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貴音「とっぷしぃくれっと」


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あかり「・・・意気地なし」結衣「!?」








4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 17:30:09.91


「そろそろ、貴音ちゃんの誕生日ですねえ……」

年が明けて二週。
いい加減に正月気分も抜けきって、誰も彼も再びの忙しなさを取り戻した、そんな頃。
始まりは、小鳥さんの何気ない一言だった。

「もうそんな季節ですか。ついこの前、雪歩の誕生日会をしたばっかりだと思ってたんですけど……」

「最近は仕事が増えてきて、忙しい時期が続いてますからね。プロデューサーさんがそう感じるのも、無理ないと思います」

俺がこの765プロに来て、そろそろ半年が経つ。
貴音や雪歩を含め、9人のアイドルたちをプロデュースするようになってからの日々は、まさに「光陰矢の如し」の言葉を体現したようなものだった。


5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 17:37:16.57


各方面への挨拶回りや現場の付き添いで、地方と東京を行き来する毎日。
その甲斐あってか、だんだんとみんなの仕事は増え、最近では全国放送の歌番組にも呼ばれるようになった。
一足先にデビューした竜宮小町は連日テレビに出演しているし、事務所全体が活気に包まれていた。

そして、それは俺も例外ではない。
自分が育てたアイドルが人気を勝ち得ているということが、自分のプロデューサーとしての力や、みんなのアイドルとしての才能が認められたようで誇らしかった。

「すると、当日は事務所でパーティーですかね。料理はやよいや響に任せるにしても、食材の費用を確保する必要がありそうです」

「貴音ちゃんはみんなよりもたくさん食べますから、いつもより多めに用意しないと……あ、あと、プレゼントも考えておかなきゃ」

「プレゼントですか……どうせなら、貴音が喜びそうなものを渡したいですよね」


6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 17:45:06.09


すると小鳥さんは、その言葉を待っていたと言わんばかりに、困った顔をしてみせた。

「問題はそれなんですよ。プロデューサーさん、貴音ちゃんは何をもらったら嬉しいか、分かりますか? 私、さっきから考えていたんですけど、なかなかいい案が思い浮かばなくって」

そう言われてみると、ぱっと思いつくものはない。
貴音はどこか人とはズレたところがあって、何に興味を示すかなんて想像もできない。
いつかの撮影の時には、収録中に入った着ぐるみがいたく気に入ったらしく、持って帰ろうとさえしていたが、それの何が良かったのか、さっぱりわからなかった。

俺がいつまでも難しい顔をしていると、小鳥さんにもそれが伝わって、同じように腕を組んで首をかしげる。
そのまま二人で頭を悩ませていたが、結局これといったものは挙がらなかった。


7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 17:54:09.40


まあ、いつか思いつくだろうし、頭のすみにでも置いておけばいいか。
俺はそう思って、書類の整理に戻った。

それが、つい今朝方の事。
あれから30分と経たないうちに、事務所内は賑やかな声がいくつも行ったり来たりしている。

765プロの朝は早い。
まだ8時だというのに、小鳥さんと二人きりだった事務所には、すでにほとんどのアイドルが集まっていた。

今日は、貴音と響の二人と、地方のテレビ番組の収録をすることになっているから、あまり時間の余裕がない。

「響、貴音。そろそろ出発するから、早めに支度をしてくれ」

デスクに向かいながら声をかけると、帰ってきたのは元気な声が一つだけ。
と同時に、響が奥から顔を出して、ニコニコした表情を見せながらこちらに駆け寄ってくる。


10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 18:03:05.51


「どうしたんだ、響。やけに楽しそうだけど」

「そう見えるかな。久しぶりに貴音とプロデューサーと三人で仕事だからね。実は、ちょっと楽しみなんだ」

えへへ、とはにかんで笑う響。
素直にそういうことを言われると、こっちまで少し照れくさくなってくる。

しかし、その貴音は一向に集まってくる気配がない。
どうしたのだろうと思って、響にことわってから探しに行った。
すると、ソファに座って、ゲームをしている亜美たちの画面を熱心に見つめる貴音がすぐに見つかった。


11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 18:11:47.91


「貴音、そろそろ出るぞ」

「あ……プロデューサー。もうこのような時間でしたか。申し訳ありません」

「いや、それはいいけど。随分集中してゲームを見てたみたいだな」

「ええ。つい先日、亜美、真美と外出した折に、げぇむせんたぁなる場所に行って参りました。げぇむとは真、異なものですね。私の家の付近では、このようなものは見たことがありませんでした」

