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傭兵「この世で金が一番大事」僧侶「じゃありません」【前編】【中編】【後編】
664: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:33:52.00 ID:eFNfa0wL0
* * *
兵士さんらは九名ずつに別れ、わたしたちを挟み込むような縦列陣形となって、行軍を開始しました。傭兵さんは解き放たれていますが依然警戒され、わたしはそもそも縛られています。
当然十八名にとっては、上からの命令とあってもそう易々と心を許せるはずがないのでしょう。彼らにとっての圧倒的な敵方であるわたしと行動を共にしていたことが、これ以上なく心象を下げているに違いありません。
兵士「それで、食物庫はいったいどこにあるんだ」
僧侶「厳密な場所を知っているわけではないのですが、敷地内にあるのは確実です」
傭兵「幸い怨敵自らが見通しをよくしてくれたんだ。そう時間もかかるまいさ」
軽口を叩く傭兵さんに兵士さんたちが険しい視線を向けます。真面目も不真面目も一緒くたにして笑い飛ばせてしまう傭兵さんと、お国のために反乱分子を鎮圧しようとやってきた彼らとでは、根本がまるで違いました。
金か国か、もしくは守るべきもののためかという問題なのでしょう、きっと。だなんて上から目線で知ったような口を聞ける身分ではありません。曖昧に笑っておきます。
兵士「……お前、どうして傭兵なんかに身を窶した」
元勇者なのに、ということでしょう。
傭兵さんはそれを受け、多少は厭味ったらしい笑顔を作りました。
傭兵「あんた、そりゃ職業差別ってやつだぜ」
果たして「勇者」が職業であるのかどうかには疑問が残りますが。
665: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:35:28.00 ID:eFNfa0wL0
兵士「僧侶と顔見知りである理由も知りたいもんだな。裏切ったのか。マッチポンプか」
傭兵「俺が金のためにそんなことをするような男だと?」
兵士「そういう男だとは有名だ」
噂話には際限のない尾びれ背びれが当たり前だと思ってはいますが、ことこの件に関しては、限りなく事実だと思います。
傭兵さんもきっとそう思ったに違いありません。心底面白そうな顔をしました。
この人は自らの生き様を愛する加減を図り間違えています。盛大に。はっきり言って溺愛しすぎなのです。
ですがそれを指摘するのはダブルスタンダードというものでしょう。これもまた、わたしには何も言う資格はありません。
共産主義に望みを託し、裏切られ、うらぶれてしまった現在においても、その世界を願って止まないわたしには。
傭兵「こいつとは少し前からの顔馴染みさ。まぁ、罪悪感は感じないこともない。こいつをラブレザッハまで護衛したのが俺だ」
兵士「は、なんだよ、あんたも利用されただけなんじゃないか」
兵士「さすが悪魔の女だ。女狐め」
ぐい、と手首を縛る縄が強く引っ張られました。決して柔らかくない縄が肉に食い込み、痛みに思わず声が漏れます。
傭兵「おい」
傭兵「捕虜は丁重に扱えよ。国際法違反だぞ」
懐からナイフをちらつかせる傭兵さんでした。
666: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:37:11.76 ID:eFNfa0wL0
兵士「……国として成立していない。法律上は、ただの内乱だ。僧侶は捕虜じゃあない」
傭兵「犯罪者だとしても同じことだろう。違うか」
兵士「……」
傭兵さんの眼光に気圧されたのか、手首の縄が少しだけたわんだ気がしました。
僧侶「珍しいですね」
傭兵「なにがだ」
僧侶「傭兵さんがお金にならないことをするだなんて」
傭兵「馬鹿言え。義を見てせざるは勇なきなりと言うだろうが」
うわぁ胡散臭い。
でも、ちょっとだけ嬉しいのが業腹です。彼にというより自分自身に。
667: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:38:00.50 ID:eFNfa0wL0
兵士「とりあえず、お前らが知ってる党首の能力を教えてくれ。州総督お抱えの揉め事処理屋はブラックボックスだ。ここぞと言うときにしか出てこないから、俺たちにも情報が殆ど降りてきていない」
傭兵「序列六位、『機会仕掛け』。殆ど純粋な魔法使いだな。徒手格闘もできなくはないが、練度は低い」
傭兵「やつは独自の爆破呪文を会得している。一つが位置指定爆破。もう一つが機雷化。前者でこちらの進路を制限し、後者で爆殺を狙ってくるな」
兵士「回避や防御はできるのか?」
傭兵「位置指定爆破については、人体そのものを爆破することはできない。地面や瓦礫を爆破して、間接的にこちらを狙ってくる。ただ、威力はそれでも高い。直撃したら死ぬ程度にはな」
傭兵「そして機雷化だ。これは物質だけではなく、概念も機雷化できる。そして『開放』に類似する動作をキーとして起爆する。機雷化に必要な動作はない。タイムラグも、恐らくない」
兵士「……正直、想像がつかないな」
