長門「・・・・・放尿の許可を・・・」
「…………放尿の許可を」
あらかじめ断っておくが、長門の口からこの台詞が発せられたのは決して俺たちが何か特殊な
ゲームやプレイに興じている最中というわけではなく、むしろそのような状況からは程遠い平穏な
一日の放課後だということを理解して頂きたい。
「へっ!?」
そこにいた誰もが、ハルヒのように素っ頓狂な声をあげたかったに違いないだろうが、ハルヒ以外
の全員は自分たちの空耳だと思っていたのか、まるで渋谷の忠犬ハチ公のように大人しくその場で
固まっているしかなかった。
そこに追い打ちのように、
「限界」
長門がそう言って、その相変わらず南極の巨大な氷の結晶のように真っ直ぐな瞳を、あろうことか
俺の方に向けてきたのである。
「ちょっと、キョン? ユキは何を言ってるの?」
ああ、待て、ハルヒ。俺もその質問を長門にしようと思っていたところだったんだ。
「あたしには、あんたがユキに何か迷惑を掛けているようにしか見えないんだけど?」
団長様は、俺の無実の主張を一切聞き入れない冷血な裁判官のように、理不尽なジト目をこっちに
向けてくる。
「ま、待ってくれ! 長門、どういうことだ!?」
長門は先ほどまで視線を落としていた本をそのまま膝に置いたまま、淡々と語り始めた。
「私があなたから、放尿を我慢するように言われてから既に20時間、私はずっと放尿を我慢している。
しかし、そろそろ放尿をしないと、膀胱に害が及ぶおそれがある。許可を」
放尿の我慢? 長門、お前は一体何を言っているんだ。
「キョン? どうやらあんたの死刑が決まったようね……」
落ち着けハルヒ、誤解だ! 俺はそんな妙な命令なんて出していない!
「ユキが言われたって言ってるんだから、言ったのよ。ユキの数少ない言葉の発言権に比べたら、
良く喋るあんたの軽い口なんてゴミでしかないのよ」
なんて理不尽な言いぐさだ、だったら俺も明日から無口キャラになってやるぞこの野郎、と言いたいところでは
あったが、そんな反論はハルヒの殺る気に満ちた瞳に睨まれるとたちまち消えてしまうのだ。
「それより長門! 俺がいつそんな事を言ったんだ!?」
「あなたが答えろと言うのであれば答えるが、私の体にそろそろ限界が来ている。先に放尿の許可が欲しい」
俺としては、殺されるのと長門がおしっこを漏らす事を天秤に掛けたら、俺の命を優先したいところではあったが、
流石にそれは許されないと思い、
「行け、長門! 早く放尿をしてこい!」
「………………わかった」
長門はそう言うと、横のテーブルに先ほどまで読んでいた本を置き、しかし先ほどまでの言葉とは矛盾するように、
いつもとは変わらぬ足取りでゆっくりと部屋を横切っていく。
しかし、よく見れば長門の表情にはうっすらと紅が差しており、歩き方もまたどことなくぎこちない。俺にしか分からない
様なレベルの変化で、長門は必死に尿意と戦っているに違いなかった。
そわそわとしているようで、しかし確実に落ち着き払ったようにも見える長門の足取りをゆっくりと眺めて
いたい気持ちも確かにあったが、俺の背後で目を光らせている団長様がそれを許してはくれないようだ。
ハルヒよ、なんでお前はいつも俺のおいしいところで邪魔をするんだ。
「で、キョン? あんた、覚悟はできてるんでしょうね?」
「だから誤解だって言ってるだろ」
ちょうど長門が後ろ手に閉めたドアの音が響く頃に、ハルヒの猛攻が始まる。勘弁してくれよ、ホント。
「あんたがユキにいかがわしい命令を出していたことに違いは無いわ。古泉君? こいつをちょっと痛め
つけてやろうと思うんだけど、どんな方法が良いかしら?」
古泉に聞くなよ! というか、お前もなに嬉しそうな顔して考えてるんだ!
