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真紅「さあ…」




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1:SS速報:2009/11/25(水) 16:34:33.45 ID:ZgHDK7tT0


第一部

ジュン「たとえ生まれし日が違えど」

真紅「我ら三人、願わくば同じ日に死なんと欲す…で合ってたかしら」

雛苺「…えへへ、これでヒナたちは義兄弟だよ」

ジュン「真紅が長女で雛苺が次女、そして僕が長男…おい、誰が一番上なんだ。僕だよな?」

真紅「さあ…ところでジュン、かくなる上はやることはただひとつよ」

ジュン「あぁ。力を合わせて成り上がる。そのために僕らはここに集まったんだからな」

雛苺「でも、お金がないわ。先立つものがないなら、この話はご破算なのよ」

真紅「そうね」

ジュン「それなら大丈夫だ。つい先日、家を売った」

真紅「まぁ、家を?」

ジュン「このご時勢だ、二束三文で買い叩かれたがな…ほら見ろ。僕の家はこれっぽっちの札束になっちまった」

雛苺「うーん…ま、大丈夫かな?頑張ったね、ジュン」

ジュン「そうだろう、そうだろう」

真紅「よし。じゃあ行きましょうか」


2:SS速報:2009/11/25(水) 16:35:21.55 ID:ZgHDK7tT0


理想だけでは食っていけない。
ジュンたちは三十万円をすぐに使い果たし、路頭に迷った。

ジュン「これは食べられる草…これも食べられる草…よし。天下は食べられる草で満ち満ちているな」

雛苺「ただいまー…ジュン!それは草じゃないよ!食べちゃ駄目!」

ジュン「はっ…」

雛苺「いくら飢えたからって、人の尊厳は捨てちゃいけないわ」

ジュン「そうだな…ありがとう、雛苺」

雛苺「ううん、いいの。それより、真紅が猪を一頭仕留めたの。食べに行きましょう」

ジュン「おぉ!それは本当か?」

雛苺「嘘よ。少しでもジュンを元気付けたくてついた嘘」

ジュン「何だよ…でも少し腹がふくれた気がするぞ。よくやってくれた」

雛苺「そう、良かったの」





4:SS速報:2009/11/25(水) 16:36:28.34 ID:ZgHDK7tT0


真紅「ふぅ。こんなものかしらね」

村々から食料を借り受けることができる。
いずれ返さねばならないが、真紅はその約束は反故にしようと考えていた。

元々、平和的に借り受けたものでもない。

真紅「…」

ジュンは、ただ自分は桜田の末裔だとうそぶくばかり。
雛苺は、せっせと働いてるようでその実何もしていない。

真紅「間違ったの?私…」

そもそも沼地で誓いをしたことからしておかしかったのかもしれない。
最近、真紅はこんなことばかり考えていた。

真紅「…あら?」


5:SS速報:2009/11/25(水) 16:38:01.46 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「人形?何でそんなもの拾って来るんだよ」

真紅「…なぜか放っておけなかったのよ」

雛苺「あれ?真紅。これって、翠星石じゃない?」

真紅「すい…?」

雛苺「昔一度だけ会ったことがあるじゃない。ほら、親戚の前で大恥をかいてたでしょ」

真紅「…あぁ。お転婆の翠星石っていたわね、そういえば」

ジュン「なんてこった。これでまた一つ、余計な食い扶持が増えちまった」

ジュン「まったく余計なことをしてくれたな」

真紅「それなら大丈夫よ。だって、このまま螺子を巻かなければいいだけじゃない」

雛苺「…うん。それがいいかも」

ジュン「なるほどな~」


6:SS速報:2009/11/25(水) 16:38:46.44 ID:ZgHDK7tT0


めぐ「…これであらかた終わりかしら」

農民の蜂起だった。しかし逆賊には違いなく、めぐは容赦なく殺しつくした。

水銀燈「めぐ…ちょっといい?」

めぐ「どうしたの?」

水銀燈「近隣の住民から苦情が入ったの。賊が住み着いて迷惑してるって」

めぐ「それなら今討ったじゃないの」

水銀燈「どうもそれとは違うみたいで…」

めぐ「…?話が見えないわね。はっきり言ってよ」

水銀燈「…義勇軍崩れが略奪を働いてるらしいのよ」

めぐ「何ですって?」

めぐの一番嫌いな種類の人間だった。

めぐ「行きましょう、水銀燈。任務の範囲外だけど、治安維持も軍人の立派な役目だわ」

水銀燈「ええ…」


7:SS速報:2009/11/25(水) 16:40:13.44 ID:ZgHDK7tT0


村を襲えば五回に一回ほどは上手く行った。
そうすればとりあえず食いつなぐことは出来た。しかし、それが裏目に出たらしい。

真紅「…官軍が!?数は!?」

雛苺「お、およそ三千…」

真紅「三千…!?」

ジュン「…出る杭は打たれる。世の常か」

真紅「ジュン…何か手はないの?」

ジュン「ない。敵は僕らの一千倍だぞ」

ジュン「降伏するしかあるまい」

真紅「降伏…」

真紅は今まで、一軍の大将だという気概は失わずに来た。
たとえどんなに落ちぶれようともだ。

降伏。身の毛もよだつ。

真紅「…降伏、しましょうか」

ジュン「よし。雛苺にも異存はないな?」

雛苺「うん…」


8:SS速報:2009/11/25(水) 16:41:58.58 ID:ZgHDK7tT0


めぐ「白旗ですって?なめた真似を…まだ人間として振舞っているつもりなのかしら」

めぐ「水銀燈。騎兵三百で先制しなさい。もし可能なら、そのまま壊滅させて」

めぐ「くれぐれも首を持ち帰る必要はないからね。その場で斬り捨てるのよ」

水銀燈「…分かったわ」

騎兵の一斉突撃に耐えられる賊徒は、そうそういない。
ましてや、相手は戦意をすでに喪失しているのだ。

一方的な虐殺になる。そう思いながら、水銀燈は馬腹を蹴った。


土煙が接近してくる。おそらく騎兵の突撃だろう。降伏は受諾されなかったということになる。
しかし、思っていたよりも全然遠い。逃げられそうだ。

真紅「ジュン!走りなさい!全力で逃げるのよ!」

ジュン「あぁ!真紅、雛苺、またどこかで会おう!」

雛苺「うん!みんな元気でね!」

一つにまとまって逃げては、追跡を撒くことはできない。
三人は散り散りになって逃げることにした。


10:SS速報:2009/11/25(水) 16:45:07.65 ID:ZgHDK7tT0


水銀燈「焦りすぎたわ…ごめんなさい。逃がしてしまった」

めぐ「まあ、これで近隣の民も安心して暮らせるわけだし。謝らなくてもいいわ」

水銀燈「恩に着るわ…」

めぐ「そんなことより水銀燈、今回の乱れはこれで終わりだと思う?」

水銀燈「…いいえ。太宰府の腐敗という根本原因は取り除かれていないわけだし…」

水銀燈「九州はこれからも荒れに荒れるでしょうね」

めぐ「うふ、そうよね。私もその通りだと思うわ」

水銀燈「…」

乱世の奸雄、治世の病人。
高名な占い師がめぐを評して言った言葉だが、おそらく当たっているのだろう。

水銀燈「乱世、か…」

めぐ「ん?何か言った?」

水銀燈「いえ…」

凱旋軍である。沿道の民達が歓声を上げてくる。
その中に、憎たらしい顔をした金髪の女がいた。
水銀燈は思い切り舌を出してやった。





11:SS速報:2009/11/25(水) 16:48:14.89 ID:ZgHDK7tT0


第二部

腐敗官吏一掃計画は、腐敗官吏たちの手によって太宰権帥が暗殺されたことでようやく実行されるという皮肉な結末となった。
結菱兄弟や柿崎めぐらは、ここぞとばかりに国の癌を殺しつくしたのだった。

