「Have a good life 」【氷菓】
- 2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/26(土) 01:19:56.93 ID:g9UACAEx0
- 清明
万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれる也 - 4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/26(土) 01:21:15.66 ID:g9UACAEx0
- 新幹線で名古屋まで、そこからJRの急行列車に揺られて、そろそろ1時間程が経とうとしている。窓外の景色は次第に見憶えのあるものへと移り変わっていった。
- 5 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:23:16.98 ID:g9UACAEx0
- あと、だいたい1時間と20分ぐらいか。
俺は荷棚に置いたバックの中から1冊の本を取り出して、膝の上に置いた。無愛想な装丁のその本のタイトルは『ふたりの距離の結末』、著者名は『福部里志』
里志は大学時代から、徐々にその貯め込んでいた知識を混成していく術を学んでいった。まあ、それが最も結実したのが散文という形であったのはなんとなく納得はいく。 - 6 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:24:13.78 ID:g9UACAEx0
- 内容は、怠惰で無気力な探偵が嫌々ながら事件に巻き込まれていくといった推理モノ。驚いたことに、この探偵、俺が原型であるらしいのだ。まあ、五作目まで続いている小説の主人公が俺を基にして誕生したということ自体悪い気はしない。
- 7 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:25:12.06 ID:g9UACAEx0
- 相変わらず、衒学ぶった知識のひけらかしとも取られかねない文章だが、軽妙で独特な文体がそれを上手い具合に補っている。
里志らしいといえば里志らしいし、他にこんな文章が書ける奴、そうはいないだろう。
- 8 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:26:02.48 ID:g9UACAEx0
- 生き字引の成せる技……いや、あいつならこう言うだろう。
「それはね、ホータロー。僕がデータベースだからだよ」 - 9 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:28:17.57 ID:g9UACAEx0
- 俺は神山高校を卒業し、関東の大学に進学した。古典部の千反田、伊原、里志たちもそれぞれが別々の大学に進学することとなった。
伊原と里志とはお互いのキャンパスが割合近くなこともあり、よく深酒に付き合わされ、
また時々ではあるが2人の喧嘩の――攻め立てるのは伊原の方ばかりだが――仲裁役をさせられた。
千反田は、より商品価値の高い作物を他に先駆けて作ることで、皆で豊かになるという願いを実現させる為に東北の国立大学農学科に進学した。
神山市に帰省した際には、この4人で集まったりしたものだが、それぐらいしか千反田と顔合わせする機会もなかったのであいつの学生生活がどういったものだったのかはよく知らない。
- 10 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:30:19.75 ID:g9UACAEx0
- 「あら、お帰り。どうしたの? まだ両親ともども健在よ」
「姉貴、それが5年ぶりに帰郷した弟に対して初めにかける言葉か。それに、そろそろ一度顔を見せてやれって言ったのは姉貴の方だろ」
「え? そうだったかしら」
姉、折木供恵は東京の広告会社に勤務しているが、今は理由あってこの神山市に帰郷をしていた。
家の2階から赤ん坊の鳴き声が響き渡る。
「ほら、あんたが帰ってきたせいで起きちゃったじゃないの」 - 11 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:31:39.64 ID:g9UACAEx0
- 姉貴の自室は昔とほぼ変わりないが、1つ違いをあげるとすれば、それはベビーベッドが備え付けられているということだろう。
「昨日退院だったんだろ」
「そうね、母子ともども健康よ」
慈愛顔で我が子の頬を指で撫でる姉貴の姿に、俺は戦慄いた。まさかあの姉貴がこんな表情で赤ん坊を愛でる日がくるとは……。
- 12 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:33:07.95 ID:g9UACAEx0
- 「あんたも抱いてみる」
怪我でもさせては大変だから断ろうと思ったが、叔父としてこれからこの子と接する機会も多々あるだろうと考えて
それならばこの時期からある程度のスキンシップをとっていた方が賢明だと試しに抱かせてもらってみることにした。
- 13 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:34:37.07 ID:g9UACAEx0
-
「こんな感じ、うん、そうね。首はちゃんと支えてあげなくちゃ駄目よ。まだすわりが悪いからね」
恐々と姉貴の腕から赤ん坊を抱き寄せた。想像していたよりもずっと重い。
「どう? 可愛いでしょ」
「おお」
赤ん坊の小さな手の指先が、俺の手に触れて思わず驚嘆の声を上げた。
「動いた」
「当たり前じゃない」
