提督「矢矧が好きだ」【艦これ】
一つの鎮守府に三人の提督っていうのも今じゃ珍しい話じゃない。
増える艦娘と居なくならない深海棲艦。大きくなり続ける鎮守府を一人で管理するのは難しくなってしまった。
「へえ、ここが鎮守府なんだね。可愛い子が多そうだ」
少し軽い感じの彼は艦娘管理を。社交性に長け、一人一人の状態を見極める能力がある。
「おい……私達は深海棲艦を駆逐するために来たんだぞ」
お堅い眼鏡の彼は艦隊指揮を。戦力を把握し、適切に運用して実戦に対応する能力がある。
「案内役との待ち合わせは、ここだよな」
「そのはずだよ。僕が聞いた感じじゃ可愛い子の声だったなぁ」
「なんだそれは……む、アレか」
そして俺は平時業務を。物品管理、事務仕事はできる……ほとんど雑用だ。
そんな俺達の下に来たのは、長く艶のある黒髪をなびかせた一人の少女。
「――お待ちしていました。軽巡矢矧、御三方の案内を務めさせていただきます」
それが、彼女との最初の出会いだった。
着任から、はや数ヶ月。
春の花見も夏の祭りも終えてしまえば、鎮守府も秋に向けて次第に落ち着いていく。
俺達新任提督もそれなりに慣れてくる……頃ではあるんだが。
「提督、これは私のほうで処理してもいいのかしら?」
「ああ、頼むよ」
「分かったわ」
矢矧が黒髪を揺らし、目線を俺から机上に向ければそこで会話は途切れてしまう。仕事中ということもあるけれど、そもそも俺自身の口下手さの問題もあった。
話すのが嫌な訳じゃない。むしろ話したいとすら思うのだけれど。
「……時報ね。もう上がってもいいかしら」
「ああ。お疲れ様」
「ええ、明日もよろしく」
「ああ」
伝えたい言葉は多くても、俺の口から漏れるのは「ああ」の一言ばかり。
……もしも好きだと言えたなら。
日毎に重くなる心は、少しでも救われるのだろうか。
彼女の笑顔は、一度として俺のために向けられたことが無い。
俺が見られるのはいつも、誰かのための笑顔だけだ。
「でさあ、僕がこう言ったら加賀ちゃんが苦笑いなのよ……っと、おーい矢矧ちゃーん!」
「あら、2人ともどうしたの?」
「今からお茶でも、ってね。コイツがぶらぶらしてたからナンパしちゃったよ」
部屋まで押しかけてきたクセに、よく言うよ。
矢矧もそれは分かっているんだろう。困ったように、隣りの彼に笑いかけながら言うんだ。
「もう……ダメよ、迷惑かけたりしたら。ねえ提督?」
「ああ、いい迷惑だよ」
それだけが俺と彼女の交わした会話。
大げさで楽しくて面白い彼との話に花を咲かせる彼女は、それだけで魅力的だ。
俺では、彼女のこんな顔は引きだせない。
「それじゃあね矢矧ちゃん、今度デートする?」
「ふふ、遠慮しておくわ。お疲れ様」
「お疲れ様……ありがとな」
お礼の言葉を受けた後、彼は怪訝な顔をして、すぐに人好きのする笑みを浮かべた。
俺の言葉は間違いなく本心だ。
矢矧の笑顔を見せてくれて、本当にありがとう。
「提督さん! こんにちはっ」
「ああ、阿賀野。どうしたんだ?」
「えー? ご用は無いけど挨拶よ。ほらほら提督さん、こんにちはー」
楽しげな阿賀野の声は、まるで幼稚園の先生のようだ。
反発する心は微塵にもわかず、思わず苦笑しながら子供のように返す。
「こんにちは阿賀野。矢矧なら今日は司令部の方だぞ」
「ええ、知ってるわ。矢矧ったら昨日の夜、遅くまで各陣形の利点について勉強してたもの。あの真面目さんの講義に一生懸命なのね」
「……良い事じゃないか」
ヘタクソな作り笑顔も遅れる返事も、阿賀野にはまったく通じない。
そっと頬に手を添えられて、いつものように優しく言われてしまう。
「提督さん。矢矧はあの真面目提督さんの講義が好きみたい」
「っ……」
「提督さんはどうするの?」
励ますように、叱咤するように。見つめてくる阿賀野の瞳は俺の心を覗き込んでくる。
そして俺はいつもと同じように目を逸らし、同じ答えを返すだけ。
「いいんじゃ、ないか? 向上心があってあの真面目な性格なら十分信頼できるし――」
「提督さん」
ほんの一言で俺の言葉は遮られ、代わりに阿賀野の言葉が響く。
「勇気を出して、ね?」
いつもと同じように彼女の言葉に応えられない。
諦めた阿賀野が困ったように笑うまで、俺達の奇妙な光景は続いていた。
