佐久間まゆ「負けませんから」
空が綺麗なオレンジ色に染まった夕暮れ時。
346プロのカフェテリアで、お気に入りの席に座って。
まゆは一人、ぼぉっと空を見上げていた。
「シンデレラプロジェクト、ですかぁ……」
思わず口をついて出るのは、プロデューサーさんから聞かされたお話。
来年の春頃に始動する、346プロアイドル部門の新プロジェクト。
オーディションやスカウトを通じて新人アイドルとなる女の子を一から集め、デビューさせる。
その企画の担当者として、プロデューサーさんに白羽の矢が立ったらしい。
当然ながら、片手間で出来るような楽な仕事ではなくて。
始動させるまでも大変なら、始動させた後はもっと大変になりそうなプロジェクト。
つまりそれは、プロデューサーさんはそちらに注力しなければならないことを意味していて。
――頭では、理解しているつもりなんですけどねぇ……。
『そういう訳で、皆さんの担当を外れることになりました』
淡々と言ったプロデューサーさんの顔が浮かぶ。
次に、動揺を隠せない皆の顔が。
そして最後に――そんな中で一人、冷静な表情をしていた“あの人”の姿。
「お待たせしました、ホットコーヒーです。ごゆっくりどうぞ」
そう言った店員さんに会釈を返して、まゆはカップを持ち上げる。
二度、三度と吐息で冷ましてから、ゆっくりと口に含んだ。
その瞬間、口の中に広がる苦み。
まるでそれは、今のまゆの心の中のようで。
「やっぱり、まゆには美味しく感じられません……」
プロデューサーさんが何時も飲んでいるコーヒー。
ミルクも砂糖も居れずにブラックで。
たとえば二人でカフェに入ることがあった時。
「まゆも同じものを」
そんな風に注文して、何も入れずに美味しそうな顔で飲みたくて。
何度かブラックを飲む練習をしてみたけれど。
その度に結局はミルクとお砂糖を入れて飲む羽目になる。
普段であれば、多分そうしていた。でも、今日は何だかそれが悔しくて。
もう一口、飲んでみる。やっぱり、口の中に広がる苦みはまゆには合わなくて。
まゆは思わず、眉を――。
『眉をひそめるまゆちゃん……ふふっ』
不意に、頭の中に楽しそうな“あの人”の顔が浮かぶ。
それを掻き消したくて、さらに口に含んだ。
――やっぱり、苦い。
まゆは口を離したくなった。けれども、それは何だか負けを認める気がして。
それが、何に対してなのかは分からなかったけれど。
まゆは一気にぐいっと飲む。
口いっぱいに広がる苦みに、まゆは思わず――。
「眉をひそめるまゆちゃん……ふふっ」
また“あの人”の声が、脳内に響いて――――?
「ここ、いいかしら?」
どうやら今度のは、実際に耳に聞こえた声だったらしい。
まゆが座る席のテーブルを挟んだ真向かい。
そこに、いつの間にか“あの人”――高垣楓が立っていた。
「……別に、構いませんけど」
そう答えれば、「ありがとう」なんて言って席に座る。
「店員さん、こっちに持ってきてください」
お盆を持った店員さんに、笑顔で手を振り振り。
どうやら注文自体は既に済ませていたらしい。
「お待たせしました。こちらご注文の――」
そう言って店員さんが、お盆に載せて運んできたカップをテーブルに置く。
「――ホットコーヒーになります。ごゆっくりどうぞ」
よりにもよって、注文はまゆと同じもの。
何も入れないまま、楓さんはカップを掴む。
それを見て、まゆは思わずきゅっと下唇を噛みしめた。
きっと、大人な楓さんならブラックコーヒーも楽に飲めるのだろう。
澄まし顔で美味しそうに味わって、まゆの劣等感を刺激するのだ。
優雅に口元へとカップを運ぶ。そんな動作すら洗練されていて、悔しい。
一口飲んで「美味しいわ」なんて無意識の嫌味を繰り出してくるだろう相手を――。
「にが……。やっぱり私には荷が重かったみたいね……ふふっ」
そんな風に言いながら、楓さんがミルクとお砂糖をコーヒーに入れる。
普段まゆが入れるよりも、多く。
「…………楓さんは、ブラック飲めないんですかぁ?」
“楓さんも”ではなく、“楓さんは”。そんな自分の言葉に思わず苦笑い。
負けず嫌いというより、この場合はただの子供の意地張りで。
それから、きっと先程までの独り相撲が恥ずかしかったのもあった。
「ええ。飲めるようになれたら、とは思っているんだけど」
「そう、ですかぁ……」
理由は、訊ねなかった。その必要も無かったから。
――高垣楓。
彼女は、まゆが欲しいものを全て持っていて。
たとえば、一見すればクールで落ち着いた物腰。
口を開いて変なことさえ言わなければ、という注釈はいるけれど。
その大人な雰囲気は、プロデューサーさんとどこか似通っていて。
それから、年齢。見た目からは決して実年齢を感じさせないのに。
でも、確かに彼女はプロデューサーさんと同世代の大人の女性で。
身長は、同世代女性の平均より10cm以上も高くて。
大柄なプロデューサーさんと並んで歩く姿は、まるで違和感がなかった。
一方のまゆは、どうだろうか。
クールな大人のように振舞おうとすれば、多分できなくもない。