姉貴が口許に手を当てほくそ笑む。 - 14 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:36:14.61 ID:g9UACAEx0
-
「名前はなんていうんだ?」
「それがまだ決めかねているのよ。『愛』とか、『涼花』とか候補は上がってるんだけど……
いっそのこと、『愛』と書いて『すずか』とでも読ませてみようかしら」
「じゃあまだ出生届も出してないのか。今、生まれて何日目なんだ?」
「8日目ね、あと6日も間があるしそれまでには決めるわよ。でも、不思議じゃない?」
なにが、と姉貴の腕に赤ん坊を抱き渡しながら聞き返す。
「ちゃんとここに生きているのに、まだ社会的には存在しないことと変わりないのよ。そう考えたら不思議じゃない?」
「存在してるのに、見えない『愛』ちゃんねえ」 - 16 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:37:34.80 ID:g9UACAEx0
- 「仕事の方はどうなの?」
「可もなく不可もなく」
1階の降り、リビングで姉貴の出してくれた茶を啜りながら俺は答えた。
「判然としない返答ね、まあ、わたしの助言に狂いはなかったでしょう。よかったわね
できたお姉さまの言う通りに、在学中に司書の資格を取っておいて」
「はいはい、感謝してます」 - 17 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:39:55.18 ID:g9UACAEx0
-
俺は大学入学前にされた姉貴の提案を愚直に守り、司書の資格を取得した。
「あんた、一般企業なんてざらじゃないんだから司書の資格でも取っときなさい。取って損はないんだし、省エネのあんたにはぴったりよ」
この言い分はもっともだった。形だけの就職活動のさなか、近隣の
市の図書館司書の求人が目に留まり、物は試しと応募してみたところ
まさかの内定を頂いてしまったのだ。
以来、俺はそこで真面目に堅実に職務をこなしていた。
真面目すぎてここ五年間実家に足を運ぶ暇さえなく、ということはありえず
ただ単に長時間かけて帰郷するのが面倒だったというのが唯一の理由だ。
- 18 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:41:42.32 ID:g9UACAEx0
- 姉貴と当たり障りない世間話をしていると、実家の固定電話が鳴り始めた。
腰をあげようとした俺を姉貴が手で制し、膝行して電話の方へ向かって行く。
「あ、もしもし久しぶりね。うんうん、元気よ。そっちはどうなの?」
どうやら姉貴の友人らしい。
おおかた出産をどこかから聞きつけて祝の電話を寄越してきたのだろう。
ただ、どうしてわざわざ実家の固定電話に。
- 19 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:43:29.52 ID:g9UACAEx0
-
「え? ああ、大丈夫大丈夫。生きてるわよ。核戦争が起きたって死にゃしないわよ。
ゴキブリみたいなものなんだから。おおかた携帯を忘れてきたんでしょ」
共通の友人の話題だろうか。それにしたって酷い言われようだ、あの扱われっぷり、どこかシンパシーを感じずにはいられない。
「ほらー、奉太郎。里志くんから電話よ。あんた携帯忘れてきてるみたい」 - 20 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:45:18.73 ID:g9UACAEx0
- 『もしもしホータローかい。久し振りだね、全然電話に出ないから心配して実家の方に連絡をいれてみたんだけどビンゴだったね』
「悪いな、携帯を忘れたことに全然気づかなかった」
『はは、ホータローらしいや。お姉さんも元気そうでなによりだね。ところで珍しく里帰りしているみたいだけど、どうかしたのかい?』
俺は送話口を手で覆い、姉貴に聞こえないように小声で言った。
「姉貴に子供が生まれてな、恐らく俺と会わせたかったんだろう」
『それは本当かい!? いやあ、吉報だね。男の子かい? 女の子かい?』
あまりの大音声に、発作的に受話器から耳を離してしまった。
姉貴にもそんな里志の声が届いていたんだろう。見えもしないのにこちらに手を振って
「女の子よー」と返事をしている。
- 21 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:46:43.38 ID:g9UACAEx0
- 『それにしたって目出度いじゃないか。加えて両親に
いつまで経っても顔を見せない恩知らずの1人息子を再開させる手はずまで整える。さすがだよ』
「誰が恩知らずだ。俺だってたまにぐらい両親に電話ぐらいかけている」
『電話と実際に会うのとでは比べ物にならないよ。そういえば、大学時代もホータローを神山に連れて帰るのには苦労させられたな。石の上にも三年……いや、大学だから四年だね。とにかく面倒で動きたがらないんだもの。今回の里帰りはどれぐらい振りなんだい?』
「ざっと五年だな」
『呆れたよ。もっと親孝行しとかないと、いつ何が起こるか分からない世の中なんだからね』 - 22 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:48:57.80 ID:g9UACAEx0
- 自分でも薄々薄情者だなと思いはしていたから、反論するのは憚られた。
「ところで、今日はどうしたんだ?」
こういう場合、露骨にでも話題を変えるに限る。
「珍しいじゃないか、お前から電話なんて」
『連絡を入れるのはいつも僕からじゃないか。
