コナン「俺であって、俺じゃない」
「う……っそ、だろ」
「マジかよおい……」
何の冗談か、誰かのイタズラか。
目の前に俺がいる。
いや、……正確には。
工藤新一、が、いる。
ご丁寧に江戸川コナンである俺が着てるのと同じデザインの、工藤新一サイズのパジャマを着て。
そいつは目を丸くしながら俺を見つめていた。
いや、確かにな、こないだの蘭との電話で「身体が二つあったらな!」って言ったぜ?
だからって本当に二つになることねぇだろ?
自分の身体を確認してみると、……江戸川コナンのままだ。
「……さてはテメェキッドだろ」
ジロッと睨むと相手は「バーロ」と呟いて胡座をかき、頭をかいた。
「こっちはオメーが灰原か誰かの変装だって思いてぇんだけど。つーかさ、なんで工藤新一になってるんだ俺? なんで江戸川コナンが目の前にいるんだ? ワケわかんねぇよマジで」
「……。なぁ、本当に俺、なのか?」
「俺が聞きてぇ……。何なんだよこれ。どう論理的に解釈しようとしても出来ねぇ」
だいぶ前に発表した
ベルモット「一つだけゲームをしない? 脱出、ゲーム」 コナン「脱出ゲーム?」
の続きに当たる話です。
続きといいつつも読んでなくてもわかる内容にしたつもりですが、一応話題を引きずってる部分があるので
お時間のある方は読んでみていただけると「ああ、あの辺りね」ってなる感じかなと。
また、
「工藤新一は、消えろ」
とか
「灰原哀の、ひとりごと」
とか以前ぐだぐたと書いてたので、お時間のある方は読んでいただけると幸いです。
朝。
三連休の初日。
横には小五郎のおっちゃんが寝ている。
そして目の前には工藤新一、つまり俺。
「ほんっとーにキッドじゃねぇんだよな?」
「……疑うなら工藤新一なら知ってる事実を質問してみろ」
「じゃ、少年探偵団のメンバーをフルネームで」
「小嶋元太、円谷光彦、吉田歩美、灰原哀、そして江戸川コナン。あと、一応小林澄子先生も」
「蘭の母さんの名前は?」
「妃英理」
「俺の親父とお袋の名前は?」
「工藤優作、工藤有希子。旧姓、藤峰有希子」
「俺の誕生日は?」
「5月4日」
「…………嫌いな食べ物は?」
「レーズン」
「コーヒーは……」
そこまで尋ねて、せーの、で二人でハモった。
「ミルク砂糖無しブラック!」
だが、「うーん」と悩んでしまう。
「事前に調べてたらわかることばっかだしな」
「まだ疑ってんのかよ、さすが俺だな……」
俺は……あー、なんかややこしいな。……デカい俺はげんなりとした様子で額に手を当てた。
「なら決定的な話、してやるよ。俺が江戸川コナン、になった晩に蘭に聞いた言葉。好きな奴がいるって言うから新一って人の事だったりして、ってからかった時の蘭の回答は、……」
彼はそこまで言って、いきなり黙った。
「……この先、言った方がいいか?」
「いや、いい……」
互いに赤くなってしまう。
「くそ、あぁ恥ずかしい」
「テメェが勝手にしゃべり始めたんじゃねーか……」
「それ以外にキッドがぜってー調べようがない話が浮かばなかったんだよ、仕方ねぇだろ」
ともかく、だ。
コイツが蘭が変装してるんでもない限り、あの晩にそんな会話をしたのを知ってるのはやっぱり俺しかいないわけで、コイツが俺自身……工藤新一だってことは確からしい。
……となると、今ここにいるこの俺はなんだ?