一人の兵士さんが言うと、残りのかたもそれに追随しました。
初歩的な魔法なら、手馴れた人間にかかれば一瞬で行使できます。しかし人を容易く殺傷できるほどの威力をもった魔法を、しかも事前の準備や動作もなく、瞬時に人知れず行使できるのは埒外と言うことはありません。人知を超越しています。
そして起爆条件もまた曖昧で、広い範囲をカバーしているのが厄介なのです。そのような敵を相手にしたことは兵士さんたちにはないでしょう。
668: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:39:52.61 ID:eFNfa0wL0
傭兵「起動してから防御、もしくは回避は、並大抵のレベルじゃ間に合わん。俺でぎりぎりなんだ。お前らには無理だろうさ」
それは一見自慢のようにも感じられましたが、違います。傭兵さんはただ厳然たる事実を述べているだけなのです。
彼は無駄に誇りません。戦いに関しては猶更。そこに油断を挟んでいたら、彼は今頃ここにはいなかったでしょうし。
そしてここにいる兵士さんたちも、傭兵さんとの力量差を肌で感じ取っているからこそ、苛立ちの視線を向けたりはしないのです。既に場はブリーフィングへと変わっています。
傭兵「お前は体大丈夫か」
僧侶「はい。全身にガタが来てますが、やれます。戦えます」
兵士「……ちょっと待て。こいつも――僧侶も、戦うつもりなのか?」
怪訝な顔で兵士さんたちがこちらを見ました。
全部で十八個の訝る視線。想像したこともない光景に、わたしも傭兵さんも、思わずきょとんとしてしまいます。
669: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:40:38.35 ID:eFNfa0wL0
傭兵「始めからそのつもりだが」
僧侶「だめなんですか」
兵士「馬鹿か! だめとかいいとか、そういう次元の問題ですらないわ!」
兵士「そうだ! お前は党首の仲間だろうが! 誰が縄を解いたりするかよ!」
兵士「都合からお前も連れて行くことになっているが、本当なら四肢の拘束と五感の剥奪をされても文句は言えない立場なんだぞ!?」
両手首に縄だけで済んでいる状況が奇跡、ということですか。
あぁ、言われてみれば確かに当然ですね。兵士さんたちがこちらの事情を知らないように、わたしたちも彼らの事情を鑑みることをすっかり忘れていました。
だって……
僧侶「あいつらを殺さないことなど頭になかったものですから」
670: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:42:20.97 ID:eFNfa0wL0
党首は殺す。絶対殺す。必ず殺す。何が何でも殺す。
わたしを裏切ったことは瑣末な話です。問題ですらありません。それはよいのです。わたしなどいくら蔑ろにしたって構わないのですから。
しかし、数多の民草を裏切り、同胞を無残に爆殺した償いは、きっちりと支払っていただきましょう。甘い汁を啜るだけ啜って、得た全ての利益を自分だけが甘受しようだなんて、到底受け入れられるはずがありません。
お金が可哀想過ぎます。
資本主義など滅びてしまえばいい。ですがお金そのものが悪いわけではないのです。それを扱う人間と、今ではすっかり主従関係の逆転してしまった、社会システムが癌というだけであって。
州総督に関してはわかりません。あいつに対しての殺意は確かにあります。寧ろ単純な量で考えれば容易く党首を上回るほどの殺意が。
その理由は直接的な恨みであり復讐という単純なものですが、ゆえに強くもあります。姿を見れば確実に拳銃を構えるでしょうが、それを傭兵さんが許すはずもないでしょう。
671: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:44:45.45 ID:eFNfa0wL0
僧侶「信じてもらえなくても構いません。わたしは、本当に、ただ誰もが幸せになる世界が欲しかったのです。貧富の差もなく、上下の区別もなく、誰もが平等に……そして幸せに暮らせる世界が」
僧侶「結果はこれですけどね。方法が悪かったのか、それとももっと別の、もっと別の何かが、悪かったのか」
僧侶「わたし個人の償いはします。ここまで事態を大きくしたのは、間違いなくわたしが原因の一つでしょうから」
僧侶「ですが、党首にも償いはさせます」
拳を握り締めました。
兵士「……何がきみをそうまでさせる?」
今まで黙っていた兵士さんたちの中から一人、中年の男性が声をかけてきました。
兵士「子供ってのは、そんな殺気の篭った瞳をもってないもんだ、普通は」
僧侶「だとしたら、わたしが普通じゃないってことですよ」
そしてそれは幸せなことでもあります。わたしみたいな境遇が普通の世の中になってしまえば、最早取り返しなどつくはずもありませんから。
672: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:45:45.15 ID:eFNfa0wL0
逆説的に、取り返しのつくうちに何とかする必要があるのです。
鉄は熱いうちに打て、だと少しばかり意味合いが変わってしまうでしょうか?
