引用元: 加蓮「2:00AM」

1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:20:29.78 ID:ukyG0ZC10
・モバマス、北条加蓮のSS
・昨年エタったやつの再掲
・書き溜めあり

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1423732829








2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:21:31.33 ID:le6LddHY0
クルー「お持ち帰りでお待ちのお客様ー」

加蓮「あ。はーい」

クルー「お待たせいたしました。ありがとうございましたー」

 ベーコンオムレツバーガーとスパムバーガー、フレッシュレモネードが、ふたつ。

加蓮「うん、よし」

 袋を手に、事務所へ。
 あったかいなー。

加蓮「あ」

 夜の闇に雪、はらはらと。ちょっとロマンチック。
 Pさんと一緒ならなあ、なーんて。

加蓮「ぜいたく、かなあ」

 Pさんが待ってるし。早く戻らなきゃ。




3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:22:28.77 ID:ukyG0ZC10

 深夜2時。
 ほんとなら、もうすっかりおやすみ、の時間。
 今日はちょっとだけ、いけないわたし。

 夜遅くっても、どこかお店は営業してるし。コンビニだってあるし。
 でも、今日の気分は『愛 LIKE ハンバーガー』。

加蓮「わたしは恋を夢見るアメリカンガール」

加蓮「大好きな食べ物はハンバーガー」

加蓮「あ~ 愛しのダーリンどこにいるの……」

 事務所にいるけどね。
 ふと、口ずさんでみる。

 さあ、冷めないうちに。お届けお届け。

 がちゃり。

加蓮「Pさーん、買ってきたよー」




4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:23:31.24 ID:le6LddHY0

P「おう、加蓮……ありがとな」

 Pさんは、絶賛残業中。
 って言うか。
 いっつも遅くまで仕事してない?

加蓮「スパムバーガーと、レモネード、っと。はい」

P「ありがと。……なあ、加蓮」

加蓮「ん? なに?」

P「やっぱり家に帰った方がよくないか? 俺が送るし」

 えー。
 乙女に帰れって言うの? こんな時間に。

加蓮「もう家に電話しちゃったし。それに」

加蓮「わたしがPさんの仕事、手伝いたいって言ったんだもん」

 帰らないよ。だって。
 Pさんが心配だもん。




5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:24:24.80 ID:ukyG0ZC10

 このところPさんががんばってくれたおかげで。凛や奈緒と離れ、ソロの仕事も増えた。
 今日も、ソロでテレビの収録。押しまくって遅くなったけど。
 なんかね。ぴんと来たの。

