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にこ「もしもこの世界に、神様なんてものがいるなら」 前編


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1: SS速報 2015/03/18(水) 21:53:00.19 ID:UnZZQSru.net

それはなんと気紛れで、意地悪な存在なんだろう──

これは、μ'sが矢澤にこの「バックダンサー」になるまでの物語。
メンバーを大切に思ってるはずのにこが、どうして妹たちにバックダンサーなんて教えてたのか自分なりに考えてみました。

以下注意
設定はアニメ準拠
SID設定はにこのみ中途半端に踏襲(全部踏襲すると虎太郎が時空を超えてしまう)
地の文はないが独白あり
にこの過去話になるので暗い部分もあります

最後までお付き合いいただけたら幸いです。





5: SS速報 2015/03/18(水) 22:09:52.05 ID:UnZZQSru.net

もしもこの世界に、神様なんてものがいるなら。

それはなんと気紛れで、意地悪な存在なんだろう──

そう思いながら、私、矢澤にこは一人道を歩く。

数ヶ月前に16歳になったばかりの女子高生が至るには悲観しすぎな気がするその考えも。

今の自分の状況を見れば仕方ないと誰もが思うだろう。

目の前で何度もチャンスを逃しながら、足掻いて足掻いて……

やっと自力で掴んだ、物心ついた時からの夢の欠片を、たったの半年で失ってしまったのだから。

にこ「どーしたものかしらね……ほんとに」

─そんなに、本気でスクールアイドルやりたいんだったら……─


にこ「……っ」

ほんの1時間前に言われた言葉に、胸が痛む。

にこ「そりゃ、私だってそうできてたら、どんなに良かったか……」

そう呟きながら私は自宅のドアを眺め、息を吸い、心を整えるのだった。




7: SS速報 2015/03/18(水) 22:20:55.28 ID:UnZZQSru.net

にこ「にっこにっこにー!スーパーアイドル矢澤にこにー、ただいま帰りましたー!」

こころ「お姉さま!お帰りなさい!」

ここあ「お帰りお姉ちゃん!」

にこ「ただいまー!二人とも良い子にしてた?」

こころ「してました!」

ここあ「してたしてた!」


……ああ、なんで神様は意地悪なんだろう。神様に仕えるはずの天使たちは、こんなに素直で可愛いっていうのに……


ここあ「あれ?虎太郎は?」

こころ「まさかお姉さま、お迎えを忘れて帰ってきちゃったんじゃ……」

にこ「このにこにーがそんな失敗するわけないでしょ?今日はちょっと早く帰ってきたから、一度帰ってからお迎えに行くことにしたのよ」

ここあ「そういえばまだ時間早いね」

こころ「今日は、アイドルの練習はなかったのですか?」

にこ「アイドルね……そのことなんだけど、私、一人に……」


思わず、本当のことを言いそうになってしまった。




8: SS速報 2015/03/18(水) 22:38:23.88 ID:UnZZQSru.net

~2時間前、アイドル研究部部室~

にこ「……どういうことよ、これ」

部員1「……そういうことだよ」


……机に置かれた、2枚の封筒。

そこには、はっきりと「退部届」と書かれていた。


にこ「どうしてよ!?私達のことを知ってくれてる人も、少しずつ増えてきてるっていうのに!」

部員2「私達じゃなくて……私、でしょ?ステージに立ってて気づかないわけない……人気なのは、にこだけだよ」

部員1「私、言われたよ。あなた、矢澤さんのバックダンサーなの?って」

にこ「だってそれは……私は、少しだけど小さい頃からこういう練習をしてきた!だから今は差があるように見えるだけ……このまま練習を続ければ、いつかは……」

部員1「いつかって、いつなの?それに、そんなの無理だよ……練習を続けたって、私達はにこに一生追いつけない……誰より真剣なんだもの、にこは」

