戻る

このページは以下URLのキャッシュです
http://elephant.2chblog.jp/archives/52101928.html


「弟と稲刈りをした」|エレファント速報:SSまとめブログ

TOP

「弟と稲刈りをした」

1:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:21:05.76 ID:JLE6BIiyo

 農家の息子に生まれると、米の味にうるさくなってしまう。


 自分ではそんなつもりはなかったのだけれど、初めて市販の米を食べた時の物足りなさときたら、今でもありありと思い出せる失望感であった。


 決して市販されている米の味を貶しているわけではない。単純に実家で作った米の方が美味く感じるのだ。
舌がそれに慣れてしまっているのだろうか、それは解らないが。


 そんなわけで毎年、新米を楽しみにしている。


 それはどうも、今日ここにいない我妻や娘、息子もそのようで、それもあって、こうして盆正月以外では、久しぶりの帰省をしている。




 今日は稲刈りの日なのだ。



2:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:24:03.12 ID:JLE6BIiyo

 まだ若い三十の盛りの頃までは、私も意欲的に農作業に参加していた。
一人県外に就職したものの、何もせずおヨネに授かるのは気も引けた。
それに、まだ幼かった子ども達にも、どうやって我々の食べている米が作られているか、その一端であっても知っていて欲しかったのだ。


 しかし、そんな思いも、今日、丸々吹き飛んでしまった。


 私が今までしていた農作業はほんの一部分、それも楽な部類で、そもそも私は米作りというものを本当に一端しか知っていなかったということを思い知らされたのだ。



「大丈夫か、兄ちゃん?もう若ぉねんじゃけぇ、無理すんな?」



 そうして弟が心配して声をかけてくる。



3:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:25:40.92 ID:JLE6BIiyo

 先程までけたたましい音を立てて作動していた稲刈り機は田んぼの真ん中で停止している。
彼の作業を中断させてしまったわけだ。


 五十も後半に差し掛かったものの、自分の体力がここまで落ちているとは思わなかった。
まさか稲刈機の範囲外である端刈りをしていただけで貧血を起こすとは。


 早い話、平気の平左でモリモリと作業をこなす弟を他所に、私は木陰でぶっ倒れているのだ。弟とは三歳しか違わないというのに、情け無い。



「気にすんな、今日は暑ぃけぇ……俺も休も」



 そうして彼は歳を感じさせない身軽な動きで私の隣に座り、ペットボトルのお茶を一息に飲む。
赤銅色に焼けた健康的な肌に、額から流れる汗をたらす彼は、付近の景色に溶け込み絵になっていた。



4:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:27:10.23 ID:JLE6BIiyo

 不意に木陰の中を爽やかな風が通り抜ける。思わずうっとりする涼しさを感じると、これだけ日差しはきついが、今は九月の半ばなのだと実感させられる。



「なんで急に帰ってきたん?」



 突然、弟からの質問であった。


 無理も無い、私が稲刈りの為に帰省してきたのはもう何十年ぶりもなる。
父が生きていたら、おそらく同じ質問をしたのではないだろうか。


 定年が近くなると里心も強くなる。あれほど滅多なことで帰るものかと固く誓っていたのに、私はやはりここに帰ってきた。
帰ってきたくなったのだ。それは紛れも無い本音だった。稲刈りは口実だったのかも知れない。
ただ単純に帰ってきたかった。それが弟の質問に対する答えだった。


 ふーん、と弟の返事もそっけないものだった。


 こうして弟と並び、田んぼを目の前にしていると、過去にあった辛い稲刈りを思い出す。



5:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:29:38.09 ID:JLE6BIiyo

 あれは私が最後に稲刈りをした年のことだ。

 猪が出た。

 山際に有り、しかも父や私達の仕事の都合で刈り入れ時が遅れた我が家の田んぼは、その猪に集中砲火を受けたのだ。

 他に荒らす田んぼが無いのだからまあ当然の結果である。ダメ押しとばかりに台風が直撃。稲は見るも無残に地に伏した。


 稲刈機は非常に便利だ。進むだけで次々に稲を刈っていく。
だが倒れたり、水分を含み湿気ている稲を刈るとその機械の中で絡む、そうなるとその度に作業は止まり、気持ちも萎える。
刈り残しも多くなり、そうなった稲はその稲刈機のキャタピラに踏み潰される。
稲穂の実りも良いものではなかったたため、我々は草刈機でもってダメになった稲を刈り、処分した。