まあ、いいや。実は僕にも娘が産まれてね』
立ち眩みをおぼえ、電話台に手をついた。
「ちょっとまて里志、それは本当か」 - 23 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:50:56.40 ID:g9UACAEx0
- 『はは、ジョークじゃないよ。なんだい僕には父親が似合わないっていう物言いだ。
僕たちもそろそろ子供をもうけても不思議じゃない年齢だと思うけどね』
「伊原、あ、いや今は福部摩耶花か。慣れないな。摩耶花の体調は大丈夫なのか?」
『ああ、それなら問題ないさ。毎日、こう目を糸みたいに細めて美代の世話をしているよ』
と、そこで里志の受話器越しに赤ん坊の泣き声が聞こえ始めた。
『ごめんねホータロー、ぐずりだしちゃったみたいだ』
「大変だな、父親ってのも」
- 24 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:52:31.86 ID:g9UACAEx0
- 『確かに大変だけど、新たな発見もあって毎日が充実しているよ。
ホータロー、最後にこれはお願いみたいなものなんだけど、せっかく神山市にいるんだからちょっと神高まで出向いて、古典部が今どうなっているのか見てきて欲しいんだ』
「どうして俺が……」
『面倒臭そうな声音だね。煩わしいのは分かるんだけど
ちょっと気になるじゃないか。僕たちが卒業してからおっつけ8年ぐらいかな?
現在きちんと存続しているのかどうか、ホータローだって気になったことはないかい?
摩耶花だって少し気掛かりではあるみたいだし、ねえ、頼むよホータロー』
「まあ、考えておく」 - 25 : ◆KM6w9UgQ1k 2014/07/26(土) 01:54:05.17 ID:g9UACAEx0
- 『そうこなくっちゃ! あ、そろそろ行かないと
また摩耶花にどやされちゃう。「国際電話は高いんだからね!」っコメント一覧
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- 2014年07月26日 22:30
- ふと昔を思い出してしまった
せつねぇ
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- 2014年07月26日 22:32
- 心臓がドクドク言ってる。
やばい。
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- 2014年07月26日 22:46
- 手が震えてきた
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- 2014年07月26日 22:50
- 切ねぇ・・・
素晴らしい作品ですね
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- 2014年07月26日 22:53
- すっごくありそうなだけにメンタルがゴリゴリ削られるな…
今日はもう寝る…
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- 2014年07月26日 22:54
- すっげぇ…なんだこれ、なんだこれ……
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- 2014年07月26日 22:57
- 完成度高すぎて草
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- 2014年07月26日 22:59
- 面白かったよ
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- 2014年07月26日 23:03
- 終盤読むのがつらかった.....
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- 2014年07月26日 23:19
- 目からえるたそが…
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- 2014年07月26日 23:20
- もう言葉に出来ないわ。
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- 2014年07月26日 23:31
- もうこれが原作最終話でいいんじゃないかな
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- 2014年07月26日 23:38
- 後輩やストーリーはオリジナルなの?
それとも何か元ネタあるんだろうか
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- 2014年07月26日 23:39
- 先にコメント欄みてたから予想はついたが・・・切なすぎるわ・・・
完成度は高いし面白い作品だったけどね
はぁ・・・
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- 2014年07月26日 23:41
- さすがに五年も連絡なしで放置しておいて、実は好きでしたーってアホかよ…
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- 2014年07月26日 23:50
- 原作の終わりも案外こんな感じかもね。
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