僧侶「両親が使い捨てられたのです、州総督のクソ野郎に」
僧侶「誰よりも優しく、誰よりも他人に施してきた、最も尊敬する両親が」
僧侶「金のために、人気のために、使えるだけ使ったらポイですよ。所詮人なんて消耗品なのだと、言うかのように」
僧侶「……あなたたちは兵隊ですから、それでもいいのだと、言うのかもしれませんけどね」
それは決して一般的な感覚ではない。
わたしは自分の言葉を噛み締めていました。いや、噛み締めるように言葉を紡いでいた、というほうが表現としては正しいのでしょうか。
どちらにせよ、わたしはそのとき、確かに自分の足跡を確認したに違いないのです。自らの出発点と、歩んできた山河と、そして現在地を指でなぞって線を引き、点を打ったのです。
僧侶「あなたたちがなんと言おうと、わたしは戦います。党首の喉笛を喰いちぎるのは、両親の仇をとるのは、わたしがやらなければならないことですから」
673: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:46:29.43 ID:eFNfa0wL0
兵士「……もしかして、きみのお父さんというのは、神父さんかい」
ひとり、やや若いかたが恐る恐るというふうに尋ねてきました。わたしは何事もないかのように頷きます。そりゃそうです。なんら恥ずべきところのない、最愛のひとなのですから。
動揺が兵士さんたちの間に走ったのをわたしは見逃しません。
兵士「……そうか。そう言われてみれば、面影があるような気も、するかな……」
先ほどの中年兵士がぽつりと呟きました。面影、あるのでしょうか。だとすればそれは嬉しいことですし、何より誇らしいことでもあります。
兵士「俺、馬鹿だからさ、学がないからさ、お嬢ちゃんの言ってる大義だとか理想だとか、ぜんぜんわかんねぇんだよな」
恐らくこの中では一番若いのであろう兵士さんが言います。
兵士「ただ、わかんない中でも、ちょっとくらいわかることはあるよ。多分、お嬢ちゃんは優しいんだ。だから、きっと、お嬢ちゃんが目指す世界は、優しい世界なんだと思う」
僧侶「はい」
この返事はおかしかったでしょうか。
ただ、それ以外に返事の仕様がないのも事実だったのです。
兵士「けど、この世界って、優しくないんだよなぁ」
674: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:47:52.22 ID:eFNfa0wL0
誰に言うでもなしに吐かれた言葉は大気に溶けて消えました。終着点が与えられなかったゆえに、昇天する前に霧散します。
僧侶「はい」
わたしは、また、そう返事をしました。
と、手首の締め付けが一気に緩くなりました。今までわたしを拘束していた縄が解かれたのです。
僧侶「……いいのですか」
思わず尋ねてしまいました。
わたしの背後で縄先を握っていた兵士さんは、縄をその辺に放り投げ、困ったような顔で笑います。
兵士「まぁ、大丈夫っしょ。いいですよね?」
他の方々に振り返って訊いても返事はやってきません。曖昧な笑いを何人かはしていましたが、わたしにはその意味がわかりませんでした。
ただ、黙って聞いていた傭兵さんが、小さく「人たらし」と呟いたことだけが印象的でした。
675: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:50:09.93 ID:eFNfa0wL0
傭兵「……さて」
傭兵さんが剣の握りを確かめました。
その動作を見て、わたしも全身に魔力を巡らせます。腕力、脚力、守備力、ともに倍加。どんな動きにも対応できるように踵を浮かせ、拳を握り締める。
傭兵「おでましだぞ」
百数十メートル先に、党首と、それに引き連れられた州総督の姿がありました。州総督は先ほどまでのわたしのように縄で縛られ、けれどそれほど消耗してはいないのか、自らの足で歩いています。
党首はあからさまに嫌そうな顔をしました。距離は離れていてもしっかりわかるくらいですから、よっぽどなのでしょう。その顔を見ただけでも追った甲斐があるというものです。
ですが、まぁ、それは当たり前なのです。仕留めたと思ったはずの傭兵さんがほぼ万全の状態で復活し、わたしまで生き長らえ、そして十八人の国王軍兵士を引き連れてやってきたとなれば、気分がよくなるはずもありません。
兵士「見つけた……っ」
傭兵「慌てるな。機雷の餌だぞ」
676: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:52:21.28 ID:eFNfa0wL0
僧侶「すいません、無理です」
この体が猛って仕方がないのです。
それに、この中で囮役を引き受けられるのは、守備力倍加と回復魔法を使えるわたしくらいのものでしょう。
大した戦力にならないのですから、せめてこれくらいは。
僧侶「ね?」
傭兵さんの制止を振り切って飛び出しました。即応で足元や周囲の木々が爆破され、一気に視界が悪くなります。
何度も浴びた爆風。灼熱。肌が焼け、髪が焦げ、気管が煤で汚されていきます。
ですがそんなのもう慣れました。
人間に必要なのは屈強な肉体ではなく強靭な精神なのです。より正確に言うならば、物事を成すべしという覚悟なのです。それこそが人を前進させるのだということを、わたしはここ半年の長くない時間でよく知りました。
事実、わたしを動かしてきたのはいつだって覚悟で。
今だってそう。
理屈とかはどうだってよくて。
今はただ、党首が憎い。
677: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:53:25.53 ID:eFNfa0wL0
結局わたしはどこまでも利己的な人間なのです。どこまでも自分の憎悪に振り回される人間なのです。感情を保留し、宥め、自らを律することができない人間なのです。
しかし傭兵さんは言ってくださいました。大事なのは信念であると。金や恨みで殺すクソッタレにはなるなと。傭兵さんの基準に照らし合わせれば、わたしはもうクソッタレなのでしょうか? 憎悪に突き動かされて人間を堕した畜生なのでしょうか?
あぁ、でも、理屈とかはどうだっていいから、そんなことを考えるのは無駄で、だから、自己犠牲は決して自己陶酔の産物なのではなくて、つまり、それでも。
ですが、こう考えることもできるのではないでしょうか。どうせわたしはこの後、兵士さんたちに捕まって投獄されてしまうのですから、やりたいことをやったほうがお得なのでは?