 Pさんの力になれないかなあって。そう思って。

 なーんてね。ただのわがまま。
 なんだかんだ理由つけて、一緒にいたいだけ。

 気づくはず、ないよね。

加蓮「さ。冷めないうちに召し上がれ!」

P「お、おう。そうだな」

加蓮「早く届けたくて、走って戻ってきたんだから」

P「加蓮……あんまり無理、するなよ?」

 Pさん、ありがと。心配してくれるんだ。
 でも。
 あんまり、心配かけたくない、かな。




6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:25:17.37 ID:le6LddHY0

 来たばかりのころの、身体の弱いわたしじゃないって思ってるけど。
 相変わらず、Pさんは心配性。

加蓮「大丈夫大丈夫。もう昔のわたしじゃないもん」

P「そうは言ってもなあ」

加蓮「ねえ、食べよ食べよ。ほら」

 Pさんとわたし。ふたりがさがさと、包み紙を開けた。

 Pさんにスカウトされて今まで、二人三脚で歩んできた。
 体も弱くて根性なしだったわたしを、Pさんは。
 あきれもせず、怒りもせず。導いてくれた。

 暑苦しい熱血もないし、ただ優しいだけの甘やかしもない。
 でも、わたしのことを最初からサポートしてくれた。
 大人の、ひと。

 好きになっちゃったんだなあ。いつの間にか。
 決して、凛が彼女のプロデューサーといい関係に影響されてとか、そういうことはない……って思う。
 うん。
 たぶん。




7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:26:02.30 ID:ukyG0ZC10

P「ん。いつものスパム味だな」

加蓮「スパム味って?」

P「ん? そうだなあ。ちょっと説明は難しいけど」

P「けっこうしょっぱいソーセージ、つか、ハムっつか」

加蓮「えー? わかんないよ、そんなんじゃ」

加蓮「じゃあ、さ。ほ・ら」

 わたしはPさんに向かって、口を開けて。

加蓮「あーん」

P「おい加蓮」

加蓮「あーん!」




8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:26:54.95 ID:ukyG0ZC10

 わたしはおなかがすいた雛鳥なの。Pさんがくれないと死んじゃうの。
 ほら。はやく。

P「仕方ないな、ほれ」

 Pさんが差し出すそれを、わたしはかじる。
 Pさんが口つけたところを。

加蓮「あむ!」

P「あ! おい」

加蓮「ん。んー……これもおいしいね」

 Pさんはちょっとあきれてる、けど。
 わたしは満足。




9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:27:55.89 ID:le6LddHY0

加蓮「じゃあ、お礼に。わたしのもどーぞ」

P「いや、まあ」

加蓮「いいから遠慮しないで?」

 自分でもとびっきりの笑顔じゃないかな、今。

加蓮「はい、あーん」

P「……」

加蓮「あーん」

P「……」

 Pさん、しぶといなあ。

加蓮「こ、こ!」

 わたしは、自分が口を付けたところを指さす。
 さあ。
 さあ。




10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:28:43.32 ID:ukyG0ZC10

 Pさんは観念して、わたしの指さしたとこをがぶり、と。

P「……ん。うまいな」

加蓮「でしょ?」

 Pさんのほころぶ顔を見るだけで、幸せな気持ちになれる。
 うれしい。

加蓮「なんか、オムレツのまろやかなのもいいよね」

P「そうだなあ。でも、あれだな」

加蓮「ん?」

P「加蓮はほんと、うまそうに食うよな」

加蓮「……そりゃ、好きだもん。ハンバーガー」

 ジャンクなものを、イレギュラーな時間に食べるなんて。
 ちょっと気持ちがいい。

 Pさんと一緒だから、もっといい。




11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:29:34.24 ID:ukyG0ZC10

P「デビュー前のころなんか、すぐねだってきたけどな」

加蓮「あはは。そんなこともあったね」

加蓮「でも、ちゃんと自分のからだのこと、考えてるから」

P「いいことだ。それだけプロらしくなったってことさ」

加蓮「でも、たまーに欲しくなるよね?」

P「いいんじゃないか? それに」

P「たまにありつけるから、うれしいもんさ」

P「しょっちゅう食ってたら、感慨も何もないさ。むしろむなしい」

加蓮「……説得力あるね。Pさん」

P「男の独り暮らしなんて、コンビニとファストフードで支えられてるようなもんさ」

P「いかんなーとは、思うけどなあ」

 なら。




12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:30:26.93 ID:ukyG0ZC10

加蓮「じゃあ」

 お約束のことを言ってみたり。

加蓮「わたしがPさんのご飯、作りに行ってあげる!」

