【アルドノア・ゼロ】伊奈帆「君の番だ」スレイン「……」
――拘置所 戦後、アルドノアが地球で始動してから数ヶ月後
伊奈帆「チェスのルール位は知っているだろう」
スレイン「…………指す気にはならないな」
伊奈帆「そうかい」
スレイン「ましてや相手が界塚伊奈帆、君じゃあね」
伊奈帆「ふむ」
スレイン「…………」
伊奈帆「悪態をつく元気はあるようで良かった」
スレイン「…………」
伊奈帆「最近は、食事もきちんととっていると刑務官から聞いた。心境の変化でも?」
スレイン「…………君に言うのも癪なことではあるけど……」
伊奈帆「無理に言うことはない」
スレイン「………… ……僕が生きているのは、アセイラム姫の願いなんだろう」
伊奈帆「……ああ」
スレイン「多くの者を死に追いやり、誰も彼も騙して、その果てに…… ……死に場所まで失った」
伊奈帆「…………」
スレイン「姫のことを……正直恨みさえしそうになった。全部、身から出た錆だというのに」
伊奈帆「そう感じるのは間違いじゃないと思う。僕も君の立場なら、そう感じただろう」
スレイン「…………同情のつもりか」
伊奈帆「つもりじゃない、同情だ」
スレイン「死ぬより惨めだな」
伊奈帆「…………」
スレイン「殺してはくれないんだろう」
伊奈帆「もちろんだ」
スレイン「…………」
伊奈帆「…………」
スレイン「姫は……どうされている?」
伊奈帆「今はだいぶ忙しそうに、公務をこなしているようだ。アセイラム、女王陛下は」
スレイン「そうか、そうだったな…… クランカイン伯爵と婚姻して」
伊奈帆「地球に降下した火星騎士の残党の説得にも、良く取り組んで頂いている。おかげで、無用な争いもできるだけ起こらずにすんでいる」
スレイン「そうか…… ……姫には会ったのか」
伊奈帆「いや。面識があったと言っても、イレギュラーな事態で会えただけのことだから」
スレイン「…………」
伊奈帆「いまでは軍の一士官でしかない僕が、会える立場じゃない」
スレイン「……姫は、そんな会って確かめることもできないような君に、僕のことを頼んだのか」
伊奈帆「そうなる。あれは月基地で、彼女に最後に会った時のことだ。ろくに会話することもできなかったけど」
スレイン「そうか、あの時………… 君も基地に来ていたんだな」
伊奈帆「本当はデューカリオンに逃がすつもりだった。クランカイン伯爵が自分の船に誘導できたのは、いまとなっては最善の策だった」
スレイン「…………そうだな」
伊奈帆「…………」
スレイン「姫…… ……界塚伊奈帆、レムリナ姫のことは、知っているか」
伊奈帆「レムリナ…… レムリナ・ヴァース・エンヴァース?」
スレイン「ああ。……当時から酷いことをしていると思っていた。僕に残された、アルドノアドライブの起動因子を持つ姫」
伊奈帆「確か、連合軍に保護されている。火星と地球が和平を結んでからは、ヴァース帝国に戻っている。安全は保障されているだろう」
スレイン「……そうか。謝る機会も、もうないんだろうな」
伊奈帆「アセイラム姫の変わり身をしていたのは彼女か」
スレイン「……気づいていたのか」
伊奈帆「ん…… わずかな違いを僕のアナリティカルエンジンが捉えた。最初に確信を持っていたのは、僕しかいなかったかもしれない」
スレイン「最初に?」
伊奈帆「デューカリオンでセラムさんと一緒に過ごした人には、アセイラム姫が地球侵攻をするようには思えなかった」
スレイン「…………どうやら、そっちの人たちの方が、姫を正しく理解していたようだ」
伊奈帆「そんなことはない」
スレイン「え?」
伊奈帆「君がいた」
スレイン「…………」
伊奈帆「正しくは君と、エデルリッゾさんが」
スレイン「…………いや。僕は、姫のことを少しも分かっていなかった」
伊奈帆「…………」
スレイン「分かっていたら、いま、こんな所で君と話なんかしていなかっただろう」
伊奈帆「理解していなかったと?」
スレイン「そうだろう。戦争を拡大させるなんて、望んでいなかったんだから」
伊奈帆「その地球侵攻に対する僕の見解なんだけど」
