「エルフが奴隷に堕ちた理由を考えてみたりなど」
- 1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:24:32.44 ID:q+P0GBGRo
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森に住む彼らにはエルフという名以外にもいくつか呼び名がある。
賢き者たち、森の子ら、知恵の種族、歌う人。
蔑みの意を込めた名ももちろんあるのだが、呼び名のほとんどは彼らの力を認め畏れるものだ。
人との交流は最低限。
その口から出る言葉は思慮深く難解。
森の奥で独自の生活を営んでいると言われるがその実際を知る人間はほとんどいない。
不可思議な力を使う、人間には考えもつかない知識や技術を持っているなど、とにかく謎が多いという。
もし彼らとの間に争いが起こればまずもって勝ち目はないと人は信じていた。
程度の差はあれど、誰もが彼らを恐れていたのだ。
しかしそれらはすべて過去の話である。
もう誰も彼らを恐れない。 - 2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:25:59.83 ID:q+P0GBGRo
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十年ほど前のことだ。エルフは人間との戦いに敗北した。
争いの発端はエルフが人側の土地に入り込み害をなし、それに人間が反撃したこととされているが定かではない。
確かなのは争いがあったことと、それに敗北したエルフたちが人間の支配を受けるようになったということだ。
エルフならば男女関係なく森から引きずりだされ鎖や縄につながれた。
彼らは珍しがられ、またその美しさもあって欲しがる人間は少なくなかった。
エルフたちは故郷と離別させられ各地に散ることになった。
今ではもう先のような名で彼らを呼ぶものはいない。
腰抜け、能無し、やせっぽち、見かけ倒し。
エルフの拍子抜けするほどの弱さからついた名だ。
彼らは呆気なく屈服し、あれほど恐れられていた力は少しも人間に襲い掛かることはなかった。
- 3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:26:33.84 ID:q+P0GBGRo
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エルフが持つといわれた力はただの作り話だった。
人間が勝手にこしらえた幻想だった。
今では疑問を持つことなく人々はそう信じている。
いや信じる信じないではなくそれ以外に考えられないのだ。
もし何か力があったのならばエルフはそれを使わずに奴隷の身に堕ちることを甘受したということになる。
が、それは誰が見てもおかしい。
自らが支配される危険を目の前にして力を使わないことを選ぶ理由がない。
だから人々は疑問を持たなかった。
これからも持つことはないだろう。
それで何の不都合もないし何もおかしなことはないのだから。
- 4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:27:07.55 ID:q+P0GBGRo
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だが、もし理由があったとしたら?
エルフたちにはエルフたちなりに考えるところがあったとしたら?
それは一体どんな理由なのだろう。
きっと誰もその問いに価値を見出すことはない。
だから、考える意味もまたないのかもしれないが。
- 5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:27:38.61 ID:q+P0GBGRo
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……
朝から続く曇天は昼を過ぎても大きく変化することはなかった。
日の光は弱く心なしか肌寒い。
どうにも沈む気分を抱えながら旅装の彼は道を進んでいた。
起伏の多い土地だ。
道が上がったり下がったりのでこぼこで歩き心地はあまりよくない。
それも彼をうんざりさせる。
だが根本的な憂鬱の出どころはそれらではなかった。
二つ。
そう、彼の頭にある悩みの元は二つだ。
- 6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:28:05.71 ID:q+P0GBGRo
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一つ目は大きい割に漠然としている。
この旅路の先に残るものはあるのだろうか。
時たま彼はそれを考える。
小さい頃に母と共に故郷を離れてもう十年以上。
旅にも慣れ、それが当たり前となり、どうにかこうにか生き延びてそのぐらいの月日。
一日一日をつないでいくのは口で言うより難しく旅の意味を求める余裕はない。必要も感じない。
だから普段は遠い先のことなど考えることはない。
だが夜の眠りに落ちるまでのまぶたの裏側や昼間の延々と続く道の向こう側。
そういった日々の隙間に、その問いはふと浮かぶ。
俺はこの先どうなるんだろう。
- 7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:28:51.02 ID:q+P0GBGRo
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いや、どうなるもこうなるもない。
定住は難しくそれならば旅は続くところまで続く。
そして続かなくなったところで死ぬ。何も残らない。
しかし、では自分はどのように死ぬのだろう。
一番ありそうなのが餓えによる野垂れ死にや事故死。それから病死。
野盗に襲われて殺されるのも同じくらいあり得ることだ。
そして死ぬまではどれくらいの時間があるのだろう。
次の町や村に着くまでに死ぬか? それともジジイになるまで生きるのか?