部員2「ごめんね、にこが悪いんじゃないのはわかってる……けど私達もう、ついていけないよ……」




10: SS速報 2015/03/18(水) 22:45:37.73 ID:UnZZQSru.net

にこ「だって、あなたたちまでいなくなっちゃったら、私はどうやってアイドルに……」

部員1「そもそも、私達は高校時代の部活動としてスクールアイドルがやりたかっただけ……にこみたいに、真剣にアイドル目指してるわけじゃない」

部員2「そんなに、本気でスクールアイドルやりたいんだったら……」


彼女が、私の事情を知っていたわけではない。だからそれは、何の悪気もない一言だったのだろう。それでも──


部員2「UTXに、行けばよかったのに」


──その一言で、私の時間は……止まってしまった。




13: SS速報 2015/03/18(水) 23:00:02.08 ID:UnZZQSru.net

次に時間が動き始めた時、私が最初に認識したのは、痺れるような右手の痛みだった。

自分が何をしてしまったのか、思い知らせるように熱を持つ右の手の平と裏腹に、私は自分の頭が……心が、どんどん冷たくなっていくのを感じていた。


部員1「さいってー」

にこ「……アンタ達に、何が分かるっていうのよ」

部員1「分からないから、こうなったんでしょ」

にこ「……」

部員1「アイドルやりたいんだったら、一人ででもなんでもステージに立ちなよ。それじゃ」


もう一人を庇うように出ていった彼女を見送った後も、その一言は私の頭を回り続けた。

──そんなに、本気でスクールアイドルやりたいんだったら──

──UTXに、行けばよかったのに──


にこ「……ま、そりゃそーよね」

にこ「本気でアイドルやりたいんだったら、こんな学校で細々とスクールアイドル奴なんていないわよね」

にこ「あーあ、真剣になっちゃって、バカみたい……」

にこ「真剣になって、何が悪いってのよ……」


やっぱり、涙は……出なかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~




14: SS速報 2015/03/18(水) 23:01:13.04 ID:UnZZQSru.net

>>13訂正
にこ「本気でアイドルやりたいんだったら、こんな学校で細々とスクールアイドルやってる奴なんていないわよね」




15: SS速報 2015/03/18(水) 23:17:03.51 ID:UnZZQSru.net

にこ「私、一人に……」


そこまで言って、ふとこころとここあが不安そうな顔をしているのに気がついた。

いけない、この子たちを悲しませちゃダメだわ。この子たちの前では、私はスーパーアイドルにこにーでなくちゃいけない……


にこ「実はね、にこにーがとーっても凄すぎて、もう一人でステージに立ったら?って言われちゃったニコ!」

にこ「にこにーったら罪なオ・ン・ナ♪」

にこ「けどね、それじゃ皆が可哀想だから、皆をにこにーのバックダンサーにしてあげたニコ!」

にこ「皆はバックダンサーだから、まだまだ練習しなくちゃだけど」

にこ「にこにーはスーパーアイドルだから、練習なんてしなくてもいいニコ!」

こころ「そうだったんですね!流石お姉さまです!」

ここあ「私は知ってたぜ!お姉ちゃんが凄いってこと!」

にこ「さ、じゃあ虎太郎のお迎えに行くわよ!二人も来るわよね?」

こころ「行きます!」

ここあ「行く行くー!」




18: SS速報 2015/03/18(水) 23:26:49.47 ID:UnZZQSru.net

……どうしてこうなっちゃったんだろ。

あの子が私の事情を知らないことなんて、冷静に考えれば分かることだったのに……

だってそれは、私が意図的に隠してきたことだったんだから。

お金がなくて、UTXに行けませんでした、だから仕方なくここでスクールアイドルやってますなんて……言えるわけないでしょ。

それとも、仲間を信じて打ち明けてしまった方が良かったんだろうか?

全ては、私が皆を信じ切れなかったために起こってしまったこと?