「ん~、そうですね、彼の鬼畜な命令に翻弄されてしまった長門さんの精神的屈辱を考えると、これは
並大抵の罰では済まないかもしれませんね」
黙れ古泉。にやけた顔でこっちを見るな。
「あ、あの~。キョン君も誤解だって言ってますし、何かの間違いでは……」
「ミクルちゃんは黙ってて」
俺の唯一の味方だった朝比奈さんには、俺同様に発言権が無いらしい。
「それでは、このような罰は如何でしょう? まずは、」
そこまで言いかけたところで、突然部室のドアが開いた。
「……?」
誰もが何事か、とドアの方に振り返ると、
「…………膀胱からあふれ出た尿によって、下着に若干の染みができたものと思われる」
「報告しなくていいから早くトイレに行け!」
「…………漏らしたら報告をしろと言ったのは、あなた」
めまいがしてきた。
「キョン! これはどういう事なの!」
「おやおや、尿意を我慢しろというだけならまだしも、失禁したことを報告することまで義務づけているとは。
これは言い逃れが出来ませんねえ」
「キョンくん……ひどい」
ハルヒと古泉だけならどうでも良いのだが、あろうことか唯一俺の味方であった天使のような朝比奈さんまでが
俺のことを疑っている。というか、明らかに古泉によって誘導されている。
「ちょっと待ってくれ、みんな。これは陰謀だ!」
俺はそんな事を長門に言った覚えなんて一切無い。これは確実にハメられている。一体誰に!?
「そういえば、長門さんはこうも言っていましたね。『我慢するように言われてから二十時間が経っている』、と。
現在が午後の四時ですから、二十時間前となると昨夜の八時頃になりますが? 長門さんは時間に正確な
方なので、きっと誤差はないでしょうね」
「そう言われればそうね、古泉君。目の付け所が違う、流石は我がSOS団の副団長だけあるわ」
「恐れ入ります」
待てお前ら、一体何を二人で早合点しているんだ。
「つまりキョン、あんたはわざわざ昨日の夜、ユキの家に電話を掛けてまでそんなつまらない事を命令した
って事になるのかしら?」
「いえ、もしかしたら、彼が直接長門さんの家に訪問していた可能性も……」
二人して安っぽいサスペンスドラマのように、真犯人がほくそ笑んでいる隣で無実の人間の罪を膨らませるん
じゃない! というか、俺にはその時間のアリバイが、
「そうだ、俺は昨日の夜八時にアリバイがある!」
「ほう、聞きましょうか」
「俺は昨日の夜八時、確かに家のリビングでテレビを見ていた。妹としゃみせんが一緒に居た事を
証言してくれるはずだ!」
「残念ながら、あなたの妹さんほど幼い方の記憶では、あまりに曖昧すぎて証言としては採用出来ない
でしょうね」
うるさい古泉、黙れ。お前は何で検察気取りなんだ。
「それにキョン、携帯電話を使えば、リビングにいても電話くらい出来るわ」
「携帯は充電中で……」
「言い訳しない!」
話は最後まで聞け、なぜそんなに俺を死刑にしたがる、お前はどっかの皇帝か。
「では、証拠不十分ということで有罪、でしょうか?」
にやけるな、嬉しそうに言うな、顔が近いんだよ気持ち悪い。
「ま、待って下さい!」
俺の周囲を暴虐無人な二人が取り囲んで、取って喰おうとしていたその時である。俺の心のオアシス
朝比奈さんが、突如大声を上げて二人を止めてくれた。ああ、あなたは何て眩しいんだ。
「あ、あの~、長門さんの意見も聞いてからでないと、やっぱりちょっと急ではないでしょうか?」
そうです、その通りです朝比奈さん! この人を貶めるしか頭にない二人に言ってやって下さい!
「ふん、仕方ないわね。キョン、あんたユキが戻ってきたら覚悟してなさいよ?」
取り囲んでいた二人がヤレヤレだぜとばかりに俺の周囲から距離を置いて、そんな様子を見た朝比奈さんは
柔らかく俺に向かって微笑んでくれる。ああ、癒しとはあなたの笑顔の事を言うのですね、朝比奈さん。
「キョン? 最有力容疑者であることに変わりは無いのに、一体何をニヤニヤしているのかしら?」
俺の心の安らぎに対してハルヒがもの凄い形相で睨んでくる。お前は一体、どれだけ俺の安らぎを邪魔すれば気が済む。
ハルヒがメイド姿の朝比奈さんと俺の間に割って入ってこっちを睨んでいると、不意に部室のドアが開く。
「ユキ、戻ったの?」
ハルヒがそう言って向かったドアの先には、手に白い布を握った長門が立っていた。
長門の手に握られているその白い布は、明らかにハンカチと言うには厚みに欠け、更に言うなれば
ハンカチとは似ても似つかない形をしている。唯一の共通点といえば、縁がフリルで象ってある程度
だろう。
「ユキ……それはもしかして」
「下着、あるいは日本においてはショーツなどという呼ばれ方をするが、パンティが一般的」
おい長門、今日のお前は随分と饒舌だな? その下着に対する飽くなき情熱は分かったから、どうして
お前はそんな物を手に持っているのだ。
「あなたが要求した」
「古泉君!」
古泉は返事をするよりも早く、俺の座っている椅子の後ろにサッと回ったかと思うと、
「はい、団長」
なんて言い終わる頃には既に俺の両手を掴んでテーブルに押さえつけられていた。
「古泉! 離せ!」
「ボクとしては離しても構わないかと思うのですが、何せ団長命令でして」
うそつけ、凄く顔が嬉しそうだぞお前。
「キョン君……なんてことを」
ああ、違うんです朝比奈さん。俺はそんな変態的な要求を長門にした覚えなんて決して無いんです。
「下着に尿が付着した場合はそれを寄越せと、あなたが言った」
「死刑ね」
「ちょっと待て! 話せば分かる!」
「問答無用!」
キョン……
お前は犬養を暗殺した青年将校か、と文句を言いたいところであったが、そんなつまらない事を
つっこむよりも俺の疑惑を晴らす方が先だということに精一杯だった俺は、
「違う、よく聞け。長門、俺はそんな命令をお前にした覚えはないぞ!」
「確かにあなたに言われた」
「いつ? どうやって!?」
「昨夜の二十時七分、あなたから電話があった」
「どうやら、涼宮さんの予想が当たりのようですね」
うるさい古泉、黙ってろ。それより先に、俺の頭を三回ほど殴っているハルヒを止めろ!