P「ん? 加蓮が?」

 Pさんの目が、優しげに映る。

加蓮「うん」

P「……ありがとうな。でも、やめとけ」

加蓮「え? どうして?」

P「……わかるだろ?」

 わかるよ、Pさんの言う意味は。
 女子が、男の一人暮らしのとこに行くこと。

加蓮「わたしは、気にしないよ?」

 わかってて、言ってるんだけどな。
 だって、Pさんなら。

P「……とにかく、明日もあるから。仮眠室で寝ておけよ」

加蓮「あー、話そらしたー」

P「まあ、そのうちな。そのうち」

 右手をひらひらとさせて、Pさんが話を打ち切った。
 ざんねん。

 子どもと思われてるのかなあ。
 それとも、世間知らずとか。

 もぐもぐと。深夜の食事。




13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:31:06.87 ID:le6LddHY0

P「ん。ごちそうさん。加蓮、ありがとな」

加蓮「ううん。わたしこそ付き合ってくれてありがと」

加蓮「あ、Pさん。お茶かなんか入れる?」

P「そうだなあ。コーヒーもらうか。もう少しがんばりたいから」

加蓮「インスタントでいい?」

P「いいぞー。ブラックで頼む」

加蓮「はーい」

 Pさんの机からマグカップを持って。
 給湯室の棚をごそごそ。うん、あった。
 わたしもなんか飲もうかな。

加蓮「あ、ハイビスカス」

 鮮やかな赤もいいかな。これにしよっと。




14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:31:44.69 ID:le6LddHY0

加蓮「Pさん、お待たせー。はい、これ」

 ことり。

P「さんきゅ」

 Pさんはパソコンに向かってる。かたかたとキーボードの音。

加蓮「Pさん、なにか手伝えることない?」

P「ん? ああ、この文書作って終わりだから、特にないな」

加蓮「そっか。ざんねん」

P「いや、加蓮が手伝ってくれるって言ってくれるのが、ありがたいさ。それだけでがんばれる」

加蓮「そう?」

P「ああ」

 ならよかった。
 Pさんは饒舌じゃない。でも欲しい気持ちを、くれる。
 ふふっ。

 わたしはPさんの隣に座る。

加蓮「ねえ。なに作ってるの?」




15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:32:20.02 ID:ukyG0ZC10

P「ん? これか?」

 わたしは画面をのぞきこむ。それは、企画書。

加蓮「わたしの、ソロライブ……」

 営業先のミニライブとかじゃなく、ホールでのペイライブ、って。
 しかもツアー。

加蓮「え? ちょっと」

P「そろそろいい頃合いだと思ってな」

加蓮「むりむり! わたしにはまだ無理だって!」

P「そうか?」

 Pさんはこともなげに言うけど。
 だってまだソロデビューして間もないし、曲だってひとつしかないよ?
 なのに、ツアーって。




16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:33:06.02 ID:ukyG0ZC10

P「勢いのあるうちに、さ。こういう企画を出さないとな」

加蓮「んー、でもさー」

P「まあ不安なのはわかる。持ち曲も少ない。経験もない」

加蓮「……うん」

 Pさんがわたしのために、って。
 わたしを一番に考えて、こうしていろんな仕事を企画してくれてる。
 わかってるけど、やっぱり不安。はじめてのことは。

 そういえば、初めてPさんにスカウトされた時もそうだった。
 うれしいけど、不安ばかりがつのって。
 ついつい、ネガティブなこと言っちゃって。




17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:33:48.17 ID:ukyG0ZC10

P「でもな。こういう企画はできたからすぐやる、ってもんじゃない」

P「企画を通しても準備に時間がかかるし。ヘタすれば1年後ってのもある」

加蓮「え? そうなんだ……」

P「今のこれも、ステージに加蓮が立つのは、半年先だ」

 半年先。
 Pさんはわたしの半年先、一年先……それ以上。
 そんなずっと先のことを考えてるんだ。

加蓮「ねえPさん」

P「ん?」

加蓮「わたしが今、こうしてソロデビューしたのも」

加蓮「前から、決まっていたことなの?」




18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:34:27.25 ID:ukyG0ZC10

P「そりゃそうさ。加蓮のようにユニットからはじめることはあっても」

P「俺たちは、ソロでアイドルさせるためにスカウトしてる」

 Pさんはわたしを見て。
 そして、ふわっと笑って。

P「プロデューサーとして当然じゃないか?」

 そっか。そうだよね。
 凛はソロからスタートしてる。
 奈緒も、わたしと同じタイミングでソロデビューした。
 みんなにそれぞれプロデューサーがついてるんだから、ソロで活動することが前提なんだよね。
 たぶん。