何だ、神様のせいなんかじゃない──

──最初から、悪いのは私だったんだ……




20: SS速報 2015/03/18(水) 23:48:35.10 ID:UnZZQSru.net

~5月、矢澤家~

にこママ「じゃあにこ、後は頼んだわ。いつもごめんね」

にこ「ううん、ママ。行ってらっしゃい」

虎太郎「いってきま~す」

にこ「虎太郎も行ってらっしゃい!」


虎太郎を保育園に預けた後仕事に向かうママを見送って、私はこころとここあに向き合う。


にこ「さぁ二人とも!準備はいい?ハンカチとティッシュは持った?」

こころ「もちろんです!」

ここあ「バッチリだぜ!」

にこ「よろしい!行き帰りに知らない人から声をかけられたらどうする?せーの!」

こころあ「「すみません、今プライベートなんで」」

にこ「完璧よ!それでこそにこの妹達だわ!今日の虎太郎お迎え当番はどっち?」

ここあ「あたしだよー!」

にこ「任せたわよ」

ここあ「任せてお姉ちゃん!」

こころ「ほらここあ、そろそろ行かないと」

にこ「もうそんな時間かしら。それじゃ二人とも、行ってらっしゃい!」


2年生になった私は……正直、アイドルへの情熱を完全に失ってしまっていた。

あれ以来、一人でライブをやろうとしたり、新しい部員を勧誘しようとしたけれど、どれも上手くいかなかった。

一人でできることには限界があったし……何より、あの子達との別れ方がよくなかったみたいで、私の学校での印象はあまりいいものではなくなっていた。

一応、アイドル研究部には初代部長という形で所属してはいるけれど、余った部屋をあてがわれた部室には、活動の形跡は一切残っていなかった。

部室は今や、学校に話す人がいなくなった私のパーソナルスペースとなっている。

このままの、冴えないくすんだ枯葉色の日々を過ごしながら、卒業するんだろう……そう思っていた矢先に、事件は起こった。






34: SS速報 2015/03/20(金) 23:10:15.99 ID:ZD05JYjx.net

にこ「お願いがある?どうしたの、急に」

ここあ「あのね、お姉ちゃん……私達、お姉ちゃんの写真が欲しい!」

にこ「写真?そんなもの、いくらでもあるでしょう」

こころ「そうじゃなくてね、あの……お姉さまが、アイドルをやってる写真が欲しいの!」

にこ「……!」


……私は、妹達の前ではアイドルであり続けた。壊れた自分の夢の代わりに……あの子達の夢だけは、壊したくなかった。

ママはとっくに、私がおかれた状況に気づいているんだろう。それこそ……子供の時から。

隠し通せてるなんて思っていた自分が馬鹿らしい。きっとママは、全てを知ってる……私がアイドルを諦めた、その理由も。

親にとって、それがどんなに辛いことか、想像もできない。ママは、何も悪くないのに。悪いのは全部……私なのに。


ここあ「お姉ちゃんには、大人のファンもいっぱいいてライブはいつも大盛り上がりで、小さな私達は危ないからまだダメ、って言われてるけど」


こころ「見てみたいんです!お姉さまがアイドルとして、皆を笑顔にしているところを!」

にこ「そっかー、写真かー。けどねー、にこにーは大人気アイドルだからね!写真だって、そんなに簡単に手に入らないのよ?」

こころ「……ダメ、ですか?」

にこ「……ダメなわけ、ないでしょ!最っ高の一枚をプレゼントしてあげるわ!」

ここあ「やったぁ!」

こころ「楽しみにしてます!」


……さて、どうしましょう。




35: SS速報 2015/03/20(金) 23:11:20.27 ID:ZD05JYjx.net

その週の週末、私は……二度と入ることはないと思っていたアイドルショップにいた。

当然、私がアイドルをやっている写真などないのだから、作るしかない。

幸い自分のベストショットを探してポーズを撮りまくっていた時期があるから、私の方の素材は問題ない。

あとは、適当なアイドルの写真のセンターに私を合成すればいい。

……こんなことが、いつまでも続けられるはずがないのに。そう思いながら店内を一通り見て回り、私は愕然とした。


にこ「……これはちょっと誤算だったわね」


いかにマイナーなアイドルと言えど、センターはそれなりに魅力のある女の子だ。

そしてそんな女の子は基本的に……ボンキュッボーンな体型で、背も高い。

いくらなんでも、体型が違ったらあの子達も気づいてしまうだろう。

春の測定でも1mmも成長していなかった胸を恨めしく思いながら、もう一度隈なく店内を回って、私はついに発見した。


にこ「……何の皮肉なのよ、これ」


『人気沸騰中!スクールアイドル特集!』店の隅に小さく掲げられたそのポップの下には、全国で人気のスクールアイドルの写真が売られていた。

そしてその中のグループの一つの、センターの女の子。私と同じくらい小柄なその女の子は……

全国ナンバーワンスクールアイドル、A-RISEの5代目センター……綺羅ツバサだった。




36: SS速報 2015/03/20(金) 23:23:03.39 ID:ZD05JYjx.net

にこ「はぁ……何をやってるのかしら、私」


結局他に使えそうな写真は見つからず、私はA-RISEのセンターを自分に変えた写真を二人にプレゼントすることになった。


ここあ「すっごーい!お姉ちゃんありがとう!」