しかし、その隙にかねてより太宰府郊外に駐屯していた店長の軍勢が大宰府に入城。
太宰帥を奉じて、太宰府の一切を掌握してしまった。すぐにひどい暴政が始まった。

真紅「…結菱一葉が太宰府を脱出し、郷里で兵を募っているそうよ。その数およそ三万、まだまだ増えているみたい」

雛苺「ふーん。さすが名門ね…他の諸侯も動いているの?」

真紅「えぇ。おそらく近いうちに、全員が兵を率いて店長に降伏するのでしょう」

真紅「まとまった力を持ったまま降伏すれば、軽んぜられることはないからね。まったく、狡猾な連中だわ」

雛苺「そうかなあ…そういうことなのかなあ?」

真紅「さあ…でも、これで乱世が終わってしまうのは惜しいわ。予想が外れてくれればいいのだけれど」

雛苺「うん。きっと大丈夫だと思うよ」

真紅はいつも間違っている。
雛苺はかすかに眉をひそめた。


12:SS速報:2009/11/25(水) 16:50:37.71 ID:ZgHDK7tT0


真紅の予想は、雛苺の予想通り外れた。
諸侯による反店長連合軍が発足し、太宰府へ向けて進軍を開始したのだ。

真紅「総勢二十万だそうよ。これは、参加する他ないわね」

雛苺「そうだね。もしかしたらジュンも来るかもしれないし」

真紅「なるほど。そういう発想もあるのね」

ジュンは、五年前に別れて以来行方不明のままだった。

真紅「部隊、いえ、舞台は大きければ大きいほどいい。雛苺、私達は野に伏していていい人材かしら?」

雛苺「いいえ。この力は、世のため人のために大いに活用されてしかるべきよ」

真紅「そう。だからこの戦いで私達が名を上げるのは、ひいては天下のためなのよ。分かるでしょう?」

雛苺「はいはい。そうだよね」

真紅「よし、なら行きましょう。戦場は北。そしてここは九州の南端…急がないと間に合わないわ」

それは、真紅の言うとおりだった。
駆けに駆けて、間に合うかどうかの瀬戸際だろう。


13:SS速報:2009/11/25(水) 16:51:54.10 ID:ZgHDK7tT0


めぐ「ちっ…何よこの情けない軍は」

水銀燈「あなた最近怒ってばかりじゃないの…」

諸侯連合軍の足並みは揃わない。あえて戦おうとしているのは、草笛と梅岡の軍くらいのものである。
その他はまるで当てにならない。まさに烏合の衆と言えた。

めぐ「私がせめて二万の兵でも連れていればね…」

ここでいう兵力は、そのまま軍内における発言力とも言い換えられる。
しかしめぐは、わずか五千の兵しか率いていなかった。盟主である結菱一葉の軍は、五万である。

これでは軽んぜられるのも無理はない。事実、めぐはほとんど一葉の軍師という扱いを受けている。

水銀燈「ほら、軍議の時間だわ。めぐ、身だしなみを整えて…」

めぐ「あんな女が腐ったような男たち、私が化粧をしていってやるまでもないわ」

水銀燈「…そう。あえて止めはしないわ。あなたの好きになさい」

めぐ「じゃあ、ちょっくら行ってくるわね」

水銀燈「行ってらっしゃい…」

めぐの女らしさは徐々に失われていく。せっかく、彼女は化粧をするまでもなく美しいというのに。
水銀燈はため息をついた。


14:SS速報:2009/11/25(水) 16:52:36.46 ID:ZgHDK7tT0


時間は前後する。

梅岡「何だって?桜田、無茶だ」

ジュン「いや、あの敵将を討たないことにはこの戦いはいつまで経っても終わりませんよ」

梅岡「でも、薔薇水晶は猛将だぞ。うちの軍ですらいいように翻弄されたんだ、ましてや身一つのお前がどうやって…?」

ジュン「…」

あわよくば梅岡から兵を借り受けようと思っていた。
しかし、梅岡にはその気はまるでないらしい。

ジュン「…乗るか反るか、です。それに、僕が名を立てれば梅岡先生の風評もだだ上りですよ」

梅岡「おぉ?」

ジュン「そしてたとえ僕が失敗しても、野の将が一人死んだだけということにしかなりません。それは…」

ジュン「…やはり梅岡先生やこの連合軍の名を少しも貶めるものではありません」

梅岡「ふーん…いいだろう。次の軍議で結菱さんに進言してみよう」

ジュン「ありがとうございます」


15:SS速報:2009/11/25(水) 16:53:43.45 ID:ZgHDK7tT0


勢いで言ってしまった。
心のどこかでは梅岡に止めて欲しかったのだろう。が、梅岡は少し押したらすぐに承諾した。
死は免れ得ないだろうが、今更逃げることも出来ない。

ジュン「ここまで、か…」

五年前に世に出損なってから、ずっと逼塞してきた。
妹たちとも離れ離れになり、ついには大嫌いな梅岡のもとに身を寄せねばならなくなった。

しかし、天下で自分の名を知るものは未だ誰もいない。
当然である。まだ何もやっていない。

ジュン「真紅、雛苺…今どこにいるんだ」

真紅「あなたの後ろにいるわよ」

ジュン「んん?ちょうど良かった。実は…」

ジュンは、現状を手短に説明した。

真紅「…で、結局何をすればいいの?」

ジュン「僕たち三人だけで敵の猛将を討つってことさ」

雛苺「そんなのジュンが勝手にした約束じゃない。私達が付き合う義理もないよ」

ジュン「そんなこと言わないでくれよ。これは名をあげる最大の機なんだぞ」

真紅「…どういうこと?」


16:SS速報:2009/11/25(水) 16:55:07.98 ID:ZgHDK7tT0


どうも説明が通じない。
そのことをジュンが詰ると、真紅たちは夜通し駆けて来たので頭が回らないのだと言った。

ジュン「ふーん…お前達もそれなりに苦労して来たんだな…」

真紅「それにしても、まさか間に合うとは思わなかったけどね」

ジュン「…大きな声では言えないが、この軍は店長を討ち果たすことは出来ないよ。きっと」

雛苺「そうみたいね。まだ敵の防衛線を一つも抜いていないみたいだし」

ジュン「だからこそ、だ。だからこそ今手柄を立てれば、その名は一気に天下に知れ渡る」

雛苺「…どうする、真紅?」

真紅「そうねぇ…」

誰が一番上、というのがこの義兄弟にはない。
こういった時に議論が紛糾するのは必然とも言えた。

真紅「やってみましょうか。どうも、ジュンの言っていることが正しく思えてきちゃった。馬鹿ね、私は」

雛苺「そっかぁ…真紅がそう言うなら、ヒナに異存はないよ」

ジュン「感謝するよ、二人とも…」


17:SS速報:2009/11/25(水) 16:56:28.64 ID:ZgHDK7tT0


そして、時は軍議の場に戻る。

一葉「…誰かあの将を討てるものはいないのか?」

総大将なら、自ら策を考えることぐらいしろ。いっそ私に指揮権を譲れ。
めぐの苛立ちは募った。

しかし、今日は様子が違った。

梅岡「はい!」

めぐ「…梅岡さん。どうぞ」

梅岡「こちらに控えますのは、僕の元生徒である桜田という男です。この男が、この戦場に旋風を巻き起こすと申しております」

めぐ「旋風…?」

一葉「直言を許そう。君、官職は何かね?」

ジュン「はい。太政大臣であります、閣下」

一葉「本当のことを言え。次は首が飛ぶぞ。…お前の官職は何だ?」

ジュン「…官位は持っておりません」

一葉「なんと、無官だと言うのかね?」

諸将の間に笑いが起こる。
その前にジュンが荒唐無稽な嘘をついたのも相まって、軍議の場はやがて爆笑の渦に巻き込まれた。


18:SS速報:2009/11/25(水) 17:00:16.12 ID:ZgHDK7tT0


一葉「いいだろう。どのみち失敗は死だ。生きて逃げ帰ろうが、敵に討たれようがな」

一葉「桜田とやら。明日、出撃せよ。存分に死んでくるがいい」

ジュン「はっ。ありがとうございます。それではこれにて失礼いたします」

めぐ「…」

一瞬、退出するジュンと目が合った。
野鼠のような眼をしている。
それがすごいのかすごくないのか、めぐにはよく分からなかった。

めぐ「それでは皆様方、これにて解散でございます。くれぐれも、備えに怠りがなきよう…」

その言葉を遮って、諸侯の一人がめぐに声をかける。
要するに、今晩共に飯を食わないかという誘いだった。

めぐ「申し訳ありませんが、私は自軍の練兵をしなければなりませんので…」

そう言ってめぐは足早に退出した。
ここもか。人が集まる場は、何故こうもことごとく腐敗しているのか。

めぐ「ただいま…」

水銀燈「あらぁ。…お疲れ様、めぐ」

めぐ「…本当、疲れたわ」

めぐは、すでにジュンのことなど綺麗に忘れ去っていた。


19:SS速報:2009/11/25(水) 17:04:23.88 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「首尾は上々だ。後は仕事をするだけさ。なあに、今までと比べれば目標がはっきりしてる分、気が楽だよ」

