1: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:09:07 ID:R0oLLA6h7


 生まれてはじめて見たんだよな。
 女の子がトイレットペーパー(12ロール)を抱えて歩いてるところ。

 「女の子ってトイレットペーパー、買うんだ」ってなんか興奮した。

 だから、話しかけちゃったんだよね。
 トイレットペーパーを抱えたその子に。




元スレ
「トイレットペーパー抱えてた寮の女の子に声をかけた話」
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1404212947/


 
4: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:12:27 ID:R0oLLA6h7


 はじめて話しかけたのは、寮のロビーだった。

「トイレットペーパー、買ったんだ」

 こんな感じで話しかけたら、意外なことに立ちどまってくれた。


「むしろトイレットペーパーしか買わないですよ」

「え? ティッシュは?」

「これがティッシュじゃないですか」

「いや、これはトイレットペーパーでしょ」

「我が家では、これを『丸いティッシュ』って呼んでます」


 この会話でわかると思うけど、この子はけっこう変わってた。
 あと、喋り方が渡部陽一に似てる。




8: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:16:37 ID:R0oLLA6h7


「ティッシュがいりますか?」

「いるでしょ」

「でも、トイレットペーパーがあれば必要ないですよね」

「……トイレットペーパーをなにに使ってるの?」

「わざわざ聞く必要ありますか」

 「ごめん」とオレはそこであやまった。

 さすがに女子に聞くことじゃなかった。
 あと、なんかすげえ眠そうで半目だった。




10: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:18:47 ID:R0oLLA6h7


 ちなみに名前を聞いたら、こんなふうに返してきた。

「好きなように呼んでくれていいですよ」

「そっかあ。って、本名を知らないんだけど」

「だから、好きに呼んでくれていいですよ」

「いいの?」

「いいです」

「じゃあ『トイちゃん』で」

「なんで、わたしのみょうじを知ってるんですか?」


 トイちゃんが目を見開いた。
 意外と大きい目をしてた。




11: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:20:35 ID:R0oLLA6h7


「いや、当てずっぽうなんだけど」

「へぇーほぉー」

「……」

 なぜか、急に顔をジロジロ見てくるようになった。
 けっこう真剣に感心してるっぽい。

 『トイちゃん』って名づけたのは、
 トイレットペーパーの『トイ』をとっただけなのになあ。




16: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:23:48 ID:R0oLLA6h7


 うちの寮は、男女共同。
 だからトイちゃんとは、ときどきいっしょにご飯を食べた。

「トイちゃんって、なんで敬語を使うの?」

「変ですか?」

「一年生どうしなんだから使う必要なくない?」

「それには深い理由があるんですよ」

「と、言いますと?」

「わたし。タメ口で話すとなまっちゃうんです」

「それで、戦場カメラマンみたいな話し方してるの?」


 トイちゃんはうつむいて、納豆をすげえ勢いでこねはじめた。
 もしかすると、ショックを受けたのかもしれない。




18: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:25:46 ID:R0oLLA6h7


「鹿児島出身なんですよ、わたし」

「へえ。鹿児島ってなまりつよいの?」

「『自分ではよくわかんないんだけどねえ』。こんな感じです」

