岡崎泰葉「私は、アイドル」
子どもの頃から、ずっと芸能界で生きてきた。
だから、芸能界が華やかなだけの世界じゃないってわかってる。
前作
城ヶ崎美嘉「美嘉先輩のカリスマ★相談室」【岡崎泰葉編】
前作では泰葉、美嘉、そして彼女たちの担当プロデューサーに不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。
その償いにもならないとは思いますが、昔、他で書いた作品を投稿させていただきます。
SSというよりは小説であり、地の文が多くなりますが、この作品を書いていた頃はまだ泰葉にきちんと向き合えていたと思います。
前作のようなものを書いた人間の作品ではありますが、読んでいただければ幸いです。
1
芸能界に入った経緯については、もう覚えていない。それくらい小さい頃に、いつの間にか、芸能界に入っていた。
そう、入った頃……あの頃は、まだ、この仕事を楽しんでいたように思う。
芸能界が華やかなだけの世界だと思っていたあの時は、私もこの仕事を楽しんでいた。
その時は、演技じゃなく、心から、この仕事を楽しんでいた。
今ならわかる。あの時の私は、まさしく『理想的』だった、って。『大人が望む子ども』の、そのままの姿だった、って。
芸能界において、『子ども』の存在は貴重だ。芸能界という世界では、いつも『子ども』が不足している。いつでも『子ども』を求めている。
それはもちろん、視聴者が『子ども』を求めているからだ。
基本的に、人は『子ども』のことが好きだ。
純粋で、愛らしく、ちょっとだけ生意気な。
そんな『子どもらしい子ども』を求めている。
この世界に入った頃の私は、まさしく『それ』だった。
その結果、私は売れた。最初はモデルだったけれど、事務所の方針で、子役もやった。バラエティ番組や教育番組にも出たけれど、この『子役をやった』というのが、私がこうなってしまった原因だった。
幸か不幸か、どちらかはわからないけれど、私には役者の才能があった。演技の才能があった。それが拍車をかけて、私はさらに有名になって、人気が出て、TVにひっぱりだこの存在になった。
そこまでいくと、私も何となく『わかる』ようになっていった。
芸能界が華やかなだけの世界じゃない、って。
そのことに、気付いてしまっていた。
いわゆる『消えた子役』というのは、ここでやさぐれてしまった人のことを言うのだろう。
ちやほやされたことにあぐらをかいて、生意気になり過ぎてしまったり。
小さい頃から他の子どもとは比較にならないほどの経験を積んだからか、大人びて、ませてしまって、TVが求める『子ども』じゃなくなってしまったり。
そんな子どもの中でも精一杯『子供らしく』あろうとして、TVではその通り子供らしい笑顔を振りまいておいて、でも、ツメが甘かったり。
喫煙や、飲酒をしちゃったり。
その頃の私は、もう『大人びていた』と思う。自分で言うのもなんだけれど、私は、他の子どもとは比較にならないほどに『大人びていた』と思う。
芸能界が、視聴者が、世間が、何を、望んでいるのか。
それがわかる程度には、大人びていた。
そして、わかった上で、その『理想の子ども』を演じることができるだけの演技力が身についてしまっていた。
結果として、私は『理想的な子ども』としての地位を確立した。
芸能界において必要不可欠な子ども。その中でも最も『子どもらしい子ども』として。
ある時はモデルとして。ある時は子役として。
私は『子ども』になった。
『子ども』で在った。
……そして、そうやって芸能界の階段をどんどん駆け上がっていっていた、その頃。
私は、自分があることに気付いた。あることを、思ってしまった。
――どうして私は、こんなことをしているんだろう。
そう思うと、ダメだった。
もう、何もできる気がしなかった。
そんな私の不調に、事務所はすぐに気付き、適当な理由を付けて仕事を休ませた。
それまで私はTVの画面上だけでなく、芸能界の大人たちに対しても『子どもらしく』あった。
それだからか、私が仕事を休んでも、素直に心配してくれた。優しく納得してくれた。
もし私が生意気な子どもだったとすれば、私はすぐに干されることになってしまっていただろう。
また『我がまま』かと思われて、呆れられてしまっていただろう。
でも、私が『子どもらしく』あったが故に、私の休業は許されたのだ。
世間は『子ども』を求めている。それは芸能界の大人たちも例外ではない。大人たちも、私のことを『子ども』として見ていたのだ。
いくら華やかではないと言っても、芸能界の人間も、同じ人間だ。それなら、子どもには優しくても、『理想的な子ども』には優しくても、きっと、おかしくないだろう。
そうして私はTVに出ることがほとんどなくなった。どうしてか、モデルとしての仕事は続けさせられた。事務所にも何らかの考えがあるのだろう。でも、そんなことを考えても仕方ない。私は、大人の思うままに、大人が理想とする子どもでいるだけだ。
モデルを中心に、たまに、TVやドラマに。
それが、私。
岡崎泰葉。
そんな名前の、『子ども』だった。
……私が『彼』と出会ったのは、そんな頃のことだった。
2
その日は、久しぶりにTV出演の日だった。
私は既に十六歳になっていた。
そうなると昔とは求められる『子ども像』も変わっていたけれど、『理想的な十六歳』を演じる程度の演技力は備わっていたので問題なかった。
大人が言うままに、求められる姿を。やることは、いつもと同じだ。モデルの時も、子役の時も。やることは大して変わらない。求められる姿を演じるだけだ。
共演者は……といつものように読み上げられる。
もう知っているけれど。万が一知らない人が居たならば、その人について調べておかなければならない。
その人があまり有名でなくとも、いやむしろ、有名でない時の方が、『知っている』ということは非常に大きい。