今時、ゲームを見たことがないなんて人も珍しい。
少し驚いていると、横から真美が会話に参加してきた。

「お姫ちんって、すっごく面白いんだよ。ゲーセンもカラオケも、ボウリングも行ったことなかったんだって。真美たち、これはお姫ちんが一大事だって思って、全部行ってきたんだ」

「そうか……貴音は少し、浮世離れしているところがあるからな。何にしても、初めて見るものに興味を持つのはいいことだ」


12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 18:21:47.10


その時、外から響の催促する声が聞こえてくる。
時計を見ると、最初に集合をかけてからすでに10分が経過していた。
遅れることはないが、心持ち急いだ方がいい時間。
どうやら、少し話し込んでしまったらしい。

「いい加減出なきゃまずいな。響も待ってることだし、行こう」

「はい。あまり待たせてしまっては、響に申し訳ありませんね」

貴音を連れて事務所から出ると、口をとがらせた響が、腕組みをして立っていた。

「まったく、二人とも遅いぞ!」

「ごめん、響。ちょっと話が長くなっちゃってな」

言い訳しながら車に乗り込む。
今日の収録は路上での食べ歩きロケ。
現地まで俺が送ることになっていた。


13:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 18:32:37.92


「まぁいいけど……どんな話してたの?」

「プロデューサーと真美が、私は面白く、浮世離れしている、と言うのです。そのようなつもりはないのですが……」

それを聞いて、何かを心得たような顔になる響。
いくつか思い当たるような経験があるのだろう。

貴音と響は、765プロに入った時期が同じだと小鳥さんから聞いたことがある。
そのせいか、二人はプライベートでも仲がいいらしく、事務所でも一緒にいることが多い。

「響までそのような顔を……私はそれほどまでに世間知らずなのでしょうか……」

そう言って、貴音は肩を落とす。
それからロケ地に着くまで、俺と響はしょんぼりしてしまった貴音を慰めることとなった。


15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 18:40:35.43


現場に到着して、早速打ち合わせが始まる。
珍しいことに、番組では紹介する店を決めていないらしく、貴音たちの希望を踏まえて、最終的に俺が決定するとのことだった。

撮影許可を得るべく、手ごろな飲食店を探す。
道路沿いに歩いていくと、やがて個人経営の店がいくつも並列している通りに差し掛かった。

「よし、二人とも。一軒目の店はこの中から選ぼうか」

歩を緩めて、店構えを物色し始める。
最初に何かに反応したのは、貴音だった。






17:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 18:50:03.58


「あの……プロデューサー」

視線をたどる先には、小さなラーメン屋が一軒、両隣の店に挟まれて、今にもつぶされそうに建っていた。
それを見つめる貴音の表情もまた奇妙なもので、何やら眉間にわずかなしわを寄せ、困っているようにも怒っているようにも見える。

貴音の気持ちを察しかねて、響に目を向けると、またしても心得たような顔。
どうやら響には、貴音の言いたいことが伝わっているらしい。

そのまま考えていると、だんだん貴音の顔に悲しみの色が混ざってくる。
視線の先には依然としてラーメン屋が一つ。

……もしかして、貴音はラーメンが嫌いなのか?

