転載元:キモオタ「ティンカーベル殿!おとぎ話の世界に行きますぞwww」七冊目


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353: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)22:44:27 ID:l4v


孫悟空「おい待ちやがれ、俺達は零時までにあいつの名前を当てなきゃなんねぇんだ。テメェ等に考えがあるってのは信用するけどよぉ、悠長に昔話なんざしてる時間はねぇぞ!?」

ヘンゼル「僕だって話したくて話すわけじゃないよ。それに慌てる必要なんかない、僕達はあの男の名前の手掛かりなんか探さなくて良いんだから」

キモオタ「それはどういう事でwwwござるかなwww」コポォ

グレーテル「お姉ちゃんをね……探せばいいの……そうすればね、あのオジサンの名前……解るから……」

キモオタ「それはつまり…捕えられている司書殿も、あの者の名前を知っているという事ですかな?」

グレーテル「そうよ……お姉ちゃんも知ってるの、あのオジサンの名前……だからお姉ちゃんを助ければ……全部解決なの……」

ヘンゼル「あんたはさっき名前を探る為…なんて言ってたけど、あの賑やかな妖精はこの廃墟のどこかに捕えられているあいつを探してる。そうだよね?」

キモオタ「その通りですぞwwwティンカーベル殿は司書殿を探しているでござるwww先ほどはとっさに嘘をつきましたぞwww流石に人質を探しているとは言えなかったでござるからwww」

キモオタ「しかし、考えて見れば司書殿が別の場所に捕えられているという可能性も否定できぬでござるな…」

孫悟空「そりゃあねぇな。あの娘はあいつがこの廃墟のどこかに捕えてやがる、それは間違いねぇぞ。場所まではわからねぇがな」

グレーテル「だったら……ティンクちゃんに任せよう……少し待っても見つからなかったら……みんなで探そう」

ヘンゼル「あからさまにあいつを探したら怪しまれるかもしれないし、静かに探すべきだと思うけど…まぁその時は仕方ないね」

ラプンツェル「ねぇねぇ、でも私ちょっとおかしいことに気が付いたよ!司書さんって現実世界の女の人でしょ?どーして消えちゃったおとぎ話の事知ってるのー?」




354: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)22:46:43 ID:l4v

孫悟空「そういやぁそうだな、あいつのおとぎ話は消滅してると言ってやがった。現実世界の娘が知ってるってなぁおかしい話だ」

キモオタ「本来ならばそうでござるがwww我輩は特に不思議に思いませんぞwww」コポォ

グレーテル「どうして……?」

キモオタ「司書殿にはヘンゼル殿とグレーテル殿と言うおとぎ話の住人が居るでござる、恐らく二人に教えてもらったのでござろうwww」コポォ

ラプンツェル「そっか!消えちゃったお話でも誰かに教えてもらえばいいんだもんね!」

キモオタ「その通りでござるwww我輩が消滅した【ヘンゼルとグレーテル】の内容をラプンツェル殿に教えていただいたようにwwwおとぎ話を知っている人物に聞けばいいのでござるwww」

孫悟空「それもそうだな、そう考えりゃあおかしい話ってわけでもねぇな」

ヘンゼル「僕やグレーテルの過去に何があったか、それを話すのならなんであいつがそのおとぎ話を知ってるのかだって解るよ」

ヘンゼル「僕はまだあんた達大人を信用してないけど…グレーテルが信じているというなら、話しておかないといけない事だ……気は進まないけど」

ラプンツェル「気が進まないなら私が代わりに話してあげよっか?【ヘンゼルとグレーテル】のおとぎ話の内容なら私も知ってるから!」フンス

ヘンゼル「何か勘違いしてるみたいだけど……僕がこれから話すのはあくまで僕とグレーテルの過去の話だ、おとぎ話なんかじゃない」

孫悟空「あぁ?だからよぉ、テメェ等兄妹の過去の話が【ヘンゼルとグレーテル】なんじゃねぇのか?」

ヘンゼル「あんた達が知ってるのは、作者が現実世界の奴を楽しませる為に…教訓を与える為に作った『おとぎ話』だよ。そんな作り話は僕達の過去じゃないよ」

グレーテル「……」コクコク

ヘンゼル「今からあんたたちに聞かせるのはおとぎ話なんかじゃない。貧しい家に生まれた少年ヘンゼルがその妹グレーテルと一緒に必死に生きてきた…これまでの人生の記憶だ」

ヘンゼル「大人に見捨てられ、利用され、絶望して……作者にもてあそばれた無様な兄と不憫な妹の人生の物語さ。繰り返すけど、これはおとぎ話じゃない」



ヘンゼル「僕…ヘンゼルとグレーテルにとってはまぎれもない現実の出来事だよ」

・・・

・・・




355: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)22:49:05 ID:l4v

随分と昔
ヘンゼルとグレーテルの世界 森

カコーン カコーン カコーン

父親「ふぅ…ようやくひと区切りついたな。ヘンゼル、切り出した木材は運び終えたかい?」

ヘンゼル「うん、木材は全部積み終えたよ。薪も縛って荷車に積み終わった」

父親「相変わらず仕事が早い、要領の良い子だ。偉いぞ、ヘンゼル」ハハハ

ヘンゼル「だってパパがいつも言ってるからね、真面目に努力をしていれば神様は必ず見てくださってるって。正しい行いをしていればきっと幸せな未来を約束して下さるって」ニコッ

父親「ああ、そうだとも。どんなに貧しくとも正しい行いをしていれば神様はきっとよくしてくださる。さぁ、仕事はひとやすみして昼ご飯にしよう。ほら、これはヘンゼルの分だ。一人でお食べ」スッ

ヘンゼル「うん、ありがとう。でも、お昼にパン一個食べても良いなんて、ちょっと贅沢だね」フフッ

父親「きこりは力仕事だから多少はな。しかし、パン一個が贅沢……か。まぁ確かにそうか、普段は一日に一切れ二切れのパンを食べられればいい方だからな……」

ヘンゼル「うん、家で仕事をしているグレーテルは今日もスープ一杯しか食べてないよ、きっと。」

父親「そうだろうな…」

ヘンゼル「だからこのパンは食べずに持って帰るよ、グレーテルに食べさせてあげたいから。でも母さんには内緒だよ?怒られちゃうからね」ニコッ

父親「お前も腹を空かせているだろうにグレーテルの為に……お前はとても優しい立派なお兄ちゃんだな」ナデナデ

ヘンゼル「あはは、やめてよ子供じゃないんだから。僕は平気だよ、だからパパも気にせずに自分のパンを食べたら良いよ」

父親「……ああ、そうだな。でも実はな、パパの分のパンはもう食べてしまったんだ」ハハハ




356: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)22:50:18 ID:l4v

ヘンゼル「お昼までにパンを食べちゃうなんてパパは食いしん坊だね」クスクス

父親「そうだな、おっとこの事母さんには内緒だぞ?叱られるからな」アハハ

ヘンゼル「わかった、大丈夫だよ。じゃあ今日は二人で小川の水を飲んでそれを昼食にしよう、僕が汲んでくるよ」

父親「それじゃあ頼もう、川に落ちないように気をつけるんだよ」

スタスタ

ヘンゼル(……僕は知ってる)

ヘンゼル(今朝、出がけにパパが母さんから貰ったパンは一個だけ。本当は二人で一個、僕の分け前は半分だけのはず)

ヘンゼル(それなのに自分はもう食べたなんて言って、自分の分まで僕にくれたんだ)ザブザブ

ヘンゼル(本当は…パパにもパンを食べて欲しいけど、こうやって森に手伝いに来れない女の子のグレーテルは丸ごと一個のパンにありつける機会なんて無い)ザブザブ

ヘンゼル(……だからこのパンはグレーテルに食べさせてあげよう。グレーテルは僕の大切な妹なんだから)

ヘンゼル(…大丈夫。パパはいつだって僕達に優しいし真面目にお仕事をしている、その姿を神様は必ず見てくださってる)

ヘンゼル(パパも僕もグレーテルもどんなに貧しくても正しい行いをして生きてる、だから神様はきっといつか僕達を幸せにしてくださるんだ)

ヘンゼル「さてと、これだけ汲めば…お腹が空いてるのをごまかせるくらいには飲めるかな?よし、パパの所に戻ろう」

スタスタ




357: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)22:52:41 ID:l4v

ヘンゼル「パパ、水汲んで来たよ」スッ

きこりのおっさん「……やぁ、久しぶりだねヘンゼル君」

ヘンゼル「あ、はい…お久しぶりです…」

ヘンゼル(よくパパと一緒に居るきこり仲間のオジサンだ。いつもはちょっとアレなくらい元気な人なのに今日は静かだ、どうかしたんだろう?)

父親「ああ、ありがとうヘンゼル。すまないがパパはおじさんと話がある、お前は向こうで水飲んでなさい」

ヘンゼル「…うん、わかったよ」スタスタ

ヘンゼル「……」チラッ



父親「亡くなった娘さん、確かうちのグレーテルと同い年だったな……」

きこりのおっさん「……そうだ、でもうちの娘はグレーテルちゃんみたいに女の子らしくなくてな……どちらかっていうと活発すぎるくらいで……いっつも外で喧嘩して帰って来てなぁ……」

父親「……そう言ってたな」

きこりのおっさん「前はもっとおしとやかに…なんて思ったもんだが、病気になっちまってからは人が変わったように口数もへっちまって、いつも虚ろな目をしていてな……」

父親「……」

きこりのおっさん「うちみたいな貧乏な家じゃ医者もまともに呼んでやれねぇ、薬も買えねぇ、出来る事と言ったら栄養のあるもんを食わせてやるくらいだったけど……それすらもしてやれなかった」

父親「こればっかりは仕方無い……この国は未曾有の大飢饉だ。穀物も野菜も酷い不作…栄養のある物どころか、粗末な穀物粉ですら俺たち貧乏人には貴重なんだ」




358: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)22:54:35 ID:l4v

きこりのおっさん「俺は不甲斐ない父親だ、病気を患っていて腹を空かしてる娘に…肉の一切れも、甘い果物の一つも食わしてやれなかった…!」

父親「肉も果物も…今はとんでもない贅沢品だ。お前は悪くないよ…」

きこりのおっさん「この大飢饉で食い物に困ってるのはうちだけじゃない。言っちゃ悪いがヘンゼル君だって、前に会った時より随分と痩せているだろ?」

父親「うちは二人も子供が居るからな、正直なところかなり厳しい。子供達にも相当我慢させてしまってるからな…」

きこりのおっさん「大人も子供も…食うものが無くて辛い思いをしてるんだ。なんだって神は俺達にこんな仕打ちをするんだ…!」バンッ

父親「憤りはわかるが…仕方のないことだ、そんな事を言っても……」

きこりのおっさん「俺は、飢饉が憎い!子供らに満足に飯を食わせてやれないこの状況が…憎い!飢饉でさえ無けりゃ、うちの娘は死なずに済んだかもしれないんだぞ!?」

父親「……」

きこりのおっさん「いや……うちの娘はまだ幸せな方かもしれないな、ベッドの中で死ねたんだから。聞いた話だとこの森にも随分口減らしの為に人が訪れてるって聞くからな…」

父親「……よせ、そんなものただの噂だ。食べ物に困って老人や子供を山奥や森の奥に置き去りにするなんて……まともな奴のする事じゃあない」

きこりのおっさん「状況がまともじゃないんだ…誰もそいつらを責められねぇよ。ただ、お前は…ヘンゼル君やグレーテルちゃんを大切にしてやりなよ、俺みたいに娘が死んでから後悔しても遅いんだ」

父親「……ああ」




ヘンゼル「……」ゴクッ




359: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)22:56:04 ID:l4v

ヘンゼルとグレーテルの世界 兄妹の家


父親「ただいま。おーい、今帰ったよ」

継母「あぁ、お疲れ様…どうだい、高値で売れそうな質の良い木材は取れただろうね?」

父親「ああ、ヘンゼルがしっかりと手伝ってくれたから仕事がはかどったよ」

継母「へぇ、そうかい、夕飯の支度をしてあるから…さっさと片付けてキッチンへ来なさいね」フイッ

父親「じゃあ僕は荷車を片しておくから、ヘンゼルは先にキッチンへ行っておきなさい」

ヘンゼル「わかった、悪いけれど荷車の片づけはパパにお願いするね」

トテトテトテ

グレーテル「お兄ちゃん!おかえりなさい!それとおつかれさま!」ニコニコ ギューッ

ヘンゼル「ああ、ただいま。良い子にしてたかい、グレーテル」ナデナデ

グレーテル「うん、良い子にしてたんだよ!お裁縫のお仕事も頑張ってやったし、お洗濯もお掃除もちゃんと手伝ったの」ニコニコ

ヘンゼル「そうか、うん…母さんには嫌な事言われなかったかい?」

グレーテル「もぉー、お兄ちゃんは心配性だね。今日はあんまり言われなかったの、だから平気だよ!心配しなくてもいいの」ニコニコ

ヘンゼル(今日はって…じゃあいつもは?なんて、聞けない)

グレーテル「お兄ちゃんもたくさん頑張ってると思って、私も今日はいーっぱい頑張ったよ!だからお腹すいちゃった」ニコニコ

ヘンゼル「……そうか、偉いね。じゃあキッチンへ行こう。パパもすぐに戻ってくるだろうから、待たせたら悪いからね」

・・・




360: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)22:58:52 ID:l4v


夕飯後 ヘンゼルとグレーテルの部屋

グレーテル「ふんふんふーん〜♪」ゴソゴソ

グゥー

ヘンゼル(夕ご飯を食べたばかりなのにお腹が空いたな。やっぱり昼ご飯に水だけというのは無茶だったかな…)

グレーテル「お兄ちゃん?どうかしたの?どこか痛いの?」オロオロ

ヘンゼル「平気だよ、何でもないから気にしなくて明日の支度を続けると良いよ」ナデナデ

グレーテル「そうなの?でも、なんだかお兄ちゃんボーっとしてたよ?」

ヘンゼル「それは、あれさ、えーっと…そうだ、なんだかグレーテルが少し嬉しそうだったから何かなって思ってね」

グレーテル「えへへ、つい鼻歌歌っちゃった。今日の夕飯、お豆のスープだったから嬉しかったんだ。ごちそうだよ」ニコニコ

ヘンゼル(今日の夕飯は一切れの薄いパンと、痩せた豆が一粒二粒入ったお湯のようなスープだった。)

ヘンゼル(こんな質素な食事でも…グレーテルには好物の豆が入っているだけでごちそうなんだ、それがたった萎びた小さな豆二粒でも)

ヘンゼル「グレーテルは豆が好物だったもんね、具の入ったスープなんて久しぶりだったからね」

グレーテル「うん!いつか…一度だけで良いから、スプーンですくいきれないくらいいっぱいお豆が入ったスープ、食べてみたいな。でも、すごく贅沢かな」ニコッ

ヘンゼル(僕はグレーテルの笑顔が大好きだけど、それを見るのは…とても辛い)

ヘンゼル(グレーテルのその願いは、きっと叶わないんだ。たかが豆をお腹いっぱい食べたいなんていう願いすら叶わない。だから僕は妹に嘘をつかないといけない)

ヘンゼル「そんなことないよ、グレーテルが真面目にキチンと頑張れば神様が助けてくださる、いつかきっとお腹いっぱいに豆のスープが食べられるよ」ニコッ




361: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)23:00:58 ID:l4v

グーッ

グレーテル「えへへ、食べ物の話してたらなんだかお腹すいちゃったね。ごはん食べたばっかりなのに、変なの」クスクス

ヘンゼル「そうだ、豆のスープは無いけど…とっておきのお土産があるんだ、グレーテルびっくりしちゃうよ、きっと」ゴソゴソ

グレーテル「お土産!なにかなぁ…今日はお兄ちゃん森に行ったからもしかして綺麗なお花とか?」ワクワク

ヘンゼル「どんなにきれいでも花は食べられないだろう?だからもっと素敵なものだよ、ほら!切ってないまるごとのパンだよ」スッ

グレーテル「……」グシグシ

ヘンゼル「グレーテル?目なんか擦ってどうしたんだい?」

グレーテル「うん、ホントに…本物だね。切ってないパンなんて凄く久しぶりに見たから、もしかしたら幻かもって思っちゃった」エヘヘ

ヘンゼル「あはは、幻って…そんなわけないよ、ちょっと硬いけれど…全部グレーテルのだから、全部食べて良いんだよ」

グレーテル「でも、もしかしてこれって…お兄ちゃんのお昼ご飯のはずだったんじゃないのかな?それを私の為に我慢したの?」

ヘンゼル「違うよ、僕のお昼ご飯は…ほら、パンが二つあったんだ。だから一個はグレーテルの分、兄妹なんだからはんぶんこするのはあたりまえだよ」ニコッ

グレーテル「そっか…だったら、このパンは私が好きなだけ食べても良い?」ニコニコ

ヘンゼル「グレーテルのものなんだから、遠慮せずに全部食べたら良いんだよ」

グレーテル「そっかぁ…私が好きにしていいんだったら、はんぶんこにするからお兄ちゃん半分食べてくれる?」ニコニコ




362: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)23:02:21 ID:l4v

ヘンゼル「いや、僕はお昼に食べたからいいよ。それよりもグレーテルが…」

グレーテル「私はお兄ちゃんと一緒にパンが食べたいの、一人で食べてもおいしくないよ。二人で仲良く食べたほうがずっと美味しいよ」ニコニコ

ヘンゼル「…そういう事なら、半分貰おうかな」ソッ

グレーテル「はい、どうぞ。えへへ、それじゃあいただきまーす」モサモサ

ヘンゼル「うん、いただきます」モサモサ

グレーテル「お兄ちゃんのお土産のパン、おいしいね。きっと夕飯のパンと同じなのにずーっとおいしいよ」ニコニコ

ヘンゼル「グレーテルの言ってた事、本当なんだね。二人で食べた方がおいしいって」

ヘンゼル(これは嘘じゃない。口の中には硬くて、パサパサしたあまりおいしくないパン。だけど、今はなんだかいつもよりもおいしい気がした)

グレーテル「えへへ、だから私が言ったでしょ?二人で食べた方が…ケホケホ」ケホケホ

ヘンゼル「あぁ、パンだけじゃのどを通らないよね、水を汲んできてあげるよ。ちょっと待っていてね、グレーテル」スクッ

グレーテル「うん、ありがとうね。お兄ちゃん」ニコッ

スタスタ

継母「…どうするってんだい!このままじゃ…一家そろって飢え死しちまうよ!」バンッ

父親「もう少し静かにしてくれ、子供たちに聞こえてしまう。二人に心配を掛けたくない」

ヘンゼル(パパと母さん……何の話をしてるんだろう)コソコソッ




363: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)23:04:24 ID:l4v

キッチン

継母「心配かけたくないだって?今更そんな風に父親面してどうすんだい、もう家中をひっくり返したって食べ物はここにあるだけなんだよ!?」

継母「萎びた野菜くずと古い穀物粉、乾燥しちまったパンがいくつかだ。これじゃあ新しいパンも焼けやしない」

父親「わかってる。でも仕方がないだろう、うちだけじゃない…国中が飢饉で大変なんだから…」

継母「そんなこと知ってるさ。でもね、近頃は木材もなかなか売れない。木材を売った金でいくらかの穀物粉を買っても…何日もつのかわかったもんじゃないんだよ!」

父親「そんときは、お前…俺達の分を減らして、ヘンゼルとグレーテルに食わしてやるしか…ないだろう」

継母「そんなことをしたって…三日四日しのげるだけさね。今のうちには二人も子供を養ってる余裕は無いんだよ。こうなりゃあいっそ森の奥に二人を置き去りにしてくればさしあたり二人分の食料が浮くってもんさ」

父親「この状況が辛いのは何もうちだけじゃないんだぞ、なのにお前はよくもまぁそんな事を……」

継母「そうさ、うちだけじゃない。よその家だって食べ物に困って年寄りやら子供を口減らしにしてんだ…なにも子供達を森に置き去りにするのはうちだけじゃないのさ、誰も責めやしない」

父親「それは……そうかもしれんが……しかし、あの二人が可哀そうだ」

継母「例えこのまま四人で暮らしても、近いうちに四人とも飢え死にだ。だとしたら、あの二人を森に置き去りにする方が…お互いに未来があるってもんさ」

父親「森には獣だって出るんだ、僕達はともかくあの二人を森に捨て置いて…子供たちになんの未来があるっていうんだ」

継母「バカだねお前さん。考えてもみなよ、森にはきこりだって狩人だってくるんだ。森の中を子供が歩いていれば不憫に思った優しい人が拾って育ててくれるかもしれないじゃないか」

父親「……」

継母「このままじわじわと死に近づくか、あの二人が幸せになる可能性にかけるか…もうそれしかないんだ、さぁ決めとくれ」




364: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)23:07:07 ID:l4v

父親「…二人を森に置き去りにすれば、優しい人が助けてくれるだろうか……」

継母「きっと助けてくれるさね、あんただって森で見知らぬ子供が歩いていたら助けちまうだろう?」

父親「……そりゃあそうだが」

継母「さぁ、どうするんだい?森に置き捨てるなら早い方がいい、何なら明日にでもね」

父親「……仕方ないことだ」

継母「それじゃあ、いいんだね?」

父親「ああ、明日だ。明日、ヘンゼルとグレーテルを…森に連れていく」



ヘンゼル(……何故、何故そんな結論になってしまうんだい、パパ)

ヘンゼル(優しい人なんか、現れるわけないじゃないか…この国の人はみんな飢饉に苦しんでいるのに、見知らぬ子供を養う余裕なんてどこの家にだってないよ)

ヘンゼル(それともそんなの口実で、本当は僕達の事なんか……いいや、そんな事疑っちゃいけない。自分の子供を必要ないと思う大人なんて、いないもんね)

ヘンゼル(……とにかく、この事はグレーテルには言えない。なんとか、僕が何とかしないと…)

グレーテル「…お兄ちゃん」ギュッ

ヘンゼル「…グレーテル。お前、どこから聞いていたんだ…?」

グレーテル「……私達を置き去りにしたら、優しい人が助けてくれるかなってところから、だよ」ジワッ



グレーテル「ねぇ、お兄ちゃん…私達、本当に捨てられちゃうの…?」ポロポロ




365: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)23:09:39 ID:l4v

ヘンゼルとグレーテルの部屋

グレーテル「ぐすっ…ぐすん……ひっくひっく……」

ヘンゼル「グレーテル…もう泣きやもう、泣いたって。どうにもならない…」

グレーテル「だって、私達…明日には森の奥に捨てられちゃうんでしょ?」

ヘンゼル「……きっとね。一度決まってしまえば、あの母さんの事だ。なんとしても僕達を捨てさせるだろう」

グレーテル「私ね…お家が貧乏でもご飯が少ししか食べられなくっても平気だよ?お兄ちゃんもパパもいるし、ちょっと意地悪だけど母さんもいるもん…」

グレーテル「でも、パパ達は…平気じゃなかったんだね。私は家族の事大好きだけど……パパ達は、私の事なんか好きじゃないんだね」ポロポロ

ヘンゼル「グレーテル、そんな事言っちゃいけない。娘の事が嫌いな父親なんか、いるわけないじゃないか」

グレーテル「でも、パパは決めたよ?私とお兄ちゃんを捨てちゃう事…」

ヘンゼル「パパは…少し間違えた選択をしちゃっただけなんだ。僕達の事を嫌いでこのことを決めた訳じゃないよ」

グレーテル「本当…?私、パパに嫌われてないの…?」

ヘンゼル「ああ、大丈夫。僕だっている。僕は何があってもグレーテルの事を大切に思っているよ。僕はグレーテルのお兄ちゃんなんだから」




366: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)23:11:38 ID:l4v

グレーテル「…うん、私もお兄ちゃんの事。好きよ」ニコッ

ヘンゼル「うん、それに安心しても大丈夫だよグレーテル。僕に考えがある」

ヘンゼル「明日僕等は森に奥に置き去りにされるけど…なんとしても家まで帰ってくるんだ」

グレーテル「でも…お家に帰ってこられても、また捨てられちゃったりしないかな?」

ヘンゼル「大丈夫さ、グレーテルはパパの事好きだろう?」

グレーテル「うん、大好き」コクコク

ヘンゼル「僕だってパパの事が大好きだ。だから僕はもっとパパの事、信じてみようと思う」

ヘンゼル「さっきのは母さんに良いように言いくるめられて、それでつい間違えた選択をしちゃっただけだよ。僕達を捨てた後きっとパパは後悔する」

ヘンゼル「そうに決まってるさ、パパはお腹が空きすぎてちゃんと物事が考えられないだけなんだ。だから後で絶対に悔むよ」

ヘンゼル「だから僕達がなんとか家に帰れば、パパは反省してもう僕達を手放そうなんて思わないよ」

グレーテル「そっか、そうかも…やっぱりお兄ちゃんは賢いね」ニコッ

ヘンゼル「僕達はパパの事が大好きだ、パパだって僕達の事を愛してくれているんだ。少し選択を間違えたくらい、どうってことないんだ」

ヘンゼル「さぁ、グレーテル。明日に備えて今日はもうお休み、後の事は全部お兄ちゃんに任せたら良いんだよ」

グレーテル「うん、ありがとう。お兄ちゃん、おやすみ……あのね、お兄ちゃん…お兄ちゃんは、私の事置いて行ったりしないでね…?」

ヘンゼル「当然だよ、そんな心配しなくても平気だよ。兄妹だろう?」

グレーテル「うん、私、安心した。じゃあね、おやすみ」ニコッ




367: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/05(水)23:15:53 ID:l4v


二人の部屋が見える庭

ヘンゼル(そうだ、大丈夫だ…こうやって目印の小石を集めて、明日はこれを落としながら森へ入る。それを目印に帰ればいいんだ)ヒョイヒョイ

ヘンゼル(うん、平気だ。パパは僕達の事を愛してるんだ。今回の事は、ちょっと母さんに言いくるめられただけだ)

ヘンゼル「うん、そうだ。そうに違いないんだ……パパはちょっと間違えただけ、本気で僕達を捨てようなんて思ってない…」

ヘンゼル「そうじゃないと……こんなの、あまりに悲しすぎる……僕はともかく、グレーテルが…なんであんな健気な女の子が、こんな酷い目に会わないといけないんだ……」

チラッ

グレーテル「……すぅすぅ」スヤスヤ

ヘンゼル「…大丈夫だからね、グレーテル。お兄ちゃんが、お前を不幸になんかさせない」

ヘンゼル(……神様)

ヘンゼル(……パパと一緒に居たいと願う事は…僕やグレーテルが望んでるのはそんなに贅沢な事ですか?)

