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カオスな情報置場:【映画レビュー】キム・ギドク監督『メビウス』


2015年01月03日23:39

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新年一発目がこれってあたりで色々察して。

『メビウス』


監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
主演:チョ・ジェヒョン、ソ・ヨンジュ


http://moebius-movie.jp/
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――――――――――(測定不能/10)



 ちんこって、不要じゃない?

 そう思ったこと数知れずである。
 使ったことはないし、使う予定もないし、使う欲求もない。
 もはや尿の通り道に過ぎず、僕個人にとっては盲腸と同じレベルである。
 もう、ちんこがちんこである必要ってないんじゃない? 不要じゃない? ねえ?

 で、この映画である。
 この映画、「ちんこが切られる」という事件が物語の根幹になっている。
 『失われた息子を求めて』とつけてもいいくらい、物語の根幹になっている。
 舞台は、韓国のある家庭が舞台である。
 この映画に台詞はなく、それ故に、一つ一つの役にも名前はない。
 父、母、息子、そして父の不倫相手。主な登場人物はこれくらいだ。
 物語は父の不倫から始まる。父は、家庭にいる時でも電話があれば出ていき、女との遊びに興じている。
 そして、母も息子も、父の不倫には気づいている。
 ある晩、母はナイフを持って就寝中の父を襲い、陰茎を切断しようとするが失敗する。
 失敗した母は、次に、就寝中の息子の部屋を訪れ、息子の陰茎を切り落とす。
 息子の叫びを聞きつけた父は母を殴りつけ、母は何処かへと姿を消す。
 父は、傷を負った息子の問題と向き合うことになる。

 設定だけ読むと、荒唐無稽に感じるかもしれない。なにしろ、ざっくり言えば「母が息子のちんこを切り落としたために、父と息子がトラブルに見舞われる」という筋書きだ。なぜ、母が息子の陰茎を切り落としたのか。それは最後までわからない。不倫で離婚した親が、自分の子に異性への不信感を強く焼き付けるようなものなのかもしれないし、あるいはただの錯乱、凶行なのかもしれない。
 実際、息子のためを思う父が大真面目に「ちんこ なし 絶頂」とか「ちんこ 移植」などのワード(英語)でググっていたりするシーンは滑稽だし、そういうシーンはいくつもある。
 それでも、いや、その反動か、とにかく映画全編が観ていて「痛い」。
 特に、父が発見した「陰茎無しで絶頂に至る方法」が本当に、痛い。
 自分の舌をハサミで切るとか、アキレス腱をメスで切断するとか、そういう残酷シーンは韓国映画で沢山観てきたが、その中でもこれは特に痛い。もう、「やめて」としか言いようがないくらい痛い。観ているだけなのに、痛い。画面にはしっかりと痛みが焼き付いている。
 全く退屈な映画じゃないし、つまらない映画でも下らない映画でもない。
 それでも時計を確認し、「まだ上映時間が残ってるのか……」と半ば絶望的な気分になる。

 楽しい気分になれるエンターテイメントでは決してないが、強烈な痛みや胸の底に泥のように降り積もる何かは確実に得られる。
 怪作とか、奇作の類である。
 それでも、あるいは、だからこそ、嫌いになれない。凄い映画である。

 果たしてこの文章で伝わっているか、確信がもてないが気になる人は観て欲しい。


 やっぱり、ちんこ大事だ。
 「あはっ、おっきくなったぁ(はぁと)」みたいな台詞好きだし、やっぱり、ちんこ大事。


(「ちんこ大切」と書こうとして、「ちんこ大切=ちんこを大きく切断する、の意」という発想が頭の中に渦巻いて止まらなくなってしまったので、〆の文は「ちんこ大事」とした。未だに思考が引き摺られている。なんて映画だ。)

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