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姉「でも、自分がいる場所を失ってしまうこともあるかもしれない」|エレファント速報:SSまとめブログ

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姉「でも、自分がいる場所を失ってしまうこともあるかもしれない」

1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:34:35.99 ID:izjnFaTMo




「どうしたの? この痣」江良さんはそう言って、俺の頬にふれた。
頬にはきのうの夜にできたばかりの青あざがあって、ふれられるとずきずきと痛んだ。

痛みをこらえながら、「いろいろあったんだよ」と俺は言った。

「誰かと喧嘩でもしたの?」と江良さんはあざを撫でながら言う。
江良さんの手はちいさくてかわいらしい、と俺はその時にはじめて気がついた。

「そんなところ」と俺は言う。

「誰と喧嘩したの?」

「姉ちゃんだよ」

「お姉ちゃん? ろんちゃんにはお姉ちゃんがいるの?」

「“ろんちゃん”って」

「阿保くんのあだ名だけど」

「それはわかるけど、なんで江良さんが俺のことをろんちゃんって呼ぶのかがわからない」

「阿保ってなんかヤな感じじゃない? アホーって言われてるみたいで」

「まあね」



2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:35:51.47 ID:izjnFaTMo

たしかに江良さんの言うとおり、小学生の時のあだ名はアホだったし、中学生の今もあだ名はアホだ。
ろんちゃんと呼ぶのは、近所のおじいちゃんやおばあちゃんがほとんどだが、
同級生の中にも俺のことをろんちゃんと呼ぶものがいた。
だから江良さんも俺がろんちゃんと呼ばれていることを知っていたのだろう。

「でしょ? だから“ろんちゃん”」

俺はため息をついた。はずかしい。今すぐこの場から逃げ出したい。

「どうしてお姉ちゃんと喧嘩したの?」江良さんはたのしげに言う。

「どうしてって、話すのもはずかしいくらい、くだらない理由だよ。
姉ちゃんとはよく喧嘩するんだ。取っ組み合いの」

「ろんちゃん、負けるの?」

ろんちゃんと呼ばれると妙にはずかしかった。顔が熱くなって、心臓がばくばく鳴った。

「負けることもある」と俺は言った。

「お姉ちゃんとはいくつ歳が離れてるの?」

「三つ。姉ちゃんは一七」

「三つ? それくらいなら、ろんちゃん勝てそうだけど」



3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:36:36.82 ID:izjnFaTMo

「いきなり真正面からどーんと押されて、机で頬を強打することだってある」

「それは痛そう」
江良さんは真正面からどーんと押されて、机で頬を強打したような表情を浮かべた。

「痛くてどうしようもない」

「絆創膏いる?」

「意味あるの?」

「気休め程度には」

「じゃあひとつください」

江良さんは制服のポケットから絆創膏を取り出して、俺に差し出した。「はいどうぞ」

「ありがとう」と俺は言った。休憩終わりのチャイムが鳴った。
江良さんはぱたぱたと足音を鳴らして自分の席に着いた。



4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:37:36.99 ID:izjnFaTMo




下校時刻になって、「江良さんとどんな話したんだ?」と
食いついてきたのは同級生の亜十羅だった。

「これ」と俺は頬のあざを指差して言った。

「うわっ、近くで見るとグロテスクだな。おええっ」

「そんなこと言うなよ、傷つくだろ」

「あ。だったら、絆創膏もらったんじゃないのか? 江良さんから」

「もらったけど」
ポケットの中を手探りで確認すると、生温かくてふにゃふにゃになった絆創膏がある。

「おおー。やったじゃん」

「なんで絆創膏くらいで」

「江良さんから絆創膏をもらえるということが
どれほどの奇跡であるかお前は分かっていないんだな、かわいそうに」

「怪我すりゃ誰でももらえるんじゃないの」

「俺はもらえなかった」

ふうん、と俺は言って、下駄箱へ向かって歩いた。亜十羅はぴったりと横についてくる。



5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:38:46.99 ID:izjnFaTMo

上靴から運動靴に履き替え、下校する生徒でごった返す玄関を抜けると、冷えた風が頬をうった。
赤く染まりつつある秋の空にはいわし雲が浮かんでいて、とても高く見えた。
校庭には禿げかけた木と、抜け落ちた髪の毛みたいに散らばる枯れ葉があった。

