女「星の海で……つかまえて」
僕「僕は……君の事が好きなんだ」
女「……」
少しだけ肌寒い風が吹いている八月の夜。
夜が始まったばかりの空には、キラキラと瞬く無数の星が、僕たちを見つめている。
空っぽの気持ちで空を見つめていた僕は……この告白が成功するとは正直思っていなかった。
ネガティブな考えでこう言っているのではない。
彼女は……。
誰から告白をされても、絶対に付き合ったりはしない。
僕はそれを知っていたから。
女「……」
彼女はただ、地面の方を向いて黙っているだけ。
女「……ごめんね。君とは付き合えないよ」
それだけ言うと、彼女は暗闇の中へ消えてしまった。
ああ、やっぱり……。
僕「これで、明日から彼女とは話もできない、か」
僕「……」
一人ただボーッと、残された僕は、さっき彼女に表れた変化……それを思い返していた。
両手を前の方で合わせて座り、僕の言葉に反応するように、少しだけ体を震わせた彼女……。
何かを呟いていたように思うけれど、僕の耳には彼女のごめん、という言葉しか残っていない。
彼女がいない隣を見ていると、本当にそう言っていたのかすら怪しいくらいだ。
僕(……まあ、今さら考えても仕方ないか)
そう、いない彼女の事を想っても何にもならない。
僕は少しの間歩く事もできず、また黒い空だけを見つめていた。
残された虚無感と、明日から彼女と話す事のできない不安が、一気に押し寄せてくる。
僕「ハァ……」
ため息だけが、夜の闇に溶けていく。
頭上で輝いている星々の美しさなど、今の僕には気付く事がでるはずもなかった。
……。
僕と彼女が出会ったのは、僕が大学三年生の時の事だ。
四月の入学式や、五月の慌ただしい連休が終わって……大学全体が少し落ち着いたようになったある日。
いつものように、学生食堂でお昼ご飯を買おうとしてた。
その時の僕には、彼女を見過ごして会わずにいる事もできたのに……。
それでも彼女と会ったのは、けっして恋愛感情から来る行動ではなかった。
それだけは、今もはっきりと覚えている。
最初の頃は……彼女の事など、全く頭にはなかったんだ。
僕「さて、今日は何を食べようかな」
僕は、授業から解放された嬉しさを胸に、食堂の中を歩いていた。
カウンターのすぐ横にある食券の販売機が目的地だ。
僕(昨日はカレーを食べたし……今日は無難に定食かなあ)
こうやってお昼のメニューを悩む事ができるのは、贅沢な事なんだ、と最近考えるようになってきた。
僕(よし、今日は鮭定食にしよう)
……といって、頭の中で決めたメニューの食券をすぐに買えたわけではなかった。
女「ん~、何にしようかな~」
どうやら、先客がいるみたいだった。
メニューが書かれた枠を、右に見ては左に見ては……。
後ろで一本に縛られた長い髪がその度にフリフリと小さく揺れている。
女「ラーメン……ハンバーグ……唐揚げ」
呪文のような、ブツブツとした声が後ろにまで響いてくる。
僕「……」
僕は彼女の髪が揺れる様子を見ながら、、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
誰かか僕の後ろにいれば多少は焦るが、並んでいるのは僕たちだけだったから……。
あまり気持ちも急ぐ事もなく、素直に後ろで待っていたんだ。
女「……決めた、鮭定食にしよう」
ピッ、とボタンを押す彼女の姿。
食券を取ると、駆け足にカウンターまで向かっていく。
僕(同じ鮭定食か。なんだか運命感じちゃうよ)
ははっ、と軽く冗談を心の中で呟きながら、お金を入れて『鮭定食、四百円』のボタンを押す。
受け取り口に、今日のお昼ご飯が書かれた「鍵」一枚出てくる。
それを取り、僕はまるで宝探しにでも出発するような笑顔でカウンターまで向かっていた。
僕「すいませーん」
「はーい」
奥から、白エプロンに給食帽子を被ったいかにも、という格好をしたオバチャンが出てくる。
僕は食券をカウンターの上に差し出し、少し元気に注文を。
僕「オバチャン、鮭定食を……!