真紅「そうね。当て所ない流浪ほど辛いものは、この世にはないからね」

雛苺「…ぐすっ」

ジュン「おいおい雛苺、何で泣くんだ?怖気づいたのか?」

雛苺「ヒナはね、真紅たちが世に出られるのが嬉しくてしょうがないのよ。だって…」

雛苺「…二人ほどこの国のことを憂いている人げ…人物はいないもの…」

真紅「そう。私達ほど国を憂いている人間はいない。私達三人ほど、ね」

雛苺「真紅…」

真紅「共に行きましょう、雛苺。私達の手でこの国を正す。そのためには、明日勝たなきゃね」

雛苺「…うん!」

ジュン「ふっ、違いねえや」

真紅「何よ、あなたまで貰い泣きしてるの?まったく、しょうがない子達だこと」

ジュン「お前だって…」

夜が更けていく。軍幕の中は寒すぎるほどに寒い。そして三人は、恐怖で一睡も出来なかった。


20:SS速報:2009/11/25(水) 17:09:51.91 ID:ZgHDK7tT0


めぐ「何?桜田が出奔した?何の話?」

水銀燈「あなた、違う軍の所属じゃないの?桜田って誰よ」

しかし、その伝令は確かに柿崎軍所属だという。
その後は伝令との押し問答に終始して、ジュンたちのことが再び話題に上がることはなかった。

めぐ「ふう…結局何のことやら分からなかったわ」

水銀燈「まあ、これだけの巨大な軍よ。情報が行き違うことはよくあるわよ」

めぐ「…巨大な軍、か」

先ほど、ようやく草笛軍が敵の防衛線を一つ抜いたという。
二十万の大軍が二ヶ月かかってようやく挙げた戦果が、これだけなのだ。

めぐ「草笛は功に逸っているわね。犠牲も小さくないでしょうに」

水銀燈「勝利の鍵は、草笛と梅岡が握っているわねえ…忌々しいけれど」

めぐ「…」

水銀燈は、やはり勇猛の将だった。まだこの軍が勝てると思っている。

めぐ「さ、軍議に行かなくっちゃ。毎日毎日馬鹿みたいだけど」

水銀燈「あら、今日はちゃんとお化粧するのね」

めぐ「…気分よ、気分」


22:SS速報:2009/11/25(水) 17:13:45.27 ID:ZgHDK7tT0


軍議の最中に入った知らせは、諸侯の度肝を抜いた。
店長が大宰府を焼き払い、長崎への遷都を強行したというのだ。

めぐ「…ひどいわね、これは」

敵が撤退を始めたので、連合軍はさすがにすぐさま防衛線を抜き、追撃を仕掛けた。
それは少なからず戦果を挙げたが、進軍する連合軍を待ち構えていたのは廃墟と化した大宰府だった。

水銀燈「店長…どこまで見下げ果てた男なのかしら」

めぐ「しかし、これで私達の戦略的勝利も潰えた。あの男がそこまで考えてやったのかどうかは知らないけれど」

水銀燈「…ねえ、この後どうするつもり?」

めぐ「うーん、そうねえ…」

連合軍は瓦解する。諸侯は、それぞれの領地に帰ってすぐさま戦支度を始めるだろう。
すなわち、己が覇者になるがための戦である。

めぐ「このまま兵を連れて各地を転戦しようと思うの。どうかしら?」

水銀燈「あら意外ね。てっきり根拠地を構えて兵を募るのかと思ったのだけれど」

めぐ「まだ私達は小さい。動の中で、機を見出すことが肝要なのよ。…折りよく、状況はかつてないほど流動するでしょうし」

水銀燈「なるほどね、それが一番いいんでしょう。まあ、私はあなたに従うだけよ」

大宰府は思いのほかすっきり焼けている。
いっそ清々しい。めぐは不覚にもそう思ってしまった。


23:SS速報:2009/11/25(水) 17:19:09.50 ID:ZgHDK7tT0


真紅「反店長連合軍は瓦解だそうよ…結局、太宰府も太宰帥も取り返せてないわね」

雛苺「情けない。出奔してよかった、あんなところ」

真紅「そう…ね」

しかし、またもジュンとはぐれてしまった。生死も不明である。
これもまた巡りあわせなのだろう。真紅はそう思うことにした。

真紅「…結局、反店長連合とは何だったのかしら」

雛苺「太宰府の衰退。それを天下に見せ付けるためだけの存在だったような気もするわ」

真紅「…?それにしても、これから物騒になるわね。物価も上がるでしょうし、税の取り立ても厳しくなる…」

雛苺「民にとっては地獄ね。でも、これは産みの苦しみであるのかも知れないの」

真紅「?」

真紅「まったく…さ、雛苺。食べましょう」

雛苺「はーい」

雛苺と話していても埒が明かない。

草を煮る。草を煮たものをすする。
真紅が生きていると思えるのは、その瞬間だけだった。


24:SS速報:2009/11/25(水) 17:25:35.68 ID:ZgHDK7tT0


第三部

反店長連合瓦解後、それぞれの領地に帰った諸侯は互いに食い合いを始めた。
その中で頭角を現してきたのが、柿崎めぐと結菱一葉である。

特に柿崎めぐは数々の無謀な戦いに勝利し、その勢力を九州中部に飛躍的に伸ばした。
対する結菱一葉はその名門の力を最大限に活用し、九州北部で大兵を擁している。

ジュン「まずいな…隙間が埋まっていく。天下に出る機は、確実に少なくなってきている」

翠星石「何せジュンはまだ無名ですからねぇ…」

四年前、その機会は確実にあった。
しかしそれは、確実に死に至る道でもあったのだ。

あそこで逃げ出したのは仕方なかった。ジュンは、そう思うことで何とか立っていられた。

ジュン「しかし、真紅たちはどこにいるのやら…生きているとは思うんだけど」

翠星石「…別にいいじゃないですか。私がいます」

ジュン「そうかもな。真紅たちは、死んでなければ別にいいか。いずれまた会えるだろう」

翠星石は、真紅がかつて官軍の襲撃から逃れるときに打ち捨てた。
それを、ジュンが反店長連合軍から出奔して逃げ出すときに再度拾ったのだった。


25:SS速報:2009/11/25(水) 17:30:56.77 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「何?豊後守(大分県知事)が死んだって?」

翠星石「それで、後任を抽選で決めるらしいのですが…」

ジュン「なら行くしかないだろう。これは名を上げる機だからな」

翠星石「はい!」

豊後。肥沃かそうでないかは分からない。
ジュンはわずか三日で豊後入りを果たした。

ジュン「ほう。ここが豊後か」

翠星石「さすがに人がいっぱいいますねー。やはりみんな、支配者になりたいのでしょうか…」

ジュン「そうだろうな。僕もその一人だし」

翠星石「…天下を目指すのは国を正すためって言ってませんでしたっけ」

ジュン「あぁ、あれはお前をたらしこむための嘘だったのさ。すまない」

翠星石「もう…そ、そんなこと言わなくたって私は付いていきましたよ?」

ジュン「やめよう、翠星石。君臣に親愛の情は不要だ」

翠星石「…はい」


26:SS速報:2009/11/25(水) 17:37:19.50 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「くそっ!見事に外れたな」

翠星石「土地というものは本来、苦労して手に入れるものですよ。そもそも抽選て何ですか、抽選て」

ジュン「…」

翠星石「落ち込む必要はないです。こんなものは、宝くじに当たるのを期待するようなものですから」

ジュン「…まぁ、お前の言うとおりなんだがな」

どうも翠星石は生真面目すぎる。正論を吐きすぎる。
多少の濁りなら受け入れてくれた真紅と雛苺のことが、ふと懐かしくなった。

豊後の空だけが青い。雲が真紅と雛苺の顔に見えたので、ジュンは苦々しげに顔を背けた。

翠星石「なんだか向こうの方が騒がしいですね…」

当選者と一部の落選者の間で激しい闘争が起きている。
そのうち、落選者側が押し切ったようだ。

ジュン「ああいう輩もいる。暴力も、この乱世ではまた代え難い力なのさ」

翠星石「嫌なものを見てしまいましたね。早く出立しましょう、ジュン」

ジュン「あぁ、そうしようか…」


28:SS速報:2009/11/25(水) 17:43:42.19 ID:ZgHDK7tT0


僥倖だった。

真紅「ここから九州全域に覇を唱えましょう。まずは民政の安定と人材の掌握よ…雛苺!」

雛苺「はい!」

真紅「あなたは軍の充実に全力を尽くしなさい。それから人材の確保と、ついでに民政もお願いね」

雛苺「分かりましたなの!」

雛苺が駆けて行く。少なくともそちらが政庁でないのは確かだった。

真紅「ふう…長い道のりだったわ」

豊後守と言っても、実質的な支配地は北半分だけだ。現在、南半分には結菱二葉の勢力が食い込んでいる。
それでも十二年前の出発時から比べると、ずいぶん大きくなったと言えた。

真紅「ただ隣にジュンがいないけど…ね」

ジュン。きっと反店長連合軍が瓦解したことも知らず、いまだに森やそこらに潜んでいるのだろう。
順調に覇道を邁進する自分とは違い、彼はすっかり日陰者になってしまった。