ヘンゼル(昔、町に出かけた時神父さんは仰ってました。生きていると辛いことや苦しい事があるけれどそれは神様が僕達に与えた試練だと)

ヘンゼル(その試練を乗り越えれば…日々真面目に暮らしていれば、きっと神様は僕達を幸せにしてくださると。そう神父さんは仰いました)

ヘンゼル(僕達はどうやら明日、パパ達に森の奥へ捨てられます。それが神父様の仰っていた試練だというのなら…僕は何としても乗り越えます、だから…)

ヘンゼル(神様。僕は幸せにならなくったって構いません、だから妹のグレーテルには…どんな小さな物でも良いです。大きなものは望みません)

ヘンゼル(豪華な家も高級な料理も立派な洋服もいりません、慎ましく暮らせる場所と少しの食べ物…少し贅沢を言えば豆のスープを毎日。そんな些細なもので良いんです、だからどうか…)




ヘンゼル(神様。どうかグレーテルには…幸せを与えてください)




375: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)22:44:09 ID:4CO

現実世界 廃墟

・・・

ヘンゼル「そして僕とグレーテルは翌日、深い森の奥深くに置き去りにされた」

グレーテル「……小さなパンを渡されて……パパが迎えに来るまで大人しくしてるんだよ……って言われたの……でもね、暗くなっても、パパは来なかったの……」

ヘンゼル「あの時はまだ、もしかしたら思い直すかもしれない…なんて愚かな希望にすがっていたよ。僕もグレーテルもまだ父親なんてものを信じていたからね、その時は」

グレーテル「……うん。でも……思い直してくれなかったの……」

キモオタ「しかし……我輩、解せませんな。先ほどラプンツェル殿におとぎ話を聞いたときにも思ったのでござるが、いくら飢饉とはいえ我が子を捨てるなど…」

ラプンツェル「うん、私もそれは思うよー!森に捨てちゃうなんて酷いなって、それも同じ気持ち!」

キモオタ「そうでござろう?そもそも食料に困っているからと言って口減らしなどという行為が行われていること自体がおかしいのでござるよ。多少我慢してでも家族で暮らせる事を優先するのが本当でござろう?」

ヘンゼル「あんたの立場から見たらそうだろうね。こんな裕福な国で暮らしていたら貧困や飢えなんて現実的じゃないもんね…飢饉の苦しみなんか想像もつかないに決まってる」

グレーテル「うん……キモオタお兄ちゃん……お腹が空いて困るって事……よくわかってないなって……私、思うの……」

キモオタ「いやいや、わかってないとか裕福だとか言う問題では無くてでござるな…貧しい時にどうするかという気持ちの問題でござって…」

孫悟空「だからテメェはその飢えてる奴の気持ちが理解できてねぇんだろ?だから口減らしって行為がおかしいとか言えるんじゃねぇか」

キモオタ「ご、悟空殿まで…我輩だって空腹の辛さくらいわかるでござるよ!だからこうしておかしいと思っているでござろう…!」




376: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)22:46:59 ID:4CO

ラプンツェル「ねーねー、キモオタ。私、うまくいえないけどさー…私もキモオタも、本当の本当にお腹が空いた事って無いんじゃないかなー?」

ラプンツェル「私はずーっと塔の中で暮らしてたけど食べ物に困った事は一度も無かったよ、でもねー現実世界に来てすっごく驚いちゃったんだ!どこにでも食べ物が売ってるから」

キモオタ「まぁ…コンビニやら屋台やらチェーン店やらでお金さえあればどこでも食べ物にはありつけますからな…」

ラプンツェル「でしょー?アイスクリームとかお菓子とかお腹がすいたらすぐに手に入るでしょ?それって凄いけどさー、だからこそ現実世界のキモオタやママに大切に育ててもらった私にはよくわかってないと思うの、本当にお腹がすくって事ー」

ラプンツェル「ヘンゼル達が経験した事ってさ、私達が考えてるよりずーーっと辛いことだったのかも」

キモオタ「……確かに、そうかもしれませんな。この飽食の時代、普通に生活して居ればこの日本で餓死など考えられませんからな」

ヘンゼル「言われてようやく気が付くんだね。それだけ食べ物があるこの状況が当たり前になってるんでしょ、本来は一日に三回も食事ができるだけでも感謝すべき事なのにね」

グレーテル「この世界のごはん……おいしい。コンビニのお菓子もおいしい……でも、それって私達にとってはすっごく……特別な感じ、全然普通じゃないの……」

孫悟空「俺もこいつら程じゃねぇが、旅の途中にまともに飯にありつけねぇ時期もあったからな。この現実世界には食い物であふれてやがるから、いまひとつ理解しがたいかもしれねぇ。だけどよぉキモオタ」

孫悟空「おとぎ話の世界ってのはこの世界より何百年も昔の世界が舞台になってんだよ。この世界と違って飢饉や飢えや貧困なんてのはかなり現実的だ、へたすりゃこいつらみたいにそれが日常ですらある」

孫悟空「テメェは口減らしなんてのはおかしいって言ったがな…今日の飯にも困ってる奴にとっちゃあ口減らしでもしねぇとどうにもならねぇ。それは現実なんだぜ?」

キモオタ「しかし、食料に困って家族を見捨てる……など、やはり我輩には受け入れられませんぞ…」

孫悟空「誰だって受け入れられねぇに決まってんだろ、だがそうしねぇと一人残らず飢え死にだ。それを防ぐには口減らししかねぇ」

孫悟空「便利なこの世界が悪いとはいわねぇがな。常に飢えと戦い、食いもんがねぇばっかりに死や別れを覚悟しねぇといけねぇ…そういう世界もあるって事だ、こいつらの世界みたいにな」




377: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)22:48:57 ID:4CO

孫悟空「それにな、キモオタ。こいつらには聞かせられねぇが……森への置き去りならまだ良い方だ」ボソッ

キモオタ「ファッ!?悟空殿は何を…実の父親に森に捨てられたヘンゼル殿とグレーテル殿がまだ良い方ですと!?」ボソッ

孫悟空「口減らしってのはな、ようは養う必要のある奴を減らす行為だ。死なせるつもりで森に置き去りにするのも口減らしだが…」ボソッ

孫悟空「絞殺…首を絞めて殺したり、土に埋めて殺したりな……直接手を下す手段ってのもわりと一般的だ」ボソッ

キモオタ「じ、実の親が飢えを理由に我が子を直接…!」ボソッ

孫悟空「ある程度育ってる子供なら殺さずに養子や身売りに出す親もいる。ヘンゼルみたいに若い男なら肉体労働の為に売られる事もある」ボソッ

キモオタ「……なんという」

孫悟空「だが女はそうもいかねぇ。となると…グレーテルなんかは特に愛嬌がある顔達だ。そういう娘は娼婦として店に売られる、いくらかの金で身体を売る為にな」ボソッ

キモオタ「い、いくら切羽詰まっているとはいえその様な行為が許されるはずがないでござる!」バンッ

孫悟空「落ち着け。テメェの憤りはわかるぜ。だがよぉ…こいつぁある種の親心でもあんだよ、辛かろうが悲しかろうが肉体労働してりゃあ食いぶちは少なからずある、身体を売って金持ちの男に気に居られりゃあ玉の輿。飢え死ぬよりはマシな人生を送れるかもしれねぇってな」ボソッ

キモオタ「そんなものは…詭弁でござる。そんなものは…単なる言い訳でござろう!」ヒソヒソ

孫悟空「そうでも思わねぇと親の方もまともでいられねぇのさ。そういう意味ではこいつ等の親父も時代の被害者ってわけだ」ボソッ

孫悟空「しかしだな、どんな理由があろうとこいつ等にとって自分達が捨てられた事は事実だ。ふてぶてしい態度だがよぉ、実の父親に見放されたヘンゼルは相当な心の傷を負ってやがる……」ボソッ

孫悟空「そうでなけりゃあ…あんな風に大人を憎んだりしねぇからな。俺達に出来るこたぁ、今はとにかくこいつの言葉に耳を傾けてやることだぜ」ボソッ




378: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)22:50:30 ID:4CO

孫悟空「気は進まないなんざ言っていたがよ、それでもヘンゼルは俺達に…憎い大人に過去を語るって決めたんだ。多少は心を許してくれてんじゃねぇか?」ボソッ

孫悟空「もしもそうだってぇなら、俺らに出来るこたぁあいつの話をしっかり聞いて導いてやることだぜ。まぁ…あいつの様子じゃあ一筋縄じゃあいかねぇだろうがな」

キモオタ「悟空殿、お主…なんというか、その見た目と粗暴な物言いからしてもっと自分主義というかKYというか…まわりに気遣い出来ないタイプだと思っていたのでござるがwww人は見かけによりませんなwww」

孫悟空「あぁ?人は見かけによらねぇって…テメェだって外見はブタだろうが!」バシッ

キモオタ「いやいやwww人間ですぞwww言うほどブタでもないでござろうwww」

孫悟空「猪八戒と瓜二つの時点でブタだろうがテメェは。まぁ、それはいいがよ…俺も昔は自分の力だけ信じてたような口だからなぁ、まぁ見てられねぇよ」

キモオタ「我輩も激しく同意ですなwww」

ヘンゼル「……何をあんた達はぼそぼそ話してるの?」

キモオタ「いやはや、話の腰を折って申し訳ないwww続けてくだされwww」

孫悟空「おう、悪ぃな。続けてくれ」

ヘンゼル「……あいつ等に捨てられた僕とグレーテルは暗くなるのを待った。お月さまが昇って、それから家に帰る事にした」

グレーテル「お兄ちゃんが目印に落とした石……月灯りに照らされて光るの……だから夜になるの待つしかなかったの……」

ラプンツェル「でもさー、目印があったら迷わないから簡単にお家に帰れたんだよねー?よかったよかった」コロコロ

ヘンゼル「簡単に帰れる?そんなわけないでしょ…何の為に僕達を森の奥まで連れて行って捨てたの?確実に捨てる為だよ?」

キモオタ「嫌な言い方でござるが、両親としては簡単に戻られては意味が無いでござるからな…簡単には戻れなくて当然と言えば当然なのでござろうけど…」

ヘンゼル「僕達はあくまで帰り道がわかってるだけ。そこから実際に家に帰るまでは…容易くなんて無かった。そうだよね、グレーテル」

グレーテル「うん……大変だったの。ラプお姉ちゃんは……野犬って……知ってる……?」




379: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)22:52:06 ID:4CO

ラプンツェル「もちろん知ってるよ!お湯を沸かす道具でしょ?お茶を飲むときとかに火にかけt」

孫悟空「野犬…か、熊や狼と比べりゃあそうでもねぇが…それでも丸腰の子供二人の手に負えるような獣じゃあねぇ。襲われちまったのか?」

グレーテル「ううん……でもね、何匹もの野犬がね……茂みからこっちを見てたよ……ギラギラ光る眼で……」

キモオタ「二人が倒れるのでも待っていたのでござろうか……いやはや、恐ろしいでござるな……」

ヘンゼル「おとぎ話の【ヘンゼルとグレーテル】だと『二人は目印の小石を辿って家までたどり着きました』なんて軽い一言で済ませるだろうけど…」

ヘンゼル「真夜中。人気のまったく無い道、月灯りに照らされた小石だけが頼りだ。少し先の道の様子なんか全く分からない…飲み込まれそうな闇が続いてる」

グレーテル「恐くて……怖くて……でもあたりは全然見えないの……私がここに居るってこともなんだかハッキリとわかんなくなっちゃう気がして……必死に掴んでたお兄ちゃんの手を離しちゃったら……もう、死んじゃうって……思った」

ヘンゼル「僕も必死にグレーテルの手を握ってた。情けない話だけど……グレーテルを護るっていう強い意志が無かったら諦めてたと思う。もし一瞬でも手を離してしまったら僕は正気が保てなかったかもしれない」

グレーテル「何時間も……何時間も……ずっと歩いたの……お兄ちゃんを困らせちゃいけないって……泣かないように頑張って……弱音なんかはかないように飲み込んで……」

ヘンゼル「それでも握ったグレーテルの手はずっと震えていて、僕は不安にさせまいと自分自身の震えを隠すので精いっぱいだったんだ」

ヘンゼル「なにしろおぼろげな月灯りに照らされた道しるべはあまりにも儚くて、目をそらせば見失ってしまいそうだった」

ヘンゼル「それでも僕はそのささやかな希望を見逃すわけにはいかなかった」

ヘンゼル「僕はグレーテルのお兄ちゃんだからだ。何があっても妹を護らなくちゃいけなかった、大好きな妹だから」




380: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)22:53:13 ID:4CO

グレーテル「ずっとずっと……歩いて歩いて……森から出られて……そこからは街道を歩いて……やっとお家にたどり着いたの……」

ヘンゼル「疲れて疲れて、眠い目をこすりながら…それでもどうにか歩いてすがるように家のドアを叩くと僕等の父親が走って僕らを出迎えた」

グレーテル「ごめんね、ごめんねって……何度も謝りながらね……無事でよかったって……泣きながら私たち二人の事を抱きしめたの……あの時は、嬉しかったの……もう、全部終わったんだって思った」

ヘンゼル「父親は僕等を捨てた事を反省してるように見えた、だから僕もそれを見て安心してしまったんだ」

ヘンゼル「ああ、僕等の父親は自分の過ちに気が付いてくれた。もうこんな事は二度とないんだ、もう間違えた選択をしたりしない。ずっと家族一緒に暮らせる…そう思った」

ラプンツェル「でも、確かその後って…」

キモオタ「……ラプンツェル殿」

ラプンツェル「……でも」

孫悟空「あー……どうなっちまうか解ってると尚更堪えるなこいつぁ……」

グレーテル「そうだよね……みんな、このあとどうなるか……知ってるもんね……」

ヘンゼル「本当に甘かったよ。僕もグレーテルも…しばらくは元の生活が続いたけれど、それはほんの数日で終わったんだ」

ヘンゼル「信じられるかい?あれだけ反省した風に見せて、泣いて…抱きしめて…それなのにその反省は数日持たなかった」




ヘンゼル「僕等が帰ってから数日後、あの二人はまた僕達をもう一度捨てる計画を立てたんだ」




382: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:04:49 ID:4CO

ヘンゼル「キッチンを覗き見ていた僕達は目を疑ったよ」

ヘンゼル「怒鳴る母親に僕達の父親は何一つ言い返せず…もう一度僕達を森に捨て置く事に納得したんだ」

グレーテル「もう……私はその時は……泣かなかった……泣けなかったの……もう、信じられなくて……涙すら出なかったの……」

ヘンゼル「僕は父親の決断に失望したと思う、ひどく怒っていたと思う、悲しかったと思う、辛かったと思う、言ってやりたい事もたくさんあったと思う。でも……その時の僕の感情はただ一つだった」

ヘンゼル「ああ、もうこの人はダメなんだっていう諦め。この人は頼れない、この人は信じられない…信じちゃあいけない。もう、一言の言葉すら信用しちゃあいけない」

キモオタ(慕っていた父親に失望し…頼る事を諦めてしまうというのは子供にとってどれだけ辛いことなのでござろうか…?)

ヘンゼル「もうこんな男は父親じゃない。こいつじゃあグレーテルを幸せに出来ない。グレーテルを守れるのはもう世界中で僕だけだ、そう思った」

グレーテル「私も……もう、私の家族は……お兄ちゃんだけしかいないんだって……思ったよ……」

ヘンゼル「こいつ等は僕達が邪魔で殺そうとしている、それも二回目だ。だったら…僕達だって黙って殺される必要は無い」

ヘンゼル「僕が二人を殺す。そう誓った、どうせもう赤の他人なんだ…必ず僕は森からもう一度生還して、こいつ等を殺してその家にグレーテルと二人で暮らそうと思った」

グレーテル「それを静かに私に話すお兄ちゃんを見て……私はちょっぴり怖かったけど……でも、反対しなかったの……」

グレーテル「もう……私に優しくしてくれたパパは、大好きなパパは世界中のどこを探しても見つからないって……解ったから……」

グレーテル「私が……一緒に居たいのは……そのときは、もうお兄ちゃん一人だったから……」




383: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:06:24 ID:4CO

ラプンツェル「パパの事信頼できなくなっちゃうなんて…辛かったよね、悲しかったよね…寂しかったよね…!」ギューッ

グレーテル「ラプお姉ちゃん…?」ムギュー

ヘンゼル「ちょ、やめてよ…なんで抱きついてくるんだ。まだ話の途中なんだけど?」ムギュー

ラプンツェル「私には最初からパパ居ないけど…今まで大好きだった人の事が信じられなくなるなるって、すっごく辛いと思うよ!」ギューッ

ラプンツェル「これからは私も二人のお姉ちゃん!これでもう寂しくないでしょ?ねっ!困った事あったら何でも言ってね!全部ラプお姉ちゃんにまかせてよ!」フンス

グレーテル「……うん、ありがと……ラプお姉ちゃん……でも、私たちもう……寂しくないから平気だよ……?」ギュッ

ヘンゼル「……やめてよ。僕は寂しくなんかない。憐れみなんていらない」

スッ

ヘンゼル「そもそもさ、まかせてって言えるほど、あんたは立派な大人なの?キモオタお兄さんは現実世界の人間って時点で信用できないし…孫悟空とラプンツェルもそうだ」

ヘンゼル「あちこちで好き勝手やった上に待遇が気に食わないからって天界で大暴れして大迷惑かけた猿人を信用しろっていうの?」

孫悟空「テメェ……痛いところを突きやがるじゃねぇか……」

ヘンゼル「それに初対面の男を夜な夜な部屋に連れ込むような女の人、グレーテルに悪い影響与えるとしか思えないけど」

ラプンツェル「えっ?ダメなの?」

キモオタ「言い方に明らかに悪意があるでござるがwwwまぁ、言ってしまえば世間的にはダメでござろうなwww」




384: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:07:54 ID:4CO

グレーテル「お兄ちゃん……ダメだよ……そんな突き放すような事言うの……」

ヘンゼル「グレーテルこそダメだよ、どういう相手かもよく知らないのに優しくされたくらいで信用したら痛い目にあう。魔女の時だってそうだった事忘れたの?」

グレーテル「……それは、そうだったけど……」

ヘンゼル「僕達は【西遊記】も【ラプンツェル】も良く知ってる。だけど、あんた達がどういう人間なのかまでは知らない…なのに頼れとか信用しろとか簡単に言うでしょ?」

ヘンゼル「出会って数時間の相手を信用しろ?そんなの無理な話だよ。仮に…仮にだよ?あんた達が例外的に良い大人だったとしても、それは今判断できない」

キモオタ「確かに、それは道理かもしれませんな…あのような経験をしてるのならば尚の事でござる」

ヘンゼル「それに何かを企んでる大人はたいてい子供にやさしく接してくる。僕等を騙した魔女がそうだったみたいに」

孫悟空「テメェ等を食う為に菓子で出来た家におびき寄せたんだったか?」

ラプンツェル「お菓子の家かぁ…でも私も憧れちゃうよ、お菓子大好きな人にとっては夢だもん!あ、でも悪い魔女に食べられちゃうのはヤだなー…」

グレーテル「あの魔女ね……ただ私達を食べる為に捕まえたんじゃないの……魔法の力の為……なの」

孫悟空「魔法の力…だと?」

キモオタ「そう言えばwwwヘンゼル殿は魔力を持っているのに森から帰る為に一度も使ってませんなwwwそれが関係するのですかなwww」

ヘンゼル「僕の魔力は生まれ持ってのものじゃないから、まだ持ってなかったんだよ。僕はそこで…お菓子の家で魔力を手に入れたんだ」

孫悟空「ヘンゼルの魔力は相当なもんだ、後天的な要因であそこまでの魔力を手に入れたってのは興味あるぜ」

ヘンゼル「……話の続きをしてあげるよ、僕達が再び捨てられた森の中で…何日も何日も迷った挙句に見つけたお菓子の家での話を」

ヘンゼル「僕はそこで魔力を手に入れ…そして、僕はそこで自分の世界がおとぎ話だったと知る事になったんだ」



ヘンゼル「同時に、作者なんて言う忌むべき存在が現実世界に居る事もね」

・・・




385: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:10:05 ID:4CO

ヘンゼルとグレーテルの世界 お菓子の家

・・・

人喰いの魔女「フェーッフェッフェッフェ!もう逃がさないよガキ共がぁ!」ガシッ

ヘンゼル「クッ……!離せ!あんた、優しいおばあさんのふりをして僕達を騙したんだな!?」ウググ

人喰いの魔女「そうさ!だが気付くのが遅かったねぇ!わざわざお菓子の家なんていう胸焼けしそうなもんまでこしらえて、あんた達が来るのを心待ちにしていたんだ…感づかれて逃げられたらつまらないからねぇ!」フェッフェッフェ

人喰いの魔女「だがもう捕まえた!逃がしやしないよ…あんたもグレーテルもねぇ!」フェッフェッフェ

ヘンゼル「やっと優しい大人に助けてもらえたと思ったのに…やっと助かったと思ったのに…!本性は悪い魔女だったなんて…!」ギリッ

人食いの魔女「フェッフェッフェ!魔女なんざ悪者と相場が決まってるのさ、それに話に聞いていた通りヘンゼルには利用価値がありそうだ」フェッフェッフェ

グレーテル「お兄ちゃん!お兄ちゃん!魔女さんやめてっ!お兄ちゃんを離してあげて!」グイグイ

人喰いの魔女「ええい、離さんか小娘!お前には用などないんじゃい!」ゲシッ

グレーテル「げほっ……ハァハァ、お兄ちゃ…」ボタボタ

ヘンゼル「グレーテル!あんた、妹に何をするんだ!このっ…!」ググッ

人食いの魔女「随分と威勢のいいガキだねぇ…だが少し肉付きが悪いみたいだ、もうちょっと太っていないと食いでが無いからねぇ」グイッ

スタスタスタ

人食いの魔女「暴れられちゃあ面倒だ。さぁて、この納屋に入っていてもらおうかね」ドサッ




386: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:11:43 ID:4CO

人喰いの魔女「感謝するんじゃぞ?しばらくお前には大量の食事を与えてやるからのぉ、しっかりと食って肉を付けるんじゃ」フェッフェッフェ

ガチャン

人喰いの魔女「そしてお前が丸々と太ったらワシがお前を食ってやろう、フェッフェッフェ!楽しみじゃわい!」

ヘンゼル「出せ…!出せ!こんなところに閉じ込められたら僕はグレーテルを護れない!グレーテルを…!」

グレーテル「お兄ちゃん!お兄ちゃん…!」

人食いの魔女「ええい、やかましいガキめ!ワシはビィビィうるさい小娘は大嫌いなんじゃい!」ビュオ バシンバシンッ

グレーテル「痛いっ…!やめて、やめて…!」ジワッ

ヘンゼル「やめろ!痛がってるだろ!妹を傷つけたら僕が許さないからな!」ガシガシ

人喰いの魔女「フェーッフェッフェッフェ!いくら威勢良く吠えたところでお前はもうその特別な納屋からは出られん!もうワシの食糧なんじゃよ」フェッフェッフェ

ヘンゼル「僕があの時お菓子の家を目指そうなんて言わなければ…!」

人喰いの魔女「フェッフェ!悔やんでも遅いわい!じゃがいずれワシの血肉となるお前へのせめてもの弔いとしてグレーテルはワシの屋敷に置いてやろう。このワシの奴隷としてのぉ!」フェッフェッフェ

ヘンゼル「奴隷…僕の可愛い妹を奴隷だって!?グレーテルに酷いことしたら僕がお前を殺すからな…!いつか、絶対に」ギロッ

人食いの魔女「おお、恐ろしい恐ろしい!だが無理じゃ、お前はこの納屋から逃げられない。時折妹の泣き叫ぶ声が聞こえるかも知れんが……フェッフェッフェ!まぁ安心せぇ!」

人食いの魔女「さぁ来るんだグレーテル、ワシがお前を立派な奴隷に仕立て上げてやるからねぇ。さぁ、まずは屋敷の掃除からだ、もたもたするんじゃないよグレーテル!」グイグイッ

グレーテル「いや…お兄ちゃん!お兄ちゃん助けて…!私、奴隷なんか嫌だよ…!」グイッ

スタスタスタ




387: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:13:27 ID:4CO

納屋


ドンッ!バンッ!ガコン!

ヘンゼル「くっ…壊れろ…!壊れろ!」ガンッ!

シーン

ヘンゼル「どうなってるんだ…見た目はただの木製の納屋なのに…どれだけ叩きつけてもびくともしない」ジンジン

ヘンゼル「特別な納屋って言ってたっけ…魔法でもかけてるのかも、僕を逃がさない為に」ギリッ

ヘンゼル「でも…僕は絶対にこんな扉ぶち破ってグレーテルを助けるんだ!あんな狡猾な大人に捕まって、いまだって何をされてるか解らない…!」

ヘンゼル「僕の責任だ…!どんな酷い事をされるだろうか…食事も貰えず家事をさせられるかもしれない、怪しい魔法の実験に利用されるかもしれない、他の悪い大人に売り飛ばされるかも……」

――お兄ちゃん!お兄ちゃん助けて…!

ヘンゼル(何が…お兄ちゃんだ。妹を助けられないどころか危険にさらして…何が、何がお兄ちゃんだよ…!)

バンッ!ゴンッドンッ!

ヘンゼル「クソッ!クソッ!僕がパンクズじゃなくてもっとしっかりした目印を付けていれば…!お菓子の家なんか無視していれば…!きっとこんな目には会わなかったのに!」

ヘンゼル「僕が…もっと警戒していればグレーテルは不幸にならなくて済んだんだ!僕があんな魔女を信用したから…!大人は信用できないって解っていたのに、優しい言葉に騙されてしまったから…!」

ヘンゼル「全部大人が悪いんだ…!あいつらは困ったら子供を捨てて、都合の良いように利用して…助けてなんかくれない、味方になんかなっちゃくれない…!」



ヘンゼル「もう二度と大人なんか信じない…!グレーテルの幸せの為にも…僕はもう大人なんて…信用しない!!」バンバンッ




388: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:15:17 ID:4CO

その日、夜遅く
人食い魔女の家

グレーテル「あ、あの…魔女さん、お掃除終わりました。それと、キッチンのお片づけも」

人食い魔女「ああ、そうかい。じゃあ今日はもう仕事は無いよ、ったくお前がとろいからこんな時間になっちまったじゃないか。明日はニワトリが鳴くより早く起きて朝食の支度からじゃぞ?」

グレーテル「はい…わかりました。それと、私…どこで寝たらいい、ですか?それと、ご飯…欲しい、です」

人食い魔女「ああ、そういやあ朝から何も食べてなかったっけねぇ…だが役立たずの奴隷にやる食事なんか無いからね。これでもかじっておればいいじゃろ」スッ

カランッ

グレーテル「ザリガニ…の殻」

人食い魔女「なんだい?文句があるなら食わなきゃいい、この屋敷にある食料はワシとあのヘンゼルを太らせる為のもんだ。お前にはそれで充分じゃ」

グレーテル「…はい」

人食い魔女「それとお前には寝床なんざないからね、書庫の隅にでも転がってねていりゃあいいさね」フェッフェッフェ

グレーテル「…わかりました」

人食い魔女「さぁて、ワシはワインでも一杯ひっかけてから寝ようかね…」フェッフェッフェ

バタン



グレーテル「泣いちゃ……ダメ、お兄ちゃんはもっと辛いんだ…だから、泣いちゃダメ……」ポロポロ




389: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:16:44 ID:4CO

書庫

グレーテル「魔女さんはここで寝なさいって言ってたけど、ベッドもソファもない…」グスングスン

グレーテル「でも、凄い数の本…もしかして、全部魔法の本かな?」

ズラーッ

グレーテル「これが全部魔法の本なら…もしかしたら、この部屋のどこかにお兄ちゃんを助けられる魔法とか書いてあるかも。私でも使えるような魔法とか…ないかな」スッ

グレーテル「うん…お兄ちゃんも大変なんだ、助けを待ってるだけじゃダメ…私も少しずつ魔法の本読んで…勉強しよう。妹だもんね」

グレーテル「ザリガニの殻も…頑張って食べなきゃ、残したら何も貰えなくなっちゃうかもしれないから」

モグモグ

グレーテル「うっ、ぺっぺっ……これ食べられるものの味じゃない…でも、頑張らなきゃ。我慢して食べなきゃ……死んじゃったら何にもならないから……」

モグモグ

グレーテル「……うぇっ」ゲホゲホ 

グレーテル「残しちゃダメ……もどしちゃダメ……なんでも食べないと生き延びれない……私が死んじゃったらお兄ちゃん助けられない……」

グレーテル「でも……お水欲しい。魔女さんに見つからないように…お水貰おう。でも確か井戸は枯れてるって言ってたから…キッチンの裏に回らなきゃ」

スタスタ




390: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:21:47 ID:4CO

キッチン

グレーテル(キッチンでは魔女さんがお酒飲んでるんだっけ…見つからないようにそっと……)コソコソ



人喰いの魔女「フェーッフェッフェ!まぁさかこんなところであんな特異体質の子供を見つけられるなんて本当にラッキーじゃわい」グビグビ

人食いの魔女「この森に放たれたワシの使い魔…野犬共が言っていた通りじゃったな。それにしてもうまくあの二人を騙せて良かった良かった」フェッフェッフェ

グレーテル(とくいたいしつ?お兄ちゃんの事かな……?)コソコソ

人喰いの魔女「認めたくないがワシもすっかり衰えた。目も大分霞んで調合やら細かい作業には難儀していたが…これからは役立たずのグレーテルに細かい作業を全部させりゃあいいからのぉ!」フェッフェ

グレーテル(……)

人喰いの魔女「じゃがあんな奴隷なんぞよりもヘンゼルじゃ」グビグビ

人喰いの魔女「太らせる為と偽ってあいつに魔力を帯びた食材で作らせた料理を毎日食べさせ…体内に魔力を蓄積させる」ホロヨイ

人喰いの魔女「すると不思議な事に、あいつの体内でその魔力は何倍にも膨れ上がる。ヘンゼルは生まれついて魔力を持っていないが…あの特異体質は魔力との相性が凄まじく優れている」

人食いの魔女「取り込んだ魔力を自分のものにし、それを際限なく増強させることができる。何億の人間が居たとてそんな特異体質一人いるかいないかじゃからな、本当に運が良かった」

人食いの魔女「そうして魔力を高めさせ…十分に魔力が蓄積したら膨大な魔力ごとあいつを食べちまう、そうすりゃあその膨大な魔力はワシのもんさね!」

人喰いの魔女「フェッフェッフェ!笑いが止まらんのぉ!フェッフェッフェ!」

グレーテル(そういうことなんだ…だったら多分、しばらくはお兄ちゃんは食べられない。なんとか助ける方法考えなきゃ)コソコソ




391: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:22:59 ID:4CO

それから一カ月 納屋

・・・

ヘンゼル「……」

ヘンゼル「……僕達の父親だった男は、本当にうそつきだ」

ヘンゼル「良い行いは神様が見てるなんて言っていたけど……神様なんて、この世界のどこにもいない」

ヘンゼル「……あれからもう一カ月。誰も助けに来ない……毎日納屋を壊そうとするけど……壊れない……逃げられない……」

ヘンゼル「たまに、屋敷の方から怒鳴り声が聞こえる……あの魔女の声……怒鳴り声が向けられているのはきっと……」

ヘンゼル「……」

ヘンゼル「……グレーテル。何も出来ない、ダメなお兄ちゃんで……ごめん」ポロポロ

チチチ チュンチュン

ヘンゼル「……小鳥。ああ、あの時僕が目印にしたパンクズを小鳥が食べさえしなければ…僕達は助かっていたかもしれないのに……小鳥さえいなければ、僕達は幸せになれたのに……」

チュンチュン

小鳥「心外、心外。それじゃまるで、私達が悪者みたいだ」パタパタ

ヘンゼル「っ!?……なんだ、この小鳥」スッ

小鳥「聞き捨てならない、聞き捨てならない。私は役目をキチンとこなしただけ、それを悪く言われるのは許せない」




392: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:24:16 ID:4CO

ヘンゼル「役目…?いや、何を言ってるんだあんた…もしかして、あんたが僕が目印にしたパンクズを食べたのか…!」キッ

小鳥「何その目、何その目!そうだよ、私がパンクズを食べた。でもなんで私が睨まれるの!」

ヘンゼル「僕の計画に穴があったのは認める、でもあんたが余計な事しなけりゃあ僕達はこんな目にあわなかったんだ!」

小鳥「納得いかない、納得いかない!なんで私がこんな風に怒鳴られなきゃなんないの!」

ヘンゼル「そりゃあ怒りたくもなるよ、あんたのせいで僕達は魔女に捕まったんだぞ」

小鳥「筋違い、筋違い!私を恨むのは筋違い、だってそういう役割だ。君の撒いたパンクズを食べて帰り道をわからなくするのが私の役目、私に与えられた役」

ヘンゼル「役割?筋違い?あんたまさかあの魔女の仲間…?」

小鳥「違うよ、違うよ。ああ、でも察したよ。君は知らない、何も知らない。この世界がおとぎ話の世界だってこと、全然知らない」

ヘンゼル「……おとぎ話の、世界?あんたは何を言ってるの?」

小鳥「作り物だよ、作り物だよ。君が過ごしてるこの世界は普通の世界なんかじゃあない、現実世界で作られたおとぎ話の世界だよ」

ヘンゼル「だから…その意味がわからない。現実世界?なんなのそれ。おとぎ話の世界?この世界が、おとぎ話だって言うの?」

小鳥「そうだよ、そうだよ。おとぎ話だよ。君と妹が主人公の【ヘンゼルとグレーテル】というおとぎ話さ」

ヘンゼル「なんなのそれ……僕達の住んでいる世界はおとぎ話で……僕等はその主人公?」



ヘンゼル「【ヘンゼルとグレーテル】……?いや、そんなの信じられないよ」




393: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:26:28 ID:4CO

小鳥「真実、真実。信じられなくてもこれが真実。この世界は現実世界に存在するおとぎ話そのもの、だからこの世界は作られた世界。私はその登場人物。君はその主人公の一人」

