後輩「せんぱいって、何が楽しくて生きてるんですか?」
- 1 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:06:05 ID:5ko99rtc
◆
三ヵ月の間、俺はたくさんの本とたくさんの映画を観た。
たくさんの音楽を聴き、たくさんの詩を読んだ。
たくさんの新聞を読み、たくさんのニュースを見た。
形もあり方も伝え方も主義主張もバラバラの、多種多様な情報。
それらに触れることで、自分という人間が何を好み、何を嫌っているのかを理解し直そうとした。
また、自分が嫌っていたものの中に美点を、好んでいたものの中に欠点を見つけだそうとした。
三ヵ月後、俺は部屋の床に立ち並んだ本とDVDとCDの塔を上から順に売りさばいていった。
新聞と雑誌はまとめて縛って捨て、録画していたニュース映像はすべて消してしまった。- 2 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:06:42 ID:5ko99rtc
ちょっとやそっとの量ではなかったから、すべてを始末するのに一月が掛かった。
その一月の間、俺は新しい本も映画も音楽も何ひとつ受け入れることができなかった。
新しいニュースを聞くこともなかった。天気予報さえ見なかった。
すべての塔を崩し、すべてのデータを抹消してしまうと、
俺は四か月前となにひとつ変わらない自分を発見せずにはいられなかった。
からっぽの部屋の中に座り込んで煙草を吸う俺の頭には、
いくつかの言葉やいくつかのメロディー、いくつかの映像が漠然としたイメージとして残ったままだったが、
不思議とそれらが俺の心を揺さぶることはなかった。
天井の染みを眺めるように、俺はそのイメージと向かい合って暮らさなければならなかった。
それは苦痛とまではいかないが、あまり楽しいとはいえない生活だった。- 3 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:07:21 ID:5ko99rtc
◆
「せんぱいって、何が楽しくて生きてるんですか?」
一つ下の女の子にそう訊ねられたとき、俺は答えられなかった。
もちろんそんな質問は、する方も馬鹿だしされる方も馬鹿だ。
そんな質問にとっさに具体的な答えを返せるとしたら、そいつは楽しんでなんかいない。
楽しんでいると錯覚しようとしているか、あるいは何かに縋りつこうとしているだけだ。
今ならばそう思えるけれど、俺はその言葉をぶつけられたとき、急に悲しくなった。
そんなのは分からない、と答えようとしたけれど、答えたところで仕方ないと思い直し、
ごまかし笑いをして、「さあ?」と首をかしげて、彼女がいなくなってから溜め息をついた。
そんなことは誰にだって分かるもんか。
そう思った。でも、そうではないのかもしれない。どうなんだろう。よくわからない。- 4 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:07:59 ID:5ko99rtc
◆
どこかで致命的な間違いを犯したというわけではないはずなのに、
俺という人間はいつの間にか奇妙な袋小路に迷い込んでしまっていたようだった。
どこかに行こうとしてみても、足の力が衰えていて立ち上がることもできない。
迷路に意気揚々と踏み入ったのは自分の意思だったはずなのに、
そこから抜け出すための気力は既に折れてしまっていた。
それでも抜け出そうという試みをやめることはできず、
さまざまな言葉、音楽、映像の中に自分の心を奮い立たせる何かを探したが、
もちろんそのどれもが俺にとっては他人事でしかなかった。
他人事としてしか受け取ることができなくなってしまっていた。- 5 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:08:51 ID:5ko99rtc
◆
小学生のときに絵を褒められたことがある。
向日葵畑の絵だ。道の真ん中を、男の子と女の子が手を繋いで笑いながら歩いている。
とても上手だと褒められて得意になり、それからも絵を描き続けたけれど、
誉めてくれる人は段々と減っていき、稚拙だ、見るに堪えないという声だけが増えるようになった。
俺は人に絵を見せることをやめるようになり、そのうち絵を描くこともやめてしまった。
何のために描いているのかも、何を描こうとしているのかも分からなくなったのだ。
きっと俺は絵を描くことで救われようとしていたのだろうが、
絵を描くことで自分自身を救えるなんてことは錯覚でしかない。
少なくともそのときはそう考えていた。- 6 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:09:47 ID:5ko99rtc
◆
「いつだったか、せんぱいは言っていたことがありましたよね」
と、女の子は不機嫌そうに俺に話しかけた。
「自分は捨てるはずだった時間をリサイクルしてるだけなんだって。
本当の自分は中学生くらいのときに既に死んでいて、今の自分は"のこりかす"なんだって」
そんな話をした記憶はなかったが、そんなことを考えていた記憶はあるから、
俺はどこかで彼女にそんなことを話したんだろう。
酒でも飲んでいたのかもしれない。
「そんな生き方、申し訳なくないんですか?」
