青年「その『復讐』を、受け入れるわけにはいきません」
少年「そんな『憎悪』が、あってたまるか」
先にこれを読んでおくとわかりやすい
だが、それはどのような感情からくるものだったのだろうか。
子供の頃に遊園地に行く日を待ちわびたようなものとは違う。
大学受験の合格発表を待ちわびたようなものとも違う。
期待でも、緊張でもない。私にあった感情はなんだったのだろうか。
だが、私にどんな感情があったとしても、現在、待ちわびた日を迎えている。
私は今、ある少年刑務所の前に車を止めている。
今日が彼の出所の日だと聞かされたからだ。
彼が出てくるまでどうやって暇を潰そうかと考えて、
ポケットからタバコを取りだそうとして気がついた。
そうだった、タバコは三年前から止めている。
しかたなしに、カーステレオでラジオでも聞こうとしたときに、刑務所の扉が開いた。
そこから出てきたのは数人の刑務官、そして……
彼だった。
あの顔を忘れることはない。まあ、私じゃなくてもなかなか忘れられないだろう。
何しろ特徴がありすぎる。
首筋から左頬にかけての火傷と、眼帯をした右目。
それは間違いなく、私の息子を殺害した犯人、□□だった。
当時、まだ衆議院議員の職についていた私は、事務所で本会議に使用するための資料をまとめていた。
だが、結果的にその資料が使われることはなかった。
「××先生」
私の秘書が、珍しく顔色を変えて部屋に入ってきた。
彼は優秀な男で、常に冷静に私をサポートしてくれる。
そんな彼が動揺しているということは、よほどのことがあったのだろう。
「どうした、何かあったようだな?」
いつもであれば、仕事中に手を止めることはしたくないので、
退室するように言うところだが、私は彼の話を聞くことにした。
「そ、それが……警察の方がお見えになっています」
「なに?」
警察だと?
世間ではよく、政治家の汚職が問題となり検察なりの強制捜査が話題になったりもするが、
警察が事務所に押し掛けるというのは希だ。
正直言って、私自身も法に触れるギリギリの行いはしている自覚はある。
だが、政治家をやっていくには綺麗事だけ追い求めるわけにはいかない。
そして、尻尾を掴まれるようなヘマはしていないはずだった。
なのに、警察が訪ねてきた?
「……わかった。通してくれ」
私は応接間に客人を通すように伝え、軽く身なりを整えて応接間に入った。
そこには、数人の刑事と見られる男性がソファーの前に立っていた。
「お忙しい中失礼します。☆☆県警刑事部の◎◎です。
代議士の××先生ですね?」
「はい、ご足労いただいた直後に申し訳ありませんが、ご用件を教えていただけますか?」
ベテランらしき風貌をした刑事が名乗りでる。
どうやら所轄の刑事ではなく、県警本部の人間のようだ。
確かに、国会議員である私への用となると、県警本部が動いたりもするのだろう。
しかし、目的は未だにわからない。
「……落ち着いて聞いてください」
この口振りからして、私への追及ではないようだ。いったい何が……
「今朝、☆☆県内の林で、ご子息の遺体が発見されました」
…………は?
え? 何を言っている?
目の前にいるこの男は何を言っている?
ちょっと待て、遺体? ご子息?
え? なに? つまり、
……息子が、死んだ?
「むす、こ、が、死んだ?」
政治家としてやっていくうちに、感情をコントロールする術を身につけたはずの私だったが、
言葉がうまく紡げなかった。
「受け入れられないお気持ちはわかります。ですが、これは事実です」
事実? え? 本当に?
「な、なにが……?」
何が起こっている? という言葉を出そうとしたが、
刑事は息子に何があったのかと質問しているように解釈したようだ。
「状況から言って……ご子息は殺人事件に巻き込まれたと見て間違いありません」
殺人……事件?
意味は知っている。だが、その言葉が息子に結びつかない。
「……少しお気持ちが落ち着いたら私にお声かけください。
病院にご案内します」
その後ようやく刑事に連れられて☆☆県内の病院に向かった。
何かの間違いだ。実は息子は生きているんだ。
だが、私のそんな考えは、病室ではなく霊安室に案内されたことで打ち砕かれた。
本当に……息子が殺されたというのか。
霊安室に入ると、白衣を着た医者らしき中年の男と、
ベッドに横たわり、白い布を被せられた『何か』があった。
「この度はご愁傷さまです。私は検屍を担当している……」
白衣の男が名乗ったが、よく聞き取れなかった。
まだ、希望を捨てていなかったからだ。
この白い布を被せられたのは全くの別人に違いない。
何かの間違いで、息子と間違えられたのだ。
そうだ、この下に息子がいるはずがない。
「……え?」
「正直言って、遺体は相当ひどい状態です。詳細を先に述べておきます」
白衣の男が、遺体がどのように損傷しているかを説明した。
何だ? 何だ? 何だ!?
何を言っている? それが、本当に息子の身に起こったことなのか?
