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希「絵里ちの金玉をマフラーにしたいんやけど」 Part10


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327:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/01(日) 23:21:06.11


第十部『真実2』

「……」

絵里「の、希……行きましょ、危険よ……」

希(状況から判断するに、周りの人間を殺したのはこのゾンビや)

希(しかし、変やな。何故このゾンビはこんな場所で呑気に本なんて読んでる?)

希(状況に関わらず場違いな行動をする……これはまるで穂乃果ちゃんのお父さんのようやん)

希(恐らく、彼とも会話が出来る。会話が出来るゾンビでも、人は殺すのか……?)

希「なあ、これやったん……あんたか?」

絵里「希!?」

「……ギルァ?」

希(文庫本から視線を逸らさずに、ゾンビが不快そうに眉を顰める)


330:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/01(日) 23:25:38.66


「アギィ……ギルゴ」

希「話、通じてるんやろ?」

絵里「なな、なんで話しかけてるのよ!? 殺人ゾンビよあれ!?」

希「違うかもしれへんやん。それに、襲いかかってくるならとっくに襲いかかってきてるて」

希(こっちの存在には、話しかける前から気付いていたようやしな)

「……ガァ」

希(少し待て、そう言いたげにゾンビは此方に掌を向け、文庫本へと目を向けたまま店の奥に消えていく)

絵里「今のうちに逃げましょ? ね?」

希「大丈夫や、いざとなったら凛ちゃん達を呼んだらいい」


331:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/01(日) 23:32:37.16


絵里「けど、武器を取りに行ったのかもしれないじゃない!」

希「その可能性も……しっ、戻ってきたで」

「ウグ、ルオ」

希「……それ、紙とボールペン?」

希(数十枚はある紙束と、ボールペン。絵里ちの言う武器ではないけど……何に使うつもりや?)

希(そんな疑問は、ゾンビが紙束に何かを書きだした時点で払拭された)

『誰ですか、貴方達』

希「へ!? も、文字が書けるんか!?」

希(素っ頓狂な声を上げたウチに、ゾンビはくぐもった声で笑う)

『当たり前じゃないですか。こんな姿とはいえ、元人間なんですから』


333:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/01(日) 23:43:49.68


希(ゾンビは文字が書けないという先入観)

希(ウチにとっては、それが当たり前のことだった。当たり前すぎて疑う余地も無かった)

希(だって映画でもゲームでも小説でも、文字を書くゾンビなんていなかったから……)

希「ウチは希、こっちの子は絵里ち。音ノ木坂に通う三年生やん」

『僕は桐谷だ。大学で歴史を専攻している』

希「ご丁寧にどうも。それでさっきの質問なんやけど、これやったのは……?」

『僕だよ』

希(文庫本のページを捲りながら、淡々と、一種事務的とも思えるような態度で、ゾンビはそう書いた)

希(神経質にも思える、無機質で丁寧な文字が今は逆に恐怖を思い出させる)


336:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/01(日) 23:55:17.34


絵里「ひいっ! に、逃げるわよ希! やっぱり危ない人じゃない!」

希「なんでこんなことを? 話が通じるってことは、理性はあるんやろ?」

希(潜在的殺人鬼がこの状況になって目覚めた、って話か?)

『言い方から察するに、ゾンビが人を襲うところは見たんだよね?』

『それにはまず僕達の本能について説明しなきゃいけない』

希「本能?」

『大体のゾンビには、人間を襲えという本能がある』

『理性も全て無くし、近くにいる人間を殺し、喰らう。ゾンビになった瞬間からそんな本能が湧き上がるんだ』


337:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/02(月) 00:02:56.76


希「けど、人を襲っていないゾンビもいるやん。桐谷さんもそうやし、人間に興味を持たず別の事をしてるゾンビもウチは知ってる」

『人を襲えというのは第二本能なんだ』

希「第二本能?」

希(耳慣れない言葉にウチは首を傾げる。本能に序列があるなんて話、聞いたこともない)

『僕が適当につけただけだから、まあ序列があるんだと思ってくれればいい』

『第二本能が人間を襲え、そして第一本能は……その人が生前やっていたこと、死んでも続けたかったことになるんだ』

希(だから穂乃果ちゃんのお父さんは和菓子の仕込みをしていたわけか……)

『自分がゾンビになって気付いたんだ。人間の時はいくら満たされた状態になっても欲望が強くなるだけだった』

『しかし今は、一つの本能が満たされれば満足してしまう。だから第一本能が満たされた状態では、第二本能である人を襲うという気にはならないんだ』


338:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/02(月) 00:10:42.49


希「成程、今は第一本能が満たされた状態だから人を襲ってないわけやな?」

『そう。僕の第一本能は本を読むこと、だから本を読んでいる今は君達を襲う気なんてさらさら起きない』

希(言われてみれば、このゾンビは一度も文庫本から目を離していない)

希(本から目を離す、つまり読書を中断する、された、際に人を襲ってしまうわけやな)

