佐久間まゆ「微睡みのセレナーデ」
- 1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:38:03.17 ID:is1ggbCSo
仕事が終わってから、まゆが飲み物を飲みたいと言うので自販機でココアを二本買った。
俺はコーヒーが飲めない。いくらミルクや砂糖を入れても、あの独特の臭みに耐えられない。
「ココアは甘くていいですねぇ」
コーヒーも嫌いじゃないですけど、とまゆは缶を傾けた。
こうして肩を並べて、缶のココアをすすっているのがなんだか不思議に思える。
まゆの経歴は華々しい。読者モデルとして活躍していたが事務所を辞めてはるばる上京、
シンデレラガールズに書類審査だけで合格し、今年の三月に仙台から越してきた。
元読者モデルというのも伊達ではなく、撮影には慣れているし、単純にかわいい娘だった。
煮ても焼いても食えない名ばかりの候補生がひしめく中では、頭一つ抜けた存在だ。
そんな筋金入りの子を、俺みたいな若造がプロデュースできるとは思わなかった。- 3:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:39:49.31 ID:is1ggbCSo
まゆのお蔭と言えば、そうなのかもしれない。
あの人以外はイヤです、と佐久間まゆが直々に(どこで知ったのか)俺を担当に希望したのだ。
「俺は構わないけどさ」
「なにがですか?」
「ひとりごと」
ココアの缶を開けて、一口飲んだ。ミルクとカカオの匂いが鼻を通り抜けていく。
プロデューサーがアイドルを選ぶのはままあることだが、
アイドルがプロデューサーを選ぶのは例がなかった。
反発がないわけではなかったが、最後にはみんな、まゆの頑固さに折れた。
「ココアは甘くていいよな」
俺がそう言うと、まゆはにこりと笑った。
- 4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:41:41.70 ID:is1ggbCSo
俺をどこで知ったのか、なぜ俺を担当に強く希望したのか、
詳しく聞き出したときも同じように微笑んでいた。
どこどこで、この人にプロデュースされたいと思ったから。にこり。
俺が君をプロデュースするのを先輩は面白く思っていないんだ。
そう言っても同じように微笑んでいたはずだった。
また一口、もう一口と飲んでいると缶が空になった。
まゆも飲み干していて、空き缶を持て余している。
行くか、と空き缶を備え付けのゴミ箱に放り込む。
人気のない廊下に、がらがらと煩く響いた。
まゆはそっと空き缶を投げた。がらん、とまた響く。
さて、と踵を返しかけたところをまゆに呼び止められる。
- 5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:43:02.44 ID:is1ggbCSo
「あの、プロデューサーさん、少しいいですか?」
つま先にかかる体重が左右に振れて、靴がきゅっと鳴った。
「少しって、どれくらい?」
ちらりと腕時計を見る。
どうせ今日の仕事は終わって、あとはまゆを女子寮に帰すだけだ。
「そうですねぇ、二分だけでいいです」
「ああ、そう」
帰り途中にどこか喫茶店へ寄るかと思ったが、本当に大した話じゃないんだろう。
二分と言うと秒に直して百二十秒だが、百二十秒で済む用事なんか考えてみると、
限られてるような気がした。
「じゃあどうぞ」
そう促すと、まゆは一呼吸置いてから俺の目をまっすぐに見て、言った。
- 6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:45:04.75 ID:is1ggbCSo
「プロデューサーさん、好きです」
は、と俺の口が間抜けに開いた。
「マジ?」
「本気と書いてマジと読むなら、マジです」
どんな返事をしたらいいか分からなかった。
俺にできるのは、間抜けに開いた自分の口に気付いて、慌てて閉じるくらいだ。
そういえば、俺の先輩はたびたびアイドルに告白されて困る、と嬉しそうに言っていた。
俺は今まで、そういうものとは無縁であったから、ある種のファンタジーだと思っていた。
前の前の担当アイドルは俺を毛嫌いしていたし、前の担当アイドルは俺のことを馬鹿にしていたから。
- 7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:46:28.21 ID:is1ggbCSo
「プロデューサーさんはまゆのこと、好きですか?」
「ちょっと待ってくれ」
頭を抱えたかった。
いや、俺の右手はくしゃくしゃと自分の髪を掻いていたから、頭を抱えたと言っていいか。
「なんで二分で済む話だと思ったんだよ」
「返事次第なら三十秒で済む話じゃないですか」
「いや、お前……」
「好きですか? 嫌いですか?」
まゆはその場から一歩も動かないのに、なんとなく詰め寄られた気分になる。
俺は俺の気持ちよりも先に、まゆの気持ちを疑った。
