モバP「ユーレイ・アイドル」
アタシ、アイドル。
いや――“元”アイドル?
なぁに?
「なんで疑問系なの」って……仕方ないでしょ。
アタシ、いまユーレイみたいな状態になってるんだから。
アタシ、気付いたときは、どこかの大きな道路にいたの。
正確には、道路の上空……っていえばいいのかな。
よく3Dのゲームとかで、操作する主人公を斜め後ろから俯瞰してるでしょ? あんな感じの視点だった。
眼下には、居眠りなのか脇見運転なのか知らないけど、軽自動車が歩道に突っ込んでて。
その近くに、アタシが力なく転がってた。
頭から、血をたくさん流しながら。
フロントガラスにクモの巣が張ってたし、轢かれてそこに頭を打ったんだろうね、きっと。
どうでもいいけど、血って意外と黒く見えるんだね。
で、アタシの横では、スーツを着た男の人が泣き叫んでて。
大の大人が哭くなんてみっともないなぁ、って呆れちゃったけど。
今にして思えば、あの人はアタシのマネージャーだったのかな。
そうこうしてるうちに数分で救急車がきて、慌ただしくアタシ――だったもの――を載せて走り去っていったよ。
うまく事態を掴めていないアタシは、その場でしばらくぼーっとしてた。
そりゃ、気付いたら空中に浮かんでて、自分で自分の身体を眺めてる、なんて状況にさせられちゃ……ね。
こんな超常現象、いざ当事者となると実感は全然湧かないモンだ。
自分の名前は憶えていない。
いや、そもそも何者なのかもよくわかっていないんだ。
アタシはアイドル、ってさっき自称したけれど、それだって雑誌の表紙に
『今、注目のアイドルたち!』
というキャプションと一緒に自分が載ってるのを見かけたからそう判断しただけだし。
詳しい中身まで読みたかったけど、ページを捲ろうとしたら手がすり抜けちゃった。
ユーレイだもんね。
この身体になって、既におよそ四時間くらいが経ったと思う。陽が西へ傾いてきた。
あてどもなく漂い、いまアタシは、どこかの公園のベンチに座っている。
ユーレイなんだから、別に座らなくたって、ふわふわ浮いていたり、どんな姿勢でもいいっちゃいいんだけどさ。
ま、こんなものは気分だ。
今後のことを考えるのに、座っていた方が頭も廻しやすい。
アタシは、顎に右手を添えて思考に耽った。
まあ、そこまで高尚なことを考えているワケじゃないけど。
兎にも角にも、自分が何者なのかが判らないことには始まらないよね、ってことくらい。
……そうは言っても、どうやって調べよう?
物に触れられないから本や資料は漁れない。
誰かが立ち読みしているのを覗き込む? それとも電気屋に行って、テレビを眺めようか。
でも立ち読みする人が目当てのページを開くとは限らないし、テレビにアタシのことが出てくるかも不透明だ。
結局、自分以外の要素に左右され、受動的になるしかない。
「あー、こんなことなら、救急車が来たとき、ぼーっとしてないでついて行けばよかった……」
いきなりの事態に面喰らってたのだから、それは致し方ないことではあるけれど――
やれやれ、と肩を落とす。
まあ、救急車が飛び込む大きな病院なんてそこまで多くはないはず。
しらみ潰しに近場から覗いていこうかな。
何となくだけど、自分以外の要素に翻弄されるより、能動的な方がいい。
よし、と意気込んで立ち上がると、不意に、やや強い風が駆け抜けた。
でも、アタシにはそれが感じられない。すり抜けてしまうから。
梢がざわめき揺れているのを視て、そう判断しているだけ。
意外と人体の皮膚感覚って、状態を認識するのに大きなウェイトを占めているんだね。
どうでもいいことに感心しちゃう。
――
物に触れられないのは不便だけど、或る意味ではとても便利だ。
建物も壁も関係なく通れちゃうんだもん。
普通の肉体がある状態では到底不可能なスピードで、探し回れる。
探索を始めてからさほど時間は経っていない、三つ目の病院。
一般病室から手術室、霊安室に至るまで覗いた結果、アタシはICUに横たわる自分を探し当てた。
その過程で、他の病院や病室の、どうやら“視える”らしい一部の人には驚かれてしまった。
そりゃーさすがに、壁からいきなりにょきっと出て来たユーレイに視線を向けられ、
「この部屋も違う。はい、次」
と素通りして隣の部屋へ消えて行かれれば、度肝を抜かれるのもうべなるかな。
ま、やむを得ないこととして目を瞑ってもらおう。
アタシの“本体”が寝ているICUは、隔離された大きな部屋。
何人もの患者がずらりと寝かせられていて、その誰もがぴくりとも動かない。
まるで蝋人形が並べられているかのよう。
そして、無機質な機械の音だけが不気味に響いている。
不思議と病院には抵抗のないアタシだけど、この場所は別だ。
ちょっと気圧されて息苦しい。
でもそんなことを言っていても仕方ないから、ひとまずアタシは自分が寝ているベッドの方を視る。
頭に白い布が被さっていないということは、命は保ったようだ。よかったよかった。
じゃあアタシは幽霊じゃなくて幽体離脱ってことかな?
