科学者はいつの世でも体を張っていたようだ。体を張って死の直前の意識がなくなるまで、その記録を克明につづり続けた。
イリノイ州シカゴ出身のカール・P・シュミット博士(1890年6月19日〜1957年9月26日)は、フィールド自然史博物館の主任学芸員も務めた高名なヘビの研究者だった。ある日彼は、鑑定を依頼された猛毒ヘビのブームスラングに噛まれた。なんとシュミット博士は、自分の身体に起きている症状を詳細に記録しながら、そのまま命を落としている。
ここで紹介する動画はそんなシュミット博士の物語である。
Diary of A Snakebite Death
シカゴ・デイリー・トリビューン誌 1957年10月3日
「蛇の専門家カール・P・シュミット博士が蛇に噛まれ、死に向かいながらも毒の影響を克明に記す」
以下は、好奇心のせいで治療が遅れ、命を落とした科学者の日記である。
リンカーン公園動物園がフィールド自然史博物館に依頼された30インチ(76cm)の蛇の命名が非常に困難であると判明。
アフリカの蛇であり、特徴的な頭の形状、斜めの鱗、明るい色のパターンを有しているため、難しいはずがなかった。だが、ブームスラングと分類するための決め手がない。肛板が分かれていないのだ。それでもその行動は間違いなくブームスラングであることを証明していた。
1957年9月25日
ブームスラングである可能性を議論していた時、不用意にそれを持ち上げると、サッと左手の親指を噛まれてしまった。口は大きく開かれ、後ろの、右の牙だけが3mmほど食い込んだようだ。
・午後4時30分〜5時50分
電車で家に帰る途中、吐きはしなかったが、酷く気分が悪かった。
・午後5時30分〜6時30分
身体が震え、熱は38.7度ある。5時半頃、口内の粘膜から出血が始まる。ほとんどが歯茎からだ。
・午後8時30分
トーストを2切れ食べる。
・午後9時〜12時
熟睡。
・午前0時20分
ほぼ血尿だが、量は少ない。
・午前4時30分〜6時30分
水を一杯飲むと、気分が悪くなり吐く。中身は消化不良の夕食だ。かなりスッキリして、6時30分まで眠る。
1957年9月26日
・午前6時30分
体温36.7度。朝食はシリアル、エッグトースト、りんごソース、コーヒー。
尿は出ず、3時間ごとに28gほどの血尿。口と鼻から出血が続いているが、それほど酷くはない。
- 日記はここで終わっている。 -
9月26日午後1時30分、昼食後に嘔吐。呼ばれた妻により、汗まみれの状態を発見される。会話や返事はできず、妻が医師に連絡をとった。応急処置をしながら搬送し、3時に病院に到着。呼吸麻痺による死亡が確認された。享年67歳。
ブームスラングの毒について
ブームスラングの毒は急速に効果を発揮する。鳥ならば0.0006mgで1分以内に死亡する。播種性血管内凝固症候群を起こすため体内に大量の血栓ができ、出血により死に至らせる。シュミット博士は噛まれてから死亡するまで24時間かかっている。
シュミット博士の解剖報告書
目から出血あり、肺から出血あり、腎臓から出血あり、心臓から出血あり、脳から出血あり。
シカゴ・デイリー・トリビュート紙によれば、シュミット博士は死亡する1時間前に医者を呼ぶか聞かれて、症状を台無しにされたくないと断ったそうだ。好奇心は科学者をも殺すのだろうか?
同紙によれば、博士は毒が致死量だとは考えていなかったようだ。また、専門家である博士はブームスラング毒の解毒剤がアフリカでしか入手できないことも知っていた。
結局、シュミット博士はなぜ死んだのか?
解剖報告書は、死因は蛇の毒だとしている。だが、他にもリスクはあった…科学者というリスクだ。博士は毒を過小評価していたか、あるいは解毒剤が手に入らないため死を覚悟していたのかもしれない。
いずれにせよ、病院には行かず、その経過を克明に記した。そして、科学者として発見の可能性を最期まで冷静に見つめたのだ。
死に瀕すれば、ほとんどの人間はそこから身を引くだろう。だが、シュミット博士は未知の現象に飛び込んで行ったのだ。
translated hiroching / edited by parumo
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コメント
1.