真紅「いつか必ず助けてあげるからね…」

思ってもいないことをつぶやいてみる。
真紅は苦笑した。


29:SS速報:2009/11/25(水) 17:47:58.09 ID:ZgHDK7tT0


地勢から言っても、豊後の北部は自分が領するべきなのだ。事実、長年侵攻の準備を整えてきた。
めぐは真紅という得体の知れぬ者が豊後守に就任したと聞き、歯噛みをした。

筑後(福岡県南部)一国と肥後(熊本県)の北端。
これが、ここ数年の激闘の末にめぐが手に入れた領地であった。

めぐ「大体、真紅って何なの…人間の名前なの?」

水銀燈「さあ…」

めぐ「…今なら豊後守は態勢も整ってないはずよね。それに対して、こちらの準備は万全…」

めぐ「水銀燈。北豊後を攻めましょう」

水銀燈「それはいいわ。今は比較的余裕があるし、それに…」

水銀燈「人材が集まってきてるしね。留守は、槐たちに任せておけばいい」

めぐ「決まりね。遠征軍を興しましょう」

水銀燈「えぇ」

いずれ、結菱との決戦は避けられない。それまでに柿崎は少しでも勢力を拡大する必要があった。


30:SS速報:2009/11/25(水) 17:52:20.62 ID:ZgHDK7tT0


真紅「…柿崎が侵攻してくるですって?ちっ、この時期に…」

雛苺「どうしようか。まだ何もやってないよ?」

今、動員令をかけても三十人程度しか集まらない。
雛苺がまだ何もやっていないので、制度は何一つ定まっていない。

真紅「決まりね。持てる物だけを持って敗走しましょう」

雛苺「ということはつまり…?」

真紅「宝石や、装飾品。小さくて価値が高いものを優先して運び出すのよ」

雛苺「分かったわ!…あっ、ところで真紅…」

真紅「どうしたの?」

雛苺「何だかあなたに会いたいっていうお客さんが来ているの。ちょっと、会ってあげてくれないかな」

真紅「客?こんなときに?…分かった、すぐに行くわ」


33:SS速報:2009/11/25(水) 17:55:21.44 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「真紅、どうしたんだ。すぐに会いに来てくれるものかと思っていたのに。一月も待ったぞ」

真紅「ごめんなさい。面会の申し入れを雛苺が途中で握りつぶしていたらしいのよ」

ジュン「ははっ、あいつらしいや」

真紅「それで、そちらの方はどなた?」

ジュン「あぁ、これは翠星石だ。旅の途中で拾った」

翠星石「どなたって…真紅、私のことを覚えてないんですか?」

真紅「…あ。お転婆の翠星石ね。かつて親戚の前で大恥をかいた」

翠星石「いつまでそれを引きずってるんですか…」

ジュン「こいつも我が桜田に加えてやってくれないかな?」

ジュンと真紅たちは義兄弟の契りを交わしてから十二年経っているが、共に過ごした時間はわずか四ヶ月ほどでしかない。
対して、ジュンと翠星石はこの四年間、苦楽を共にしてきた。

真紅「…まあいいでしょう。これで真紅軍にも厚みが出来た。多方面作戦も容易に展開できるわね」

ジュン「それで、今大変なことになっているんだって?」

真紅「そうなのよ…」


35:SS速報:2009/11/25(水) 17:57:47.23 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「…なるほど。確かにひどい状況だ」

真紅「三十ほどの兵なら動員できるんだけど、敵は七万よ。勝てっこないわ…ということで、今敗走の準備をしているの」

ジュン「しかも僕らの誰一人として実戦経験はないしな。うーん、しかし…」

翠星石「どうしてこんなになるまで放っておいたのですか…?」

真紅「…」

ジュンの眼を見る。ジュンが目配せをしてくる。

真紅「あー、翠星石。知ってたかしら。ジュンと私達は義兄弟の契りを結んでいるのよ」

翠星石「へ?知ってますけど?」

真紅「そう…それは喜ばしいことだわ…」

翠星石「言いたいことがあるならはっきりしてください」

真紅「…」





39:SS速報:2009/11/25(水) 18:02:54.70 ID:ZgHDK7tT0


真紅「…こんなものかしら。ありがとう、あなた達のおかげで荷造りがはかどったわ」

ジュン「おい、お前ら。さっきからずっと考えていたんだが…ひとつ、作戦を思いついた」

雛苺「なあに?戯言に付き合ってる暇はないのよ、ジュン」

真紅「作戦?柿崎軍と戦う気?」

ジュン「あぁ、そうだ。…お前達、八門金鎖の陣って知ってるか?」

雛苺「休・生・傷・杜・景・死・驚・開の八つの門からなる円形の陣ね。生・景・開の門から突入すればすなわち勝ち…」

翠星石「…休・傷・驚から突入すれば大敗。杜・死への突入は全滅につながる…でしたよね」

雛苺「…」

ジュン「そう、その通り。これは詳しい原理はさっぱり分からない似非兵法だが、今回の勝機はここにあるぞ」

真紅「でも、柿崎軍が見破れないほどの陣立てだとは思えないわ。見破られていたら何の役にも立たないのでしょう?」

ジュン「…その対策も思いついたんだ。しかも、戦略的見地から見ても理に適っていると来てる」

雛苺「いいね。続けて」

ジュン「あぁ。つまり…」


40:SS速報:2009/11/25(水) 18:06:51.89 ID:sCCV5vlB0


最近ss少ないからどんどん来いやあ!



41:SS速報:2009/11/25(水) 18:07:34.63 ID:ZgHDK7tT0


めぐ「ふーん、出撃してくるの…見上げた根性というべきか、はたまた無謀と言うべきなのか…」

水銀燈「あれは…」

めぐ「どうしたの?」

水銀燈「珍しいものを見たわ。めぐ、あれは八門金鎖の陣と言って…」

めぐ「…なるほどね。でも、よくあの賊に近い集団がそんなもの知っているわね」

水銀燈「えぇ。そこは不可解だけど…ま、陣形なんて関係ないわ。鎧袖一触で踏み潰すまでよ」

めぐ「そうね…それにしても少ない軍ね。そこらの群盗でも百人くらいはいるわよ。三十人ぐらいしかいないでしょ、あれ」

水銀燈「まったく、なめられたものよね」

めぐは、攻撃の命令を下そうとして手を振り上げた。
それを見た豊後守の軍勢が激しく回転を始めたが、その折にちょうど伝令が入った。

めぐ「槐が薔薇水晶を引き入れて謀叛…!?何でよ!?」

水銀燈「…主力を率いてきたのが仇になった。でも、当然ながら主力はまだ一兵も損じてはいない」

水銀燈「めぐ。このまま軍を取って返すわよ。激しい戦いになると思うけど、くじけては駄目」

めぐ「え、えぇ…そうね」

水銀燈はさすがに軍人であった。少しもうろたえる風を見せない。
それが、めぐの気を落ち着かせた。


43:SS速報:2009/11/25(水) 18:14:45.70 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「…止まれ!どうやら敵はもういないみたいだぞ!」

真紅「はぁ、はぁ…か、勝ったのね…」

三十人による八門金鎖。小さいが、それゆえに高速回転が可能である。
そして回転をすれば、どの門も回転する。つまり、敵はこちらが回転している限りいつまでも門を見極めることが出来ない。

ジュンの策は、八門金鎖の陣の弱みと、こちらが少数の軍であるという戦術的弱点を見事に補っていた。
しかもそれは、敵を必ずしも潰滅させる必要はない豊後守の戦略的立場を最大限に活用することにも繋がった。

ジュン「敵の兵糧がなくなるまで回ってなきゃいけないかと思ったが…案外敵も根性がないな。すぐに逃げやがった」

翠星石「め、目が回る~です…」

ジュン「ははっ、翠星石は本当に情けない」

雛苺「…ジュン!これほどの軍略、どこで身に付けたの!?」

ジュン「流浪の間に、多くの浮浪者と仲良くなった。その中の一人に教えてもらったのさ」

真紅「なるほどね。あなたも、ただ意味もなくうろうろしていた訳ではなかったのね」

ジュン「まあな」

雛苺「すごいの!ジュン、見直したの!」

ジュン「おいおい、あんまりくっつかないでくれよ」


45:SS速報:2009/11/25(水) 18:18:53.96 ID:ZgHDK7tT0


柿崎軍三十万を撃破。
その喧伝がジュン達によってなされると、真紅達の下には多少の人々が集まってきた。
柿崎軍を追い返したというのは、形としては事実だったからだ。

ジュン「豊後軍、三千。かつてないほどの大軍だが、もうあのぐるぐる八門(雛苺命名)は使えない」

ジュン「つまり、これからは真っ当な軍略で戦わなけりゃいけないってわけだ。どう見る、真紅?」

真紅「要は私達の采配で左右できるということでしょう?ふふ、望むところだわ」

ジュン「そう、その意気だ」

翠星石「…報告です!柿崎軍が、ついに薔薇水晶を破ったとのことです!」

雛苺「一年…さすがに柿崎なの。肥後の領地はほとんど奪われていたのに、一年で取り戻すなんて」

翠星石「まったくですぅ…ジュン。すぐにとは言いませんが、柿崎は遠からず攻めてきますよ…」

ジュン「いや、柿崎は恐るるに足らない。それは前年の戦で分かったことだ」

ジュン「そして、お前達が居る限り我が桜田軍は無敵だ。そうだろう?」

翠星石「ま、まあそうですが…えへへ」

真紅「やめなさい、はしたないわね」

雛苺「…」


46:SS速報:2009/11/25(水) 18:23:22.29 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「どうした、雛苺?」