絵里「つ、つまり今は……大丈夫なのよね?」

『と言っても、君達と話していることで読書が中断されたと脳が判断したら、君達を襲う可能性もある』

絵里「ひいっ!」

『だから用が無ければ早く何処かに行ってくれませんか?』

希「もう一つだけ。何で世界がこんな風になってもうたんか、心当たりはない?」


340:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/02(月) 00:15:21.44


『心当たり?』

希「歴史を研究してるんやろ? 何かが滅ぶ時には前兆や理由がある筈やから、その辺にも詳しくないかと思って」

希(ゾンビは少々考え込むように、右手で文庫を開いたまま左手で顎を押さえる)

希(時間にして数秒考え込んだ後、ゾンビはゆっくりと文字を書きだした)

『ムー大陸は、知っているかい?』

希「ムー大陸? 一夜にして沈んだとかいうあの島?」

絵里「文明が発達しすぎた結果、滅んだのよね?」

『そう、一般的にはそう知られているね』

『僕自身その説を疑ってはいない。しかし、過去にある可能性を示唆されたことがあるんだ』


342:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/02(月) 00:21:54.60


『二年ほど前に、僕はメキシコに行ったことがあるんだ』

『そっちでお世話になった学者が、ある日酔いの席でこんなことを言い出した』

『ムー大陸が滅んだ原因を知っているか、って』

『知らないと答えると、学者は神妙な面持ちである石板を持ってきたんだ』

『これは何かと聞くと、ムー大陸が滅ぶ際に、大陸で暮らしていた彫刻家がその顛末を掘ったものの一部だと言う』

希「えらく怪しいな、そんなものが発見されてたらもっとパニックになってる筈やない?」

『同感だよ。僕も信じなかった』

『学者先生はその石板が本物だと信じていたようだけど、書かれていた絵もおかしな物だったからね』

絵里「どんな絵が書かれていたの?」

『それがね』

希(ぐすぐすと、潰れかけた蟾蜍のような声でゾンビは笑った)

『金玉を生やした女性の絵なんだ』


346:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/02(月) 00:32:53.64


希「金玉の生えた……」

絵里「女性の絵……?」

『学者が力説するにはね、ある女性が金玉を望んだ』

『しかし女性の身体構造上、金玉は出来ない』

『それでも金玉が欲しかったその女性は、邪神に願ってしまったんだ』

『邪神は世界を作り替え、その女性に金玉を生やした。その際にムー大陸は壊れたんだ』

『歪んだ願いが歪みを生んだ、ってね。歴史学者の癖に神話のようなことを言う人だよ』

『おかしな話だろう?』

希(ウチ達は笑えなかった)

希(本当に金玉を望んだ女性のせいで、ムー大陸が滅んだのだとしたら)

希(この世界を壊したのは、こんな状況に皆を陥らせてしまったのは)

希(ウチと絵里ちなのだから)





348:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/02(月) 00:43:11.29


『顔色悪いけど、大丈夫?』

希「あ、い、いや……大丈夫や」

絵里「ねえ、希……これって、私達が……」

希「しっ……」

希(まだウチ達のせいやと決まったわけじゃない)

希(何せウチらにはまだ金玉が生えていないのだから、この女性とは違う)

希(ただの偶然……そう、たまたまや)

『けど、僕はこの状況には感謝しているよ、何せこの身体は朽ち果てることがないようだからね』

希「……けど、頭を潰されたらゾンビだって死ぬやん。それが分かっているから、この人達の頭を潰したんやろ? ゾンビにならないように」


349:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/02(月) 00:48:34.62


『そこの死体、引っくり返してみて。多分それで分かるから』

希「……」

希(言われた通り、手近にあった男性の死体をウチは引っくり返す)

希(殺されてすぐなのだろう、その死体はまだ温かく柔らかかった)

希「引っくり返したけど、何も……」

『僕がその男性を殺したのは今から十時間以上も前なんだよ』

『にも関わらず、死斑が出来ていない。死後硬直も起こらない』

絵里「死斑が出来ていない……って、じゃあ、まさか……」

『頭を潰されても、彼らは生きている。命令系統と思考能力を奪われ、動けないだけでね』


350:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/02(月) 00:54:23.76


希「……植物人間と同じ、か?」

『この肉体は排泄もしなければ汗もかかないから正確には違う』

『それに血液……循環はしていないのに、低いところに溜まったりしないことは死斑が出来ないことからも分かる』

『一定なんだ、何もかもが。永遠に終わらない、無変化。それがゾンビの正体だよ』

絵里「そんなの、そんなの……! 殺すより残酷じゃない!」

希(死なない身体、思考が出来なくなっても動けなくなっても終わらない生)

希(人は死を恐れる。それは死の先に道が無いからや)

希(しかし死の先にも道があるとしたら、人が死を恐れる理由は……無くなってしまう。けど……)

希(死にたくても死ねない。それこそが死よりも恐ろしい、恐怖なのかもしれん)


第十部 完


354:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2015/03/02(月) 01:05:52.21



壮大な話なのに金玉で笑う









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