月に一度、俺達三人は艦娘たちの評価をする。練度に作戦指揮能力、他艦娘との交流などから翌月の計画を建てるためだ。
「矢矧に関しては私からは以上だ。この所、彼女の戦術的指揮の向上が著しい。来月は旗艦として一層の練度向上が見込めるだろう」
「ちょっと待った、矢矧は僕の方でも欲しいんだよね。駆逐艦や重巡、戦艦ともしっかり話せる貴重な人材だよ」
自分の畑の仕事をこなせる艦娘は取り合いだ。旗艦としての務めも、艦娘のまとめ係になるのも、重要な仕事だ。
「矢矧の事務処理能力は高い。この所、資材関係がシビアだから調整の上手い彼女がいるとありがたい」
だから、三人で取り合いになる時には。
「とはいえ、俺の方は緊急じゃないな。トラック泊地急襲の大規模作戦が控えている以上、実戦指揮に回ってもらった方がいいか」
俺は後回しだ。例え二人が微妙な表情をしていようとも、俺は身を引かないといけない。
それを二人も分かっているからこそ、矢矧の勤務先はすぐに決まる。
「では矢矧は来月、私の方で預かる。次に酒匂だが」
「あの子は少し心配だね。僕の方で阿賀野型のいない艦隊に馴染ませてみるよ」
会議は淡々と進んでいく。艦娘の数は多く、俺の恋情なんてものに介入されては困るんだ。
その日が矢矧にとって少し特別な日だと知ったのは、阿賀野のお蔭だった。
「よければ何かあげてみて? 多分、喜んでくれるから」
何がいいだろう。悩んで悩んで、雷に頼っていいのよ! と言われながらも考えた。
ふと、秘書艦になって貰った数日の間の事を思い出す。
『どうにも借り物のペンは使いにくいわね……』
『自分のペンとか万年筆は持たないのか?』
『買おうと思ったことはあるけど、なかなかね。あった方がいいんでしょうけど』
『そうか』
万年筆。思いついてみればなるほど、彼女の雰囲気にも似合っている気がした。
休みの日に街に出ては文具屋を訪ね、少し高めの物を探した。まるで少年のようだったけれど、高鳴る胸も、案外悪くない。
そうして見つけた藍色のシャープなシルエットの万年筆。包んで貰うだけでも内心紅潮しながら、その日を待った。
来たるその日。
午前の仕事を終えて、司令部に居るという彼女を訪ねることにした。
内ポケットに潜ませた細身のプレゼント箱の感触で酷く緊張しながら、ようやく彼女を見つけ。
声を掛けようとしたときに、見てしまった。
「これを私に?」
「ああ、今日は君の進水した日だろう。常日頃の努力に報いる……といっては大げさだが、私なりの労いだ」
「ありがとうございます、それって万年筆よね」
「包装もせず済まないな。何かしら実用的であった方がいいだろうと思ったんだが」
「そうね、ありがたいわ。使わせてもらうわね」
「他の二人も何かしら送るようだ。受け取ってやれ」
「ふふ、それなら楽しみにしておくわ」
きっと、俺のせいだった。真面目な彼は俺が何を送るかを聞いてきたのに、俺は気恥ずかしくて別の物を答えたんだ。
だから俺が結局万年筆を選んだなんて、彼は思わなかったんだろう。
……内ポケットの感触が痛い。気付けば、俺は執務室へと踵を返していた。
渡せなかった後悔と、渡さなかった後悔。おめでとうの言葉すら掛けずに、その日が終わるまで多忙を装うことしかできなかった。
―――――
「矢矧、進水記念日おめでとっ!」
飛びつく阿賀野の祝福を受け、矢矧は笑顔を差し向ける。
「阿賀野姉さん、ありがとう。こんなに色んな人に祝ってもらえるなんて思ってなかったわ」
「それだけ矢矧が愛されてるってことでしょ? 阿賀野は嬉しいなー、このこのぉー」
「んもう……」
頬ずりをする姉を引き剥がすこともできず、困ったように矢矧は笑い続ける。
その笑顔に、阿賀野は悪戯っぽく語りかけた。物事の推移など、彼女には分かるはずもないから。
「提督たちからも貰ったんでしょ? 真面目くんとチャラ男くんと、仏頂面くんから!」
だから、その後の返事に阿賀野の内心は凍りつき、怒りに燃えたのだ。
「……二人からは貰えたわ。でも、あの人には祝っても貰えなかった」
寂しそうな笑顔も、阿賀野の怒りの燃料になる。
「あまり声を掛けて貰えないから、私は好かれていないと思ってたの……仕方ないわ。私が、悪かったんだと思う」
「でも姉さん達から祝ってもらえたから大丈夫。ありがとう、姉さん」