「そしてあなたはこう言った。『これから俺の許可があるまでトイレに行くな、漏らしたらパンツを俺によこせ』、と」
ちょっと待ってくれ。いくら何でも、その電話の相手は頭が悪過ぎやしないだろうか? トイレに行くな、
パンツをよこせ? 確かに少しそそる要求ではあるが、そんな要求なら電話なんてまどろっこしい事をしないで
普通に長門の家に行けばいいじゃないか。いや、むしろ行くべきだ。行きたい。
「あんたねえ、反省の色が見えないんだけど」
「だから俺じゃないって言ってるだろ!」
全力で否定する。
「大体、そんな命令をするんならお前らの前では黙っておけって言うだろうが普通!」
「ハッ、どうだか。あんた、バカだもん」
バカの一言で片づけられたら警察はいらない。
「…………」
ふと、長門が無言でこっちに近づいてくる。そしてその小さく、握られたパンツにも負けないくらい白い腕をこっちに
差し出し、
「……あなたには、必要」
パンツを俺の鼻先に突き出してきた。
「くれ!」
「死ね!」
四度目のげんこつが俺に振り下ろされた。
「これは尚更、弁明の余地は無くなりましたね」
「ちょうど良いわ。この機会に、思いっきりストレスを解消しましょ」
「それは大変よろしいかと」
お前ら、人をサンドバッグか何かと間違っているんじゃないのか? オイ。それに古泉、さり気なく自分の
仕事を減
コメント一覧
-
- 2015年08月30日 21:16
- 懐かしいな
-
- 2015年08月30日 21:19
- 艦これのSSかと思った
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- 2015年08月30日 21:31
- まーたタグや年も読めない奴か
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- 2015年08月30日 21:33
- スマホからだとスレタイしか見えないから…
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- 2015年08月30日 21:44
- ワイも開くまでスレタイと日付が見られなかったから、いつもの糖尿病の長門かと思ったわw
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- 2015年08月30日 21:54
- 懐かしいなぁ
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- 2015年08月30日 21:57
- 俺はタイトルだけで「あぁハルヒか、懐かしいなぁ」と思ったんだが……まぁ艦これに詳しくないせいもあるかもしれんけど。
-
- 2015年08月30日 22:12
- もはや古典
しかし、良いものは時代がかわっても良い
-
- 2015年08月30日 22:15
- どっちも好きだけど「許可を」って台詞は明らかにあっちの方の長門ですよね
-
- 2015年08月30日 22:23
- 逆に艦これなんて思いつかん
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- 2015年08月30日 22:29
- 2008年!?
この頃の俺はなにやってたっけ…?
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- 2015年08月30日 22:51
- 違う作品だと思ったから、なんなのか。
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- 2015年08月30日 23:13
- 普通にこっちの長門想像したわ
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- 2015年08月30日 23:15
- 艦これ知らないけど、あっちもこんな口調なの?
普通にハルヒだと最初に思った
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- 2015年08月30日 23:23
- 古すぎだしゴミすぎ
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- 2015年08月30日 23:53
- 涼宮ハルヒの方か…
なんで 有希 にしなかったんだろう…。と思ってたらそもそもタイトル以外は「」の前に名前記入されてなかった…
でもフルネーム表記、もしくはタイトル表記してほしい思いもある(別作品だけどハルヒは藤岡(桜蘭高校ホスト部)もいるし、みくるは夏樹(アイカツ!)もいるし…)
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- 2015年08月30日 23:54
- 艦これだと思ったわ
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- 2015年08月30日 23:57
- そっか、今は長門と言えば艦これなんだな
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