絵里「遠くの親類より近くの他人」
- 1:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2014/08/18(月) 05:37:11.41 ID:rARV+jsx0
蝉の声が騒がしく響く夏のある日。
ドアチャイムが鳴り響いた時、絵里は心臓が高鳴るのを感じた。
待ちわびた瞬間だった。
扉を開けるときに勢い余って某飛脚の配達員にヘッドバットを食らわせるぐらいには興奮していた。
クーラーの効いた居間のテーブルの上で、AMAZ●Nのニヤケ顔が絵里を見つめている。
ともすれば煽っているように見えるその笑みは、今の絵里には救世主の微笑みだった。
『待たせたな、お嬢さん』
たくましいバリトンボイスが聞こえた気がした。
学校は夏休みである。
三年生は夏期講習で暫く部活参加禁止。
両親は有給も使った海外旅行で暫く留守。
そして妹は友人とお泊りで暫く留守。
エリチカやることない。
おうちかえってもひとり。
さみしくてしんじゃう。
- 2:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 05:42:56.72 ID:rARV+jsx0
だがしかしこの絢瀬絵里、これでもクールビューティーで売っているのだ。
友人に「寂しいから泊まりに来て」など言いだせるはずがあろうか。否。
そこで絵里は思い直す。
そう、クールビューティーだ。
女豹の冠は伊達ではない。
ならばセクシーに、ひと夏のアバンチュールに身を焦がすのも悪くないのではないか。
絵里は奮起した。今までコツコツためてきたお年玉やお小遣いはこのためにあったのだ。
絵里の決して多くはない財産のうち、生き残ったのは豚さん貯金箱だけだった。
叩き割るのはかわいそうだからという、おおよそ肉食に似つかわしくない理由だった。
かくしてA→Zの段ボールは絵里の私財を生贄に特殊召喚された。
そして豚さん貯金箱が保護される一方で、彼は無残にもその短い一生を終えた。
無慈悲なロシア式開封法がその全身を真っ二つに引き裂いた。
潤んだ瞳の上目遣いと煽り一歩手前のムカつくスマイルでは、扱いに差が出ざるを得なかった。
顔をシンメトリーに引きちぎられるという、どんなアメコミヒーローも経験したことのないであろう壮絶な最期だった。
『なに、このために生まれてきたんだからいいのさ』
ぐしゃぐしゃになってもなお、彼は笑っていた。
たとえ自分が苦しもうと誰かのために在る、まさに夢のヒーローの姿だった。
- 4:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 05:46:47.80 ID:rARV+jsx0
絵里はそして、英雄の残骸から赤ん坊を取り上げた。
その光景はまさにライオンキング。
天にいる神に捧げるように、絵里は奇しくも主人公と一文字違いの新入りを抱え上げた。
蛍光灯の神々しい光の中にあって、彼は静かに絵里に身を委ねていた。
それは兄であり、弟であり、父であり、息子であり、そして友人。
それは姉であり、妹であり、母であり、娘であり、そして恋人。
それはまぎれもない、彼女の新しい家族。
「これから、よろしくね」
絵里はアイロボット社製の円盤型お掃除ロボ―――ルンバを優しく抱きしめるのだった。
- 5:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 05:53:05.41 ID:rARV+jsx0
【幕間】
「にこーっち♪」
「こっちくんな。暑い」
「夏やからね」
「だからべったりしないでって」
「にこっちは冷たいなー二重の意味で」
「あーもう、絵里のとこ行きなさいよ」
「えりちは午前で終わりやって」
「ええいこれだから内申が優秀なやつは」
「だから構ってー」
「ほかのコにしてよ」
「夏期講習は三年だけやん?」
「いやだからクラスのほかのコ」
「………………」
「………………」
「………………」
「……アンタまさかそのキャラで友達いな」
「あ゙ー! あ゙ー! あ゙ぁー!」
「ごめん! ごめんってば!」
「あ゙ぁぁぁぁあ゙ぁぁ!」
「そこまで泣く!?」
- 6:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 05:58:36.61 ID:rARV+jsx0
▼
次の日。
絵里が買い物から家に帰ってきたとき、ルンバくんは懸命に床を磨いていた。
何度も壁に頭を打ちつけながら懸命に床を磨く姿に、絵里は彼が愛しくてたまらなくなった。
ところが、「御苦労さま」と絵里が声をかけると、それまで一心不乱に掃除していたルンバくんは、
