今日も、我那覇響はアイドルである。
「はいさーい!」
事務所に響く快活な声。それに気づいた1人のアイドルが出入口の方へと目を向け、その声の主へ挨拶を返す。
「おはよう、響ちゃん」
「春香。まだ千早とプロデューサーは来てないのか?」
「ううん。千早ちゃんは私より先に来てたけど、プロデューサーさんと一緒に先にレッスン場に行ってるって」
「ってことは……もしかして自分が最後か!?」
「予定よりはだいぶ早いけどね。じゃあ、行こ、響ちゃん」
「ちぇー……折角時間より早く来たのにビリかぁ……」
春香に微笑みかけられながら口を尖らせると、彼女はきびすを返し事務所の出入口へ向かった。春香もそれに続き、事務所を出る。
「えっと……ぴよ子も居なかったけど、鍵は大丈夫なのか?」
「社長が居るから大丈夫だって」
「ああ、そっか」
レッスン場へは歩いて10分程度。2人は、歩みを進めながら世間話に話を咲かせていた。
春香は響の頭を指さすと、ポニーテールを揺らして歩く響にこう聞いた。
「響ちゃん、新しいリボン買ったの?」
「ん? んー、そうそう、良いでしょ、これ! 青色が気に入ってるんだ」
「うん! 涼しげで、これからの季節に合いそうだよね」
「春香もリボン新しいの買ってみたらどうだ? もっと飾りとか付いた派手なやつとか」
「えぇ~。私はこれで良いよ~……随分前だけど、ライブの後にプロデューサーさんが買ってくれたやつだし」
「あれ!? 初耳だぞ!?」
「そうだっけ? ま、そういう訳で春香さんはこのリボンがお気に入りなのです。もうしばらくは、ね」
「そっかぁ。あ、そろそろレッスン場だな。よし、春香、競走だ!」
「えぇ!? ひ、響ちゃんには勝てないよぉ!」
「はいさーい! ちは……あれ、居ない」
レッスン場2階の奥から3番目の部屋、そこは3人がいつも使っている部屋だった。勢い良く扉を開けて飛び込んだ彼女が無人の部屋を見渡していると、背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。千早だ。
「おはようございます」
「あ、おはようござ……うわ、千早か、びっくりした。なんだ飲み物買ってたのか」
「夏場の水分補給は大事だから。ところで、春香は? 一緒に来るって言って事務所に残ってたはずなのだけれど」
「ああ、春香なら多分――」
言うが早いか、レッスン場の階段を息も絶え絶えに上がってくる春香の姿が千早の目に写った。春香はゼーハーと息を吐くと、いつも通りの笑顔を千早に見せた。
「が、頑張ったけどやっぱり響ちゃんには追いつかなかった……えっほっ!」
「春香!? ちょっと、我那覇さん!?」
「じ、自分のせいか!? ごめん春香!」
「なんだなんだ、全員揃ったと思ったら一気に騒がしくなったな」
「あ、プロデューサーさん……ごふっ」
「は、春香ーっ!」
「3人とも、とりあえず部屋入ろう」
プロデューサーに促され、部屋へ入る。この部屋はこのレッスン場で唯一更衣室と隣接していて、それがこの部屋を毎回使う理由でもあった。今来た2人は持ってきた私物を一旦部屋に起き、練習着を持って更衣室へと向かった。
更衣室から戻り、レッスンが始まる。今日の練習メニューはユニット曲のダンスレッスンだ。
「た、ほっ」
「ふっ……っ!」
「わっ、とと……」
三者三様の出来栄え。それらを眺めながら、プロデューサーは適宜指示を出していった。
「春香ー、ターン直後の動きがぎこちないぞ」
「千早ー、動きは良いが顔が固いぞ。とりあえず眉間にしわを寄せないように意識しろ」
「響ー、少しテンポ速いぞ、もう少し落ち着いて動け」
50分のレッスン、10分の休憩、50分のレッスン……そうして時刻が12時を少し過ぎた辺りで、プロデューサーがレッスンを終了を告げた。
「よし、今日のレッスンはこのくらいでいいだろう。そろそろ次の利用者も来るだろうしな」
「ふーっ、汗がとんでもないぞ……」
「ちゃんと水分補給しろよ。俺はこのままTV局の方に打ち合わせ行くから、3人は適当に昼飯食って事務所に戻っておいてくれ。2時になったら取材があるから、それまでにな」
「了解だぞ」
「お昼、どうしよっか」
「私はどこでも良いけれど……」
「あ、じゃあ自分、2人と行きたいお店あるんだけど良いかな? ここからすぐ近くなんだけど」
「じゃあ、そこにしようか。千早ちゃんもそれで良い?」
「ええ。その前に、早く着替えましょう?」