 凛や奈緒と一緒に過ごすことが気持ちよくて、それが当たり前のことのように感じて。
 そんな関係が続くもんだって。思ってた。

加蓮「ねえPさん」

加蓮「どうして、わたしだったの?」




19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:35:34.26 ID:le6LddHY0

P「どうして、って?」

 出会った時から、疑問に思ってたんだ。

加蓮「ほら。わたしなんかよりずっとかわいくて、ずっとアイドルに向いてる子、いっぱいいるじゃない」

加蓮「なんでわたし、なのかなって」

P「ん?」

 だって……、って。
 そう言いたくなるのをこらえる。

 体は弱いし、面倒くさがりだったし。
 それに、一丁前のこと言って反抗してたし。

 こんなに手がかかる女じゃ、Pさんも嫌な思いしたんじゃないかなって。

P「んー、そうだな……」

 Pさんはキーボードの手を止める。




20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:36:19.16 ID:le6LddHY0

 次に出てくる言葉が怖い。
 わたし、余計なこと言っちゃったんじゃないかな。
 スカウトされたばかりの頃の、自信のなさが首をもたげる。

P「まあ、なんだ。よく社長が言うだろ? ティンときた、って」

加蓮「う、うん……」

P「よくさ、この子はこういうところが魅力的でうんぬん、なんて。知ったようなこと言ったりするプロデューサーがいるけどさ」

P「でも、結局は勘なんだよ、カン。売れるとかそういうの抜きにして、『これだ!』って」

加蓮「……」

P「明確な理由なんかないのさ。こうして一緒に仕事を始めて、やっと方向が見つかることなんて、ざらにある」

加蓮「じゃあ、Pさんは、わたしに……」

加蓮「ティン、ときた、の?」




21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:36:56.93 ID:ukyG0ZC10

P「ま、そういうことだな。そして、それ正しいって」

P「今の加蓮が証明してくれてる。ありがたいことさ」

 そう言ってPさんはふわりと笑った。

加蓮「そっか……そっかあ」

加蓮「じゃあさ。あのね? 仮に……仮によ? わたしがトップアイドルになったら、さ」

加蓮「そのあとも……わたし、Pさんと一緒にアイドルしていけるの、かなあ……」

 気がかり。そのことが、とても。
 ううん、気がかりっていうんじゃなくって、不安。
 トップっていうのがゴールなんだとしたら、わたし、Pさんと一緒にいられなくなるのかなって。

 Pさんの目を、見つめる。
 ねえ、Pさん。

加蓮「教えて?」




22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:37:51.94 ID:ukyG0ZC10

 Pさんは目を細める。
 そして、ゆっくりと。

P「……どこまでも、一緒だよ」

 ああ。そうなんだあ。
 Pさんのその言葉だけで、わたしの顔は、ポーカーフェイス気取れなくなっちゃう。
 Pさんはわたしの表情を察して、ぽんぽんって、頭をなでてくれた。

P「心配すんな。加蓮とはずっと一緒にいてやる」

加蓮「うん……うん」

 うん、よかった。なんか安心。
 Pさんは頭をなでながら、片手にマグカップを持って、コーヒーをすする。
 わたしは、Pさんのぬくもりを感じながら、うつむく。

加蓮「ねえ、Pさん」

P「ん?」




23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/12(木) 18:38:30.06 ID:ukyG0ZC10

 わたしは上目づかいに、おねだりをした。

加蓮「これからもずっと、わたしに」

 それは、わたしがずっと思い描いている、願い。

加蓮「魔法を、かけてね?」

 Pさんは、机にことりとマグカップを置いた。

P「……そうだな」

 この日この時。
 わたしの全部が、ここにあった。

 お願い。覚めないで。

 ―――――
 ―――
 ―




28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:29:56.65 ID:mHx5gcew0



スタッフ「北条さーん! 次こっちお願い!」

加蓮「はーい!」

 きらびやかなライブステージの裏。わたしは、忙しく走っている。
 登場を待つ、ファンの歓声。そして熱気。
 自然とわたしも、熱を帯びる。

 でも、そこは。

凛「ねえ、加蓮」

加蓮「ん? 準備できた?」

凛「どう、かな」

 凛が衣装替えを終えて、袖に戻ってきた。

加蓮「うん、似合ってる。ばっちり」

凛「そっか。よかった」

 うん、すっごくきれいだよ。
 シンデレラガールの座を射止めて、凛はますますきれいになったね。
 それとも。プロデューサーのおかげ、かな?