雛苺「星を見ていたの」

ジュン「星なんて出てないじゃないか。この土砂降りだぞ」

雛苺「…」

ジュン「ほら、おいで。抱っこしてやるよ」

雛苺「…うん」

ジュン「こうするのは何年ぶりだ…?」

雛苺「出会ってから初めてよ。ジュンは、いくらおねだりしても抱っこなんてしてくれなかったじゃない」

ジュン「ははっ、すまないな。僕もあの頃は若くて余裕がなかったんだ」

ジュンはもう十六歳になっていた。

雛苺「ずいぶん遠いところまで来たね。三人でさすらっていた頃が嘘みたい」

ジュン「そうだな。でもあの日々は、確かにあったんだ。あの日々があったからこそ、僕らは今ここにいる」

雛苺「…たまにね、思うの。あの頃のヒナ達は純粋で、今は薄汚れてしまっているって」

雛苺「もう一度。もう一度だけでいいから、一切合切の塵を捨て去ってまた三人だけになりたいな。…そんなことを考えてしまう」

ジュン「雛苺…」


49:SS速報:2009/11/25(水) 18:30:29.10 ID:ZgHDK7tT0


第四部

この数年で、多くの群雄がつぶれていった。
結菱二葉はここ数年でだいぶ力を落としている。薔薇水晶は自らの手で討った。
そして、北ではいよいよ一葉が梅岡を締め上げている。

めぐ「やがて天下は私と結菱で二分することになるでしょう。でもまた、結菱と私が同じ天を戴くことも決してない」

めぐ「つまり後数年で、天下の趨勢を決する大戦に臨むことになるわ。皆、くれぐれも心しておいてね」

蒼星石「分かった。配下の軍は厳しく鍛え上げておこう」

蒼星石は、薔薇水晶の配下だったのを登用した。
水銀燈が戦場全体を支配する将なら、蒼星石は最前線を支配する将だろう。

二人は上手く行っているようだ。それも、先任の水銀燈の実力があればこそだった。

めぐ「さて。今日はあの男に会わなければいけないのね。…呼んだのは私なんだけどね」

水銀燈「お待ちかねみたいよ。まあ、だからと言ってこちらが急ぐ意味もないけれど」

桜田ジュン。豊後守だったが、流浪の薔薇水晶に追われて自分に助けを求めてきた。
その後も上手く立ち回り、気づけば薔薇水晶を撃破した自分の勝ち馬に乗っていた。

水銀燈「本当にいいの?私が付いていかなくて」

めぐ「大丈夫よ。あの程度の男に圧力をかけるような真似をしては、世間に嗤われるわ」

しかし、水銀燈はすでに四囲に兵を伏せているのだろう。あえて咎めることはしないでおいた。


51:SS速報:2009/11/25(水) 18:33:51.14 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「…柿崎さん。遅いじゃないですか」

めぐ「失礼したわね。さあ、座って頂戴」

今や太宰権帥まで昇り詰めた自分との同席とは、言わば破格の待遇である。
しかしこの男は気後れする素振りも見せない。

めぐ「先日、太宰帥様から左大臣の職を賜ったみたいね。あの方にそんな権限はないはずなのだけれど…とりあえずおめでとう」

ジュン「あ、はい。何せ太宰帥様は僕の姉ですからね」

先年、元店長配下だった将達の政争の具にされていた太宰帥を、自分が助け出してこの福岡市に迎えた。
この現太宰帥は、かつて店長が先任を殺して擁立した人間だったが、それが何と女性だったのだ。

すなわち、桜田のりである。

めぐ「それにしても、長崎市までお姉様を助けに行こうとは思わなかったの?太宰帥様は、相当辛いご体験を…」

ジュン「知らなかったのですから。しょうがありません」

めぐ「し、知らなかった…?」

向こうの茂みが少し動いた。おそらく水銀燈がこけたのだろう。

めぐ「…面白い冗談だわ。まったく面白い冗談よ、桜田さん」

ジュン「はぁ、ありがとうございます」


52:SS速報:2009/11/25(水) 18:37:47.16 ID:ZgHDK7tT0


折り悪くの豪雨である。二人は軒下に避難した。

ジュン「ちぇっ、ついてないや」

めぐ「…天下に英雄は私とあなたの二人だけよ。桜田さん、あなたは結菱一葉とは比べ物にならないほどの傑物だわ」

ジュン「え、何ですか?雷で聞こえません」

めぐ「…」

はぐらかされているのではない。この男は、元々この程度の器量なのだ。
何かあると少しでも思った自分が馬鹿みたいだった。

めぐ「今日は楽しかったわ。また会っていただけるかしら?」

ジュン「えぇ。暇なときなら」

めぐ「…そう。それではさようなら、桜田さん」

ジュン「さよなら」

めぐ「くっ…」

すぐにでも叩き斬ってやりたい。
めぐは、必死に堪えた。


53:SS速報:2009/11/25(水) 18:42:12.89 ID:ZgHDK7tT0


真紅「どうだった?大丈夫だった?」

ジュン「あぁ。数百の兵が襲ってきたが、強行突破して帰ってきてやったよ」

翠星石「本当ですかねえ…」

雛苺「それで、何か言ってきたの?」

ジュン「いや、大したことは言ってなかったかな。私が英雄です、とか言ってたような…」

真紅「…それでも天下の二大勢力の片方の総帥なのよ。まあ、天下は案外この程度のものなのかもしれないわね」

ジュンたちは、薔薇水晶に豊後を奪われた。
そして結果的に薔薇水晶は死んだものの、今や豊後は柿崎めぐの支配下にあった。

ジュン「ちっ…それにしても僕らはいつまでここにいればいいんだ。早く豊後に帰りたいんだがな」

雛苺「…ねぇ、ジュン。柿崎めぐは、おそらくヒナ達を飼い殺しにするつもりよ。だから…」

雛苺「いっそここを出奔しちゃえばいいんじゃないかな。埒が明かないもの」

ジュン「出奔、か…懐かしいな」

ジュン「行くか。福岡市見物は、もう十分だ」

真紅「ちょ、ちょっと格好いい台詞じゃないの…」


54:SS速報:2009/11/25(水) 18:45:45.08 ID:ZgHDK7tT0


めぐ「何?桜田ジュンが出奔した?」

水銀燈「えぇ。主従たったの四人で走っていったそうよ」

めぐ「…しばらくは放っておいて構わないわ。はあ、何なのよあの男は…」

その後桜田ジュンは、豊後に拠ったようだ。
任命しておいた豊後守は、よく分からない手法でこちらに追い返されている。

めぐ「あの土地はなかなか治まらないわねぇ…」

蒼星石「僕が行こう。あなたの手を煩わせるほどの敵じゃない」

めぐ「いえ、今回は私も出るわ。あの連中を討ったあと、しばらく民政も見てくることにする。蒼星石、あなたは私に従軍なさい」

蒼星石「分かった」

水銀燈「…私は今回は留守?」

めぐ「えぇ。反乱を起こす将ももういないけど、ここはしっかりあなたに抑えて欲しいのよ。あなたにね」

水銀燈「そ、そう?いいでしょう、わずかな綻びも見逃さないようにするわ」

めぐ「ふふっ、お願いね」


55:SS速報:2009/11/25(水) 18:48:18.38 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「思ったより少ないな」

