佐久間まゆ「罪でもいい、好きと言って」
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1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 21:54:38.59
佐久間まゆ(16)
「――! ――っ」
「……」
「……! ――ッ……」
人気のない事務所で、男と女が話し合っている。
……いや、女が、男に詰め寄っている。
女の名前は佐久間まゆ。男は彼女のプロデューサーだ。
まゆは、光のない目で彼との話を少しでも長くしようと食い下がる。
プロデューサーは、ただ申し訳なさそうに謝罪の言葉を言い続けた。
4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 22:00:01.09
佐久間まゆ。彼女はアイドルである。
だが、彼女はファンのためには歌わない。
彼女が求めるのは、ただ彼女のプロデューサーである彼から認められることだった。
プロデューサーは、それに気づいていなかった。
彼女の瞳の奥を見つめたことがなかったから。
それが、どこかで歯車を狂わせたのかもしれない。
7:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 22:07:39.07
不幸なことがあるなら、彼女のプロデューサーが気づかなかったことともうひとつ。
彼女が、取り返しのつかないところまで間違えるまでごまかせるほどに実力が高かったことだ。
彼女は現在Bランクアイドルである。
アイドルとしてのランクが上がる前にわかっていたのなら、プロデューサーは彼女のプロデュースを降りただろう。
彼女は病的に彼のことを好きだった。
彼に認められるために、彼に褒められるために。
それだけの理由があれば、どんなことでもこなしてみせた。
9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 22:14:36.64
『トップアイドル』という肩書きがある。
それは人々を魅了し、先導することのできる限られたものの称号だ。
それは、さまざまな人の目標であり、指標だ。
だが、彼女にとってそれは手段だった。
だから、間違えた。
トップアイドルの肩書きまであと少しというところで、それがわかってしまった。
11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 22:23:52.17
彼女にとって、世界は愛しい人とそれ以外に分けられる。
愛しい人のためならば、他のものがどうなってもよかった。
――彼女自身の体ですら。
他の者へ妨害をしたところで、本人の実力が伴わなければ意味がない。
彼女は、彼に認めてほしかった。
彼が褒めてくれるのは勝ったから、負けたからという理由からではなかった。
負けても認めてくれた。勝っても認められなかった。
各上へと挑み、負け、慰められるのも、好きだった。
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 22:31:37.21
彼女がトップアイドルを目指すのは彼に認められるため。
きっと、その時。愛しい彼が自分を何よりも愛してくれるから。
そのために彼女は努力を惜しまなかった。
もともと才能はある子だった。
だからこそ、限界を知らなかった。
いい意味でも、悪い意味でも。
彼女は体に爆弾を抱え込んでしまったのだ。
15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 22:39:05.74
疲労が溜まっていた。
無視できると思っていた。
――だが、彼女は倒れた。
次に目が覚めたのは病院のベッドの上。
複雑な病名はないが、ただ安静を命じられた。
だけれど、彼女はそれが不安で仕方なくなってしまった。
才能はあった。努力もした。
それでもギリギリだった。目標まではあと一歩。
――ここで立ち止まれば捨てられてしまうのではないか?