「なんかイントネーションがへんだね」

「地元の友達にも、よく言われます」


 ……地元の友達にも言われちゃうんだあ。




21: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:29:32 ID:R0oLLA6h7


 朝は食堂で女子のすっぴんが見れたりする。
 トイちゃんのすっぴんも拝めた。


「なんか体調、わるそうだね」

「なんでそう思うんですか?」

「だって顔色ヤバイよ」

「すっぴんだとだいたいこんな感じです」


 早朝のトイちゃんは泥人形みたいだった。




24: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:35:27 ID:R0oLLA6h7


 トイちゃんがバイトをはじめたらしい。

「へえ。なんのバイトはじめたの?」

「誰にも言わないでくださいよ」

 めずらしく、トイちゃんの目が開いていた。

「ちなみに、オレはレジ打ちとかやってるのかと思った」

「残念。ちがいます」

「じゃあなんなの?」





27: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:40:48 ID:R0oLLA6h7


「アパレルです」

「アパレル!?」

「はい。アパレルです」

「……なんかイメージとちがうなあ」

「友達からは、とっても似合ってるって言われますよ」

「ちなみに店は?」

「西松屋」

「ああ、うん。似合ってるわ」


 ていうか、西松屋ってアパレルって言うのか。




29: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:45:25 ID:R0oLLA6h7


 トイちゃんに趣味を聞かれたので、聞き返してみた。

「わたしの趣味ですか?」

「うん。なんかないの?」

「あります」

「なあに?」

 目を細めるトイちゃん。
 トイちゃんは、考え事をするとき必ず目を細めるのであった。

「ホテル巡りです」

「ホテル巡り?」




30: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:49:46 ID:R0oLLA6h7


「ブティックホテルの中を見るのが好きなんです」

「泊まらないの?」

「寮がありますし」

 そう言ったあとで、トイちゃんは
 「変な意味じゃないからね」と慌ててつけ足した。

 変わった趣味をもった人間がいるんだなあ、とため息が出た。
 ブティックホテルがなんのかわからなかった。

 あとで調べてみたら、もっとため息が出た。




31: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)20:55:22 ID:R0oLLA6h7


 ある日、ベランダで布団を干していると。
 上からバスタオルが降ってきた。
 
 ちなみにうちの寮は、六階建てなんだけど。
 男子が住んでるのが、1階から4階。
 女子が住んでるのが5階と6階。

 そして俺が住んでるのは4階。

 つまり上から降ってきたバスタオルは、女子のものである。
 届けようかと思ったけど、女子の階には男子は行ってはいけない。
 それでめんどくさくなって、自分の部屋で干しとくことにした。

 ……っていう話をトイちゃんにした。




33: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)21:07:01 ID:R0oLLA6h7


「それでまだ、タオルはもってるんですか?」

「まあ、いちおう」

「早く返したほうがいいですよ」

「オレの代わりに返してほしい」

「じゃあ、あとでもってきてください」


 食堂で話し合って、一度解散することにした。
 部屋に戻ったらトイちゃんから、寮の部屋の内線で連絡がきた。
 内線は部屋の番号を押すだけで、勝手につながるんだけど。 

 教えてないのに、
 どうしてオレの部屋の番号知ってたんだろ?
 