真紅「仕方ないわよ。私達が豊後に入ってきてから、まだほんのわずかしか経っていない」

真紅「豊後守の帰還が伝わっていないのなら、豊後軍の完全な復活なんて望めないわ」

真紅の参集に応じた兵はわずか十。八門金鎖をなすにはぎりぎりの人数だった。

翠星石「伝令です!柿崎軍がもうすぐそこまで!」

雛苺「索敵もままならないの?情けない。…ジュン、今回はぐるぐる八門で行けるよね?」

ジュン「あぁ、それでいいだろう。それにしても雛苺は、ぐるぐる八門が好きだな」

雛苺「うん!大好きよ!」

ジュン「そうかそうか、そりゃあ良かった…」

ジュン「…」

柿崎の軍。もの凄い殺意を放っている。

翠星石「どうしたんですか?ジュン、顔色が悪いですよ?」

ジュン「…駄目だ!今回は、こんなまやかしは通じない!逃げろ、逃げるんだ!」

真紅「え、え?ど、どういうこと!?」

ジュン「喋ってる暇はない!散り散りになって逃げろ!決してまとまるんじゃないぞ…!!」


56:SS速報:2009/11/25(水) 18:49:42.00 ID:ZgHDK7tT0


真紅「ジュンは怖気づいたのだわ。柿崎の軍なんて、一度散々に打ち破っているじゃないの」

翠星石「でも、あの様子は普通じゃありませんでしたよ?」

雛苺「しょうがないよ。もう済んだことで、もう終わった話なの」

翠星石「そうですよ。ジュンが生きているかどうかは天命に委ねるしかないのですし…」

翠星石「むしろ今は、私達がさほど散らばらずに済んだことを祝うべきでしょう。違いますか、真紅」

真紅「…あなたの言うとおりかもね」

翠星石「えぇ。暗くなったって、いいことは何もありませんから…そうだ!」

翠星石「焚き火でもしましょう!温まれば、気分だって晴れてくるはずです!」

雛苺「あぁ、翠星石が初めてまともなこと言ったの…ヒナもさんせーい!」

真紅「いいわね。よし、早速薪を集めてきましょう…」

その日、豊後郊外の森が不自然な燃え方をした。


57:SS速報:2009/11/25(水) 18:51:42.29 ID:ZgHDK7tT0


第五部


めぐは一葉との乾坤一擲の戦いに辛くも勝利した。
蒼星石の率いる騎兵が、一葉軍の兵站線を完膚なきまでに破壊しつくしたのである。

やがて一葉は失意の内に病死し、めぐはその広大な領土の切り取りを開始した。

めぐ「結菱の息子は駄目ね。兄弟喧嘩なんてしてる場合じゃないでしょうに」

水銀燈「あなたが焚きつけたんでしょうが、あなたが」

めぐ「まあね~」

水銀燈「まったく…恐ろしい子よ、あなたは」

めぐ「いいの。謀略で済ませられる部分は、謀略で済ませるに越したことはないのよ」

水銀燈「計り知れない世界だわ。めぐ、そういうのは私に頼らないでちょうだいね」

めぐ「もちろん。適材適所は大切だもの、水銀燈に小難しいことはさせないわ」

水銀燈「…小馬鹿にされているような気がしてならないのだけど」

九州北部もやがて柿崎のものになる。
そうすれば、天下の中枢はほぼ柿崎軍が握ることになる。

すなわち、覇者の誕生であった。


58:SS速報:2009/11/25(水) 18:54:31.73 ID:ZgHDK7tT0


豊後が完全に柿崎の手に落ちてから、真紅達は一葉を頼った。
しかし取り合ってもらえず、仕方が無いのでしばらく独自に兵五人を動かし、柿崎の背後を脅かし続けた。

それももうかなわない。一葉が敗れ、柿崎の圧力が強まったためである。

真紅「…仕方ないわね。かくなる上は、山本を頼るしかない」

山本は、肥後(熊本県)の南半分を領する大勢力だった。
結菱と手を結び、やはり柿崎の背後から圧力をかけていたのだ。

ジュン「山本か…自宅住まいをしていたころ、何度か取り次いだことがある。姉ちゃんに求婚をしていたな」

翠星石「ほぇぇ…その人間、かなりの先見の明がありますね…」

ジュン「まったくだな。そして、そんな人間と面識がある僕もまた先見の明があると言えよう」

雛苺「じゃあ、早速逃げるの。柿崎の軍がもうすぐそこまで迫っているわ」

真紅「ジュン、もうはぐれるんじゃないわよ。これは撤退であって、敗走ではないのだから」

ジュン「分かってる。同じ愚は二度と犯さないつもりだ」


59:SS速報:2009/11/25(水) 18:56:38.44 ID:ZgHDK7tT0


山本はジュンがのりの弟だと知ると、愛憎入り混じった微妙な視線を向けてきた。
ジュンはあわてて前線の城への配備を願い出た。

それは受諾され、すぐさまジュンは任地へと下向したのだった。

ジュン「ふう…際どいところだった」

真紅「あの男、あなたを殺すか殺すまいか決めかねていたのよ…本当に危なかったわね」

翠星石「ちょっと待って、何でジュンが殺されなきゃいけないのですか?」

雛苺「人間だよ、翠星石。割り切れない感情が確かに存在するの。それを軽々しく問うてはいけないのよ」

翠星石「いや、今回のは理不尽なだけでしょうが…」

ジュン「もうその話はいいだろう。今回こうやって、腰を落ち着ける場所が出来たんだ。それは単純に喜ばしいことだよ」

真紅「それにしてもあの男、見た目は単なる好青年なのにね。人間は、本当に計り知れないものだわ」

雛苺「ねー。怖いよね」


60:SS速報:2009/11/25(水) 18:58:01.31 ID:ZgHDK7tT0


思い返せば、豊後でも民政に時間を割いたことはなかった。
ジュンたちはここに来て初めて、じっくりと支配地の政治を行ってみた。

失敗である。法はねじれ、制度は崩壊し、慣例と建前のみで政治が行われるようになった。
人心は荒れ、治安は悪化し、それでも六千の軍だけは堅持された。

ジュン「うーん…駄目だ。人間嫌いの僕に政治は向いてない」

真紅「残念だけど、そうみたいね」

雛苺「七年も経っちゃった。まったくもって無駄な時間だったの」

翠星石「…大変です!水銀燈の軍三万が南下してきます!」

真紅「…ですってよ、ジュン。すぐに出撃しましょう」

ジュン「おぉ。これだ、やはりこれだよ。血が滾る」

雛苺「しばらく戦に出ない間に、太腿もぷにぷにになっちゃったね。戦えるの?」

ジュン「言うな。言わないでくれ、頼むから…出陣!」

ジュンはもう十八になっていた。
しかし雛苺に痛い所を突かれ、その眼には涙すら浮かんでいた。


61:SS速報:2009/11/25(水) 18:59:29.54 ID:ZgHDK7tT0


ただ北へ少し、移動しただけだ。
それなのに、桜田軍の数は三千にまで減っていた。逃亡したのだ。

雛苺「忘恩の輩に用はないの。ジュン、これはむしろ運がよかったと思うべきよ。弱兵を選別できたってことだもん」

ジュン「その通り。それに、僕らは少数の時の方が強いんだ…敵は哀れだな」

真紅「ところでジュン、今回は私に策があるんだけど…」

翠星石「おぉ?真紅が?」

ジュン「珍しいな。言ってみろ」

真紅「このまま突っ込むのよ。そして、敵を散々に打ち破るの。どうかしら…」

ジュン「うーん…?」

策には程遠い。およそ、兵の命を預かる軍属の者の発想とは言えない。
しかし、真紅のはにかんだ笑顔にジュンは抗し切れなかった。

ジュン「…いいだろう。真紅の策を採ることにしよう」

真紅「あ、ありがとう、ジュン」

翠星石と雛苺が蔑みの視線を向けてくる。
文句なら、急にいじらしくなった真紅に言ってくれ。ジュンはそう思った。


63:SS速報:2009/11/25(水) 18:59:45.79 ID:sCCV5vlB0


一方、一年引きこもった俺に死角はなかった



64:SS速報:2009/11/25(水) 19:00:02.73 ID:ZgHDK7tT0


水銀燈「あら?敵は?」

どうやら、戦う前に軍が瓦解したらしい。
会戦になると思ったが、そこに至るまでもなかったようだ。

ただ、山本の軍四万が後詰に出てきている。
元々桜田軍などあてにしていなかったということなのかもしれない。

水銀燈「いずれにせよ、命令は果たしたわ。この上、無駄な犠牲を出す必要は無いでしょう…」

水銀燈は速やかに軍を退いた。帰陣すると、めぐが視察に来ていた。

めぐ「戦わずして勝つ…兵法の極みじゃないの。水銀燈、なかなかやるわね」

水銀燈「ふふ、ありがとう。それにしても久し振りね。北の経営は済んだの?」

めぐ「えぇ。北海岸の海賊もあらかた討ったし、結菱の息子も殺したわ」

水銀燈「そして、ここにあなたが来たということは…南征、ね?」

めぐ「そうよ。北が治まったことで、十五万の兵が自由に動かせるようになったわ」

めぐ「これで手をこまねいているのは馬鹿の所業よ。総指揮は私が取るわ。水銀燈、あなたには…」