そんな疑念が渦巻く。
19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 22:52:20.30
だから彼女は休むことを拒絶した。
表面上は抑え、無理を続けた。
褒められるため、認められるため。
彼女がもう一度倒れるまで、時間はかからなかった。
なぜこんなことを。
彼に問い詰められた時、彼女は平然と答えた。
「まゆはプロデューサーさんが喜んでくれるなら、何でもするの」
その時、彼は決定的な間違いにようやく気が付いた。
彼女の瞳は、自分しか映していない。
22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 23:00:35.94
自分に好意を持ってくれていることはわかっていた。
だけれど、アイドルとしての彼女は非常に魅力的で、楽し気だった。
だから間違えた。自分への好意がアイドルとプロデューサーとしての『好き』なのだと。
ならば頼れるプロデューサーとしてそばにいよう。そう思ったのだ。
彼女の成功を心から祈り、彼女の支えになり続けた。
それで間違えた。彼女は支えられること自体に喜びを覚えていると気付けなかった。
そして彼女は、彼への依存をますます強めていく。
気づかない彼は、アイドルである彼女を応援していた。
アイドル佐久間まゆは、偶像だったのに。
24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 23:09:08.81
プロデューサーは彼女を成功させるために努力した。
それは営業でももちろんそうだし、外に出ない部分でも当然そうだ。
体調管理、レッスンはちゃんと記録していたし無理はしないように言いつけていた。
どこかしらに違和感がないか、自己申告もさせていた。
彼女はただ、いつも笑顔で平気だと答えていたけれど。
『佐久間まゆ』と『彼女』の間に亀裂ができていた。
彼の理想のアイドルは、彼に褒められるには。
可愛く。もっと可愛く。もっと綺麗にならなければ。
25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 23:15:25.90
その結果として、彼女は倒れた。
見えない努力を、決してバレぬよう積み重ね続けたから。
彼に認められるアイドルであり続けようとしたから。
彼女は甘えることがひどく下手だったから。
見捨てられてしまう恐怖が何よりも大きかった。
他の人との話をしている彼を見ると、言いようのない不安に襲われてしまう。
嫉妬というには、あまりにも内向きなそれを彼に伝えることもできなかった。
28:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 23:24:13.09
彼女が倒れて、彼女の瞳を見て。
彼はひどく後悔した。
自分がなぜ気付けなかったのか、と。
彼女の瞳に移っているのは自分だけだ。
それは、アイドルとしてあまりにも危うい。
もっと早くに気が付いていたなら。
アイドルとして彼女をプロデュースしてしまった以上は。
Bランクという、十分すぎるほどの知名度を得てしまった以上は。
彼女はもう、後戻りできない。
29:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 23:33:17.83
自分のせいで彼女は焦った。
自分のせいで、彼女は狂った。
プロデュース初期のころ。
一度だけ、彼女が他のアイドルへ危害をくわえそうになったことがある。
それは未然に気付いた彼は止めることに成功した。
――誰かを傷つけたり、妨害したりということは絶対にダメだ。
そう、優しく諭した……つもり、だった。
後日。
真面目にレッスンをし、心を入れ替えたように正々堂々と勝利する彼女を見て彼は喜んだ。
ただ、気づかずに喜んでしまった。
彼女は、こうすればいいと、覚えてしまった。
30:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 23:40:10.63
勝てば褒められる。
他の誰かを傷つけることは、彼が悲しんでしまうからできない。
だから、勝つために。
自分を投げ捨てるように鍛え続けた。
余計なことをすると怒られてしまうかもしれないから。
バレないように、慎重に。
彼女は臆病だったから。
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 23:48:16.28
彼女はきっと、自分自身をいじめるのをやめないだろう。
今度こそバレないように、自分を殺してしまうだろう。
だけれど、彼にはそれを止めることはできない。
世間の人が、ファン達が……昔の彼自身が望んでしまったから。
アイドル佐久間まゆは、逃げられない。
偶像をやめられない彼女を、彼は救えない。
救うには彼女を変えなければならないから。
だけれど彼女は止まらない。
本心から彼女を認め、求めてしまったのは自分だから。
もし、彼女を変える手段があるとすればそれは――
彼は、彼女のプロデューサーを降りることを決意した。
34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/14(月) 23:55:47.10
「どうして……どうしてですか?」
彼が彼女の担当を降りることを決めた翌日。
どこから聞きつけたのか、彼女は事務所にいた。
彼はただ俯いて「すまない」と詫びた。
「プロデューサーさんは悪くないですよぉ……? まゆ、ですよね? 何をしちゃったんですか?」
彼女が一歩距離を詰める。