こころ「このお二人が、お姉さまのバックダンサーなのですね?」

にこ「え、ええそうよ。けど二人とも、それを他の人に見せたりなんかしちゃダメよ?それは二人しか持ってない、スペシャルな写真なんだから!」

ここあ「わかったー!」

こころ「大切に飾っておきます!」


ママが、あの二人の机に大切に飾られた写真に気づくのはいつだろうか。

それを見つけた時……何を思うだろうか。

二人の夢を守って上げられた安堵感、他人の努力を自分のものにしてしまった罪悪感、そして自分に対する無力感……

それらがごちゃまぜになった気持ちのまま、私は一人自室で溜息を吐くのだった。




37: SS速報 2015/03/20(金) 23:42:27.91 ID:ZD05JYjx.net

にこ「A-RISEの新メンバー選抜ね……もう、そんな時期だったのね」


去年までは会場にまで詰め掛けて見ていたのに、今年は存在すら忘れていた。


にこ「けど、去年の選抜にこんな娘達いたかしら……参加者は、隅から隅までチェックしたはずだけれど」

にこ「……って、2年生!?全員が!?嘘でしょ!?」

にこ「それなら納得だわ……1年生から選抜に参加する生徒なんていないもの」

にこ「それにしても、そんなことってあるわけ……?A-RISEのオーディションよ?3年生だって、ほとんど全員参加してたはずなのに……」


同い年の生徒が、A-RISEのメンバー。その事実に、私は劣等感よりも先に期待を抱いてしまった。

UTXの芸能科3年生を全員抑えて頂点の座を勝ち取ったこの3人のパフォーマンスを、見たくなってしまった。

家にあるパソコンでスクールアイドルの公式ページを開き、A-RISEのプロモーションページに飛ぶ。

新メンバーになってからのPVを一通りチェックした私は……

使い道も見つからないまま貯まっていたお小遣いを掴むと、近くのアイドルショップへと駆け出していた。




38: SS速報 2015/03/21(土) 00:19:20.45 ID:ltyubRl1.net

~9月・アイドル研究部部室~

にこ「ふっふふ~ん♪」


新学期の初日、私は大量の荷物を持って登校すると、真っ先に部室へと向かっていた。

夏休みの間、地道にバイトとショップ巡りを繰り返して手に入れた戦利品達を飾るためだ。

こっちにはA-RISEのライブ限定タペストリー、あっちには最近実力を発揮してきてる隣の県のスクールアイドルのポスター。

ガラガラだった棚の上には、CDやDVDをずらっと並べた。そして、その中心には。


にこ「手に入って、ほんとによかったわ……」


『伝説のアイドル伝説』。各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVD-BOX。

これが8月に発売されると発表された時には、ネット上では大変な騒ぎになったものだった。

各地で予約終了・売り切れが相次ぐ中、私は何とかこのDVDを3セット確保することができた。




40: SS速報 2015/03/21(土) 00:35:04.36 ID:ltyubRl1.net

保存用・観賞用・布教用。アイドルファンの基本である。

その内、学校に持ってきたのは観賞用と布教用。それらを棚に飾ると、私は悦に浸る。

これを手に入れるために、随分無理をした……というか、ズルをした。

せめて溜めてたお小遣いを少しでも残していれば……と思う一方、それを無意味な後悔だということもわかっている。

今世代のA-RISEと出会わなければ、私がアイドルファンに戻ることも、私がこのDVDを手に入れることもなかっただろうから。

それに、私は一人だ。だから、このズルがばれることはない。

このズルを知っているのは。

私と……気紛れで意地悪な、神様だけなんだから。




46: SS速報 2015/03/21(土) 21:47:05.11 ID:ltyubRl1.net

~10月・アイドル研究部部室~

「こんにちはー、アイドル研究部さーん?」


突然、ノックとともにドアの外からそんな声がかけられた。……来客?こんなところに?

この部室に用があるやつなんていないはずだけど……と訝しみながらドアを開ける。


来客「アイドル研究部の部長さん?」

にこ「そうだけど……アンタどなた?」


少し不機嫌になりながら私がそう聞くと、そいつは少し驚いたような顔をした。

……何よ、その私がアンタのことを知ってて当然みたいな反応は。こっちはアンタのことなんて一度も……あ。


にこ「……ああ、副会長か」

副会長「今学期から生徒会副会長に任命されました。以後、お見知りおきを」


そういえば先月、生徒会の交代なんてものがあったっけ。いかにも真面目です、みたいな顔した生徒会長しか印象になかったわ。


にこ「……で、その副会長さんがこの部室に何の用なわけ?」

副会長「半年分の活動報告と来年度の予算申請の受け取りに」

にこ「ああ忘れてたわ、今日が期限だっけ。わざわざ取りに来させて悪いわね、今書いちゃうからそこに座って待っててくれる?」


予算申請ねぇ。どうせ最低額しか出ないし、最低額しか申請しないわよ……今年の予算だって結局1円も使って……

引き出しの中の部費を入れた封筒に手を伸ばし、しかし私はそこでフリーズする。

ああ……どうしよう、忘れてた。バイト代が入ったらすぐに返すつもりだったのに……!




