「デザインって速いんですよ」次世代ヤンマーの姿を佐藤可士和さんに聞いてきた
「百文は一見にしかずなんですよね」という言葉にハッとしました。
1912年、明治45年生まれの農業機器メーカー、ヤンマー。日本の、そして世界の農を100年以上も支えてきて、これからの100年も、
Oculus Riftでコントロールする次世代ロボットショベルカーや、
未来の農業を見据えるという意思表示。ヤンマー新社屋、落成でご紹介した未来型トラクターなどでサポートし続けるとのメッセージを出していますが、
「ヤンマーは機械屋ではない」
といった表明もしています。
100年以上も続いた農業機器メーカーが考える、これからの100年とはいったい。そこには一人のキーマンの存在がありました。
クリエイティブディレクター、佐藤可士和さん。数々の企業のブランド戦略、クリエイティブディレクションを行ってきた方が、次世代ロボットトラクターや、
ヤンマープレミアムアグリカルチュラルウェアといったプロダクトの監修のみならず、ヤンマーのブランディング全般に携わったそうです。
ヤン坊マー坊のイメージからの脱却を
「ヤンマーから最初にお話をうかがったとき、正直いってヤン坊マー坊の印象しかなかったんですよね」
── 確かに。農に携わる人でなければ、55年も続いたあの天気予報(2014年3月に終了)のイメージが強いです。
「山岡社長からは最初に『プレミアムブランドにしてほしい』と言われまして。プレミアムブランドと言われてすごいギャップがあったのでいろいろお話を伺ったんですね。そうしたら日本では農業機械しか作っていないと思われているけど、実際は建設機械や漁船、マリンボートなども手がけている総合的なグローバル企業なんだと。
特に欧米だとマリンエンジンのシェアが60%もあるナンバーワンブランドなんです。むしろ向こうでは、マリンボートというプレミアムな市場のブランドだと思われている。でもアジアでは農業機器メーカーだと思われている。国・地域によってイメージがバラバラなんですよね」
「いいもの作っていればそれでOKと思っていたそうなんです。そういう意味では典型的な日本の企業なんですよね。実際に僕が最初に思っていたことと実体が違う、彼らがやっていることはまったく伝わってきていなかった。
そもそもプレミアムブランドというのは高級ということではなくて、唯一無二の価値を提供するブランドのこと。ヤンマーがそんなブランドに育っていかないと次の100年は生き残れない...と山岡社長が判断されたんですね」
舵を大きく切った山岡社長とそれを具現化した佐藤可士和さん
── ヤンマーのオーナー権経営者である山岡社長は今までと違った新しい価値の創造を求めて、舵を大きく切られたと。
「ヤンマーには元フェラーリのデザイナーである奥山さんも入ったし、僕もいる。デザインの力で伝えられる人たちがチームに入ったわけだから、そのパワーを使わないといけません。
欧米の成功している企業はデザインやクリエイティブを経営の根幹に入れて、ブランド戦略そのものを作ったりしていますが、日本はまだ製品は製品、宣伝は宣伝なところがあります。昔はみんなそうだったし、今でもまだ多いと思うんですよね」
── ただ、わかってはいるけど新しいことができない企業が多いのでは。
「確かにそうです。ただヤンマーにはクリエイターが入ってきたわけだから、そこをまずフル活用したほうがいい。『ほんとはマリンもやっていてシェアがこれくらいあって』と言えば、『へえ! そんなこともやっていたんですか!』と聞いてくれるでしょうけど、僕や山岡社長が一人ずつ喋っていくわけにもいきません。だからデザインなんです。デザインの力というのはすごく速いんですよ。百文は一見にしかずで、バッと見せたほうがいい。
バーン! とあのコンセプトトラクターができたり、あのウェアを見せたら、一瞬なんだかわからなくても、ヤンマーがただ事ではないことをはじめた(笑)というのは伝わりますよね。なんだこりゃと思って『ヤンマーって、あのヤンマーか!』となれば、掴みはそこで十分。興味を持ってもらえれば情報を取りにきてくれます。でも、最初のファーストコンタクトがすごく難しいし、日本の企業がなかなかできていないところなんですよね」
リーディングカンパニーに求められる役割は産業を変えていく力
「自分たちのいる業界や産業を変えていくような力がなければ、リーディングカンパニーとは言えないと思うんですよ。ヤンマーが今までどおりマシンを売る経営だけをやっていても、自分たちがいるフィールドが活性化しないと未来がないじゃないですか。だからこそ産業全体をイノベーションしていくような取り組みにしたほうがいいなと思ったんですよね。
明治時代、ヤンマーが小さなエンジンを作るというイノベーションを起こしたことで、農業全体がすごく発展しました。そのDNAは持ち続けているんです。いままでも粛々と新しいプロダクトと価値を提供してきましたし。でも、もう一回仕切り直して『やります、変わります』と言ったほうがいいのかなと思いました」
── 日本は農業全体が縮小しつつある現在、産業そのものを活性化してみんなでやっていこう、というメッセージを感じました。
「ヤンマーだけが頑張ったって変わらないんですよね。もっと多くの人を巻きこんでいかないと。ヤンマーがこれからの100年を生きていくためにも、みんなが一緒になって盛り上がらないと人の役に立ちませんし。例えばウェアに関しては、衣類をメディアにするというユニークな戦略でした。