……熱された頭で考え続けるのも、どうやら限界でした。
党首に近づけば近づくほど、この男を引き千切ってやりたくてたまらなくなってしまいます。
僧侶「今度こそっ! 逃がしませんっ!」
党首「ちっ、まるで飢えた狼ですね」
それは狼に失礼というものでしょう。
気高い生き方をする彼らはあくまで動物です。この身に宿る醜悪な畜生とはまったく異なります。
678: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:55:08.98 ID:eFNfa0wL0
党首は州総督を突き飛ばしました。流石にここで州総督を連れていては足手まといにしかなりません。ですが、やつをおいて一人逃げるつもりでも、ないようです。
そこは無論党首にも意地と矜持があるのでしょう。ここまで入念に準備をし、国を敵に回してまで彼は金と権力を手に入れようとしました。そうして手に入れたそれらに一体どれだけの価値があるのか、わたしには全くわかりませんが。
ただ、人生を擲つ、それこそ「信念」に裏打ちされた行動なのでしょう。つまり党首の人生と同じ重みなのです、金と権力は。
安い。
あまりにも安い。
州総督の全資産がどれだけなのかは想像もつきません。十億? 五十億? もしたら百億はあるんでしょうか。だとしても、たった百億を自由に使うための人生だなんて、カスみたいなもんです。ゴミみたいなもんです。
爆破を全て集めてまとめて投げ捨てて、後退して距離が「開く」よりも速く接近し、わたしは吼えました。
僧侶「――――!」
人ならぬ叫び。今のわたしは一個の弾丸です。使い捨て。戻ることなんて――元の社会に戻ることなんて、ちぃとも考えていない鉄砲玉。
679: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 19:58:31.60 ID:eFNfa0wL0
大振りの拳は回避されました。勢いあまって転倒し、強く踏み込んでうつぶせの状態からクラウチングスタート。それこそ弾丸のように党首へと突っ込んでいきますが、四指爆破で角度をそらされました。
僧侶「党首ッ! あなたは、絶対に、許しません!」
党首「陳腐な言葉だ。許さないからどうだというのです」
党首「それに、誰かに許しを乞うたことなどない!」
うるさい。喋るな。あんたの言葉なんて聴きたくはないのだ。ただ、許さないという誓いを立てただけ。
裁くなんて物言いはできません。だってそれじゃあまるでわたしが神様みたいじゃないですか。そんなのはだめです。この世には神様なんていやしないんだから、表現は間違っているのです。
僧侶「あなたが、憎い」
憎悪。
何も知らない者を、善意で集まってきた者を、自分の私利私欲のためだけに利用する。両親を使い捨てた州総督のように。
許せない。
殺す。
僧侶「殺す。殺します」
絶対に。
世界のために。
人間失格のわたしには、それくらいしかできることがないから。
680: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 20:00:01.92 ID:eFNfa0wL0
傭兵「そんなことはない」
わたしの肩を掴んで押しのけて、傭兵さんが飛び出していきました。
傭兵「お前の言葉には信念がある。誇れ」
傭兵「それに感化された人間だって数え切れないほどいるはずだ。お前はいつだって、世界のことを考えていた。そうだろう」
党首へと飛び掛るその僅かな時間が、まるで永遠にも感じられました。
僧侶「……はい。……はい!」
傭兵「世界を救うぞ」
僧侶「はい!」
党首を倒したって世界は救われやしません。しかし、傭兵さんが言ったのは、そういうことではないのです。言うなれば信念の補充。覚悟の充填。これまでの道しるべと、これからのランドマークを見つける作業。
ですが、傭兵さん。ちょっとだけ訂正したいと思います。
わたしの言葉に信念がある?
