姫「魔王子との政略結婚」
少女漫画っぽさ意識してます
その日、不安で一杯だった。
私は魔王の一人息子との結婚が決まり、夫となる人と初の顔合わせする為、魔王城に来ていた。
姫(うぅ)
ジロジロ見られている。緊張。
でもここで弱々しい振る舞いをしたら、後々困るのは自分。
そう思い胸を張ってはいたものの、今にも心臓が飛び出しそうだ。
従者「魔王子とやら、来ませんね」ボソボソ
姫「そうね…」
私が謁見の間に来てから随分経った(ように感じる)
しかし夫となるはずの魔王子はなかなか現れず、無言のまま魔王と向き合う羽目になっていた。
魔王「…」ゴゴゴ
姫(帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい)
私は早くも、義父となるであろう魔王を相手に圧倒されていた。
魔王「遅い…」
姫「」ビクッ
魔王「魔王子め何をやっている…」ゴゴゴ
姫(こ、怖い…)
怒っているのか、元々こんな人なのかはわからないが、威圧感は本物だ。
このままでは押しつぶされてしまいそうで…。
メイド「ま、魔王子様が帰られました!」
姫「!!」
その報告に救われた気がした。
目先の問題なのだが、とにかくこの空気を何とかしてほしくて。
だけど、
魔王子「あー、風呂くらい入らせてくれってぇ」
姫「!」
初めて見る彼は、
魔王子「ひとっ走りして体がくせーの何の。脇汗ビッショリで気持ちわりー」
姿を現したと同時、また悪い方向に空気を変えてしまった。
魔王「お前…今日は姫君との顔合わせの日だと伝えておいたが?」
魔王子「わりわり。忘れてた」
姫(わ、わす…)
魔王子は魔王の威圧感にまるで気付いていないかのように、飄々としていた。
顔は美形で間違いないんだけれど、服装は運動着のようにラフだし、髪も乱れている。どうにも、きっちりした人ではないらしい。
従者「し、失礼ではないですか!!」
姫「ま、まぁまぁ」
魔王子「お。もしかして俺の奥さんになるお姫様?」
魔王子はピリついた空気に動じず、私に寄ってきた。
あまりに物怖じしない様子に、人見知りの気がある私は引き気味になる。
だけど魔王子はそんなの気にせずにニカッと笑い、
魔王子「宜しくなぁ、お姫様~」
私に手を差し出してきた。
姫「え、えぇ…」
私もその手を取りそうになったけれど、
魔王「魔王子…無礼にも程がある。顔合わせにも形式というものがあるのだ、奔放では困る」
魔王の威圧的な声に、私は出しそうになった手を思わず引っ込めた。
魔王子は機嫌の悪い顔になって、魔王に顔を向ける。
魔王子「あのさー、俺、当事者なんだよ?何で形式に縛られなきゃならんのですかー」
魔王「馬鹿者。お前の結婚は魔物と人間の和平がかかっていてな…」
魔王子「形式に縛られる理由にはなってねーな」
そう言うと魔王子は、
魔王子「失礼っ」
姫「っ!?」
一旦引っ込めた私の手を取った。
魔王子「はいはい立って立って~」
姫「あ、あのっ…」オロオロ
魔王「どこへ行くつもりだ魔王子」
魔王子「デート」ニッ
魔王「あ?」
魔王子「結婚前に相手のことを知っておきたいじゃん。顔合わせだけじゃわかんねーっつーの」
そう言って魔王子は強引に私の手を引っ張っていった。
私はどうしていいかわからず、引っ張られるまま彼の後を追う。
魔王「待たんか魔王子!」
魔王子「いやでーす」
そして魔王子は謁見の間にいた者の視線を集めたまま、あっという間にそこから立ち去ってしまったのだ。
姫「あ、あの…」
魔王子「ん、何?」
姫「いいんですか…?」
魔王子「あー、いいのいいの、気にすんな!」
彼はそう言ったが、廊下にいた魔物達も彼の姿を見かけてぎょっとする。
一緒にいた私はそれで余計萎縮してしまった。
魔王子「こっちな」
そう言って彼が扉を開けると裏庭に出た。
そこには厩舎が建っており、彼はそこにいた馬を連れてきた。
魔王子「どうぞ、乗って。足元気をつけてな」
姫「あの…どこへ?」
魔王子「だから、デート」
姫「いえ、でも…」
魔王子「心配すんなって、終わったらちゃんと帰ってくるから。ほら乗って乗って」
姫「…」
魔王子に促されるまま、私は馬に跨る。続いて彼も跨ってきた。
魔王子「じゃ、しっかり掴まってろよー」
そう言うと彼は馬を走らせた。
何て自由な人。周囲を気にせず、人を巻き込むマイペースさ。
私は、この人の妻になるのか…。
魔王子「よっしゃ、ここだ」
馬を少し走らせると、見晴らしのいい高原に着いた。。
魔王子は馬を止め、飛び降りるように着地する。
魔王子「いい空気だなー、そう思わない?」
姫「え、えぇ、そうですね」
魔王子「俺はこの場所が好きでさー」ゴロン
姫(早速寝転がった)
魔王子「姫様もどう…って無理か、ドレスが汚れちまうよな」
姫「あのー…」
魔王子「呆れた?」
姫「え?」
魔王子は寝返りをうって私に振り向く。
唐突な質問を、私はすぐに理解できなかった。
魔王子「こんなバカ王子と結婚するなんてー、って思わなかった?」
姫「え、あ、いえっ!」アワワ
何か誤解を与えてしまったかと、私は慌てて否定する。
そんな様子を見て、魔王子は可笑しそうに笑みを浮かべた。
魔王子「姫様は可愛いなー」
姫「えっ!?」
魔王子「ほんと。俺にはもったいない」
美麗な顔立ちには不釣り合いな無邪気さで、魔王子は笑った。