スレイン「うん?」
伊奈帆「戦争のない世界にするというのを、実現しようとしていたんじゃないか」
スレイン「…………」
伊奈帆「どんな小さな紛争すら起きないように、新王国をつくろうとした」
スレイン「それも、その左目で解析したのか」
伊奈帆「いや。戦争が終わって、アナリティカルエンジンをはずしてからだ。考察したのは」
スレイン「なんでそんなことを」
伊奈帆「理解しなければならなかったから」
スレイン「理解?」
伊奈帆「君のことを」
スレイン「……本当に鼻につく」
伊奈帆「…………」
スレイン「……ハークライトのことなんかは分かるのか」
伊奈帆「ハークライト…… 戦後の報告で見た覚えがある。月面での最終戦闘で、僕の姉が交戦した」
スレイン「脱出の命令を聞かずに引き返した」
伊奈帆「……バルークルス伯爵と共に、デューカリオンに特攻した」
スレイン「…………そうか」
伊奈帆「…………」
スレイン「生きていれば…… いや、僕の側近だったからな。戦争犯罪人として極刑になるよりは、良かっただろうか」
伊奈帆「…………面会時間の制限が近い。今日はこれで失礼するよ」
スレイン「…………」
伊奈帆「じゃあ」
スレイン「また来る気か」
伊奈帆「そうだね」
スレイン「なぜ僕に会いに来る」
伊奈帆「言ったはずだけど」
スレイン「覚えがないな」
伊奈帆「セラムさんが言った。君を救ってくれと」
スレイン「ああ、こうして死ぬこともできず生きている」
伊奈帆「だから、まだだ」
スレイン「え?」
伊奈帆「君を救うまで。それまでを見届けなければ、彼女との約束を守れていない」
スレイン「…………は」
伊奈帆「?」
スレイン「界塚伊奈帆、君」
伊奈帆「なんだい」
スレイン「君さ、馬鹿だろ」
伊奈帆「…………」
スレイン「…………」
伊奈帆「友人にもよく言われるよ。なんでだろう」
スレイン「それがわからないからさ」
伊奈帆「意外と、僕のことは君の方が理解しているのかも」
スレイン「それはないな」
伊奈帆「ないか」
スレイン「ああ」
伊奈帆「じゃあ」
スレイン「…………」
スレイン「…………ポーンを前へ」
――拘置所 数ヶ月後
伊奈帆「ポーンが動いている」
スレイン「動かした」
伊奈帆「うん。じゃあこっちのポーンを前へ」
スレイン「…………」
伊奈帆「なにか?」
スレイン「その階級章。昇進したのか」
伊奈帆「ああ…… もともと、前の戦争で功績はあったんだ。戦後処理の一環みたいなものだ」
スレイン「処理は進んでいるのか」
伊奈帆「そうだね。復興支援とか、急務で即物的に終わる簡単なことなら、あと5年くらいで目処がつくだろう」
スレイン「5年? ……早いんだな、廃墟になっている土地も多いはずなのに」
伊奈帆「アルドノアドライブの恩恵によるところが大きいね。賠償問題になってくると、何十年かかるか分からない」
スレイン「戦争の裁判も長くなるな」
伊奈帆「君もまだしばらくは出られない」
スレイン「出る? アセイラム姫の暗殺計画から、戦争の原因までつくったことになっているんだろう」
伊奈帆「そう。本来なら極刑だし、公式発表はそうなっている」
スレイン「姫の温情で生きてはいるけど、そんな僕の拘留が解かれるわけがない」
伊奈帆「もちろん軍にはそんな予定はない」
スレイン「そうだろう」
伊奈帆「だけど、僕の予定では違う」
スレイン「なに?」
伊奈帆「5年では済まないだろうけど、君はいつかこの拘置所を出るようにするつもりだ」
スレイン「まさか、無理だろう」
伊奈帆「君が作ろうとした王国よりは難しくないだろう」
スレイン「…………」
伊奈帆「まず君は死亡していることになっている。スレイン・トロイヤードとしてではなく、別人としてなら出所できる可能性がある」
スレイン「そんなことを」
伊奈帆「もしくは軍務についてもらうという手段。戦争の後だからどこでも人員不足だ」
スレイン「僕に何をしろと」
伊奈帆「アルドノアの起動権を普遍化する研究が進んではいるけど、簡単な話じゃない。アルドノアドライブを利用していたような人材はいくらでも欲しいところだろう」