分からない。
分からないが、長生きできたところでもっと憂鬱の種が増えているだろうことは想像に難くない。
だがそれでも彼は夢想する。
俺に希望はないのだろうか、と。
何かの間違いでもいい、心安らぐ時間が与えられることはないか。
小さな幸せがこの手に飛び込んでは来ないだろうか。
その甘い夢が今という時間をつらくすることは分かってはいるのだが。
- 8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:29:29.10 ID:q+P0GBGRo
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何はともあれとりあえず言えるのは今は死にたくないということだ。
ならば今日をしのいで生き続けなければならない。
そしてここからが二つ目の悩みになるのだが、彼には残りの路銀がほとんどなかった。
懐の布袋を探る。軽い。
何度触れても同じ。悲しいくらいに手ごたえがない。
これは先ほどのものに比べれば卑小だが、具体的かつ差し迫った悩みだ。
遠い先のことなど分からなくても生きていけるがこれを無視すればそのまま死に至る。
今はまだいい。
だが食料や路銀が尽きればおしまいだ。
だというのに売れるもの価値あるものは手元になかった。
これから手に入る見込みもない。
- 9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:30:04.30 ID:q+P0GBGRo
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結局、と彼は自嘲する。
旅路の果てに気をとられているうちに足元の石につまづくわけか。
路銀については前々から不安に思ってはいたが打てる手もないままここまで来てしまった。
現状をひっくり返す何かがない限りそう長くないうちに彼の命は終わる。
何かないか。天の恵みでも偶然の拾いものでも。
どんよりとした視線をあたりに振るがめぼしいものは何もなかった。
あるのは背の低い草が広がるでこぼこした土地と雲り空。それだけ。
処刑台に向かう者の歩みを、今なら彼は理解できる気がした。
彼のそれは普通よりも何倍も長いが死を約束されているという点では変わらない。
上りになった道の一番上に、首をくくる縄が見えたように思った。
- 10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:30:37.13 ID:q+P0GBGRo
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妄想の縄に首を絞られて、それでも死ぬことができるはずもなく。
彼はため息をついて立ち止まる。
足が痛い。
汗をぬぐってふくらはぎをたたく。
旅は日常だがそれでも疲れるものは疲れる。
水袋を取り出して口を付けた。
これも残りがほとんどなかった。
どこかで休むついでに水を足す必要がある。
視線を巡らすと左方にまばらな木々と、その間を流れる川が見えた。
そこに立ち寄ろうと決めた。
と、その時、彼は木々の間に別のものを見つけた。
横転し、壊れ、汚れていたがそれは確かに――
彼は理解するやいなや速足で歩きだした。
- 11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:31:12.42 ID:q+P0GBGRo
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何かあるだろうと思っていた。
事故か野盗に襲われたのかは分からないが、これほど大きな馬車ならば何か残っているだろうと考えていた。
甘かった。
横倒しになった幌馬車の中はほとんどからっぽだった。
いや、正しくはガラクタやゴミしか残っていないようだった。
価値ある荷は運び出されたと見え、ならば賊に襲われたのだろう。
周囲を回ってみると身ぐるみはがされた死体がいくつか転がっているのを見つけた。
馬車の汚れからしてあまり長い時間はたっていない。
襲われたのは昨日今日といったところか。
あまり長居しない方がいいかもしれない。
だがもしかしたら使えるものが残っているやもと思い、彼は中に足を踏み入れた。
- 12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:32:00.94 ID:q+P0GBGRo
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元は何かの器だったと思しきいくつかの破片があった。
それから価値のあるなしも不明な木彫りの像。
汚れ破れていなければ上等だったろう毛織物のなれの果て。
それらの物に統一感はなく、生活のための品というよりは売り物に見えた。
とすると金持ちの引っ越しの類ではなくどこぞの商人の馬車か。
使えそうなものも売れそうなものも、何もない。
彼は諦めて、入った側とは反対の方から外へ出ようと踏み出した。
その時視界の端に何かが引っかかる。
空の木箱が積み重なった陰に、何かの気配を感じた。
青い瞳と目が合った。
- 13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:32:33.17 ID:q+P0GBGRo
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彼はしばらくの間動くこともできずにそれを凝視した。
緊張が体を縛ってしまっていた。
賊がまだ残っていた?
