勇者の娘「お父様の仇を討ちます」
自分の運命を自分で決める余地は無かった。
勇者一族の末裔なら勇者に。誰もがそれに疑いを持たない。
人々が自分にそれを期待しているというのに、どうして反発できようか。
こうして私は流されるまま、勇者となる運命をごく自然に受け入れていた。
しかし――
「貧相な人間の小娘だな。こんなのが勇者だと?」
「その一族に生まれただけの小娘に過ぎん」
「その血筋だというだけの者に希望を抱くとは、だから人間は頭が悪くて嫌いなのだ」
敵から浴びせられた嘲笑が私の頭の中で渦巻いていた。
彼らの言うことこそが正論。私は一族に生まれただけの小娘。
しかし、その心無い言葉と現状に、初めて私は決意した。
本当の勇者になってやろう、と――
つい先ほどのことだった。私の家が魔物達からの襲撃に遭ったのは。
20年前に魔王が破られ、それなりに平和になった現代において、その襲撃は晴天の霹靂だった。
稼業である魔物退治を済ませ家に戻る道中、家から火の手が上がっていたのを遠目から発見したことを覚えている。
令嬢「まさか魔物の襲来…!?お父様っ!」
従者「お待ち下さいお嬢様!」
私は従者の言葉を耳に入れず、一目散に家に駆けていった。今思えば、これが浅はかだった。
既に戦闘の跡でボロボロになった屋内では、警備兵達が倒れていた。
お父様は――とその時、大広間の方から戦闘音が聞こえてきた。
お父様に違いない、そう思って迷わず大広間へ駆けた。20年前魔王を倒した英雄であるあの豪快な父ならば、どんな敵にでも負けないだろう。そう、思っていた。
だが。
令嬢「…っ!」
大広間の扉を開けた瞬間私が目にしたのは、信じられない光景だった。
父「が…っ」
?「…ふっ」
私が見たのは、魔族の爪に胸を貫かれた父だった。
令嬢「あ、あ…」
?「…勇者の娘か?」
そう言ったと同時、魔族は父を床に投げ捨てた。
魔族と、魔族を囲んでいた4名の魔物は一斉にこちらを向く。
とても勝てる相手じゃない――本能的にそう思った。だが同時に思った。きっと逃げ切ることもできない。
ならばどうするか。勇者らしくあれ、そう教育を受けてきた私に迷いはなかった。
令嬢「許さなっ――」
駆け出したと同時、上から衝撃があり、私は地面に組み伏せられる。
何事かと振り返ると、黒い鎧を纏った何者かが私を組み敷いていた。
?「余計な手出しを、暗黒騎士」
暗黒騎士「このような小娘、貴方の手を煩わせる必要もない」
令嬢「…貴方達、何者?」
勇者たるもの、常に堂々とあれ。そう教わってきた私は今の状況にも関わらず、なるべく冷静を装って言った。
そんな様子が滑稽なのか、魔族は私の問いに鼻で笑って答えた。
?「まぁいい、答えてやろう――
我は魔王。20年前討ち滅ぼされた魔王に代わり、魔物を統べる者だ」
しばらく理解ができなかった。
・
・
・
魔王「出だしは順調だ。英雄たる勇者を討たれ、人間達は絶望しただろう」
呪術師「でしょうねぇ…ヒヒヒ、人間達が我らに降伏するのも時間の問題…」
悪魔「しかし中央国の王子も勇者に劣らぬ剣の使い手と聞く。くれぐれも油断せぬよう」
翼人「誰にものを言っている。魔王様が油断なさるはずがない」
猫男爵「ともあれ今日の作戦は大成功だな」
令嬢「…」
私は捕まり、魔王城へ連れてこられた。我が家を襲撃した魔物達が、私の目の前で父の敗北を嬉々として語っている。
屈辱だ。けれど自分を落ち着かせ、表情を固くする。どんなに悔しくても、それを表には出したくない。
暗黒騎士「失礼します」
と、先ほど私を組み伏せた暗黒騎士が遅れてやってきた。
猫男爵「ご苦労暗黒騎士。さて、幹部が揃ったな」
呪術師「ヒヒ魔王様、例の件ですが…」
魔王「あぁ褒美の件だろう、忘れてはいない。勇者の邸宅から持ち帰ったものを好きに山分けするといい」
魔王がそう言ったタイミングで、下級の魔物が我が家から持ち帰った財産の数々を持ち込んできた。
怒りが収まらない。財産を山分けしている魔物達を見て、大事な思い出を汚された気分になった。
翼人「ところで魔王様」
翼を生やした人型の魔物は、ふと、私の方を見た。
翼人「勇者の一族に生まれた者は、勇者となるようですが――」