47: SS速報 2015/03/21(土) 22:57:39.59 ID:ltyubRl1.net

副会長「……部長さん?」

にこ「……なんでもない、なんでもないわよ……あはは」


……何とかして、誤魔化すしかない。とりあえず、書類は書き始めないと怪しまれる……!

引き出しから封筒と書類一式を取り出し、机の上に置く。

鞄から筆記用具を出し、書類の一枚を自分の近くに引き寄せた時、紙切れが一枚副会長の足元に落ちた。


にこ「あ、悪いわね」

副会長「いいえ、お構いなく。それより……」


紙切れを拾った副会長が、それをこちらに向けてくる。


副会長「これ、説明して、もらえる?」


-------------------------------------
領収書

伝説のアイドル伝説 DVD-BOX \-----

音ノ木坂学院 アイドル研究部 様
-------------------------------------

……レシート、そのままになってたのね。




48: SS速報 2015/03/21(土) 23:18:05.03 ID:ltyubRl1.net

……早い話が、私は3セットある伝説のアイドル伝説の内、1セットを買うのに部費を使っていたのだった。

いくら夏休みにバイトをしていたとはいえ、高校生が一月に用意できる額など、そう多くはない。

ましてやDVD-BOXを3枚など、用意できる額ではなかったのだ。

もちろんそのままにしておくつもりなどなく、バイト代が入ったら戻しておくつもりだった。

……まぁ、それを忘れてちゃ言い訳にもならないけど。


にこ「それは……びびび、備品よ!」

副会長「備品?」

にこ「そうよ!ウチはアイドル研究部なんだから、アイドルの研究資料を部費で買ってたっておかしくないでしょ!?」

副会長「……なるほどなぁ……」

にこ「何よ、何か文句あるわけ!?」

副会長「……部長さん。悪いけどお名前、教えてもらえる?」


……あ、これ、もしかしてマズい……?




50: SS速報 2015/03/21(土) 23:44:15.35 ID:ltyubRl1.net

にこ「……いいわ、よく聞いてなさい!私はね!」


そこまで言うと、私は息を吸い込んだ。


にこ「にっこにっこにー♪あなたのハートににこにこにー♪笑顔届ける矢澤にこにこー♪にこにーって覚えてらぶにこっ♪」


やけっぱちで繰り出した私のキメ台詞に、今度は副会長がフリーズする番だった。


副会長「……」

にこ「……」


部室には、世界全体が止まってしまったかのような沈黙が訪れていた。

永遠にも感じられるその沈黙の中、私は最後のポーズを決めたまま考えていた。

ああ、これを妹達以外に見せるのって、いつ以来かしら……?

……沈黙は、まだ終わってくれない。






51: SS速報 2015/03/22(日) 00:12:13.03 ID:p1ADzZMJ.net

副会長「……あんな、書類を作るのに必要だから、名前を教えて、ってことなんやけど……クッ、フフ……」

副会長「アカン、なんやこの子、面白すぎる……!フ、フフフ、アハハハ……」

にこ「ちょっと、何がおかしいのよ!」

副会長「ごめんごめん、今のは部長さんの持ちネタなん?」

にこ「持ちネタって……失礼ね!キャラよ、キャラ!アイドルに大切なのはキャラ作りなんだから!」

副会長「そうやんなぁ、アイドル研究部やもんなぁ?ああ、面白……」

にこ「……」

副会長「あーあ、真面目な副会長になりきっとったのに崩されてしもた……やるなぁ、部長さん?」

にこ「……そりゃどうも。アンタも大概じゃない、関西弁?」

副会長「そんなところやね……えっと、お名前何やったっけ、矢澤にこにこさん?」


にこ「……にこ。矢澤にこ、よ」

副会長「矢澤にこさん、っと……じゃあ、これに必要事項書いてもらえる?」

にこ「何よこれ」

副会長「備品購入届。幸いレシートはあるから、それを貼って提出すれば備品で通るよ」

にこ「……え?」

副会長「備品なんやろ?そのDVD」

にこ「え、ええそうよ!備品よ備品!届け出ればいいのね!楽勝だわ!」


……あれ、もしかして助かった?