スレイン「加えて監視もしやすい、か」
伊奈帆「その面も間違ってはいないね。別人になるにしても軍の監視はつくはずだけど」
スレイン「…………」
伊奈帆「なに?」
スレイン「…………界塚伊奈帆、君は…… ……君は、未来を見ているのか」
伊奈帆「見ている? 見ようとしているじゃなく? 未来を見たことがあるような言い方だ」
スレイン「……ああ。未来を見ていた。タルシスの力で」
伊奈帆「あの機体か」
スレイン「タルシスで見たほとんどの未来は、その通りだった。外れたものもある。そして、見えていなかったものも」
伊奈帆「…………」
スレイン「見えてないものが多すぎた。その結果がこのざまだ」
伊奈帆「僕は未来を見ようとはしていない」
スレイン「じゃあどうして、僕がいつかここを出られるなどと言うんだ」
伊奈帆「そうなるようにと、できることをしている。いつも修正を繰り返している」
スレイン「…………ふ」
伊奈帆「何故笑う」
スレイン「僕があの時勝てなかった理由が、少しわかった気がするよ」
伊奈帆「僕にはよくわからないが」
スレイン「分かってたまるか。……ナイトを前に」
伊奈帆「ビショップを出そう」
スレイン「ポーンで取る」
伊奈帆「君とチェスができるとは、最初は思っていなかった」
スレイン「じゃあ何のために用意したんだ」
伊奈帆「気が紛れるかと思って。話すより楽だろう」
スレイン「そういうのが、鼻につくと言っているんだ」
伊奈帆「進んで良かった。終わらないかと思っていた」
スレイン「何年かけるつもりだったんだ」
伊奈帆「別に何年かかってもいいかなと」
スレイン「気の長い話だ」
伊奈帆「意外と、僕だけの話じゃない」
スレイン「うん?」
伊奈帆「手紙のやり取りで駒を指していくという人もいる」
スレイン「手紙? 手紙だって? オンラインですらなく」
伊奈帆「そう、同じ国の中ですら二日三日かけて一手を指していく」
スレイン「…………随分と」
伊奈帆「随分と?」
スレイン「いいものかもしれないな」
伊奈帆「気が長いのもいいと思う」
スレイン「……アセイラム女王は、どうされてる」
伊奈帆「火星は少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。アルドノア炉の始動式典には、できるだけ参列されている。映像で見る限りは、元気そうかな」
スレイン「なによりだ。……界塚伊奈帆。いずれ、謁見するつもりなんだろう」
伊奈帆「…………言った覚えはないんだけど」
スレイン「『考察』したんだよ。いずれ僕のことを伝えるつもりなんじゃないか」
伊奈帆「その通りだ。あの約束の後、彼女に何かを伝える手段が無いから、彼女は君の生死も知らない」
スレイン「公式では死亡した発表があるだろう」
伊奈帆「セラムさんが信じるかな」
スレイン「……君に託した約束の方を信じているだろう」
コメント一覧
-
- 2015年04月04日 23:38
- アセイラム姫をクランカインとくっつけたスタッフを俺は絶対に許さない
-
- 2015年04月04日 23:42
- 死亡扱いになってるしスレイン釈放はあり得ないだろ……
スレインなんかよりレムリナ姫の放置っぷりがヤバかった
-
- 2015年04月04日 23:51
- 伊奈帆とスレインの距離の縮め方や、会話の応酬が原作らしくて良かった。タイトルまで意識した綺麗な終わりに、スレインの未来を感じました。名作。アルドノアゼロのss初めて読んだけど、この作品がやっと終われた気がする……。
-
- 2015年04月04日 23:54
- 作者さんありがとう。
こんなに読んで良かったと思う補完SSは初めてだ。
-
- 2015年04月04日 23:55
- 作者に感謝、ありがとう
叶うなら、こんな後日談ovaを見てみたい
-
- 2015年04月04日 23:58
- 悪くない
スポンサードリンク
ウイークリーランキング
最新記事
アンテナサイト
新着コメント
QRコード
スポンサードリンク