「明日この世から自分の存在が消えて無くなるとしたら、人は一体何を食べるのか―」
いわゆる「最後の晩餐」について、誰しも一度は考えたことがあるだろう。
ある人は日本人らしく「白いご飯に焼き魚、味噌汁、お新香で」と言うかもしれない。またある人は「豪勢に神戸牛のサーロインステーキで」と言うかもしれない。
元モーニング娘。の加護亜依さんは、「味があると未練が残るから、氷がいい」という胸を打つ言葉を残した。この時、わずか12歳だったのだから凄い話である。26歳になった現在は『ママタレには絶対ならない!』という力強い宣言の元、Girls Beat!!というユニットを結成して活躍中だ。
そんな余談は置いといて、だ。記者が気になったのは、日夜美味いものを求めて大地をさすらう「グルメブロガー」は、一体どのような言葉を残すのだろう? ということだ。 憑かれたようにグルメ情報を発信し続ける彼等が、最後に選ぶ料理とは何なのか…?
すっかり梅雨も明けた7月末日、記者はとあるグルメブロガーに「あなたの最後の晩餐を教えてください。可能であれば一緒に食べさせてください」と、いささか直截すぎるメールを送った。彼からはすぐに返事が返ってきて、「それではこの日、この時刻に、この場所へ来てください」と、まるで果たし合いのように時間と場所を指定されたのであった。
ブログ名である「己【おれ】」は、「己」と書いて「おれ」と読むことから名付けられた。管理人の名は正衛門。すでに10年近くのキャリアを誇る老舗サイトで、足を使うことを厭わないフットワークの軽さと、経験に裏打ちされた確かな表現力で人気を博している。
異常な熱量と情報量で構成された「【永久保存版】初心者のための『ラーメン二郎三田本店』完全詳細マニュアル」など、ソーシャルで話題を集める記事を多数配信しているので、目にしたことのある方も多いかもしれない。
そして今回、そんな正衛門に指定されたお店がこちらだ。
え…? どちら…?
なぜか怪しく両目が光る牛骨に、店名も何もなく骨の絵だけが描かれた看板。ディズニーアニメのプルートだったらヨダレを垂らしながら駆け込むところだが、一見したところ何の店だか全くかわらない。西部劇だったら棺桶屋の看板でもおかしくないような鬼気迫るヴィジュアルだ。
入り口に貼ってある案内書きで、ギリギリここがラーメン屋であることが分かった。「己【おれ】」が一番得意とするのはラーメン記事。やはり最後の晩餐に選んだのもラーメンということだろうか。ひょっとしたらラーメンの食べ過ぎで、すでに脳がバリカタ麺の塊のようになってるのかもしれない。会った途端に「元気アリアリ?マシマシ?」とか意味のわからない挨拶をされたらどうしよう…そのまま『親父の小言』みたいなポエムを読ま…
「ようこそ、『一条流がんこラーメン総本家』へ」
― あっ! 正衛門さん! どうも初めまして!
●今回のゲスト 正衛門
『己【おれ】』を運営する人。本人顔出しNGとのことでなので「かまいたちの夜」的なシルエット画像でお届けいたします。
―正衛門さんならラーメンを選ぶんじゃないかと何となく思ってたんですが、予感が当たりました。
「ええ。ただ普通のラーメンとはちょっと違うんです。僕の最後の晩餐は、『がんこラーメン』の数あるメニューの中でも極端に敷居と中毒性が高く、食べ続けるとまさに魂を持って行かれるような、最終的にカラダがこれしか受け付けなくなる危険ドラッグならぬ危険なラーメン、『悪魔ラーメン』です」
― あ、悪魔!? 最後の晩餐に悪魔とは…まるでハルマゲドンの世界観ですね。
「世界が終わる瞬間にふさわしいラーメンだと思いますよ。さっそくお店に入りましょう」
お店に入ると、7~8人掛けのカウンターはすでに先客でいっぱいだった。私と正衛門さんはカウンターの端に腰掛け、『悪魔ラーメン』をオーダー。その瞬間、顔を白塗りにした店主が「お前も炙りチャーシューにしてやろうか!」と叫ぶのかと思っていたが、そんなことはなく(店主も白塗りではなく)、5分もしない内にお目当てのラーメンがやってきた。
― これが正衛門さんの最後の晩餐『悪魔ラーメン』…。いや、全然普通に美味しそうなラーメンじゃないですか! 一体これのどこが悪魔なんですか。いい加減にしろコノヤロー!
「キレるのが急すぎじゃないですか? まぁまぁ、まずはズビビンと行ってみてください」
正衛門さんの言葉に従い、僕はおもむろに悪魔ラーメンの麺を引きずり出すと、勢いをつけて一口すすりこんだ。
― しょっぱ! なんだこれ! 今まで味わったことのないしょっぱさですね!