彼女の言葉はいつだって遠慮がなくて、しかも正しかった。
だけど俺は、そんな言葉に素直に耳を貸すだけの余裕も既に失っていたから、
「誰に?」とひねくれ者らしく訊ね返したのだけれど、彼女は意外にも即答した。
「自分自身に」
さて、どうだろう、と俺は考えたものだった。- 7 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:10:21 ID:5ko99rtc
◆
死のうとして死にきれなかったときの俺は前向きだった。
神様が俺に死ぬなと言っているんだな、と勝手に受け取ったのだ。
だから生きてみようじゃないかと思った。もうちょっとだけ生きてみようと。
もしこれで何も変わらなかったら、俺を生かした運命を思う様に罵ってやると誓った。
でも、心が少し前向きになったからといって俺を取り巻く状況が変わるわけではなく、
問題はひどく混乱して、手つかずで床に散らばったままだった。
俺はそれをひとつずつ拾い上げて解決しようと考えたのだが、
それは考えただけで実行には移されなかった。
どこから手をつければこの状況が変わってくれるのかまったく分からなかった。
生活がわずかばかりの安定を取り戻し、人とのかかわりをいくらか繋ぎ直した後も、
俺は自分の中にうずくまる憂鬱と悲観と懐疑から逃れることができなかった。
それは先天的な性質で、遺伝子によって仕組まれたものなのかもしれないとすら思った。
本当のことを言うと、今でも少し、そうじゃないかと疑っている。- 8 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:11:10 ID:5ko99rtc
◆
努力した人間が努力しなかった人間よりも多くのものを得られるのは自然なことだ。
だが、努力しなかった人間は何も得られなくても仕方ない、というのはあまりに非情だ。
かといって、努力した人間に努力した分の褒美を与えたうえで、
努力しなかった人間の生を保障できるほど、この世界は豊かではない。
だから、努力した人間に褒美を与えようとすれば、世界は努力しなかった人間を切り捨てるしかない。
もし努力しなかった人間を救おうとするならば、
努力した人間に与えられた「褒美」を、余剰として、努力しなかった人間に回さなくてはならない。
だが、努力した人間と努力しなかった人間に与えられる幸福が、同量のものであっていいはずもない。
俺は共産主義者ではなかったが、資本主義経済下では敗者であり弱者であったため、
このジレンマに長く苦しめられる羽目になった。
長く? あるいはそんなに長い期間ではないかもしれない。
二年やそこらかもしれない。でもとにかく長く感じた。- 9 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:11:57 ID:5ko99rtc
◆
先進国における自殺というものはある種の自然淘汰なのではないかと当時の俺は思いついた。
つまり、人類にはやはり集合的無意識のようなものがあって、
その集合的無意識の部分が、人類という総体をより幸福な状態に導くために、
人の総数を減らそうとしているのではないか、と。
そうすることで一人当たりに割り振られる資源は増加し、
より多くの人々がもっとたくさんの富を享受できるようになる。
そうすると俺はむしろ、自分が死ぬことが正しいことであるような気さえしたものだ。
当時の俺にはその考えは誤謬のないものに思えたし、今でもさして間違っているとは感じていないが、
社会不適合者が現実逃避のために無意味に大局的なものの見方をしているだけだと言われてしまえば、
否定することもできそうにない。
もちろん、俺がコンビニでパンを買わなかったからといって、
そのパンは廃棄されるだけであって、どこかの飢えた子供の口に入るわけではない。
分かり切ったことだ。- 10 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:12:37 ID:5ko99rtc
◆
「せんぱいは、結局自分が好きなんですよね?」とも、彼女は言った。
「どういう意味?」
「悩んでる自分が好きなんですよ」と彼女は呆れたような顔で押し付けがましく言った。
「だから、今いる場所が大嫌いなのに、今いる場所から逃げ出せないんです」
苦しんでる自分を捨てられないから、捨てたくないから。
「結局、自分の境遇に酔ってるんですよ」
彼女の言葉はある意味では正しかったのかもしれないが、よくわからなかった。
とてもじゃないが、そのときの俺は、自分が好きだなんて思えなかった。
そんな言葉を知ったようなふうにのたまう彼女に反感すら抱いた。- 11 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:13:15 ID:5ko99rtc
だが、言われてみればそうと考えられないこともない。
自己嫌悪や自己懐疑が自己陶酔の変型でしかないのなら、
そこから抜け出すことが困難な理由も説明がつく。
けれど、そんなふうに自分自身ですら無意識な心の動きを悪意的に説明づけてしまうなら、
自己陶酔せずに生きられる魂がいったいどこにあるっていうんだろう。
彼女が俺に向けた言葉が陶酔でないと、どうして彼女に証明できるんだろう?