29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:30:35.17 ID:mHx5gcew0

スタッフ「渋谷さーん、時間でーす! 準備お願いしまーす!」

凛「ねえ! 加蓮」

 凛が、わたしを呼ぶ。

加蓮「ん?」

凛「あのさ、加蓮」

 凛はわたしの左手を取って、こう言った。

凛「できれば、また……また加蓮と一緒に……」

加蓮「……ありがと」

 ほんとにありがとう、凛。わたし、うれしいよ。
 でもその言葉に、わたしは首を振る。

加蓮「そのつもりはないんだ。ごめんね」

凛「……加蓮」

 悲しげな顔をする彼女に、わたしはこう言った。

加蓮「わたしはもう、魔法使いだから……」




30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:31:32.23 ID:mHx5gcew0



 ソロデビューして、わたしのアイドル人生は順調そのもので。
 不安を超えて、楽しさしかなくて。
 Pさんとどこまでも行ける、そう信じて疑いもしなかった。

 好事魔多し。
 ソロになって3年目。わたしはステージ後に倒れる。
 激痛。
 痛い。息ができない。動けない。
 Pさん……助けて…… Pさん!

P「加蓮! どうした! 加蓮!」

 心の叫びが伝わったみたい。誰よりも早くPさんが抱えてくれる。
 わたしを気にかけてくれる声に、返事すらできない。
 そのまま救急車に乗せられ、わたしは病院へと運ばれる。
 そして。