いきなり変な不安が襲ってくる。
顔を曇らせていると、
「んな顔すんなよ、俺なんだから」
頭をポンポンと叩かれた。
「やめろよ、ガキじゃねーんだか……」
イラッとして相手の手を払おうとした時。
「お父さーん、コナンくーん、朝ご飯よー」
いきなり蘭の声が響いた。
ドキッとして二人で慌てる。
おっちゃんは深く眠ってるからまだ起きない。
俺は小声でデカい俺に言った。
「何とかして蘭を外に出すから、その間に自宅に」
「わかった、頼む」
それからドアに向けて声を出す。
「おはよう蘭姉ちゃん、今いくー!」
「……俺、傍から見るとこんな感じなわけか」
俺の作り声を聞いて、デカい俺がゲッソリとしていた。
「おじさん、まだ寝てるよ」
「もー。また深夜にお酒飲んだのね。ハイ、コナン君ご飯」
「えっと、蘭姉ちゃん、その……お願いがあるんだけど……」
「なぁに?」
「僕、ご飯じゃなくてパンが食べたいなぁ」
唐突な俺のワガママに蘭は目を白黒させた。
俺は冷や汗をかきながらもニコリと笑顔を作ってみる。
「お願い!」
「仕方ないなぁ、待ってて。買ってくるから」
……先日の事件から、蘭は俺に対して少し甘くなっているように感じた。
まああの日ほどのベタベタっぷりでは無くなったが。
蘭が出掛けていく。
彼女が階段を降り、ビルから離れたところでデカい俺を呼んだ。
なんだか不似合いなスーツを着ている。
「パジャマでうろつく訳に行かねぇからおっちゃんの服借りちまったぜ。後で返しに来る」
「了解。蘭は右の方に行ったから左回りで行けよ」
「わあった」
デカい俺が出て行き、俺は何故か安堵の息を漏らしてしまった。
そして静まり返っている部屋でポツンとしていると、やっぱりさっきのあれは夢だったんじゃねぇかと思う。
頬をギューッと引っ張ると、痛い。
「……駄目だ、やっぱりまったくもって理解出来ねぇ……頼む、醒めてくれこの夢……」
そうしてボーッとしているうちに、買い物を終えた蘭が帰ってくる。
「ただいまコナン君。ごめんね、今度からパンも用意するようにするね」
「ううん。ワガママ言ってごめんなさい、蘭姉ちゃん」
「あはは、いいよいいよ。今焼くから待ってて」
蘭がパンをトースターに入れたところでメールの着信音が鳴った。
蘭は携帯を取り出し、そして確認すると一瞬不思議そうな顔をしてから。その表情をパッと明るくした。
……テメェのやる事だからパターンなんてすぐ読める。どうせさっき出ていったアイツからのメールで、「今日帰るから」とかなんとか書いてあるんだろう。
あ、って事は工藤新一の方の携帯持って行きやがったなアイツ。
工藤新一の携帯は厳重に隠してあるのにそれをすんなり持ってった、って事はやっぱ……そういうことなの、か?
でもなぁ、うーん、うーん、うーん。
「コナン君! 新一ね、今夜来るって! こないだコナン君も話したがってたでしょ? 良かったね!」
「え……あ、えっと、やったー、新一兄ちゃんに会える嬉しいなあ!」
嬉しかねぇ。
またワケ分かんねぇ現実見ることになんのか。出来ればこのまま消えててくれたらすげぇ助かるんだけどな……。
それに、気掛かりなことが一つある。
そう思って嬉しそうな蘭の顔を見る。
……くそ、俺があっち側になりたかった。なんで俺は江戸川コナン側なんだよ……。
「蘭姉ちゃん……僕遊びに行ってくるね……」
すると蘭はぐったりした俺の様子に気づいたようで、さすがに喜びを抑えて俺の顔を覗きこんできた。
「大丈夫? 具合悪いんじゃないの? 出掛けないで寝てた方が」
「ううん! 何ともない! いってきまーす!!」
蘭の制止を振り切り、慌てて飛び出した。
行く先は博士の家。
「博士!!」
思い切りドアを開けて飛び込むと、
「よぅ……」
とうんざりした俺の顔に挨拶された。
俺も思わずうんざりする。
「……そりゃ来るよな」
「……だな」