それは、わたしがあなたに向けて言いたいくらいですよ。
681: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 20:00:49.86 ID:eFNfa0wL0
既に党首には十八人の兵士さんたちも追いついていました。爆破で大きく吹き飛ばされる彼らでしたが、それでも中衛以降の人たちは踏ん張って耐えています。ぐ、と足に力をこめ、党首に向かって突っ込んでいきました。
剣と槍を初めとする猛攻に、党首は爆破だけでは耐えられません。必死に後退を試みていますが徐々に距離は詰められていきます。
そもそも彼の魔法は事前に情報がばれていては効果を十全に発揮などできないのです。それも近距離で、この人数を相手にしては、猶更。
党首は舌打ちを一つして懐から封筒を取り出しました。それを一気に引き「破り」、自らを巻き込んだ大爆発を起こします。
兵士さんたちのみならず、接近していた私たちもまた大きく吹き飛ばされました。直接のダメージはありませんでしたが、勢いよく地面を転がります。
立ち上がった党首にダメージはそれほど見られません。爆破耐性のある装備を身に着けているのでしょう。当然と言えなくもありませんが。
しかし、こちらの被害もまた軽微。即座に立ち上がって武器を構えました。
合図などはなくても心は通じ合っています。ほぼ同時にわたしと傭兵さんは左右に跳び、あわせて兵士さんたちも突撃を開始しました。
速度の十分に乗った攻撃を、党首は爆破と体術を用いて、なんとか紙一重で回避していきます。王手を巧みにかわしていくような体捌きでした。横薙ぎをスウェーで避けると、続く突きは爆風で逸らし、傭兵さんとわたしが突っ込んでくるのを見るや否や自爆覚悟で距離を開きます。
682: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 20:04:06.92 ID:eFNfa0wL0
即応した兵士さんたち数人が爆裂で壊滅しました。攻撃を「放とう」としたところを狙い撃ちされたのでしょう。肉片が降り注ぐ中を、生き延びた方々は更に強く地面を踏み込むことを弔いとして、一気呵成に攻め立てます。
太ももを槍が貫きました。そして、恐らく傷が「開いた」からなのでしょう、爆裂が起こって槍の持ち主を吹き飛ばします。
残りは十三人。
十三人が裂帛の気合と共に党首へと突っ込みました。
傭兵さんが刃を振り下ろす瞬間に機雷が爆裂し、その体を飲み込みます。けれどわたしは慌てません。拳を一際強く握り締め、党首へと掴みかかりました。
黒煙の中を突っ切った傭兵さんは五体満足。超人的な反射神経は爆裂を察知してからの防御や回避を間に合わせます。勢いを限界まで落とすことなく走りこんでくる彼とわたしの位置は対角線上で、挟撃の形。
回避行動をとろうとした党首の顔が歪みました。太ももは槍に貫かれているのです。
拳が党首の腹を打ちます。同時に数多の槍と刃、そして傭兵さんの振るった剣が、党首の全身へと突き立てられました。
傭兵「全員、伏せろおおおおおっ!」
683: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 20:06:47.53 ID:eFNfa0wL0
叫ぶよりも早く爆裂が全てを薙ぎ倒していきました。党首を破ったことによる機雷の起動。先の戦いでも見たそれは、流石にわたしたちには通用しませんが、不意打ちでなくともその威力は絶大です。
強か全身をサイロの壁に打ち据え、臓腑に衝撃が与えられて数度呼吸さえ止まりましたが、それでもわたしは生きています。バネ仕掛けのように飛び起きて黒煙の中へと身を投じました。
視界が晴れると、既に傭兵さんと兵士さんたちが、党首に踊りかかっているところでした。
党首の傷は治癒の煙を噴出しながら再生しています。足元に転がっている空瓶――恐らく、世界樹の雫。
と、そこでわたしは、得体の知れない悪寒を覚えます。
党首が顔色を悪くしながらも、勝利を確信した笑みを形作っていたからです。
僧侶「ようへ――」
理屈と膏薬はどこにだってつきます。この叫びだってそうで、何が危ないのか、どうして危ないのかという理由より先に、まず行動が来ていました。
しかし彼らの動きは止まりません。止まれないのか、そもそも聞こえてすらいないのか。
684: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 20:08:30.81 ID:eFNfa0wL0
校舎は全て瓦礫の山と化しました。景色は変容しきっています。であるなら、いま、わたしたちは本当に学校の敷地内にいるのでしょうか――そうです、サイロにぶつかったことが、わたしの疑問の原因なのでした。
サイロ? なぜ? ここは学校のはずなのに。
党首は概念すらも機雷化できます。国境線も。町も。それで人が爆殺されるところを、わたし自身見たではないですか。彼の陣地へと、その境界線を「破って」侵入してきた人間たちは、みんな……。
ならば。
もしやというには確信がありました。党首がひたすらに自爆を繰り返し、移動をしていたその理由。
距離はあと数歩。時間にして、コンマ数秒。
いない神には祈れません。信じられるのは自分だけ、とまではいいませんが、社会システムが間違っていて、神様もまたいないのならば、困ったときに縋れるのは人間なのです。
汚い人間もいます。悪い人間もいます。騙し騙され、裏切り裏切られ、そんなことばかりの世の中でも、きっとなんとかなるはずなのです。幸せな世界は、わたしたちがわたしたちの力で勝ち取らなければいけないのです。
であるのなら、信じましょう。わたしを。ひとを。
お願いします、わたしのからだ。これまで何度と繰り返してきたこの動作、せめてあと一度、間に合わせて欲しい。
拳銃を引き抜きました。
685: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 20:09:32.98 ID:eFNfa0wL0
狙いをつけている暇はなく。
それでも、外す気配はなく。
党首はようやくわたしの気配に気がついたようでした。愕然として、顔を引き攣らせて、逡巡して――逡巡? いまさら何を悩む必要があるってんですか?
あなたは殺す。わたしも死ぬ。仲間割れとしては、これ以上なく妥当な帰結ではないですか。
僧侶「……」
お願いします、傭兵さん。魔王を倒して、困っている人を助けて、この世の中をもっと平和に、幸せに。
おかしな話です。機雷化をわたしは回避も防御もできませんし、つまりそれは死ぬということなのですが、だのにまったく怖くはないのです。傭兵さんがいるということ、そして傭兵さんに託せるということ、それがこんなにも心を穏やかにするものだとは。
686: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/10(日) 20:10:47.29 ID:eFNfa0wL0
いろいろ、言いたいことはあったのですが。
とりあえず、まぁ。
さようなら。
692: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:04:50.72 ID:LQxYmyoc0
* * *
鼓膜が震えます。
概念が爆裂します。
熱。光。
吹き飛ばされる人々の声。
わたしは生きていました。
なぜ?