 大昔と違い、稲が不作だったからといってひもじい思いをすることは無い。
けれど、あんなに惨めな気持ちになったのは、私の人生ではほとんど経験に無いことだった。



「あん時は肥料、撒き過ぎたんもあるんじゃけどな」



 どういうことだろうか。



6:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:30:54.28 ID:JLE6BIiyo

「稲も実がつきすぎると倒れる。まあ、重ぉなるけぇな。コシヒカリやこぉは元々、実が多いけぇ、よう見とかんといけんのんよ」



 成程、それは道理だ。



「それに父さんも、あん時ゃ街で仕事しょったけぇ、水抜きもええ加減じゃったしな」



 水抜き、初めて聞く単語だ。



「水張ったり、抜いたりを細かくするんよ。そしたら稲が枯れんように思ぅて根を伸ばすんよな。根が張っときゃ当然、稲は倒れにくい」



 やはり、私が知っている農作業は本当に一端だったようだ。そして猛烈に申し訳なくなってきた。



7:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:32:37.02 ID:JLE6BIiyo

「なんが?」



 私は弟に甘えてばかりだった。


 自分の夢を追いかけ、誰にも相談をせず地元で努めていた会社を辞め、県外に飛び出て、結婚して、都合の悪いことは弟に手伝ってもらった。
しかし弟は新しい家族である嫁を快く迎え入れ、血の繋がった弟のように振る舞い、やがて産まれた姪や甥にあたる我が子を愛した。


 父や母が倒れた時も、その介護のすべては弟が率先してやった。医者やケアマネージャーとのやり取り、市役所へもろもろの申請。
その二人が死んだ時ですらそうだ。葬式の手配から御礼返しまで彼無しでは何一つうまくいってなかっただろう。


 先祖から引き継いだ墓の管理も、この田んぼも、弟が全て綺麗なままに残してくれている。


 世代を引き継ぐ上で、必ず発生する手間を、私は彼にほとんど押し付けてしまっていた。


 真に自分を恥じた。気がつけば涙すら流していた。



8:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:34:08.37 ID:JLE6BIiyo

「……俺さ、保育士やっとったことあったじゃろ」



 急に何を言い出すのか。

 だが彼は確かに保育士として努めていた。今では珍しくも無い男性保育士であるが、彼が勤めていた当時、まだ一般的ではなく、その数は少なかった。
風当たりがきつい、と、何度か愚痴っているのを聴いていた。



「特に障がいの子ら専門で……まあ成人の相手もしとったけど」



 知的に、あるいは身体的に障がいのある児童の施設に勤めていたとは知っていた。成人になった人たちの支援にも関わっていたのは初耳だった。



「で、その後はケアマネな」



 その実務経験を踏まえて彼はケアマネージャーになった。介護保険など、あらゆる高齢者サービスに通じ、それと利用者を結びつける仕事である。
人が最後に至るまでの道のりを目の当たりにすることが多い職業である。



「……全部、みんなの為になるか思ってそうなった」



9:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:35:43.33 ID:JLE6BIiyo

 どういうことだろうか。



「もしよ?兄ちゃんに障がい持った子どもが生まれた時、何か出来るじゃろ?そんで父さんや母さんの時も、全部えぇようにしてやりたかったんよ」



 その言葉を聴いて、こんな事を私が思うのはお門違いだとは解っている。

 だが私の内に生まれたのは、怒りだった。

 そのために自分の人生を投げたというのか。



「なんでよ?」



 そうとしか思えない。私は自分の夢の為に彼を犠牲にしたかもしれない。
その思いは若い頃から私を蝕んでいた。そしてそれがその通りなのであれば、何故なされるがままにしたのか。