31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:32:49.25 ID:mHx5gcew0

加蓮「……」

 昔、いつか見たような、白い部屋。
 病室のベッドで、わたしはぼんやりと壁を見つめている。

P「……大丈夫さ、加蓮。ちょっと休めって、神様のおぼしめしさ」

加蓮「……」

 わたしは、入院することに。
 気胸。肺に穴が開いたんだって。

P「ゆっくり休んで、英気を養っておこうな。ファンのみんなが、待っててくれる」

 うん、Pさん。知ってるよ。
 気胸を患っても、アイドルを続けている人たちは、いっぱいいるって。
 無理しなければ、あのきらびやかな世界で、やっていけるって。

加蓮「……」

 ほほを、温かいものが伝う。
 こらえていたのに。涙が、あふれてくる。

加蓮「……ううっ」

 もう、止められない。涙が止まらない。
 ごめんね、Pさん。わたし、気付いちゃった。

P「……加蓮」

加蓮「……魔法、解けちゃった……解けちゃったよぉ」




32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:33:29.05 ID:mHx5gcew0

 12時は、もう過ぎた。シンデレラの時間、終わっちゃった。

加蓮「……Pさん」

 涙が止まらないわたしを、Pさんがやさしく、抱きしめてくれる。

加蓮「……ごめんね……Pさん、ごめんね」

 誰のせいでもない。きっとPさんなら、そう言うよね。
 でもわたしは、謝るしかできないの。

加蓮「……魔法かけてくれたのに……Pさん、ごめんね」

 Pさんの顔を見ることができない。
 魔法が解けて、ただの女の子になったわたし。シンデレラじゃないから。
 Pさんに顔向けが、できないよ。

P「……加蓮、いいんだ……いいんだ」

 もうなにも言えないわたしを、Pさんはなでてくれる。
 あのときと同じ、ぬくもり。

 ねえ、Pさん。
 わたし、Pさんと一緒に、歩けない……




33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:34:22.96 ID:mHx5gcew0

 何日か経って。わたしはPさんに打ち明ける。

加蓮「……アイドル、やめる」

 Pさんは驚いて、わたしをずっと説得してくれる。けど。
 これしか、ないの。

加蓮「……魔法が解けちゃったから……アイドルになる気持ちも、なんか解けちゃったみたい」

 正直な気持ち。わたしはPさんに、魔法をかけてもらえる資格なんて、ないの。
 だから。

P「……」

 Pさんの顔が、ゆがむ。ねえ、そんな顔しないで。
 わたしが言ったせいだけど、Pさんのつらい顔を見るのは、つらいよ。

P「……わかった。加蓮」

 Pさんは絞り出すように、つぶやいた。
 うん、ごめんね。だから、諦めて。

加蓮「……うん……だから」

P「……なら、加蓮。俺と一緒に、魔法使いにならないか?」




34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:35:22.20 ID:mHx5gcew0

加蓮「え?」

 わたしの瞳を、Pさんの視線が貫いた。
 それは厳しくて、とてもやさしい。そんな感じ。

P「加蓮が、アイドルたちに、魔法をかけてあげないか?」

加蓮「……なんで?」

P「いつか約束しただろ? ずっと一緒にいてやる、って」

加蓮「あ」

 そうだ。
 あのときの、あの風景がよみがえる。
 Pさんとふたりきりで、ハンバーガー。

P「お前に魔法をかけられないかもしれないけど、一緒に歩くことは、できるだろ?」

 覚えていて、くれたんだ。
 あのときの約束、守ってくれるんだ。




35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:35:56.87 ID:mHx5gcew0

加蓮「どうして?」

P「どうしてって?」

加蓮「どうして、あたしなの?」

 あのときと同じ。わたしは同じ言葉を、Pさんに投げかける。
 Pさんは頭をかいて、言葉をつなぐ。

P「……そりゃあ、ティンときたからさ。それに」

 Pさんの表情が、真剣になる。

P「加蓮が、好きだから」




36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:36:31.30 ID:mHx5gcew0

加蓮「……」

 え?
 どういうこと?
 え?

P「好きだよ」

 うそ。どうして。

加蓮「……P、さん」

 どうして、今なの? その言葉。

 あの日から、ううん。そのずっと前から。
 願っていたの。その言葉をずっと、願っていたの。

加蓮「……叶った」

P「……」

加蓮「……わたしの願い、叶った」

 わたしはPさんの手を取る。そして、わたしの言葉で、告げる。

加蓮「……好き」




37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:37:20.46 ID:mHx5gcew0

P「……」

加蓮「……Pさんが、好き」

 もう我慢しなくて、いいんだ。シンデレラじゃなくても、いいんだ。

加蓮「……一緒にいたい……いさせて、Pさん」

 Pさんに抱きしめられる。わたしは、もう我慢しない。

加蓮「……好きなの……好き。ずっと一緒に、いて?」

P「……ずっと一緒、な」

 あの日から焦がれていたぬくもりが、全身で感じられる。
 Pさんが、そう言ってくれるなら。

加蓮「……魔法使いに、して?」

P「うん」

加蓮「……わたしに魔法を、教えて?」

P「うん」

 Pさんのぬくもりを、鼓動を、感じながら。
 わたしは魔法使いへと変わっていく。




38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 12:37:51.82 ID:mHx5gcew0



 引退して2年。事務所スタッフになった、わたし。
 事務所専属のスタイリストになって、がむしゃらに走っている。
 わたしが引退の発表をしたとき、凛も奈緒も、事務所のアイドルみんな、わたしを惜しんでくれた。
 ううん、今でもこうして、惜しんでくれてる。

加蓮「さあ、凛。ファンのみんな待ってるよ」

凛「加蓮……」

加蓮「わたしのコーデした衣装、みんなに見せつけてよ! 頼むね!」

 わたしはそう言って、凛をステージへ送る。
 わああ、と。歓声が沸きあがる。
 あのきらびやかな場所にもう、わたしはいない。でも。
 わたしの想いを乗せた衣装で、アイドルが輝いている。

