奈緒「…この姿、凛にも見せてやりたいな」加蓮「あっ、りーんー!」
「……え?」
大声で友達に名前を呼ばれた気がして、私は辺りを見渡していた視線を、前方、ステージの方へ向ける。
プロデューサーから、仕事が終わり次第、余裕があったらここに来てくれとメールを貰い、指定された――私が撮影したスタジオから、そう遠くない屋内のlive会場までやって来た。
それで、ちょっと興味があったから、プロデューサーの元へ行く前に、観客席の方に顔を出したのだ。一応、目深に帽子を被った姿で、伊達眼鏡をつけて。しかも、向こうからは人混みに紛れて見えないはずの距離で、なのに、……何で、バレた?
というか来たばかりで、ステージの方に誰がいるのかすら把握していなかった。声で分かった一人だけじゃなく、もう一人、見知った二人の姿が、目を凝らせば、スポットライトの下に見えて――状況も忘れ、その美しさに、息を飲む。二人に合わせて細部が異なる、その、豪奢な純白のドレスは、見紛う筈がない、――ウェディングドレスだ。
「あ、り、凛!」
気付いたらしく、ブーケを握り締めどぎまぎしたようすの奈緒と、
「やっほー、似合ってるでしょ?花嫁さんだよ、花嫁さん!」
フフン、と何処か得意気に大きなドレスの裾を持ち上げて、ウインクをかます加蓮。 それはファンの皆にしてあげないかな、なんてアイドルらしい思考はすぐに打ち消されてしまう。
綺麗?可愛い?スゴい?兎に角ありきたりな単語ばかりがぼこぼこ頭に浮かんでは消え、言葉に出来ない。どうすればいいのか分からなくて、つい動きが止まった私を我に返したのは、更に加速するざわめき。私だって、今はそれなりな有名人だ――周囲の人の視線がこちらに集まりきる前に、身を隠さなくちゃ。ああもう本当、加蓮、何で気付けちゃうかな!
と、駆け出す直前の私を対照的に見つめていた二人の視線が、ふいと観客に戻っていく。そうして、気をそらさせるためにか、普段よりも声を張り上げる加蓮。
「フツーのお客さんとして凛も来てくれてるみたいだし、これは張り切らないとね、奈緒!」
「ああ、そうだな!皆も一緒に頼むぜー!」
すっかり私の友達から、皆のアイドルに切り替わった二人。途端上がった荒ぶる歓声、そこから遠ざかるために、周りにちょっと頭を下げて、踵を返す。見ていたかったけれど、これ以上あそこにいるのは得策じゃない。多くの人があわただしく行き来する関係者用通路を歩きながら思うのは、さっきの二人の格好についてだった。
二人のウェディング姿はライブ用で、別に本番って訳じゃないことくらい分かってる。でも、友人の晴れ姿っていうのは、見ていてなんだかグッと来るものがあった。
感動すると同時に、この衣装達を前にどこかで見たことある気がして…そうだ、奈緒は早苗さんや千枝と一緒の花嫁修行企画で、加蓮は茜や桃華達とのブライダル撮影。直接は見れなかったけれど、掲載された雑誌や番組を見たから、覚えてた。それ繋がり、なのかな。
にしても、あっという間に仕事モードに入るのは、同業者として尊敬する。カッコいいし、……羨ましい……なんとなく、胸の奥が重い。すると思い出すのは、カメラマンさんの困ったような声ばかりで、首をふる。……最悪だ。
帰ろうかと一度は扉向こうを見たものの、壁越しにもれ聞こえる二人のNation Blueを聞いていると、せめてもう少し位、会話を交わしたいなと思った。プロデューサーは探しても見当たらないから、もしかしたら、二人なら居場所を知っているかもしれないし。
基本的にドリームライブは一度出番が終わったら、メインに据えられるアイドルたちを除いてそのまま帰宅となる。反省会は後日。多くのアイドルが夢のような組み合わせで出るための、スケジュール調整の措置の一つだ。二人のライブ終了まで十数分待って、舞台の格好のまま、お喋りをしつつ歩いてくる二人の前にひょこっと出る。