女「し、鮭定食じゃないじゃないですかっ!」
……僕のちょっとだけ元気な声は、隣にいた彼女の目一杯の反抗的な声に消されてしまった。
目をやると、彼女の手にはお盆……その上には白い湯気と美味しそうな匂いを辺りにまいている、カレーライスのお皿があった。
女「な、なんでカレーが……え、食券? あ……?」
もう一人のオバチャンに、先ほど彼女が買ったと思われる食券を見せられている彼女自身。
女「と、隣のカレーと押し間違えちゃったの……?」
女「そんなぁ……」
肩を落とし、泣きそうな彼女のか細い声が聞こえてくる。
「はい、鮭定食ね、お待ちどうさま」
そんな僕の視線は、カタリと置かれたお盆一枚に簡単に奪われる。
今の僕を動かしているのは、鮭定食を食べたいという欲だけなんだから……当たり前だ。
僕「どうもー」
お盆を持って、席に座ってこれを食す。
今日のお昼にやるべき事は、それだけ。
女「鮭……」
僕「……」
しかし、そんな簡単な事すら実行できなかったのは、彼女の背中があまりにも可哀想に感じたから……だけじゃないはず。
その時は、本能のような……多分、守りたくなったとでもいう気持ちだと思う。
僕「あ、あのさ……」
僕は、落ち込んでいる彼女にそっとお盆を差し出して。
彼女は、すぐに笑顔を見せてくれて……。
これが、僕たちの最初だった。
女「いただきま~す」
僕「……いただきます」
小さな丸いテーブルでお互い向かい合いながら、僕はスプーン、彼女は箸を必死に動かしている。
お盆を交換したら、僕は別の場所に座るつもりだったのに。
女「よかったら、一緒に食べませんか?」
彼女がぜひ、と言うからこうしてテーブルを囲んで、二人で食事をとっていた。
女の子からの誘いだ、悪い気はしない。
大学生活ニ年を経験したという事もあって、僕も幾らか気持ちに余裕が出ていたんだろう。
こうして女子と並んでいても、変に動揺する事なく、普通にスプーンを動かせている。
女「鮭美味し~。ご飯美味し~」
小さな天使みたいな笑顔と言葉、皿に乗っている鮭がどんどん小さく、薄く。
小骨だけを残して、彼女の口の中に消えていく。
僕「そんなに魚が好きなの?」
思わず、僕は聞いてみた。
カレーを少し冷ますついでだ。
それに、無言で食事をするよりはいいだろう。
女「うん。アッサリしているから、好きなんだよ」
彼女はサラリと答える。
僕「ふ~ん……」
女「ごちそうさまっ」
いつの間にか、彼女の皿は空っぽに。
僕のカレーはまだ半分以上が残っている状態だった。
……少々冷ましすぎたかな。
女「食べるの遅いんだ」
食器を重ねながら、人懐っこい笑顔で僕を見つめてくる。
僕「いいんだよ。早く食べ過ぎると体によくないんだから」
口から出任せの、適当な言葉を彼女に返す。
女「ん~……」
僕(……これは、ちょっと跳ねっ返りの強い言葉だったかな?)
特に笑顔で話していたわけでもないので、もしかしたら悪い印象を与えてしまったかもしれない。
気持ちに余裕はあるとは言え、女性とこんな風に、二人で食事をした事なんて僕には殆ど無かったから……。
チラリ、と彼女の方を見る。
女「そっかそっか~」
僕の心配など気にする様子もなく、窓の外を見つめながらそんな呑気な口調で返してくる。
その姿は、僕になんてまるで興味がないような印象すら受けくらいだった。
僕(……変なの)
そんな姿を見て、僕は彼女に一つだけ質問をしたくなった。
僕「ねえ、どうして一緒にご飯を食べようって言ったの?」
女「んっ?」
体を僕の方に向け、柔らかい口調そのままに彼女は答える。
女「一人で食べるより、美味しいかなって」
僕「見ず知らずの仲なのに?」
女「カレーと定食交換してくれたじゃん!」
僕「……背中があまりに憐れだったから、ついね」
軽く、皮肉を言ってみる。
反応次第で彼女がどういう性格は少しはわかるのだけれども……。
女「えへへっ、助かったよ。ありがとうね~」
僕の言葉にも、また無邪気な子供みたいに、彼女は優しく笑ったんだ。
本当に助かった、というような安心しきった顔を僕に見せていてさ。
僕(ずいぶん……素直なんだな)
その時の僕は、いたって冷静に彼女の笑顔を見つめる事が出来ていた。
どんどん変化して、様々な表情を見せてくれる彼女が……とても魅力的に感じていた。
素直ないい子だな、とその時僕は思っていた。
そんな彼女を横目に見ながら、冷め始めたカレーを口に運んでいる。
と、後ろからいきなりポン、と肩を叩かれた。
友「よ、ここにいたのか。テーブルに来ないから今日は休みかと思っていたよ」
そこには、同級生の友が僕の後ろに立っていた。
入学当初から一緒にい、何だかんだでもう二年を共に過ごした友人だ。
面倒見はいいのだが、明るいと言うかお調子者というか……。
しっかりとした面は見えるけれども、普段の行動からは適当な性格、と思われるような印象も受ける。
三年生になっても、その雰囲気は相変わらずのようだ。
女「ん、友達?」
僕「あ、うん。同じ学年……の?」
いや、そう言えば彼女の学年や学科を聞いていなかったな。
いい機会だから尋ねてみようか?
友「……彼女? 紹介してよ」
普通の会話をしようと思った矢先に……これだ。
僕「そ、そんなんじゃない。ただ……お昼を一緒に食べただけ」
ああ、これじゃあ言葉が足りない。
友「なんだ、もうそんな仲なのか。大学三年目にして彼女持ちか。羨ましいよ、全く」
……悪気は無いとは
コメント一覧
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- 2015年01月12日 19:24
- おつ
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- 2015年01月12日 20:19
- ちょうどこういうの読みたかった
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- 2015年01月12日 20:32
- 何年前のSS取り上げてんだよ
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- 2015年01月12日 23:55
- いいSSだと思うけど、5年前w