その言葉と同時に視線が私に集中した。
悪魔「貧相な人間の小娘だな。こんなのが勇者だと?」
呪術師「その一族に生まれただけの小娘に過ぎん」
猫男爵「その血筋だというだけの者に希望を抱くとは、だから人間は頭が悪くて嫌いなのだ」
次々に侮蔑の言葉を浴びせられる。
屈辱と恐怖で気が狂いそうだ。表面的に装っている平静はいつ崩れるか、時間の問題だ。
そして私の恐怖は、次の瞬間頂点に達した。
呪術師「だが、見た目は上玉な娘だ」
ぞわりと悪寒が走る。
わざわざ生かしておいたということは、やはりそういうことか――私は表情が歪むのを必死に堪える。
呪術師「ヒヒヒ…」
その目つきがおぞましい。
もしそいつが少しでも私に触れようものなら自害してやろう。きっと抵抗も、逃げることもできない。私は決意し、懐の小刀を見えないように握り締めた。
暗黒騎士「待て」
だが私に近寄ろうとする呪術師の肩を、暗黒騎士が止めた。
呪術師「何だ暗黒騎士?お前も混ざるか?」
暗黒騎士「褒美の件だが――俺はその娘を貰う」
令嬢「…………え?」
悪魔「ハハハ!本気か暗黒騎士!」
呪術師「暗黒騎士、あの小娘を独り占めしたいのか?」
猫男爵「まぁ暗黒騎士は今回ほとんど貢献していないから、それで十分かもしれんな」
暗黒騎士「あぁ。そいつを貰えれば後は何もいらん」
翼人「相当な入れ込みようだな。一目惚れでもしたのか」
魔王「堅物の暗黒騎士が女を欲しがるとはな!勇者一族の生き残りが魔王軍幹部の側室になるとは、面白い状況ではないか…!」
魔物達は大笑いしたり、怪訝そうにしたりと各々違う反応を見せた。
私はというと、状況が飲み込めないでいる。
悪魔「確かに面白い…」
悪魔は私ではなく、暗黒騎士を嘲笑するように見た。
悪魔「卑しい元人間のお前には、貧相な小娘がお似合いだ」
暗黒騎士「…」
令嬢「…?」
私はというと暗黒騎士が元人間という事実より、暗黒騎士を見る魔物達の、蔑むような視線が気になっていた。
令嬢「…」
あれから無言のまま暗黒騎士の部屋に案内された。最奥の小ぢんまりとした一室に通され、逃げることは不可能そうだ。
さて、どうするか。先ほど暗黒騎士が兜を脱いだが、人間と言われても違和感ない、少なくとも他の幹部に比べるとずっと生理的に受け付けられる(むしろ人によっては美形にも見えそうな)顔立ちをしていた。だからといってこのまま彼の側室になるのは嫌だし、かといって簡単に自害するのも躊躇われた。
とすると、もうこれしかない――
暗黒騎士「おい――」
暗黒騎士が部屋のドアを開けた。と同時。
暗黒騎士「…何のつもりだ?」
令嬢「動かないで」
ドアのすぐ側で構えていた私はすぐに暗黒騎士の背後に回り、その首に小刀を突きつけた。
令嬢「剣を捨てて。早く」
暗黒騎士「…」
暗黒騎士は言われるまま、剣を床に落とした。
よし――しかし、油断したのが良くなかった。
暗黒騎士「…」ビュン
令嬢「あっ!?」
唐突な手刀が私の手首を打つ。そして私は、小刀を落としてしまった。
令嬢「…」
暗黒騎士「何か言うことは?」
令嬢「許して頂けないかしら?」
ふてぶてしく言ってみせると、暗黒騎士はふっと静かに笑った。
暗黒騎士「面白い奴だな。何を許せって?」
令嬢「お忘れなら、忘れたままでいて下さい」
暗黒騎士はまた可笑しそうに吹き出す。しかし冷静を装う反面、私は焦っていた。これで自害もできなくなった。しかしこのまま彼に組み敷かれるというのは、どうしても受け入れがたい。
暗黒騎士「おい」
令嬢「!」
暗黒騎士が振り返り、私は壁に追い詰められた。逃げ場はない。
令嬢「デリカシーの欠片も感じませんね」
暗黒騎士「残念ながら俺は育ちが悪くてな」
令嬢「それで?これからどうする気…?」
高圧的な態度は精一杯の抵抗。それで状況が覆せるわけじゃないが、怯えを見せるよりはずっとマシ。
暗黒騎士「肝が座っているな。流石は勇者の末裔か」
暗黒騎士は顔をゆっくり近づけてきた。
あぁ駄目だ。やはり決心がつかない。せめて最後の抵抗で、思い切り蹴り上げてやろうか。
恐怖でガッチガチの私に気づいているのかどうか、暗黒騎士は小さく呟いた。
