阿良々木暦「こよみヒストリー」
物語シリーズ、オリジナル展開です。
001
「戦争を、しましょう」
無数の文房具を構え、彼女は言った。
それが彼女との出会いだった。
針鼠のように周囲の全てを拒絶し、敵と見做す。
それが、蟹に行き遭った彼女の対処方針だったのだ。
その強烈すぎる初対面の印象は、今でも覚えている。
『なんて女だ』。
002
「I love you」
「……おめでとうございます」
それは、臆面もないあまりにも堂々とした愛の告白だった。
今思えば、あの八九寺がまともな突っ込みも出来ない程に。
こうして僕に恋人が出来た。
全てがあまりにも唐突で、僕にとっては夢のような出来事で。
周囲を引っ掻き回して、驚かせて、それでいて何処か楽しい。
そう、まるで、台風みたいな女だ、と思った。
003
「私が困っているときにはいつだって助けに駆けつけてくれる王子様みたいなところ」
戦場ヶ原は、そう言って僕を好きだと言ってくれた。
化物の僕を、好きだと言ってくれたんだ。
主導権を握られっぱなしなのは今更言うまでもないだろう。
でも、まあ、悪い気はちっともしなかった訳で。
004
「阿良々木君が大学生だなんて世も末ね」
高校生の時分に起きたトラブルの数々もそれなりに無事に終焉を迎え、待ちに待ったキャンパスライフがやって来た。
ひたぎは精一杯の皮肉と共に僕を祝福してくれた。
「では、早速デートをしましょう」
今日から授業があると言うのに、ひたぎは相変わらずのマイペースを保っていた。
お前はいいのかも知れないけれど、僕は高校で落ちこぼれたから大学で二の足を踏むことはしたくないんだけれど。
「大学生は人生において最もロッケンロールな時期なのよ。暦は知らなかったのかしら」
成る程、それは確かに、そうかも知れない。
就職したが最後、気楽に遊べる日常はもう戻っては来ない。
ならば、最初の一日くらいは、いいか。
その初日の甘さが単位の不足に繋がり(無論、ひたぎはそんなことはなかった)、教授に土下座攻撃をすることになるのは、また別の話。
005
正直に言おう。
僕は見蕩れていた。
文字通り言葉も出ずに、僕は固まっていた。
「どう?似合うかしら」
似合うに決まっている。
彼女が本当に僕の恋人からクラスチェンジして嫁になるだなんて、目の当たりにした今現在であろうとも信じ難い事実だ。
「でも、阿良々木ひたぎってなんだか噛むことを強要しているようや名前よね」
余計なお世話だ。
ひたぎは白無垢も似合うかと思っていたが、断然ウェディングドレスの方が似合っている。
これは本当にひたぎか?
僕は人生の絶頂においてショックにより死んでいて、夢を見ているんじゃないか?
「ありがとう。暦にそう言ってもらえて嬉しいわ」
ひたぎはとびっきりの笑顔と共に、殊勝にもそんなことを言った。
「こんな日くらいは、私も素直になるわ……特別な日だもの」
そうだな、その通りだ。
「一生離さないでね、暦」
当たり前だ。
この腕が千切れたって、離すものか。
006
「あら、お帰りなさい暦」
家に帰ると、エプロン姿のひたぎが迎えてくれた。
実家暮らしの時は実感のなかった感慨ではあるが、家に帰って誰かが迎えてくれるというのは素晴らしい。
今度、実家に帰った時は火憐ちゃんと月火ちゃんに少し優しくしてやろう。
「ごはんにする?うどんにする?それともパスタ?」
いずれにせよ炭水化物は免れないようだった。
余談ではあるが、ひたぎは料理が上手い方だと思う。
が、手を抜く傾向にあるのだ。
その時は大体、今日のように茹でてチンして完了の麺類志向になる。
本人曰く『毎日ご飯が美味しかったら増えちゃうじゃない』との事だが。
料理が美味すぎるのも良くない、という主張をする点では非常にひたぎらしいのだが……。
……と、今日はパスタにしようかなと思っていると、食卓に並ぶのは白飯、パスタ、うどん。
しかも二人が食べる量ではない。
あらゆる種類を網羅したその様子は、知らぬ人が見たらビュッフェかと見紛うほどの量だ。
「今日はごちそうなのよ」
ごちそうはいいけれど、なんで全部主食なんだよ。
「いいことがありました。聞いて頂戴」
珍しくかなり上機嫌なひたぎさんであった。
僕が何だ、と問うとすっと眼を細めて笑う。
僕が一番好きな、ひたぎの笑顔。
「子供が出来たの」
子供?
子供って、あの子供?