冬が近いのだ。冬には長い休みがある。そう思うと気分は夕日のように沈む。
必然的に家にいる時間は長くなる。俺ではなくて、姉ちゃんが家にいる時間が、だ。

校門をくぐった辺りで、それまで黙っていた亜十羅は言った。
「そのあざ、また姉ちゃんにやられたのか?」

「まあね」と俺は言う。

「反撃したらいいのに」

「そんなことしたら何倍にもなって返ってくる」

「悔しくないのかよ」

「悔しくはない。いつもどおり」

「お前んち、やっぱりちょっとおかしいよ」と亜十羅は呆れたみたいに言う。

「そうかもな」と俺は言った。



6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:40:20.29 ID:izjnFaTMo

教育熱心な母さんは、俺のことを忘れてしまうくらいには姉ちゃんを溺愛していて、
なにかと出来の悪い弟と出来の良い姉を比べては姉ちゃんを褒め、俺を貶した。
はじめの頃はそのことをとても悔しいと思ったものだったが、
今となるとそれはあたりまえのことになってしまっている。

当の姉ちゃんはというと、たしかに俺と比べるとすこぶる出来がいい。
同じ腹から生まれたとは思えないくらいに。

弟の俺が言うのもおかしいかもしれないが、姉ちゃんは整った顔立ちをしていて
(同じ腹から生まれたとは思えないくらいに美人)、勉強もできればスポーツもできる。
絵も描ければ楽器だって扱えるし、唄だってうまい。
姉ちゃんは親からの期待をぜんぶ背負っていた。

でも何かうまくいかないことがあると、俺の部屋に来て、俺を殴ったり蹴ったりした。
昂った気分が落ち着くか、殴るのに疲れるかすると、
姉ちゃんは何事もなかったかのように部屋を出て行く。

興奮してるんなら部屋でオナニーでもしてろよとよく思ったが、
やっぱりこれも家ではあたりまえになっていた。



7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:41:43.80 ID:izjnFaTMo

一度両親に「姉ちゃんに何度も殴られている」と言ってみたことがあった。
両親は姉ちゃんを呼び、「どうしてそんなことするの?」とやさしく問いただした。

「ちょっと苛々してて、つい」と姉ちゃんは言った。「ごめんね」と俺に向かって言った。

「誰にだってそういうことはあるわよ。だから、ろんちゃんも
ちょっとくらいは我慢してね。男の子でしょ?」と母さんは言った。

父さんに至っては無言だった。

俺はうなずくしかなかった。両親に期待した俺がばかだったのだ。

そのつぎの日からも姉ちゃんは俺の部屋に来て、何かにとり憑かれたみたいに俺を殴打した。
ときどき金切り声を上げたり、半ば泣き叫んでいるような声を上げながらこぶしを振るった。
それがとてつもなくおそろしいものに見えた日もあった。

だから俺はサンドバッグみたいに殴られて、
車に撥ねられた猫みたいに床にうずくまった。
痛かったけれども、べつに悲しくも悔しくもなかった。

姉ちゃんが俺の部屋に現れる頻度は徐々に増していき、
最近はほとんど毎日来るようになっていた。
日を追うごとに暴力の度合いはエスカレートしてきている。
まるで俺を痛めつけることが義務であるかのようだった

でも俺にできることは何もない。
両親は姉ちゃんの暴力を黙認しているし、俺が苦しむことで苦しむ人は俺だけしかいない。
そして何と言っても姉ちゃんは家族の希望であり、崇拝すべき偶像のような存在だった。



8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:42:53.29 ID:izjnFaTMo

「それにしても江良さん、かわいいよなあ」と亜十羅は言った。「俺も絆創膏がほしいよ」

江良さんがかわいいことには概ね同意見だが、俺は黙っていた。

「こう、なんて言うんだろうな、ハムスター的なかわいらしさがあって」

亜十羅は一〇分ばかり江良さんのかわいらしさについて語った。
話を聞いていると、亜十羅は江良さんのことを身近な異性として
見ているわけではなくて、偶像(アイドル)のように見ているようだった。