そう考えれば、先ほどまでの悲しそうな顔も、困った顔も合点がいく。
俺は貴音を安心させようと思い、半ば勢いまかせで、振り返った先にあったそば屋を指さした。


18:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 18:58:26.89


「とりあえず、一軒目はこのそば屋にするか」

「えっ?」

俺がそういった途端、目を丸くしてこちらを見る響。

「どうした? 何か問題あったか?」

「いや、何も……ないけど」

要領を得ない答え。
いつもはきはきとしている響にしては、珍しい事だった。

「貴音、いいな?」

「……ええ。それでは、参りましょうか」

二人の合意を確認して、スタッフに報告する。
幸いにもすぐに撮影許可は下り、早速ロケが始まった。


19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 19:08:27.74


撮影開始から10分。

俺は、先ほどまでとは全く違う理由で困っていた。
貴音が、どうにも番組に集中できていないようなのだ。
店に入ってからずっと、ちらちらと入口の方に目が泳いでいる。

「どうしたんだ、貴音……?」

そう言っている間にも、貴音はまた入口に目を遣る。
外に何か気になることでもあるのだろうか。

途中でカメラを止めるわけにもいかず、俺はただ静観を決め込むほかなかった。

そば屋での撮影が終わった後、いったん休憩が入る。
その時間を利用して、俺は二人と話をすることにした。


20:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 19:18:38.79


テーブルをはさんで、二人の反対側に腰かける。
少し腹がふくれたのか、響は椅子に深く座り込み、長い息を吐き出していた。

「お疲れ様。響はよく話せてたな。もうそろそろテレビでトークするのにも慣れてきただろうし、この分なら全国放送の番組に出ても大丈夫だな」

「そうかな。そんなこと言われると、ちょっと照れるぞ……」

「……問題は、貴音だな。どうしたんだ、一体。収録中に集中してないなんて、お前らしくもない」

「申し訳ありませんでした、プロデューサー。らぁめん屋に気を取られていたとはいえ、本番中に集中力を欠くなど言語道断。申し開きのしようもございません」

そのまま貴音は静かにうなだれる。
驚くべきか、貴音が終始気にかけていたのは、先ほどのラーメン屋だった。


23:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 19:27:21.29


「貴音、もしかしてさっきの店に行きたかったのか? 全然気づかなかったよ、ごめんな」

「えぇーっ!?」

突然、大声を上げたのは響。
まるで、知らない生き物を見でもしたかのような顔をしている。

「どうしたんだ響、いきなりそんな声出して」

「プロデューサー、貴音がラーメン大好きなの、知らなかったの? 765プロでは、めちゃくちゃ有名な話だぞ」

「え、そうだったのか?」

貴音の方を向くと、小さな首肯が返ってくる。
どうやら、事務所内でそのことを知らなかったのは、俺だけだったようだった。


29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 19:38:41.33


「プロデューサー、そんなことも知らなかったのか?」

響が呆れたように笑う。
プロデューサーとして、知っていて当然とすら言わんばかりだった。

事実、急遽二件目に向かう店を件のラーメン屋に決定した結果、貴音は熱心なリポートと的確なコメントを饒舌に繰り広げ、その後の撮影をも大成功を収めたのだ。
これだけの効果が見込めるのなら、知っているべきというのも理解できる。

そればかりか、これからの貴音の仕事の方向性にすら関わりそうな内容だ。
自分の担当アイドルの好物すら知らなかったということに、我ながら呆れかえる。

これ以上こんなことがあっては、貴音の魅力を十分に発揮できないかもしれない。
そんな危惧を俺は抱いていた。


31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 19:48:43.40


ロケの帰り、折を見て貴音に声をかける。

「貴音がそんなにラーメンが好きだなんて、全然知らなかったよ」

「はい。私の好みを悟り、二件目にはらぁめん屋に連れて行ってくださったこと……大変嬉しく思います」

「最初からラーメン屋にしておけばよかったな。……貴音の好きなこととか、全然知らないな、俺。もっといろんなこと、教えてくれないか? 普段どんな風に過ごしているとか」

俺は、貴音のことをよく知らないんじゃないか。
今日の撮影中、頭に浮かぶのはそのことばかりだった。
よく知らないままでは、貴音をプロデュースする上で不利なことが、後々あるかもしれない。
だから、貴音とゆっくり話をして、もっとお互いのことを知るべきだと思ったのだ。


32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 19:58:10.71


しかし、

「プロデューサーが私のことをもっと知ろうとしてくださっている。それは大変喜ばしく、光栄に思います。ですがそれはとっぷしぃくれっと。ゆえに申し上げる事はできません」

貴音はいつものミステリアスな笑みを浮かべて、そう告げる。
それを見て、俺は息を深く吐く。

貴音が「とっぷしぃくれっと」と言う時は、決まって話したくないことや、自身に深く関わることを聞かれたとき。
そんな時、貴音は絶対にそれ以上口を開こうとはしない。
つまり、これ以上の質問は無意味だった。

「……そうか、それなら仕方ないな」

追及をやめて、運転に集中する。
その後も響を交えて、他愛のない話は続いたが、結局貴音の踏み入った話を聞くことはできなかった。


33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 20:08:10.69


事務所に戻ると、貴音と響はもう予定がないので、連れ立って帰って行った。

俺は今日の仕事の結果を整理するため、パソコンを立ち上げる。
しばらくの間データの打ち込みに専念していると、ふいに背中に重みがのしかかってきた。

「兄ちゃん、そんなつまんなさそーなことしてないで、亜美と一緒に遊ぼうよー」

「今ちょっと忙しいから、また今度な」

「そんなこと言って、この前も遊んでくんなかったじゃん。ねえねえ、ちょっとくらい、いいっしょ?」


35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 20:17:28.40


なおも食い下がる亜美に、少しだけ付き合ってやろうとしてみたその時、急に背中の重さが消える。
振り返ってみると、律子が亜美の首根っこを掴んで、背中から引きずりおろしていた。