ヘンゼル「……」ジッ

小鳥「信じてない、信じてない。その目は信じてない!私は嘘なんか言ってないのに!」

ヘンゼル「そんな突拍子もない事信じられないよ、どうせ僕を騙すつもりだろう」

小鳥「ホントに心外、ホントに心外!だったらこれからどうなるか、教えてあげたら信じる?」

ヘンゼル「僕達がこのあとどうなるか…知ってるの?」

小鳥「もちろん、もちろん。知ってるよ、君は助かるよヘンゼル。ちょうど今日、もう少ししたら君は助かる」

ヘンゼル「……本当かい?ここまでそんな気配無かったのに」

小鳥「本当、本当。私は今さっきここに来た、でも……今朝方、君の太り具合を魔女が見に来たはず。そして君はそれを軽くあしらった、きっと魔女はいつもよりイライラして屋敷に帰った」

ヘンゼル「ああ、その通りだけど…見てたの?」

小鳥「見てない、見てない。見てないけど、このおとぎ話はそういう展開。展開通りにお話が進むのがおとぎ話、だから私はどうなるか知ってる。魔女は怒って君を食べようとしてる」

ヘンゼル「…じゃあ聞かせて、僕とグレーテルはどうなる?誰が助けに来てくれるのか、あんたは知ってるの?」

小鳥「もちろん、もちろん。知ってるよ、もうすぐここには彼女が来る、君の可愛い妹が君を助けにやってくる」



小鳥「絶対、絶対。君の為に走って助けにやってくる、魔女を殺してやってくる。グレーテルがやってくる」




394: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:38:50 ID:4CO

ヘンゼル「…なんだよそれ、やっぱり嘘じゃないか」

小鳥「なんなの、なんなの!なんで信じてくれないの、そういうの凄く心外!」

ヘンゼル「グレーテルがあの魔女を殺すって?いいや、そんな事は出来ない。あの子は優しい子なんだ」

小鳥「そうは言っても、そうは言っても…そういうおとぎ話だ、仕方ない。それにグレーテルは君の為にたくさん努力して我慢した」

小鳥「耐えてた、耐えてた。私は見た。毎日ザリガニの殻とお水だけ、硬い床に転がって少しだけ眠ってあとはずっと働きづめ」

小鳥「つぶやいてた、つぶやいてた。お兄ちゃんも頑張ってるって、呟いてた…毎日隠れて本を読んで、君を助ける方法を探してた」

小鳥「魔女は酷い、魔女は酷い。叩かれてあざになってるとこもあった。食事が貰えない日もあった、そんな時は腐った生ゴミを漁ってでも必死に生きようとしてた……全部は君の為」

ヘンゼル「……」

小鳥「信じてくれる?信じてくれる?」

ヘンゼル「仮に、グレーテルが本当に魔女を殺して僕を助けに来るとして…その悲惨な奴隷生活が全部本当だとしよう。…それじゃあ聞くけど、この世界はおとぎ話なんだよね」

小鳥「そうだよ、そうだよ。現実世界で作られたおとぎ話の世界だよ」

ヘンゼル「ってことは作り話だ…その現実世界ってところの誰かが作った、作り物のお話って事だ。ということはつまり…作者が居る、そうだね?」

小鳥「うん、うん。そうだよその通り、現実世界に住む作者がこのおとぎ話を作ったんだよ」

ヘンゼル「その作者が…このおとぎ話を作った。僕とグレーテルが親に捨てられ、魔女に騙されて、奴隷にされ、監禁される……こんな悲惨な物語を……!」



ヘンゼル「僕達の悲惨な人生を歩ませた……!自分勝手に無責任に…!僕達の苦しみなんかお構いなしに…僕達が不幸になる物語を作ったんだ!」




395: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:41:02 ID:4CO


小鳥「あれ、あれ……ヘンゼル?そういう考えになっちゃうの…?それはダメ、そんな風に思っちゃダメ」

小鳥「これはおとぎ話、おとぎ話。私たちは役者。作者が作ったおとぎ話を滞りなく進める為に与えられた役割をそれぞれがこなすんだよ」

小鳥「そうだよ、そうだよ。だから私はパンクズを食べた、君の両親は君達を捨てた、魔女は君を捕えた。全部作者の筋書き通り、それに逆らうような真似は…」

ヘンゼル「逆らうよ、僕は。なんで見ず知らずの現実世界の奴の為に、僕やグレーテルがこんな酷い目にあうのか解らない」

小鳥「おかしい、おかしい!主人公の君がそんな考えに至るなんて…もしかして異変?私、言っちゃいけない事言っちゃった?ねぇねぇ、とにかく筋書き通りにしよ」

ヘンゼル「聞かせて、その作者は僕達にどんな結末を用意したのか」

小鳥「…宝石、宝石。魔女を倒した君達は魔女の持つ宝石を奪って家に帰る。家には父親だけ居て、継母はもう死んでる。幸せに暮らせる」

ヘンゼル「……なにそれ。宝石やるから悲惨な人生でも耐えろって事?そして今更あの父親と暮らせ?大人ってのはどこの世界でも卑劣で自分勝手なんだね」

小鳥「い、いいじゃない、いいじゃない!ハッピーエンドだ!だから逆らったりしちゃあダメ。この世界が無くなっちゃう!」

ヘンゼル「そっか、理解したよ。筋書き通りに行かなくなると、この世界…おとぎ話は消えるんだね。だったらもう意地でもそんなハッピーエンドもどきの結末には辿りつかない。こんな世界消えてしまえばいい」

小鳥「ああ、ああ……ダメだよ!ダメダメ!私達はおとぎ話の住人なんだからちゃんとおとぎ話の展開に沿って……」

ヘンゼル「おとぎ話の世界だろうが関係ない……僕の人生は僕のものだ、他人に指図なんかさせない」



ヘンゼル「僕の結末は、僕自身が決める。見知らぬ他人の為に、決められた未来なんか選択しない」




396: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:42:14 ID:4CO

バタバタバタ

グレーテル「……お兄ちゃん。助けに……来たの……待ってて……すぐに、開けるの……」ギィギィ 

ヘンゼル「その声…グレーテル!本当に助けに来てくれたんだね……!」

バタンッ

グレーテル「……お兄ちゃん、私……頑張ったよ……頑張って……あの魔女、殺したの……」

グレーテル「お兄ちゃんと……一緒に居たかったから……あの魔女、殺したの」

ヘンゼル「……ああ、よくやった。僕の為にやってくれたんだよね…ありがとうね、ありがとう。グレーテル」ギュッ

グレーテル「……うん、お兄ちゃんの妹だから……そう思って、頑張ったの……」ギュッ

ヘンゼル「さぁ、グレーテル。ここから逃げよう、こんな馬鹿げたおとぎ話の世界以外のどこかに」

グレーテル「おとぎ……話?なんの……こと?」

ヘンゼル「小鳥、僕達は作者なんかの思い通りには動かない。でもそうなると世界は消える、何か方法は無いの?」

小鳥「もうだめ、もうだめ……きっと君は説得できない。私は悪くない!うっかり話した私は悪くない!だから私は逃げる…!」

ヘンゼル「待ってよ、逃げ道があるんだね。その場所はどこだい?」

小鳥「知ってる、知ってる。私は別のおとぎ話に続く門を知ってる、魔女の屋敷の枯れ井戸の底。偶然偶然、別の世界につながってる…私はそこから逃げるんだ」

ヘンゼル「枯れ井戸の底だね……いこう、グレーテル。僕達は今度こそ誰かに利用される人生から逃れられる」




397: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:44:02 ID:4CO

魔女の屋敷 枯れ井戸

ヘンゼル「小鳥が一目散に飛び込んで…帰ってこない。この枯れ井戸が別の世界につながっているというのは信用してもよさそうだ」

グレーテル「……おとぎ話の世界……私達が主人公のおとぎ話……まだちょっと信じ切れてないけど……お兄ちゃんが言うなら間違いないよね……」

ヘンゼル「うん、僕も半信半疑だったけど…もう信じないわけ無いはいかない」

グレーテル「でも……お兄ちゃんの話だと……私達がここから別のおとぎ話に行っちゃうと、この世界は消えちゃうね……」

ヘンゼル「構わないよ。おとぎ話っていうからにはその作者は誰かに聞かせる為に話を作った…僕達を作った」

ヘンゼル「だったら面白い話を書こうとするはずだ。できるだけ不幸な兄妹がとにかく悲惨な目にあって…申し訳程度の幸せを手に入れる。そんな話をね」

ヘンゼル「作者は僕達を利用して話を盛り上げたんだ。面白い話なら有名になれる、だから僕達はその作者の勝手な欲望の為に不幸な人生を歩まされた」

グレーテル「それって……酷いね……」

ヘンゼル「そうだよ。でも、もう僕達はそれに気が付いた。見知らぬ現実世界の奴に付き合ってやる必要は無いよ」

ヘンゼル「だから僕はこのおとぎ話を捨てて、お前を幸せにする。別のおとぎ話の世界で」

グレーテル「……今度こそ……幸せになれるかな?私と、お兄ちゃん」

ヘンゼル「ああ、きっと……いや、絶対僕がそうして見せる」

グレーテル「うん……私はお兄ちゃんの言う事だったら信じられるよ……だから、行こう」

ヘンゼル「ああ。これで僕等は誰にも縛られない…おとぎ話の展開にも結末にも縛られない……自由に生きる事が許されるんだ。じゃあ行こう、勇気を出して枯れ井戸に飛び込むんだ」

グレーテル「……うんっ」スッ


ピョン




398: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/09(日)23:46:44 ID:4CO

別のおとぎ話の世界 氷と雪に彩られた銀世界

・・・

ビュオオオォォォォォ

ヘンゼル「なんだこの世界…!どこを見渡しても氷と雪…一体どこのおとぎ話だ…?」

グレーテル「お兄ちゃん……私ね……寒いよ……」ブルブル

ヘンゼル「こんな極寒の地…いつまでもこんな恰好のままいたら…!」

グレーテル「……お兄ちゃん」ギュッ

ヘンゼル「どうしてこんなに僕達は酷い目にあうんだ…ようやくあの馬鹿げた世界から逃げ伸びたのに、今度はこんな場所にほおりだされて……!」

グレーテル「……ねぇ、お兄ちゃん……大丈夫……だよね……?今度こそ……なれるよね、幸せに……」

ヘンゼル「ああ、絶対に…僕が絶対にグレーテルを幸せにする。吹きたければ吹雪よ吹けばいい!僕はもうどんな逆境だって越えて見せる、自分とグレーテルだけ信じて……どんな困難だろうが撥ね退けて」

ヘンゼル「今度こそ幸せになってやるんだ…!」



ビュオオオォォォォ

???「……っ」ピクッ

???「膨大な魔力の気配…?それに感じ慣れてない人の気配がする。恐らく、宮殿裏の大地だな」

スッ

???「ああ、ちょうどこの部屋から見えるな。何故、あんな場所に別世界のおとぎ話の住人がいるんだろうな…しかし、あのような格好で野外に居ては長く持たないだろう」フム

???「……どうやら可愛い少年と少女のようだ、それならひとつ挨拶をしなくてはいけないな」フフッ




416: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)22:54:35 ID:L4X

ビュオオォォォォ


グレーテル「……」ガクガク

ヘンゼル(この世界はなんていうおとぎ話なのか?どれからどうするか?考える事は多いけど……今はとにかくこの吹雪を凌ぐ事を考えよう、じゃないと凍えてしまう)ブルブル

ヘンゼル「……グレーテル、こっちへおいで。僕を風よけにするといい、きっと少しはましだよ」スッ

グレーテル「でも……それじゃあ、お兄ちゃん……寒いでしょ……?」

ヘンゼル「そんな事気にしなくていいんだ、グレーテルはスカートなんだから僕より寒いだろ?」

グレーテル「うん……それだったら……甘えるね……」スッ

ヘンゼル「いいかい、グレーテル。もう少しだけ、もう少しだけ我慢して…吹雪が防げる洞窟か何かを探そう。そこで吹雪が収まるのを待つんだ」

グレーテル「うん……わかった……」ボソッ

ヘンゼル(魔女のもとでの生活はよほど苦しかったんだろう…グレーテルは一か月の間にだいぶ変わってしまったみたいだ)

ヘンゼル(一カ月ぶりにあった妹は一切笑わなくなってしまった。自由に喋る事すら許されなかったのか、言葉を口にするにもゆっくりで詰まりがちだ。以前のような明るさは無く、どことなく影を背負っているように見えた)

ヘンゼル(だからと言ってグレーテルが僕の大切な妹である事は変わりない。だけど一カ月でこんなに変わってしまったのは僕がしっかりと護れなかったから…そのせいだ)

グレーテル「見て……お兄ちゃん、あれ……」クイクイッ

ヘンゼル「…!?」

ドスドス

白熊の群れ「グルルル……」フシューッ

ヘンゼル「あいつら僕達を狙ってる。どうやら運命はよっぽど僕達を不幸にしたいんだ」




417: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)22:56:26 ID:L4X

ドスドスドス

白熊の群れ「……グルルッ」フシューッ

ヘンゼル(品定めをするように僕達の様子をうかがってる…下手に走り出せば追われる、そうなればどれくらい逃げられるだろう?いいや、数分…食いちぎられるのが遅くなるだけだ)

ヘンゼル「……グレーテル、僕が引きつける。だからその隙にお前は…」

グレーテル「……イヤ。私は……もうお兄ちゃんとずっと一緒に居る……例え……食べられちゃっても……一緒なの……離れ離れは嫌だよ……」ギュッ

ヘンゼル「……グレーテル」ギュッ

ヘンゼル(死んでしまう事よりも、兄と離れ離れになる事が辛いなんて。どれだけ辛い経験をすれば…そんなに考えにたどり着けるだろう)

白熊「グルルルッ……グォッ!」バッ

ヘンゼル(こんなに慕われている僕は幸せ者だ。だけど…それでも僕はグレーテルと一緒に居ることよりも、お前が幸せになる事の方が大切なんだ)

白熊「ベアアアアァァァァッ!!」ブンッ

ヘンゼル(だから、こんなところで…こいつらの餌になるなんて結末はあり得ない。グレーテルの結末はハッピーエンドしかあり得ないんだ)

ゴゴゴゴゴ

ヘンゼル「ケダモノめ、僕の大切な妹に近寄るな!」ヒュッ




418: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)22:59:26 ID:L4X

ゴゴゴゴゴ

グレーテル「お兄ちゃん…?」

ヘンゼル(なんだ…身体の底から何か力がみなぎってくる…あの熊を倒そうと思った途端だ。手のひらに何かのエネルギーが集まるのがわかる…なんなんだこの力…こんな得体のしれない力に頼ってもいいのだろうか…?)

白熊「グルル……ベアアァァァ!!」ビュオッ

ヘンゼル「…っ!どうなっても知ったもんか!この力でグレーテルが助かるなら…その正体なんてなんだっていい!」

ドゴシャアアアアァァ!

白熊「ベ、ベアッ」ドサァ

ヘンゼル「っ…ぐあぁぁ……っ!」ベキベキバキ

グレーテル「お兄ちゃん…!右腕……酷い傷……!」オロオロ

ヘンゼル「……平気だよ。それに一匹倒せただけだ、まだ…敵は残ってる」ゼェゼェ

ヘンゼル(あの熊の攻撃は喰らってない、それなのに右腕がピクリとも動かない。まさか力の反動なんだろうか…?)

白熊の群れ「……グルルルッ」ザワザワ

ヘンゼル(今ので白熊達は警戒してるけど、じきに襲ってくるだろう。熊を一撃で沈めるこの力…きっと左腕でも同じ事が出来るだろうけど、反動を考えると軽々しく使えない。まだ白熊は数匹残ってるんだ)

ヘンゼル「左腕一本犠牲にしてでも残りの白熊を一掃する方法……何かないのか……」ボソッ

グレーテル「お兄ちゃん……私、やってみる……練習だとうまくいかなかったけど……」

ヘンゼル「無茶だよグレーテル。お前が何をするつもりか知らないけど、そんな危険な真似させるわけには…」

グレーテル「お兄ちゃんだって危ない事した……だから私も……頑張る……元々、お兄ちゃんの為に頑張って覚えた……魔法だから」




419: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:00:39 ID:L4X

ヘンゼル「魔法…?そうか、あの小鳥が言っていた努力って…」

グレーテル「魔法書……たくさん読んだ……一度も上手くいった事、無いけど……今は一人ぼっちじゃないから、うまくいく気がするの……」

ヘンゼル「やめておこう、グレーテル。魔法なんて誰にでも使えるようなものじゃない。きっと無意味だよ」

グレーテル「うまくいかなくても……お兄ちゃんだけ辛い思いさせるの……イヤ。だから……頑張る……。うまくいくように……手、握ってて……いい……?」

ギュッ

ヘンゼル「…一度だけだよ。それで無理なら僕がもう一度不意を突いて、その隙に逃げる。いいね…?」

グレーテル「わかった……頑張る……」

スッ

白熊の群れ「グルルッ……ベアアアァァァァ!!」ババッ

グレーテル「……真夏のお日様……真冬のストーブ……真夜中のランプ」

グレーテル「……熱い熱いかまどの炎、私とお兄ちゃんをいじめる熊さん達を……焼きつくして……!」スッ

ポワッ…メラメラメラメラァ!!

白熊の群れ「ベ、ベアアアァァァ!?」ボボゥ

グオオォォォッ




420: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:01:57 ID:L4X


ヘンゼル「…っ!火の気の無い場所から無数の火柱が!魔法書読んだと言っても、独学でこんな強力な魔法を…!すごいじゃないか、グレーテr」

ドサッ

ヘンゼル「グレーテル!ど、どうしたんだ?まさか、お前の魔法にも僕の力みたいに反動が…」

グレーテル「……ううん、そんなの書いてなかったよ……でも、なんだか……気持ち悪い……頭がね、ボーってするの……」ゼェゼェ

ヘンゼル「グレーテル!もしかして寒さに耐えきれなくなったのか!?とにかくすぐに町を探さないと手遅れになる…!」

ザザッ

ラスト白熊「ベアアァァァ!」バッ

ヘンゼル「…っ!まだ一匹残っていたなんて!……こんな近くじゃ避けられない!切り裂かれる…!」クッ

ラスト白熊「グルルッ…ベアアア!!」ブンッ




雪の女王「困ったものだな、この地で私に無断で狩りを行うとは。それもこんなに可愛らしい少年と少女を相手に…」

パキパキパキッ……ペキペキッ……!!

ラスト白熊「」カチンコチーン

雪の女王「私の領域で狼藉を働いた罰だ。しばらく剥製気分を味わっているといい」スッ




421: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:06:11 ID:L4X


ヘンゼル「白熊が一瞬で氷漬けに…!」

雪の女王「心配する必要は無いさ、死なない程度の氷結にとどめてある。それよりも危険なのはキミ達の方だ。この地を散策するにはあまりに軽装過ぎる」

ヘンゼル「……」ジリッ

雪の女王「どうかしたか?これ以上吹雪にさらされるのはキミもそこの女の子も危険だ。私の宮殿がすぐそこだ、そこで身体を温めるといい」

ヘンゼル「今の…魔法だよね?ということはあんたも魔女なの…?」

雪の女王「何を気にしているんだ?そこの女の子は随分と苦しそうだ、あまり長くは持ちそうにない今は宮殿へ運ぶ事が先決だ」

ヘンゼル「はぐらかさないでよ。あんたが魔女だというなら僕達はその宮殿には向かわない。魔女は信用できない」

雪の女王「フフッ、信用できないとは随分だな。何か魔女に嫌な思い出でもあったのか?だが…察しの通りだ、私は雪の女王。この地を統べる魔女だ」

ヘンゼル「やっぱり魔女なんだね…それなら信用なんかできない。僕達の事はほっておいてくれ」

雪の女王「そうはいかないな。キミもだが…この女の子もこのままだと一時間と持たない」

スッ

ヘンゼル「魔女め…!妹に触れるなっ!」ゴゴゴゴゴ

雪の女王「へぇ、やはり随分と膨大な魔力を持っているんだなキミは。だが、まだまだ制御不足だ。大方その潰れた右腕も自分自身の魔力に喰われたんだろう」

パキパキパキッ…!

ヘンゼル「クッ…!動けない!僕に何をしたんだ!」グッグッ

雪の女王「氷でキミの足を大地に縫い付けただけさ。この女の子の応急処置が終わるまで、そこで待っているといい」スッ




422: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:09:20 ID:L4X


雪の女王「お嬢ちゃん。君の名前を教えてくれるかな?」

グレーテル「私は……グレーテル……お姉さんは……誰なの……?」ゼェゼェ

雪の女王「私は雪の女王だ。今から君を苦しめている冷気を取り払う、少しだけ我慢できるな?」スッ

グレーテル「私を……助けてくれるの……?冷気を取り払うって……なにしたらいいの……?」

雪の女王「少し口づけをするだけだ。君は力を抜いて楽にしているといい」スッ

チュッ

グレーテル「んっ……」スゥゥゥッ

ヘンゼル(あいつは魔女。油断しちゃいけない。だけど僕達だけじゃどうにも出来ない事も事実だ…ここは言われるままにするしかない…)

雪の女王「グレーテル。どうだ?まだ寒さを感じるか?」

グレーテル「ううん……寒いのは感じない……でも、まだ頭がぼーっとする……」

雪の女王「そうか、冷気吸収はうまくいった。しかしそれは詳しく調べて見る必要がありそうだ。まずは宮殿へ急ごう。次は君だ」

ヘンゼル「やめてよ、僕は寒さなんか平気だ。それよりも見ず知らずのあんたにキスされる方が苦痛だよ」

雪の女王「フフッ、年頃の少年には刺激が強い処置かもしれないな。安心するといい、これは愛情表現というより医療的処置に近い。君の身体からしばらく『寒さ』を吸い取るだけだ」スッ

ヘンゼル「…そうやって僕達を助けるふりをして利用するつもりなんでしょ?僕達はもう魔女なんか信じない、あんたの思い通りには…ならない」

雪の女王「フフッ、頑なだな。だが私を追い返しても二人がここで死ぬだけだぞ?キミもそのことには気が付いているんじゃないか?信用できようと出来まいと、生きるには私を頼るしかない」フフッ

ヘンゼル「……っ」ギリッ

雪の女王「そう警戒するな。魔女もキミが思うほど悪い輩ばかりではないさ」フフッ




423: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:11:36 ID:L4X

しばらく後
雪の女王の世界 雪の女王の宮殿 客室




グレーテル「とっても……大きな宮殿だね……雪の女王さま……優しそうだったね……」

ヘンゼル「グレーテル、駄目だよ…まだ信用できるかどうか分からない。相手は魔女なんだ、油断なんかしたら何されるか解らない」

グレーテル「でも……あの恐い魔女とは……違う感じ。女王さまは……私達を心配して助けてくれた……そう思うの……」

ヘンゼル「助けてもらった事は事実だけど、でもあのお菓子の家の魔女だって僕達を助けるふりして酷い事をした。そう簡単に信用できないよ」

雪の女王「へぇ、お菓子の家の魔女ってのはどんな奴なのか聞かせてもらおうか?」クスッ

ヘンゼル「……っ!あんたいつの間に…!」ザッ

雪の女王「フフッ、待たせてしまったなヘンゼルにグレーテル。しかし、いくらなんでも警戒し過ぎじゃあないか?随分と飛びのいたぞ、今」フフッ

ヘンゼル「助けてくれた事には礼を言うよ。だけど、僕はまだあんたを信用したわけじゃ無い」

雪の女王「そうか、でもそろそろ温まって心も落ち着いただろう?警戒したままでも構わないから少し私と話をしようか。【ヘンゼルとグレーテル】の主人公達が何故ここに居るのか聞いておきたい」フフッ

ヘンゼル「……わかった。その代わり、僕達にもいくつか教えて欲しい事がある。別の世界へ来たのはこれが初めてで、勝手がわからないから」

雪の女王「ああ、構わない。私に答えられる事なら何でも聞いてくれ。グレーテルも何か聞きたい事があれば聞いてくれて構わないぞ?」フフッ

グレーテル「えっと……じゃあ……女王さまは魔女って言ってたけど……悪い魔女じゃないよね……良い魔女だよね……?」

雪の女王「フフッ、それはなんとも言えないな。良い魔女とも言えるし、悪い魔女とも言える」

グレーテル「えっと……どっち……なのかな……?」

雪の女王「少なくとも今の君とっては良い魔女だ。二人を助けた事に打算や企みは無いと誓おう。単なる親切心…善意での行動だ。あのままじゃ死んでいたからな、そんな子供をほおっておけない」フフッ




424: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:16:29 ID:L4X

ヘンゼル「魔女は悪人だって相場が決まってる。あのお菓子の家の魔女もそんな風に言っていたけど…そこだけは僕も同感だ。良い魔女なんて信じられない」

雪の女王「それは随分と見識が狭いな。そもそも善悪なんて時代や境遇や立場でころころと変わってしまうというのに」フフッ

ヘンゼル「…僕は、あんたが僕達を利用する為に助けたんじゃないかと疑ってる。例えば僕が持っているらしい魔力とかグレーテルの魔法とかを奪う為に」

雪の女王「キミの魔力やグレーテルの魔法を私が欲しがっている?フフッ、笑わせるのはよしてくれヘンゼル」クスクス

ヘンゼル「可笑しい事ないでしょ、お菓子の家の魔女は僕の特殊な体質に目をつけて魔力を奪う為に僕を捕らえたんだ。グレーテルからさっきそう聞いた」

雪の女王「キミ達のおとぎ話の魔女は『人喰いの魔女』だったな、彼女ならば確かにヘンゼルの魔力を欲しがるだろう」

ヘンゼル「自分は違うって言いたいんだね。魔女なら誰だって魔力を手に入れたいものなんじゃないの?」

雪の女王「そうでもないさ、こう言うと嫌らしい感じになってしまうが『人喰いの魔女』は魔女の中でも魔力の弱い魔女だ。実際、彼女が強力な魔法を使うところを見たのか?」

グレーテル「見てない……お菓子の家を魔法で作って……それ以外は魔法らしい魔法……使ってなかった……」

雪の女王「だからこそ魔力を底上げしようとしたんだろう。でも私は違う、自画自賛になってしまうが私の魔力は相当高いからな。今更キミの魔力なんかいらないのさ、例え膨大でもね」フフッ

ヘンゼル「…その高い魔力を持つあんたが単なる親切心で僕達を助けたっていうの?なんのメリットがあって?」

雪の女王「キミはメリットが無ければ行動を起こさないのか?キミは何か勘違いしているが魔女だって普通の人間と同じだ。善意もあれば善意もある。初めてあった魔女に騙されてしまったから魔女全体を憎むというのは悲しい事だと思わないかヘンゼル?」

雪の女王「魔女にだっていろんな輩が居るさ、善人も悪人もいる。貧しい娘を舞踏会へ導く魔女もいる。努力を怠らない者には富を与える一方で傲慢で驕る者にはタールを浴びせる魔女だっている。出会ったばかりの娘を薪に変えて暖炉にくべる魔女だっている…いろいろな魔女が居るんだ」

雪の女王「キミ達は一カ月も人喰いの魔女に良いように利用されて辛い思いをしただろう。だがそんな魔女ばかりではないという事だけは覚えておくといい、キミに協力的な魔女も多いだろう。私もその一人だ」




425: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:18:55 ID:L4X

ヘンゼル「……理解はできるけど、納得はできない。全てが悪人で無いとしても魔女という存在は僕の妹からたくさんのものを奪った。それは許しちゃならない事だ」

雪の女王「キミはグレーテルが随分と大切なんだな?」

ヘンゼル「当り前でしょ。兄妹なんだから、妹が大切じゃない兄なんていないよ」

雪の女王「そうか、ならばもっと柔軟に生きてみたらどうだ?魔女だから信じないなんてのはやめて、相手を一人の人間として見極めるべきだ、そして信用に値するかどうか決めればいい」

雪の女王「いいか、ヘンゼル。確かに君達はたくさん辛い思いをした。しかし両親への復讐心、魔女に対する怒り…それらはキミ達が未来を歩んでいく上で必ず足枷になる」

雪の女王「容易いことではないとは思うが、それらの負の感情はどこかで置いて行かないといけないものだ。今は無理だとしても、長い未来への旅路の途中……どこかで、な」

ヘンゼル「……」

グレーテル「ねぇ、お兄ちゃん……女王さまの事……信じてみよう?……私は、女王様……嫌いじゃないよ?」ヒソヒソ

ヘンゼル「……」

雪の女王「フフッ、すまない。思わず説教じみた事を言ってしまったな。さぁ、今度は私の質問だ。何故キミ達二人がこの世界に来たのか…もとのおとぎ話をどうしたのかも聞いておきたい」