2. 匿名処理班
好奇心で死んだのなら科学者といえども愚かだ
解毒剤が手に入らないと知った上での判断ならば立派な専門家だと思う
3. 匿名処理班
それでもやっぱり死んだらあかんと思う
4.
5. 匿名処理班
学者ってどこか浮き世離れしてる人が多いが、自らの死と言う根源的な恐怖すら凌駕する探究心!
バカだなぁと呆れつつもこういう一途さがカッコ良いんだよなぁ…
6.
7. 匿名処理班
>医者を呼ぶか聞かれて、症状を台無しにされたくないと断った
凄い・・・狂気を感じる
8. 匿名処理班
なんとかと紙一重、、、
9. 匿名処理班
解毒剤を用意出来ない環境に持ち込むなよ…
10. 匿名処理班
爬虫類学界のプリニウスだなぁ…。
11. 匿名処理班
宇宙空間に飛び出して、生身だとどうなるか実験出来るなら宇宙に行きたい
12.
13.
14. 匿名処理班
ちょっとかっこいいと思ってしまった。
科学者のこういうところが好きだけど、でもこういう人は生きて研究を続けて欲しかったな。
15. 匿名処理班
俺も毒蛇(ヤマカガシ)に何度か噛まれたことがあるが血が出るだけだった
16. 匿名処理班
勿体無い
メモは他覚的な症状しか書いてない
知りたいのは自覚症状だ
痛みはあるのか?
精神症状はどうなのか?
呼吸の苦しさはどんなものなのだ?
17. 匿名処理班
ブラックホールに飛び込むがごときその勇気!
私は敬意を表するっ!!!
18. 匿名処理班
なんつーか偉い野郎だな。
19. 匿名処理班
※15
ヤマカガシの毒牙は短いうえに奥歯にあるから、さっと噛まれた程度じゃ平気ってことも多いらしいからね
20. 匿名処理班
※15
毒牙が届いてなかったのかも。
ヤマカガシは毒牙が奥の方だから深く噛み付かれなければ毒は入ってこない。
21. 匿名処理班
えええええ…ここまで度胸が据わった人なら、すぐに噛まれた場所をナイフで周囲の肉ごとざっくり切り取ってでもしたらなんとか助かったんじゃないの…
22. 匿名処理班
食事を忘れるほど研究に没頭するってのの到達点だな
こんな科学者に憧れる
自分の研究とか、知識とかに誇りをもっていたんだろうね
23. 匿名処理班
かゆい
うま
24. 匿名処理班
はるか昔から一定数こういう人がいるから科学が発展したのだから、尊敬する。
25. 匿名処理班
母方の叔母は、マムシを捕まえては竹に張り付けて自然乾燥。それを薬局に150円程度で売っていた。小遣い稼ぎらしいがショボいw
26. 匿名処理班
※16
そうだよね。
症状の変化を克明に記録して欲しかったな。
…と、とある事情で自分の指を針が貫通した時、しっかり観察してしまった自分が言ってみるw
27. 匿名処理班
死の寸前もこういうふうに堂々としていたい、美しい散りざまだと思う
28. 匿名処理班
ナミヘビ科で後牙類
ヤマカガシっぽいやつなのねん
29. 匿名処理班
良くも悪くも、凄いと感じる
死の恐怖すら超えたモノ
30. 匿名処理班
究極の精神力だな
31. 匿名処理班
平然と生活してるのが怖すぎる...
32. 匿名処理班
科学者ってこう大なり小なりどこかしらブッ飛んでなきゃなれない・やれない職種な気がする
33. 匿名処理班
毒蛇に噛まれたらちょっとでも死ぬんだね。よくわかったよ、ありがとうシュミット博士。
34.
35. 匿名処理班
意地なのか冥利なのか
それにしても毒が怖すぎる
36. 匿名処理班
※15
毒牙に噛まれていなかったのならよいけれど、ヤマカガシは結構危険だよ
本当に血が出るだけ、というか血が止まらなくなる。
ちょっとしたかすり傷でも止めようがなくて失血死する
…と昔、小学生のころ担任の先生が話していたなぁ
37. 匿名処理班
歴史に名を残した時点で科学者として最高の栄誉だろう