そんなはずはない。息子がそんな……
「説明したように、遺体はこれほどの……」
「黙れ!」
思わず叫んでしまった。
そうだ、これは何かのイベントだ。私を驚かすためのイベントだ。
息子がそんな状態のはずがない。この下にいるのは……
「あ、お待ちくださ……!」
医者が止めるのを無視して、私は布を取り去った。
…………
あ、あ、あ、あ、あ、あ、
あああああああああああああああ!
「う、嘘だ! こんな! これが! ああああああああ!」
白い布の下にあった『もの』。
確かに人間ではあったのだろう。
だが、医者が言った通り、その遺体は、
全身を滅多差しにされ、指と両耳が切り取られ、歯のほとんどを折られ、
鼻をあり得ない方向に曲げられ、両目を潰され、腹を裂かれ、腸をぶつ切りにされ、
髪の一部分が引き抜かれ、口を頬まで裂かれ、のどを裂かれ、頸椎が見えるようにされ、
だが、こめかみに見覚えのある黒子が確かにある、
息子の、遺体だった。
「大丈夫ですか!? こちらにどうぞ……」
「ぐ、おぶええええぇぇぇ……」
想像以上の惨状に強烈な吐き気を催し、
医者が持ってきたボウルに嘔吐してしまう。
そんな、息子が、何で、なんで、ナンデ、
息子が何をしたというのだ!!
私は感情を自由にコントロール出来る人間だと思っていた。
だが違った。いや、どんな状況になっても自由に感情をコントロール出来る人間などいない。
息子がこんな目に遭わされて、感情をコントロール出来る父親などいない。
今沸き起こっている感情は何だ? 悲しみ? 怒り?
……憎しみ?
「……××先生。あちらに休憩室を用意しています。まずはそちらに……」
刑事の◎◎が、私を息子の遺体から離そうとする。
だが、どうしても確認したいことがあった。
「お、落ち着いてください!」
「こんなことをされて、落ち着いていられるか! 早く犯人を捕まえろ!」
「犯人はすでに自首しています!」
「なら、犯人をここに連れてこい!」
「お気持ちはわかりますが、それは出来ません!」
「ふざけるな! こんなことをした犯人を庇うというのか!? 今すぐ死刑にしろ!」
「犯人を庇うつもりではありません! 然るべき手続きをした後に法の裁きを……」
「そんなのを待っていられるか! 法ではなく、私が裁いてやる!」
「落ち着いてください! おい、もっと人を呼んでこい!」
多数の刑事に連れられて、強引に休憩室に運ばれた。
休憩室に半ば軟禁されるように入れられた私は、
しばらくどう呼んでいいのかわからない感情の波に翻弄されていた。
だが、刑事たちの賢明な説得により、なんとか平静を取り戻す。
それでも、私の頭からは疑問が消えなかった。
なぜ、息子がこんな目に遭ったのか。
なぜ、犯人は息子を狙ったのか。
なぜ、息子は助からなかったのか。
そうだ、その疑問を晴らすまでは帰れない。
「……犯人に会ってきたんですね? 教えてください!
犯人は、犯人の動機は何なのですか!?」
息子をあんな姿にした動機はなんだ。
どんな理由があろうと許されることではないし、許すつもりはない。
それでも、動機が知りたかった。
「事実かどうかはまだ調査中ですが、犯人の供述はこうです」
一体何だ? 何があってこんな……
「ご子息の過激ないじめによって、彼への『憎悪』が止まらなかった。だから殺した」
……なに?
いじめ? 待て、息子がいじめ?
そうだ、中学時代に息子は同級生が火だるまになっていたのを助けたことがある。
その他にも、『友人』が困っているから私の権力を借りるのを許してくれと頭を下げたことがあった。
だから、私の名刺を何枚か渡しておいたのだ。
いざというときは、それで『友人』を助けると言って。
その後、なぜか息子は逆恨みで右膝を刺されたが、その犯人は少年院に送られたと聞いている。
まさか、その犯人がまた息子を逆恨みして……?
つまり、犯人は息子の同級生!?
「先ほども申し上げた通り、事実関係はまだ調査中です。しかし……」
刑事は、思い出したくないものを思い出すように言った。
「犯人は、顔から背中にかけて大きな火傷があり、右目を失明しています」
遺体は司法解剖に回されるとのことで、あれ以上息子の側にいられなかった私は、
呆然とした頭で、久しぶりに自宅へと戻った。
出迎えてくれるものはいない。妻は、息子が小学校に入った直後に他界している。
私はせめて、金銭面では息子を不自由させまいと、
父から受け継いだ人脈を必死に守り、政治家となったのだが……
いつのまにか、息子と顔をあわす回数は減っていった。
それなのに、今は息子との思い出が次々とよみがえってくる。
まだ、父の秘書をしていた私の仕事を見て、尊敬のまなざしを向けてくれた息子。
自分の父親はすごいんだぞ、と自慢げに友
コメント一覧
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- 2014年12月30日 21:34
- 読みやすい
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- 2014年12月30日 22:33
- 重かったけど、中々の良SS
-
- 2014年12月30日 23:31
- なお現実はSSより奇なり
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心情の動き方が見ていて面白い(?)シリーズだな