ライブの時と変わらず、やっぱり二人は服も合間ってキレイだった。でも、ライブの時とは雰囲気が全然違う。あのカッコよさや美しさみたいな、そういうオーラは、もう感じない。…ああ、やっぱり、二人はアイドルだ。舞台の上で、豹変する。言えば笑って、自分達はまだまだだと否定するんだろう――とか思いながら、冗談混じりの労いの言葉を送る。
「お疲れさま。二人とも結婚するんだ、祝福するよ?」
すると、私がいるとは思わなかったのか、加蓮が目を開き、奈緒が露骨に反応する。
「り、凛……!イヤ別に、この服はな!け、結婚したいとかすっすす好きなヤツとか居るわけじゃないから、」
「フフ、ありがと、凛。必ず奈緒と幸せになるからね……!」
「って加蓮かよ!何でウエディングドレス同士なんだよッ!」
わざとらしく腕にしがみついた加蓮をぐいぐい引き剥がしつつ、奈緒がそうほえた。疲れを見せない、キレのあるツッコミだ。ひっつきながら加蓮がこちらを見上げてくる。にこにこ笑顔で、
「そうそう、凛が来てくれて嬉しかったよ!」
「ホント、よく、気付いたよね…スゴいよ」
「ねぇ、仕事はどうだった?」
「え?あー…ん、まあ、大丈夫だった、よ」
意識しないよう――でも、ほんの少し歯切れ悪くなってしまったまま言えば、けれどライブで高翌揚している加蓮はそっか、とふわふわ相槌を打つだけで気付かなかった。ちらりと奈緒の視線を感じたけれど、軽く目を伏せて誤魔化す。
「てか、待っててくれたんだな、凛」
何か言われるかと思ったけれど、私を見て、奈緒はただありがとなと笑う。不意打ちもあるけれど、別に感謝されるつもりはなかったから、そう言われるとなんだか照れ臭くて困る。
「ホントだ、凛ってば帰っててもよかったのに、見に来てくれただけじゃないなんて優しいじゃん。もう終わりだから、後少し待っててよ!一緒に帰ろ♪」
すると一転、ばっと奈緒から離れたと思えば、今度は私の腕をとってくるくる回る。つられて私もくるくる。やけにご機嫌だ。ライブしただけとは思えない位のご機嫌具合。
「とと……奈緒。加蓮てば、何かあったの?」
「……さーて、な?」
問われた奈緒はにや、と意味ありげに笑って、浮かれる加蓮の背を、ほらほらと楽屋の方へ押した。
「てか、あたしらはもうすることないんだから、早めに退散しねーとな。ほら、早くいくぞ、かれんー」
「わっ、押さないでよ、もー!」
「……?じゃあ、後で楽屋行くね?着替えあるだろうし、しばらく時間潰してるから」
「おう、分かった。後……詳細が気になるなら、ソコの人にでも聞いてみろよ。ついでに、気になることがあるなら言っておけ。あたしらよりは頼りになるだろうよ」
「ソコの人?って、奈緒も加蓮も頼りになるけど」
「お、おう。嬉しいこといってくれるな……」
奈緒がアゴでくいっと指した先を振り向いても、沢山の扉が並ぶ廊下、何処だか詳しく分からない。問いただそうとすると、そう恥ずかしそうにする奈緒。質問を忘れてしまうくらい、相変わらずいじりたくなる。さっさと先に歩いていた加蓮が私を呼んだ。
「あ、そうだ凛ー!奈緒がね、ウエディングの感想欲しいって。凛なら何て言うかな~って、さっき言ってたよ」
「…大したこと言えないけどいい?」
「全然♪」
「あ、え、いやッ…別に一人言だっての!要らないから!凛絶対なんか口走る!」
「そのさ…すごい似合ってるよ。…綺麗だね、奈緒。見惚れるよ」
「~~ッッッだからなんでそんなこっぱすがしい台詞を言えるッ……!」
「ん?アタシはぁ?」
「はいはい、もちろん加蓮も、だよ。似合いすぎて怖いくらいだった」
「ふふ、アリガト。凛にもそう言ってもらえると嬉しいよ♪私達もお互いに誉めあっちゃったくらいだし」
ニコニコと、恥ずかしそうなのはいつもだけど、その数倍は素直に嬉しそうな様子の加蓮。もう少し言い返したりとかしてくると思った。本当に浮かれてるけど、なんなんだろ?