傭兵「ぁあああああっ!」
爆炎を乗り越えた傭兵さんの右手に握られているのは、破邪の剣ではなく一振りのナイフ。それがたったいま、党首の首に深々と突き立てられました。勢いのまま倒れこんで、党首へと馬乗りになっています。
呆然としているわたしの眼には、それが光景としては入ってきていても、事態の理解には結びついてはいません。
僧侶「……へ?」
693: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:05:32.13 ID:LQxYmyoc0
限りない速度と膂力を篭められ、ナイフはさながら竜の牙の如く、党首の喉を食い破っていきます。それは切断ではなく、刺突。的中部位の消滅を伴う。
血すら飛沫となって吹き飛ぶばかりで、激しい出血すらもなく。
党首の腕から力が抜けたのが、確認できます。
思わず地面へへたりこんでしまいました。
これ、どういうこと?
全身に力が入らないのは、生きている喜びが云々ではなく、単純に覚悟が大きく空振りをしてしまったからなのです。最早これまでと、南無三とすら、思っていたのに。
筋肉が弛緩しすぎて涙まで出てきました。危うく失禁すらしそうになって、慌てて全身に力を篭めます。
傭兵「お疲れ様」
極めて軽く、あっけらかんと傭兵さんは言いました。随分余裕ですねと返そうとしましたが、寸前でがくんと膝が折れます。そのままバランスを崩してこちらへ倒れてきました。
なんとか受け止めますがわたしだって力が入らないので、二人して地面に寝転がるかたちになります。傭兵さんの顔がちょっと近くて、空は青くて、なんだか思わず笑いがこぼれてきました。
694: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:06:08.51 ID:LQxYmyoc0
僧侶「って、違う!」
跳ね起きました。
僧侶「あの、あれ、どういう、なんでわたし、生きて、え!? ねぇ!」
口が回りません。いや、回っていないのは、きっと頭でしょう。
僧侶「なんで生きてるんですか!?」
傭兵「俺に死んで欲しかったってか」
僧侶「あぁもう、違います!」
こちらの質問意図を明確に理解して尚この言動なのですから、余計たちが悪い!
僧侶「どうしてわたしが生きてるんですか!?」
傭兵「……」
僧侶「……」
叫んで一拍置いてから、そもそも傭兵さんがその原因を知っているかどうか、確証はないことに気づきました。
そして同時に、傭兵さんなら原因を知っているだろうと、確証はないのに信じられました。
695: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:06:38.19 ID:LQxYmyoc0
わたしが生きているのは不自然なことです。そして、この身に起きる不自然なことには、 傭兵さんが関わっているのです。わたしはそのことをよく知っています。
傭兵「お前の拳銃、それ、空砲だぞ」
……え。
僧侶「あ」
そうだ。そうです。そうでした。
地下牢で傭兵さんがわたしを一度殺すときに使った空砲。そのマガジンは、ずっと拳銃の中に入れっぱなしで、だから当然先ほどのときも。
ということは――ということは?
わかることは唯一つ。仮にあそこで発砲できていたとしても、党首の息の根を止めることはできなかったということです。
……いや、もしかして。
僧侶「傭兵さん、ここまで読んでましたね」
断定的にわたしは尋ねます。
傭兵「当然だ。ただ、賭けでもあった。分が悪いわけじゃなかったから採用したが、正直心臓に悪いな」
696: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:07:34.20 ID:LQxYmyoc0
限りなく嘘くさくはありましたが、先ほど足が震えていたのを見れば、そうは言えません。確かにこの人は内心びくびくしていて、けれどそれを外には決して出さず、机上に振舞っていたのでしょう。
まったく。なんていう胆力ですか。
僧侶「読み違えてたらどうするつもりだったんですか」
傭兵「そんときゃお前が死んで俺が党首と相打ちだ。最低限の目的は果たせる。党首が世界樹の雫をもう一つ持ってるかもしれなかったし、そうでなくとも別途回復手段は想定してあった」
傭兵「結果オーライだろ。こりゃ日ごろの行いだな」
この人の行いを神様が助けてあげたいと思うようなら、きっと資本主義の神様ですね。市場には神の見えざる手が働いているといいますし、多分それです。
傭兵「機雷の爆裂条件は『何かの開放』……概念で言えば『破る』『放つ』『開く』あたりだろう。じゃあ逆に、それが失敗したらどうなるのか、ってな」
そう。それらの行動がもし失敗した場合、一体どうなるのか。
爆裂するのか、しないのか。
697: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:08:20.39 ID:LQxYmyoc0
傭兵さんは賭けといいました。確かに二者択一ではありますが、これもまた傭兵さん自身が言ったように、分の悪くはない賭けです。
普通に考えれば、党首が「機会仕掛け」である限り、機雷は機会がやってこなければ爆裂しないはずなのです。行動の失敗は、機会に当然先んじます。行動が起きていないのに爆裂してしまえば、それは即ち機会を重んじる必要などない。
僧侶「ん? ……あれ、でも、どうして傭兵さんの攻撃は、爆裂しなかったんですか?」
傭兵「ナイフの攻撃は刺突だ。『放つ』もんじゃあない。それに、万が一のために予防線も張ってあったしな」
僧侶「予防線、ですか」
傭兵「気づいてなかったか。党首の機雷には設置上限があんだよ。詠唱の必要もない、設置場所の指定もない、設置上限もないじゃ万能すぎる。少なくともどれか一つにはなんかあるとは踏んでた」
傭兵「三つ。それが党首の限界だ。僧侶の拳銃、領土の境界線、そして俺と兵士たちの攻撃……全部で四つ。防ぎきれない」