「こら亜美、プロデューサーは仕事中でしょ。そんなワガママ言って、迷惑かけないの」

「げっ、律ちゃん軍曹! こいつは敵わねえ。双海二等兵は、撤退を決めこむでありますっ!」

言うが早いか、亜美は律子の手を振りほどくと、事務所の外へ一目散にかけだした。

「あ、ちょっと亜美……まったく。すみません、プロデューサー」

「律子も大変だな……竜宮小町は、個性派揃いで」

「プロデューサーほどじゃありませんよ。私だって、さすがに9人も一度には相手できそうにないですし」






36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 20:24:44.58


お互いの苦労を察し、二人同時に溜め息をつく。
そこに、小さな箱を持ったあずささんが寄ってきた。

「律子さん。突然ですが、お腹、すいてたりしませんか?」

「え? 急にどうしたんですか?」

「じゃ~ん。実は私、マドレーヌ作りに挑戦してみたんです。よかったらお一つ、いかがですか?」

「本当ですか? ありがとうございます、あずささん」

「春香ちゃんみたいに、うまくはできてないと思いますけど……はい、プロデューサーさんもどうぞ」

「すみません、あずささん。じゃあ、いただきますね」

箱の中にかわいく並べられたそれを一つつかみ、一口。
春香が前に、お菓子と料理は使う知識や技術が違うから、苦労すると言っていた。
でもあずささんのマドレーヌは、丁寧な彼女らしく、上手に仕上がっていた。


37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 20:31:37.52


「これ、すっごく美味しいですね。さすがです、あずささん」

俺の気持ちを、律子が代弁してくれる。
それを聞いて、あずささんの表情が華やいだ。

「まあ、ありがとうございます。作ってきた甲斐がありました~」

「でも、何でまた急にお菓子なんて……珍しいですよね」

「それは……律子さんが、最近疲れてるんじゃないかと思ったからです」

「え?」

俺は驚いた。

最近、竜宮小町はますます調子を上げているし、業界の受けもいい。
律子が疲れるようなことなんて、無いと思った。
実際、さっきまで話していた時には、律子の疲れなんて微塵も感じなかった。


38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 20:40:23.87


しかし律子は、小さく嘆息すると、困ったように笑ってみせた。

「あはは……ばれてましたか。やっぱり、あずささんには敵いませんね」

「律子さん。私たちもいるんですから、あんまり一人で抱え込まないでくださいね」

にこにこと微笑むあずささんにつられて、律子も破顔する。
そのまま二人は談笑を始める。

「仲良しですよね、律子さんたち」

そんな二人を遠目に、小鳥さんが呟く。

「いいなぁ、二人とも。お互いのことを察して、思いやって。まるで、ずっと一緒だったみたい」

「ええ、そうですね。仕事でもプライベートでも、良き理解者になれているんでしょう。喜ばしい限りです」


40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 20:45:43.04


しかし、口ではそう言いながら、俺は自分の口が真一文字に結ばれていることに気付く。
なぜだか、もの悲しい何かが心を満たしていった。

「どうしたんですか、プロデューサーさん。浮かない顔、してますよ?」

「あ……いえ、何でもないです。ちょっと気分が優れないので、外に出てますね」

それだけ言って、小鳥さんの返事も聞かないままに席を立つ。
外に出ると、涼しいと言うには冷え過ぎた冬の風が、少しずつ体を冷やしてくる。

何とはなしに、階段の手すりに手を伸ばした。
長く外の風にさらされたそれは、触れた指先の体温を容赦なく奪っていった。


42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 20:55:30.62


別の日。

俺は貴音のサイン会を行うべく、首都圏の繁華街に足を伸ばしていた。
高い人気を得ているとは言い難い現在、こういった地道な積み重ねは必要不可欠だったのだ。

貴音の隣に立ち、列の誘導を行う。
貴音は一人一人に少しの時間を取り、必ず一言を告げていた。

「あなたに、月の加護がありますように」

「黎明の時を信じてくださっているあなたに、感謝を」

「必ずや、期待に応えて見せましょう。古都の皆にも、よろしくお伝えください」

貴音の言葉の端々には、どこか謎めいた響きが宿る。
それでいて強さを兼ね備えたそれは、来てくれたファンに力を与えていく。
だけれども、その中には、いつも傍にいる俺にさえ、真意が伝わらないような言葉も、少なからずあった。