52: SS速報 2015/03/22(日) 00:27:39.57 ID:p1ADzZMJ.net

にこ「……書けたわ」

副会長「はい、お疲れさん。あんな、ウチ、決めたよ」

にこ「……何を?」

副会長「ウチは、部長さんと友達になる!」

にこ「はぁ!?何勝手なこと言ってるのよアンタ……!」

副会長「あれ?そんなこと言っていいん?この書類が通るかどうかは、ウチの一声で決まるんよ?」


そう言って、備品購入届を私の目の前でひらひらさせる副会長。


にこ「何よ、私を脅すつもり!?」

副会長「ふふ、冗談や……逃す手なんかないやろ?こんな面白い子」

にこ「……好きにしなさい」

副会長「じゃあ、そうさせてもらうわ」

にこ「ったく……で、アンタは?」

副会長「え?」

にこ「え?じゃないでしょ。名前よ名前、アンタの名前は?」

副会長「ああ、そうやね。ウチは希……東條希」

にこ「希、ね……覚えとくわ」

希「部長さんは、矢澤にこさんだから……にこっち、やね?」

にこ「はぁ!?アンタ聞いてなかったの?にこにーって覚えてらぶにこっ♪よ!」

希「うんうん、よろしくな、にこっち♪」

にこ「聞きなさいよ!」




53: SS速報 2015/03/22(日) 00:35:06.85 ID:p1ADzZMJ.net

希「ん、もうこんな時間か……じゃ、書類は確かに預かりました」

にこ「ああ、そういえばそういう用事だったわね……衝撃的すぎて忘れてたわ」

希「またアイドルの話聞かせてな、にこっち!」

にこ「頑なにその呼び方なのね……いいからさっさと行きなさい」

希「ほな~♪」バタン

にこ「……何だったのよ、あいつ……」


-----------------------------------------


希「ふふっ、あんな面白い子がおったなんて……」

希「『運命の輪』。今日の占いは、大当たりやね♪」




59: SS速報 2015/03/22(日) 19:34:03.73 ID:p1ADzZMJ.net

~翌日~


にこ「……ねぇ、希」

希「んー?」

にこ「なんでアンタ、ここにいるわけ?」

希「お昼休みやから」

にこ「そういうことじゃなくて、なんでここでご飯食べてるのよ!ここ部室なんだけど!?」

希「いやな、昨日の出会いがあまりに衝撃的すぎて忘れとったんやよ、連絡を」

にこ「連絡?」

希「部活動の予算会議、今週末の放課後。出席してな」

にこ「……ああ、了解。……で、それ言うためだけにお昼まで広げに来たわけ?」

希「生徒会長がな、予算会議の資料の確認が忙しいからお昼は生徒会室で食べるって……」

にこ「いや、手伝いなさいよ……」

希「自分でやるからって聞かへんもん……あー、寂し」

にこ「だからって何でここなのよ……アンタ、他に友達いないの?」

希「せっかく友達になったんやしいい機会やもん」

にこ「……あっそ」




60: SS速報 2015/03/22(日) 21:17:49.82 ID:p1ADzZMJ.net

希「なぁ、にこっち」

にこ「ん?」

希「にこっちは、どうして……」

希「……にこっちはどうして、同じDVDを二つ持ってるん?」

にこ「わかってないわね希、保存用・観賞用・布教用よ。家にもう1セットあるわ」

希「布教用なん?ウチにも布教してほしいなぁ」

にこ「ダメよ、これは部の備品なんだから。部員限定よ」

希「じゃあこっちは?」

にこ「そっちは保存用、開けることはないわ」

希「えー、ケチー」

にこ「私にもこだわりってものがあるのよ。さ、教室に戻るから出ていきなさい」

希「はいはーい」


-----------------------------------------


にこ「私の教室、ここだから。じゃあね」

希「ん、ほなな」

希「……」

希「……聞けるわけ、ないやんな……」

希「にこっちは、どうして……」

希「……どうして、一人なん……?」




63: SS速報 2015/03/23(月) 21:20:12.39 ID:jFY5ayjd.net

~金曜日・予算会議~

会長「弓道部は、一年生の好成績から来年度こそ入賞を狙う意気込みであり、それに伴う備品の強化を希望して……」

にこ(……退屈ねぇ)