 Pさん。わたし、Pさんの気持ちが、わかるよ。
 凛や奈緒や、彼女たちの輝きを観るのは、こんなにうれしいことなんだね。

加蓮「……凛……がんばって」

 わたしは確かに、幸せだよ。

 ―――――
 ―――
 ―




46: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:35:51.73 ID:mHx5gcew0



加蓮「……ん……んん」

 夢を、見た。
 よく覚えていないけど、なんだかあったかくて幸せな、夢。

加蓮「うとうと、しちゃった」

 外を見ると、雪、はらはらと。
 ああ、なんか、思い出しちゃうな。

加蓮「大丈夫かな」

 Pさんは「今日は夕飯作らないで」って言ってたけど。
 今日も帰りが遅いのかな。ちょっと心配。

加蓮「早く帰ってくると、いいね?」

 そんなことをつぶやいていたら、気配が。
 がちゃり。

P「ただいま、加蓮」




47: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:36:42.45 ID:mHx5gcew0

加蓮「あ! お帰りなさい、Pさん」

 Pさんとわたし、ふたりの部屋で。
 今日もまた、日常が帰ってくる。

加蓮「今日はちょっと、早かった?」

P「ん、まあ。急いで帰ってきたよ」

加蓮「ふふ、よかった」

 Pさんの手に、なにかが。

P「ほれ。今日の夕飯」

加蓮「……ありがと?」

 袋を受け取って、中を見る。それは。
 ベーコンオムレツバーガーとスパムバーガー。

加蓮「……これ」

P「今日は、なんの日だ?」

加蓮「……あ」




48: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:37:19.10 ID:mHx5gcew0

 そうだ、あの日。
 時間は違うけど、Pさんとわたしの、ふたりだけの日。

加蓮「ふふっ。ふふふっ」

P「……どうした? なんかおかしいこと」

加蓮「ねえ、これじゃあ」

 わたしは、袋を持ち上げてこう言うの。

加蓮「夕飯にはちょっと、足りなくない?」

 Pさんは頭をかいて、気まずそうにしてる。
 でもね、Pさん。

加蓮「……覚えててくれて、うれしい」

 そう答えて、Pさんに。
 キスをした。




49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:38:07.50 ID:mHx5gcew0

加蓮「足りなかったらさ。外に食べに、いこ?」

P「でも、さ」

加蓮「大丈夫大丈夫。あったかくしてさ、ゆっくり行けばへーき」

P「……そうだな」

 Pさんに抱かれていたわたしは、手を解いてキッチンへ。

加蓮「コーヒー、入れるよ」

P「加蓮は?」

加蓮「わたしは、ハイビスカスティー」

 あの時と、同じ。でも。
 あの時と違うのは。

加蓮「カフェイン摂取は、気をつけてるから、ね」

 そう言ってわたしは、自分のおなかを撫でた。




50: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:39:33.20 ID:mHx5gcew0

 Pさんとわたしの間に授かった、新しい命。
 結婚して1年半で、今24週。ちょっとだけ、目立ってきたかも。

 Pさんと一緒に仕事をして、いつのまにかPさんとふたりで暮らし始めて。
 わたしの全部を、受け取ってもらって。
 とても自然に、息をするように、わたしたちは結婚した。
 そしてわたしたちのもとへ、コウノトリが愛を運んでくれた。