ヘンゼル「わかった……話すよ。僕達が捨てられた事、魔女に捕えられている間の事、それとおとぎ話の世界の住人だってことと……作者の事も、全部」

雪の女王「作者の存在を知っているんだな。その様子だと恐らく君は自分の作者を恨んでいるんだろう」

ヘンゼル「そうだよ、当然恨んでいるよ。僕やグレーテルを酷い目にあわせた張本人だからね」

雪の女王「…まぁ、ひとまずはキミの話を聞かせてもらおう。何をするにしても話はそれからだ」

・・・




426: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:25:36 ID:L4X

・・・

雪の女王「そうか、キミ達兄妹の身に何が起きたのかは概ね理解出来たよ」

ヘンゼル「全ては、あんたに今話した通りだ」

ヘンゼル「僕達は両親や魔女に良いように利用された。辛い思いもした。でもそれは全て現実世界の作者が仕組んだ事だった」

ヘンゼル「現実世界のおとぎ話が面白くなるように盛り上がるように、僕達を不幸にした。それが許せなくて、僕達は反発する事に決めた」

ヘンゼル「だから【ヘンゼルとグレーテル】のおとぎ話は僕達が消滅させた」

グレーテル「……私とお兄ちゃんはもう戻るところは無いの……だから別のおとぎ話の世界で……幸せになるの……」

ヘンゼル「そうだ、僕達は必ず幸せな結末をつかむ。僕達の人生はおとぎ話じゃないんだ、僕達の結末を決めるのは作者じゃない、僕達自身だ」

雪の女王「そうか…自らのおとぎ話を消してしまったか…」

グレーテル「女王さま……なんだか悲しそう……私たちやっちゃいけない事……したかな……?」ヒソヒソ

ヘンゼル「おとぎ話を消した事が正しいかどうかを決めるのは僕達だ、あいつじゃない。それにこんな立派な宮殿に住んでるあいつには僕達の気持ちなんか理解できないよ」

雪の女王「フフッ、聞こえているぞ?それに私にだってヘンゼルの気持ちはよくわかるさ」

ヘンゼル「そんなわけないでしょ?世界を消してでも不幸な人生を取っ払おうなんて考え、あんたに理解出来っこないよ。女王様のあんたに、子供の気持ちなんか解らない」

雪の女王「そうか?実は私も、ずっと昔にあるおとぎ話の主人公の境遇が納得できなくてね…ある貧しい少女のおとぎ話だったんだが」

ヘンゼル「…それで?あんたはどうしたの?僕達みたいにそのおとぎ話を消してやったわけじゃないでしょ?」

雪の女王「もちろん消してなんかいないさ。ただ……」

雪の女王「そのおとぎ話の作者に直接文句を言ってやったよ」フフッ




427: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:33:18 ID:L4X

ヘンゼル「はぁっ…?作者に…直接、文句を言ったの?わざわざ現実世界にまで赴いて?自分のおとぎ話でもないのに!?」

グレーテル「なんだか……すごいお話だね……」

雪の女王「ああ、現実世界の時間の流れだとこの【雪の女王】のおとぎ話が作られ…この世界が構築されて数年たったくらいだったかな?まだ作者が生きていたころだ」

雪の女王「とはいっても現実世界に行ったのはただの興味本位だったんだがな。ただそこで、ある男が書きあげたばかりのおとぎ話の原稿を見つけてね」

ヘンゼル「あんたはそれを読んで…納得がいかなかったってこと?」

雪の女王「当時はな。とてつもなく悲惨で救いの無い話だと思った。現実世界の人間は生み出されたおとぎ話がある程度の知名度を得ればおとぎ話の世界が生まれる事を知らない」

雪の女王「だからこいつらこんな悲惨な物語が作れるんだ…と、私は柄にもなく頭に来てしまってな。初対面のアナスンの頬を打ってやったよ」ハハハッ

グレーテル「アナスン…?作者さんの名前……?」

雪の女王「アナスンは愛称だ。名はハンス・クリスチャン・アンデルセン。この世界【雪の女王】の作者であり、私が当時納得がいかなかった悲惨な少女の物語…【マッチ売りの少女】の作者だ」

ヘンゼル「【マッチ売りの少女】…?そんなに悲惨なおとぎ話なの?」

雪の女王「靴も買えない、食事もろくに摂れない、貧しい娘が父親の虐待に耐え、寒空の中裸足でマッチを売るが誰も買ってくれず……結局は幸せな幻に包まれて凍死する。そんなおとぎ話だ」

グレーテル「……私たちみたいに……一応でも……幸せな結末……用意されてないの……?」

ヘンゼル「やっぱり現実世界の作者はどいつもこいつもクズばかりなんだね。可哀そうな女の子が可哀そうなまま死ぬ、そんな悲惨な世界を生み出した。知らないなんて言葉じゃ済まされないよ」

雪の女王「ところがそうでもない。アナスンはマッチ売りの事を誰よりも愛し、そしてその幸せを願っていた。だからこそあの結末を迎えさせたんだ」

雪の女王「彼のおとぎ話への思いを聞いた私は…納得した。この作者は、決して少女を苦しめる為に物語を作り出したのではないと理解出来たからね」




428: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:35:03 ID:L4X

ヘンゼル「……理解できないよ。空腹は辛いことだ、父親に裏切られるのだってそうだ、その作者が何を言おうとその子はその子にとっての現実で不幸なまま死んだんだ」

グレーテル「私も……よくわかんない……やっぱり悲しい結末じゃ幸せにはなれない……」

雪の女王「物語の悲惨さをそのまま受けとる、今のキミ達はそれでいい。素直に物事を感じ取ることもそれはそれで大切だ」

雪の女王「だが、いずれは…キミ達にもう一度話そう。私が納得した理由を、アナスンが何を思って物語を紡いだか。キミ達がもう少し精神的に大人になったらな」フフッ

ヘンゼル「なにそれ、まるでこれからもずっとあんたと居る事が決まってるみたいな言い方だけど?」

雪の女王「そうはいっても他に行くあてもないのだろ?この宮殿は広い、キミ達二人を迎え入れるくらいの事は容易いさ」

ヘンゼル「僕とグレーテルに……ここで暮らせっていうの?」

雪の女王「そうだな、強制はしたくないが…その方が良い。キミの魔力も、グレーテルの魔法も野放しにはできないからな」ボソッ

グレーテル「女王さま……一緒に暮らすって事は……私と女王さま……家族……?」

雪の女王「ああ、そうなるな。フフッ、グレーテルは私と家族になりたいか?」ナデナデ

グレーテル「……私、魔女って怖くてイジワルで嫌い……だけど女王さまは……悪い魔女に見えない……私、信じても良いかなって……思うの」スッ

ヘンゼル「……」

雪の女王「グレーテルは問題ないみたいだな、それで?キミはどうするヘンゼル」

ヘンゼル「あんたは魔女だ……僕は、やっぱりあんたを信用しきることは出来ない」




429: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:37:32 ID:L4X

ヘンゼル「でも、まったく信用できないかっていうと……今ではそうでもない。少なくとも僕達に危害を加えるつもりが無いのは事実なんだろうと思う」

ヘンゼル「あんたの言うとおり僕達は行くあてもないし、きっと僕がどれだけ強がっても子供二人で暮らしていけるほど現実は甘くないんだろう。それにグレーテルがあんたにやたら懐いてる」

グレーテル「うん……女王さま……本当はすごく優しいの……なんとなくわかるよ……」スリッ

雪の女王「フフッ、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」ナデナデ

ヘンゼル「だから…僕もグレーテルもしばらくの間はあんたの所に厄介にならせてもらう。ただ条件を一つつけさせて欲しい」

雪の女王「へぇ、条件?どんな条件を突きつけられるのかな?」フフッ

ヘンゼル「僕とグレーテルがあんたの事を信用できなくなったらすぐに出ていく、その際一切引きとめたり手を出さないと約束して欲しい」

ヘンゼル「その代わり僕の事が気にいらなくなったら雪原に容赦なく捨ててもらって構わない、でもグレーテルにだけは辛い思いをさせないでやって欲しい」

グレーテル「お兄ちゃん……あのね……私……」ボソボソ

雪の女王「ああ、わかったよヘンゼル。でもそう言う事ならこっちからも条件を出す」

雪の女王「一緒に住む以上は家族だ、私の事はあんたじゃなく女王と呼ぶ事。それとカイというキミより少し年上の少年が居るが宮殿の中では三人仲良くする事」

雪の女王「なるべく夕飯はみんなで食べる事。それと、私たちは主従なんかじゃないし同居人でもお客さんでもない。あくまで家族だ、それを忘れない事」

ヘンゼル「わかった、僕の条件を飲んでくれるなら従うよ」

グレーテル「うん……約束……」

雪の女王「それとここからは特に重要な話だが……これから言う事を二人には守ってもらう」

雪の女王「キミ達が持つ魔法の力についてだ」




430: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:40:37 ID:L4X

雪の女王「具体的には『ヘンゼルの魔力』と『グレーテルの魔法』だな」

ヘンゼル「僕の持つ魔力とグレーテルの魔法…それがどうかしたの?」

雪の女王「結論というか最初に要点を言うとだな、キミ達が魔力や魔法を扱う事は非常に危険だ」

グレーテル「でも……さっき、ちゃんと熊さん追い払えたよ……?」

雪の女王「その代償としてヘンゼルは右腕を大怪我してグレーテルは倒れた。グレーテルがあの時倒れたのは寒さが原因じゃない」

雪の女王「どう話せば子供にもわかり易いだろうな……そもそもだな魔女や魔法使いと言うのは基本的に魔力を持っているものだ」

雪の女王「ただ魔力と言うのは簡単にいえばエネルギーの塊、それだけじゃ炎を出したり凍らせたりは出来ない。そのエネルギーを変換して炎や氷を打ちだす事が魔法だな。しかし、どんなに魔力を持っていても魔法を扱うセンスが無ければ魔法は使えない」

雪の女王「ヘンゼルの身体にはこの『魔力』が異常なほど渦巻いている。ただ、魔法を扱うセンスは皆無。こればかりは修行や鍛錬でもある程度までしか上げられない、おそらくどれだけ鍛錬してもまともな魔法すら使えない」

ヘンゼル「だったらさっき僕が熊を追い払うのに使ったのは何なの?」

雪の女王「あれは魔力を圧縮した言わばただのエネルギーだな。魔力であって魔法じゃない。強い力を持つがただそれだけだ。それにそれを操作するセンスも無いから負担が大きい」

雪の女王「一方のグレーテルは魔法を使うセンスがずば抜けて高い。それにあの魔法、言葉を連想させて術を出すタイプだな?」

グレーテル「うん……炎を出したいときは……炎みたいに熱いものの名前を連ねていくの……覚えやすいから……その魔法にしたの……」

雪の女王「その魔法の形式は初心者向けのようなものでな、確かに覚えやすくセンスさえあれば習得もしやすいが…複雑な事は出来ないし威力も劣る、言わば入門用だ」

雪の女王「だがグレーテルが出した炎は同じ魔法の一般的な威力をはるかに超えていた。正直、あの形式の魔法であの威力は私も出せない」

雪の女王「グレーテルは魔法のセンスだけで言えばその辺りの魔女をはるかに凌駕する」




431: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:42:27 ID:L4X

ヘンゼル「すごいじゃないか、グレーテル。努力が報われたね」ナデナデ

グレーテル「……これで、お兄ちゃんの役に立てる……よね……?」

雪の女王「だがそうもいかない。グレーテルの魔法のセンスはずば抜けているが、本人の身体にはいっさいの魔力が流れていない」

ヘンゼル「もしかして…練習だとうまくいかないって言ってたのにあの時うまくいったのは、魔力を持つ僕が側に居たから?」

雪の女王「キミ達はあの時、手を握っていたんじゃないか?それならグレーテルの身体にヘンゼルの魔力が流れて適応したのも納得がいく」

グレーテル「じゃあ……お兄ちゃんと手をつないでる間は……私は魔法が使えるんだね……」

雪の女王「その通りだな。魔力を持つが魔法センスが無いヘンゼルと、魔力は持たないが魔法センスがずば抜けてるグレーテル二人が揃えばそこらの魔女魔法使いなんか敵じゃない」

ヘンゼル「…この力があれば、どんな困難だって乗り越えられる…!」

雪の女王「二人とも喜んでいるところ悪いが、グレーテルが魔法を使う事は禁止だ」

グレーテル「……どうして?」

ヘンゼル「折角才能があるのなら、使っていった方がいいと思うけど?」

雪の女王「あの時グレーテルが倒れた理由は中毒症状によるものだ」

グレーテル「中毒って……?魔法にもそんなのがあるの……?」

雪の女王「魔法と言うのは資質や体質に大きく左右される。グレーテルは魔力を持っていないだけじゃない、生まれつき魔力に弱い体質のようだ。だからグレーテルは耐えられない、自分の体内に一定以上の魔力を流される事に」



雪の女王「もしも許容を越えてグレーテルの体内に魔力が流れるような事があれば、その安全は保障できない」




432: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:45:05 ID:L4X

ヘンゼル「……それなら魔法は使えない。いや、使わせられない」

グレーテル「……そっか、なんだか……残念……」

雪の女王「少しなら耐えられるだろうし、訓練で多少は更に耐えられるようになるだろうが…しかし、私の家族である以上はグレーテルの魔法使用は禁止だ」

雪の女王「どうしても魔法を使わなければいけないときは仕方がないが、それでも避けられる限りは避ける事。感情に任せて魔法を行使しない事」

雪の女王「わかったか?ヘンゼル、グレーテル。キミ達が手を繋げばそれこそ何でもできるかもしれないが、その代償はグレーテルが払う事になる。それを忘れないようにな」

ヘンゼル「わかった…使わなければ済む話だもんね、問題は無いよ」

グレーテル「うん……どうしても困った時だけ……約束する……」

雪の女王「よし、理解してくれたようだな。だったら大丈夫だろう。ああ、それと…最後に一つだけ」

ヘンゼル「なに?まだ決まりごとがあるの?多すぎると思うけど」

雪の女王「大切な事さ、いいか?二人とも今日から私の家族だ、だから家族には遠慮しない事」

雪の女王「困った事があれば相談する、一人で考え込まずに頼っても良い。だから自分が一人だなんて思わない事、わかったな?」

グレーテル「うん、わかった……女王さま……よろしくね……」

雪の女王「ああ、よろしく。それでヘンゼルはどうだ?約束できるな?」

ヘンゼル「家族だなんて言ったって血もつながって無いし今日会ったばかりなんだ、そうそう信用は出来ないよ。でもね女王……」



ヘンゼル「そうなれるようには……いつかはそうなれるように努力、してみるのもいいかなって…僕はちょっと、思ってるよ」




433: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/13(木)23:52:27 ID:L4X

今日はここまで

タールぶっかけてくる魔女と薪に変えて燃やす魔女はそれぞれおとぎ話の登場人物です
タールの方は魔女だと言及されてなかったかな?

ヘンゼルとグレーテル。とある消滅したおとぎ話編 次回に続きますs




434: 名無しさん@おーぷん 2015/08/14(金)00:42:56 ID:MVe

乙です!雪の女王好きだ。
今回の話を見ると、二人が何で今は現実世界にいるのか気になるなぁ……
次の更新も楽しみにしてる!




441: 名無しさん@おーぷん 2015/08/14(金)20:00:46 ID:ESJ

雪の女王のスペックがすごい
・氷結能力
・自他ともに認める屈指の魔力
・宮殿所有
・冷却吸収
・セクシー
・子供に優しい




442: 名無しさん@おーぷん 2015/08/14(金)21:53:22 ID:EFs

>>441
頭の良い人格者だしなぁ〜




445: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/15(土)23:48:16 ID:CQq


ヘンゼルとグレーテルが雪の女王の宮殿に住むようになってしばらく後
雪の女王の世界 雪の女王の宮殿 書庫

・・・

カイ「……」ペラッペラッ

トコトコ

グレーテル「カイお兄ちゃん……ちょっと……いい……?」

カイ「グレーテルか。なんだ、言ってみろ」

グレーテル「女王さまが絵本読んでくれるって……好きな絵本とって来て良いよって言ってくれた……だから……【マッチ売りの少女】探してるの……」

カイ「【マッチ売りの少女】か、あれはこの書庫には無いな。いや、あるにはあるけどあれを軽々しく棚から出すのもな……」

グレーテル「……?」

カイ「いや、何でもねぇよ。とにかくこの書庫にはお前に渡せる【マッチ売りの少女】は無い、女王に買って欲しいってねだってみろ」

グレーテル「でも……ここに住ませてもらってるのに……おねだりまでできない……しちゃだめだよ……」

カイ「あいつはお前に家族だって言ったんだろ?だったらそんな事気にしてる方があいつは傷付くぜ。住ませてもらってるなんて家族は言わないからな」

グレーテル「そうなの……?」

カイ「ああ。そうだな…『大好きな女王さまに読んで欲しいから新しい絵本買って』とでも言えば喜んで買ってくれるだろうさ」フフッ

グレーテル「うん……お願いしてみる……ありがとうね、カイお兄ちゃん……」トコトコ




446: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/15(土)23:50:47 ID:CQq

カイ「さて、続きを読むとするか」ペラッ

スタスタ

ヘンゼル「カイ。読書の邪魔をして悪いけど、聞きたい事があるんだ」

カイ「…お前等兄妹は俺の読書邪魔しなきゃならない決まりでもあんのかよ…お前の妹なら女王に本を読んで貰うんだとよ、女王の部屋だろうから行ってみろ」

ヘンゼル「いいや、それはグレーテルから聞いた。僕は調べ事があるから断ったよ」

カイ「調べ事?ああ、なんだか知らねぇがその調べ事とやらに使う本がどこにあるか教えろって事か?」

ヘンゼル「そう。僕達の作者……【ヘンゼルとグレーテル】の作者が書いたおとぎ話の本を全て貸して欲しい」

カイ「お前等を書いた作者か。確かこの書庫にもあったと思うけどな…ああっと、なんて名前の作者だったか忘れちまったな」

ヘンゼル「グリム兄弟。ヤーコプ・グリムとヴィルヘルム・グリム。それが僕達を運命に縛り付けた、作者の名前だ。女王に教えてもらった」

カイ「調べるとお前は言ったけどよ……それは何のためにだ?復讐の為に調べるってなら、俺は教えてやれねぇぜ」

ヘンゼル「恨んではいるけど、そんなことの為じゃないさ。僕達の作者は現実世界の時間の流れでは随分と前に死んでしまったと女王は言っていたし、復讐なんかもう叶わない」

ヘンゼル「だけど、僕は知っておきたいし知っておかないといけない。僕達を苦しめた作者が他にどんなおとぎ話を書いたのか」

カイ「……いいぜ。案内してやるよ、着いてきな」

スタスタ




447: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/15(土)23:52:46 ID:CQq

ドサッ

カイ「グリム兄弟の書いたおとぎ話はこれで全部だ、用がすんだらそこの棚に戻しておけ」

ヘンゼル「随分とたくさんあるんだね。助かったよ、ありがとう、カイ」

カイ「ああ。あいつも言ってた通りこの書庫は自由に使えば良いけどよ、俺の読書の邪魔をするのは控えろ」

ヘンゼル「うん、悪かった、気をつけるよ」ペラペラッ

カイ「…なぁ、ヘンゼル。俺もあんまり野暮は言いたくないけどよ。過去の事、そんなに気にする事か?」

ヘンゼル「なんなの?突然、そんな事言って」

カイ「作者への復讐は叶わないって言ったけどよ、現実世界の人間に何かしらの報復が出来ないかって考えてるんじゃねぇのか、お前」

ヘンゼル「……」

カイ「お前達は【ヘンゼルとグレーテル】の世界を消滅させた。もう本来の結末に添う必要は無いんだろ?女王に聞いたぜ」

カイ「だったらもういいじゃねぇか。【雪の女王】の筋書きじゃあ俺はいつかはこの宮殿を後にする日が来るけどよ、お前達兄妹はそうじゃねぇんだいつまでも女王と一緒に暮らせる」

カイ「女王もお前とグレーテルが来てから家族が増えたと言って嬉しそうだ。それにお前達だってここでの生活に不満がある訳じゃあないんだろ?今、家族みんなが幸せならそれで十分だろうが」

ヘンゼル「カイ、大丈夫さ。僕は報復なんか考えちゃいない。それに女王には感謝してる、嘘じゃないよ」

カイ「……」

ヘンゼル「作者の書いた本を知っておきたいというのに深い意味なんか無いよ。おとぎ話の住人として純粋に興味があるだけさ」

カイ「そういうことならいいけどよ。ただ、一人で思いつめて無茶な事するんじゃないぞ。お前の妹も女王も俺も、そんな事望んでないからな」

スタスタ




448: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/15(土)23:55:10 ID:CQq

ヘンゼル「……」ペラペラ

ヘンゼル(あの日、僕とグレーテルが悪い魔女の屋敷から逃げだして【ヘンゼルとグレーテル】を消滅させてからもう一カ月になるだろうか)

ヘンゼル(雪の女王は僕達に専用の部屋を与えてくれた、温かいベッドもそれぞれの机もある立派な部屋だ)

ヘンゼル(氷の宮殿の中は少し寒いけれど、温かい洋服も準備してくれたしあまりに寒い時は女王はあの時のように冷気を取り払ってくれた。僕はまだあの冷気吸収には慣れないけど)

ヘンゼル(宮殿での食事の準備はカイと僕達でやっている)

ヘンゼル(僕はこういうのは苦手だけど、カイは料理が得意らしい。口は相当悪いけど面倒見はいい奴だ、彼に料理を教わっているグレーテルは心なしか嬉しそうに料理をしている)

ヘンゼル(グレーテルが嬉しいなら僕も嬉しい。女王は僕達が料理をしているところをよく覗きに来るけど、なんだかんだ理由をつけてキッチンには入ってこない。カイが言うには女王は火がかなり苦手らしい、雪の女王と呼ばれるだけあると僕は納得した)

ヘンゼル(もう硬くなったパンを食べる事も、空腹をごまかす為に水をたらふく飲む事必要もなかった)

ヘンゼル(グレーテルは大好きな豆のスープを好きなだけ食べられるようになった。まだ遠慮して、少ししか食べないけど…それでも以前よりはずっと血色も良くなった)

ヘンゼル(女王は僕達によくしてくれてるし、カイはたまに嫌な奴だと思う事もあるけど基本的には悪い奴じゃない、グレーテルにだって意地悪しない)

ヘンゼル(そんな二人にグレーテルも懐いている。喋り方も変わらず以前の様な性格に戻る事もなかったけど、それでも幸せそうだ)

ヘンゼル(カイが言うように、僕もグレーテルもここでの生活には何の不満も無かった)

ヘンゼル(むしろ、僕は今では女王に感謝している。あの日、信用できなくなれば出て行くなんて言ったけれど、そんな心配は必要なかった)

ヘンゼル(女王は僕達の話を聞いてくれる、嬉しい時は一緒に喜んでくれるし、約束を破ったりすればキチンと叱ってくれた。世の中には悪い大人ばかりじゃない、魔女にも善人はいるんだと思った)




449: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/15(土)23:57:06 ID:CQq

ヘンゼル(今でも、僕はあの父親だった男も悪い魔女も、作者の連中も許していない)

ヘンゼル(でも復習や報復をしようっていう気持ちは……まったく無いとは言わないけど。少なくとも今は考えていない)

ヘンゼル(憎しみは決して消えないけど、今はそれよりもグレーテルが幸せそうにしている事が僕も幸せでたまらないんだ)

ヘンゼル「……」ペラッ

ガバッ ギュッ

雪の女王「へぇ、グリム童話集か。自分達の作者の作品に興味を持ったのか?」フフッ

ヘンゼル「そうだよ、女王。何か用事?」

雪の女王「いいや、グレーテルに本を読んでやろうと取りに来たらキミの姿が見えたからな。私の事は気にせずにキミは読書を続けてくれ」フフッ

ヘンゼル「そう思うなら抱きつくのをやめて欲しいんだけど。後ろから抱きつかれて読書を続けられるほど僕は器用じゃないから」

雪の女王「そうなのか?カイは私に抱きつかれたままでも嬉しそうに読書を続けているぞ?なぁ、カイ?」

カイ「嬉しくねぇよ馬鹿。誤解を招く言い方はやめろ。それはお前を無視してるだけだ」

雪の女王「フフッ、まぁ良いじゃないか。こういう日常的なスキンシップも愛情表現として必要な事だ、そうだろグレーテル」フフッ

グレーテル「うん……だから女王さまが毎日何度も何度も私にキスするのも……なでなでするのも抱きついてくるのも……おかしい事じゃないよね……」

ヘンゼル「ちょっと待って、毎日そんな事されてるなんて初めて聞いたんだけど、僕」

ヘンゼル(前言撤回、不満はひとつだけある。女王がグレーテルを異常に可愛がっている事。これは流石に可愛がりすぎだ)




450: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/15(土)23:58:45 ID:CQq

雪の女王「女の子の家族は初めてだからな、可愛がるのは当然だ。グレーテルは可愛いからな」ナデナデ

カイ「女王、あんたのスキンシップは過剰なんだよ。それより、食料庫の菓子が異様に減っていたんだが知らないか?」

雪の女王「悪いが知らないな。雪の妖精でも迷い込んでくすねて行ったんだろう。私たちは菓子なんか知らない、そうだよなグレーテル?」ナデナデ

グレーテル「うん、私達……食べてないよね……女王さま……」

カイ「…おい、ヘンゼル、お前も知らないのか?」

ヘンゼル「知らないよ、毎食キチンと食べてるのにお菓子まで勝手に食べたりしないよ」

ヘンゼル(今朝、グレーテルがカイには内緒だと言っていたキャンディの事だろうか。女王に貰ったと言っていたけど)

雪の女王「フフッ、犯人捜しをするなんて感心しないな。そんなことで家族の絆が揺らぐなら、女王の権限で今日はお菓子食べ放題にする。それで解決するだろう?」フフッ

グレーテル「お菓子……食べ放題……ビスケットも……?」

雪の女王「ああ、当然だ。さぁ、二人にも食料庫からお菓子を運ぶのを手伝ってもらおう」

カイ「おい、勝手な事を…無くなったらまた買い出しに行かなきゃなんねぇんだぞ?」

雪の女王「たまにはいいじゃないか。ああ、それと先に謝っておこう、昨晩キャンディを持ちだしたのは私だ」クスクス

カイ「そんな事だろうと思った。お前、グレーテルに甘すぎるんだよ、女王のあんたがそんなだからいくら備蓄があってもたりゃしねぇ…いざという時に困るだろ」

雪の女王「お菓子は子供を笑顔にする為の食べ物だ。子供たちが喜ぶなら隠しておくなんて勿体無いじゃないか。さぁヘンゼル、キミも手伝ってくれ」クスクス

ヘンゼル「…女王が決めた事なら従うよ、嬉しそうにしてるグレーテルをガッカリさせたくないしね」フフッ

・・・




451: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:00:29 ID:aV7

それから数日後
雪の女王の宮殿 ヘンゼルとグレーテルの部屋


グレーテル「……お兄ちゃん……見て、この絵本……」スッ

ヘンゼル「絵本?ああ、これ僕達が初めてここに来た時に女王が言っていたおとぎ話じゃないか」

グレーテル「うん、そう……【マッチ売りの少女】……女王さまが買ってくれたの……」

ヘンゼル「そうか、よかったじゃないか。ちゃんとお礼は言った?」

グレーテル「うん……ちゃんとお礼できて偉いって……褒めてくれた……ずっと大切にする……」

ヘンゼル(少しだけ、グレーテルは笑ったように見えた。女王に贈り物を貰った事がよほど嬉しいんだろう)

ヘンゼル「ねぇ、グレーテル。この宮殿に住む事になってもう一カ月経つけど……グレーテルは幸せ?」

グレーテル「うん……幸せ……」ギュッ

グレーテル「お兄ちゃんも女王さまもカイお兄ちゃんも一緒……昔は辛いことも……悲しいこともいっぱいあったけど……今は幸せ……お兄ちゃんは……?」

ヘンゼル「お前が幸せなら、僕だって幸せだ。あの時、女王を信じ切れなかったけど…今は信じて良かったと思ってる」

ヘンゼル「いつか、女王にキチンと礼をしないとね。僕達に出来ることで」

グレーテル「女王さまに……お礼……ちょっとまってて、お兄ちゃん……私、女王さまにあげたいもの……あるの……」

ヘンゼル「女王にあげたいもの…?」




452: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:02:20 ID:aV7

グレーテル「この本、見て……このあいだね……女王さまに教えてもらったの……」スッ

ヘンゼル「なんの本かと思えば、植物図鑑じゃないか。これがどうかしたの?」

グレーテル「この図鑑のね……えっと、このお花……見て……」ペラペラッ

ヘンゼル「陽の差し込まない場所に芽吹き、冷気を養分として成長する儚い植物、『氷雪花』…?」

グレーテル「この辺りの雪原には……お花全然咲いてない……でも町から普通のお花買ってきても……宮殿じゃすぐに駄目になっちゃって可哀そうだって……女王さま言ってた……」

ヘンゼル「氷で出来たこの宮殿には普通の花は飾れないからこの花を女王にプレゼントしたいってこと?」

グレーテル「うん……この雪原のどこかにもきっと生えてるって……女王さま言ってた……珍しい花だけど……寒ければ寒いところほど芽を出しやすいって……」

ヘンゼル「でも…難しいんじゃないかな?それに女王に言えば自分で見つけて取って来てくれると思うけど」

グレーテル「でもそれじゃ……プレゼントにならない……」

ヘンゼル「それは、そうだけど…」

グレーテル「女王さま……今日はお出かけしてるから夜まで帰ってこないよ……それにいってらっしゃいのキスしたから……寒いのも平気……」

ヘンゼル「させられたって言うのが正しい気もするけど。女王は居ないし、冷気も吸収してもらってるから行くなら今日…ってことか」

グレーテル「今日は吹雪も……おさまってるっていってた……だから、一緒に探しに行こう。女王さまへのプレゼント」




453: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:03:43 ID:aV7

雪原

ザッザッザッ

ヘンゼル「グレーテル、寒くない?」

グレーテル「大丈夫……女王さまのキスのおかげ……寒くないよ……」

ヘンゼル「氷雪花の咲いてそうな場所は確か、陽の差し込まない場所で寒いところ…だったね」

グレーテル「宮殿の裏側……崖の底の方なら……きっと咲いてる……暗くて寒いから……」

ヘンゼル「崖の方まで行くのはやめようグレーテル。一応、カイには書き置きしておいたけど…何かあったらどうしようもないよ」

グレーテル「……お兄ちゃんが居るから……平気だよ……?」

ヘンゼル「頼ってくれるのは嬉しいけど、僕には制御できない魔力を打ち出すくらいしか出来ないよ」

グレーテル「でも……私が今、いつもご飯を食べられるのも……絵本を読んで暮らせるのも……女王さまやお兄ちゃんのおかげだよ……?」

ヘンゼル「僕は何も出来てないよ。女王が僕達によくしてくれてる、全部女王のおかげだ」

グレーテル「ううん、お兄ちゃんが……【ヘンゼルとグレーテル】の世界から……逃げようって言ってくれたからだよ……」

グレーテル「お兄ちゃんにも女王さまにも……ありがとうって気持ち伝えたいよ……だから今日は女王さまにありがとうっていうの……だからお花必要……」

ヘンゼル「……わかった、でも十分気をつけて行こう。危ない事に変わりは無いんだから」




454: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:05:44 ID:aV7

崖の上

ヘンゼル「いくら寒くて陽が差し込まない場所に咲くとはいっても…下の方は暗いね、まだ昼なのに」

グレーテル「灯り……持ってくればよかったね……」

ヘンゼル「一度戻ってランプを持って来るにしても、崖まで来てる事がカイに知れたら引きとめられるだろうし…」

グレーテル「そうだ……お兄ちゃん。手、つないで……?」スッ

ヘンゼル「それは構わないけど……心細くなったならもう諦めて帰ろうか?」

グレーテル「寂しくないよ……?明るくする方法……思い出したの」

ギュッ

グレーテル「燈した蝋燭……擦られたマッチ……ピカピカ輝くランプ……崖の下、明るく照らして……」

ポウッ

ヘンゼル「駄目じゃないかグレーテル…!女王に言われてただろ、魔法を使うときはどうにもならないときだけだって…!」

グレーテル「どうにもならなかったよ……?このままじゃ……女王さま喜ばせられなかったから……魔法使ったの……大丈夫、ちょびっとだから……倒れたりしないy」

フラッ

グレーテル「あっ……」ズルッ

ヘンゼル「だから言ったじゃないか……僕につかまれ!グレーテルッ!!」グッ

ズルッ

ズサズサズササーッ




455: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:07:33 ID:aV7

崖の下

ガサッ!ガサガサ-! 