「暦との愛の結晶よ」
その時ばかりは、僕もあまりの嬉しさに記憶が薄い。
僕にも人並の幸せを手に入れられることは、この時は確かに出来たと思ったのだ。
007
娘が産まれてはや五年近くが経つ。
娘は可愛い。
ひたぎとの子供ということもあって、猫可愛がりである。
ただ、ひたぎの英才教育のお陰で家の中での僕の地位は一番下だ。
具体的には、ひたぎの暴言と傲慢を受け継いでいる様子が垣間見えるのだ。
僕のアホ毛を受け継いでくれたのは嬉しい限りだが、将来が楽しみであると同時に恐ろしすぎる。
恐怖政治の下、ヒエラルキーがは確立されてしまったのだ。
いや待て、僕にはまだ忍がいる。うん。
「どうしたの暦、難しい顔をして」
ひたぎが真面目な表情で覗き込んでくる。
ああ、そんな事よりももっと大きな問題がある。
「……やっぱり、そうだったのね」
僕ももういい年だ。三十路も近い。
なのに、外見が全く変わらない。
高校生の時のままだ。
どうやら僕は、吸血鬼の年を取らない性質を持ち越してしまっていたらしい。
人として生きて行く上で危惧していたことではあったが、楽観視していたと言わざるを得まい。
二十代半ばまではそれも誤魔化せるが、もうそろそろ若いでは通用しない時が来る。
「私一人がいいと言っても、暦は受け容れないでしょうね」
世の中には世間体というものが存在する。
例えひたぎがそのままでいいと言ってくれても、十年以上も全く老けない人間が近くにいたら、周囲の人間は必ず怪しむだろう。
そしてそれはいつか、化物に対する迫害へと変わる。
僕一人ならばまだいい。
が、ひたぎ達にまでとばっちりが行くのだけは絶対に避けたい。
「……私やあの子を気にすることはない……と言っても、無駄ね」
それをしてしまったら、阿良々木暦は阿良々木暦でなくなる。
いつか僕がひたぎに言った言葉だ。
けれども、この状況においてもそんなことを言っているのは、ただの我儘なのかも知れない。
何が正しくて何が間違いかなんて。
僕にはわからなかった。
008
吸血鬼は不死身だ。
僕は限りなく人間に近い状態だから、と僅かな希望を抱いてはいたけれど。
それでも、やっぱり儚い希望に過ぎなかったらしい。
「吸血鬼の力は強過ぎる。吸血鬼の血は猛毒じゃ。人間の血を水に喩えると、それこそプール一杯の水に垂らしただけでも、致死量に至らしめる程の濃度を持つ」
忍がいつしか影から抜け出し、背中合わせに言葉を紡ぐ。
「……儂を消しても良いのじゃぞ」
忍を殺せば、僕は正真正銘の人間に戻れる。
だがそれだけは許されない。僕と忍の関係は、言わば生きる為の罪滅ぼしだ。
死にかけの鬼に首を差し出した僕と。
自ら死を望んだ哀れな鬼の。
惨めに格好悪く恥を晒し生きることによる、終わることのない、贖罪だ。
「もう充分じゃ。お前様とおった数年は、悪くはなかった」
忍がいくらそう言ってくれたところで、これだけは捻じ曲げる訳には行かない。
「それこそ、欺瞞だとかつまらん意地というやつではないのかの?」
そうかも知れない。
けれど、忍の存在を消して僕だけ幸せに生きて行くなんて事は、文字通り死んでも不可能だ。
意地を張っている訳でも何でもないのだが、それをしたら僕が僕ではなくなってしまう。
そもそも一度死んだ人間が生を謳歌しようとしている事すら、烏滸がましいと言うのに。
「誰も彼もが幸せになるハッピーエンドなぞ、今更求めている訳ではあるまいな?」
当たり前だ。
そんなものは初めて死んだあの日。
高校生最後の春休み。
あの時に、全てを諦めるつもりでこうなることを望んだのだから。
誰かに非があるとするのならば、それは間違いなく、化物の分際で一人前に幸せなんてものを掴もうとした、僕だ。
009
ならば、化物として生きて行こう。
中途半端な化物として。
死ぬことの出来ない時の牢獄に身投げをしよう。
吸血鬼の寿命がどれくらいなのかはわからないけれど。
そもそも、寿命という概念自体すらあるかもわからないけれど。
形あるものはいずれ風化する。
不死身と言えど、その理にだけは抗えない筈だ。
人間ありきの怪異が滅びるのは、人間が絶滅しいなくなった後だとしても。
その時その瞬間まで、僕はこの罰を甘受しよう。
それが、僕の行える唯一の贖罪だ。
010
「こんにちは、阿良々木先輩。ご機嫌は麗しくないようで」
僕が化物として生きることを決めた翌日、扇ちゃんはふらりと僕の前に現れた。
ひたぎにも内緒で家を出た僕とピンポイントで鉢合わせるあたり、扇ちゃんらしいと言えばらしい。
「本当に良かったんですか?」
いい訳ないだろう。
けれど、他に選択肢なんてないように思われた。
「本当に愚か者ですね貴方は。そんなのだから私のような存在を産み出してしまうんですよ」
扇ちゃんが、怒っていた。
珍しいどころの話ではない。
あの、どんな時でも窪んだ瞳で怪しげに嗤う印象しかなかった扇ちゃんが、怒りという感情を顕にしていたのだ。
と思いきや、一転、すぐに元の笑顔に戻る。
「貴方は自惚れが過ぎますよ。何でもかんでも自己完結させてしまうからこんなことになるんです」
自分の片割れからの言葉は、より深くはらわたを抉る。
けれど、僕にはこれ以上の答えなんて出せそうにない。
「じゃあこうしましょう。忍ちゃんに血を全部吸ってもらって完全な吸血鬼になり、戦場ヶ原先輩も阿良々木先輩Jr.も吸血鬼にしちゃいましょう」
それは、とても魅力的な提案に聞こえた。
だが僕にとって、というだけだ。
それでは何の意味もない。
僕もひたぎも忍も全員がハッピーエンドで終われる。
そんな選択肢があるのならば、とっくに選
コメント一覧
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- 2014年11月21日 23:31
- なんかしんみりしちゃったよありがとう
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- 2014年11月21日 23:51
- さっさとモバとのクロスも書くんだ。あくしろよ
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もうこれで最終回でいいわ
というかアイマスのSSの続編はまだかのう