業界での噂……まで調べることは私個人では難しいので知らないことも多いが、表面的なことだけでも、『知っている』ということは有益なのだ。
こういった姿勢は、ひょっとしたら『子どもらしくない』と思われるかもしれないが、私が演じているのは『礼儀正しい良い子』だ。
十六歳になってもなお昔の純粋さを保った少女。
真面目過ぎて空回りすることもあるような、普段はしっかりしている、そんな子ども。
だから、こういった姿勢を知られたとしても、私の名前が落ちることはない。私を応援してくれる人たちを幻滅させることはないし、迷惑をかけることはないのだ。
共演者の名前は、先日聞いたものと何の違いもなかった。サプライズで誰かが出てくる可能性もあるが、そういった人物は有名か、あるいは誰も知るはずのないような人物しか居ないと断言してもいいので問題ない。
共演者についてちょっとしたことを話される。
このマネージャーさんは、私の本性を知らない。
私の仕事がモデル中心になってきた頃に付いたマネージャーさんだ。
歳は二十代後半。
私に付いた頃はまだ新人で、今考えても、どうして彼女が私に付いたのかわからない。
あの頃は『何も知らないお姉さん』といった印象だったけれど、今はもうだいぶしっかりしている。
……と言っても、彼女から話された情報くらいなら、私も既に知っているのだけれど。
今なら彼女にぜんぶを任せてもいいと思える。
でも、それはつまり、私が今までそんなことをしていたと話すということ。
それは、できれば、避けたいのだ。
彼女には、私のことを『理想的な子ども』だと思い続けてほしい。彼女を幻滅させたくはないのだ。
そうして、撮影時間が迫る。共演者への挨拶などは既に済ませている。
『今日はよろしくお願いします』といった定型文にいくつかの装飾を加えた言葉。
それから少しの世間話。
何も難しくはない、本当に、ただの挨拶だ。
むしろ、久しぶりに会った人とは話せて嬉しいこともある。
中には苦手な人も居るけれど、だからと言って、することは変わらない。
私はただ子どもらしく。理想の子どもの演技をする。それだけだ。
収録は滞りなく終わった。
私を含めて色んな人物を集めて色々なことを話させるというバラエティ番組。
出演していたのは俳優や女優、芸人さん、アイドルなど。
どういう編集になるかはわからないが、顔ぶれを見る限り、ある程度の視聴率は確保するだろう。
収録が終わって、マネージャーさんを探すが、見当たらない。
きょろきょろと辺りを見回していると、スタッフさんが近付いてきて、彼女はトイレに行ったのだろうという旨を伝えられる。
わざわざトイレで離れると話したのかと訝しく思ったけれど、スタッフさん曰く、あからさまなほどにトイレを我慢している風だったから、だそうな。
……マネージャーさん、しっかり、していますか?
しかし、こうなると私がすることは一つに決まる。
マネージャーさんが来るまでは、今回の番組に関わったできるだけ多くの人に『お疲れ様』の旨を伝えていく。
スタッフさんにもそうだし、出演者にもそうだ。
その中にはもちろん、私が苦手な人も含まれている。
「いやぁ、やっぱり泰葉ちゃんは良かったよ。ドールハウス、だったっけ? あんな細かい作業ができるなんて、さすが業界に長くいるだけのことはある」
壮年の男性。芸能界ではまあまあの権力を持っている人。普段はとても気さくな良い人。
でも、一つだけ欠点があって、私はそこが、正直苦手だ。
「細かい作業、好きなんです。あと、業界に長くいることは、関係ないですよ」
「まあそうだね。俺は泰葉ちゃんより芸歴も長いけれど、あんな細かい作業はできない」
男性は言って、その視線をわざとらしく私の胸元や臀部を沿うようにして動かす。
「しかし、泰葉ちゃん。前に会った時よりも女らしくなったね。正直、イケるよ」
そう。彼の欠点、それはこのセクハラだ。
正直なところ、私は性的魅力といった点では同世代に比べても劣っていると思うのだけれど、彼は女と見れば誰であってもこのようなセクハラを仕掛けるのだ。
彼にとって、これはただの挨拶と同じだ。
それは理解しているのだが、それでも私は彼が苦手だ。
と言っても、苦手なだけで対応できないわけではない。
このような場合の対応ができないわけもない。
そもそも彼のものなんて、ひどい人と比べたらセクハラとも言えないようなものなのだ。
私は受けた経験もないが、そんなひどいセクハラが存在していることくらいは知っている。
この程度のものは、まったく問題ない。いつもはマネージャーさんが居るからマネージャーさんがあわあわしながら対応してくれるが、今は私がやるしかない。
いつも通りに、ちょっと困るような顔をして、恥ずかしがっているような顔をして。
そうすれば彼は満足してくれる。それを私は知っている。
さあ、表情を動かそう。
コメント一覧
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- 2015年04月16日 23:03
- 最初の言い訳の時点で読む気失せた
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- 2015年04月16日 23:29
- あのシリーズと同作者とはとても思えない良作だな
無理にギャグ書かずにこの路線で行った方が良いんじゃね?
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- 2015年04月16日 23:44
- またフリーダムな先輩・・・じゃないだと!
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- 2015年04月16日 23:53
- 文章上手いな
地の文ありって微妙な出来のが多いけど一気に読んでしまった
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