ドサッ

ヘンゼル「……っ!グレーテル!大丈夫か!グレーテル!」バッ

グレーテル「あっ……お兄ちゃん……大丈夫……だよ、怪我してない……ちょっと擦りむいたくらい……」

ヘンゼル「そうか…よかった!無茶が過ぎるよグレーテル!勝手にあんな風に魔法使って…」

グレーテル「あの……ごめんね……私が、相談せずに勝手に魔法使っちゃったから……お兄ちゃんまで巻き込んじゃった……」

ヘンゼル「…もういいよ、気にしないで。それだけ女王に感謝の気持ちを伝えたかったんでしょ?」

グレーテル「うん……でも、言いつけ破ったのは……ダメだったね……これじゃ心配かけちゃう……」

ヘンゼル「半分は僕のせいだ。グレーテルだけが悪いんじゃないよ…でも洋服はボロボロになっちゃったし隠すのは難しそうだ、素直に謝ろう」

グレーテル「うん……でも……ここ、あの崖の下じゃないよね……?寒くないし、雪も全然積もってないし……お花も植物もたくさん生えてる……」

ヘンゼル「そうだね…鳥も飛んでる、それにこの森の匂い……あの雪原には森なんか無かったもんね」

グレーテル「私達……あの井戸に飛び込んで……女王さまの雪原に出た時みたいに……もしかして……別のおとぎ話に……来たのかな……?」


ヘンゼル「きっとそうだ、どこかはわからないけど少なくともここは僕達が居た【雪の女王】の世界とは別のおとぎ話の世界だ」




456: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:09:34 ID:aV7

とあるおとぎ話の世界 森の中


グレーテル「……私が勝手な事しちゃったから……知らない世界に落ちちゃったんだ……」シュン

グレーテル「もう……あの宮殿には戻れないのかな……女王さまやカイお兄ちゃんには……もう会えないのかな……」ポロポロ

ヘンゼル「泣かないで、グレーテル。大丈夫だよ、きっとまた二人に会えるし、宮殿にだって帰れるよ」

グレーテル「本当……?嘘じゃない……?」グスングスン

ヘンゼル「ああ、嘘じゃない。女王なら僕達が勝手に宮殿の外に出て崖から落ちてしまった事くらい予想が付くはずだよ。そこで僕の魔力の気配が無ければ別世界に落ちてしまった事にも気がつけるはずだ」

グレーテル「うん……じゃあ女王さま……助けに来てくれるかな……?」

ヘンゼル「女王は現実世界に行った事があるって話していたし、別の世界に行く魔法が使えるはずだよだから、この世界に来る事だってできるよ。女王は僕の魔力を感知できるしね」

ヘンゼル「それに、女王は僕達の事を家族だって言ってくれた。絶対に助けに来てくれる、女王はあの男や悪い魔女とは違うんだから、信じて待とう」

グレーテル「うん……私たちは二人っきりの家族じゃないもんね……女王さまやカイお兄ちゃんもいるもんね……」

ヘンゼル「そうだよ、心配いらない。でも、女王達に凄く心配をかけちゃうのは間違いないから……叱られるだろうね」

グレーテル「それは……ちょっと怖いの……すっごく叱られるね……氷のおしおきだね」

ヘンゼル「うん、でもいつまでも森の中に居ても危険だから、一度近くの村か何かを探そう」

モクモクモク

ヘンゼル「…あっちの方にいくつか細く煙が上がってる、きっと村か何かがあるんだよ。そこを目指してみよう」

グレーテル「うん……わかった……そこで女王さま……待とうね……」




457: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:12:56 ID:aV7

とあるおとぎ話の世界 近くの村

スタスタスタ

「おーい、草刈りおわったべー」
「よーっしゃ、そんじゃあ休憩にするだよ」
「わがった、向こうの連中にも声かけてやるだー」

スタスタ

ヘンゼル「畑仕事してる人、多いね。野菜作ってるのは間違いなく畑だろうけど……あの長い草は何のために植えてるのかな、麦に似てるけど違うみたいだ」

グレーテル「あの長い草も食べるのかな……?なんだか……女王さまの世界とも私たちの初めの世界とも……違う感じだね……」

ヘンゼル「そうだね、服もなんだか僕達のとは全然違うね。それに建物も全然違う形だ」

グレーテル「どこか……私たちの事泊めてくれるお家……探すの……?」

ヘンゼル「出来ればそうしたいけど。そう簡単にはいかないと思うよ、どこか空き家か何かあれば……こっそり軒先を借りれそうなものだけど……」

グレーテル「教会があればいいけど……無さそうだね……」

ザワザワ ザワザワ

「おい、なんだあの子らは…えらい奇抜な着物きとるぞ…見た事の無い童どもじゃ」
「んだんだ、あんな栗色の髪の毛は見た事ねぇだ。それにあの目ん玉みただか?瑠璃色っちゅうか恐ろしい色しとったわい…鬼の子か妖怪の類か…」
「ありゃあ恐らく妖怪の子供らじゃろう。村に災いを招くに違いねぇだ…よし、ワシが確かめてくるわい」




458: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:14:51 ID:aV7

スッ

薄毛のおっさん「おぉい、そこの童らぁ……おまえらなにしとる?」

ヘンゼル「……グレーテル、僕の後ろに」ボソッ

グレーテル「うん……わかった……」スッ

ヘンゼル「何かな、僕達に何か用事かな?」

薄毛のおっさん「いんやぁ、この辺りじゃあ見ん顔じゃったからな……何もんじゃろうと思うてな」

ヘンゼル「…こことは違う所から来たただの子供だよ。行くあてが無くて、今晩雨風がしのげるところが無いかと思って探してるだけさ」

薄毛のおっさん「…そうか、しかしただの子供と言うにゃあ…随分と奇抜な着物じゃな?」

ヘンゼル「僕達にとってはあんた達の方がよほど奇抜だよ、そんな服は見た事が無いから」

薄毛のおっさん「それにその栗色の髪の毛もじゃし、瑠璃色の目ん玉……おまえら、本当に人間なんか?」

ヘンゼル「……何、その質問。人間に決まってるでしょ?」

薄毛のおっさん「ワシにはそうは見えんなぁ…童ども、妖怪の類じゃありゃあせんか?」

ヘンゼル「……」

薄毛のおっさん「やっぱりそうじゃな?妖怪の類なんじゃな?この村は小さな村じゃ……それに犀川の神様がじきに荒ぶる頃じゃ、お前等妖怪の童を村にいれるわけにゃあいかん」

グレーテル「さいかわのかみさま……?」

ヘンゼル「行こう、グレーテル。どうやらこの村に僕達の居場所は無いみたいだから」




459: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:16:58 ID:aV7

村の若者1「逃がしゃあせんぞ、妖怪の類だとしたら他の村で悪さするに違いない」

村の若者2「そうじゃそうじゃ、この妖怪共を捕まえて懲らしめてやらにゃあならん」

グイッ

グレーテル「きゃっ……!お兄ちゃん……助けて……!」

ヘンゼル「おい!僕の妹から手を離せ!」ギロリ

薄毛のおっさん「見るんじゃこの恐ろしい目つき…!やはり妖怪じゃよ!妖怪のせいじゃよ!」

村の若者1「おい、オラはあの妖怪の小僧を捕まえる 。お前はあの妖怪の娘じゃ」

村の若者2「おおう、人間に迷惑ばかりかける妖怪共じゃ、ように懲らしめてやらんとな」

ヘンゼル「クソッ…!わからず屋の大人ばっかりだ…!見た目が自分達と違うからって妖怪だと決めつけるなんて…!」

薄毛のおっさん「ええい、早く捕まえるんじゃ。そうせんと何をするかわからんからな」

グレーテル「助けて……!お兄ちゃん……!」ジタバタ

ヘンゼル「やめろお前等…!汚い手でグレーテルに触るな!」

ザワザワ

おっさん「おぉい!お前等、何しとるんじゃ子供相手に大人が寄ってたかって!やめんかやめんか!」ズカズカ




460: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:23:36 ID:aV7

薄毛のおっさん「おぅ、なんじゃい弥平か。止めんでくれ、こいつらは妖怪なんじゃ。懲らしめとる最中でな」

弥平「妖怪…?この童共が?なにか悪さでもしたってのか?」

村の若者1「弥平さん、悪さしてからじゃ遅いんじゃ」

村の若者2「妖怪ってぇのは悪さするもんじゃ、悪さをする前に捕えて懲らしめんとなぁ」

弥平「なんじゃそりゃ、つまりこの童共は妖怪かどうかはっきりせん上になんも悪さしとらんってことか?」

薄毛のおっさん「何を言っとるんじゃ弥平、見てみぃあの目ん玉!瑠璃色の目ん玉なんぞみた事ないじゃろ?」

弥平「そりゃあ珍しいが、遠い場所から来たんだとしたらそう言う事もあるんだろ。妖怪だって証拠にはならん」

薄毛のおっさん「弥平、お前は甘い奴じゃな!村のみんなが心配じゃありゃせんのか!見てみぃこの栗色の髪の毛を!こんな髪の毛見た事ありゃせんじゃろ!」

薄毛のおっさん「ワシらとこんなに外見が違うんじゃ、人間じゃありゃあせん!だとしたら妖怪の類じゃろうが!」

弥平「ほう、その理屈だと薄毛のあんたも妖怪ってことだな?この村には他に薄毛のもんはおらんからなぁ、ハッハッハ!やーい、このハゲ妖怪め!」

薄毛のおっさん「な、なにを言っておるんじゃ弥平!ワシの薄毛は関係ないじゃろ!今はこの童共n」

村の若者1「でも確かにおやっさんってちょっと他にないくらい薄毛だなぁ……他の連中は髪の毛あるのになぁ」ヒソヒソ

村の若者2「もしかしてあの童の珍しい色の髪の毛が気に食わなくてケチ付けただけなんじゃないか」ヒソヒソ

弥平「おっ、そうだな。そうに違いない!あの娘っ子の髪の毛綺麗だから、殺して自分のカツラにするつもりだったんだな!なんと悪だくみのうまい妖怪だ」ハッハッハ




461: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:25:44 ID:aV7

薄毛のおっさん「そんなわけないじゃろ!わ、ワシの薄毛は生まれつきじゃ!その童共とは違うんじゃ……!」

弥平「それを言うならこの子供等の髪の毛も瞳の色も生まれつきだろう、ちょっと珍しいだけでな」

薄毛のおっさん「ぐぬぬ……そんな得体のしれん童のかたを持ちおって!ええい、何かあったらお前のせいじゃからな弥平!ワシは知らん!行くぞお前達!」スタスタスタ

村の若者1・2「親方ー、待って下さいよー!」

弥平「へいへーい、わかりましたよーっと……さて、大丈夫か童共?おっ、本当に瑠璃色の瞳だなぁハッハッハ」ニッ

ヘンゼル「…なんで助けたの?何かあったらあんたのせいにするってあのハゲ言ってたけど」

弥平「そりゃあ困ってる奴を助けるのに眼の色なんざ関係ないからな、その子もお前も言いがかりをつけられて困ってたんだろ?」

グレーテル「うん……助けてくれてありがとうね……えっと……」

弥平「おっ、オラの名前は弥平だ。この村で畑仕事して生活しとる。童共の名前はなんだ?」

ヘンゼル「僕の名前はヘンゼル、こっちは妹のグレーテル。理由があって別の世界…いや、別の場所から来たんだ」

弥平「へんぜるとぐれぇてる?変わった名前だ、でもまぁお前達の住んでた場所じゃあそれが普通だったんだろうなぁハッハッハ!」

ヘンゼル「…さっきのおじさん、僕達が自分達と違うって事に凄くこだわってたよね。そんなに人と同じじゃなきゃ不安なの?」

弥平「まぁ、年寄りにはそういう考えの奴が多いなぁ。外見が自分達人間と違う奴は人間じゃない。つまり妖怪や鬼だって考えだ、古い考えだが…」

弥平「ここは小さな村だ。正しいとか間違ってるってのは二の次で、古い考えや習慣、風習ってのは重要視されちまうんだ」




463: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/16(日)00:52:55 ID:aV7

弥平「それより、童共。今晩泊まるあてがないんなら、ウチに来るか?なんももてなしなんざ出来ねぇけど」ハッハッハ

ヘンゼル「いいの…?そうしてもらえるなら助かるけど」

弥平「いいってことよ!うちの手伝いさえしてくれるってぇなら何日でも置いてやるぞ?」

ヘンゼル「手伝いくらいいくらでもするけど、僕達に何か求めてもそれ以上何もできないよ?」

弥平「ハッハッハ!ヘンゼルはおかしい事を言うなぁ、童に何かを求めるような大人いねぇよ」ハッハッハ

グレーテル「……弥平さん……良い人なんだね……」

弥平「よせよせ、グレーテル。子供を護ってやんのは大人の使命だ、そんで子供等はいつも笑ってるのが仕事。そういうもんだ!ハッハッハ!」

ヘンゼル「そう言う訳にはいかないよ、世話になるには何か礼をしないと……弥平さん、荷物持つよ。僕に出来るのはそんな事だけだから」

弥平「こんくらいの荷物平気だ平気。ヘンゼルは気にしぃだなぁ…ああ、そうだ、そんなに礼がしたいってならひとつ頼もうか」

ヘンゼル「なにかな?僕達に出来る事ならするけど」

弥平「ウチには一人、お前たちと同じくらいになる娘がいるんだがな?いつも家に一人でいるもんだから寂しそうだ」

弥平「そこでさ、お前達どっちでもいいから娘の遊び相手してやっちゃくれねぇか?オラは昼間畑仕事があるからなぁ」

ヘンゼル「だったら僕は畑仕事を手伝う、その子の遊び相手はグレーテルがしてあげてよ」

グレーテル「うん……弥平さん、この子の名前……なんていうの……?」

弥平「お千代って名前の娘だ。鞠つきが好きでなぁ、今頃も軒先で手毬唄でも歌ってるだろうよ」




476: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:07:56 ID:C93


とあるおとぎ話の世界 小さな村


グレーテル「お兄ちゃん……優しい人にあえてよかったね……弥平さん……良い人……」

ヘンゼル「まだ完全に信じ切っちゃダメだとは思うけど、でも女王みたいに優しい大人が居る事だって解ったからね」

ヘンゼル「それにあの人は自分の立場を悪くしてまで僕達を助けてくれた。少なくとも、とりあえずは信用しても良いと思う」

グレーテル「うん……私もそう思う……女王さまが迎えに来るまで……ちゃんとお手伝いしないとね……」

ヘンゼル「ああ、でもやっぱり弥平さんも女王と同じで大人の中でも特別なんだ。ほら、他の大人達を見てみなよ」

ヒソヒソヒソヒソ

グレーテル「なんだか……村の大人たち……私たちの事見てるね……」

ヘンゼル「さっきのおじさんと一緒だ、僕達の髪や瞳の色が珍しいんだろうね。下手にあいつらに近づいちゃダメだよグレーテル、何されるかわからない」

弥平「ハッハッハ、妹思いなのは良いことだがちぃとばかり心配性だなヘンゼルは。平気だ、取って食ったりしねぇよ!」ハッハッハ

ヘンゼル「心配にもなるよ、さっきの大人達はグレーテルに乱暴しようとしたんだから。大人なんてのは本当は悪いやつばかりだからね」

弥平「そう言わんでやってくれ、あのおっさんも悪人じゃあねぇんだ。この村じゃあ神様だの妖怪だのが信じられているからな…二人みたいな髪や瞳の色が違う余所の人間が恐いんだろ」

ヘンゼル「理屈はわかるけど、だからと言って僕の妹を傷つけて良い理由にはならないでしょ」

弥平「まっ、そりゃそうだ。っと、ごちゃごちゃ言ってる間に見えてきたな。ほれ、あそこのボロ家がオラの家だ、なぁに崩れはせんから心配いらねぇよ」ハッハッハ




477: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:10:07 ID:C93

とあるおとぎ話の世界 弥平の家



お千代「てんてんてんまり、てんてまりー。今日はー、隣の婆ちゃんの畑のお手伝い―。婆ちゃんお礼に、芋がらくーれたー」ニコニコ

グレーテル「ボール遊びしてる……えっと、この世界では手毬っていうんだっけ……?」

弥平「ああ、あれが娘のお千代だ。ああやって何か嬉しい事があるとな、よく手毬唄に乗せて歌ってるんだ」

ヘンゼル(弥平さんには言えないけど…お千代はなんだか凄く痩せてる。きっと、ろくに食事も取れてないんだろうけど…それなのに僕達が厄介になっても平気なのかな?)

弥平「おい、お千代。父ちゃん帰ったぞー!鞠つきはそんくらいにして家の中入れ、夕飯にするぞ」ガシガシ

お千代「父ちゃん!おかえり!うちね、今日隣の婆ちゃんの畑手伝ったんよ。それでお礼に…」ニコニコ

弥平「婆ちゃんに芋がら貰ったんだよな?ちゃーんと手伝い出来て偉いなお千代!婆ちゃんに礼言ったか?」

お千代「うん!ちゃんとお礼言ったんよ、婆ちゃん褒めてくれた!それで父ちゃん、そっちの二人は…お客さんなん?」ニコニコ

弥平「おお、そうだそうだ。お千代、しばらく一緒に暮らす事になった新しい家族だ。ヘンゼル、グレーテル、あらためて紹介するぞ。こいつぁ娘の千代だ」

ヘンゼル「始めまして、僕はヘンゼル。こっちは妹のグレーテル。さっき村で酷い目にあっている時に弥平さんに助けてもらって、しばらくの間厄介になる事になt」

弥平「硬っ!なんなんだヘンゼルお前!硬いぞ!もっと軽くで良いんだよ。お千代、こいつはお前の兄さんになるヘンゼル、そっちは姉…妹か?まぁどっちでもいい、姉妹になるグレーテルだ。仲良くしろな?」ハッハッハ

グレーテル「うん……お千代ちゃん……よろしくね……」

お千代「うちの兄妹…!うちの名前はね、千代っていうんよ!だからみんなお千代って呼ぶの、だから二人もそう呼んでくれたらうれしいな!よろしくね、ヘンゼル!グレーテル!」パァァ

ヘンゼル(なんだかお千代はやけに嬉しそうだ。昔のグレーテルみたいに、よく笑う娘だ)

弥平「さぁさぁ、家の前で話しこんでても仕方ねぇ、家に入るぞ。今日は二人が家族になった祝いだ、ごちそう作ってやるから仲良く待ってろよ」ハッハッハ




478: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:12:12 ID:C93


・・・

お千代「ヘンゼルもグレーテルも遠くの国から来たん?私とは髪の毛も眼の色も違うよね、山の向こうの向こうのずっと遠くなんかな?」ワクワク

ヘンゼル「そうだね、きっとずっとずっと遠く。本当なら来る事が出来ないくらい遠い国なんじゃないかな?」

グレーテル「うん……お家のかたちも……キッチンも……全然違うの、見た事無いかたち……きっとお千代ちゃんも弥平さんも知らない国……」

お千代「もーっ、弥平さんなんて言ってー、二人ともあれだよえーっと……こういうのなんだっけ、父ちゃん?たにんぎょーぎ?」

弥平「ああ、他人行儀な。二人とも『弥平さん』なんて丁寧に呼ぶ必要ないぞ!父ちゃんって呼べ父ちゃんって!ハッハッハ!」ハッハッハ

ヘンゼル「いや、父ちゃんなんて呼べないよ。本当の父親じゃないのになれなれしすぎるよ、そんな呼び方。弥平さんは弥平さんだよ」

お千代「ヘンゼル駄目なんよ?一緒に暮らすって事は家族なんだから、家族は相手に『さん』なんて付けないんよ。そうだよね、父ちゃん?」

弥平「おっ、なんだぁ?そいつまた変な気を使ってんのか?おいおい、強情だなヘンゼルさん」ハッハッハ

お千代「困ったヘンゼルさんなんよ」クスクス

グレーテル「ヘンゼルお兄ちゃんさん……」

ヘンゼル「グレーテルまで…。わかったよ、僕達の世界では父親の事は『パパ』って呼ぶんだ、だからパパさんって呼ぶよ。だから父ちゃんは勘弁してよ」

グレーテル「うん、私……弥平パパって呼ぶ……父ちゃんよりパパの方がなんだか……呼びやすいから……」

弥平「ヘンゼルは結局さん付けじゃねぇかそれ。まぁよし!ようやく家族らしくなったな!じゃあ飯にするぞ、弥平父ちゃん特製の芋がら入り粟の粥だ!さぁ食え食えー!」




479: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:14:17 ID:C93


お千代「わぁー!芋がら入りのお粥なんて久しぶりなんよ!すっごいごちそうやねー」ニコニコ

グレーテル「弥平パパ……いもがらって……?」

弥平「芋のツルの事だな、二人の故郷には芋がら無いのか?今日のはお千代が隣の家から貰った干し芋がらだ、普通は保存食にするんだが…今日は特別だ!食え食え!」ハッハッハ

ヘンゼル(お粥って料理は初めて見たからなんとも言えないけど、きっとこの粟っていう穀物はこの世界の主食なんだと思う。お粥っていうのはきっとそれをスープにしたものだ)

ヘンゼル(でもおそらく…このお粥と言うのは本来、もっとたくさん粟が入っているものなんだと思う。だけど僕達にめいめい配られた器には少しの粟が沈んだお湯が注がれている)

ヘンゼル(そのお湯に芋がらっていう植物がいくつか浮いている。お千代の口ぶりだと、いつもはこの萎びた草さえ浮いていないお湯の様なスープが二人の夕飯なんだろう)

ヘンゼル(そのささやかな夕飯も、僕とグレーテルに分けてくれたから一人分の分け前はいつもより随分と減っているはずだ)

ヘンゼル(お湯のようなスープと硬いパンで過ごしていたあの頃の生活を思い出してしまった。とてもじゃないけど、お腹を空かせてる二人から食べ物を分けてもらうなんて出来ない。僕は遠慮しよう、そうすれば少しはみんなの分け前が増える)

ヘンゼル「……ああ、えっと…ごめん、弥平さん。僕は夕飯いらn」

弥平「ん?どうした、ヘンゼル『さん』?」ニカッ

ヘンゼル「…パパさん、僕は夕飯いいよ、あまりお腹すいていないから。僕の分、三人で分けてよ」

弥平「おう、却下だ。お前の分はお前がちゃんと食え」ハッハッハ

ヘンゼル「いや、だからお腹すいてないから…」

弥平「すいてなくても食え。お前の腹がすいてない理由をお千代とグレーテルが知ったら、この家の誰も粥を食わなくなるだろうが」ヒソッ

ヘンゼル(僕の考えなんて読まれてるってことか……)

弥平「な?だから気にするならむしろ食え。確かにうちには食べ物が山ほどあるなんて言えないけどな、四人居てもこんな薄い粟の粥なら毎日でも食える。だから遠慮するな」

ヘンゼル「……うん、いただくよ」




480: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:16:10 ID:C93


グレーテル「……お粥、初めて食べた……不思議な味、でも美味しい……」ズズー

ヘンゼル「うん…おいしいね。お千代が隣から芋がらっていうのを貰って来たおかげだね」

お千代「隣のおじさん足痛めたって言ってたんよ、婆ちゃん一人じゃ畑仕事大変だから。その間、お手伝いしてるんよ」

弥平「うちも大変だが、隣はもっと大変だからな。困った時はお互いさまってんで、今だけお千代にはそっち手伝ってもらってるんだ」

ヘンゼル「そうなんだ、お千代は働き者だね」

お千代「えへへっ、そんな事ないんよ?本当は早く大人になって父ちゃんの畑仕事をもっとたくさん手伝いたいんよ」ニコニコ

グレーテル「でも……このお家、弥平パパとお千代ちゃんしか居ないよね……ママはどk」

ヘンゼル「…っ!そうだ!パパさん!後片付けは僕がするよ!一緒にやろうかグレーテル!」バッ

グレーテル「……?うん、わかった……」

弥平「…おう。そりゃあ助かる、茶碗と箸を洗ってくれ。それが終わったら今日はもう休め、お千代は今日は特に疲れたろう。今日の後始末は二人に任せてお前はもう寝ろ。な?」

お千代「それじゃ二人に悪いんよ。夕飯の片づけはうちの仕事だから、今日もうちが…」

ヘンゼル「大丈夫だよ、お千代の仕事は僕達の仕事だ。僕達はお客さんじゃないんだから。そうだよね、グレーテル?」

グレーテル「うん……私たちは兄妹……だから協力するのは当たり前……今日は私とお兄ちゃんの番、お千代ちゃんはお休みの日……」

お千代「わかったんよ、それじゃあ今日はお願いね。あしたはうちがやるから」ニコッ

ヘンゼル「うん、任せてよ。おやすみ、お千代」




481: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:18:09 ID:C93


とあるおとぎ話の世界 弥平の家 炊事場

ザブザブ

ヘンゼル「駄目だよグレーテル、お千代のお母さんの話しちゃ」

グレーテル「どうして……?」

ヘンゼル「どうしてって……きっと、もうこの家お母さんは居ないんだよ。だからパパさんは一人で畑仕事してるし、家の事や隣の手伝いをお千代がやってるんだ」

グレーテル「そっか……じゃあ、ママの事なんか聞いたらお千代ちゃん悲しませちゃってたね……」

ヘンゼル「うん、お千代は明るくふるまってるけど…でも辛い事も多いと思うんだ。お手伝いやお家の仕事頑張って、きっとご飯もお腹いっぱい食べられない、それにママだって居ないんだから…」

グレーテル「昔の……私達みたいだね……あの時の私と……今のお千代ちゃんはちょっと似てる……」

ヘンゼル(僕もそう思ってる。貧しいところも、お腹を空かせてるところも、それでも頑張って働くところも、笑顔が可愛らしいところも)

ヘンゼル(つい、なんとなくあの頃のグレーテルの姿を重ねてしまう。だからお千代には幸せになって欲しい。でも今の僕達には何もできない)

ヘンゼル「今の僕達には宮殿に帰る術が無いからしばらくは二人にお世話になるけど…いつかパパさんにもお千代にもお礼がしたいね」

グレーテル「うん……まずは明日からお手伝い……いっぱい頑張ろうね……」

弥平「おう、グレーテル。ちょっといいか?」

グレーテル「弥平パパ……なに……?」

弥平「お前の寝巻な。お千代の寝巻を使ってもらうけどよ、多分どうやって着るかわからないだろう?お千代に着方を教えてもらって、もうそのまま寝ちまえ。あとはオラがヘンゼルとやるから。な?」