「あ、そうだね。うへぇ、汗でベタベタだ……」
3人はプロデューサーを見送ると、話をまとめ更衣室へ向かった。シャワールームでひとまず汗を流し、着て来た服を着なおす。道中で既に汗ばんでいた布地が肌に貼り付くのを感じながら、3人は更衣室を出て店へと向かった。
「へぇ~、お洒落な店だね」
「だろ? この間見つけて来てみたかったんだ」
「でもさっき、我那覇さん「2人と」って」
「え、あ、いや、ひ……そう! 1人じゃ入りくくて!」
落ち着いた内装のイタリアンレストラン。入り口近くの4人テーブルに座り、3人はメニュー表を広げた。スパゲティやピザの写真がでかでかと載っていて、誰からともなくアレがいいコレがいいと口々に言い合った。
「うー……迷うぞ、カルボナーラか……それともペペロンチーノか……」
「私ナポリタン~♪」
「じゃあ私はたらこスパゲッティにしようかしら」
「あれ!? 二人とももう決まったのか!? うぎゃー! 早く決めないとー!」
「良いよゆっくりで。時間はあるしね」
「……よし決めた! カルボナーラでいくぞ!」
店員を呼び、注文を伝える。それから3人は、取り留めもない話を始めた。珍しく律子がデスクで寝ていた時に、これまた珍しく伊織がタオルケットを用意していただとか、やよいが貴音と一緒にかさ増し料理について勉強してただとか、雪歩が最近紅茶にも手を出したとか。
そんなこんなで話に花を咲かせていると、しばらくして店員がスパゲティを運んできた。
「おー、美味しそうだな!」
「それじゃ、いただきます!」
「我那覇さん……クリームがはねそうだけれど」
「いやぁ、美味しかったな!」
「ね。また行きたいなぁ」
「そうね。次はプロデューサーも誘ってみる?」
「あ、良いかも」
食事を終え、3人は事務所へ向かう。寄り道しようかという話も出たが、意外と食事に時間がかかってしまった。
それもこれも春香がデザートを食べるかどうか悩みあぐねていたせいなのだが、結局パフェに手を出した春香の満面の笑みが素晴らしかったからか、2人も特に何も言わなかった。
「ただいまー!」
「……あふぅ。あ、おかえりなさいなのー」
事務所に帰った3人を迎えたのは、ソファでまさに今昼寝をしてたであろう寝ぼけまなこの美希だった。
「美希……またソファで寝てたの?」
「千早さん。このソファを侮っちゃイケナイの……! あの律子が「ダメになる」ソファなの……!」
「千早ちゃん、私もこのソファは舐めてかかったら駄目だと思うよ……腰を下ろしたら2秒でダメになるよ……!」
「2人とも、大袈裟なんだから……」
「おや、帰っていたのですね。おかえりなさい」
美希たちがごちゃごちゃと騒いでいると、給湯室から銀色の髪を揺らしながら顔を覗かせる者が居た。貴音だ。
「たかね」
「響。偶然にも戸棚から「じゃすみんてぃ」なるものを見つけたのですが、一杯いかがでしょうか」
「さんぴん茶だな! もらうぞ!」
「春香、千早、美希。3人も、いかかでしょう」
「あ、じゃあ、いただきます」
「天気予報によると、今日は夏日だそうです。氷を入れて、冷やしてみました。どうでしょう」
「んー、美味しいなぁ。外から帰ってくるとこの冷たさが気持ちいいぞ」
「あっ、冷蔵庫の中からアイス発見!なの!」
「美希! 勝手に食べたら駄目じゃないかな……」
「むぅ……でも律子に見つかって怒られたら面倒だからやめておくの」
「それが良いと思うけど。……四条さん? よだれ出てますけど……」
「……いえ、なんでもありません」
「ただいまー。ふぅ、スーツだと流石にこの暑さは堪えるわね」
「あっ、律子! 冷蔵庫のアイス食べていい!?」
「さんを付けなさい! おかえりくらい先に言いなさいよ……多分それ、小鳥さんが買ってきたやつね。1人1本分あるはずよ」
「よっし食べるの!」
「美希、私は葡萄味が良いです」
「じゃあ自分はブルーハワイ!」
「私はイチゴかな」
「……私は、なんでもいいけれど」
「……美希、私メロンね」
「律子さんまで!? ミキのシゴトじゃないのー!」
「ただいま帰りましたぁ」
「うっうー! たくさん写真撮ってもらいましたー!」
「ん、雪歩とやよいか。おかえりー」
「はわっ、響さんの口の中が青いです!」
「ああ、これ? さっきまでアイスキャンディー食べてたからな。2人の分もあるぞ?」
「あ、じゃあ、もらおうかな……」
「良いんですか?」
