男「蓋のない瓶の底で暮らしてるだけの今」
- 1 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:00:19 ID:mdGHYy1Q
ガラス瓶の底で暮らし始めて三日が経つが、
僕は未だにその生活に慣れることができないでいた。
トイレ以外には何もないし、瓶底は冷たいし、夜になると寒くて仕方がない。
蓋はされていないが自分の意思で外に出ることはできないし、
仮に脱出できたとしても僕に戻る場所は残っていないだろう。
きっと僕の仲間たちは僕がもう死んだものと思い込んで、
またべつの土地へ向かっているはずだ。僕は深い溜息を吐いた。
するとガラス瓶を横から眺めていた女が口をひらいた。「怒ってる?」
ふん、と僕は鼻を鳴らした。いきなり捕まえられて小さな空き瓶に
閉じ込められているのに怒らない奴がいるのなら見てみたいものだ。
「ご、ごめんね?」と女は言った。もう三日間で五〇回くらい聞いた言葉だった。
「うるさい」と僕は言った。
「あっ、久しぶりに喋ってくれた」女は笑顔になった。
「ねえ、ええと……あなたは何? 小人?」
「そんなことどうでもいいから、早くここから出してくれ」
「そ、そんなに怒らないでよ」
「いきなり捕まえられて小さな空き瓶に閉じ込められてるのに怒らない奴がいるのなら見てみたいよ」
「ご、ごめんなさい……」- 2 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:01:21 ID:mdGHYy1Q
「謝るのなら出してくれ」
「それはできない……かも」
「“かも”ってなんだよ。早く出せ」
「うう……駄目!」
「うるさいから大きな声は出さないでくれ」
「ごめんなさい……」
「はあ」と僕はため息を吐く。いったいこんなやりとりが三日間で
何度あっただろうかと思い返すだけで頭が痛くなる。
こうしているあいだにも仲間は遠ざかっていってることを思うと
更に頭が痛くなるし、もう諦めたほうがいいような気がしてくる。
「し、質問に答えたら出してあげる」と女は言った。
「どうせ嘘なんだろ」と僕は言った。
「ぜんぶに答えてくれたらちゃんと出すから」- 3 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:02:07 ID:mdGHYy1Q
僕が黙っていると、女は続けて言った。「あなたは何なの? 小人?」
「お前らから見ればそういうことになるんだろうな」と僕は言った。
「ふうん」女は満足そうに微笑み、質問を続けた。「あの神社で何をしてたの?」
「ただ通りかかっただけだ」
「どこへ向かって歩いていたの?」
「落ち着ける場所。新しい居場所を探していた」
「引っ越しの途中だったの?」
「そう。それなのにお前に見つかった」
「うう……ごめんなさい」
「謝るのなら最初から出してくれればいいのに」
「それは、できない」
「なんだよ。じゃあさっさと質問を終わらせてくれ」
「……質問は、また明日」
「はあ?」僕は立ち上がって瓶を内側から叩いた。「ふざけんな! さっさと出せ!」- 4 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:03:17 ID:mdGHYy1Q
「ひっ」と女は驚いて後ずさったが、
僕に何もできないと分かると瓶を掴み、左右に振った。
僕は瓶の中で左右にごろごろと転げて、全身を軽く打った。
ほんの五秒ほどで揺れは収まり、また瓶は定位置に置かれた。
僕は蓋のない瓶の底でうずくまっていることしかできなかった。
あまりの情けなさに涙がこぼれそうになったがそこはぐっと堪えた。
ぐったりしている僕を見た女は瓶を爪で軽く叩き、「だ、だいじょうぶ?」と言った。
「お前がやったんだろうが……」
「そ、それはそうだけど……」
「もういいから放っておいてくれ……。どうせ出られないんだろ……」
「あああ……ほんとうにごめんなさい」
僕は冷たい瓶の中に座り込み、打撲した部位をさすった。
女はそれを見ながら、「お腹減ってない?」と訊いてくる。
「減ってるに決まってるだろ、三日も何ももらってないんだから」
「ご、ごめんなさい……。パンでいいかな」
「なんでもいいから早く食い物をくれよ」
僕がそう言うと女は急いで部屋を出ていった。- 5 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:04:41 ID:mdGHYy1Q
僕が閉じ込められている瓶があるのは、あの女の部屋に置かれた机の上だった。
瓶の横にはサボテンが置かれていて、そのとなりには本が並んでいる。
僕はサボテンや本と同じように扱われているのだろうかと思うと悲しくなってきた。