グレーテル「うん……わかった、そうするね……弥平パパ、お兄ちゃん……おやすみなさい……」グシグシ




482: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:19:08 ID:C93

ヘンゼル「ありがたいけどもう皿洗いは終わったから、手伝いはいらないよ。パパさんこそ疲れてるんだからもう休んだら?」

弥平「おう、その前にちょっと話そうじゃねぇか。男同士の語りあいってやつだな」ハッハッハ

ヘンゼル「お千代やグレーテルに早く休むように言ったのはそういう訳なんだ。それで、話って何?」

弥平「お前なぁ、晩飯の時遠慮しただろ?ただでさえ貧しい生活してるオラとお千代の飯の分け前を減らせねぇからってな。ああいうのは今後無しだ、いいな?」

ヘンゼル「パパさんがそう言うなら、わかったけど…でも僕もグレーテルも昔住んでいたところで大きな飢饉があって…飢えの苦しさは知ってる。だからほっておけないよ」

弥平「なるほどな、お前達も似たような生活をしてたって訳か。だったら尚更遠慮なんかするんじゃない、食えるときには食っておけ」

ヘンゼル「うん、でも…どうしても食べ物に困ったら言ってよ。その時は僕の分、減らしてくれたらいいから」

弥平「よくねぇよ。なんでそうなるんだお前、オラの話聞いてたか?」

ヘンゼル「聞いてたよ。でもよそ者の僕達のせいでパパさんやお千代がお腹をすかせるってのはおかしいよ。それに……」

弥平「それに…なんだ?」

ヘンゼル「パパさんは良い人だ。だけど空腹っていうのは人を狂わせるから、もしも…もしも何か間違いがあって…お千代が口減らしにでもされたら…可哀そうだよ」

弥平「お前、まだ子供なのに口減らしなんて知ってるのか…いや、故郷で大飢饉があったなら知ってて当然か」

ヘンゼル「僕もグレーテルもその口減らしで両親に…いいや、両親だった奴らに森の奥へ捨てられたんだ。だから、捨てられる子供の気持ちは痛いほどわかる」




483: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:20:16 ID:C93


弥平「そうか、お前達は口減らしにあったのか。遠い異国でも似たような事が起きてるんだな…」

ヘンゼル「今のところ、パパさんはそんな事をする悪い大人には見えない。だけど、お千代は僕達が兄妹になるって聞いたときすごく喜んでた」

ヘンゼル「だからもう、お千代は僕の妹も同然だ。それに……お千代の境遇はあの頃のグレーテルに似てる。だから、悲しい思いはさせたくない。」

弥平「確かにこの国にも口減らしってのは存在する。だけどなぁ、オラには縁の無い話だな。例えお千代を口減らしに出したとして、残る家族はオラだけだ」

弥平「嫁さんにも先に逝かれて、その上自分の食いぶちの為に娘を捨てるなんて事になんの意味もねぇんだよ。孤独なおっさんが一人長生きしてどうなるってんだ」

弥平「オラがお千代を手放す時はな、あいつが嫁に行く時だけだ。どんな飢饉が起きようと生活が苦しかろうと、それ以外にお千代が俺の元から居なくなる事はねぇよ」

弥平「それにな、自分の子を見捨てるような大人は子供にも見捨てられちまう。そんな馬鹿な話があるか、親子ってのは助けあって笑いあうもんだろ?」ハッハッハ

ヘンゼル「……パパさんは、僕達の父親だった奴とは違うんだね」

弥平「そう言ってやるなよ、お前達の父親だって苦渋の選択の末の行動だったんだろう」

ヘンゼル「だとしても、許せない。絶対に」

弥平「まぁ、とにかく…だ。オラはお千代やお前を見捨てたりしねぇよ。だいたいお前は気を使い過ぎなんだよ、さっきだってそうだぞお前」

ヘンゼル「さっきって……グレーテルがお千代のお母さんの事に触れそうになった時、それを止めた事?」

弥平「ああ、そうだ。お千代はまだ子供だ。けどな、母親が居ない生活にも随分慣れさせちまった。寂しいだろうが、お前達がうっかり聞いても悲しんだりしない」

弥平「兄妹だと思ってるお前に、変に気を使われる方があいつも嫌だろうよ。だから普通に接してやってくれ」




484: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:21:18 ID:C93

ヘンゼル「…でも、やっぱり触れちゃダメでしょそういうのは」

弥平「お前は本当に気にしぃだな…!オラが子供の時はもっとこうバンバン言っちゃまずいこと言ってたぞ!だからお前も気にすんな!」バシバシ

ヘンゼル「なんで自慢げなの。だめでしょそれ」

弥平「まっ、どっちにしろ犀川の事はお前達にも言わなきゃなんねぇからな。そのついでに教えておくか、お千代の死んだ母親の事」

ヘンゼル「犀川って…昼間にあの薄毛のおじさんも言ってたね。『犀川の神様が荒ぶる頃』だって」

弥平「ああ、この村のすぐ側には犀川って名の川が流れてんだが、この犀川は秋の雨の時期になると毎年氾濫が起きててな。そのせいで毎年大勢の村人が死んでんだ」

弥平「この村じゃあ昔から犀川の神様が荒ぶってるって言ってな、氾濫する事がわかっていてもどうにも手が打てないから毎年困ってんだよ」

ヘンゼル「もしかして、お千代のお母さんもその犀川の氾濫で亡くなったの?」

弥平「ああ、去年の秋。畑の様子を見に行くと言って出て行ったお千代の母親は、氾濫する犀川に飲み込まれて死んじまった。犀川の神様に連れて行かれちまったんだ」

ヘンゼル「そんなに毎年村人が死んでいるのに、どうしてなにもしないの?橋を強くするとか、氾濫しないような川にするとか」

弥平「そうだよな、まぁそういう考えになるのが普通だ。じゃあ聞くけどなヘンゼル、どういう具合に橋を強くする?どうすれば氾濫しない川に出来るか、その方法に考えがあるか?」

ヘンゼル「いいや、ないよ…まぁそうだよね、出来たらとっくにやってるだろうしね」

弥平「そうだな、自然の脅威には結局オラ達人間はどうする事も出来ねぇ。だからあまりにも犀川の氾濫が酷い年には、神様に捧げものをして納めて貰う」

ヘンゼル「捧げもの…?」

弥平「……いや、子供に聞かせるようなもんじゃねぇや。すまんが、この事は忘れてくれ」




485: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:23:34 ID:C93


ヘンゼル「なにそれ?言いかけて止めるとか気になるじゃないか。その捧げものって、人には言えないようなものなの?」

弥平「ああ、そうだ。子供は知らなくていいことだ。だから聞かなかった事にしろ。どっちにしろ、犀川の氾濫を防ぐのは容易い事じゃねぇって事だ」

ヘンゼル「……」

弥平「とにかくだ。この村では毎年秋の季節に犀川が暴れて、大勢の人が死ぬ。お千代の母親もその被害者だ」

ヘンゼル「あの年で母親が居ないっていうのは、寂しいだろうね」

弥平「寂しいだろうな、まだ母親に甘えたい年頃だろうに…でもお千代は今までに一度だって寂しいとも母親に会いたいとも言わずに一生懸命働いてる。貧しさに文句ひとつ言った事も無いんだあいつは」

ヘンゼル「でも、それは気丈にふるまってるだけだよ。きっと、本当は寂しいに決まってる」

弥平「ああ、口には出さないだけで本当は寂しいんだろうな。お千代の喋り方、独特のなまりがあるだろ?あれはあいつの母親の故郷の言葉でな、母親が死んでからその面影にすがる様に真似し始めたんだ」

弥平「死んだ母親の口癖を真似て寂しさを紛らわせてるんだろうな。本当はオラがいつだって側に居てやりたいが、畑仕事や寄り合いがあってそうもいかねぇしな」

ヘンゼル「兄妹のいる僕達はまだお千代よりは恵まれてたんだね、一人になるって事無かったから」

弥平「飯も腹いっぱい食わせてやれない、一緒に居てやる事も出来ない、オラは不甲斐ない父親だ。でも、お千代は大切な娘だ。いくら貧しくても、いつかは幸せになって欲しいんだ、今は難しくてもな」

ヘンゼル(パパさんのお千代への気持ちは、僕がグレーテルに感じている気持ちと同じだ)

ヘンゼル(自分には何もできないけど、でも出来る事はなんだってやるつもりでいる。それでお千代やグレーテルが幸せになるなら、なんだってやる)

弥平「それでなぁ、ヘンゼル。今俺達がしてやれるのはお千代の寂しさを無くしてやるくらいの事だ」

弥平「だから出来る限りで良い、お前かグレーテルどっちかは常にあいつの側に居てやってくれ。それが出来ないオラの代わりにあいつの側にいてやっちゃあくれねぇか?」

ヘンゼル「うん、どうやらグレーテルもお千代の事、気にいってるみたいだから仲良くできると思うよ。僕も、手伝いの無い時はなるべく一緒に居るようにするよ」

弥平「ありがとな、お前は気にしぃだがその分よく周りが見える奴だ。あいつの事、気に掛けてやってくれな」ポンポン

・・・




486: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:26:24 ID:C93

それから半月ほどの時が流れ…

とあるおとぎ話の世界 弥平の畑

ザクッザクッザクッ

ヘンゼル「ふぅ、今日はこのくらいかな…?」

弥平「おぉい、ヘンゼル!今日はこのくらいにして帰るぞ、収穫した野菜も運ばねぇとな」

ヘンゼル「うん、片付けたらすぐに行くよ」

ヘンゼル(僕とグレーテルがこの世界に来てから半月ほど経った)

ヘンゼル(女王はまだ現れない。でも僕もグレーテルも不思議と心配はしていなかった。女王が僕達を見捨てる姿を想像するのは大爆笑するカイを想像するより何倍も難しい、必ずいつかは迎えに来てくれるという確信があった)

ヘンゼル(凄まじい魔力を持っていても、氷結の力で右に出る者が居なくても、女王は万能じゃない。火は苦手だし、子供に甘過ぎてその子供に叱られる、むしろ弱点が多いんじゃないかとすら思う)

ヘンゼル(でも家族を見捨てるような人じゃない。きっとすぐに迎えに来れない事情があるんだろう、そもそも世界移動なんて容易い事じゃないだろうし)

ヘンゼル(だから僕もグレーテルもあまりその事は気にしていなかった。それより忙しいパパさんや頑張るお千代の手助けが何とか出来ないかと、そればっかり考えていた気がする)

隣のおっさん「おぉ、ヘンゼル。今日もよく働いてるみたいだな、まだ子供なのに偉いなぁ!これうちの畑で採れた菜っ葉だ、少ししかねぇけど妹達と食うと良い」ヘラヘラ

ヘンゼル「ありがとう。でもおじさんはもう少し力を抜いたらどう?足の怪我まだ完璧に治ったわけじゃないから無理するなってお婆さんに言われてるんでしょ?お千代に聞いたよ」

隣のおっさん「うぉっ、なんだ筒抜けなのか。でもいつまでもお千代ちゃんに畑の手伝いしてもらう訳にもいかんからな、ぼちぼちやるさ。じゃあなー」ヘラヘラ

ヘンゼル(一生懸命畑仕事を手伝っているうちに、周りの大人達は僕に好意的に声を掛けてくれるようになった。前は僕達の外見だけで避けてたのにおかしい話だ)

ヘンゼル(でも、悪い気はしない。僕の事もグレーテルの事も村の一員だと思ってくれているようで…正直に言うと、少し嬉しい)

ヘンゼル(とはいってもあの薄毛のおじさんみたいに、僕達をいまだ妖怪の類だと思っている大人もいる)

ヘンゼル(だから大人の事は今だって嫌いだ、信用できないと思ってる。でも、少しだけ、心を開いてもいいかなとは、思う。誰にでもとはいかないけれど…)




487: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:28:03 ID:C93

弥平「ん?どうしたヘンゼルぼーっとして、考えごとか?」

ヘンゼル「ああ、大丈夫だよ。それよりこれ隣のおじさんに頂いた、畑で取れた菜っ葉だって。お礼は言っておいたよ」スッ

弥平「おっ、それじゃあ今夜は贅沢に菜っ葉粥だな!さぁて、収穫した野菜積んで帰るか…よっこいっしょっくらぁ!」ググッ

ヘンゼル「ちょっと欲張り過ぎじゃない?二回に分けた方がいいと思うけど…」

弥平「平気平気、これくらい持てなくてどうすんだ!男が廃るってもんだぜヘンゼル!」グイッ

グキッ

弥平「……っぬぉぉっ!」ドサッ

ヘンゼル「パパさん…?どうしたの?」

弥平「いたた…すまんヘンゼル、しくじっちまった。ちょっと腰やっちまったみたいだ…すまねぇが野菜を荷車に運んでくれ」

ヘンゼル「ほら、無理するからだよ。男廃っちゃってるじゃないか」クスクス

弥平「笑うな笑うな、時にはこういう失敗だってある。それを寛容に受け止められるのが男ってもんよ」ハッハッハ

ヘンゼル「それ自分で言っちゃフォローにもなんにもならないよ。あとは僕が片付けるから座ってなよ」フフッ

タッタッタ

グレーテル「大変なの……お兄ちゃん……弥平パパ……!」ハァハァ




488: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:29:37 ID:C93


弥平「おいおい、どうしたんだ?グレーテルが慌てるなんて珍しいぞ?」

ヘンゼル「何かあったんだね?落ち着いて話して、グレーテル」

グレーテル「あのね……私とお千代ちゃん……隣のお婆ちゃんとお裁縫のお仕事……してた……でも、お千代ちゃん……突然倒れちゃったの……」

弥平「なんだと…っ!お千代は!お千代は無事なのか、グレーテル!」バッ

グレーテル「お婆ちゃんがお家に運んでくれた……今、お婆ちゃんが見てくれてるけど……凄い熱だった……すぐにお父さん呼んできなさいってお婆ちゃんに言われた……」

弥平「お千代…!待ってろよ、オラがすぐに駆けつけて一緒に居てやるからな!」ググッ

ビキッ

弥平「ぬぐっ、腰が…!クソッ、なんだってこんな時に…!」

ヘンゼル「パパさん落ち着いて、隣のお婆ちゃんが見てくれてるなら大丈夫だよ。無理せず歩いて行こう、ここでパパさんまで動けなくなったら大変だよ」

弥平「そうだよな…子供に諭されてどうするんだって話だ、落ち着かねぇと……」

ヘンゼル(パパさんがこんなに動揺するなんて…初めて見た。やっぱり、お千代の事が心配なんだ)

弥平「グレーテル…すまねぇけど、隣のおじさんに頼んで収穫物運んでくれるように頼んでくれ。お千代の事も説明してくれ」

グレーテル「わかった……お願いしてくる……」タッタッタ

弥平「ヘンゼル、お前はオラと一緒に来てくれ。肩を借りねぇと歩けそうにねぇから」

ヘンゼル「わかった、行こう。お千代の事、僕も心配だ」




489: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:30:57 ID:C93

とあるおとぎ話の世界 弥平の家

バタバタバタ

弥平「お千代!大丈夫か、お千代!」ガラガラッ

隣のばあさん「おぉ、弥平さん。ほれお千代ちゃんや、父ちゃん帰ってきてくれたぞ、もう寂しく無いのぅ」ナデナデ

お千代「あっ…父ちゃん…?」ゼェゼエ

弥平「おお、父ちゃんはここにいるぞ!わかるか、お千代!」

お千代「心配かけてごめんね、父ちゃん……本当は今朝からちょっと身体が熱くて、心配かけたくないから黙っとったけど。もう我慢できなかったんよ……」ニヘッ

弥平「何言ってんだお前は、黙ってたら辛い事がわからんだろ!我慢してどうするんだお千代!」

お千代「でも、父ちゃんにもヘンゼルにもグレーテルにも心配かけるでしょ…?それが嫌だったんよ……」ゼェゼェ

弥平「家族なんだから心配するに決まってるだろうが!そんな事心配してどうするんだお前……」

隣のばあさん「コレッ!あんた、娘の無事な姿見て安心したのはわかるけども、寝込んどる娘に大きな声出しちゃいかんじゃろっ!」

弥平「…そうだよな、すまねぇ。お千代」

お千代「ううん……うちが無理したのがいけなかったんよ、ごめんね。父ちゃん」ゼェゼェ

弥平「いいや、気にするなお千代。お前を働かせすぎたオラの責任だ、ゆっくり休め。な?」

お千代「うん、ごめんね…夕飯のお手伝いも後片付けも出来ないけど……元気になったら、たくさんお手伝いするんよ……」

弥平「お前…今は何も心配するなお千代、父ちゃんがついてる」

弥平「お前が元気になるまで側に居てやるからな。お千代」




490: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:32:44 ID:C93

グレーテル「ただいま……おじさんにお願いしてきた……任せてくれっていってた……」カラカラッ

ヘンゼル「グレーテル、お帰り。お千代とパパさんはそっとしておいてあげよう、僕達で夕飯の準備しようか」

隣のおばさん「……ヘンゼル坊にグレーテルちゃんや。ちょっといいかのぅ?」

ヘンゼル「何?もしかして、お千代の事?」

隣のおばさん「そうじゃ…お千代ちゃんのあの様子はただの疲れや風邪じゃあありゃあせん」

グレーテル「もっと……重い病気って事……?」

隣のおばさん「かもしれん。今は弥平さんの前だで随分と気丈にふるまっておったけどな、ここに運んで来た時はそりゃあ口も利けんほど弱っておった」

ヘンゼル「…すぐにでも医者を呼んだ方がいいのかな?」

隣のおばさん「呼べるのならそうするべきじゃが…弥平さんには難しいじゃろ…」

ヘンゼル(その通りだ。パパさんには医者を呼ぶようなお金は無い。何とか僕達の看病でお千代の病気を治さなきゃいけない)

隣のばあさん「すまんことだが、銭の相談に乗れるような余裕はうちにもないでな……他の事なら何でも言えばええ、畑の事もうちの息子に任せりゃあええ」

ヘンゼル「ありがとう、お婆さん。この事はパパさんに伝えておくよ、お千代の事運んでくれてありがとう」

隣のばあさん「なんて事無いだ、そんな事。ええかい、ヘンゼル坊、グレーテルちゃん。あんたら兄妹が協力してお千代ちゃんの事、看病してやるんじゃぞ」

グレーテル「うん……頑張って、お千代ちゃんの病気……治してあげなきゃね……」

ヘンゼル「そうだね、またお千代の好きな鞠つきが出来るように…出来る限りの看病をしよう」

・・・




491: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:36:00 ID:C93

それから数日後

ザーザー ザーザー

グレーテル「雨……ずっと振ってるね、お兄ちゃん……」

ヘンゼル「ああ、畑に行けないからその分お千代の側に居られるのは良いけど…」

弥平「……」

お千代「……」ゼェゼェ

ヘンゼル(お千代が倒れてから数日経った。あの日からずっと雨が振り続けている)

ヘンゼル(昼間はなるべく僕達がお千代を看病して、夜中はずっとパパさんが看病していた。でも、一向に良くなる様子は見えなかった)

ヘンゼル(それどころか、目に見えてお千代の病状は悪化しているようだった。食事もろくに食べようとしないし、ほとんど喋らない)

ヘンゼル(虚ろな目をしたお千代の手を握り続けるパパさんも、次第に口数が少なくなってしまった。やっぱり、医者は呼べていない)

ヘンゼル(誰も口には出さないけれど、もしかしたらお千代は……もう……。思わずそう思ってしまうほど、お千代の姿は病気に侵されていた)

ヘンゼル(病気にいいという薬草を聞いたり、いろいろと僕達も手を尽くしてみたけど……結果は出せなかった)

弥平「さぁ、お千代…粟の粥だ。お前、昼間も食べなかっただろ。ちゃんとくわねぇと元気でねぇぞ」ソッ

お千代「……うち、お粥…いらないんよ」フルフル

弥平「…何か食べたいものでもあるのか?」

お千代「父ちゃん……うちな……あずきまんまが食べたいんよ……」ゼェゼェ




492: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:37:31 ID:C93

弥平「あずきまんま……か」

お千代「……ごめん、父ちゃん。なんでもないんよ……少し、寝るね……おやすみ……」スッ

弥平「……」

グレーテル「弥平パパ……あずきまんまって……なに……?」

弥平「赤飯っていってな、あずきっていう豆の入った飯だ。祝いごとなんかに食べるもんなんだが…こいつは一度だけ昔食った事があるんだ」

弥平「まだこいつの母親が生きてる時、えらい豊作でな。その祝いに炊いたあずきまんまの事、こいつは忘れてなかったんだな。こいつにとってはそれが何よりのごちそうなんだろうな」

ヘンゼル「そのあずきまんまって、そんなに高価なものなの?」

弥平「いいや、とんでもなく贅沢な代物って訳でもねぇ。作るのにさほど手間がかかるもんでもねぇ」

ヘンゼル「だったら、お千代に食べさせてやろうよ。そのあずきまんまを。そうすれば元気になるかもしれないよ」

弥平「オラもそうしてやりてぇが…うちには小豆どころか米すらねぇ。それを買うだけの金も無い」

ヘンゼル「……そうだよね、ごめん」

グレーテル「……弥平パパ、ごめんね……私たち、なんにもできないね……」

弥平「おいおい、お前達が気にする事じゃねぇよ。ほらほら、子供はさっさと粥を食って寝ろ寝ろ。お千代の看病はオラに任せろ、な?」

グレーテル「わかった……おやすみなさい、弥平パパ……」

弥平「おう、おやすみ」

ヘンゼル「……」




493: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/18(火)23:40:10 ID:C93

・・・

お千代「……」ゼェゼェ

弥平(……あいつが犀川の氾濫で死んだ時、お千代の事は一人でも立派に育てるって誓ったんだがな。その誓い、護れてねぇや…すまん)

弥平(オラは若い時からろくでなしで、畑仕事しか能が無い奴だったけど。そんなろくでなしを愛してくれた女が居て……)

弥平(あいつは都の生まれで良いところのお嬢さんだったけど、家を捨てて貧乏なオラの嫁さんになってくれて…そして、お千代が生まれて……)

弥平(お千代が生まれた時は、嬉しかったよなぁ…その時決めたもんな、もうヘラヘラしてらんねぇって、オラはこの娘に胸がはれるような大人になるってな)

弥平(そんで、こいつはどんどん大きくなって…でもやっぱりうちは貧乏で…なんにも買ってやれなかったけど…こいつはなんにも文句言わねぇで…)

弥平(母親が死んだ時も、グッと堪えて……寂しいだなんて言わないで……)

弥平(貧しい時も、ひもじい時も、こいつは文句ひとつ言わずオラと一緒に笑っていてくれた)

弥平(オラはお千代にまともな教育もしてやれねぇ、食いたいもんも、欲しい玩具も買ってやれなかった。でも…)

弥平「…オラはなぁ、お千代。お前からいろんなもんをもう数え切れねぇほど貰って来たんだ」

弥平(……)

弥平(今まで何一つねだらなかったお千代が、生まれて初めてオラに欲しいと言ったんだ。あずきまんまを食わせてくれと言ったんだ)

弥平(俺は不甲斐ねぇ父親だけどな、それくらいの願いは…娘の些細な願いくらいは叶えてやりてぇよな……)

弥平(もう、お千代が生きていられる時間は……きっと、長くねぇ……)

弥平「……」





弥平「地主の蔵になら…米も小豆もある。それを拝借すりゃあ……お千代の願いを叶えてやれる」スッ




512: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:01:03 ID:rQn

ザーザー ザーザー

弥平(陽もすっかり暮れてる、そのうえこの雨だ…これなら誰にも見られずに地主の蔵に忍び込めるだろう)

弥平(あいつらに黙って出て行くのは気が引けるが、子供達に心配を掛けるわけにはいかねぇ。ましてや盗みを働くために出掛けるなんて言えねぇよな)

弥平(だが、やるしかねぇ。お千代に何一つ幸せな思い出を残せないまま死なせるなんてできねぇ…なに、さっと盗んで戻ればいいだけだ)スッ

ビキッ

弥平「ぐぅっ…!クソッ…こんな時に腰が悲鳴を上げやがる…!」ググッ

弥平(だがやめるわけにはいかねぇ。でも、本当に…こんな身体で蔵に忍び込めるのか?もしもオラが捕まれば三人は路頭に迷う事になっちまう、無理矢理に危険を冒して失敗すればあいつらは……)

弥平「いや、迷ってる場合じゃねぇ。こんな腰の痛みがなんだってんだ…!オラはお千代の為に行かなきゃなんねぇんだ、オラは地主の蔵に……!」ググッ

ヘンゼル「……パパさん、こんな夜遅くにどこに行くつもりなの?」スッ

弥平「ヘンゼル…お前、起きてたのか?」

ヘンゼル「お千代が苦しんでるのに眠れないよ。それより、地主っていってたけど…もしかしてパパさん、小豆と米を何とかしようって考えてる?」

弥平(察しの良い奴だ、気付かれちまっちゃまずい。だが盗みに行く、とは言えねぇな)

弥平「ああ、地主なら米も小豆も持ってるはずだ。事情を話して分けて貰おうと思ってな」

ヘンゼル「そうなんだ、地主なら確かに米も小豆も持ってるだろうね。分けてくれるかどうかは別だけど」




513: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:02:39 ID:rQn

弥平「お前は相変わらずだなおい。事情を話せば地主だって快く分けてくれるだろ、そうすりゃ明日はあずきまんまだ。お千代もきっとよくなる、だからお前も安心してもう寝ろ」

ヘンゼル「安心なんか出来ないよ。それにパパさんこの間痛めた腰がまだ治って無いんでしょ?地主の家なんて結構遠いのに、それまでに倒れたりしちゃあ大変だよ」

弥平「お前が気にすることじゃねぇよ。平気だ、オラはこう見えてもまだ若いんだ。地主の家に行くくらい余裕なんだぜヘンゼr」

ビキッ

弥平「ぬぐっ…!」グヌヌッ

ヘンゼル「ほら、パパさんまで倒れたら大事なんだから。僕が行くよ、地主の家まで行って事情を話して米と小豆を少し分けてもらえばいいんでしょ?」

弥平「い、いやまてヘンゼル。子供のお前がこんな夜中に出歩くのは感心しねぇ…ぬぐぐっ」ビキッ

ヘンゼル「いいから横になってなよパパさん。僕が地主の所まで行ってくるからさ」

弥平「駄目だ。オラが行く、お前はもう寝てろ」

ヘンゼル「パパさんって意外と強情だよね。でも地主の所には僕が行く、どうしても止めたいなら追いかけて止めたらいいよ。今のパパさんにそれが出来るならね」

弥平「おいヘンゼル!お前、オラが追いかけられないとわかってそんな事いいやがったな!おい!待てヘンゼル!」ビキッ

ヘンゼル「怪我人は大人しく横になっててよ、こういうおつかいは元気な僕に任せればいいんだよ」フフッ

スタスタスタ

弥平「…あいつ」




514: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:04:07 ID:rQn

とあるおとぎ話の世界 地主の蔵

ヘンゼル(見張りはいない。でも長居はできない、早く米と小豆を盗んで帰ろう)キョロキョロ

コソコソ

ヘンゼル(さっきパパさんは地主に食べ物を分けて貰いに行くなんて言っていたけど、あれは絶対に嘘だ)

ヘンゼル(食べ物に困っているから少し分けて欲しい。そんな風に言って快く食べ物を分けてくれるなら、パパさんはもっと早く地主の所に相談に出かけたはずだ)

ヘンゼル(でもパパさんはそうしなかった。きっと、正直に相談しても地主は食べ物を分けてくれない事を知っていたんだ。だから相談しなかった)

ヘンゼル(裕福な人間は自分達のことしか考えていないんだ。だから小さな村の隅で貧しい女の子が今にも死にそうな事なんて知らない)

ヘンゼル(貧しい親子が健気に生きてる事を知らない。食べ物に困っている事も知らない。善人のパパさんが盗みを働こうと考えるほど追いつめられてる事も、知らない)

ヘンゼル(きっとそれを知ってもこう言う、自分達には関係ない。って)

ヘンゼル(誰かを助けられるだけのお金や食べ物を持っているのに、他人なんか助けない。自分以外にお金や食べ物を使ったりしない、だからこいつ等は裕福なんだ)

ヘンゼル(だからこんな山ほどある食料の中からほんの一握りの米や小豆を盗まれたって、こいつらにとってはほんの些細な事だろう)

ザクッ

ヘンゼル(けれどお千代にとってこの一握りの米と小豆は、明日を生きる為に必要なんだ)ザラザラ

ヘンゼル(地主達は自分達の為だけに食べ物をため込んで貧しい人に分け与えもしない、こいつらは間違いなく悪人だ)ザラザラ

ヘンゼル(だからこいつらから盗みをしたって構わない。それでお千代やパパさんやグレーテルが幸せになれるならそれでいいんだ)

ヘンゼル(僕達は悪くない。ただ家族の幸せを願っているだけなんだ。ただそれだけの事が悪いことのはずが無いよ)

スタスタ




515: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:05:49 ID:rQn

翌朝 弥平の家

ホカホッカ

弥平「ほら見ろお千代!お前の食いたがっていたあずきまんまだぞ!まだあるからな、好きなだけ食え!」スッ

お千代「あずきまんま…これ、うちが食べてもいいの…?」ゼェゼェ

グレーテル「いいんだよ……お兄ちゃんがね、地主さんにお願いして分けて貰ったんだって……お千代ちゃんの為に……だよ……」

お千代「本当なん…?だったらヘンゼルには苦労かけちゃったんよ…」ゼェゼェ

ヘンゼル「何言ってるんだよお千代、お前は僕の妹だ。妹の為にならなんだってやってやるのが兄の役目なんだ。だから遠慮せずに食べなよ、全部お千代のなんだから」

弥平「ほれ、冷めちまうまえに食え。しっかり食って元気になるんだぞお千代」

お千代「うん、うち嬉しいんよ。ありがとね父ちゃん、ヘンゼル、グレーテル。それじゃ、いただきます」モグッ

グレーテル「どう……?おいしい……?」

お千代「本当においしいんよ…前に母ちゃんと父ちゃんと三人で食べた時よりも、このあずきまんまの方がずっと美味しいんよ」

お千代「きっと、父ちゃんや…ヘンゼルとグレーテルが一緒に居てくれるからそう感じるんかもしれないんよ」ニコッ

ヘンゼル「そっか。ほら、もっと食べて良いんだよ。食べて早く元気になってよ、その為に僕は地主にお願いに行ったんだから」フフッ

お千代「そうだね、私は早く元気になってみんなを安心させないといけないんよ」



弥平「……」




516: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:07:18 ID:rQn

数日後 弥平の家

弥平「さて、オラは少し畑の様子を見てくる。ヘンゼルは今日は畑仕事休んでグレーテルと一緒にお千代の側に居てくれ」

ヘンゼル「大丈夫なの?パパさんの腰も完全に治ったわけじゃないんでしょ?」

弥平「何心配してんだお前、俺はまだ若いっていったろ?無茶な事はしねぇから安心しろ、それにいつまでも隣のおっさんに畑を頼むのも悪い。まだ大した仕事は出来ねぇけどな」