「お前、最初からそのつもりでウチへ来たわけじゃあるまいな」
「……そうだと言ったら?」
「マジかよ。と驚く」
- 8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:47:34.68 ID:is1ggbCSo
まゆはくすりと笑った。何度も見たはずの笑顔が、今は違う意味を持っていた。
「一目惚れだったんです」
「信じがたいな」
「まゆ、本気です」
「本気と書いてマジか」
「ええ、大マジです」
冗談のように言うが、まゆの表情を見ると言葉通りの大マジらしかった。
ようやく冷めてきた頭で、その大マジな告白をものさしで計る。
「きっとその恋は本物じゃない」
俺がそう言うと、まゆは表情を曇らせた。
- 9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:48:34.00 ID:is1ggbCSo
「仙台から出てきて、ひとりぼっちだから、
一番身近な俺を頼らざるを得なくて、勘違いしてんだ」
「まゆは一目見たときから、あなたが好きです」
「そう思い込んでるだけなんじゃないか、と思うんだけど」
まゆは少し俯いた。幸い、曇ったままの表情から雨は降らなかった。
「少し頭を冷やそう。風邪みたいなもんだ」
そうだ、恋は風邪みたいなもので、移ろいやすくて、気が付くと失われている。
「行こう。とっくに二分経った」
- 10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:49:41.57 ID:is1ggbCSo
「待ってください」
まゆの声はさほど大きくはなかったのに、廊下によく響いた。
「まゆがどうこうじゃなく、あなたの気持ちが聞きたいんです」
「だって、まだ会って三ヶ月くらいだぜ。……考えたこともないや」
「なら、考えてみてください。まゆは、待ちます」
「どのくらい待ってくれる」
なんとなく、皮肉めいた言い方になってしまう。
待ってるうち、お前の熱も冷めちまうんじゃないか。
「いつまでも」
まゆはにこりと笑って、じゃあ行きましょうか、と階段の方へ歩き始めた。
- 11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:50:42.98 ID:is1ggbCSo
まゆはかわいかった。性格はよく知らない。
履歴書も、詳しいプロフィールも目を通していたはずだが、
まゆの人間像はまるで見えなかった。初めて気づいた。
まゆのことを知らないのに、好きだの嫌いだの言えないと思った。
幸い、時間はたくさんあった。まゆはいつまでも待つと言ったのだ。
「まゆは編み物が趣味なんだっけ」
「はい、そうですねぇ」
帰りの車中では大抵まゆが話しているのをただ聞いているだけだったが、
今日は俺から話しかけた。
- 12:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:51:42.00 ID:is1ggbCSo
「マフラー?」
「とか、セーターとか」
「ふーん」
「編んであげましょうか」
「今何月だと思ってる」
「これから暑くなりますねぇ」
「秋とか、冬だったら嬉しいな」
「じゃあ、そのくらいに出来上がるよう、編みますから」
「手袋が欲しいな。俺の手袋、穴空いてたんだ」
「プロデューサーさんの手の大きさはどれくらいですか?」
このくらいだ、とハンドルから左手を離して、助手席に座るまゆの方へ見せる。
- 13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:53:34.09 ID:is1ggbCSo
「結構、大きいんですね」
ぺたりと、差し出した手のひらにぬくもりを感じる。まゆの右手が重なっていた。
「まゆの手が小さいんだ」
左手を引っ込めて、ハンドルに戻す。
「楽しみに待っててくださいね」
「はい、楽しみに待ってるよ」
ハンドルを持った手のひらに、まゆの体温がまだ残っていた。
- 14:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:55:00.63 ID:is1ggbCSo
――――
シンデレラガールズの会社としての規模は小さくはない。
大会社というほどでもないが。
オフィスにはデスクと印刷機が偉そうに居座っており、
くつろぐためのソファーなんかは当然だが置いていない。
レッスンもトレーナーがほとんど面倒を見るので、
自然、俺とまゆが話す場所、タイミングは仕事中になる。
- 15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:57:17.65 ID:is1ggbCSo
「プロデューサーさんの初恋はいつでしたか?」
CDショップに特設したコーナーに、まゆの二枚目のシングルが平積みされている。
その横でまゆは姿勢よく椅子に座っている。俺だったら、テーブルに頬杖をついてしまうだろう。