そんな考えが頭をよぎる。
武器、逃げ道、命乞いといった言葉も怒涛のごとく流れていく。
だが彼が攻撃も逃亡も選ばなかったのは人影が危険な動きを見せず、どころか身じろぎすらしなかったからだ。
「誰だ」
彼の口をかすれ声が割る。
何者かはしばらく黙ったままこちらを眺めていたが、やがてかぶっていたフードをゆっくりと下ろした。
- 14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:33:01.36 ID:q+P0GBGRo
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白い肌が彼の視線を吸い寄せた。
埃に汚れてくすんでしまっているものの、その滑らかさを全て覆い隠せるほどではない。
燐光を放つようなその頬の上を、それとはまた別の輝きを持つ金の髪が流れ落ちていた。
纏っているローブでわかりにくいが身体の線は細い。
女。
座り込んでこちらを見上げていた。
彼は身体が冷えるのを感じた。
恐怖ではない。凍えるのとは違う。ただ体温が少しだけ下がる。
頭が冴える感覚に似ている。
おそらく彼を見つめる青い目のせいだろう。
- 15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/30(土) 21:33:31.28 ID:q+P0GBGRo
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睨むでもなく怯えるでもなく。
それは彼を真っ直ぐに見据えていた。
見るという行為から余計なものを全部削ぎ落とすとこういう視線になるのかもしれない。
澄み切った水のような。
あまりにその瞳に呑まれてしまっていたのか、彼は気づくのが遅れた。
金髪から小さく尖ったものがのぞいていた。
耳の位置にそれぞれ一つずつ。
あっ……と彼は声を漏らした。
エルフだ。
- 19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/08/31(日) 18:07:11.88 ID:htogreJXo
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尖った耳は噂に聞いていたよりは小さいようだった。
彼はまじまじとそれを見つめたがエルフは気にした様子を見せなかった。
ただこちらに静かな視線を注いでいる。
と。
形の良い唇が開いて、けほっと小さく咳をする。
コメント一覧
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- 2014年09月11日 20:45
- すごくいいと思いましゅ
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- 2014年09月11日 20:58
- エルフ「見ないで……」といいエルフ「……妾を見るな」といい、エルフが人間に敗北した後の物語は結構面白い
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- 2014年09月11日 21:06
- ドリフターズかと思った
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- 2014年09月11日 21:13
- あれ? 面白かったんだけど。
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- 2014年09月11日 21:15
- エルフこわいなーとおもった
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- 2014年09月11日 21:17
- TESで想像すると色々捗る
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- 2014年09月11日 22:15
- おじさんの聖剣エクスカリバーでエルフを屈服させたいでしゅボロロン
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- 2014年09月11日 22:29
- ※6
バイアズーラ!バイアズーラ!
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- 2014年09月11日 23:33
- 狼と香辛料 的な話が好きな俺、満足
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- 2014年09月11日 23:40
- 元々エルフってこんな感じだったよなぁと思い出した
同時に、女騎士とエルフに関して認識が大分、毒されてるなぁとも思ったけど
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