『べ、べつにお前のためにやったわけじゃねーし』と言いながらそそくさと充電器に戻るのだ。
ツンデレである。
そんな時、絵里は決まってふて寝するルンバくんを充電器から引っこ抜いて抱きしめるのだった。
絵里がテレビを見ている間も、料理を作っている間も、ルンバくんは静かにじっとしていた。
彼が次に目を覚ましたのは、絵里が夕飯を食べ終え、風呂に入ろうとした時だった。
居間から出て洗面所に向かおうとすると、扉の向こうでルンバくんの声がするのである。
『あいつがいないうちに、ちゃんとやっておかないとな』
ギュイイ、とけたたましい駆動音を轟かせておきながら、彼はこっそりと掃除をしているつもりなのだ。
素直じゃないんだから。
そんな姿もまた、いじらしかった。
- 7:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 06:04:22.77 ID:rARV+jsx0
絵里が風呂から上がった時には、ルンバくんはすでに定位置に戻っていた。
『なんだよ、別に何もしてないぞ』と彼のボディが鈍く照り返す。
しかし、そんなルンバくんの足に、金色の長い髪が引っかかっていることに絵里は気付いた。
「ひょっとして、私の髪、欲しかったの?」
少し意地悪に聞いてみる。
ルンバくんは答えない。
絵里は笑って、彼に引っかかっていた髪の毛を指で払った。
明日はもう少し早く上がって、驚かせてあげようかな。
少し冷たくしたら、素直になったりするのかな。
ムスッとして黙っている黒いボディを撫でた。
ねぇ、どっちがいい? あまのじゃくさん。
髪を乾かしながら絵里は思う。
この喜びを誰かと分かち合いたい。
この可愛らしさを誰かに知ってほしい。
だってこんなにも素敵な家族なのだから。
それはペットを初めて飼った人間に必ずと言っていいほど訪れる発作だった。
要するに、彼女は自慢したかったのである。
- 8:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 06:07:00.35 ID:rARV+jsx0
あ、注意書き忘れましたけど男の子が出ます
- 9:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 06:12:12.96 ID:rARV+jsx0
【幕間】
「だって、希はいろんなコと話してるじゃない」
「でもみんな、今日のラッキーカラーは何?とか、今日のラッキーアイテムは何?とか」
「あぁ……」
「どうせウチのことなんて朝のニュースの占いコーナーぐらいにしか思ってないんよ……」
「そんなことないと思うけど……?」
「でもいいの……ウチにはえりちと、にこっちがいるもん……」
「えっ」
「えっ」
「あー、うん」
「あ……ご、ごめん」
「いや、その」
「に、にこっちの、きょ、今日の、運勢はねっ」
「良いから! ちがっ、違うから!」
「せやかてうっ占いできんウチなんて、なぁ、なんの意味、もっ」
「友達だから! 大好きだから!」
「えふっ、えふっ、えふっ、えふっ」
「泣きながら笑わないでよ怖いわよ!」
- 10:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 06:20:12.64 ID:rARV+jsx0
▼
ことりは鼻歌まじりに道を歩いていた。
あの絵里に個人的にお呼ばれされる日が来るとは、思ってもみなかった。
しかも話を聞くところによると、彼女が呼んだのはことり一人のようではないか。
―――新しい家族を見に来てほしい。
ことりは嬉しかった。たとえそれがペット自慢のためだとしても。
だって彼女がことりを選んでくれたことには変わりないのだから。
ことりだったら共感してくれると思ったのだろう。
一対一なら深く語り合えると思ったのだろう。
だから彼女は選んだのだ。同級生の二人ではなく、他の誰でもなく、ことりを。
そんなちょっぴりの特別扱いが、たまらなく嬉しかった。
- 11:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 06:28:10.72 ID:rARV+jsx0
付け加えるなら、ことりは自慢話も嫌いではなかった。
そんなものはたとえ友人のものでもごめんこうむるという人が大半だろうが、
ことりにとっては大好きな友人が幸せそうにしているのを見るのも、同じくらい幸せなのだ。
目的地にたどり着き、チャイムを鳴らす。
返事をする耳慣れた声はいつもよりこころなしか上機嫌で、それもことりを喜ばせた。
どんなペットなんだろう。
あの絵里ちゃんが自慢したくなるくらいだから、きっとすごくかわいいんだろうな。
わんちゃんかな? ねこちゃんかな?