めぐ「山本攻めの先鋒を任せようと思ってるの。どうかしら」

水銀燈「…異存なんてあるわけないじゃない、めぐ」

また、めぐの指揮下で戦える。水銀燈の血が騒いだ。


66:SS速報:2009/11/25(水) 19:03:47.95 ID:ZgHDK7tT0


負けとはいえない。戦って壊滅したのなら負けだが、戦ってはいない。
城へと帰還したジュンは、我ながらなかなか良い落としどころだったと思っていた。

白崎という男が、何か言っているようだ。

白崎「私の友人に金糸雀という天才策士がおります。彼女を是非登用されるべきです」

ジュン「ちょっと待ってくれ、あなたは誰なんだ一体」

白崎「私はもうこの軍で軍師をするのは無理です。後任は金糸雀に、どうか金糸雀に…」

ジュン「わ、分かった。分かったから好きなところへ行ってくれ…」

白崎「ありがとうございます。それでは、これにて失礼します…」

白崎は、ふらふらと去っていった。

ジュン「おい、あれが誰だか知ってるか?」

翠星石「いいえ。でも、軍師とか言ってましたけど…」

真紅「あぁ、そういえば最近、色々口やかましく捲し立ててきた人間がいたような…」

雛苺「それがあの人だったのかな…今となっては確認する術もないの」

背負わなくてもいい苦労をあえて背負う人間もいる。
ジュンたちは、思いがけずしみじみとした心持ちになった。


68:SS速報:2009/11/25(水) 19:05:45.76 ID:ZgHDK7tT0


金糸雀「…山本が死に、後継者争いが起こっているわ。これを利用しない手は無い」

金糸雀「ジュン、ここであなたが決起すれば、南肥後はあなたのものかしら」

ジュン「そうだな。ここで僕が立つことは、山本が愛した南肥後の大地を柿崎から守ることにもつながる」

ジュン「山本の旧臣…いや、南肥後に跋扈する逆賊を攻める。雛苺、出撃の準備をしてくれ」

雛苺「分かったの!」

金糸雀は、たまご三個を条件に桜田軍に加わった。
ジュンは喜んだが、財政を取り仕切る翠星石は頭を抱えていた。

真紅「でも金糸雀、こちらの兵力はわずか二千。それに対して向こうの兵力は、家中が分裂しているとはいえ五万は固いわ」

真紅「率直に聞くわね。勝てるの?」

金糸雀「逆に聞いてもいい?…勝てないの?」

真紅「まさか!我が真紅軍は無敵よ!」

金糸雀「ふふ、自分で証明してるじゃない、真紅」

真紅「…私としたことが。答えはすでに持っていただなんて。恥ずかしいわ…」


69:SS速報:2009/11/25(水) 19:08:19.60 ID:ZgHDK7tT0


雛苺が軍の編成を行っていないことが発覚したのは、それから一ヶ月も経ってからだった。

金糸雀「柿崎軍が進発しているわ。南肥後をまとめて柿崎に対峙する策は、すでに破れてしまった」

金糸雀「とりあえず、速やかに南へ撤退するかしら。これだけの大軍相手なら、逃げたという風評も立たないだろうし」

柿崎軍十五万が南下してきている。桜田軍は、本来は柿崎に対する前衛であった。

ジュン「それにしても、軍師がいるだけで安心感が大違いだ。どんな失敗をしても何とかなるような気がする」

翠星石「まったくです。それに加えて、あの策ですよ。天下四分」

真紅「九州、四国、北海道が組んで、本州を三方面から攻撃する…だったかしら」

翠星石「そう。私達では到底思いつかない策です。軍師の眼には、この世界が全く違うものに見えているに違いありません」

ジュン「…確かに壮大な構想だ。しかし、しかしだ。何か違和感を感じてならないんだよ。何というか…何とも言えんが」

真紅「気のせいよ。気のせいだわ、ジュン」

ジュン「そ、そうか…二度も言われるとはな」

今頃は、改心した雛苺が軍の編成を行っているはずだ。


70:SS速報:2009/11/25(水) 19:11:42.91 ID:ZgHDK7tT0


雛苺が軍の編成を行っていないことが発覚したのは、それから十日も経ってからだった。

金糸雀「組織的な撤退すらもはやままならないわ。後は、ただがむしゃらに逃げるだけかしら…」

金糸雀が弱々しくつぶやいた。

ジュン「この土地は僕の青春だった。それも守れず、ただ遁走するのは…」

ジュン「すべて天下のためだ。いいかお前達、絶対に生き残るぞ」

雛苺「うん!」

真紅「ちょ、ちょっとジュン!あれを見て!」

ジュン「…!?」

城門の前に、民が集まっている。

ジュン「な、何だ…?」

翠星石「酔狂な民が、三人。これが私達の七年の成果ですよ、ジュン」

軍は、すでに独自に柿崎への降伏の意を表していた。

ジュン「この劣勢の極みで、それでも僕についてくるというのか、民よ」

ジュン「いいだろう。共に行こう。天下へ、連れて行ってやる」

そう言ってジュンが近寄ると、民は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


71:SS速報:2009/11/25(水) 19:14:51.82 ID:ZgHDK7tT0


めぐ「相変わらず桜田は弱いわね…ふふっ」

水銀燈「本当。あの連中がまともに戦ってるところを見たことが無いわ」

かつていた群雄達は、そのほとんどが死に絶えた。
自分の家臣たちも、少なからず死んだ。

その中で今も変わらずにいるのは自分と桜田だけだ。めぐはそう思っていた。
ちなみに桜田一党は、散り散りに逃げていったという。

水銀燈「それでも私達が接近する中、頑なに前線に居続けたそうよ。なかなかに見上げた勇気だわ」

めぐ「ふふ、それだってきっとまたしょうもない何かがあったのよ。ね、水銀燈。そう思わない?」

水銀燈「…ちょっと。あなた最近、桜田を好きになってきてるんじゃないの?」

めぐ「な、何を言っているのよ。戯言はほどほどになさい、まだここは戦陣なのよ」

めぐ「まあ…桜田はいずれ、登用できるものなら登用したいとは思っているけどね」

水銀燈「そう。ま、それもいいかもしれないわ」

水銀燈が笑う。
めぐは何もかもを見透かされているような気がしたが、不快ではなかった。


73:SS速報:2009/11/25(水) 19:19:32.41 ID:ZgHDK7tT0


柿崎軍がジュン達を蹴散らしてすぐ、山本は降伏。
そしてその一年後、草笛軍は侵攻する柿崎軍と壮絶な陸戦を繰り広げたのちに滅亡した。

ジュン達はその間、時勢を見極めることが出来ず、どの戦局にも関与できなかった。
残る勢力は肥後の南端に割拠する四諸侯と、大隅・薩摩を領する島田だけとなった。

ジュン「金糸雀。前から感じていた違和感が何か分かったよ」

金糸雀「な、何?何かしら?」

ジュン「お前の言った天下四分は。…その天下の一である九州を、僕たちが取らなきゃ意味が無いんだ」

ジュン「つまりお前の策は、実が伴わない夢物語でしかないんだよ。喩えるなら、世界征服を目指す子供のようなものだ」

金糸雀「…あっ!?」

真紅「戦場で敵を打ち破る。どの戦場で戦うべきか見極める。そして、その戦場に意味を与える。もちろん、九州のね」

真紅「私達が欲しかったのは、そんな軍師だったの。金糸雀」

金糸雀「…」


74:SS速報:2009/11/25(水) 19:23:51.61 ID:ZgHDK7tT0


金糸雀は、拳を握り締めて涙をこらえている。

翠星石「それでも、お前は私達の軍師なのです。私達は武将。戦場を駆け抜ける一陣の風でしかない」

翠星石「策を。策を私達に授けてください、金糸雀。…桜田が九州に覇を唱えることのできる、そんな策を」

金糸雀「…ま、まだ私を軍師と見てくれるの?」

雛苺「当然なの。間違いは誰にだってあるし、それは正せばいいだけ。そして何よりも…」

雛苺「この果て無き九州は、ヒナたち三人ではちょっと広すぎるの。そこに金糸雀がいるぐらいが、ちょうどいいのよ」

金糸雀「あなた達…」

金糸雀がついに泣き崩れた。

ジュン「大丈夫か?」

金糸雀「ごめんね、ごめんね…」

真紅「さあ、軍師さん。私達が天下へと進むべき道を教えて頂戴な」

金糸雀「…薩摩・大隅に柿崎軍を引き込んで戦うの。その際、反柿崎の人間がことごとく皆集まってくるはず」

金糸雀「そして、柿崎めぐをその一戦で討ち果たす。ただ一度きりの機よ…」

しかしその頃、めぐの元には島田からの降伏の使者が到着していたのだった。


75:SS速報:2009/11/25(水) 19:25:57.10 ID:ZgHDK7tT0


最終部 まだら

巴「…あなた。食事が出来たわ」

ジュン「おぉ。今行こう」

筵を織る。
真紅たちと出会う前に行っていた家業だった。