そのことについて意見を言うと、「あー」と間の抜けた声が返ってきた。

亜十羅は言う。
「たしかにそうかもなあ。でもさあ、江良さんが俺と手をつないでるところを想像できるか?」

「無理」

「即答かよ」



9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:43:52.62 ID:izjnFaTMo




駅の前で亜十羅と別れてから、俺は駅前をぶらぶらと歩いた。
家に帰っても今の時間なら姉ちゃんはいないが、母さんがいる。
できることなら家にいる時間はなるべく減らしたかった。

駅前の本屋で一〇〇円の古本を一冊買ってから
コンビニでレモンティーを買って、のろのろと住宅街の方へ歩いた。
だんだんと駅前の喧騒から離れていくのが、すこしさみしかった。

幼稚園児を乗せた派手な色のバスが、脇を通り過ぎた。
遠くからは園児の帰りを待っている母親たちの
ぎこちない会話が、冷えた風にまざって耳に飛んでくる。

俺は家からけっこう離れたところにある公園に向かった。

公園にはちいさな砂場とつるつるとした石の滑り台があり、
とってつけたみたいに馬や象のかたちをした遊具がある。

ベンチの辺りには黒と赤のランドセルが無造作に置かれていて、
小学生の女の子が象にまたがって前後に頭を振っている。

しばらくするとその子が俺の方を見て、「あっ」と言った。「ろんちゃんだ」

俺は手を振った。「ひさしぶり」



10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:44:50.76 ID:izjnFaTMo

「ひさしぶり」ユメちゃんはそう言って象から下り、俺の方に歩いてきた。
「めずらしいね? どうしたの?」

「なんとなくね」と俺は言う。
「ユメちゃんは相変わらず明日来と有栖といっしょに遊んでるのか?」

「まあねー」とユメちゃんは歯を見せて笑った。

「明日来と有栖は?」

「ボールを取りに行ったよ」

「この公園はボール遊び禁止だけど」

公園の隅には看板があった。『公園内でのボールを使用した遊びを禁ずる』。
子どもへの忠告なのに、どうしてそんなに堅苦しい口調なのだろう。

「バレなかったらだいじょうぶだよ」とユメちゃんは言った。

「たしかにそうだ」と俺は言った。



11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:45:48.25 ID:izjnFaTMo

明日来と有栖がボールを持ってくるまでは暇なので、
俺はベンチに腰掛けて、買ってきた本を読んでみることにした。

姉ちゃんはちいさな頃からよく本を読んでいたが、
俺は普段から、ほとんど活字にふれることはなかった。
活字にふれる機会があるとするなら、それは国語の授業だけだ。
こんなものの何がおもしろいのだろうと、よく思ったものだった。

「何それ?」とユメちゃんが隣で言う。「ろんちゃん、本読むの?」

「年に一冊くらいは」

「すくなくない?」

「えっ。ユメちゃんはもっと読むの?」

「年に二冊くらいは」

「すげえ」

「ねえ、訊いていい?」

「何を?」

「ここ、紫色になってるけど」ユメちゃんは俺の頬を指差して言う。「なにかあったの?」

「部屋で転んだんだ」と俺は言った。「そしたら思いっきり机にぶつけちゃって」

「うわー、痛い」ユメちゃんは痛みに悶えるふりをしながら滑り台の方へ行った。



12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/06/14(土) 21:47:24.28 ID:izjnFaTMo

俺は買ってきた本をてきとうに捲る。
黄ばんだ紙にはびっしりと文字が整列していて、見ただけでくらくらとしてしまう。
けっきょく三ページほど読んでから栞をはさんで、鞄にしまった。

ぼけっとしなが
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    コメント一覧

      • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2014年06月18日 23:53
      • なんでこの親一回も見舞いしないの?行く資格無いとかその言い訳意味がわからない。それに母親は主人公を目の敵ばかりするし、父親も家庭には知らぬ存ぜぬで通す。もう最悪。笑うしかないねこの夫婦。
        ほんと照美と倫子がかわいそうで。せめて二人には幸せになって欲しいです
      • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2014年06月19日 00:00
      • 台本形式じゃないSSはなろうやらに書けば良いのにといつも思うんだが

    はじめに

    コメント、はてブなどなど
    ありがとうございます(`・ω・´)

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