各部の申請額とその理由を淡々と読み上げ、予算配分を発表する生徒会長を見ながら、私はそんなことを思う。

なんて言うか、氷の女王みたいよね……整った顔と綺麗な髪してるのに、そんな真面目な顔ばっかりじゃもったいないわ。

教えてあげるからにっこにっこにーってしてみなさいよ。あなたが笑えば、男だけじゃなくて女の子だって魅了できるわよ……

そんなとりとめのないことを考えつつ、生徒会長の隣で働く希に目をやってみる。

次に使う資料を用意しつつ、質問が出ればその回答に必要な資料を選んで渡す。

会長が目を引く存在なのもあるだろうが、目立たないながら優秀なサポート役なのが見て分かる。

……へぇ、普段はあんななのに、なかなかやるんじゃない……


会長「次、アイドル研究部」


どうやらアイドル研究部の番が来たようだ。とはいえ、最低額しか申請してないんだし、減りようもモメようもないけれど。


会長「アイドル研究部には今年度特に実績はなく、予算申請も人数に合わせた最低額です。よって、このまま承認とします。何か意見がある方は挙手をお願いします」


このまま何事もなく、アイドル研究部の予算は承認される。

……そう確信していた私は、会長の言葉を聞くまでそれに気づかなかった。


会長「吹奏楽部部長、どうぞ」

吹奏楽部「ありがとうございます。アイドル研究部に関してですが、部員も一人で特に活動した様子もない部活に部室と予算が与えられるのは、現状どちらも足りていない吹奏楽部としては納得がいきません」

吹奏楽部「このまま来年度も同じ状況が続くのであれば、そのような部活に存在意義はないかと思います」

吹奏楽部「よって、アイドル研究部の……廃部案を、提案します」




64: SS速報 2015/03/23(月) 21:50:46.37 ID:jFY5ayjd.net

にこ「なっ……!」

会長「……アイドル研究部部長、この件について説明をお願いします」


私は立ち上がり、反論しようとする。


にこ「私はっ!」

にこ「……私、は……!」


けれど、続く言葉が出てこない。説明できることなんて……ない。


会長「……もう結構です、座ってください」

にこ「……っ!」

会長「他に、この案に関して意見のある方は挙手をお願いします」

会長「いないようでしたら、このまま決議に……」

生徒会役員「あ、あの、会長……」

会長「何?」

生徒会役員「挙手が、あります」


彼女がその挙手に気づかなかったのは、それを想定していなかったから……で、ある以上に。

挙手の主が、彼女から見て視界に入りづらい位置に居たのが原因だろう。

何せ、その位置は……彼女の真横なのだから。


にこ「……希……?」




65: SS速報 2015/03/23(月) 23:18:34.49 ID:jFY5ayjd.net

会長「希!どうして……!」

希「あかんでー会長、公私混同は。東條副会長、やろ?」

会長「っ……!東條副会長、どうぞ」

希「私は、アイドル研究部の廃部案に反対します」

希「その理由は、3つ」

希「まず、音ノ木坂学院の校則では、部活動を設立する際には5人の生徒が必要ですが、設立された部活に対して人数の下限はありません」

希「よって、アイドル研究部が一人であることは、廃部の理由にはなりません」

希「次に活動実績がない、というお話ですが」

希「アイドル研究部の活動内容の一つ、『アイドルに関する研究活動』については……」

希「個人的な意見になりますが、備品として資料を購入するなど、十分な活動を行っていると判断します」

希「そして最後に、もう一つの活動内容……『スクールアイドル活動』ですが」

希「部長である矢澤さんは……去年1年」

希「スクールアイドル活動を、行っています」




66: SS速報 2015/03/23(月) 23:50:40.46 ID:jFY5ayjd.net

……待ってよ。どうして希が……どうして希が、それを知ってるの?


希「去年設立されたアイドル研究部は、始めは規定通り5人の部員がいました」

希「そして、そのメンバーでスクールアイドル活動を行っていた……これは、記録が残っています」

希「5月に行ったファーストライブの後、2人が退部」

希「そのまま3人での活動を続けていましたが……去年の10月に残りの2人が退部、矢澤さんが残った形になります」

希「その後、一度だけ一人で行ったライブを最後に活動を休止、今に至ります」

希「スクールアイドルは、複数人での活動が基本です」

希「この状況から推測すると、矢澤さんが現在スクールアイドル活動を行っていないのは……部員が一人だから、でしょう」

希「つまり、来年度に部員が増えれば……アイドル研究部は、スクールアイドル活動を再開できるはずです」

吹奏楽部「……もし部員が、増えなかったら?」

希「その時は、それでおしまい。元々一人の部活ですから、矢澤さんの卒業と同時に廃部、という形になるでしょう」

吹奏楽部「……」

希「現状、活動したくてもできない状況にある部活を……活動の有無を理由に廃部にすることは、生徒会役員としての立場からも……個人としても、忍びない。私はそう考えます」