でも、それはきっと楓さんと比べたら作り物めいていて。
幾ら努力をしたって、まゆとプロデューサーさんの年齢差が縮まる訳ではない。
まゆが一つプロデューサーさんに近付けば、彼も一つまたまゆから離れていく。
同世代と比べても低い身長。彼と並ぶとまるで親子みたいで。
身長の伸びに効果があると言われるようなことは、それこそ読モ時代からやってきている。
でも、一向に効果は出なくて……。
まだ伸びる見込みはあるのか、それとも成長が止まってしまったのか。それすら分からない。
男女の理想の身長差というのが、よく女性誌なんかでも話題になったりする。
まゆが何かで見た時の記事には、確か15cm前後。
ちょうど、プロデューサーさんと楓さんの身長差と同じくらい。
他でもない、まゆ自身。読モ時代にティーン誌のインタビューで15cmくらいと答えた。
――今なら、30cm以上って答えますけれど。
それでも、そんな身長差が理想なんて言う人は、きっと滅多に居ないだろう。
たとえば彼の両隣に、それぞれまゆと楓さんを並べた上で。
「どちらの女性が、この男性とお似合いに見えますか?」
そんな風にアンケートを取ったとして――まゆの方を選ぶのなんて、世界中できっとまゆだけだから。
綺麗なだけなら、よかった。まゆは、可愛さで勝負すればいい。そう思えるから。
けれども、楓さんは時折、まゆも嫉妬してしまうような可愛い面を見せる。
時折見せるそういう素の姿を知る人達は、冗談半分に『25歳児』なんて言ったりするくらいで。
それは悪口ではなくて、あくまでも愛称のようなものだったけれど。
であるならば、まゆは一体どうやって彼女に立ち向かえばいいというのだろう。
――ずっと恋焦がれていた、年末ライブでの「お願い! シンデレラ」のセンターポジション。
でも、選ばれたのはまゆではなく楓さんで……。
もちろん、これは単純にアイドルとして負けてしまっただけだ。
たとえ、プロデューサーさんが楓さんに、まゆが考えたくないような想いを抱いてしたとしても。
それを仕事に持ち込むようなことは、絶対にしないと思うから。
けれど……。
――シンデレラプロジェクトのことを、プロデューサーさんが話した時。
たった一人だけ、表情を変えていなかった楓さん。
或いは、彼女だけは前もって聞かされていたのかもしれない。
それくらいなら、有り得るだろう。
担当を外れるということを、特別な相手に前もって話すくらいなら。
だとすれば、それはアイドルとして負けた訳ではなく。
女の子として負けたということで。
アイドルとしても、恋する乙女としても。悔しいけれど、勝てそうになくて。
それでも、これまで自分の中にある弱い気持ちに気付かないフリをして頑張ってきた。
でも、そろそろそれも限界なのかも知れなかった。
決着は既に付いているのかもしれない。
そんな風に考えるのは、とても恐ろしくて仕方がなかったけれど。
アイドルと、担当プロデューサー。
その関係性が無くなってしまったら、まゆと彼を繋ぐものは他に何があるのだろう。
これまでなら、運命の赤い糸って笑顔で答えられた。
だけど、思ってしまうのだ。
プロデューサーさんの大きな手のひらの、太い小指に結び付いた赤い糸は――。
まゆの小指では無くて、目の前の女性の小指に結び付いているのではないか、なんて。
「まゆちゃんは――」
これまでずっと黙っていた楓さんが、口を開く。
いつの間にか、まゆは俯いてしまっていたらしい。
楓さんの声に、ゆっくりと顔を上
コメント一覧
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- 2015年01月23日 23:22
- 2話で楓さんが竹内Pに会釈しただけなのに妄想マンガ多くて盛り上がっててすごかった(KONAMI)
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- 2015年01月23日 23:22
- シンデレラ前夜と同じ人かな?
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- 2015年01月23日 23:22
- (一目惚れされる音)
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- 2015年01月23日 23:26
- プロデューサーの隣にふさわしいのは
あの蒼い女の子じゃないかな
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- 2015年01月23日 23:36
- ※4
ミスティーク?
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- 2015年01月23日 23:57
- この人の話は毎回良い話に感じる、まゆが病まずに正しく恋する乙女の話は久し振りに感じる
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