43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 21:03:01.92


それは、俺の怠慢なのか、それとも貴音の秘密主義がなせる技なのか。
どちらにせよ、貴音に対する理解が足りないのは事実で、結局はこれからのプロデュースの懸案だった。

それに、貴音が誕生日に何を欲しがっているのかも聞く必要がある。
サイン会が終わった後、俺は控室で静かに座っている貴音の方に向かっていった。

「貴音、お疲れ様。手が疲れただろう。しばらく休んでなさい」

「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただくことに致しましょうか」

「ところで、貴音。ファンの人に言ってた、古都の皆によろしくって……あれはどういう意味だったんだ?」

「なんと。聞いておられましたか。しかしそれはとっぷしぃくれっと。お気になさらない方がよろしいかと」

「そうか……はは、なら仕方ないな」

貴音はいつもの調子で、決して多くを語ってはくれない。
こぼれた笑みは、思っていたよりもはるかに乾いたものだった。


44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 21:12:18.62


「……じゃあ貴音、今何か欲しいものとかあるか?」

「そうですね……今は、食べるものが欲しいです。少し、疲れてしまいましたから」

「そうじゃなくて……服とか小物とか、そう言った類で」

「難しい質問ですね……。そういった生活必需品は、すでに一通り揃っていますし……そうですね、欲しいものが無いではありません」

「ああ。で、それは何だ?」

半ば急かすように聞く。
しかし貴音は、ゆっくりと首を横に振った。

「ですがそれは、とっぷしぃくれっとです。プロデューサーに申しあげる訳には参りません」

「……そうか」

それ以上、聞いていられなかった。
俺は貴音にことわることもせず、控室を出た。


45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 21:22:43.28


とっぷしぃくれっと、とっぷしぃくれっと。
何を聞いてもそればかり。
何一つ自分の事を話そうとしない貴音の態度が癇に障る。

しかし、それ以上に俺を苛立たせたのは、その程度のことで貴音を疎んでいる自分自身だった。

貴音は、何も急に秘密を持ち始めたわけではない。
それは、半年間プロデュースを続けてきた俺が、誰よりも知っている。

にもかかわらず、自分に都合のいいことを話してくれない、ただそれだけの理由で腹を立てている自分が、何より嫌だった。


46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 21:31:14.71


事務所に戻っても、俺の気分は晴れなかった。
貴音と談笑する面々。
その中で自分だけが、貴音のことを何も知らないようにすら、思わずにはいられなかった。

貴音の方を見ることさえなんとなくはばかられて、明後日の方角へ目をそらす。
代わりに俺の目に飛び込んできたのは、いつものようにふざける亜美と、それに噛みつく伊織、傍観するあずささんに、二人を止めようと躍起になる律子。
竜宮小町の四人は、今日も今日とて騒がしい。

「仲良しですよね、律子さんたち」

ふと、小鳥さんの言葉を思い出す。
……いや、二人だけじゃない。
律子は他の誰とも、信じ合い、分かち合い、そして理解し合っている。

それは、俺たちが目指していた理想の関係。
律子は、俺なんかよりもはるかに先の世界を歩んでいた。


48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 21:38:29.35


いたたまれなくなって、席を立つ。
事務所を出ようとすると、ちょうど外から帰ってきた響と目が合った。

「……響、ちょっと来てくれ」

「え?」

返事も待たずに、手を引いて外まで連れ出す。
響は困惑した様子で、目をきょろきょろと動かしている。

「で、どうしたんだ、プロデューサー」

俺は折り入って頼みがある、と前置きして、手を合わせた。

「頼む響、お前の知ってる貴音のこと、出来る限りたくさん教えてくれ」






49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 21:45:41.61


「……プロデューサーって、もしかして変態なのか?」

「そうじゃないって。これから貴音をプロデュースする上で、大切なことなんだ」

半ば強引に押し切るように迫る。
響は少し逡巡した後、「……自分の知ってることだけなら」と、小さくうなずいた。

そこから響が語ったことは、俺の知らないものばかりだった。
貴音は怖いものが苦手なこと、ラーメンなら一度に五杯は食べられること、自分の出身地を「古都」と言っていること……。
響の口から語られた数々は、最後に「プロデューサーって、あんまり貴音のこと知らないんだね」の一言で締めくくられていた。


50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 21:52:49.05


家に帰った後、響に言われた言葉を何度も反芻する。

アイドルのことをよく知らないプロデューサー。

そんなものに意味なんてあるのだろうか。
プロデューサーの仕事は、アイドルを理解し、正しい方向へ導いてやることだ。
それができない今の俺に、意味なんて。

……でも、貴音が何も話してくれないんじゃ、仕方がないじゃないか!