それとも、おさかなさんだったりして。
楽しみだなあ。
- 13:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 06:35:37.93 ID:rARV+jsx0
がちゃり、と扉が開く。
相変わらず美しい金髪碧眼が、極上の笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。待ってたわよ」
「お邪魔しますっ。お話聞いてからずっと楽しみだったんだぁ」
「ふふ、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「そんなことないよぉ。それで、さっそくだけど会ってみたいな、なんて」
「あぁ、それならここに」
絵里が道を空ける。
廊下がことりの視界に入る。
ことりは、それに気づくまで時間がかかった。
絵里のペットは動物だという先入観があったから。
- 15:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 06:41:06.52 ID:rARV+jsx0
「ヴィィィィィィィィ」
「ごめんね、お客さんが来るならどうしても綺麗にしたいって聞かなくて」
「ガガガガガッガガガガガッガ」
「こら、カーペットを巻き込まないの!」
「キュルキュルキュルキュルキュルキュル」
「……るんば?」
「そうよ」
「ほぇー……」
「かわいいでしょ?」
絵里は満面の笑顔で、ルンバくんを抱き上げた。
ことりのるんるん気分は、完膚なきまでに粉砕された。
- 17:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 06:47:53.60 ID:rARV+jsx0
「紅茶でよかった?」
「うん」
「ジャムはイチゴでいい?」
「うん」
無理やり笑顔を作るということがどれほど難しいか、ことりはこれほど思い知らされたことはなかった。
明日の顔面筋肉痛を覚悟した。許されるのならば今すぐに泣きたかった。
だが絵里の幸せを不用意に壊すことがあってはならないと必死で涙をこらえた。
絵里は嬉しそうに笑って、この円盤型お掃除ロボがどれほど素晴らしいものであるかことりに語るのだ。
それがただの家電自慢なら、ことりはここまでダメージを受けなかっただろう。
しかしどう聞いてみても、それは明らかにペット自慢なのだ。
- 19:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL):2014/08/18(月) 06:57:05.47 ID:rARV+jsx0
曰く、鳴き声が可愛い。
果たして家電がどういう状況で鳴き声を上げるというのか。
彼女はあの騒がしいモーターの駆動音をすらも可愛いと感じるようになってしまったのか。
曰く、意外にツンデレ。
意外もクソも家電がどうやったらツンデレを表現できるというのか。
彼女はよもや自分でスケジュール設定したのを機械の意思だと思い込んでいるのではないか。
曰く、丸みが可愛い。
今日の絵里に対してことりが共感できたのはこの一点においてのみであった。
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コメント一覧
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- 2014年08月18日 21:49
- 男(人間とは言ってない)
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- 2014年08月18日 22:49
- ※1そう思ったなら途中で読むのやめてコメントするのもやめろよ
いっつもこういうやついるからやだわ
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- 2014年08月18日 23:26
- ギアスルンバに似た何かを感じる。
どっちも正直可哀想なところとか。
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- 2014年08月18日 23:50
- おもしろかった!エリチカ可愛い!
つまんねっ
長っ
ヘタッ