほどける。
勇者「……え?」
どういうわけか、勇者の視界がかたむいていく。
気づいたときには地面に倒れ伏していた。
勇者「な、にをした……?」
舌がもつれて言葉がうまく話せない。舌だけではない。
得体の知れない痺れが、全身に広がっていく。
勇者(そもそも薬師はどうやって攻撃を……いや、たしか……)
以前、サイクロプスと戦ったときも同じようなことが起きた。
時間が止まったかのように、硬直したサイクロプス。
薬師「驚きました。まだ動けるんですね」
勇者はなんとか首を動かして、薬師を見上げる。強い違和感が頭をもたげる。
だが、その正体はあっさりとわかった。
同時にすべてを理解した。
勇者「髪の毛…………か……?」
薬師「気づきましたか」
勇者「……切られたはずの……髪の毛、なんであるんだよ……?」
薬師「これ、ウィッグなんですよね」
勇者「攻撃、手段は……その、髪か……」
勇者「どうしてだ……なにが、目的なんだ……?」
薬師「魔物を滅ぼすためですよ」
勇者「……そん、なことして………どうなる?」
薬師「……」
薬師「私が前へ進むためには、必要なことです」
勇者「前へ、進む……?」
薬師「あなたにはわかりません。過去をもたないあなたに、私のことなんて……」
勇者「オレ、は…………」
薬師『知りたくないことや、経験したくないこと。
もっとわかりやすく言えば、記憶から消し去りたいこと』
薬師『忘れられるなら、忘れたいってことありませんか?』
勇者(くそっ……意識が、もう…………)
勇者「……ここは、どこだ…………いや、オレはいったい……」
??「予想よりだいぶ早く目が覚めましたね」
勇者「……なんでアンタがいる?」
勇者(また拘束されてる……それにからだの痺れがまだ……)
??「もとからあなたの力を得ることが、今回の目的だったものでね」
勇者「薬師とアンタたちは仲間なのか?」
??「彼女から説明されたんでしょう。
彼女は私が送りこんだスパイ。そしてあなたたちを見事に欺いた」
勇者「……」
??「いまだに真実を受け入れられていない、そういう顔をしていますね」
勇者「魔物を滅ぼしてなにがしたいんだ?」
??「さあ? 行為の理由は様々でしょう?
そもそもそんなことを聞いて、なにか変わるのですか?」
勇者(とにかく少しでも話して、時間をかせがないと)
勇者「アンタは何者だ?」
??「前にも聞いてきましたね。答えられないって言ったはずですけど」
勇者「そんなわけあるかっ。自分のことじゃねえか」
??「ふっ、まあそう思うのも無理はありませんか。
……なら、逆に聞きますけどあなたは誰なんですか?」
勇者「……オレ?」
??「やたら私の正体に固執しているようですが。自分はどうなんです?」
勇者「それは……オレは……」
??「答えられないでしょう?
もっとも、あなたと私が答えられない理由はちがいますけどね」
??「私はね、教会神父だったんですよ」
??「しかし私は生まれ変わった」
??「いつしか『災厄の女王』の教育係のひとりになりました」
??「同時に国の命令で、側近として魔王に仕えた」
??「最近では、この国の皇帝陛下の側近を務めさせてもらいましたよ」
??「まったく元老院の老人たちは、ひどいことをする」
勇者「なにを言っている?」
??「あなたの質問に、可能な範囲で答えたんですよ。で、あなたは?」
勇者「は?」
??「あなたは何者なんですか?」
勇者(オレは……何者だ? オレは――)
??「あなたの代わりに答えてあげましょうか?」
勇者「やっぱりオレのことを知ってるのか!?」
??「あなたは私です」
勇者「は? なにを言ってるんだ?」
??「私はね、もとは戦争孤児だったんですよ」
??「しかし私は魔術の才能と、ある可能性によって国に拾われたんですよ」
??「ある可能性の正体、なにかわかりますか?」
勇者「知るか」
??「勇者であるかもしれない、という可能性ですよ」
勇者「……アンタが?」
??「ええ。当時はまだ、勇者特定のシステムが確立されていなかった」
??「だから候補を絞るので精一杯だったんですよ」
??「勇者候補に選ばれたものたちに、拒