38: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)21:23:15 ID:R0oLLA6h7


トイちゃんにほかに趣味がないのか聞いてみた。

「ありますよ、もうひとつ」

「それはいったい?」

「お酒。芋焼酎とか飲むの好きです」

「トイちゃんって未成年飲酒とかしちゃう人なんだ……」

「未成年じゃないですよ」

「まだオレたち、一年生じゃん」

「わたし、浪人してるんで」

 トイちゃん、まさかの年上だった。




39: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)21:34:07 ID:R0oLLA6h7


 トイちゃん、どうやらコーヒーは豆から挽いて飲む人らしい。

「コーヒーは飲みますか?」

「めっちゃ飲むし、めっちゃ好き」

 本当はコーヒーは好きじゃない。
 けど、トイちゃんと話したかったからそう言った。

「じゃあ甘いものは好きですか?」

「あんまり好きじゃないけど、なんで?」

「甘いものはコーヒーのおいしさを引き立てるんですよ」




40: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)21:38:39 ID:R0oLLA6h7


「もったいないなあ」

「そうなの?」

「甘いものと飲むコーヒーのほうが、100倍おいしいのに」

「そっか」

「甘いものと、飲みません?」

「飲み方はなんでもいいよ。
 べつにそんなにコーヒー好きじゃないし」

「え?」

「うん?」

 なんだかんだコーヒーを飲ませてくれたトイちゃんだった。





42: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)21:45:53 ID:R0oLLA6h7


 食欲の秋ってことで、
 トイちゃんといっしょに食堂でカレーの大食いチャレンジをした。
 ちなみにオレは誘われたがわ。

 トイちゃんはちっこい。
 それにどちらかと言えば、ほそい。
 てっきりすぐ音をあげるかと思ったら、完食しやがった。

「じゃあ、別腹で喫茶店行きましょうか」

 ラグビー部のヤツでさえ、
 食べたその日は動けなくなるんだけどなあ。

 トイちゃんは、パンパンになったお腹をさすって満足そうにしてた。




43: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)21:58:06 ID:R0oLLA6h7


 冬はトイちゃんとは会わなかった。
 コタツから出れないんだそうだ。

 暖房つけろよって内線で言ったら、
 「喉が痛くなります」ってキレられた。

 なんか知らないけど、六時間ぐらい電話越しにケンカした。
 さすがに眠くなって、電話を切った。

 内線はお金がかからないから、ついつい長電話してしまう。




44: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)22:01:54 ID:R0oLLA6h7


 冬は鼻水がとまらなくなる。
 オレはいつも鼻をすすってた。

 そんなあるとき、
 トイちゃんが寮を出ていくという話を聞いた。
 いつもどおり、内線で連絡してみた。

「今部屋がゴミ屋敷なんで、あとにしてください」

 それだけ言って、内線を切られた。




46: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)22:09:50 ID:R0oLLA6h7


 春が近づいて来ると、今度は花粉症がおそってきた。
 鼻水はあいかわらずとまらない。
 オレはなんとなく、ロビーで読書していた。

 そこで台車に荷物をたくさんのせた、トイちゃんがやってきた。

「あー、ひさしぶりです」

「引越しの日?」

「そうです。巣立ちの日です」




47: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)22:14:28 ID:R0oLLA6h7


「そっかあ。さみしくなっちゃうね」

「べつに大学はいっしょのままですよ」

「いや、まあそうなんだけど」

「あ、そうだ。
 トラックに詰めこみきれない荷物が、あります」

「くれるの?」

「あげます」

 トイちゃんは、そう言って台車の一番うえにのってた
 トイレットペーパーをわたしてきた。




48: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)22:18:05 ID:R0oLLA6h7


「トイレットペーパーかあ」

「ティッシュがいりますか?」

「いるでしょ」

「でも、トイレットペーパーがあれば必要ないですよね」

「……トイレットペーパーはなにに使ってるんだっけ?」

「はじめて会ったときも、聞いてきましたよね」


 オレは目を見開いてしまった。
 トイちゃんがオレと会ったことを覚えてるなんて。
 




50: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)22:23:51 ID:R0oLLA6h7


「逆に聞きますけど、トイレットペーパーってなにに使いますか?」

 オレはふくろをあけて、
 その中からトイレットペーパーを1ロールとりだした。
 そして、はなを思いっきりかんだ。

 耳がキーンとした。

「こうやって使うんだよ」

「なるほどー」

 トイちゃんは眠そうな目をいつもより開いて、
 パチパチと拍手する。




51: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)22:28:49 ID:R0oLLA6h7


 これがオレとトイちゃんの寮での最後の会話。

 あれから二ヶ月が経ったけど、
 トイちゃんの部屋はすっかりゴミ屋敷になっちゃったらしい。

 だから今度、トイちゃんの家に掃除に行くことになった。
 
 ホコリだらけらしいし、オレの花粉症はまだ続いてるから、
 トイレットペーパーをもっていったほうがいいかもしれない。

 ちょっとだけ楽しみ。それだけ。


 
 おしまい






52: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)22:30:37 ID:4KMxBKOw7

こういうの好きだぞ乙




53: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)22:33:27 ID:H8bsd6ozG

最初のかけあいが最後に出てくるの好き




54: 名無しさん@おーぷん 2014/07/01(火)22:38:29 ID:cVCkfvHiQ

よいSSであった!乙





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