グレーテル「……お千代ちゃんは私達が看病するから、弥平パパも無理しないでね……?」

弥平「おう!じゃあお千代の事は頼んだぞ、まぁ二人なら心配いらねぇな」ハッハッハ

ヘンゼル(お千代が倒れてからしばらく畑をまかせっきりにしていたパパさんは、久しぶりに畑に出かけた。お千代を僕達に任せてももう大丈夫だろうという判断だと思う)

ヘンゼル(実際、お千代は起き上がれるくらいに体調が回復していた。とはいってもまだ病気は治っていないし、畑仕事はおろか裁縫や家の仕事もしばらくは禁止だ)

ヘンゼル(でも少しずつだけど確実にお千代は元気を取り戻している。それがあのあずきまんまのおかげなのかどうかはわからない)

ヘンゼル(どちらにしてもお千代が元気になっていくことは僕たち家族にとって何よりもうれしいことだった。だから元気になった理由なんかどうでもいいんだ、元気なお千代がいてくれればそれでいいんだ)

お千代「ねぇねぇヘンゼル、お願いがあるんよ。うちな、ちょっとだけ外に出て…鞠がつきたいんよ」

ヘンゼル「駄目だよ、まだ治ったわけじゃないんだから大人しくしてないと。パパさんとも約束したでしょ?」

お千代「それはそうなんやけど、でも…寝てばかりでお仕事もお手伝いも出来ないとちょっぴり退屈なんよ」

ヘンゼル「病人は休んでるのが仕事なんだ。退屈なんて言っちゃダメだよ、お千代」

グレーテル「……だったらね……良いもの、私持ってる……これ読んだら退屈じゃなくなるよ……それに大人しくしてるって約束も守れる……」スッ




517: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:08:56 ID:rQn

お千代「なんなんこれ…?【マッチ売りの少女】…?」

グレーテル「おとぎ話の絵本だよ……このお話、お兄ちゃんに読んでもらえば……きっと退屈な気持ち、なくなるよ……ねっ?お兄ちゃん?」

お千代「ヘンゼルがうちにお話聞かせてくれるん?だったら鞠つきできなくても退屈じゃないんよ」ニコニコ

ヘンゼル「それはいいけどさ、よりによって【マッチ売りの少女】って…他にもっと明るい話あるでしょ…というかその本、持ち歩いてたんだ」

グレーテル「うん……女王さまに貰ったたからものだから……でも貸してあげる、だからお千代ちゃんに読んであげて……」

ヘンゼル「いや、だからこれさ内容が暗すぎるでしょ。おとぎ話なら僕が読んだ他のおとぎ話を話してあげるから、そっちにしようよ」

お千代「でも折角だから、グレーテルが貸してくれたこの絵本読んで欲しいんよ。ヘンゼルはこのおとぎ話、嫌いなん?」

ヘンゼル「そういう訳じゃないけど…」

お千代「だったら読んで欲しいんよ、うち余所の国のお話聞くの初めてなんよ。ヘンゼルが読んだっていう他のおとぎ話の話も聞かせて欲しいんよ」ニコニコ

ヘンゼル「それは良いけど…とりあえず【マッチ売りの少女】を読むけど後悔しないでよ?楽しい話じゃないからね、これ」スッ

ヘンゼル(そういえば……今まで気にしていなかったけど、このお千代とパパさんが住む世界も、おとぎ話の世界のはずだ)

ヘンゼル(それなら当然、この世界にも現実世界の人間共が作った筋書きがあって、何かしらの結末が用意されているはずだ)

ヘンゼル(でも、パパさんやお千代が主人公だとは限らない。どこかのおとぎ話の世界に住む単なる脇役かもしれない。僕が読んだおとぎ話に二人が出てきたものは無いから、確認のしようもない)

ヘンゼル(…まぁいいか。それより今は、お千代に少しでも笑顔が戻った事が素直に嬉しい)

ヘンゼル(二人が何者だろうと、僕は家族の幸せを願う。それだけのことだ)




518: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:10:29 ID:rQn

さらに数日後

ポツポツ ポツポツ

お千代「ヘンゼル、今日も他のおとぎ話聞かせて欲しいんよ」ニコッ

ヘンゼル「それは良いけど、毎日毎日飽きないよねお千代は」フフッ

お千代「だってもう元気なのに外に出ちゃいけないって父ちゃんいうんよ?でもヘンゼルがたくさんお話聞かせてくれるからうちは最近それが楽しみなんよ」

お千代「余所の国の髪の長いお姫様の話とか、音楽が好きな動物の話とか、金を紡げる小さいおじさんの話とか、楽しいお話たくさん知ってて凄いんよ」

お千代「それになんだかね、ヘンゼルの話してくれるおとぎ話を聞いてると元気になれる気がするんよ」ニコッ

ヘンゼル「まぁ、お前が退屈じゃないならそれでいいさ。それじゃあ今日は…」

ガラガラッ

グレーテル「お兄ちゃん……ちょっといい……?」ヒョコ

ヘンゼル「どうかした?確か隣のお婆ちゃんに頼まれて裁縫仕事の手伝いしに行ったんじゃなかったの?」

グレーテル「うん、あのね……荷物を運びたいんだけどおじさんが居なくてね……私とお婆ちゃんじゃ重くて運べないから……お兄ちゃんに手伝って欲しいの……」

ヘンゼル「ああ、そういうこと。ごめんお千代、少し手伝ってくるよ。もうだいぶ元気になったし少しなら一人でも平気だよね?」

お千代「うん、うち一人でも平気。大人しくしてるから、お婆ちゃんのお手伝いいってきてもいいんよ」

ヘンゼル「わかった、それじゃあおとなしくしててね、お千代」スタスタ




519: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:11:21 ID:rQn

お千代「……」ポツーン

お千代「父ちゃんは畑仕事、ヘンゼルとグレーテルはお手伝い…うちだけ一人ぼっちは退屈なんよ」

お千代「ヘンゼルのおはなし楽しみにしてたのに、これでまた退屈になっちゃったんよ。流石にもう寝るのには飽きたんよ」

お千代「今は雨もぽつぽつ振り……これくらいなら外に出ても風邪ひいたりしないんよ」

お千代「……最近ずーっと横になってたから、鞠つき全然出来てない…たまにはうちも外で遊びたいんよ……」

お千代「今はこの家にはうちだけだから、ヘンゼルが帰ってくるまでにおふとんに戻ればいいんよ……ちょっとだけ、ちょっとだけなんよ」コソコソ

スタスタ

お千代「んーっ、外の空気は気持ちいいんよー」ンーッ

お千代「うちが病気になってみんなに心配かけたのは嫌だったけど、みんなが優しくしてくれるからそれはすっごく嬉しかったんよね」スッ

お千代「父ちゃんもグレーテルも看病してくれたし、ヘンゼルはうちの為にお米と小豆まで借りて来てくれたんよ。元気になったらちゃんとお礼言わないといけんね。家族がみんな優しくてうちはとっても嬉しいんよ」ニコニコ

トーントーン

お千代「てんてんてんまり、てんてまりー。うち、おいしいまんま食ーべた。赤くて綺麗なあずきまんま。おいしいおいしいあずきまんま食ーべたー」ニコニコ






薄毛のおっさん「……」スッ




520: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:13:08 ID:rQn


その夕方 弥平の家

ザーザー ザーザー

隣のおっさん「おぉい、弥平。弥平おるかー?この雨で大変な事になったぞー!」ドンドン

弥平「おう、お前か。どうしたんだ…なんだよ大変な事って」

隣のおっさん「まずいぞ弥平。さっき聞いたんだけど、犀川にかかっとる橋が流されてしまったらしいんだ…ほら、街道に続く橋だ」

弥平「本当か?おいおい、あの橋が流されちまったら川向うに渡るのに随分遠回りになっちまうぞ?それじゃあ仕事にならねぇじゃねぇか」

隣のおっさん「ああ、こりゃあどうにかしないといけねぇって事で、今から地主様の屋敷で話し合いだ。お前はお千代ちゃんがいるから欠席だろうが、橋の事だけでも伝えておこうと思ってな」

弥平「そうか、悪ぃな。酷い雨だ、お前も地主の屋敷に行くまでに流されたりしないようにな」

隣のおっさん「おう、それじゃあまた」スタスタ

グレーテル「弥平パパ……橋、流されちゃったの……?」

弥平「ああ、そうらしい。どうにか氾濫を止められないかって話し合いをするんだとよ。氾濫を止める方法や、橋を掛け直す方法とかな…」

ヘンゼル「もうさ、氾濫を止められないならもう橋を掛けるのも諦めればいいんじゃないの?」

お千代「それじゃすごく不便なんよ。それに犀川は人も呑み込む恐ろしい川なんよ……だから犀川の氾濫を止める事が出来たら、村のみんなが幸せになれるんよ」

弥平「確かにそうだけどな、オラ達がここで話しても仕方ねぇ事だ。さぁ雨もひどい、さっさと飯食って今日は休むか」

弥平(あの橋が流されたとなると今年の犀川は例年以上に酷く氾濫するに違いねぇ、それは村の連中も予想がつくはずだ、そうなるとおそらく、人柱を選ぶ事になるだろう…)

弥平「……バレるのも時間の問題か」ボソッ

・・・




521: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:14:30 ID:rQn

地主の家

地主「……うむ、まさかあのような強固な橋が流されるとは」

村のおっさん1「今年は今のところまだ誰も犀川に流されちゃあいないから安心してたけど…甘かった!」

村のおっさん2「あの丈夫な橋が流されたんだ、人間が流されるのも…この村の誰かがまた死んじまうのも時間の問題だ!」

村のおっさん3「すぐにでも何か手を打つしかねぇんじゃねぇのか!?もたもたしてたら家も畑も村人も…それどころかこの村ごと全部流されちまうぞ」

村のおっさん1「だったらどうすんだよ?何かいい方法があるのかよ?あの犀川の氾濫を止める方法が!」

村のおっさん3「ねぇよ!あるわけねぇだろうが!方法がねぇからみんなで考えるんだろうが、その為の集会だろうがクソが!」

村のおっさん2「俺達が喧嘩しても仕方ないだろ、言い争うなら何か建設的な話し合いをすべきだ!」

ワーワー ザワザワ ワーワー ザワザワ

地主「やはりまとまらんか…こうなれば、今年は人柱を立てるしかあるまい。生贄を捧げて、犀川の神様に怒りを鎮めて貰うんじゃ」

村のおっさん達「……」ピタッ

地主「橋を掛け直すにしても川が穏やかにならねばまた同じ事、いずれ流される。ならばもうこれしか方法はあるまい」

新入り若者「あの、俺最近この村に来たばかりでわかんないんスけど、人柱って何をするんすか?」コソコソ

古参おっさん「この村ではな、あまりに犀川の氾濫が酷い時には犀川の神様の怒りを鎮める為に人柱を……生贄をささげるんだ。つまりな、人間を生きたままの状態で川の近くの地面に埋めてしまうんだ」

新入り若者「生きたままの人間を地面に!?そんなもん死んでしまうじゃないすか!」

古参おっさん「生贄だからな。それで犀川の氾濫が収まるのならば安いもんよ」

新入り若者(そりゃあ氾濫を何とかしないと何十人と言う人間が死ぬかもしれねぇけど…そんな恐ろしい風習があるのかこの村。やべぇな)




522: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:17:12 ID:rQn

村のおっさん1「じ、地主様!それには賛成だけども、俺の家からは人柱なんかだせねぇぞ!?」

村のおっさん2「そんなもんウチからもだせねぇ!うちの息子は隣村から嫁さんを貰う事が決まってるんだ、人柱なんてとんでもねぇ!」

村のおっさん3「ずるいぞお前ら!どこの家も人柱になんか家族を出せるわけが無いだろ!もちろん、ウチだって嫌だ!」ドン

新入り若者「あの、全然話が進みそうにないすよ?でもそうっすよ、誰だって人柱なんかにはなりたくないに決まってる」

古参おっさん「ああ、そうだ、だれも人柱なんかなりたくない。だから本来は何か悪い事をした奴…罪人、犯罪者を人柱にするんだよ」

村のおっさん1「罪人を人柱にするって言ってもよぉ…この村の奴らはどいつもこいつもいい奴ばっかりだぜ?」

村のおっさん2「そうだよな、人柱にできるような罪人はこの村にはいねぇ。いねぇもんは人柱に出来ねぇ」

村のおっさん3「じゃあどうすんだよ!もう一回言うけど、うちは絶対に人柱とか嫌だからな!」

地主「予想はしていたが、そうなってしまうか……しかし、犀川の神様をほっておくわけにもいかん。だが、この村に罪人が居ない以上は…どうしようもない」

スッ

薄毛のおっさん「……いや、罪人がいないこともねぇ。この村には盗人が居る、そいつを人柱にすりゃあええ」

地主「お前は薄毛の……それはどういうことじゃ?この村に罪人がいるじゃと?」

薄毛のおっさん「ああ、そうじゃ。地主様、先日蔵に盗人が入ったと言っていたじゃろ?」

地主「おお、ほんの僅かな米と小豆じゃったで気にも留めてなかったが……まさかその犯人をお前は知っていると言うのか?」

薄毛のおっさん「そうじゃ、ワシはその盗人の正体を知っておる。聞いたんじゃよ、歌を……娘の歌う手毬唄じゃ」



薄毛のおっさん「このワシは聞いたでの……弥平が盗人だと証明する、お千代の手毬唄をな……」




523: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:19:48 ID:rQn


とあるおとぎ話の世界 弥平の家

弥平「……」

お千代「ごちそうさま。今日も粟の粥美味しかったんよ、グレーテルの料理はすごくおいしいからうちは嬉しいんよ」

グレーテル「うん、嬉しい……お粥作るの、慣れてきたから……今日は私がお片づけする番……お茶碗洗ってくるね……」スタスタ

弥平「グレーテル、オラはヘンゼルと少し話がしたい。皿洗い変わってやる、行くぞヘンゼル」スッ

グレーテル「うんん……それはいいけど……じゃあ私はお千代ちゃんと一緒にお話ししてるね……」

スタスタ

ヘンゼル「どうしたのパパさん?僕と話があるなんて改まって、腰が痛いからどうにかしたいって話?」ザブザブ

弥平「いや、そうじゃねぇよ。ただな、今頃村の奴らで集まって犀川の氾濫をどう防ぐか話してるだろうなと思ってな」

ヘンゼル「それがどうかしたの?さっき自分で言ってたじゃないか、僕達が話したってどうにもならないって」

弥平「…大切な橋が流された、雨の季節は始まったばかりだって言うのに今年の犀川の被害は既にでかい。これ以上被害を大きくしないためにはもう今年は人柱を立てるしかない、村の連中はそういう結論を出すはずだ」

ヘンゼル「人柱…?なんなのそれ…?」

弥平「いいか、ヘンゼル良く聞け。オラがお前達と一緒に居られなくなった時の事を話す、一番年上のお前が頼りだ。しっかり頼むからな」

ヘンゼル「ちょっと待って、なんなの急に。パパさんが僕達と一緒に居られなくなるなんて、ありえないでしょ」

弥平「良いから聞け。お前の事だ、オラがいなくなれば誰も信じられないとか言って二人を連れて家を出て行きそうなもんだけどな、そこはなんとか我慢しろ」

弥平「事情を話せば隣のばあさんとおっさんはお前達を気に掛けてくれるはずだ。おっさんに頼んでこの家と畑を金に変えて貰え、それを渡して一緒に住ませてもらえるように頼みこめ」

弥平「それから三人で出来る限りの仕事と手伝いをしろ。家も畑も二束三文だが生活の足しにはなる、それにあのばあさんとおっさんは情に厚いからお前達を立派に育ててくれる」

ヘンゼル「いや、なんなの?なんで突然そんな事…」




524: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:21:41 ID:rQn


弥平「お千代は働き者だがすぐに無理をする奴だ。それにオラが居なくなればきっと一番悲しむ、よく気に掛けてやってくれ」

弥平「グレーテルの事はお前の方がよく知ってるだろうがな、あいつは控えめに見えて妙に思い切りがいい。それが悪い方面に転がらないように見てやってくれ」

弥平「それとお前は…大人を信用する事を覚えろ。俺の子供達は三人とも立派だがそれでも子供だ、大人の力ってのが社会を生き抜くには必要なんだからな」

ヘンゼル「ねぇ、パパさんは何が言いたいの?さっきから意味がわかんないんだけど」

弥平「お前達は両親に捨てられた過去がある、だから大人や運命を憎んでるだろう…そんなお前には難しいかもしれねぇけど聞いてくれ」

弥平「いいか?運命を恨むな、周りの人間を憎むな。幸せってのは憎悪に敏感だ、お前が憎しみを抱えてる限り幸せってのは寄ってこねぇ」

弥平「だからな運命や大人を睨むくらいなら未来をしっかりと見据えてやれ、睨みつけるくらいにしっかりと未来だけ見て…腐らずにがむしゃらに生きてやれ、そうやって生きてりゃ運は向いてくるからな」

ヘンゼル「ねぇ、本当にパパさんどうしたの…?」

弥平「…オラはお前達三人の父親だけどな、父親らしい事は何もできなかった。せめてお前の抱えてる憎しみを取り払いたかったがもう間に合いそうにねぇ」

弥平「いいか、お千代もグレーテルも女の子だ。あいつを護れる家族はお前だけだ、お前だけが頼りだ。言わなくてもわかってるだろうけどな、格好や体裁なんか気にするな。オラはもうお前達を護ってやれない、だからその分はお前に託す」

ヘンゼル「……まぁ、あの二人は何があっても護る覚悟はしてるけど。それよりパパさんがもう護ってやれないってどういうこt」

弥平「覚悟してるんならいい、頼むぜヘンゼル……お前、お兄ちゃんだろ?」ニカッ

ドンドンドンドン

役人「弥平!おい弥平、身を隠しても無駄だ!おとなしくせよ!」ドンドンドン




525: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:24:46 ID:rQn


弥平「おいでなすったか……戸締りなんざしてねぇからよ、入ってきなよ役人共」

バターン!

お千代「ど、どうしたん?こんな夜に、びっくりするんよ……」

グレーテル「……」ジッ

弥平「お前等もう少し静かに入れねぇのか?うちの子供達が怯えちまってるだろうが、野蛮な奴らだぜ」

役人「随分と胆が座っているようだな弥平。お前、自分の犯した過ちを理解しているのか?この盗人めが!」

弥平「盗人ねぇ……ああ、何日か前に地主の蔵から米と小豆が盗まれた、その犯人としてオラを捕まえに来たんだな?」

ヘンゼル「パパさん、もしかしてこの事覚悟してさっき僕にあんな事……!」

役人「フンッ、覚悟の上か。その通り、お前は数日前に地主さまの蔵に忍び込み米と小豆を盗み出した。お前の娘、お千代が歌っていた手毬唄がその証拠だ!」

お千代「あ…っ」

弥平「ああ、証拠とかあんのか。てっきりヘンゼルとグレーテルを引き取ったオラに難癖付けて捕まえようとしてると思ったんだがなぁ、まぁいいや。いこうぜ役人共」

役人「ほう、罪人の癖に随分と思い切りがいいのだな。さぁ来い、弥平!地主さまの蔵から盗みを働いた罪で貴様を人柱にする!」




526: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:27:08 ID:rQn

ヘンゼル「ちょっと待ってよ、パパさんは盗みなんかしてない!僕達のパパを罪人扱いしないでよ、あの日地主の蔵に忍び込んだのh」

弥平「ヘンゼル。余計な事言うな、オラは立派な罪人なんだからよ」

ヘンゼル「でも…米と小豆を盗んだのは…!」

弥平「あの日、察しの良いお前はオラが何をしようとしているのか察したんだろ?それをオラは見抜いていた、ほおっておけばお前がオラの代わりにそれを実行するって事も予想できた」

弥平「でもな、オラはお千代にあずきまんまを食わせたやりたかった。だからオラの考えをお前が実行に移すと解っていながら、止められなかった…息子の過ちを見過ごすなんてのは父親として失格だ」

弥平「そんな父親は罪人も同然だ、だからオラは立派な罪人。だからお前は何も喋るな。言っただろ、あの二人を護れるのはもうお前だけだってな」

ヘンゼル「パパさん、なんで…なんで、パパさんが役人に連れて行かれなきゃなんないんだよ!」

役人「ええい、大人しくしていると思えばごちゃごちゃと訳のわからぬ事を…!」

お千代「お役人さん、やめて欲しいんよ!何かの間違いなんよ!父ちゃんが悪いことなんかするわけないんよ!」ガシッ

役人「ええい、離せ小娘が!父親はお前の為に盗みを働いた立派な罪人だ!離さぬというのならお前も同罪だ」ブンッ ドサッ

ヘンゼル「お千代…!お前等、お千代に暴力振るうなんて僕が許さないからな…!」バッ

グレーテル「私の家族……いじめる人……嫌い、絶対許さない……」

役人「ええい、小賢しい童共が!逆らうならば貴様らも…!」

弥平「ああもう、お前等やめろやめろ!お千代、ヘンゼル、グレーテル……お前等は本当にしょうがねぇなぁ、役人に逆らうような事して一体誰に似たんだよ…って父ちゃんに似たんだな」ハハッ




弥平「いいか、お前等と父ちゃんはここでお別れだ。父ちゃんちょっくら犀川の神様のご機嫌取りに行ってくるからよぉ…しっかり協力して立派な大人になれ、いいな?」




527: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:29:01 ID:rQn


役人「フンッ、別れは済んだな?さっさと行くぞ、キビキビ歩け弥平!」

弥平「ヘイヘイ…ったく、乱暴が過ぎる役人だなクソッ…」

スタスタ

お千代「父ちゃん…!父ちゃん!待って、待って欲しいんよ!父ちゃん!」バッ

隣のばあさん「いけねぇよ、お千代ちゃん…!行っちゃならねぇ!父ちゃんを追っちゃいけねぇだよ…!」ガバッ

ヘンゼル「お千代を離してあげてよ!なんで引きとめるんだよ!あんたは信用できる大人だと思っていたのに、なんでそんな事するんだよ!」

隣のばあさん「あんたらの父ちゃんはあんた達の為とはいえ罪を働いたんだ。もう弥平さんを人柱にする事は決められた……もうワシやお前達に出来る事は無いんじゃ…」

グレーテル「おばあちゃん……人柱って……なに……?」

隣のばあさん「…生贄じゃ、氾濫を防ぐために弥平さんは犀川の土手に生き埋めにされるんじゃ……!」

お千代「……っ!そんなことされたら父ちゃん死んじゃうんよ……!ばあちゃん、離して欲しいんよ!父ちゃんを助けるんよ!」ジタバタ

隣のばあさん「駄目じゃ…!言ったじゃろ、もうどうにもできん……!あんたが無茶して役人に殺されでもしたら…弥平さんの気持ちは誰が汲むんじゃ…!頼むからおとなしくするんじゃ…!」

ヘンゼル「僕は……役人とパパさんを追う、お婆さんはお千代の事見てて」バッ

グレーテル「お兄ちゃん……私も、行く……」

隣のばあさん「駄目じゃ!ヘンゼル坊!グレーテルちゃんや!もうこれは村で決まった事じゃ!あんたらに止められるような事じゃないんじゃよ!」

ヘンゼル「ふざけないでよ、僕達は自分達の結末は自分で決める、パパさんの運命だって変えて見せる…決められてることなんか何一つ無いんだ!」

ヘンゼル「だから諦めるなんて…僕には出来ない。パパさんは僕達を護ってくれた立派な父親なんだ、あいつとは違う!」



ヘンゼル「あんな小さな盗みで…何が人柱だ!何が罪人だ!もう、家族が傷つくのは嫌だ。僕は何をしてでもパパさんを助ける。役人どもを殺して、もう一度一緒に暮らすんだ……!」




528: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:31:43 ID:rQn


別のおとぎ話の世界 バラの咲き誇る庭園

・・・

野獣「貴様、そのバラをどうするつもりだ…!」グルルルルッ

商人「はわわ…出来心だったんです!私の娘にバラを土産にしてやろうと思ったんですぅ!」ビクビク

野獣「私は寒さと空腹に苦しんでいるお前をこの城へと導き、食事はおろか寝室まで与えたというのに……お前は私の育てた大切なバラを盗むと言うのか!!」グオォォォ!!

商人「ひぃぃっ…!ど、どうか許して下さい許して下さい!」ペコペコ

野獣「……貴様、娘が居ると言ったな。ならばその娘をこの城へと連れてこい。ただし、娘が自分の意思でここに来る事が条件だ、娘がもしもこの場へ来る事を拒むのならばお前が一人で戻ってくるのだ」

野獣「その時には……私が貴様の五体をズタズタに引き裂き、殺す。いいな?」

商人「ひっ…わ、わかりました…!か、必ず戻りますぅぅ!」

野獣「ならば部屋へと戻れ。いくらかの金貨と馬を手配してやる。その代わり、約束は護るようにな…私は嘘をつかれるのが嫌いだ」

商人「は、はい!わかりました、し、失礼いたしますぅ!」

バタバタ

野獣「ふむ…筋書き通りとはいえ、丹精込めて育てたバラが摘み取られると言うのは心が痛む」サワッ

野獣「……さて、君はいつまで様子を見ているつもりだ?」

雪の女王「流石は魔力を操りし野獣だ、やはり気がついていたのだな……」

野獣「当然だ。悪いが君が纏う冷気は私のバラに悪影響を及ぼす……応接室へ案内しよう、話はそこで聞かせて貰う」スッ




529: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:35:05 ID:rQn

立派な城 応接室

野獣「そこに腰かけてくれ。雪の女王といったな、君はローズティーで構わないか?」

雪の女王「気づかい感謝する。だが急ぐんだ、茶はまたの機会に頂く事にして私の要件をまず聞いて欲しい」

野獣「ふむ、そうか。話してみるがいい」ドスッ

雪の女王「私は【雪の女王】の世界で少し前に姿を消した兄妹を探している、ヘンゼルとグレーテルと言う子供だ……理由はすまないが割愛する」

雪の女王「どうやら崖から滑り落ちた拍子に別のおとぎ話の世界へ飛ばされたようなんだ。だがその二人は世界移動の手段を持たない、帰る事が出来ないんだ」

野獣「それは難儀な事だな」

雪の女王「私はそれに気がついて、すぐにあらゆるおとぎ話の世界を飛び回って魔力を頼りに探しまわった……だが、無数にあるおとぎ話の世界をひたすらに探しても……二人は見つからなかった」

雪の女王「出来る事ならば他のおとぎ話の世界に手を借りるのは避けたかった。おとぎ話の世界全体の危機ならばともかく、これは私の家族の問題だ。別のおとぎ話に干渉はしたくなかった…」

野獣「だがこうして私を訪ねてきたという事は…そうも言ってられなくなったのだな?」

雪の女王「恥ずかしながらその通りだ。時間の経過速度はおとぎ話の世界によってまちまちだ…彼等は私の迎えを待っている。大人に裏切られた過去を持つ彼等をもうこれ以上待たせるのは不憫だ」

雪の女王「そこで君に力を借りたい。【美女と野獣】の野獣よ、君が所有する鏡を貸してほしい。兄妹を探し出す為に」

野獣「ベルの部屋にある『見たい相手を思い浮かべて覗くと姿を見る事が出来る鏡』か……」

野獣「いいだろう。幸い、まだベルがこの城へ来るまで時間がある。持って来てやろう、好きに使うと良い」




530: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:40:00 ID:rQn

野獣「これがその鏡だ。ヘンゼルとグレーテルの事を思い浮かべ、鏡を覗いて見ろ」ゴトッ

雪の女王「……」スッ

ポワワー

雪の女王「鏡にヘンゼルの姿が…!どこだ…!どこの世界に居るんだ!手掛かりを探さなければ…!」

野獣「落ち着け、次回に制限がある魔法では無い。風景や様子から手掛かりを拾い出すんだ。ふむ、どうやらあの建物は…日ノ本の建築物だな」

雪の女王「酷い雨だな。」



野獣「むっ……あの川の土手に祭られているものはなんだ?確か以前に文献で目にしたな、しかし何の儀式の準備だったか思いだせん……」

雪の女王「あの儀式は恐らく……日ノ本に伝わる人柱の儀式……っ!」バッ

野獣「大雨、川の土手…そして人柱の儀式となると……おそらく、あのおとぎ話だな。日ノ本の、民話……」

雪の女王「【キジも鳴かずば】……!なんてことだ、何故よりによってあの悲劇のおとぎ話へ飛ばされてしまったんだ…!」

雪の女王「もしも主人公のお千代や弥平と親しくなっていれば……ヘンゼルは村の大人達を憎んでしまう、すぐに向かって止めなければいけない…!」

野獣「一人で平気か、女王。私の助力が必要ならば言ってくれ」

雪の女王「いや、大丈夫だ。すまないが私はもう行くよ。慌ただしくてすまない…後日改めて礼に伺うよ」ヒュォッ




雪の女王「ヘンゼル…!グレーテル…!何が起きても早まるんじゃないぞ、冷静でいてくれよ……!」


雪の女王「そして無事でいてくれ……お前達は私の家族なんだ……!」ヒュォッ




532: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/23(日)23:56:05 ID:rQn

今日はここまでです レスありがとうー!また今回も長くなりそう、まぁ佳境ではあるんだけど……

【キジも鳴かずば】
弥平とお千代という貧しい親子の悲劇のおとぎ話
善人の弥平が瀕死の娘の為に一度だけ犯した小さな罪、それが原因で弥平は人柱にされてしまう
その罪が発覚する事になった原因が自分の手毬唄にあったと知ったお千代は泣きに泣きやがて喋る事を自ら封じる
それから月日がたち、猟師に撃ち落とされたキジを抱いたお千代は鳴き声を上げたせいで猟師に撃たれたキジを
自分の手毬唄のせいで人柱にされた弥平を重ねて一言「キジも鳴かずば撃たれまいに」と呟き、人々から姿を消す。という内容