彼の言葉には重みがない。本当か冗談かもわからない。
だけど――
姫「ふ、ふふっ」
さっきまで私の心をガチガチに固めていた緊張は、彼によって一気に溶かされた。
姫「自由な方ですね、魔王子様は」
魔王子「でも安心して、浮気とかしないから俺」
姫「不自由させてしまいますね、結婚すると」
魔王子「いやいや、元々女性関係は奔放じゃないし。姫様の方はどうなの?」
姫「え?」
魔王子「何か、勇者と結婚するって噂もあったけど…いいの、俺のとこに来ちゃって」
姫「…」
勇者。平和な現代においては「魔王を倒す」という使命こそ無くなったものの、今は母国の兵を率いて、武力をもって世の中の秩序を守る存在。
彼とは幼馴染の関係にあり、何となく結婚するのだろうと言われてきたけれど…。
姫「えぇ、納得して来ました」
魔王子との結婚が決まった今では、それは過去の噂話。
魔王子「そうか」
彼はそれ以上追及してこなかった。
魔王子「ねぇ、この景色見てみて」
姫「?」
私は魔王子のすぐ側に腰を下ろし、彼が見ているのと同じ景色を見る。
広がる高原、一杯の自然――正直どこを注視すればいいのかわからない。
魔王子「あそことか、あそことかに、うちの国が統治してる村があるんだよ」
あぁ、そこを見ればいいのか。
魔王子「人間も結構移住してきてるよ」
姫「えぇ、和平を結んでから互いの国に移住者が増えましたね」
魔王子「けど、まだ人間と魔物は仲が良いとは言えないな」
魔王子は少しだけ、顔をしかめた。
人間と魔物側の戦いが幕を下ろしたのは、私が小さい頃の話。
それからは互いに交流を持つようにし、和平の為に双方のトップは力を尽くしてきた。
それでも、両者の溝はそう簡単に埋まらないのが現実だ。
王「姫…決して相手に心を許すなよ」
兄である王にも、そう忠告された。
王にとって和平や平等というのは建前であり、本音では魔物への差別意識を抱いている。
人の気持ちはそう上手くコントロールできるものではない。が、内心どうあれ、とりあえず王が和平を持続する方針なら、それで問題は起こらない。
問題なのはその意識を表に出してしまう人達であり、互いへの差別意識から来るちょっとした争いは耐えることがない。
しかもここ数年はその件数も増えてきて、和平にヒビが入りかねない状況になってきていた。
そこで今回の政略結婚に至った、というわけだ。どれだけ効果があるかは、わからないけれど。
魔王子「俺、子供の頃に人間にちょっとした嫌な目に遭わされてさ」
姫「…そうでしたか」
彼と私は同年代だろうから、子供の頃というと終戦間もなく、まだ両者ともギスギスしていた時代。
彼の言う「ちょっとした嫌な目」というのは、その時代には珍しくなかったものだ。
魔王子「だから俺はさ、種族のことで嫌な目に遭わない世の中になればいいと思っている…つーか、俺がそういう世の中にしなきゃいけないんだけどね」
姫「ご立派です」
私がそう言うと彼は起き上がり、複雑な顔をした。
魔王子「…本当に納得してる?」
姫「何がです?」
魔王子「異種族に嫁入りすること」
姫「はい」
ここに来る前は、魔王の一人息子ということで不安はあった。
だけどそれは、厳格な人だったらどうしようという意味であり…
姫「種族なんて関係ありません」
魔王子「そう心から言える人、意外と少ないよ?」
姫「でも、これが本音ですから」
魔王子「そっか。この通りの俺だから色々苦労はかけると思うけど――」
魔王子は安心したように笑うと、照れくさそうに手を差し出した。
魔王子「夫として精一杯努めますので…宜しくお願いします」
姫「――こちらこそ」
私は彼の手を取った。
これが他の誰も知らない、私達の誓いとなった。
初恋、というものなら昔に経験した。それこそ子供の頃の話だ。
相手は、家族と行った小旅行で出会った男の子だった。その頃の自分は今程人見知りでもなく、その男の子とすぐ仲良くなったと思う。
確か、その男の子に花を貰った。それを押し花のしおりにして、使っていたと思う。
だけどその思い出は心残りではない。今ではその男の子の顔も思い出せないのだから。
神父「その健やかなるときも、病めるときも~…」
2人きりで誓いを立ててから数日後、結婚式は滞りなく行われた。
流石に結婚式の場となると両種族の間にギスギスした空気はなく、これなら問題なく終わりそうだ。
だけど私は、感じていた。
王「…」
勇者「…」
特別席で見ている2名の視線が、決して祝福するものではないことを。
それでも。
神父「誓いのキスを…」
私は、彼の妻になるのだ。
魔王子「い、いい?」
姫「えぇ…」
魔王子「それじゃ――」
姫「――」
目を瞑って視界が真っ暗な中、人々の歓声と、彼に触れた感触を感じた。
・
・
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魔王子「長かったー…」
式が終わり、正装から普段着に着替えた彼は早速ソファーでグッタリしていた。
こういう式典は好きではないのだろう、むしろ今までよくもっていた方だ。
姫「お疲れ様です。はい、お茶どうぞ」
魔王子「さんきゅ。かみさんが茶を淹れてくれたのは新婚の時だけだー…ってならなきゃいいなぁ」
姫「ふふ、あなた次第です」
魔王子「じゃ、頑張ったらグレードアップしてくれな」
そんな冗談のやりとりで気が安らぐ。
私は彼の横に腰を下ろし、