思考の迷路からは、抜け出せない。
俺はいつしか、貴音のことを考えるのさえ、億劫に思うようになっていた。


52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 22:02:33.91


「今日のライブは、一人で行ってくれ」

次の日。

俺は貴音に付き添いで行く予定だったライブを欠席することにした。

「なんと……プロデューサーは、来ては下さらないのですか?」

「……急な用事が入ったんだ。悪いけど、俺も忙しいから」

「そうですか……残念ですが、そういうことでしたら致し方ありませんね」

肩を落とす貴音を見るのは心苦しいが、これも貴音のためと自分に言い聞かせる。

一度こちらを振り返ると、貴音は静かな足取りで事務所を後にした。


53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 22:09:20.87


「どうしたんですか、プロデューサーさん。……今日、そんなに忙しい日じゃないのに」

「すみません……ちょっと、やりたいことがあって」

訝しげな顔をする小鳥さんの脇を抜け、アイドルたちがたむろしている方へ歩み寄る。

「春香、ちょっといいか? 話したいことが、あるんだけど」

「え? 私ですか?」

春香はデスクの椅子に座りながら、点けられているテレビを遠巻きに眺めていた。

「いいですよ。どうしたんですか、改まって」

「実はな……春香、貴音の誕生日プレゼントって、もう決めてるか?」


55:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 22:17:00.06


目を丸くする春香。
無理もない。
俺がこうして誰かを呼び出すときのほとんどは、何かしらの仕事が急に入った時だ。
しかし俺にとっては、それは急な仕事よりもずっと重要なことだったのだ。

「私は、自分で焼いたケーキをプレゼントしようかなって思ってます。貴音さん、甘いものとかもよく食べますから」

「そうか……それじゃ、俺も似たようなのを、ってわけにもいかないか」

「プロデューサーさん、まだプレゼント決めてないんですか?」

「ああ……実はな、貴音の趣味とか、あんまり分からなくて。だから、春香やみんなの意見を参考にしようとしてるんだけど……」

「確かに、貴音さんって謎が多いですよね……プロデューサーさん、その、力になれなくてすみません」

「いや、いいんだよ。他にも話を聞けそうなのはいるし。ありがとな、春香」

一言礼を言ってから、別のアイドルを探す。
しかし、程なくして俺は、その考えが甘かったことに気付かされたのだった。


57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 22:26:20.58


「マイクにダンベル、スコップにゲーム、ラップトップにおにぎりって……」

話を聞いた誰一人として、貴音の趣向を知っている人はいなかった。
ダンベルやスコップに至っては、本当に彼女を祝う気があるのかすら疑わしい。

「せめて誕生日プレゼントだけでも、って思ってたんだけどな……」

どうせ貴音は何も話してくれないのだから、貴音に俺ができることは少ない。
誕生日プレゼントに望むものを渡すことすら、貴音の秘密は許してくれない。

いや、違う。
そうではない。
それは俺が、信用に足る人間ではないというだけ。
そして、俺が貴音のことを理解していないだけだ。

事務仕事をする気も起きず、ソファに座ってうつむく。
そんな俺に、近づく影が一つ。


59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 22:31:53.06


「プロデューサー、ただいま戻りました」

「……貴音か」

今、出来れば最も顔を合わせたくない人が、そこに立っていた。

「ライブは、成功を収めました。ファンの皆も、盛り上がってくれました」

「そうか。それは何よりだ」

「……今日のプロデューサーからは、何やら普段の覇気が感じられないように思います。一体、どうなさったのですか」

「ああ……ちょっとな」

自嘲を誘う返答。
気の利いた返事どころか、質問の答えにすらなっていない。
それに気付いてか否か、貴音はその表情を曇らせる。

「くれぐれも、ご自身を大切になさってくださいね。私達には、プロデューサーが必要なのですから」

深々と頭を下げた後、貴音は一人帰路につく。
俺は大きく息を吐きながら、だらしなくソファに倒れこんだ。

……こんなに貴音と話すのが疲れるだなんて、思っても見なかった。
イヤな汗が体に張り付く。
これ以上貴音と仕事をしていたら、俺はいつか、貴音と一緒にいることが嫌になってしまうような気がした。

……もう、潮時なのかもしれない。


60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 22:40:48.72


「プロデューサーさん、本当にどうしたんですか?」

小鳥さんが、心配そうな顔で俺の顔を覗きこんでくる。
今日一日、ずっと事務所にいたにもかかわらず、仕事は小鳥さんに任せっきりだった。

「あんまり悩んでいるようでしたら、仕事にも影響しますし……私でよければ、相談に乗りますよ」

「すみません、心配かけちゃって……」

「気にすることなんて、何もないですから。ほら、話してみてください」

小鳥さんの優しい目にほだされて、自分のみじめな心の中が晒されたような感覚に満たされる。
気が付くと俺は小鳥さんの前で、自分が今抱えている問題を全て吐露していた。

「……そうですか。プロデューサーさん、人知れず悩んでたんですね」

「みっともないところを見せて、すみませんでした」

「いいんですよ、これくらい。……でも、プロデューサーさんは、ちょっと気にしすぎかもしれないですね。私は、プロデューサーさんは十分、貴音ちゃんのことを理解していると思いますよ」