うーん、めんどくさいから『ユーレイ』でいいや。
ベッドに横たわっている身体は、撥ねられたというのに、頭部以外には大きな外傷がない。
交通事故ともなれば、腕や足の一本二本くらい折れてそうなものだけど。
不幸中の幸い、ってやつかな?
ただ、その頭部は、包帯でぐるぐる巻きになっている。
近づいて、まじまじと眺めてみた。
かなり幅広の包帯だ。救急箱に入っているものとはまるでレベルが違う。
その隙間から栗色の髪の毛が、はみ出るように伸びている。
包帯から視線を下へずらすと、顔面には、軽いかすり傷がある程度。
もしアタシが本当にアイドルなのだとしたら、商売道具が無事でよかった。
自分自身の顔を、鏡越しではなく直接外から見る機会なんてないだろうから、とても新鮮。
へぇ、結構カワイイじゃん、アタシ。
きっと他の人からは、こういう風に見えてるんだね。
そうやってアタシが“自分観察”をしているうちに、ドアの向こうから話し声が聞こえてきた。
アタシに割り当てられたベッドは、ICUから外へとつながる出口に一番近い場所。
少しだけ室内を振り返りながら、さっと壁を抜ける。
すると廊下には、お医者さんと壮年の女性、そして例のマネージャーと思しき人がいた。
あの女性―ひと―は、たぶん、母親……のはず。でもはっきりしたことはわからない。
一所懸命に記憶の糸を手繰ろうとしても、磨りガラスの向こう側にあるような感じなんだ。
思い通りに回らない脳味噌がもどかしい。
思考を諦めて会話に耳を傾けると、お医者さんからアタシの容態の説明がされているところだった。
髪の一部が剃られて、おでこの生え際から後頭部まで、ものすごく大きなメスと縫合の痕があるそうだ。
なんでも、頭蓋骨を切って取り外す開頭手術をやったらしい。
……前言撤回。不幸中の幸いでもなんでもなかったね。予想以上に重篤だった。
っていうか、頭の骨をカポッと出し入れしても人間って生きていられるんだ……不思議なものだね。
アイドルとして顔面が無事だったのはよかったけど……
髪が一部とはいえ剃られちゃったら、しばらくはテレビとか雑誌とかには出られないよねぇ。
まあ、或る程度伸びればエクステで誤摩化せるし、手術痕は髪に隠れるだろうから大丈夫かな、たぶん。
……退院できれば、の話だけどね。
……なんか自分で言ってて鬱鬱としてきちゃった。やめよ。
「治る見込みは……どうなんでしょう」
男の人が憔悴しきった顔でお医者さんに訊いている。
「運良く、と言っては恐縮ですが、硬膜外血腫なので硬膜下血腫やクモ膜下出血よりは予後良好のはずです。
しかし――」
お医者さんは、そこで一度言葉を切った。
ちらりとタブレット端末の電子カルテを見てから、視線を男の人に戻す。
「――原因不明の重度昏睡状態にあります。外部からの刺激に、脊髄反射以外の反応を見せません。
それ以外の体機能はすこぶる健康なものの……この状態が続くと、遷延性意識障害となるでしょう」
「そ、それはつまり……」
哀願するような顔で問うマネージャーに、お医者さんは目を瞑り、残酷な宣告をする。
「俗に言う“植物状態”です」
「そ……そんな……」
マネージャーは、頭を両手で抱えて、ガクリと膝を床に突いた。
母親は、ハンカチを目に当てている。
アタシといえば――未だにあまり実感が湧かない。
もちろん、ショックはショックだけど
コメント一覧
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- 2015年06月27日 19:43
- 小梅ちゃんかわいい♪
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- 2015年06月27日 20:10
- おもしろかったけど…
最後の無意味なバッドエンドはちょっとなあ
でもおもしろかった
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- 2015年06月27日 20:13
- どうしてそこに落ち着いてしまったのか・・・
大怪我の時点でハッピーエンドなんてなかったのか
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- 2015年06月27日 20:15
- 今すぐ芳乃様を呼んでくるんだっ!!
