夏海「兄ちゃん!」卓「......」
ひんやりとした分厚そうな車窓は、ここ数十分間壊れたテレビのように、田舎の風景とトンネルの暗闇を繰り返していた。
暗闇に写し出される自分の顔には、退屈と疲労の色がありありと浮かんでいた。
夏海「なーんで、こまちゃんはこんなときに限って熱だすかなぁ...」
思わず姉への文句を一人呟いてしまう。
夏海「まあ、一人ででも行くって言ったのはウチなんだけど...」
夏休みの序盤、姉と二人新幹線に乗って、上京している兄を訪ねる予定だったのだ。
からかいがいのある姉がいないと、ここまで暇になってしまうのか。
夏海「はぁ、なんか眠くなってきたし...少し寝よう、かな...」
代わり映えのしない風景に別れを告げ、体を包む睡魔に身を任せる...
夏海「ここが東京駅か...人が多すぎて気持ち悪いなぁ」
旅行用にと持たされたカバンの肩掛けが、左肩にずっしりと食い込む。早いところ兄との待ち合わせ場所に向かい、荷物の重さから解放されたい。
夏海「改札って、どこだよ...?」
荷物を引きずり引きずり歩くこと数分、やっと探していた改札口へと到着した。
卓「.........」
夏海「うわっ、兄ちゃんいつの間に後ろに回り込んだんだよ!?」
数か月ぶりの兄は、相変わらず影が薄いのか、存在感を消しているのかは定かではないが、気づいたら背後に立っていた。
夏海「兄ちゃん元気にしてた?ウチがいなくて寂しくない?」
卓「......」
夏海「ちょ、冗談で言ったのに、そう言う反応されると恥ずかしいじゃん!」
夏海「あ、兄ちゃん荷物持ってくれるの?ありがと、重かったんだよね~」
卓「...。」
夏海「強がらなくて良いって、重いんでしょ?」
卓「......」
兄が歩き出す。
どうやら、ここからさらに乗り換えて家まで向かうらしい。
夏海「に、兄ちゃん!この電車ずっと地下走ってるんだけど!もしかして、噂に聞く地下鉄ってやつ?」
卓「......」
夏海「そっかー、これが地下鉄なのか~...なんかつまんないなぁ」
と言いつつも、暗闇に写し出される自分の顔は、何故かとても楽しそうだった。
夏海「ここが兄ちゃんの家?」
卓「......」
夏海「結構年季が入ってるのな...」
どうやらこの薄汚れたアパートは、父の親戚が所有しているものらしい。そのため、兄は格安で入居させてもらっているのだ。
夏海「お、お邪魔しま~す」
兄とは言え、男が一人暮らししている部屋だ、何となく身構えてしまう。
夏海「へえ、思ったよりも広いじゃん!」
何となく、似たような部屋を何かで見た覚えがある。
多分、前に兄と一緒に観たアニメで、主人公の男とヒロインが同棲するアパートの部屋だ。確か、最後の方で娘が死ぬんだっけ...泣いたなぁ。
そのアパートと、年季の入り方と言い、部屋の広さと言い、そっくりに見える。
夏海「それにしても、随分綺麗にしてるんだね」
流石、兄と言うべきか、部屋は掃除が行き届き、整頓されていた。
卓「......」
夏海「あ、お茶いれてくれるんだ、ここに座っておけば良いのね」
昔ながらのちゃぶ台が、何となく気持ちを落ち着かせる。
夏海「兄ちゃ~ん、テレビつけるよ」
無言は了承と受けとる。
夏海「すっげー、こんなにチャンネルあるんだ!うちの倍はあるのかな...」
卓「......」
夏海「あ、コーラだ!兄ちゃんありがと!」
兄と自然に向かい合う形になる。
夏海「兄ちゃん、少し大人っぽくなった?」
卓「......?」
夏海「やっぱり一人暮らしすると、大人になるんかな」
オレンジに染められた部屋には、ニュースキャスターの平淡な声と、蝉の音が響いていた。
夜ご飯は、兄の手作り料理だった。どうやら張り切って作ってくれたらしく、おかずの品数が多い。
夏海「これ、全部兄ちゃんが作ったの?」
卓「......」
夏海「相変わらず家事は完璧なんだね、このハンバーグめっちゃ美味しいよ」
卓「......!」
ここのところ、暑さでバテ気味だったのだが、そんなことが嘘のように食が進む。
夏海「これは、このみちゃんが嫁に欲しいって言うのもわかるよな~」
卓「......」
夏海「え?嫁に入るつもりはないって?うん、流石に本気では言ってないでしょ、兄ちゃん男だし」
食べ終わると、無言で兄が食器を洗い始める。手持ち無沙汰で何となく気まずい。
夏海「ねえ兄ちゃん、洗うの手伝おうか?」
卓「......」
すっと、布巾を差し出される。
夏海「これで水を拭き取れば良いのね、夏海ちゃんに任せなさい!」
流石に、ここで皿を割るようなベタなことはしない。
夏海「ここって、お風呂あるの?」
一日移動してたためか、何となく汗臭い気がする。長風呂派の自分にとっては、風呂の有無は死活問題になりうる。
卓「......」
夏海「わかった、湯船にお湯張ってくれば良いのね!」
家のお風呂と比べると半分ほどの大きさしかないが、湯船はちゃんとあった。やはりそれなりに綺麗にしているようで、一安心。
夏海「この大きさだと、結構すぐに一杯になりそうかな」
蛇口で調節しながら、適温のお湯にする。暑いこの季節は、ぬるめのお湯で長風呂するのが気持ち良い。あと少しの辛抱だ。
部屋に戻ると、兄が梨を剥いていた。