希「私からは、以上です」

会長「……では、これ以上意見がなければ決議を……」

吹奏楽部「……結構です」

会長「……と言いますと?」

吹奏楽部「廃部案は、撤回します。失礼しました」

会長「……!」

会長「……では、次の部活の予算審査の結果に移ります……」


……ふざけんじゃ、ないわよ……






67: SS速報 2015/03/24(火) 00:18:39.27 ID:nI1PDSlK.net

にこ「……アンタ、どういうつもりよ」


予算会議が終わった後、私は希に食ってかかった。


にこ「調べたの?私の……アイドル研究部のこと」

希「生徒会で、できる範囲でな……その部活の過去の活動も、予算審査の資料やから」

にこ「ハッ、それにしちゃ詳しいじゃない……良い?よく聞きなさい」

にこ「私はね、こんな学校でスクールアイドルやる気はもうないの」

にこ「人数が足りないから?活動したくてもできない?見当外れもいいとこよ。今活動してないのは、私の意志」

にこ「スクールアイドルなんか所詮、私には相応しくなかったのよ」

にこ「アンタがやったのは余計なことでしかない……予算も部室も、欲しいならくれてやったのに」

にこ「一人の私を見て、同情でもしちゃったのかしら」


希がそんな子じゃないのはわかってるのに、言葉が口をついて止まらない。

ああ、さっきこの勢いがあれば、希にこんな思いをさせることもなかったのに……


希「それが全部、本当なら」



悲しい表情で、私を見ながら希は言う。


希「何で、予算申請の活動内容に、スクールアイドル活動って書いたん?」

希「何で、にこっちは……そんな悲しい顔、してるん……?」




70: SS速報 2015/03/24(火) 23:50:30.00 ID:nI1PDSlK.net

にこ「……っ!」

にこ「……申請は、去年のをそのまま書いただけよ」

にこ「私のことを知ったつもりに、ならないでくれる?」

希「知ったつもりなんかじゃないよ……ウチはにこっちのことを、知らないし、知ってるの」

希「ウチが知ってるのは、アイドル研究部にあったことだけ」

希「にこっちがどうして一人になったのかも、その時にこっちがどんな気持ちだったかも、知らない」

希「……けどね、ウチは……今のにこっちを、知ってる」

希「アイドルが大好きな、にこっちを知ってる」

希「にこっちが、本気でそんなこと言う子じゃないって……知ってる」

にこ「……希……」

希「それにね、にこっち」

希「ウチが廃部案に反対したのは……必ずしもにこっちのため、というだけではないんよ?」




71: SS速報 2015/03/25(水) 00:13:04.06 ID:s7qdPwiu.net

にこ「……どういうこと?」

希「あの場にもう一人、廃部に反対だった人がいた、いうことや」

にこ「何言ってるのよ、いなかったじゃないそんなヤツ」

希「まぁ、ちょーっとあの子はな……、ん」

希「……そんな怖い顔しないでよ、えりち」


私が振り向くと、そこには私越しに希を睨んでいる、氷の女王がいた。




72: SS速報 2015/03/25(水) 00:13:55.48 ID:s7qdPwiu.net

にこ「アンタ、生徒会長の……」

会長「絢瀬絵里よ、矢澤にこさん……ごめんなさいね、生徒会長として副会長に用事があるの」

にこ「構わないわよ、こっちこそ忙しいのに相方を捕まえちゃって悪かったわね」

希「怖いなー、ウチ、何言われてまうんやろ」

絵里「さ、行くわよ。話は生徒会室でしましょう」


……ダメだわ、ここで希を行かせたら。これだけは、言っておかないと。


にこ「……希!」

希「ん?」

にこ「……酷いこと言って、ごめんね。助かったわ、ありがと」

希「……ん!どういたしまして。あんな、にこっち」

にこ「何よ」

希「カードがウチに告げるんよ。にこっちには、もう一度必ずチャンスが来る」

希「それまで、諦めたら……アカンよ」

にこ「カード?何それ?」

希「タロットや。ウチの占いは当たる、って評判なんよ?」

にこ「……面白い趣味してるじゃない。アンタそのキャラ、結構アイドル向きよ。そうね、『スピリチュアルやね』とでも言ってみれば?」

希「ふふっ、考えとくわ」

絵里「希!行くわよ!」

希「はいはーい!そんな急がんでもええやん、えりちー!」

絵里「何言ってるのよ……どういうつもりよ、生徒会役員があんなに堂々と意見するなんて……」


二人が生徒会室に歩いて行った後で、私は一人呟く。


にこ「もう一度チャンスが来る……それまで諦めるな、ね」

にこ「……余計なお世話よ」


──そして、4月。

私達の物語が──動き出す。









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