女が戻ってきたのはこの部屋をあとにした三〇秒後くらいだった。
女は片手に袋を持っており、その中には何かが入っていた。
「それは何だ」と僕は訊ねる。
「パンだけど、小人くんは食べない?」
「その小人くんっていうのは何だよ」
「あなたのことだけど……名前はあるの?」
「あるに決まってるだろ、サボテンじゃあるまいし」
「このサボテンにはちゃんとした名前があります。……あなたはなんていう名前?」
「お前には教えない」
「うう……」
「いいから早くそれを食わせてくれ」
「どうぞ」女は大きな塊から千切った何かを瓶に入れた。
僕はそれを口に含み、咀嚼し、飲み込んだ。- 6 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:06:01 ID:mdGHYy1Q
「なんだこれ」と僕は言う。「味もしないし、すかすかじゃないか」
「……もしかして小人くん、パン食べたことない?」
「当たり前だ。誰がこんなもん食うか」
「普段は何を食べてるの?」
「ダンゴムシやミミズ」
「うええええええ……」女は露骨に不快な表情を顔に浮かべた。
「なんだよ。お前もしかしてダンゴムシもミミズも食ったことないのかよ」
「いや、ふつうは食べないと思うんだけど……」
「ええっ、お前つまんねえ人生送ってんな。ミミズの旨さを知らないなんて」
「それは知らなくてもいいけど……、たしかにつまらない人生ではある……かも」
「なんだそりゃ」
女は黙り込んだ。
僕は瓶底に散らばったパンを食べて、綺麗になった瓶底に寝転がった。
見上げると煌々と照る電球の光が射して目が痛かったので、結局座り直した。- 7 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:07:53 ID:mdGHYy1Q
女は机に数冊の本を広げて、何かを書き始めた。
そのあいだはどこかから小さな音で音楽が流れ、女は黙りこんでいた。
「何してんだ」と質問をすると答えを返してくれたが、「学校の課題」と
言われても僕にはそれが何なのかいまひとつよく分からなかった。
あまりにも退屈だったものだからうとうとしていると女は手に持っていた棒
(シャーペンというらしい)をことんと机に置いた。僕はその音で目を覚ました。
「終わったのか」と僕は言う。
「あ、うん。終わったよ」と女は言った。
「質問の続きは」
「明日するから、待ってて」
僕はため息を吐いて、瓶底に寝転がった。
「寒くない?」と女は言う。
「寒いよ。お前は僕を凍死させる気か」
「ご、ごめんなさい。そういうつもりでは……ちょっと待ってて」- 8 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:08:37 ID:mdGHYy1Q
女はそう言うと机の引き出しの中を漁り、
そこから淡い青色の布を取り出して、ハサミで小さく切った。
そしてそれを瓶の外に置き「これでどうかな?」と言った。布団の代わりということらしい。
「それでいいからさっさと貸してくれ。凍えそうなんだ」
僕が催促すると、瓶の口から布が二枚、ひらひらと降ってきた。
僕はそれを捕まえ、二重にしてからそれに包まった。
「ふたりとも、おやすみ」と女は言う。
明かりが消え、カーテンの隙間からは月の光が差し込んでくる。
ふたりって誰だよ、と思いつつ僕も眠った。- 9 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:10:42 ID:mdGHYy1Q
*
目が覚めると瓶を覗きこむ女の顔が見えた。
身体の節々が痛いし、寝起きから気分は最悪だった。
「なんだよブス」と僕は起き上がりながら言った。
「今から学校に行ってくるから、わたしは夕方まで帰ってこないよ」と女は言う。
「朝とお昼の分のパンは小人くんのとなりに置いてあるから。
……勝手に逃げちゃ駄目だよ」
「はいはい」
「じゃあふたりとも、行ってくるね」女はそう言い残して部屋を出ていった。
ふたりって誰だよ、と僕は思いつつ、朝の分のパンを頬張った。
昨日と違って今度のパンはちょっと甘かった。
パンを食べるとやることはもうなかった。
瓶の底にあるのはトイレ用の小さな容器と、二枚の布団とパンだけだった。
自由と娯楽を奪われた僕は何もせずに時間の経過を待った。
途中で眠っていたりしたからどれくらいの時間が経ったのかは分からないが、
ふと瓶の外へ目をやると、部屋の壁を歩く蜘蛛の姿が目に留まった。
蜘蛛はすこし移動して止まり、またすこし移動して
止まりを繰り返し、ゆっくりとどこかへ向かっていた。
「どこに行くんだよ」と僕は蜘蛛に訊ねてみた。もちろん蜘蛛は答えなかった。- 10 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:11:52 ID:mdGHYy1Q