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- 2015年06月27日 20:17
- プロローグが終わっただけだろ、本編はよ!
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- 2015年06月27日 20:23
- 一応元スレではフォローされてるよ
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- 2015年06月27日 20:30
- 馴染む!実に馴染むぞ!
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- 2015年06月27日 20:30
- あまりにもあんまりな結末で鳥肌が立った
あかんこれはアカン
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- 2015年06月27日 20:38
- 224:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします[sage]
>>222
幽体よりも実世界に存在し続けた脳の状態の方が優先される、という単純な理屈です。
なので自分の中では、ユーレイだったときと同じようにハッカを聴かせれば回復します。
もちろん読む人によって、このまま永久に戻らない加蓮の世界線があってもいいですし
再度別のアプローチで記憶を甦らせるドラマがあってもいいですし。
とのこと
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- 2015年06月27日 20:38
- ここでは省かれてる このあとの作者のフォローで少し楽になった
こういう見せ方もあるんだなぁ
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- 2015年06月27日 20:41
- と言うか、ここまでまとめろよw
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- 2015年06月27日 21:03
- なんで※9をまとめなかったんだよ…
まあ面白かった
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- 2015年06月27日 21:14
- 途中まではよかったのに最後の最後のでやらかしたねぇ…その後のフォローもなんかえねぇ…
まぁけっこう面白かったよ、最後以外は
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- 2015年06月27日 21:22
- 俺はよかったよ思ったよ
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- 2015年06月27日 21:32
- 幽霊 成仏させる方法……ふむ、塩ですか……。
ちょっと失礼します。ライバルを減ら、じゃなくてお見舞いにいってきますので
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- 2015年06月27日 21:53
- ※15 橘ァ!(タブレットを塩水につける音)
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- 2015年06月27日 21:58
- ※15
あ、ありすちゃんに悪霊が…つ…憑いてるんだな…ぼ…僕の精神注入棒でお祓いするんだな…(ヂィィ
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- 2015年06月27日 21:59
- ※15
これこそ、本当の敵に塩を送る……フフッ
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- 2015年06月27日 22:12
- このトリップいったいどうなってんだ・・・
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- 2015年06月27日 22:20
- なんだって…
面白かったけど
可能なら、どっちのパターンでもいいから続き書いてほしいな
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- 2015年06月27日 22:32
- ※18
楓さん、先にシャワー浴びてきてください
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- 2015年06月27日 22:46
- 自業自得じゃなくてこういう報われないエンドはなぁ……
それと最後が唐突過ぎる
フォローによれば肉体による上書きっぽいがそれなら事前に植物状態から目覚めても
記憶障害の可能性があるみたいな説明が欲しかったな
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- 2015年06月27日 23:14
- 戻れないのは下着を事故時の物に替えてないからかと思ったんだが
しかし原因がネックレスだったとすると、ちひろさんと小梅は加蓮の下着まで着替えさせた事に
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- 2015年06月27日 23:22
- 霊体の方で記憶が無かったのが正常
記憶が霊体へ移った=記憶は完全に消滅した
かと思った
戻る可能性があるならよかったね
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- 2015年06月27日 23:33
- ユレイドル?
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- 2015年06月27日 23:57
- ???
なんでケーキ屋の人は加蓮認識できてるの?
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