暗黒騎士「協力しろ――魔王を討つ」
令嬢「―――――!?」
予想外の言葉に、私は何も反応できずにいた。
翌日の朝食会。他の幹部方が食卓を囲む中、私も暗黒騎士と共に席についた。
翼人「2人共、並ぶと見栄えはいいじゃないか」
暗黒騎士「どうも」
朝食会と聞き、それ相応に身なりを整えてきた。こういう場でみすぼらしい格好で来れば、ますます馬鹿にされるだけ。
常に好奇の視線が寄せられていると意識しながらも、私は食事を進めていた。
猫男爵「私には人型の美的感覚はわからんな」
呪術師「愛玩するにはなかなかの逸材ってとこだ、ヒヒヒ」
悪魔「フン、だが態度がふてぶてしくて可愛げがないな」
皆好き勝手に物を言う。好きにすればいい、私はここでは弱い立場だ。何を言われても仕方ない。
だけれども。
悪魔「本当にこんな小娘で良かったのか、暗黒騎士」
暗黒騎士「あぁ、後悔はしていない」
猫男爵「どういう所が気に入ったのだ?」
暗黒騎士「言葉では説明できんな」
冷やかし混じりに質問されているというのに、暗黒騎士は談笑するように愛想よく答える。
いちいちカッとなるよりは余裕があるけども、ただの八方美人にも見える。
勇者(これで、本心では魔王や幹部達を殺そうと考えているというのだから…)
私は、昨夜のことを思い出していた。
暗黒騎士「協力しろ――魔王を討つ」
―――何を言っているの?
魔王を討つ?それは上等。
協力しろ?勇者一族として当然。
だけど何故貴方がそんなことを言うのか。さっきまで魔王に頭を下げていた男が。
令嬢「理解ができないのですけれど?」
暗黒騎士「だろうな」
私の反応を予想できていたというのに、理解できない言葉を発したと言うのか。ますます訳のわからない男だと思う。
暗黒騎士「説明するには、俺の過去から話す必要があるのだが――」
令嬢「長い話なら、聞きませんよ」
暗黒騎士「なら短くまとめよう。さっき誰かが言ってたように俺は元人間だ。人間の頃魔王に殺されかけ、奴に忠誠を誓う代わりに命拾いをした。だが心の中では、まだ奴への復讐心が残っている」
令嬢「殺されかけた理由は?」
暗黒騎士「当時俺は魔物退治を生業としていた。仕事上の標的が魔王だったのが運の尽きだったわけだ」
令嬢「意外性が無くて平凡な話ですね」
暗黒騎士「同情してくれないのか?俺は被害者だ」
令嬢「無力化した女を壁際に追い詰めるような殿方に持ち合わせる同情心はありません」
そう言うと暗黒騎士はふっと笑いながら私から離れる。彼にとってはおふざけだったのだろう。こっちからすれば冗談ではないが
コメント一覧
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- 2014年12月03日 20:30
- 暗黒騎士=ジェイソン・ステイサム
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- 2014年12月03日 21:02
- 女主人公って苦手だが結構面白かったわ
-
- 2014年12月03日 21:11
- >>1ワロタ
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- 2014年12月03日 21:49
- おお、カタキの漢字が正しく敵じゃなくて仇。撃つじゃなくて討つ。感心した。
しかし、勇者なら地獄の波動と天界の闘気を両手で組み合わせた、攻防一体の拳を敵に撃ち込めよ。やり直し。
-
- 2014年12月03日 22:15
- 暗黒騎士登場シーンに濡れた
-
- 2014年12月03日 22:28
- 本スレ追ってたけど、これ前の暗黒騎士モノと同じ作者さんじゃん?
関連作品としてリンクしといたら親切じゃないかい?
-
- 2014年12月03日 23:53
- ※6
ちょい前にあった暗黒騎士が女の捕虜を嫁にするやつか
デジャヴュ感じてたが同じ作者さんだったのな
今作が面白く感じた人はあっちも楽しめそうよね
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