捨てられた子犬のように、ぬくもりを求めて。
彼は、その姿を見てもう一度詫びの言葉を口にした。
36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 00:05:42.92
アイドル佐久間まゆは、世間に求められているもの以上のものを振りまいている。
それは、彼が求めてしまったから。
彼女は、彼のためになら何もかもをなげうってしまう。
彼が彼女のそばにいる限り、佐久間まゆは成長し続けるだろうから。
自分が担当を外れれば、佐久間まゆの成長は止まる。
そのあとは、緩やかに。普通の彼女へと戻ってくれればいい。
「じゃあ、その新しく担当をする子に何かあるんですか? まゆにできることなら、なんだってしますから……だから……!」
そう、思っていたのだけれど。
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 00:12:40.63
彼女は、自分を求めている。
佐久間まゆは、自分を求めている。
だけれど、そばにいれば彼女は壊れてしまうから。
「だったら、その人のことを……まゆのことを、見てくれないのなら、いっそ……」
彼女の言葉は途中で途切れた。
彼は彼女の頭へと手を置き、撫で始める。
「プロデューサーさん……わかってくれたんですね?」
喜びに、ぱぁ、と明るい笑顔を見せる。
仕事では見せない、素の表情だ。
40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 00:19:48.97
しかし、彼女の期待は裏切られる。
「なん……で……!」
彼の言葉は謝罪。
これからのことに対して、自分自身の弱さに対して、
彼女につけこんでしまったことに対して、そして『佐久間まゆ』に対して。
「いら……ない……! そんな言葉、いらないんですよっ!」
彼女はプロデューサーの襟元をつかみ、すがる。
けれど彼は、言葉を紡ぐのをやめない。
「なん……で……」
彼の話が終わると、彼女の手も自然に離れた。
自分は、間違えてしまったのだろうか。
だから、愛しい人に見捨てられてしまったのだろうか?
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 00:28:39.09
うなだれる彼女に、彼が声をかける。
愛しい人の言葉だけれど、もはや慰めなど欲しくない。
かぶりをふる彼女のそばに、彼も膝を下した。
すがるような瞳に吸い込まれそうになる。
「ねぇ、プロデューサーさん……まゆのこと、嫌いですかぁ……?」
叱られた子供が、両親の様子をうかがうように。
おそるおそるといった様子で彼女が聞く。
44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 00:35:06.41
そんなことはない、と彼はそれを否定した。
「それなら……お願いです」
しゃり、と距離が少しだけ縮む。彼女の瞳には、彼が映っている。
「……好きだって……いってください」
彼が戸惑うが、彼女はまた少し距離を縮める。
彼の瞳に、彼女が映っている。
「わかっています……プロデューサーさんは、アイドルの佐久間まゆのことを好きなのは。だけど、まゆは……」
また、縮む。
彼女の瞳の中には、彼が。彼の瞳の中には、彼女が。
その距離は縮まっていき、そして――
46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 00:42:12.07
彼は彼女の肩をもって強く突き放した。
「なん……で……!」
最後の希望すら断られて、彼女の瞳は怒りではなく悲しみを浮かべる。
「やっぱり、だめ……ですか……」
そしてそれは諦めに変わり、絶望の色へと変わっていく。
だけれど、彼は一度突き放した手で再び抱き寄せた。
そして、何かを彼女の耳元で囁く。
「……それって……」
彼女の思考がまとまらないうちに。
彼は立ち上がり、もう一度謝罪し、立ち去った。
48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 00:46:53.49
「ふふ……うふふ……」
アイドル、佐久間まゆはそのあと、緩やかに人気が衰退していく。
「わかりました……まゆは……」
また、同事務所からは別のAランクアイドルが生まれ、トップアイドルの所属する事務所として他のアイドルの露出も増えていった。
「あなたのことを……心から……」
彼女の引退は、一時トップアイドルの座へと手が届きそうだったものとは思えないほど、静かだったという。
49:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 00:53:54.04
白いドレスを身にまとった少女が、幸せそうに微笑む。
そばにたつ男は、少し緊張した面持ちで、しかしやはり幸せそうだ。
「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も――」
神父が宣誓を読み上げる。
二人は誓い、そして――
―― 口づけを、交わした。
おわり
59:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 01:12:08.05
乙乙乙
60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/01/15(火) 01:15:51.86
乙
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