でも、拳銃は空砲で。
わたしの拳銃に銃弾が入っていれば、わたしは確実に死にましたが、同時に確実に党首を殺すことができたはずです。分がよくても賭けは賭け。傭兵さんならば間違いなく確実な手段をとると思いましたが、今の話を聞いて、違和感です。
……わたし、勘違いしちゃいますよ。
698: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:09:05.88 ID:LQxYmyoc0
理由を聞こうとしてやめました。どうせ答えてくれるはずなどありません、と自分の中で結論付けておくことにします。
僧侶「……党首は」
傭兵「ん」
僧侶「最期に何か、言っていましたか?」
謝罪でも、命乞いでも、自らの正しさを語るのでも、なんでも。
聞いてどうするというのでしょうか。全く意味なんてないのに、なぜだかそれが無性に気になりました。それとも自分とまるで正対する人間だからこそ、でしょうか。
傭兵さんは首をふるふると横に振りました。
傭兵「いや、なんも。なんもだ。また自分を機雷化されても困るからな、発動の隙間すら与えず、一瞬で殺った」
僧侶「そうですか」
思いのほか落ち着いた声でした。残念だとも、ざまぁみろとも、思いません。今は底までの余裕がないだけなのかもしれませんでしたが。
心の中心を埋めていた大きな欠片が剥離して、はらはらと崩れて消え去っていくのがわかりました。喜びは確かにあります。ですが、一息ついたという感のほうが強くもあります。これは結局尻拭いにすぎないのですから。
699: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:09:51.76 ID:LQxYmyoc0
本来ならばわたしがこの手で始末すべき人間なのです。と、そこまで考えて、今までわたしが党首へと抱いていた憎悪が、もしかするとそれは憎悪ではないのかと思いました。義務感というか、責任感というか、罪悪感というか。
ここまできてしまえば最早確かめる術はありません。党首は死にました。殺したのは傭兵さんです。わたしにできることは、自らを情けなく思うことと、彼に感謝をするくらい。
まぁ、自分を卑下してしまえば、傭兵さんはきっとすかさず似合わないフォローを入れてくるのでしょうけど。たとえば、「お前が拳銃を向けてくれなかったら、どうなっていたかわからない」とかなんとか。
ですから、あくまで真っ直ぐに彼の眼を見て、誠心誠意頭を下げるだけに努めました。
僧侶「ありがとうございました」
傭兵「どういたしまして」
謙虚です。いつものこの人なら、お金くらい請求してきてもおかしくないのですが。
いえ、この人だって、たまには守銭奴の暖簾を下げるときもあるでしょう。今日は珍しい定休日。そう思っておくことにします。
700: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:11:51.66 ID:LQxYmyoc0
傭兵「俺は州総督のところに行くが、どうする」
僧侶「……殺して、いいなら」
傭兵「だめだ」
僧侶「……」
動悸が高まります。脳に送るべき血流を必死にまわしているのです。
憎悪。殺意。その二本柱が州総督とわたしの意識を固く連結して離してくれません。わたしの両親を襤褸雑巾のように使い捨てた悪党。どうして許しておけるでしょうか。
でも、きっとそれは傭兵さんだって同じなはずなのです。彼の言うことを信じるならば、お父さんは嘗て、傭兵さんたちと旅をしていたことになります。仲間を使い捨てにされた恨みは傭兵さんにだってあるでしょう。
何が正しい行動なのか、とっくにわたしにはわからなくなっていました。お金なんていらない。お金なんて悪だ。そう思っていたわたしの行動は、全て裏目に出ました。この瞬間考えていることが、しようとしている動作が、裏目に出ないと誰が言い切れるでしょう。
わたしが特別なのではなく、誰にだって保証はない。そうなのでしょうが、だけど、それでも、そんなことは知ったことではないのです。
傭兵「ま、勝手にしろ。殺させはしないけどな」
701: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:12:47.57 ID:LQxYmyoc0
わたしは結局、とぼとぼと彼のあとをついていくことにしました。兵士さんたちがちょうど州総督の身柄を確保しているところでしたが、まぁ殆ど特権というか、顔パスです。彼らも傭兵さんの功績をわかっていますから、素直に避けました。
州総督は地面に胡坐をかいたままむすっとした様子でこちらを見ていました。暴行のあとは見えますが、重傷のようには見えません。党首は魔法使いであって拷問官ではないのですから、不得手であった可能性は十分にあります。
五十代後半の男性。ここ数ヶ月の生活のせいかだいぶ痩せましたが、鋭い眼光はそのままです。
手が自然と拳銃へ動きました。が、意志の力で捻じ伏せます。大体拳銃はマガジン全部空砲で、何より傭兵さんがわたしの動きを察知して尚、見送ったから。
見送ってくれたから。
傭兵「よう。実際に会うのは初めてだな」
州総督「……」
傭兵「だんまりかい。ショックや拷問で口が利えねぇ、ってわけでもねぇんだろう。あんたがそんなタマかよ」
州総督「……」
702: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:13:26.59 ID:LQxYmyoc0
傭兵「まぁ、いい。そっちが喋りたくなくても、こっちは用があるんだ」
傭兵「党首を殺せと依頼がきた。お前の子飼いの揉め事処理屋からな。手付金が一千万、成功報酬が四千万。まぁそれはいい。それに文句はない」
「が」と傭兵さんは続けました。
あ。
すっごい悪い顔してます。
傭兵「五億」
傭兵「お前を救出した礼金を俺に払うのが筋ってもんだろう? なぁ」
ご?