まゆは午前からずっと座りっぱなしで、お客に笑顔で呼びかけ、何度もサインと握手をした。
幸い、と言っていいのかは怪しいが、午後三時を過ぎる頃には、
そもそもCDショップに立ち寄る人も少なく、四時を過ぎた今、すっかり暇になった。
「初恋か……六歳くらいだったかな」
「お相手は?」
「近所のお姉さんで、おっぱいの大きい人だった」
はあ、と気の抜けた返事をするので、呆れられたかと思ったが、
まゆの表情を見る限りではそうでもないらしい。
- 16:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 19:58:46.80 ID:is1ggbCSo
「お前は、なんで俺が好きだ」
「さあ、なんででしょうねぇ」
いたずらっぽく笑うでもなし、ため息をつくでもなし、
まゆは本当に心からわからない風に首を捻った。
「なんかしらあるだろ」
「どうして好き、って、まゆには後付けみたいで」
「理由なんてない?」
「あっていいと思いますけど……」
まゆはくるりと店内を見回してから、なぜかこっそりと言った。
子供が秘密を打ち明けるときみたいに。
「なぜなら好きだからどうして、なんですよ」
「支離滅裂だと思わないか」
「いいえ?」
まゆは口を尖らせて、頭をゆらゆらと揺らした。
- 17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 20:00:38.66 ID:is1ggbCSo
時計を見ると四時半になるところだった。ぼちぼち撤収の頃合いだろう。
「俺、片付けとか手伝わなきゃいけないから、着替えて帰りな」
「まゆも、手伝っちゃいけませんか」
「アイドルのやるこっちゃねぇよ」
さあ行った行った、とまゆの背中を押した。
十分か十五分かして、着替えを終えたまゆが帰ってきた。
いや、帰ってきたのを見たわけではない。
店の主人の指示を受けながらCDの配置を元に戻したり、
コーナーに置いたテーブルと椅子を片付けたり、
いつの間にかまゆも一緒になって作業をしていた。
帰れよ、と言うのもなんとなく躊躇われて、結局全部片付けるまで手伝ってもらった。
- 18:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/07/22(火) 20:03:03.71 ID:is1ggbCSo
コメント一覧
-
- 2014年07月23日 21:54
- 近所のお姉さん(17)
-
- 2014年07月23日 21:56
- 重い。けど、病んでないまゆ。すき。
-
- 2014年07月23日 22:03
- 脳みそ腐ってんだろ
-
- 2014年07月23日 22:03
- なぜPは大概クズなのか。おそらくは書き手の精神性なのだろうが、女性側の行為に甘えた自分勝手で幼稚な人間に思える
-
- 2014年07月23日 22:16
- まゆかわいい
-
- 2014年07月23日 22:38
- ケツだな
-
- 2014年07月23日 22:45
- 濃厚な童貞臭
-
- 2014年07月23日 23:15
- Pがクズすぎて胸糞
どんだけ自分の都合で相手を傷つけてんだよ
まゆPはこれ見て頭にこないのか?
優柔不断なクズのせいでまゆが傷つけられまくってんだが
-
- 2014年07月23日 23:17
- 案の定のコメ欄
-
- 2014年07月23日 23:26
- むしろこういうPの方が好きです(小声)
ままゆの素晴らしさはどんなにクズでも尽くすとこなんだよなぁ。振り向くことがなくても尽くすことを決してやめない感じが好き
-
- 2014年07月23日 23:27
- 時間はあるから答えは焦らなくていいと言いつつずいぶん唐突に拒絶するのね。そういうのも人間らしいのかも知らんけど
あと本気と書いてのくだりはちょっとくどいと思いました
-
- 2014年07月23日 23:31
- 夏だなぁ
-
- 2014年07月23日 23:33
- 人間臭さが出てて良かったと思うんだが
-
- 2014年07月23日 23:33
- なんというか時々入る詩的表現がくどすぎて一気に冷める
雰囲気はいいんだけどそれが入るだけでぶち壊してる
もうちょいあっさり書いたら読みやすくなりそう
-
- 2014年07月23日 23:42
- Pが幼稚なのはわかるが、そうじゃないとこういう話に出来ないしな。
>>10の言うようなままゆを書きたかったんだろ。
胸糞感は特にないけど、ままゆの心情が気になるわ・・・
-
- 2014年07月23日 23:42
- 一時期よくまとめられてたアレかと思ったが
一応ハッピーエンド…なのか…?
どっちみちもやもやするが
-
- 2014年07月24日 00:00
- 珍しくまともな批評米がついてるな
個人的には気取らずにうまく風景を描写できている地の文だと思った
こういうのモバマスでは貴重だから続けて書いてもらえると嬉しい