名護市辺野古の新基地建設に反対するため海上の工事現場周辺にカヌーで突撃して作業の妨害を続けている抗議団体メンバーらが海保に拘束され、4キロ沖合に連行されて解放されたとして「危険すぎる!」とさらなる抗議と非難を行っているとのことで話題に。
これまでですと、抗議団体メンバーらは拘束されても岸の近くに運ばれ解放されており、すぐに再出撃が可能な状態でしたが、さすがに4キロ沖合に連れて行かれると付け焼刃でのカヌー技術では帰還が難しくなりまして、仲間の抗議船による迎えが必要な状況なのだそうです。
こうした海保の対応について、抗議団体メンバーらは、「沖合は水深も深いうえ波も高く非常に危険」と、海保の対応を痛烈に非難。
実際に連行された女性は「ちょっと待って、ここは危険。降りない。なぜ降ろすの」と抵抗するも、海保の職員は聞く耳を持たず、まだ海保の船に乗せて欲しいと懇願する女性の意見など無視して海上へカヌーと共に解放したそうです。
辺野古の海を守りたいという気持ちは理解できますが、それにしたってもうちょっとマシな方法は無いものかと個人的に思ってしまうのですがどうなんでしょうか。
大の大人が馬鹿の一つ覚えみたいに立ち入り禁止区域に侵入して捕まって岸に連れ戻されて、そしてまた立ち入り禁止区域に入っていくという行動を繰り返すというものなんだかなぁと思いますし、それに付き合わされている海保もちょっとかわいそうな気がします。海保の船を動かす燃料だって私たちの税金から出ているわけですし、税金を払っている私たちの身からすると、こういったやりとりで無駄に燃料代を使うのは無駄の極みという気もしてきます。
挙句に沖合で解放された危なすぎるとか、ケガをしたとか骨折したとか訴訟だとか。
辺野古の海が綺麗なままであってほしいというのは日本人なら誰もが思うことなんですが、抗議団体メンバーの活動方法を見ていると、どうしても親身になって応援したくない、一緒にされたくないという、そういう気持ちが沸いてしまうんですよね。
何といいましょうか、日本各地から集まり現場で無茶な抗議をしている人たちは、辺野古周辺を反政府活動の拠点としたことで、現地に大きな喧騒をもたらし住民たちの静かな暮らしを一変させたとか、そうした日常が子供たちに悪影響を与えてしまったとか、そうしたことをきちんと考えていらっしゃるのかなとか、そうやって大騒ぎをすることで、本当に辺野古の海を想っている人たちの足を引っ張っているんじゃないかなとか、そういうふうに思ってしまいました。
共存するためにはどうしたら良いのか考えたい、話し合いたい、という住民たちの小さな声は、もしかしたら抗議活動を暮らしの糧にしている人たちの大きな声にかき消されているんじゃないかとか、いろいろ心配をしてしまいます。