今年8月、オーストラリアの先住民であるアボリジニが初めての第一次世界大戦中の「ガリポリの戦い」で亡くなったオーストラリア先住民とトレス海峡諸島民を追悼する儀式を行った。
戦没した兵士には多くのアボリジニとトレス海峡諸島民が存在していたが、これまでオーストラリア軍は第一次世界大戦中に亡くなった先住民を追悼する式典を開いたことはなかった。
Indigenous Australian soldiers perform at Gallipoli ceremony
アボリジニ先住民のパフォーマンスには煙を使った伝統的な物がある。この地球と人々を清らかにする物だという。今回式典で行われるパフォーマンスにはこれに加え、アボリジニとトレス海峡諸島民のダンスが混ぜられる予定だ。
このパフォーマンスの後ろではアーネム島から来た「Yolngu」の人々が「Yolngu Matha」という死者の魂を敬う・弔う唄を歌う。
「私が生まれた田舎町の人々は私を尊敬してくれました。なんていったって軍隊に勤務した初のYonguの男なんですからね。そして私もその事に誇りを持っています」とノーマン・デイミリング軍曹は語る。
左:ガリポリの戦い向かうアルフレッド・ジャクソン・クームブ二等兵(1列目中央)、右:第50大隊のミラー・マック2等兵
第一次世界大戦中アボリジニとトレス海峡諸島民は法的には市民としての権限を持っておらず、第一次世界大戦で戦った兵として名前が残されていない。だが、身分を偽って戦線に出るアボリジニとトレス海峡諸島民もいたようだ。
彼らの勇敢な心は今でも受け継がれており、ローレンス・ロバートソン下級伍長は「彼らに正しい敬意を示すべきだ」とガリポリへと向かったそうだ。また、彼は「ガリポリへの旅が終わった後、私は本当の意味で安心できると思います。やっと彼らを祖国に帰してあげられるのですから」と語った。
式典に参加するアボリジニのグループはガリポリで戦った兵士の魂を祖国へ連れて帰る為、ガリポリの砂を持って帰ち帰った。
via:buzzfeed 原文翻訳:riki7119
●ガリポリの戦い
第一次世界大戦中、連合軍が同盟国側のオスマン帝国の首都イスタンブル占領を目指し、エーゲ海からマルマラ海への入り口にあたるダーダネルス海峡の西側のガリポリ半島(現トルコ領ゲリボル半島)に対して行った上陸作戦。
当時国家として末期症状であったオスマン帝国軍を軽んじた連合軍は短期決戦を想定して挑んだ。しかし、のちに新生トルコ共和国の初代大統領に就任することになるオスマン帝国の名指揮官ムスタファ・ケマル・アタテュルクの活躍をはじめ、敵の予想外の頑強な抵抗に遭った連合軍は多大な損害を出して撤退、作戦は失敗に終わった。この戦いは陸・海・空三軍の総力を結集した大規模上陸作戦としては世界初と言える。また連合国軍に参加したオーストラリアとニュージーランドにとっては初の本格的な海外遠征となった。
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コメント
1. 匿名処理班
先住民の伝統を受け継ぎ、それを誇りとして今を生きる人々の姿があまりにも神聖に思える。
遠い地に倒れた魂は、どんなに時が経ってもふるさとに帰りたいものだろう。
2.
3. 匿名処理班
日本もこうやって純粋な気持ちで追悼すればいいのに...
何で亡くなった方を蔑む様な人がいるんだろう?
4.
5. 匿名処理班
※3
あいつら国籍は日本でも魂はアッチの連中だから
6. 匿名処理班
彼らのことはよく分からない
でも祈りは捧げたい
7.
8. 匿名処理班
※3
純粋な気持ちってなに?故人の死を悲しんでれば純粋なの?
誰かが死んでうれしいって自然に思っちゃったらそれは純粋な気持ちではないんだろうか・・・?
9. 匿名処理班
何がきっかけだったんだろう
10. 匿名処理班
アボリジニの人って、本当に強いですよ。
かつてイギリスに散々な被害を受け迫害された辛い歴史があるのに、「恨みはやがて自分等に帰って来るから、俺達はそれをどうしようとも思わない。追悼こそするが、あの時代の事は赦すよ」と笑って答えてくれました。
「こうやって、遠くから訪ねてくれる人が居るだけで幸せさ」の言葉が忘れられません。