ここに来る前に自宅へ寄っているようで、すでに借りていたおっちゃんのスーツから私服に着替えている。
そこへ奥から博士がやって来た。
「もうワシにもワケが分からんわい。元の姿の新一が来たと思ったら『分裂した!』とか騒いでおるしのう」
「そして今、江戸川君が現れたわけね」
灰原は雑誌を手にしながら椅子に座っている。
「ミステリーを通り越してファンタジーねこれじゃ。ま、どうせ誰かさんの変装でしょうけど」
それに対して声を上げようとしたら、デカい俺が先に口を出した。
「ちげーんだって灰原! 気持ちはわかるけど本当に俺だ、工藤新一なんだよ!」
灰原は呆れて視線を逸らした。
俺は腕組みして灰原に言う。
「有り得ねえからな、こんなの。オメーがそう思うのはわかるし、実際当事者の俺達ですら信じられねぇんだよ。……コイツは、本当に『俺』なんだ」
すると灰原は俺に向けて、言った。
「工藤君まで怪盗キッドの茶番に乗って遊んでるの? 下らないことには付き合いたくないんだけど」
「か、怪盗キッドじゃと? なんじゃ。そうじゃよなぁ、分裂なんてそんな、なあ」
どうしても信じてくれない二人に、俺達は顔を見合わせて頷く。
「博士。俺が初めて小さくなってから出会った晩のこと、覚えてますか?」
デカい俺が博士に問いかけた。
「おお、あの時は変な子供がおると思ってのう。危うく警察に突き出すところじゃったわい」
「そう。……あの日俺は、俺が小さくなった工藤新一だと証明する為に、貴方がレストラン・コロンボに行ったことを推理して当ててみせた」
「む、そうじゃったな。それで確かに新一君じゃと……」
「そして貴方は僕にこう言った。正体を誰にも明かすな、とね。それが知れればまた命を狙われ、周りの人間にも危害が及ぶ、と」
博士は一つ一つ頷いた。
灰原はまだ疑いの目でデカい俺を見ている。
「それでは博士。あの夜に起こったことで、『工藤新一』でないと答えられないはずの質問、を僕にして頂けませんか?」
「……」
博士は考え込み始めた。
あの夜の事を知ってる人間なんて博士と俺しかいない。
博士は思いついた、とばかりに顔を上げた。
「あの夜、新一の家にいたら誰か訪ねてきたな。誰か覚えておるか?」
そう言われて俺と俺は思い切りため息をついた。
デカい俺が、言う。
「あのさ博士。それ、工藤新一じゃなくても予想つくだろうから他の質問にしてくんねーか? 分かるだろ、灰原」
ええ。毛利探偵事務所の彼女でしょ」
二人で頷くと博士は困った顔をした。
「し、しかしあんまり精細に覚えとらんのじゃ。だいぶ前だからのう」
「なら私が質問してあげる」
灰原が前に出てくる。
彼女はじ、とデカい俺を睨み上げ。
そして、言った。
「私の本当の名前は?」
「……宮野、志保」
灰原はそれを聞いて頷くと、少しためらってから。次の言葉を口にした。
「じゃあ私の姉の名前は? そして、私の姉は今どうしてる?」
灰原の言葉に、今度はデカい俺の方がためらっている。
一呼吸置いてから、彼はようやく口を開いた。
「お姉さんは宮野明美さん。俺が明美さんを救えなかった事を、灰原、オメーに責められたな。……どうしてお姉ちゃんを助けてくれなかったの、って」
それを聞いて灰原は目を見開く。
そして俺を一瞥し、再びデカい俺に目を向けると不敵に微笑んだ。
「……どうやらこの二人の言ってること、本当みたいね」
博士はそれを聞いて目を丸くし、俺達二人を見比べる。
「しかし哀君、新一がキッドにその情報を予め教えておいたんじゃ」
「……いいえ」
灰原は、首を横に振る。
「工藤君なら、人をからかう為だけに友人のそんなデリケートな情報を、しかも犯罪者でありライバルである相手なんかに渡したりはしない。これは明らかに本人の持っている情報としか考えられないし、考えたくないわ」
「本当に悪い灰原……。証明の為とは言え嫌な話、思い出させちまって……」
デカ