 ねえ、チビPちゃん。あなたのパパはカッコつけだね。
 でもそんなパパが、わたしは大好き。

 おなかの内側をぽこん、って。キックされる。

加蓮「あ! 今蹴った」

P「え! どれどれ」

 Pさんはわたしのおなかをさするけど、ざーんねん。
 パパにはまだ、おあずけなのかもね。

加蓮「ふふふっ。Pさんタイミングわるーい!」

P「ちぇ、今日も返事してくれなかったか」




51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:40:14.57 ID:mHx5gcew0

 電気ポットのお湯が、もうすぐ沸く。
 わたしはPさんのために、ドリッパーをセットする。
 粉を入れたら、ちょうどいいタイミングでお湯が沸く。

 わたしはティーポットにハイビスカスを。
 そして、ドリッパーにはお湯をゆっくりと注いで。

加蓮「ん。いい香り」

 ポットにもお湯を注いで、と。ガラスのティーポットに鮮やかな赤が広がる。

加蓮「はーい、お待たせ」

P「おう、ありがとな」

 Pさんはにこにこと、マグカップを受け取った。

 がさがさと、袋を開けて。ハンバーガーを取り出して。
 はい。Pさんはスパムバーガー。わたしは、ベーコンオムレツバーガー。

P「じゃ、いただきます」

加蓮「いただきます」




52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:41:48.44 ID:mHx5gcew0

 こんな記念の日だから、ジャンクもいいね。

加蓮「わたしは恋を夢見るアメリカンガール」

加蓮「大好きな食べ物はハンバーガー」

加蓮・P「「あ~ 愛しのダーリンどこにいるの……」」

 あ! ちょっと。
 Pさん、急に割り込んじゃダメじゃない。

加蓮「ぷっ……くくっ」

P「ははは……はははっ」

加蓮「ふふっ……んふふふっ」

 ほら、笑っちゃって食事にならないよ。
 でも。

加蓮「ねえ、Pさん」

P「ん?」

加蓮「どうして、わたしだったの?」




53: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:42:27.70 ID:mHx5gcew0

P「……まだそれ、訊くか?」

加蓮「うん」

 しょうがないなあという顔をする、Pさん。でも、にやけてるぞ。

P「……ティンときたから」

加蓮「うん……知ってる」

 わたしはでれでれ顔で、そう応えたんじゃないかな。
 鏡を見なくてもわかる。

加蓮「ねえ、Pさん」

P「……おう」

加蓮「……ありがと……大好き」

 わたしとPさんはまた、どちらともなく近づいて、キスをする。
 うれしい。しあわせ。
 でもね。

加蓮「やっぱり1個だけじゃ、足りないね」

P「そうだな」

 お互いにハンバーガー1個じゃ、あっという間にごちそうさま。
 それなら、お外へ出かけましょう。




54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:43:20.73 ID:mHx5gcew0

加蓮「わたし、牛丼もラーメンもいいなー」

P「こらこら。あんまりジャンク続きってものあれだろ?」

加蓮「だっていつもなら、わたしの手料理でしょ? 少しはねぎらってほしいかなー」

P「はい、感謝しております。いつも健康的な食事、ありがとう」

 Pさんはぺこりとお辞儀する。

加蓮「うん、よろしい! ならサイゼにしよっか。サラダとかもあるし」

P「家計のことも気にかけてくれて、ありがとう」

加蓮「いやいや、くるしうない! Pさんが稼いでくれるお金だもん。大事に使わなきゃね」

 わたしたちふたりは立ち上がって、出かける準備を始めた。

P「加蓮さー。あったかい格好しておけよー」

加蓮「わかってるー」

P「外はちらちらって雪だし、少し冷えるから」

加蓮「はいはい、まったく心配性なんだから」

 わたしが着替えてる間、Pさんは戸締りのチェックをする。
 よし、準備オッケー。




55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:43:49.03 ID:mHx5gcew0

 玄関で待ってるPさんに、わたしは言った。

加蓮「ねえ、Pさん」

P「なんだ?」

加蓮「わたしにまた、魔法をかけてくれて、ありがと」

 そして、ちゅっと。軽いキス。

P「いや、俺は」

加蓮「ううん。ずっとずっとすごい、魔法だよ」

 このせいいっぱいの感謝を、Pさんに。

加蓮「Pさんのお嫁さんって、魔法」

 わたしは、Pさんに微笑む。Pさんもわたしに、笑みを返す。
 アイドルじゃないけど、もっと大きな、Pさんだけのアイドル。
 そんなわたしに、なれたの。




56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:44:22.58 ID:mHx5gcew0

P「もうすぐ、パパとママだけどな」

加蓮「うん、だからね」

 Pさんの手を握る。

加蓮「ふたりでこの子に、魔法をかけてあげようね」

加蓮「わたしたちは、魔法使いだから」

 近い未来の話。
 わたしたち3人はたぶん、魔法使い一家として、みんなから注目されるの。
 みんなって誰か?
 それはたぶん、凛や奈緒や、事務所のみんなや。
 お父さんやお母さんや。
 ひょっとしたら、まだ見ない、誰か。

P「楽しみだな」

加蓮「うん」

 さあ、なに食べよっかなあ。
 でもPさんとふたりなら、なんでもおいしいはず。
 そして、3人になったら。

 がちゃり。ドアの鍵閉めオッケー。
 Pさんが左腕を出してくれる。

加蓮「エスコートお願いしますね。王子様?」

P「承りました。お姫様」

 Pさんの左腕に手を通して、エスコート。
 わたしはまた、シンデレラに、なった。

 そして、この先も。



(おわり)




58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:46:56.57 ID:mHx5gcew0
以上です。おつかれさまでした

昨年ネタったことを惜しんでくれた方がいらしたので、再投下と相成りました
読んでくださった皆さんの琴線に少しでも触れたら、うれしいです

でも最後の最後で、誤爆しちゃったよorz

では ノシ




59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 17:48:04.83 ID:LFgtx5Yf0
煌めくかけがえのない時を、ずっと…
乙!




60: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/13(金) 20:11:43.75 ID:8HQcvQj10
こういう雰囲気すごく好き
お疲れ様



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【SS速報VIP】加蓮「2:00AM」




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