1: きのこ記者φ ★@\(^o^)/ 2015/11/29(日) 14:32:47.74 ID:CAP_USER*.net
「最近は賭博問題で頻繁にお客さんに怒られてますよ。『巨人、何やってんだ!』って。
ボクはひたすら謝るだけなんですけどね」
東武東上線・上福岡駅近くのお店を訪ねると、條辺剛さん(34)はこう切り出した。
2001年、高卒2年目ながら長嶋監督率いる巨人の中継ぎ右腕として活躍。翌年もリリーフとして
リーグ優勝に貢献した。ところが、この年を最後に右肩痛に苦しみ、以後3年間は二軍中心の生活に。
05年オフ、24歳の若さで戦力外通告を受けると「第2の人生」を余儀なくされた。
「小さい頃から飲食店経営の夢はあったので、野球をやめた後はその道に進もうと思っていました。
でも、経営については素人。そんな時、先輩の水野さん(雄仁氏=現野球評論家)の紹介を頼りに、
06年から宮崎の製麺所勤務を経て、香川県にあるうどん店で修行させてもらうことになったんです」
修行先は讃岐うどんの名店「中西うどん」。いざやってみると、想像以上に過酷な世界だった。
うどん屋の朝は早い。午前3時30分に起床すると、すぐにダシと麺の仕込みが始まる。
眠い目をこすっても簡単に目は覚めない。その裏で、営業中は1日15回程度、自ら麺を打つ重労働も加わる。
支えは、当時恋人として付き合っていた妻・久恵さん(37)の存在だった。
「修行先の師匠から『彼女と一緒なら受け入れる』と言われまして。ボクが厳しい修行の途中で逃げ出すと
思っていたのでしょう。でも、実際に一緒に修行してくれたおかげで乗り切れた気がします。
野球をやめた直後、現役時代に買ったベンツを乗り続けようと思っていた自分に、
『うどんの見習いが外車に乗ってていいのか!』と厳しく叱ってくれたのも彼女。以来、ボクの愛車は原付バイク…。
今でも彼女には頭が上がりません(笑)」
(続きます)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151129-00000008-nkgendai-base
3: きのこ記者φ ★@\(^o^)/ 2015/11/29(日) 14:33:07.41 ID:CAP_USER*.net
(続き)
■條辺さんを変えた“屈辱の一言”
二人は修行中に入籍。およそ2年の修行を乗り切った夫婦は08年4月、久恵さんの実家に程近い
今の場所にうどん店をオープンさせた。
当初から「元巨人投手の店」という物珍しさとマスコミ報道もあって、店は連日大繁盛だったが、
オープンから4カ月たったある日、来店した初老の男性が漏らした“一言”で失意のどん底に突き落とされた。
「このうどん、おいしくない。これで『讃岐うどん』という名で出してほしくない」
それからは、より丁寧にダシ、麺作りにこだわった。どんな時でも一切の妥協をしなくなった。
オープンから8年たった今も1日平均300杯以上を売り上げる人気の秘訣は、この時の「屈辱の一言」があったからだという。
将来の夢は巨人の本拠地・東京ドームの最寄り駅・水道橋に店をオープンすること。
「巨人ファンに育ててもらったことは今も感謝していますから。まだ3人の子供が小さいので具体的ではありませんが、
いずれは勝負したいです」
今オフ巨人監督に就任した高橋由伸は、現役時代に世話になった大先輩。球界を去る際にも気にかけて
もらったからこそ、新監督に託す思いは強い。
「由伸さんはボクが戦力外になった直後、携帯の留守電にメッセージを残してくれた数少ない先輩の一人です。
だからこそ、今度はこちらが応援する番。店に来た巨人ファンのヤジはボクが引き受けるので、頑張って欲しいですね」
▽じょうべ つよし 1981年6月、徳島県生まれ。99年ドラフト5位で巨人入団。00年9月に先発でプロデビュー。
01年は中継ぎとして46試合7勝8敗6セーブ。02年も47試合(2勝3敗)に登板してリーグ優勝、日本一に貢献。
05年オフに現役引退後、08年4月に「讃岐うどん 條辺」をオープン。
(記事終)
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1.-
四番ピッチャー名無しさん
- 2015年11月29日 23:53 ID:UuqO7Ljg0
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野球にも野次が必要なんだわ!