「きみはやけに俺に口出ししたがるね」と、俺はみっともない皮肉を返した。
彼女はしくじったという顔で目をそらしたが、すぐに思いなおしたように言葉を続けた。
たしかこんな言葉だった。
「新しい何かを受け入れようとするなら、今持っているものを捨てる必要があるんです」
声は切実な響きを伴っていたし、実感深げにも聞こえた。
俺はその言葉をうまく自分の中で受け入れようとしたが、やはり他人事のようにしか聞こえなかった。- 12 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:13:57 ID:5ko99rtc
◆
「わたし、ここ辞めるんです」と後輩の女の子は言った。
「いつ?」
「今月いっぱいで」
彼女には彼女なりの希望があり、それを実現させるための努力もしていた。
だから彼女にとってここは経過点にすぎなかったのだ。
反対に俺には何の希望もなく、よって何かの努力をしていたわけでもない。
だから俺にとってここは終着点だったと言えた。
「お世話になりました」と彼女は言ったが、その言葉はいかにも儀礼的だった。
「寂しくなるね」と俺は半分本気で言ったのだけれど、
彼女は冗談だと思ったのか、鼻で笑うような素振りを見せた。
その一ヵ月はあっというまに過ぎ去り、俺の生活から彼女の姿が消えた。- 13 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/05/19(月) 02:14:39 ID:5ko99rtc
◆
彼女と顔を合わせることがなくなってからも、俺はからっぽの部屋の中に座り込んでいる。
そして、脈絡のないイメージやメロディと向かい合い、そこから何かを掬い取ろうとしていた。
二週間が過ぎた頃、その生活に奇妙な変化が現れた。
イメコメント一覧
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- 2014年05月19日 21:48
- オサレ
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- 2014年05月19日 21:48
- 自ら地獄を生み出す人の話に似てる
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- 2014年05月19日 21:57
- いみふ
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- 2014年05月19日 22:05
- 楽しくいきるのはいいことだけど
それしかみえない人生なんてうすっぺらだよ
苦しい事も、楽しい事も誰かに分かつことなく充足感を得ることができたなら
それだけでいいじゃない
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- 2014年05月19日 22:11
- 後輩の言い分一見正しそうだけど…
これアレやん
宗教勧誘の言いぐさやん
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- 2014年05月19日 22:13
- 即答でオナヌー
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- 2014年05月19日 22:14
- この世の中がつまらないことなんて、園児の時にはもう知ってたわ
だから、周りが楽しそうにしてるのが酷く下らなく見えた
周りが下らなく見えたってことは、周りからしてみれば俺が下らなく見えたんだろうけどな
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- 2014年05月19日 22:14
- 無理 冗長 無駄
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- 2014年05月19日 22:16
- その楽しみを捨てた境地に涅槃があるのだよ(仏陀感)
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- 2014年05月19日 22:20
- お、おう…
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- 2014年05月19日 22:22
- 三秋縋みたいなssだな
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- 2014年05月19日 22:24
- ※7
そーだね(棒)
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- 2014年05月19日 22:27
- ジャンルは文学だな
書いてて楽しそう
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- 2014年05月19日 22:29
- イミフでした。
本当に正直な感想を言うと、「はぁ、で?」っていう感じ。
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- 2014年05月19日 22:31
- >楽しんでいると錯覚しようとしているか、あるいは何かに縋りつこうとしているだけ
何かに熱中できない人間はこういう考えになっちゃうよね
馬 鹿みたいに楽しんでる他人より頭が回転していると喜ぶべきなのか、何も楽しむことのできない自分を呪うべきなのか、縋って良いんだと開き直るのか
本当に思考は袋小路だよ
何も考えないで感じてるだけの方が幸せなようにしか思えない
このSSの主人公は最後に一時の享楽じゃなくてもっと大きな喜びに気付いたってことなのかな
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- 2014年05月19日 22:42
- ※14
お前はその感想で何をして欲しいのよ
趣味嗜好に合わなかっただけでいいじゃない
そんなときは黙って戻るボタン押してりゃいいんですよ
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- 2014年05月19日 22:48
- 長い
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- 2014年05月19日 22:48
- ようするに
上手くすればやれそうな女が現れたけど
いらんことグズグズ考ええてるうちに
いなくなっちゃったと
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- 2014年05月19日 23:04
- この作者は村上春樹が好きなんだろうと、一発でわかる文章。
-
- 2014年05月19日 23:13
- ※19
普段から読書しないけど、村上春樹を2,3冊読んで「読書が趣味です」って言ってる感じがする
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- 2014年05月19日 23:14
- ※19
そうだろうな。お前の知る小説家村上春樹ぐらいだもんな。
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- 2014年05月19日 23:23
- ※16
読む前にはそれなりの期待を持って読んでるわけで
それが期待はずれだったら、悪感情を吐き出したくもなるだろ
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- 2014年05月19日 23:25
- ※22
お前便所の落書きに期待なんかすんの?
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- 2014年05月19日 23:30
- 俺は否定しないけどねー。もっと素直に物事を受け入れて感じられてたら大分人生違ってたかも
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- 2014年05月19日 23:39
- なんか国語の教科書に載ってそうなモノだった
純文学ってひったすらにまどろっこしく表現するからな、こんなのもいい
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- 2014年05月19日 23:40
- あれだ、チャレンジしたけどかっとビングできなかったって感じの文だった
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- 2014年05月19日 23:54
- 浅野いにおとか好きそう(適当)
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- 2014年05月19日 23:57
- スレタイ見て、「楽しいことを見つけるために生きてるんだよ」って答えを自分の中で出してから開いたけど、予想の斜め上をいった感じだった
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