「僕も連れていってくれよ」と僕は言った。
蜘蛛は家具と壁の隙間に吸い込まれるように消えた。僕はその隙間から
目を離さないようにしたけど、いつまで経っても蜘蛛はそこからは出てこなかった。
僕はまた瓶の底で寝転がることにした。でも目を閉じて眠ろうとすると
身体のあちこちが痒くなってきて、それどころではなくなった。
何十分も全身を掻きむしりながら瓶の底をぐるぐると
歩きまわったけど、身体の痒みはなかなか消えなかった。
苛々して汗が出てくると、頭にもちくちくとした痒みが現れた。
もう三日は風呂に入っていないのだ。
あの女、僕のことを何だと思ってやがる。犬や猫か
サボテンか何かと勘違いしているじゃないのか。
それとも囚人や人質みたいなものだと思っているんだろうか。
たしかに今、僕の命はあの女が握っていると言ってもいいような状況だ。
贅沢を言える立場ではないが、生き永らえさせるのならきっちりと
世話をしてほしいし、放っておくなら食事もトイレもいらないのに。
何を考えているのか分からない、中途半端な女だ。
帰ってきたらそのことを言ってやろう。- 12 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:13:00 ID:mdGHYy1Q
そういうことがあって、僕は学校とやらから戻って来た女にそのことを言った。
はっきりしてくれこの中途半端女、お前はいったい何がしたいんだ、と。
「ごめんなさい」と女は抑揚を欠いた声で言った。
「ほんとうに分かってるのか?」と僕は言った。
「分かってます……ほんとうにごめんなさい……」
女はそう言うとベッドに身体を沈めて、ぼうっと天井を眺めはじめた。
僕はこの部屋で蜘蛛を見かけたことを言おうかと思ったが、やめておいた。
「お前さ、夜は元気だけど学校から戻ってくると元気がなくなってるよな」
「うん」と女は言った。
「なんで? 何かあったわけ?」
「何もないよ」- 13 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:13:50 ID:mdGHYy1Q
「何もないのに落ち込んでるのかよ」
「何もないから落ち込んでるんだよ……。ほんとうに、何もないから……」
「僕だって一日中こうやって瓶の中に閉じ込められて何もなかったけどな」
「ごめん……」
「そう思うならさっさと出してくれ。それで今日の質問は?」
「夜に、また……。夜まではそっとしておいて……」女はゆっくりと立ち上がる。
「どこに行くんだよ」
「神社。あなたを見つけた、あの神社」
「なぜ?」
「静かだから……」
「僕がうるさいっていうのか?」- 14 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:14:28 ID:mdGHYy1Q
「そういうことではなくて……こう……あの場所がいちばん落ち着くというか」
「自分の部屋よりも神社が落ち着くのかよ」
「うん」
「ふうん。お前、こうやって落ち込んだら神社に行くわけ?」
「そう」
「毎日神社に行ってるんじゃねえの、お前」と僕は冗談を言った。
「バレたか」と女は作り笑いを浮かべて言った。
女が外に出るとドアは閉まり、僕はまた部屋に取り残された。- 15 :以下、名無しが深夜にお送りします 2014/09/23(火) 13:15:48 ID:mdGHYy1Q
コメント一覧
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- 2014年09月23日 23:10
- こういう話大好き続き読みたい
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- 2014年09月23日 23:10
- 諦めろ
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- 2014年09月23日 23:15
- こういう綺麗に短編書ける能力羨ましいと思うわ
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- 2014年09月23日 23:34
- ブスいいすぎワロタwww
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- 2014年09月23日 23:39
- 僕もブスに拉致監禁されたいです
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- 2014年09月23日 23:51
- 良かった(小並感)
どこか国語の教科書っぽい良い話だった