ジュン「これだけしかないのか」

巴「誰のせいだと思っているの。このろくでなし」

ジュン「す、すまん」

ジュンの織る筵は妙に西洋風だということですこぶる評判が悪く、売り上げもいまいちだった。

ジュン「いや、案外美味いもんだな」

巴「そう、良かった」

ジュン「…あぁ。幸せ者だ、僕は」

戦塵に汚れた道の果てがこの慎ましくも幸福な暮らしなのならば、世の中もまだ捨てたものではない。
ジュンは巴の笑顔を見て、不意にこの新妻を抱こうと思った。


77:SS速報:2009/11/25(水) 19:29:41.46 ID:ZgHDK7tT0


真紅「…ここらも、よく治まったものだわ。あの頃は賊が横行していたのにね」

雛苺「そうだね。…少し寂しい気もするけれど」

豊後守だった頃、真紅と雛苺は賊とともによく略奪をなした。
あの快活漢たちも、おそらく死に絶えてしまったのだろう。

真紅「…」

激烈な日々は、やがて追憶の彼方へと消えていく。
それはそれでいい。思い出は、覚えている人間だけが覚えていればいい。

真紅「さ、行きましょうか雛苺…」

雛苺がいない。置いていかれたというのか。

真紅「あの子ったら…風のように去っていくのね。さよならも言わずに」

真紅「…」

涙を流すのは少しの間だけだ。
それ以上は、名残が惜しくなってしまう。

真紅「また会いましょう、雛苺。この広い天下のどこかで」

しかし、少し歩いたら雛苺は見つかった。
迷子になっていたのだという。


79:SS速報:2009/11/25(水) 19:32:05.24 ID:ZgHDK7tT0


めぐ「…退屈ねえ」

水銀燈「民が笑っている。それだけで十分だわ」

めぐ「もう、堅いんだから!…そうだ。また、桜田一味を呼びましょうよ」

水銀燈「好きねえ…いいんじゃない?あの連中は、いつでも暇みたいだし」

めぐ「決まりね。水銀燈、蒼星石にも来るように伝えてちょうだい」

水銀燈「はいはい…」

どうも日々が単調になりがちだった。
それをめぐは嫌いではなかったが、やはりほんの少しでも刺激は必要なのだ。

それにしても、桜田を呼んで話をする程度のことが天下人の贅沢なのか。
めぐはひとりごちて、苦笑した。


83:SS速報:2009/11/25(水) 20:00:07.52 ID:ZgHDK7tT0


水銀燈「…私、何か気に障ること言っちゃった?」

蒼星石「いや…僕は、字が読めないんだ…」

水銀燈「あぁ…」

蒼星石「嗤いたければ嗤ってくれ…」

水銀燈「私が教えてあげるわよ。時間はいくらでもあるわ。何も恥じることではないのよ、蒼星石」

蒼星石「すまない、恩に着るよ…」

最近、しばしば満ち足りた気分になることがある。今もそうだ。
これこそが平和というものなのかもしれない。

静謐の日々の中へと融けていく自分。
それが、水銀燈には不意に誇らしく感じられた。


84:SS速報:2009/11/25(水) 20:02:08.54 ID:ZgHDK7tT0


ジュン「おぉ。久し振りだな、翠星石」

翠星石「ジュン!ジュン!会いたかったですぅ!」

ジュン「ははは…おや。少したくましくなったんじゃないか?」

翠星石「う…軍では、妙に重いものばかり運ばされるから…」

翠星石は、妹の蒼星石を頼って柿崎軍の二等兵になっていた。

ジュン「そうか。ま、仕方ないな。平和な日常の副作用みたいなもんだ」

金糸雀「そういうジュンだって、精悍な顔つきになってきたじゃない。今、何歳だっけ?」

ジュン「十六になったよ。…そうだ、まだ言ってなかったかな。この間僕は結婚したよ」

翠星石と金糸雀が一瞬ぽかんとした後に、黄色い歓声を上げる。

翠星石「だ、誰とですか!?お前を婿に貰ってやろうなんて殊勝な女が、よくこの世にいましたね!?」

ジュン「落ち着け、うっとうしい。…幼馴染の女だ。地味で、暗い女だが…」

ジュン「愛しい妻だよ。この世でもっとも美しい女とも思っている」

金糸雀「くー…のろけちゃって!にくいかしら!」

翠星石「よっ!色男!」

ジュン「反応が古臭いんだよ、お前らは…ま、ありがとな」


85:SS速報:2009/11/25(水) 20:03:42.95 ID:ZgHDK7tT0


真紅「ジュン。久し振り」

ジュン「真紅。それに、雛苺も」

雛苺「兄弟の縁を切ってから、もう三年にもなるのね。…まさしく、光陰矢のごとしなの」

翠星石と金糸雀が気を遣って離れていった。
この二人は、結局最後まで桜田軍に馴染みきれなかった。

ジュン「お前達の近況はどうだ?僕は、前に手紙で伝えた通りの日々だが」

真紅「相変わらずよ。諸国漫遊の日々をただ繰り返すだけ」

雛苺「真紅はただ草を煮るばかりなのよ。もう、愛想もほとほと尽き果てたの」

ジュン「はは、お前達は変わらないな。まったく、あの頃のままだ…」

ジュン「…さて、そろそろ柿崎さんのところへ行かなきゃな」

真紅「あの人間も退屈してるのよ。だから、ちょくちょく私達を呼び出すのね」

雛苺「迷惑だよね。移動費用も馬鹿にならないっていうのにさ」

ジュン「そう言うな。あの人は寂しいんだよ。昔話を一緒に出来る人間が、ほんの一握りしかいないんだろうから…いや」

ジュン「やはり迷惑だ。いっそ、このまま逃げ出してしまいたいぐらいだ…逃げるか」


86:SS速報:2009/11/25(水) 20:05:37.31 ID:ZgHDK7tT0


めぐ「に、逃げたの?」

水銀燈「えぇ。今、追わせているから少し待っていてちょうだい…」

めぐ「変わらないわね、あの連中は。…いいわ。水銀燈、放っておきましょう。あの連中、逃げることにかけては天才的だもん」

水銀燈「へ?いいの?」

めぐ「似合ってるじゃない。平和になっても逃げ回ってるってのがさ」

水銀燈「そりゃそうだけど…」

めぐ「それに、またいつだって会えるわよ。天下が平和なままならね」

水銀燈「はぁ、なんだかさっぱり分からないわ、めぐ。でも…」

水銀燈「昨日会った人間と、今日も明日も変わらずまた会える。あなたが作ったのは、そういう世の中なのよ」

水銀燈「それをあなたが利用することは、何もおかしいことじゃないの。それだけは言っておくわね」

めぐ「…と、唐突にいいこと言うわね。それにちょっと恥ずかしい台詞だわ、水銀燈」

水銀燈「ふん、放っといてちょうだい!」

めぐ「ふふ…」

自分の登用の誘いすらも蹴って、こそこそと蠢動する連中が少なくとも三人はいる。
めぐは、そのことが無性に嬉しかった。


87:SS速報:2009/11/25(水) 20:08:14.53 ID:ZgHDK7tT0


まただった。またもやジュンは、逃げる途中で行方不明になった。

真紅「もう知らない。あの子は何かが欠如しているわ」

雛苺「うん。そればっかりは否定できないの…あっ」

ジュン「もう僕は昔の僕じゃないぞ。はぐれるのだって、ほんの少しの時間だけだ」

雛苺「それが普通…ううん、それだって普通よりちょっと劣ってるよ?」

ジュン「ほ、褒めてくれたっていいじゃないか!」

真紅「ま、そんなことはどうでもいいわ。ジュン、一緒に飲みましょうよ」

ジュン「お…草汁か。懐かしいな。しかし、僕はもう帰らなきゃ。抱くべき妻が待ってる」

真紅「…そう。それじゃあ今度はいつになるか分からないけれど…」

雛苺「またね、ジュン」

ジュン「おぅ。またな」

何も纏まっちゃいない。しかし、これで終わりなのだ。
ジュンは、とめどなく溢れ出る涙をいつまでも止めることが出来なかった。

fin


88:SS速報:2009/11/25(水) 20:09:14.92 ID:ZgHDK7tT0


最近ローゼンスレが少なくて寂しかったので、思わず自分で立ててしまいました。
しかしながらこんな痛々しい何だかよく分からないものを書いてしまい、期待に沿えずごめんなさい。
付き合ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。それではこれにて失礼します。


89:SS速報:2009/11/25(水) 20:18:03.03 ID:8A6XH8Qh0


乙だ!乙!もっと強気でいいんだぞ!



93:SS速報:2009/11/25(水) 22:00:40.62 ID:gHsELBWgO



面白かったんよ



94:SS速報:2009/11/25(水) 22:13:24.77 ID:hQnqmbAF0


乙カレーの具!読みやすかった




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