61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 22:45:23.77


思わず耳を疑う。
そんなわけはない。
だから今、こうして苛立っているというのに。

「理解なんて、全然できてないですよ。ついこの前まで、貴音の好きな食べ物さえ、知らなかったんですから」

その言葉に、一瞬きょとんとした顔になる小鳥さん。
が、すぐに合点がいったようで、今度はいきなり笑い出した。

「なんだ、そういうことだったんですね。それなら、絶対に問題なんてないから、気にしない方がいいと思いますよ」

「え? どういう意味ですか、それ」

「あ、でも、これは私が言うべきことじゃないですかね。きっと私なんかより、もっと適役がいます。ホントは、自分で気付くのが一番なんですけどね」

「それって……貴音のことですか?」

「ええ。多分、貴音ちゃんも私と同じ考えだと思いますよ」

それきり小鳥さんは黙って、もう話すことは無いという風に作業に戻ってしまう。
俺には、最後の言葉の意味はさっぱり分からなかった。


62:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 22:52:21.83


同じようなことはもう一つあった。
打ち合わせの用事もあって、どうしても貴音の付き添いをしなければいけなくなった日。
俺はここ最近、貴音といつものように会話することすら、気まずく感じるようになっていた。

「あーもう! どうしてこんなことになってんのさ!」

ろくに会話もせず黙りこくる俺にしびれを切らしたのか、響が突然頭を抱えて立ち上がった。
そして、俺を廊下まで連れ出すと、頬をふくらませて、睨んできた。

「プロデューサー、貴音と喧嘩してるのか? この前からずっと、二人ともなんかヘンだよ」

「いや、喧嘩してるわけじゃないよ。ただ、今はちょっと話す気分じゃないだけ」

「今はって、昨日も一昨日もじゃないか……喧嘩じゃないなら、どうして……」

俺の言葉に、響はいっそうその表情を憂いで満たした。
いつもは目にしない響の感情は、それだけ俺と貴音の関係が悪化していることの証左のようにも思えた。






64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:02:37.89


しかし、響に今の状況を話した途端、彼女は不安、悲しみ、それら一切を忘れ、ついには溜め息をついてみせたのだ。
そこからは、少なからず呆れの色が見てとれた。

「ほんと、プロデューサーはダメダメだなー。心配して損しちゃった」

一転、妙に安心した様子の響は、それだけを言うと楽屋に戻っていった。

一人、何も分かっていない俺だけが廊下に取り残された。


66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:09:39.11


そんなことが今日の午前にあって、俺は事務所の中で、二人の言葉の意味を考えていた。

何も教えてくれない貴音。

あてにもならない周囲。

それに一人で苛立つ自分。

これだけの悪条件が重なっていながら、それでも二人が楽観している理由が、俺にはさっぱり分からなかった。

「何やってんだろうな、ほんと……」

乾いた笑いが漏れる。
このままプロデュースを続けても、貴音本人のためにならないのかもしれない。
それなら、いっそ。


69:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:15:31.18


「……プロデューサー」

ふいに、後ろからの声。
振り向くと、貴音が玄関に佇んでいる。

「貴音……」

貴音にすべてを話して、この関係を終わらせることはたやすい。
貴音を見た瞬間、その考えが頭をよぎる。
しかしどうしてか、俺にはそれが出来なかった。

そんな俺の心を見透かしてか、貴音が先に口を開く。

「私は以前、プロデューサーに覇気が感じられないと言いました。その時は、あなた様が調子を悪くしているのかとばかり、思っておりました。……しかし」

貴音は一歩、二歩と間合いを詰める。

「プロデューサーがそのような状態なのは、私に対してだけだということに気付いたのです。……プロデューサー、何故ですか……」

「おい、貴音……?」


71:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:20:52.56


「何故、私だけにそのような振る舞いをなさるのですか! 私は……以前の仲に戻りたいです……。何故……何故私だけを避けるようなことを……」

貴音の瞳からは、今や大粒の涙がこぼれ落ちていた。
始めて見るような、貴音の涙。
弱さ。
そこから感じられるのは、不安と怖れ。

ああ……俺は貴音にこんな顔があることすら、知らなかったんだな……。

貴音を知ろうとすればするほど、何も知らなかった自分のみじめさに気付く。
もう、黙って耐えることなどできなかった。


72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:26:56.54


「貴音……俺は、お前に信頼されてないと思ったんだ。お前のよく使う言葉……とっぷしぃくれっと。それが、お前は秘密を打ち明けるような立場にいないと言われてるようで……勝手に苛立って、貴音を避けて」