そもそもウェアをデザインしてくれとは頼まれていないんですよ。農業のイメージを変えるときに奥山さんがいるからトラクターが作れるとは考えたのですけど、マシンだけあっても働く人の意識が変わらなければいけません。ウェアって着る人のパーソナリティやマインドが見えてくるプロダクトで、インパクトがあるんです。だからウェアというものをメディアにすることで、農業をもっと注目の集まる産業にしたいというヤンマーの気持ちが、一発で伝わるんじゃないかなと思いまして」
── あのウェアを買ってくれ、というのではなく、農業の世界が変わるよというメッセージなんですね。
「そういうサインです。若い人たちに『農業って変わっていくんだ』と感じてほしかった。そして農業自体に注目が集まることで、その現場にいろんな人と知恵が集まるようになってほしい。別にヤンマーがアパレル産業に進出ということではないんです。欲しいという人がいたら売ってもいいんですけど、それが目的ではないんです。
あくまでもヤンマーの、今後100年のビジョンみたいなものを知らせる手段として、ウェアやコンセプトトラクター、コンセプトボートがあるということなんですね。これらを去年発表したから、今日の取材にも皆さんがきてくれたわけじゃないですか。そういう意味を持たせているんです」
もはやB2BとかB2Cとかいっている時代じゃない
── 自分たちが何をしているか、何をしたいかをちゃんとアウトプットする。それがブランディングなんですね。
「日本の企業ってブランディングをちゃんとやれていないところがまだまだあるんですけど、自分たちがこういうことやっています、と世界に対して発言するのは義務なんですよ。本当は。
三井物産のブランディングプロジェクトを一ヶ月くらい前に発表したんですけど、あのときも『なぜB2Bのブランディングをするんですか?』といった質問をされました。それに対して、もはやB2BとかB2Cとか言っている場合じゃないというか、それは経済界のなかで勝手に言われている切り分けであって関係ないと。たとえB2Bでも関係者一人一人は生活者でコンシューマーなわけですから。
日本国内では三井物産って知られているけど、世界に出て行くと三井と三菱の区別がついていなかったりするんですよね。社長が冗談で『松井のほうが有名だ』(笑)と言っていましたが、それってもったいなすぎるんですよ。日本全体を動かしているような企業なのに」
── だからこそ、説明するのは義務である、と。
「世界全体がそういう流れになっていると思うんですよね。もっとオープンにして情報を開示したり、透明にしていきましょうとか。さもないと『そんなことやってたの? 言ってよ!』みたいなことが起きて、誤解が生じたり効率が悪いんですよ」
イノベーションは、イノベーションを起こそうと思わなければ起きない
── イノベーションを起こせる企業と起こせない企業、どんなところに違いがあると思いますか。
「イノベーションは、イノベーションを起こそうと思っていないと起きないんですね。そもそも論ですが、これって意外に重要なこと。淡々とルーティンワークをやっているのと、『よし!世界変えようぜ!』と思っているのって違うんですよ。次に新しいものを生むと思ってやっているのと...毎日電車に乗って会社に行けばいいと思っているのとでは全然違いますよね」
── リスクを冒さない人が多い風土、雰囲気だと難しい。
「あとは、外部との多様な繋がりでしょうか。先日、政府の成長・発展ワーキング・グループという会合に出席しました。その場でイノベーションはどうしたら起きるかということをいろいろとディスカッションしたんですけど、早稲田大学の戸堂先生という方が『自分と自分のクローンがいて、クローン三人で打ち合わせをしたらたぶん何も新しいことは生まれない』と発言されていまして。
同じ会社の中で同じ作業をやっていったり、日本の中だけで考えていたら、イノベーションは生まれにくい。違う人と会って、話すことでいろんなことが起きるんですよね。そのためにヤンマーはこういうことをやっています、と表明することが重要だと考えています。このアクションにより外部の研究機関と繋がったり、知恵を出し合ったり技術を提供しあったりして、はじめてイノベーションは起きるのかもと」
── 今回のヤンマーのブランディングには、ヤンマー社内にそういう土壌を作るという目的もあったわけですね。
「イノベーションが大事だということはみんなわかっているんだけど、結局自分がやることだと思っていないんですよね。誰かが勝手にやってくれるものだと思っちゃっている。まあジョブズがやってくれる(笑)だろうと考えちゃっている。
成長・発展ワーキング・グループでもイノベーションを起こすのは個人だから、これから個人の力がすごく重要だということを話しました。日本って教育も均一化してきたじゃないですか。そうじゃなくて、これからは教育も凸凹したものにして、個々の才能が活躍できるようにしていかなくちゃね、という話になったんです。
個の才能を潰しちゃうとイノベーションなんか絶対に起きないし、それは会社もおんなじだと思いますね」
白状します。最初はプロダクトのデザインのお話が伺えるものだと勝手に思っていました。しかし佐藤さんの言葉は社会デザインそのものでした。
未来を考えることで、自分を変えていく。そんなヒントが盛りだくさんの取材でした。本当にありがとうございました!
source:ヤンマー
(武者良太)
- 佐藤可士和の打ち合わせ
- 佐藤 可士和|ダイヤモンド社
- 今治タオル 奇跡の復活 起死回生のブランド戦略
- 佐藤可士和,四国タオル工業組合|朝日新聞出版