「ぴよ子が皆の為に持ってきたらしいからな。食べた後にぴよ子に美味しかったって言っておけば良いと思うぞ。はい、好きなの取るといいぞ」
「ただい……ちょっと、入り口のとこに固まってないでよ」
「伊織ちゃん。ってことは……」
「あぢ~、これじゃ亜美どろどろに溶けちゃうよ~」
「あらあら、そしたら踊りにくいわね~」
「およ? やよいっち何食べてんの?」
「アイスキャンディーだよ。小鳥さんがみんなの分用意してくれたんだって」
「伊織たちも食べるよな? はい、これ」
「外から帰ってきたばっかりなんだから手くらい洗わせなさいよ……」
「……やよいちゃん、私たち」
「……はわっ! 手洗う前にアイスもらっちゃいました!」
「おやおや~? やよいっちは悪い子ですなぁ~」
「ふふ、手洗い場が大渋滞ね~」
「真美参上! ズルい! ズルいぞひびきん!」
「うわ、なんだ真美、帰ってきて突然すぎるぞ」
「真美とまこちんがお仕事してる間にアイスを食べてた奴はみんな敵じゃーい! 密告してくれた亜美隊員は特別に許す!」
「理不尽すぎるぞ!」
「まあまあ真美、ボクたちはこれから食べられるんだから良いじゃないか。ってことで、ボクたちにも頂戴、アイスキャンディ!」
「運がいいな、2人とも。まだ全部の味が残ってるぞ」
「やーりぃ! じゃあボクは……っと、先に選んでいいよ、真美」
「ほほう、ファーストレディーってやつですな?」
「……それを言うなら、レディファーストじゃないか?」
「っていうか、それじゃあボクが男の人みたいじゃないか!」
「んー、真美はこの黄色いのにしーようっと!」
「じゃあボクはイチゴ! へへ、いっただっきまーす」
「真……ものすごい齧りっぷりだな……」
「ふー、まさかこんな日に限って輪ゴムが無くなるなんて……お陰でこのカンカン照りの中買出しにピヨヨヨヨ……」
「ん、おかえりぴよ子。アイスもらったぞ」
「あっ、みんな食べてくれたのね。朝の内に買って冷やしておいたんだけど、買出しに出ちゃったから誰か気づくかなと思ってたのよ」
「まだ何本か残ってるぞ」
「もちろん、プロデューサーさんと社長の分も考えてあるのよ?」
「なるほどなぁ」
「プロデューサーさんはまだ帰ってない?」
「んー、でもそろそろ2時前だし、帰ってくるんじゃないか?」
「ただいまー、っと、音無さん」
「……噂をすれば、だな」
「おかえりなさい、プロデューサーさん。冷たいアイスがありますけど、どうですか?」
「アイス。良いですね……でも、それより先に」
「?」
「響、春香と千早を呼んできてくれ。もう外で記者の人と鉢合わせちゃってな、ちょっと早いけど取材始めよう」
「分かったぞ。おーい、春香ー、千早ー!」
――――――――――――
――――――
―――
取材を終え、しばしの休憩の後、夜にはTV局へ向かい歌番組の生放送収録。万全のパフォーマンスを終えた3人は、プロデューサーの車で自宅まで送ってもらうところだった。
「良かったんですか? 送ってもらってしまって」
「んー? まあ、俺も直帰だしな。一番遠い春香が一番遅くなっちゃうけど」
「えへへ……そうしたらちょっとだけ2人きりに……」
「春香……顔がにやけてるぞ」
「に、にやけてないよ!?」
「春香、鏡を見
コメント一覧
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- 2015年06月27日 22:36
- 最後のは覚醒美希…でいいのか?
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- 2015年06月27日 23:25
- 読んでないけどくさそう
いや、くさい(確信)
-
- 2015年06月27日 23:36
- >>ひびきたちの元居た世界にも春香とか千早にそっくりの子は居たんだけど
おっそうだな
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- 2015年06月27日 23:40
- 初期コンセプトの時から二人ともいたんだったな
色々懐かしいわ
あと麗花さんもこの頃すでにいたんだよな
-
- 2015年06月27日 23:58
- 初期プロットのやつか
最後は覚醒ミキだな
貴音は『ひびき』って言ってたし気が付いていたっぽいな
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