息をのむ貴音。
それに構わず、俺は言葉を重ねる。

「もっとも、俺が知らなかったことの大半は、お前が教えてくれなかったんじゃなくて、たんに俺が知らなかっただけなんだけどな。ごめんな、貴音。担当アイドルの好物さえ知らないような俺は、プロデューサー失格だ」

「いいえ、そのようなことは、決してありません!」

俺の言葉を遮るように、貴音は大声を張り上げると、大きく前に一歩を踏み出した。
話すことだけで精一杯だった俺は、なすすべもなく貴音の胸にかき抱かれた。


75:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:32:13.53


「申し訳ありません、プロデューサー。私は、あなた様のお気持ちに気付くことができませんでした。あなた様を苦しませるような秘密が、どうして必要でしょうか。……しかし、私があなた様を信じ、お慕いしていることは確かなのですよ」

貴音の心音が、すぐそばで聞こえる。
初めは速かったその鼓動は、だんだんと落ち着きを取り戻し、ゆっくりと俺の鼓動と重なっていった。

「あなた様は、あなた様が思うよりもずっと、私のことを分かってくださっています。好きな食べ物など、どうでもよいではありませんか。あなた様は、分かってくださっています」

貴音はその体勢のまま、何度もそれを繰り返した。

俺はようやく、自身の愚かさを悟った。
そして、小鳥さんの言っていた意味も。

俺が貴音について知っていることは少ないけれど。
それでも確かにわかっていることがある。
貴音のいいところも、悪いところも、全部。
それだけは、誰よりも知っている自信がある。
だったら、それでいいじゃないか。


77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:37:21.20


「ごめんな、貴音。俺、全然わかってなかったみたいだ。本当に大事なこと」

貴音の肩を掴んでゆっくり引き離す。
そして、安心させるように、精一杯の笑顔を向けてみせた。

「その通りです。あなた様は、本当に何も分かっておりません……」

「でも、もう大丈夫だから、な」

「……真ですか? あなた様は、信用できませんから。まだ少し、不安です。ふふっ」

そう言いながらも、貴音が久しぶりに見せてくれた笑顔は、今までのどんなそれよりも輝いて見えた。


80:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:41:15.05


「ね? 私の言った通りだったでしょう?」

「ええ、そうですね。まったく、小鳥さんには頭が上がりませんよ」

貴音を家に帰してから、空気を読んで外に出ていてくれた小鳥さんと、再び事務の作業に戻る。
小鳥さんは、俺たちが仲直りしたことを、まるで自分の事のように喜んでくれた。

「しかし……こんなに当然なこと、貴音に教わるまで気づかないだなんて……ダメダメですね」

「いえ、そんなことないと思いますよ。それって、貴音ちゃんと二人で成長していってる証ですから。それでこそのプロデューサーってもんじゃないですか?」

そう言って笑う小鳥さん。
どう考えても俺が馬鹿だっただけなのに。
笑って流してくれる小鳥さんに、救われた気がした。


81:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:46:44.45


「はい、貴音。誕生日おめでとう」

貴音の誕生日当日。
俺は結局、貴音の好みを聞きだすことはできなかった。

「開けても、よろしいですか?」

「もちろん」

貴音がその白い手で箱を開ける。
中には、小さめの赤いかんざしが一本。

「あんまりこういうのって詳しくないんだけど……なんか、問題とかあるかな?」

「いいえ。そんなはずはありません。あなた様が、私の誕生日に贈り物を下さる。私には、それだけで過ぎた贅沢です」

「そう言ってもらえるのはうれしいけど、俺はやっぱりもっと知りたいな。貴音のことも……家のことも」


83:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:51:10.09


その言葉にやっぱり貴音は、いつものミステリアスな笑みを浮かべる。

「いけませんよ、あなた様。それはとっぷしぃくれっとです」

「やっぱりか」

「ですが、」

言葉を続ける貴音。
その表情は、さっきとは少し違った、いたずらっぽい笑み。

「いずれ、時が来たら語りましょう。もしかすると、あなた様には知ってもらわねばならない日が来るやもしれません。私のことも、家のことも」

「おい、貴音、それって……」

「ふふっ、それもとっぷしぃくれっと、です」

そう言って、貴音はすたすたと歩いて行ってしまう。

まったく、いつの間にそんな口説き文句を覚えたのやら。

そんなことを呟きながらも、貴音が新しい一面をまた見せてくれたことが、嬉しくてたまらなかった。

これから少しずつ、貴音のことを知っていこう。

今は何を知らなくても、大丈夫。

一番大切なことは分かっているから――。






84:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:51:45.00


ssはこれで終わりです。
ありがとうございました。


85:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:53:40.52


お疲れ様です



87:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/21(月) 23:56:05.70


おつ

良かったよ










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