民話がベースの為お千代や弥平の名前が違ったり細部が違うバージョンも多いですが、このSSではお千代と弥平で統一します。


ヘンゼルとグレーテル・キジも鳴かずば編 次回に続きます




533: 名無しさん@おーぷん 2015/08/24(月)00:15:18 ID:jeJ

乙です…。
すごく悲しい物語ですね……。
ですが、続き待ってます……。




535: 名無しさん@おーぷん 2015/08/24(月)01:29:45 ID:vOy

乙です!今回はあまりに悲しい展開で泣きそうだ……
弥平……




556: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:13:15 ID:CCE


キジも鳴かずばの世界 農道

グレーテル「急がなきゃ……弥平パパ……埋められちゃう……」タッタッタ

ヘンゼル「させないよ、そんな事。なんであんな些細な盗みを命で償わなきゃならないんだ、そもそもパパさんは何も悪くない…悪いのは僕だ」タッタッタ

グレーテル「ううん……お兄ちゃんも弥平パパも悪くない……悪いのはお千代ちゃんを泣かせちゃう大人達だよ……絶対、許さない……」タッタッタ

ヘンゼル「ああ、許さない。すぐに追いついて…村の大人共を僕の魔力で叩きのめす。僕達の家族を苦しめる悪人に容赦なんか絶対にしない」タッタッタ

スッ

地主「おぉ、ヘンゼル君とグレーテルちゃんじゃないか。こんな時間にどこへ行くのかね?」

グレーテル「あっ……地主さん……」

地主「ちょうどよかった、君達の家を訪ねようと思っていたのだ。是非ともお礼が言いたくてね」

グレーテル「お礼……?私達、地主さんにお礼を言われるような事……してないよ……?」

ヘンゼル「相手しちゃダメだ、行こうグレーテル」

地主「おぉ…これだけの大役を果たして謙遜するとはその謙虚さ恐れ入った。しかしもっと誇って良いのだぞ?この世界を消滅から救ったのは間違いなく君たちなんだから」ハハハ

ヘンゼル(僕達がこの世界を消滅から救った?なにを言ってるんだこいつ)

地主「いやはや、一時はどうなる事かと思ったが…これで筋書き通り無事に弥平を人柱にする事が出来る」ハハハ

ヘンゼル「……筋書き通り?」

地主「ああ、本来の【キジも鳴かずば】の筋書き通り、弥平は人柱にされる。これでこの世界は消滅の危機から逃れられたんだ。いやはや、めでたい事だ」ハハハ

地主「これも君達がこの世界を救うためにざわざわ足を運んでくれたおかげだ、ワシが代表として礼を言おう。ありがとう、ヘンゼル君にグレーテルちゃん」ハハハ




557: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:15:19 ID:CCE

地主「ささやかな礼しか出来ぬが屋敷に食事の用意がしてある。是非とも二人d」

ヒュッ ガシッ

地主「ぬぐっ…!突然に掴みかかるとは…どうしたというんだヘンゼル君!?」グヌヌ

ヘンゼル「答えて貰うよ。パパさんが人柱にされるのが『筋書き通り』ってどういう意味?」

グレーテル「もしかして……弥平パパは……このおとぎ話で重要な役割の人なの……?」

地主「ど、どういう事だ?二人は【ヘンゼルとグレーテル】の兄妹だろう?他のおとぎ話の主人公が別の世界に来る理由などそう多くは無い…君達は助けに来てくれたんだろう?」

地主「消滅しかけていたこの世界を…おとぎ話【キジも鳴かずば】を救うために、危機を察知した君達が助けに来てくれたんじゃないのか!?君達が物語の展開を元に戻す為に!」

ヘンゼル「呆れた大人だね、どうしてそんなに都合のいい考え方が出来るの?」

グレーテル「違うよ……私たちは偶然……この世界に来ちゃっただけなの……それで偶然、弥平さんとお千代ちゃんと家族になったの……それだけ……」

地主「な、なんてことだ…ならば全ては偶然だったと言う訳か…!てっきり全てを知った上であの二人に近づいたのだとばかり…!」

ヘンゼル「話を戻すけどさ、あんたが言ってた『筋書き通り』っておとぎ話の筋書きの事だよね…パパさんが人柱にされるのがこの【キジも鳴かずば】とかいうおとぎ話の内容なの?ほら、答えてよ」グイッ

地主「うぐぐっ……そ、そうだ!このおとぎ話は貧しい親子の弥平とお千代が主人公だ、今にも死んでしまいそうなお千代の為に弥平は一度だけ盗みを働き…」

地主「そしてお千代が歌った手毬唄が原因でその事が公になり、弥平が人柱にされてしまう。これがこのおとぎ話の内容だ」




558: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:16:46 ID:CCE

ヘンゼル「…なんなのそれ、なんで二人がそんな目に合うんだ…!」グイッ

地主「わ、ワシに言うんじゃない!ワシはこの【キジも鳴かずば】の登場人物の一人に過ぎん、ただこの世界がおとぎ話の世界だと知っているだけだ…!」

グレーテル「……ひどい……お千代ちゃんも弥平パパも悪くないのに……こんなのってないよ……」

地主「しかし…現実世界でこのおとぎ話は忘れかけられているのだろう…異変によってこのおとぎ話の内容は少し変わってしまった」

ヘンゼル「おとぎ話の内容が変わった…?」

地主「ああ、そうだ。君達は知っているだろう?お千代が倒れたあの日、弥平は畑で腰を痛めてしまった。それは本来の展開に大きく影響する異変だった」

グレーテル「腰を痛めちゃう事……そんなにおとぎ話に影響与えちゃう事なの……?」

地主「本来ならば弥平はワシの蔵に忍び込んで米と小豆を盗むはずだ、そしてそれが原因で人柱にされる。しかし、弥平は腰を痛めて蔵に忍び込めない」

ヘンゼル「……っ!」ハッ

地主「蔵に忍び込めなければあずきまんまをお千代に食わせてやれない。それでお千代がどうなるかは知らんが…少なくとも弥平は人柱になる事は無い」

地主「しかし、それだと物語が完全に立ち行かなくなる。この物語の結末はお千代の手毬唄のせいで弥平の盗みがバレて人柱にされる事だ、人柱にされなければ物語は進まない。この世界は消滅するしかない…はずだった」

地主「だがこのおとぎ話は消えなかった。異変は防げず弥平は腰を痛めたままだったが…弥平の代わりに米と小豆を盗んでくれた人物が居たからだ。それがk」

バンッ

地主「ぐえっ!ゲホゲホ…何をするんだね君は…いきなり叩きつけるなんてどういうつもりd」

ヘンゼル「理解出来たよ。異変でパパさんは蔵に忍び込めない……でも都合の良い事にパパさんの代わりに僕が盗みを働いた」

ヘンゼル「そしてあんたは、この世界を救うためにそれをパパさんの罪にして、無実のパパさんを罰する事にしたんだ……!」




559: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:19:19 ID:CCE

ヘンゼル「ねぇ…答えてよ、答えろ!そうなんだろ!」グイッ

地主「は、離してくれ…!く、苦しい…!」グエェ

ヘンゼル「……聞くまでもないよね。事実、パパさんは盗みなんてしちゃいないんだ。盗みを働いたのは僕だ」

ヘンゼル「あの夜、パパさんは腰の痛みで盗みなんて出来なかった…だから僕が代わって米と小豆を盗むためにあんたの蔵に忍び込んだ。それはあんたも知っていた」

ヘンゼル「本当なら…僕達がこの世界に来なければ、お千代はあずきまんまを食べられなかった。だから手毬唄も歌えないし、パパさんが人柱にされる事も無かった」

ヘンゼル「でもあんたはそれじゃあ都合が悪かったんだ、おとぎ話が消滅すればあんた達も巻き込まれて消えるから。だからあんたはパパさんが無実だと知っていながら…それを公にしなかった」

地主「……」ゲホゲホ

ヘンゼル「犯人は僕…ヘンゼルだとあんたは知ってた。でもそれじゃあおとぎ話の展開に差し支える、僕が人柱になっても意味が無いからだ。だからあんたは僕の罪をパパさんの罪にした…!」

地主「仕方のない事だ。誰が犯人だろうがこの際構わなかった、弥平が人柱にならなければこのおとぎ話は消える……それだけは避けなければいけない」

地主「お千代の手毬唄を聞いた薄毛は弥平がこの窃盗の犯人だといいだした。それは本来の展開通りだ、ワシにはそれを否定する理由は無かった。真犯人が別にいると知っていてもな」

グレーテル「弥平パパは……悪くないって知ってるのに……人柱にする為にみんなには言わず……弥平パパを悪者にしたの……?」

地主「そんな言い方はやめてくれ…ワシはこの世界のみんなを救うために、仕方なく…!」

ヘンゼル「その『みんな』にはパパさんもお千代も含まれてないんだね」

地主「そんなこと当然だろう!?そもそも異変がおきなければ弥平は人柱になるはずだった、なにもおかしい事は無い!ワシは少し変わってしまった運命を元に戻しただけだ!」




560: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:21:33 ID:CCE

地主「ワシはこの世界を救うために行動したのだ、それの何が悪い!?」

地主「ヘンゼル君が盗みを働き、それを弥平の仕業にすることでおとぎ話の存在を保つ。君がそういう考えなのだと察して、ワシはそれに便乗しただけだ!」

ヘンゼル「なにそれ、僕に責任を押し付けるつもりなの?」キッ

地主「そんなつもりは無い、だがワシの行動は間違ってなどいない!そもそも…考えなくてもわかる事だろう!この世界が消えればどうなるか!」

地主「この世界が消えれば多くの人々が巻き込まれて消えてしまう!現実世界の人々の記憶からも【キジも鳴かずば】は消えてしまうんだぞ!」

地主「だがお千代と弥平を犠牲にすればそんな悲劇は起きない!そもそもあの二人は不幸になる宿命だ、人柱になる為、父と悲惨な別れをする為、その為にあの二人は生み出されたんだ。そんな二人を犠牲にする事の何が悪い!?」

地主「あまりにも大きな犠牲と弥平とお千代二人の幸せとを天秤に掛ければどちらを優先にすべきかなど考えるまでもないだろう!?」

ヘンゼル「……この世界と二人。どっちを犠牲にすべきかなんて、確かに考えるまでも無いね」

地主「そうだろう!?だからこそワシはこの世界をs」

ヒュッ ガシッ

ヘンゼル「この世界と家族を天秤に掛けるなら、僕は迷わず家族を選ぶ」ゴゴゴゴゴ

地主「ぐぉぉっ…!」ベキベキベキ

ヘンゼル「パパさんとお千代には悲惨な結末しか待っていないって言うならこんな世界は消えてしまえばいい…!」グイッ

地主「くはっ…」ドサッ

ヘンゼル「僕の行動がこの世界を救ってしまったというなら、僕が責任を持ってこの世界を消滅させる」



ヘンゼル「僕の家族が幸せになれないのなら、そんな馬鹿げた世界は消えてしまえばいいんだ」スッ




561: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:22:32 ID:CCE

犀川の土手 人柱の儀式の祭壇

ザワザワ

神主「荒らぶる犀川の神よ…我々は貴方への供物として村人の命を捧げます。どうかその怒りを鎮めたまえ…」バッサバッサ

ザワザワ

「これで犀川の神様も怒りを鎮めてくださるはずじゃあ」
「しかし、たった一握りの米と小豆で人柱とは…弥平も気の毒なもんじゃ」
「そうじゃなぁ、お千代ちゃんもまだ幼いというのに可哀そうに…あの異国の二人も残して逝っちまうたぁ、さぞ心残りだったろう」
「確かになぁ、同情はしちまうけども…弥平は罪人じゃ、文句はいえまいて」
「可哀そうじゃがこれは村で決まった事…ワシらが今更意見してどうにかなる問題でもあるまい」

ザッ

グレーテル「弥平パパ居ない……もう人柱にされちゃったんだ……間に合わなかったんだね……」

ヘンゼル「パパさんは僕達を助けてくれたのに僕はパパさんを助けられなかった…!あんな奴に足止めを食らっていたせいだ…」

グレーテル「こんなに人が居るのに……気の毒だって……可哀そうって……みんな言ってるのに……でも、誰も弥平パパのこと助けなかったんだね……」

ヘンゼル「大人なんてみんな口だけだ、結局自分の事が大事なんだこいつ等は」ギロッ

隣のおっさん「ヘンゼルにグレーテル…!やっぱり来ちまったか。婆さんに子供等を引きとめてくれと言ったが無理だったか…早く帰るんだ、ここは子供が居て良い場所じゃないから」

ヘンゼル「おじさんはパパさんにも僕達にも優しくしてくれたのに、いざというときは助けてもくれないんだね」

隣のおっさん「そう言わんでくれよ…俺も辛いんだ、些細な盗みでも弥平が罪人である事に変わりは無い。村人たちの前で罪人を助けてやることなんかできねぇよ…辛い話だがな…」

グレーテル「辛いのはおじさんじゃないよ……?死んじゃった弥平パパと、お千代ちゃんだよ……だから辛いとか、言わないで……」




562: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:24:28 ID:CCE


隣のおっさん「そうだな…俺達が口にしていい言葉じゃねぇ。でもあれだ、弥平は人柱にされちまったけど、お千代ちゃんとお前達の面倒はうちでちゃんとみるから安心していいんだぞ」

ヘンゼル「必要ないよ。もうこんな世界は壊すから」スッ

隣のおっさん「ヘンゼル…?お前、何を言って…」

薄毛のおっさん「…こんな場所に子供が居るというから誰かと思えば、お前達だったか」

グレーテル「……薄毛のおじさん……弥平パパが泥棒したって……みんなに言った人……」

薄毛のおっさん「ほう、まるでワシが告げたせいで弥平が人柱にされたような口ぶりじゃな。弥平は罪を犯した、その償いをしただけじゃ」

ヘンゼル「違う。あんた達は都合のいい人柱が欲しかっただけだ。その為にパパさんを利用したんだ」

薄毛のおっさん「言うに事欠いて馬鹿げた事を…!弥平が人柱にされたのはあいつが罪人だったからじゃ、罪を犯したものに罰を与えるのは当然の事」

ヘンゼル「……」ギロッ

薄毛のおっさん「なんだその目は、ワシらが悪いとでも言いたいのか?盗人である弥平の事を棚に上げて、ワシらを責めるつもりか?」

薄毛のおっさん「まったく逆恨みも大概にしてほしいもんじゃ、弥平も大概おかしな奴だったがお前達も相当だ。だからこんな得体の知れない子供を村に引き入れるのは反対だったんだ」

薄毛のおっさん「弥平に同情するとすればお前達の様な輩と関わった事だけじゃな。生活に余裕が無いくせに二人も余分に子供を養うから盗みを働くことになるんじゃ」

薄毛のおっさん「自業自得じゃな。お前達を引き取らなければ弥平も死ぬ事は無かっただろうに、馬鹿な奴じゃまったく」

ヘンゼル「…罪人に罰を与えるのが当然だっていうなら、パパさんを見殺しにしたお前達だって罪人だ」ゴゴゴゴゴ

ヒュッ ゴシャァァ!

薄毛のおっさん「」ドシャッ

ヘンゼル「だから僕が罰する。馬鹿げたこの世界も、自分勝手な大人もみんな…僕が始末する」




563: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:26:52 ID:CCE

「う、薄毛が一撃でやられた!」
「あんな子供が大人を倒すなんてできねぇ!ありゃあ何か不思議な力に違いないぞ!」
「あいつら、弥平の所の拾い子じゃ!復讐に来たに違いねぇ!」

ザワザワ

グレーテル「お兄ちゃん……駄目だよ……」

ヘンゼル「グレーテル。悪いけど、止められても僕はこいつ等を始末する。そうじゃないとパパさんも安らかに眠れない」

グレーテル「止めたりしないよ……でもお兄ちゃんはもう両腕使っちゃったから……うまく魔力撃ち出せないよね……?だから……私が魔法使うよ……」

ヘンゼル(グレーテルに魔法は使わせたくない。だけど、確かに僕はもう両腕潰してる。グレーテルに頼らないとこいつ等に復讐できない…いや、復讐は絶対にする)

グレーテル「弥平パパやお千代ちゃんいじめる大人……許せない……ずるい大人はみんな燃やしちゃうの……私とお兄ちゃんの二人でなら……しかえし、できるよ……?」

ヘンゼル「そうだよね、僕の魔力とグレーテルの魔法。二人一緒ならこいつ等を始末できる。パパさんの無念を晴らせる…!」ギュッ

グレーテル「うん……私の家族を悲しませる人……みんな、かまどで燃やすの……嫌いな人も嫌な事も……燃やせばなくなるもんね……」ギュッ

グレーテル「……真夏のお日様……真冬のストーブ……真夜中のランプ……」ボソボソ

グレーテル「かまどが無いなら……この村全部を熱い熱いかまどにしちゃえ……悪い人たちみんな……かまどでまとめて燃やしつくして……」ボボゥッ

メラメラ ボボゥッ!

「な、なんじゃあ!あの娘っ子、火柱を出しおったぞ!?」
「やっぱり薄毛の言うとおり、妖怪の子供じゃったんじゃあ!!逃げろ、逃げろぉ!」
「妖怪じゃあ!妖怪の子供が暴れ出しおったぞぉぉ!!」

メラメラ ボボゥッ!




564: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:29:20 ID:CCE

メラメラメラ

グレーテル「私の家族……苦しめた大人……許さない……」スッ

メラメラメラァー

「うわぁー!家が!納屋が!村の建物が次々と燃やされていく!」
「おい!やべぇぞ!水持ってこい水!この火の勢いじゃあ早く消火しないと村ごと焼きつくされちまうぞ!」
「水っていっても犀川には近づけねぇし、井戸の水じゃあとても間に合わねぇ!」

グレーテル「お家の火……消してる場合じゃないよ……逃げ場所無くしたら……今度はおじさん達、燃やす番だから……」ボボゥッ

「やべぇ!あの娘っ子やべぇ!俺達を焼き殺すつもりだぞ!?」
「たいした罪でもないのに弥平を人柱にしたりするからこんなことになるんだ!おい、俺は内心反対してたから助けてくれ!」
「あっ、ずるいぞお前!じゃあ俺はあれだ、畑の土地やるから見逃してくれ!頼む!」

グレーテル「駄目……もう弥平パパは私の頭撫でて褒めてくれない……もうお粥も一緒に食べられない……だから駄目、許さない……」スッ

メラメラ ギャアアァァァァ!!

ヘンゼル(これで良い。こいつ等はパパさんを見殺しにした悪人だ、死んで当然なんだ。それより…グレーテルの魔法は本当にすごい)

ヘンゼル(僕の魔力とグレーテルの魔法があれば、どんな悪い大人も始末できる。どんな敵からも家族を護れる…!グレーテルを幸せに出来る!)

ウワァー!タスケテクレー! 

グレーテル「……」ゼェゼェ

ヘンゼル「グレーテル。次は向こうだ、何人か村の奴らが逃げて行ったから追いかけて焼き殺そう」

グレーテル「……うん、そう……だね」フラフラ

ヘンゼル「どうしたの?急ごう、逃げられちゃまずい。パパさんの仇は根絶やしにしなきゃ」

グレーテル「うん……みんな燃やしつくすの……だから、頑張る……」スッ




565: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:30:52 ID:CCE

・・・

メラメラメラー メラメラー メラメラー

ギャアアァァー! ヌワァァー!!

グレーテル「……」ハァハァ

ヘンゼル「すごい…すごいよグレーテル、これならこいつ等に思い知らせる事が出来るよ。村を焼き尽くせばこんな馬鹿げたおとぎ話だって消せる!」

グレーテル「……うん……頑張る……」フラフラ

タッタッタッ

お千代「ヘンゼル、グレーテル。なんなんこれ…!何が起きてるの……?」

ヘンゼル「お千代…!ごめん、追いかけたけど…僕達はパパさんを助けられなかった。間に合わずにパパさんは人柱にされた。この村の大人達に」

お千代「…父ちゃん、やっぱり人柱にされたんね…うちが言いつけ破って手毬唄を歌ったせいなんよ…」ポロポロ

ヘンゼル「違う、お千代は悪くない。悪いのはみんな村の大人だよ、こいつ等が人柱なんて馬鹿な真似しなければ誰も悲しまなくて済んだんだ」

お千代「でも、やっぱりうちのせいなんよ…うちの為に盗みをして、うちが喋らなければよかったんよ…うちが何も言わなかったら父ちゃんは…!」ポロポロ

お千代「だからうちはもう…何も喋らない方がいいんよ…」ポロポロ

ヘンゼル「泣かないでお千代、大丈夫だよ。僕とグレーテルが悪い大人達を始末するから、もう悪い奴は一人もいなくなる。だから安心して」

グレーテル「そうだよ……お千代ちゃん……平気……だから……泣かない……で……」フラッ

ドサッ

ヘンゼル「グレーテル…?どうしたんだグレーテル!」




566: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:32:08 ID:CCE

グレーテル「お兄ちゃん……ごめんなさい……弥平パパやお千代ちゃんのしかえし……終わってないのに……私……」ゼェゼェ

ヘンゼル「…っ!なんだ、これ…!グレーテル、お前の身体こんなに熱いなんて普通じゃないよ!」サワッ

グレーテル「……魔法……使い始めてから……急に熱くなって……でも……弥平パパやお千代ちゃんの為だから……」ゼェゼェ

ヘンゼル「我慢してたのか…!クッ…気が付けなかった僕の責任だ、復讐する事ばかり考えて…」

ヘンゼル(油断してた、崖で一度魔法を使った時はどうも無かったから…グレーテルが魔法を使うことの危うさを甘く見てた…!)

グレーテル「お兄ちゃんは悪くないよ……村のおとなが許せないのはわたしも同じ……だから……ゲホゲホゲホッ」ゴホゴホ

お千代「グレーテル…!しっかりするんよ!」

グレーテル「……駄目、おちよちゃん……お兄ちゃん……もう、私……我まんできない……からだがあつくて……あたまがぼーっとして……なんにも、かんがえられなくなっちゃうんだよ、なんだかふあふあしたきぶんなのよ」ボーッ

ヘンゼル「意識がもうろうとしてる…!それに身体がどんどん熱くなってる、早く家に連れて帰って身体を冷やしてあげないと…!」

グレーテル「……」ポケーッ

ヘンゼル「しっかりするんだ、グレーテル!すぐに冷やしてあげるからね、少しだけ辛抱してて…!」

グレーテル「あえ……?おにいたん、あたしつえてどこえいくの……?」トローン

ヘンゼル「どこって、僕達の家だよ。パパさんとお千代と僕達が暮らしてたあの家だ!」

グレーテル「らめなの……まだ、おあってないの……」スタッ

グレーテル「おうち……おとなのひと……まだのこってる……だから、おわってないんらよ……」




グレーテル「やへえぱぱとおちよたんのかたきうち……おあってない……みんな、みーんなもえかすにするまで、おあらないんらよ……」トローン




567: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:33:59 ID:CCE

ヘンゼル「グレーテル、もう良いんだ!パパさんの仇打ちは大切だけど、僕はお前の事だって大切なんだ!今のグレーテルはどう見ても普通じゃない…!」

グレーテル「おにいたん……つかまれてたらみんなもやせないんらお……だから、はなしてほしいんらよ……」

ヘンゼル「ろれつが回ってないんじゃないか!あまりの熱で正気じゃなくなってるんだ、そんな状態でほっておけるわけないよ!」

グレーテル「……はなひて!」ブンッ

ドシャアッ

お千代「ヘンゼル!」

ヘンゼル「グッ……!なんて力だ…まるで魔力を込めた時の僕の一撃…!」

グレーテル「しんぱいしないでいいんらお……わたしがぜんぶもやすんだお、いやなことも、わるいおもいでも、もやしつくすんらお……」スッ

カッ ボボォォォッ!!

グレーテル「わたひのからだのなか……おにいたんのまりょくでいーっぱいなの……だからまほうもいーっぱいつかえう……なんだかとってもきもちのいいきぶんなんらよ」トローン

お千代「な、なんなんこの力…!辺り一面、炎の海になったんよ…!建物も畑も…焼きつくすつもりなん?そんなの駄目だよグレーテル!」

グレーテル「わたひはよわいから、なんにもできないとおもってたんだお……おにいたんややへえぱぱやおちよたん、だれもたすけられないってあきらめてたの……でも、もうわたひはなんだってできるんらよ」

ヘンゼル「もうやめるんだグレーテル!明らかにおかしい!魔法の使いすぎで影響が出てるんだ!」

グレーテル「うるひゃい……!」ビュオ

ボボォッ!!

ヘンゼル「…っ!」

グレーテル「わたひがまもるんだお、わたしがみーんなまもる……らからおにいたんはじゃましらいで……!」




568: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:35:55 ID:CCE

お千代「ど、どうするん?グレーテル、絶対に様子がおかしいんよ!なんとかしてあげないとだめなんよ!」ワタワタ

ヘンゼル「あいつ等を始末する間、もうずっとグレーテルと手をつないでた…きっと僕の魔力を取り入れすぎたんだ。でも、その対処方法を僕は知らない…!でも、何とかして止めないと…!」

グレーテル「おにいたん、わたひをとめるつもりらの?なんでじゃまするの?なんで、わたひがつおくなったこと、よろこんでくえないの?」

グレーテル「そんなおにいたん、わたひのおにいたんじゃないろ……へんぜうおにいたんは、もっとやさしくて……いっつもわたひのみかたなんらお……」スッ

グレーテル「らから、おまえはおにいたんじゃないんら……!にせもののおにいたんれしょ……にせものはもえかすにするんらよ……」トローン

ヘンゼル「何言ってるんだ、落ち着いてくれグレーテル…!」

グレーテル「さよならなんらよ、にせもののおにいたんなんか……いらないんらから……」

――雪の女王「もしも許容を越えてグレーテルの体内に魔力が流れるような事があれば……」

ヘンゼル(僕は馬鹿だ。女王に忠告されていたのに、パパさんが人柱にされて頭に血が昇って、復讐にとらわれて、グレーテルの身体の事を考えてあげられなかった…!)

――雪の女王「……その安全は保障できない」

ヘンゼル(あれはグレーテルの身の安全だけじゃない。僕にまで危険を及ぶすかもしれないっていう意味だったんだ、それほどまでにグレーテルの身体は魔力と相性が悪かったんだ)

ヘンゼル(それをわかったつもりになって、良い気になって、グレーテルを止めなかった僕の責任だ。この身体を焼かれてでもグレーテルを止めてやらないと…!)

グレーテル「しんじゃえ…にせもの……!」ボボッ

お千代「ヘンゼル…!」

ヘンゼル「……くっ!」

メラメラッ ボボォォッ!

ヘンゼル(あれ…?どういうことだ…確かに炎に包まれたと思ったのに熱くない…?)

スッ

雪の女王「……グレーテル、少し会わない間に随分と過激な性格になってしまったじゃないか」フゥ



雪の女王「しかし、私の氷を溶かす為にはもう少し火力を上げなければいけないようだな?」フフッ




569: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:38:59 ID:CCE

雪の女王「さて、ヘンゼルにもグレーテルにも言いたいことは山ほどあるが…宮殿に戻ってからにしよう、ここに居られる時間はもう少なそうだ」

ゴゴゴゴゴ ボロボロボロ……

お千代「建物が崩れて…違う、風景もボロボロ崩れ落ちていってるんよ…!?ど、どういうことなん…?」ワタワタ

雪の女王「…おとぎ話の消滅が始まった。急がなければ巻き込まれてしまうな」

ヘンゼル「女王。お願いだ…僕はどんな罰だって受ける、だからこのお千代も連れて行ってあげて欲しいんだ。こいつは父親を人柱にされて…この世界に居ても不幸になるだけなんだ、そんなの許せない…!」

雪の女王「…おそらくキミは弥平に世話になったんだろう?家族の家族は当然家族だ。それにこんなにかわいい少女を見捨てるほど私は冷酷ではないからな。だがその前に、私の可愛いグレーテルにひとつ口づけをしてやらないといけない」スッ

グレーテル「じょおうさまも……わたひのじゃまするつもりなんらね……れも、わたひのほうがつよいんだお……ゆきはほのおでとけちゃうんらから……」

雪の女王「ほう、なかなか言うじゃないか。確かに私は火が苦手だ、だが雪が炎で溶けるなんてのは自然界での話だよグレーテル」

雪の女王「私の雪を…私の氷をそう容易く溶かせると思っているのか?才覚があるとはいえ、魔法を覚えたての子供に後れを取るようでは『雪の女王』なんて名は冠することはできないさ」スッ

パキパキパキパキ…

グレーテル「……っ」パキパキッ

お千代「こ、氷がグレーテルを覆い始めたんよ!?」ワタワタ

ヘンゼル「グレーテル…!女王、大丈夫なの?なんな風に氷で覆って…」

雪の女王「安心するといい、身体を冷やす為とグレーテルが暴れない為に拘束しているだけだ。グレーテルは私が抱える、二人はしっかりと私に掴まっているようにな」スッ

ボロボロボロ… ボロボロボロ…

雪の女王「またひとつ、おとぎ話が消滅するか…これは私の保護者としての責任問題だな」ボソッ



雪の女王「…さぁ帰ろう、私の宮殿へ。いいや、私達家族の家に…な」ヒュン




570: ◆oBwZbn5S8kKC 2015/08/30(日)23:45:33 ID:CCE

今日はここまでです

おさらい補足
魔力耐性が低いグレーテルは魔力を受け取りすぎると体に付加がかかります。

もうそろそろ回想終わります

ヘンゼルとグレーテル。キジも鳴かずば編 次回に