夏海「うおー梨じゃん!てか兄ちゃん剥くの速っ!!」
卓「...。」
夏海「じゃあいただきまーす」
口に一かけら放り込むと、シャクシャクとした果実から、清涼感のある甘さが溢れ出す。粒々とした感触を残しながら、梨が口の中から消えて行く。
夏海「それにしても、ちょっと時期早くない?そうでもないかな...」
卓「......」
夏海「あ~、細かいことは気にするなって?わかったよ」
夏海「そう言えば、ウチの分の布団はあるの?」
卓「......」
夏海「え、兄ちゃん畳でそのまま寝るの?」
卓「......」
夏海「うーん、流石に悪い気がするな~。てか、姉ちゃん来てたらどうするつもりだったの?」
卓「......」
夏海「ああ、ウチと姉ちゃんは同じ敷き布団で寝かせるつもりだったのね」
卓「......」
夏海「じゃあ、兄ちゃんとウチで敷き布団使えば良いだけじゃん」
卓「......」
少し考えるような仕草をすると、兄は静かに頷いた。まさかこの年になってまで、兄と布団を共有することになるとは思わなかったが...
夏海「ウチお風呂入ってくるね!」
卓「......」
夏海「はふぅ...」
ちゃぷん...と湯船に浸かると、自然にため息が漏れた。狭いために脚は伸ばせないが、許容範囲だ。
夏海「はぁぁ~出汁がでるぅ...」
夏海「でもこの窮屈さだと、あんまり長くは浸かれないかな...」
夏海「兄ちゃん上がった~、ドライヤー借りるよ」
お風呂は好きだけど、髪を乾かすのは苦手...と言うよりは、ただ単に面倒くさい。
夏海「あ、そうだ!ねぇ兄ちゃ~ん、ウチの髪の毛乾かして~」
卓「......」
やれやれと言った感じの仕草をしながらも、引き受けてくれる辺りに、昔からの兄を感じる。英語は教えてくれなかったが...
夏海「昔はよくこうやって、髪の毛乾かして貰ってたよね~。いっつも姉ちゃんと、兄ちゃんの取り合いになったっけ」
卓「......」
夏海「布団敷くから、寝てて良いって?うん、じゃあそうしよっかな~」
まだ時計の針は9時前さしている。普段ならあと1時間は起きていられるが、移動疲れだろうか。
卓「......」
夏海「うん、歯磨きしてくるね...」
油断をするとまぶたがくっついてしまいそうだが、どうにか歯を磨き終える。
洗面所から戻ると、兄が布団を敷き終えたところだった。
夏海「おやすみ、兄ちゃん...」
......
夏海「うーん...ふぁぁぁ」
夏海「あれ、ここどこだっけ...あ、そうか、兄ちゃんの家に泊まってるんだった」
横を見ると、既に兄の姿はなかった。その代わりに、台所からコツコツと包丁の音が聞こえてくる。
夏海「兄ちゃーん、おはよう」
卓「......」
夏海「うん、わかった。布団畳んで、机出せば良いのね~」
兄が作った朝御飯は、実にバランスの良いものだった。白ご飯に焼き鮭、お味噌汁におひたし。
夏海「兄ちゃん、毎日ちゃんと朝御飯作ってるの?」
卓「......」
夏海「あ~、やっぱりウチが来てるから特別なんだ」
卓「......」
夏海「兄ちゃんありがと」
もちろんお味噌汁にはプチトマトが入っている。なんとも言えない酸味が口に広がる。焼き鮭は、もちろん皮まで食べる。こんなパリパリしていて、美味しい皮を残すのは、姉くらいなものだろう。
夏海「今日、ウチはひか姉と遊びにいくけど、兄ちゃんは部活だっけ?」
卓「......」
兄は高校で軽音部に入っているらしい。確かに実家でも、エレキギターを弾いていることはあったが、本格的にバンドを組んでいるとは、兄の性格を考えると意外だ。
夏海「兄ちゃん、ライブとかやるの?」
卓「......」
夏海「まだわからないか~、まあそうだよね」
卓「......」
夏海「え?文
コメント一覧
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- 2015年10月14日 21:58
- 兄ちゃんは東京に行くと言う風潮
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- 2015年10月14日 22:12
- 喋らないことを除けばハイスペックだし割とリア充しそう
このみちゃん彼女にしたい
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- 2015年10月14日 22:36
- 兄ちゃんが主人公なら普通にハーレム系アニメだよな
まぁ一緒に通う生徒の半数が妹で、もう半数が小学生だからハーレムって言うと色々ヤバい気もするけど
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- 2015年10月14日 23:24
- んで兄妹のイチャラブ子作りックスは?
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- 2015年10月14日 23:25
- 大きな起伏がないのに面白いのはのんのんびよりだからか
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