 どうして。



 どうして、兄に、私に甘えようとしなかったのか。



10:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:36:56.49 ID:JLE6BIiyo

 こいつは昔から、体力も、頭もそうだが、特に要領はずば抜けていいヤツだった。
まるで他人の心が読めているように振舞えるヤツだった。


 疎んじたこともあった。可愛くない弟だと何度も思った。


 それだけ要領のいいはずの弟が何故、流されるままに生きてきたのか。許されることではない。あっていいはずが無い。


 この弟なら、もっと凄いことを出来たに違いないはずだった。


 私はどこに行っても、誰にあっても、家族の話になったら必ず弟を讃えた。


 凄いやつだ。頭がいいし、強い。それになにより、本当に優しいヤツだと。自慢の弟だと。




「そう?ありがと」



 などと言う。私はふざけてない。真面目に聴くべきだと思う。



11:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:38:02.46 ID:JLE6BIiyo

「あのな、兄ちゃん。俺は要領がええんよ?」



 知っている。だからこそ、



「……父さんと母さんが何一つ心配なく、笑顔で死ねて、その上あんたは結婚して子どもまでおる、アンタには入れる墓もある。他になんの心配があるん?」



 それで弟はどうするのだろうか。お前の世話は誰がするというんだ。そんなにまで家族に良くしてきたお前は誰がどうするんだ。結婚すらして無いくせに。



「そういう問題じゃないよ。あんたと俺と違うのは、俺に心配なことなんかなんも無いってこと」



 この田んぼはどうする。ここまで良くしてきたんじゃないのか。先祖に顔向けできないぞ。



12:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:39:52.18 ID:JLE6BIiyo

「先祖なんか知るか。田んぼじゃって俺が死んだらおしまいでえぇじゃろうが、んなもん。この辺の田んぼはそんな事情で休耕田ばっかりじゃ」



 つまり死んでしまえばそんな事を考えなくていいということか。なんて罰当たりなことを言うのだろうか。



「こんな死に方できるんは俺だけよ?まあ、あんたは無理かもしれんけど、あの子らが同じように手厚く介護体勢してくれように頑張らんとな?」



 私の事など今はどうでも良いことである。

 病気や怪我はいつ襲い掛かるか知れない。その時、彼はどうするというのか。



「全部、うまくいくようにしといた。なにせ他人に恩を作るのはうまいけぇ」



 如才の無いことだ。



「そうそう、だから要領がええんよ。色々、人が死ぬ様みたけどさ、まあどんなに綺麗な人生送っとる立派な人間もクソまみれになる時ゃなるぜ?みんなそうだったもんよ、そりゃあ仕方ないことなんよ」



13:おじさん ◆nlCx7YJs2Q:2014/09/27(土) 20:40:59.74 ID:JLE6BIiyo

 それはそうかもしれないが、本当にそれが幸福なのか、私にはわからない。彼がこうあるべきなのかも。



「も、一回言うけど、俺に心配なことなんか無いの。それでええじゃん」



 別にこういう生き方でなくとも、他にやりようがあったのでは無いか、まだそのように思ってしまう。



「強いて言うなら、父さんの時は中々作れんかったヒノヒカリを、思う存分作れることが役得かな?俺はそれでええよ」



 何故だろうか?



「……農家の息子に生まれると、米の味にうるさくなるけぇな。やっぱり
このエントリーをはてなブックマークに追加
Clip to Evernote
    • 月間ランキング
    • はてぶ新着
    • アクセスランキング

    SSをツイートする

    SSをはてブする

    コメント一覧

      • 1. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2014年09月27日 22:15
      • よかった
        兼業だとやっぱり限界があるんだよね
        あんまり手間かけられへんからそこそこの米しかできない
      • 2. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2014年09月27日 22:16
      • じんわりした
      • 3. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2014年09月27日 22:36
      • しんみりいい感じ
      • 4. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2014年09月27日 23:14
      • 5 マジで市販の米より実家の方が美味いんよな

        いい話だった
      • 5. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2014年09月27日 23:40
      • 料理一家と強盗の話書いた人かな?
        いいなー泣けてきた
      • 6. 以下、VIPにかわりましてELEPHANTがお送りします
      • 2014年09月27日 23:43
      • なんだか…久々に、母ちゃんの田舎の稲刈り参加したくなって来た(*´▽`*)大層乙な作品で在りますぞぉ~作者殿~(^_^)ゞ

    はじめに

    コメント、はてブなどなど
    ありがとうございます(`・ω・´)

    カテゴリ別アーカイブ
    月別アーカイブ
    記事検索
    スポンサードリンク
    最新記事
    新着コメント
    QRコード
    QRコード
    解析タグ
    ブログパーツ
    ツヴァイ料金
    スポンサードリンク

    • ライブドアブログ

    ページトップへ

    © 2011 エレファント速報:SSまとめブログ. Customize by yoshihira Powered by ライブドアブログ