阿賀野は姉だ。矢矧が晴れやかに笑っていても、その裏で泣きそうだということさえ、分かってしまう。
次の日の朝。姉は、執務室のドアを力任せにノックしていた。
―――――
――矢矧
私があの人を意識したのは、以前の大規模作戦の時の事だった。
誰もが全力で戦うことに臨み、訓練と出撃、演習の毎日。
その時ばかりはほとんどの艦娘が駆り出されていたから、事務作業はあの人に重くのしかかっていたのに。私はそれを気にとめていなかった。
ある夜の事、私は事務舎に用があって、大淀の所へ行っていた。
その帰りに開いていたのは提督の執務室。なんとなく除いた隙間から見えたのは、膨大な書類に追われるあの人の姿。
情けない事に、私はその時まで、事務作業の事を頭の隅に追いやっていたの。
慌ててあの人に手伝いを申し出たのに、疲労した声でキッパリと断られて。
『君達は明日も出撃があるから休んで貰わないと困る。これでもどうだ?』
そう言って差し出されたのは、小さなチョコレート。見れば傍らに同じ包み紙が積まれていた。
こんな深夜に女の子に食べさせるの? そう聞くと慌てたように謝るあの人が、なんだか可愛らしく見えて。
それから、段々あの人のことを知っていったわ。あんまり笑わないのに甘いものが好き、意外と人の話を聞くのが好き。ピーマンは嫌い。
……私には、あまり話しかけてくれない。私が近づくと、軽く挨拶だけしてすぐにどこかへ行ってしまう。
他の提督がいれば留まってくれるけど、私とはあまり話してくれない。
秘書艦になっても、仕事の話だけ。「ああ」だなんて、そっけない言葉ばかり。
何故かそれを悲しいと思うようになり始めた時。私が進水した日を迎えた。
真面目な提督も軽い雰囲気の提督も、お祝いの言葉とプレゼントをくれたわ。
けどそれ以上に、あの人も祝ってくれる、プレゼントをくれるはず。それを聞くだけで嬉しくなって、頬が少し熱くなるような気がして。
……だから。夜になって阿賀野姉さんに『三人から』と言われた時、凄く悲しい気持ちが湧き上がってきて。
ああ、私はあの人の事が好きなのかもしれない。そう思えば思うほど悲しくて悲しくて、あの人にどうも思われていないんだ考えるほどに嫌な気持ちになって。
せっかく祝って貰った日に、私は一人泣いてしまった――
「どういうつもり?」
「……何が」
「あの子の進水日、教えたわよね」
「
コメント一覧
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- 2015年05月10日 22:37
- 初めての大型艦建造で出たのが矢矧だったのはいい思い出
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- 2015年05月10日 22:42
-
矢矧さん綺麗だよね
言いづらいけど・・・その・・・・・・
矢矧さんってさ、なんか・・・こう・・・・・・
妙にエロいよね・・・(阿賀野姉妹全員)
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- 2015年05月10日 22:54
- いい矢矧SSだった…
阿賀野型は(末妹を除いて)みんな巨乳だから仕方ないね
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- 2015年05月10日 23:06
- 説明無しにいきなり提督三人に萎えた
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- 2015年05月10日 23:24
- ※4
>>1というか>>2の初め二行ぐらい読んでやれよ……
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- 2015年05月10日 23:30
-
なんや、この面倒くさい提督と矢矧は!?
いいぞ、もっとやれ!!
-
- 2015年05月10日 23:31
- 田中のお気に入り艦の矢矧
-
- 2015年05月10日 23:53
- ゴミ箱に捨てたチョコを人に渡すってどうなんだ?
まあそれ以外は良かったです。
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