ごおく?
五億って、いくらでしょうか。
それはお金の概念というよりは、大きさや重さを表す概念に近似しているのでは?
703: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:14:39.48 ID:LQxYmyoc0
州総督「……馬鹿か、貴様は」
傭兵「お、いいねぇ。命の恩人に向かっての最初の一言が、辛辣な悪罵! さすが稀代の傑物だ」
州総督「金などない。俺にはなにもない。今回のどさくさに紛れて、どうせハゲタカどもが食い荒らしているに決まっている」
傭兵「残念だがそうはいかねぇんだ。こっちも世界の平和がかかってるもんでな」
州総督「ない袖は振れん」
傭兵「そこをどうにかしてきたからこその州総督の地位だろうが」
傭兵「協力してくれねぇんだったら、俺はこれを売りにいく。五億にはとどかねぇだろうが、まとまった金にはなるだろうさ」
懐から取り出したのは薄い紙の束でした。タイトルは……「採石の町、ゴロンにおける瘴気の利用技術に関して」。
704: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:18:30.16 ID:LQxYmyoc0
州総督「なっ……! 貴様、それを、あのときに……!」
傭兵「手癖は悪いほうでな。俺はこれと同様のものを、あと三十は確保している。証言者もたっぷりいるぜ。なんせ町一つ分だ」
傭兵「これを国王一派にばらまく。マスコミにも。有力な領主たちに売りつけたっていい。そうしたらお前はおしまいだ。ゼロじゃない。マイナスになる」
傭兵「わかってるだろ、俺の言っていることが」
にやぁ、と傭兵さんは笑いました。
完全に、悪役のそれでした。
……わたし、この人を本当に、その、……いいんでしょうか? なんだか不安になってきたんですけど。
でも、愕然としている州総督を見ていたら、ちょっとはすっきりとした、かも。
705: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:19:26.01 ID:LQxYmyoc0
兵士「お疲れさん」
声をかけられ振り返れば兵士さんたちが揃っていました。生き残りは全部で八名。党首との戦闘はほんの十数分でしたが、その間で半数以上が命を落としたことになります。
彼らはそれでも職務に忠実で、顔を引き締め、わたしのことを見ています。
……あぁ、そういうことですか。
さすが、職務に忠実ですね。逃げようとは思ってもいませんでしたが。
少しその顔に申し訳なさが宿っているように思えるのは自意識過剰でしょうか? わたしの手首に、今度は縄でなく固い手錠をかけるとき、できるだけ優しくしてくれたような気がするのも。
兵士「国家騒乱の罪で、逮捕する」
がちゃり、と手錠が連結されます。
傭兵「……」
こいつら殺すか? 傭兵さんが剣呑な視線を投げかけてきますが、わたしは苦笑しながら首を振って断りました。責任は、とります。それくらいの矜持はわたしにだってあります。
706: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:20:30.54 ID:LQxYmyoc0
わたしが傭兵さんに対して振り向くことを、いくら兵士さんたちでも止めはしませんでした。後ろ手に手錠をかけられたことを、少しだけ幸運に思います。
だって、そっちのほうがまだ、可愛く見えるでしょ?
僧侶「傭兵さん。いままでありがとうございました」
僧侶「わたし、あなたのことが」
息を大きく吸い込んで。
僧侶「大嫌いでした」
うん。間違ってないし。
傭兵さんは口を手で隠して笑っています。困ったように。苦笑い。
すぐにこちらを向いて、中指を立ててきました。下品です。
傭兵「俺もだよ」
707: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:26:25.46 ID:LQxYmyoc0
――これで、わたしと傭兵さんの物語はおしまいです。
願わくば世界に、幸多からんことを。
708: ◆yufVJNsZ3s 2014/08/11(月) 22:28:39.04 ID:LQxYmyoc0
―――――――――――――――――――――
今回の投下はここまでです
さよなら僧侶ちゃん
ここで僧侶と傭兵さんの物語は一旦おしまいとなります
なお、次回から新章が始まりますので、よろしくお願いいたします
709: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 22:30:24.59 ID:/6oJiktr0
乙
新章期待
710: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 22:32:59.52 ID:LoNz4nWhO
新章なのか、期待
712: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/11(月) 23:03:00.08 ID:daZCqeefo
HappyではなかったけどBadではなくて良かった
新章はどうなるんだろ
傭兵「この世で金が一番大事」僧侶「じゃありません」【新章】へつづく
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