「そうでしょう。まるでそばつゆの原液に麺を浸して食べているようなしょっぱさにも関わらず、よく味わうとその奥にある複雑な旨味のようなものが感じられる…。苦行の先に悟りがあるように、この『悪魔ラーメン』の味の向こう側には美味しさ以外の何かがあるんです。たとえ最後の晩餐であっても、僕は変わらずその“何か”を追い求め続けたいんですよね」
― なるほど。「明日世界が終わるとしても、私はリンゴの種を蒔くだろう…」というやつですね。そう言えばさっき『ズビビン』と言ってましたが、正衛門さんのブログでは『ズビビン』がよく出てきますよね。
↑『己【おれ】』の記事より抜粋。ラーメンをすする時のオノマトペはズビビン。
「自分ではあまり意識してませんでしたが、弾力があって、すすった時に跳ね返りのあるようなゴワゴワした麺を食べた時は“ズビビン”と書いてるかもしれませんね。勢いのある時は二回繰り返す“ズビビンズビビン”、興がのった時は“ズビドゥバシュビドゥバ”と訳の分からない表現を使ったこともあります」
↑ズビビンの最大級、ズビドゥバシュビドゥバ誕生の瞬間。ハッピーバースデー。
―ズビビンって思わずこちらも麺をすすりたくなるような表現ですよね。『己【おれ】』の記事は、料理やお店への愛が感じられて好きなんです。
「でもブログを始めた当初は全然そういう感じじゃなかったんですよ。500円ぐらいする高級ポテトチップスを買ってきて、『高い』、『味がうすい』、『誰がこんなの買うんだ』と文句ばかりつけたりとか、あら探し的な視点の記事が多かったんです。でも2006年にBLACK徒然草というサイトで『孤独のグルメ』の紹介記事を読んで、作品に対して愛のある姿勢で書かれたレビューに衝撃を受けたんです。それで自分もこういうのを書いていかなきゃダメだなと思いまして」
― なるほど。『孤独のグルメ』自体も、食事やお店を単に「おいしい、まずい」という価値基準だけで測っていない懐深さが面白さにつながっていますもんね。
「そうですね。『孤独のグルメ』自体にも思想的にかなり影響を受けました。で、まさにその『孤独のグルメ』で紹介されていた赤羽の『まるます家』に行った記事をあげたところ、ゴルゴ31という有名ニュースサイトで取り上げていただきまして。サイトに設置していたカウンターが物凄い勢いで回るのを目の当たりにして、『ああ、やっぱり自分はこういう記事を書くべきなんだ』と再確認することができたんです」
― 自分で買ってきたポテチにわざわざ文句をつけていた当たり屋ブロガーが、様々な影響を受けて愛のあるレポートを書くようになり、多くの人に読まれるようになった…。人って変われるんだという勇気をもらえるイイ話ですね。「電車男」に対抗して、「ポテチdisり男」として書籍化できるかもしれません。
「何言ってるんですか?」
― すいません、悪魔ラーメンに魅入られてしまったようです。先を続けてください。
「僕自身はそれほど美食家でもなく、料理に対する知識も少ないので、マニアックな内容や先鋭的な情報を伝える縦軸に行くより、よりたくさんの人に分かりやすく広めるという横軸の存在を目指しています。なのでこれからも、味だとかサービスについて深く掘り下げるというよりは、『こんな店あったんだ』、『あ、ここ気になってたんだよね』ぐらいの温度の情報を、マイペースに配信していければいいですね」
― なるほど。ブロガー活動の今後の目標などはありますか?
「今のところ3つあります。1つ目は、僕にとってブログは『誰でもアクセスできる公共のデータベースの1つ』という意識が強いので、少しずつ東京の老舗のデータを蓄積していって、『己【おれ】』が勘所を抑えた他にないデータベースとして機能していけばいいなということ。それがお世話になった土地へのささやかな恩返しになるんじゃないかという気持ちも少しあります。
2つ目は、少しでも好きって感じてもらえるブログになることですね。最近特に嬉しかったことなんですが、僕が普段書いているような文章を書けたらいいなとか、わざわざ有給を使ってまで過去に取り上げたお店に足を運ばれ気に入ってもらえたとか、そういったフィードバックを目にすると純粋にブログをやってて良かったと思いますね。
最後の3つ目なんですが、『己【おれ】』と銘打っている割にはまだオリジナリティに欠けていると思うので、もっと個性を追求して行きたいですね。具体的には?と尋ねられても即答できないあたり中二病の気配プンプンなんですが、そういうある種のハングリー精神を満たす何かを形にして披露できたら最高ですし、とりあえず何も思いつかない今はうまいもんでも食べてハングリーな気持ちを満たそうと思います」
「己【おれ】」の正衛門さんが最後の晩餐に選んだ「悪魔ラーメン」は、何種類もの食材が持つ旨味を一つの椀に凝縮したかのような強烈な味の”濃さ”があった。
麺をすするたびに脳に響く旨味の情報爆発に額からは汗が流れ、さらなる快楽を求めて気付けば箸が勝手に進んでいく。「出ない日もある」との肉厚のチャーシューにかぶりつけば、脂の甘味が舌を癒し、味付け玉子に噛りつくと半熟の黄身が味をマイルドにしてくれた。
様々な味に変化を遂げる悪魔ラーメンに夢中になっていると、気付けば器の中身は空。
刹那、「もっと食べていたい」と確かに感じた"生"への渇望。これが最後の晩餐だとすれば、僕はこの店の地縛霊として永久にこの場に居続けるだろう。
まさに魂を刈り取る「悪魔ラーメン」が、そこにはあった。
外へ出ると、『がんこラーメン』の店先には貝柱と煮干しが満杯に入った段ボール箱が天日干しされていた。「一体なぜこの状態で野良猫に盗まれないのだろう?それとも少しは盗まれているのだろうか?」、そんな疑問を胸に、僕達はその場を後にした。
さぁ、次は誰の最後の晩餐を聞きに行こうか。
●店舗情報
店舗名:一条流がんこラーメン 総本家
住所:東京都新宿区舟町4-1 メゾンド四谷106
TEL:非公開
定休日:月曜・金曜
●株式会社バーグハンバーグバーグ
株式会社バーグハンバーグバーグは、変テコなコンテンツ制作を得意とする光の戦士たちです。ギリギリセーフをモットーに絶妙なラインをキープしつつ、ギャップを利かせた企画で世界を闇に包むのが目的です。
会社HP:http://bhb.co.jp/
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