……まあ、奈緒には言われてしまったけれど、今のは素直な心情の吐露であるとはいえ、全く恥ずかしい訳じゃない。でも、奈緒の赤面と加蓮の照れ臭そうな顔が見れたなら、まあ、そんな羞恥にもお釣りが来るくらいじゃないかと思う。言ってよかったとは思えど、後悔はしない。
とかなんとか考えていたから反応が遅れた――羞恥に耐えきれなくなったのか、奈緒が茹で蛸のような頬を隠しながら、バカの一言と共に投げつけてきたブーケを両手で受け止めているうちに、二人は騒がしく走り去っていってしまった。遠ざかる笑い声と怒鳴り声。
と、ふわりと漂う花の香りが鼻を擽る。生花らしい、乱雑に扱わないでよ……と、ちょっと花屋っぽく思ったりする。
「では、失礼します…ん?凛じゃないか」
蝶のように甘い香りにつられ、すん、と花に顔を近づけたとき、不意にかけられた声はプロデューサーのものだった。顔をあげれば、扉の一つを開けながら、こちらに近づいてくる。通路やら舞台近くに居ないと思ったら、成る程、待機室にいたんだ。ライブの様子は、建物内のテレビならどこでも見ることができるから、利用していたんだろう。
「うん。朝ぶりだね、プロデューサー」
「おう、さっきは災難だったな。加蓮のヤツもよく見つけるもんだ。叱るのも含めて、後で楽屋に行こうと思うんだが、お前はどうする?」
「……私も一緒に行っていいかな?後、お手柔らかにね」
「ああ、構わん。……つーか、すまんな、俺がこちらに来ちまったから、仕事、お前一人に任せっきりで。今日は皆出払ってたから……」
「知ってる。別に、気にしてないよ。写真撮影よりはライブでしょ、普通」
そう。平気かどうかと聞かれたら、ちょっと言葉を飲み込むだけだ。ちょっと、歯切れ悪くなるだけだ。デビュー当初以来の、久し振りの一人での活動は中々に大変だった。仮にもデビューしてそれなりに経っている、だからこそ一人で、と任されたのに、悪い報告はしたくないし。そもそも、言うほどのヘマはしてないし…プロデューサーは黙った私に、口にはしてないけれど何か感ずいたのか疑り深い視線を向けるから、気まずくて私は話をそらす。
「それより……加蓮に何か言ったでしょ」
「ん?ああ、いや、別に、大したことは」
「言ったんだ」
「……自信なさげだったから、よく似合ってる、綺麗だ、もしアイドルでなかったら惚れてた、と……」
「何口説いてるのさ……」
……そりゃ、浮かれるに決まってる。しかもウェディングドレスの女の子にそんな台詞って。彼がやって来た方角が奈緒が指し示していたものと同じだと思ったら、案の定だ。ぽすぽす、と手のブーケで顔を叩くと、プロデューサーは顔を花粉まみれにしながら、勘弁してくれと情けない悲鳴をあげる。もう少し男らしくしたらどうなのかな。花屋らしさを捨てつつ思う。
「仕方ないだろ、どうするのが最善か分からなかったんだから……何にせよ、無事に成功だ、良かったよ。取り敢えずひと安心だ……」
「うん。二人とも楽しそうだった」
「そのブーケは奈緒からか?」
「本心でからかったら投げ付けられたよ」
「どういうことだよ」
プロデューサーは訳が分からないと呆れた顔をして、ふと、手をならした。
「ああそうだ、お前に会えたら一つ聞いておこうと思ってたんだ」
「何?」
「なあ凛、ブライダルの仕事に、興味はないか?」
「え、加蓮と奈緒とじゃ飽きたらず、私もって……トラプリ全員と結婚するつもり?プロデューサー、さすがの私も引くよ」
「ちげ
コメント一覧
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- 2015年07月07日 22:06
- うむ!
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- 2015年07月07日 22:26
- なんだホモじゃないのか(血涙)
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- 2015年07月07日 23:16
- まるでユッコと安部さんがイロモノみたいな……
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- 2015年07月07日 23:38
- わた……渋谷凛さんは最終的にプロデューサーとウェディングが決まっているからさ
仕事ではドレスは着ないんだよ。NGってやつ。あ、ニュージェネじゃないよ?
いつかくる渋谷凛&プロデューサーのハッピーウェディングカード楽しみに待っててね
-
- 2015年07月07日 23:42
- プロデューサーが言ってたっけ。
凛のウェディングドレス姿を他の男に見せたくないからって。
本当に愛されてるね、凛さん
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